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國務大臣(
鈴木義男君)
只今上程されました
刑法の一部を改正する
法律案について、その提案理由を御
説明申上げます。
日本國法憲の制定に伴い、
政府はその制定の趣旨に適合するように
刑法の一部を改正する必要があると考えまして、昨年夏の臨時法制
調査会及び司法法制審議会の答申を基礎といたしまして、立案を進めて参りましたところ、第九十二回帝國議会においては、会期の切迫、その他の事情によりまして、遂に提案不能となりましたので、ここに第一回
國会に本
法案を提出いたしまして、御審議を煩すことと相成
つたのであります。
以上改正の要点に付て御
説明をいたしまするが、それに先立ちまして、今回の改正は
日本國憲法施行に伴い、当面必要な最小限度にこれを止めたものでありまして、その全面的再檢討は今後の
刑法改正事業に譲る趣旨であるということを、予め御
了承願いたいと存ずるのであります。
先ず改正の最も重要な
一つは、皇室に対する罪の規定を削除したことであります。新憲法において天皇は
日本國の象徴、
日本國民統合の象徴たる特別の地位を有せられ、皇族も又これに伴い、
法律上特殊の身分を有せられるのでありますけれども、他面これらの地位と矛盾せざる範囲において、一般
國民と平等な個人としての
立場をも有せられることとな
つたのでありまして、その限りにおいて、法的に異な
つた取扱をいたすことは、新憲法の趣旨に合致しないという思想に基き、この改正を行おうとするものでありまして、要するに個人の尊嚴、且つ平等の趣旨をこれによ
つて徹底せしめんとするものであります。
尚、本改正につきましては、それが我が
國民の傳統的なる感情に異常の衝撃を與えるのではないかという点を縣念いたすのでありますれれども、これらの罰條の存否が我が國、民主化の問題の一環として、列國注目の的とな
つておることを考慮いたしまして、この際敢えてこれを実行しようとする次第であります。
ただ天皇及び親近の皇族に対する各誉毀損罪について、被害者が自ら犯人を
告訴することは、その地位に鑑み不適当であり又これを期待し得られませんので、この場合には
内閣総理
大臣が代
つて告訴権を行うことといたしました。尚、外國の元首、使節に対する暴行、脅迫、侮辱罪の規定を削除し、外國の元首に対する
名誉毀損については、その國の代表者の
告訴を待
つてこれを論ずることといたしたのも、これと同一の趣旨に出ずるものであります。
改正の第二の点は、戰爭の放棄及び國際主義の原則に関するものでありまして、その一は戰爭状態の発生並びに軍備の存在を前提とする現行の外患罪の規定を改め、外國よりの武力侵略に関する規定といたしたことであります。その二は、從來外國人が
日本人に対し、その法益を侵害する罪を犯した場合には、それが外國で行われた場合にも、
日本刑法を適用することとな
つていたのでありまするが、諸外國の立法例にも鑑み、この種の國外犯についてはこれを当該國の
刑法に讓り、
日本刑法の適用から除外したことであります。その三は、外國において刑事裁判を受けた者に対し、重ねて更に
日本で刑の言渡しをする場合において、犯人が既に外國で刑の全部又は一部の執行を受けていたときは、第五條によ
つて刑の執行を減輕又は免除することを得とな
つていたのを、必ず減軽又は免除しなければならぬこととして、外國の裁判を尊重する趣旨を一層明らかならしめたことであります。
次は、憲法第三章
國民の権利及び義務と関連するものであります。その第一は、從來人権の侵害がとかく公務員の側より行われることの少くなか
つた事例に鑑み、公務員による職権濫用、逮捕監禁、暴行凌虐の罪の法定刑を引上げ、この種行爲に対し嚴罰を以て臨む趣旨を強調すると共に、一般の暴行、脅迫につきましても、その法定刑をそれぞれ引上げ、且つ暴行罪については從來親告罪でありましたものを非親告罪といたし、併せて暴力否定の精神をここに重ねて明らかにしまして、
國民の自由権の保障を全からしめんとしたことであります。又重大なる過失による致死傷を、業務上の過失によるものと同じく、重く処罰することにいたしたのも、人身の保護をこの
機会に一層厚くしようとしとものに外なりません。更に
名誉毀損罪の法定刑を引上げることといたしましたのは、最近言論の自由がともすれば本來の埓を逸脱して、不当に人の名誉を傷つけることが多にのに鑑み、
社会生活上における個人の重要な権益たる名誉を、不当なる攻撃より護らんとするものでありまして、これまた人権保障の趣旨に出ずるものであります。
次に、姦通罪の規定でありますが、男女の本質的平等と夫婦の同権が、憲法に明らかに規定されました今日、從來のごとく妻の姦通のみを罰する制度の改められるべきは言を俟たないところであります。
政府といたしましては、昨年の臨時法制
調査会並びに司法法制審議会の答申に基き、姦通罪はこれを廃止して、この問題の解決を、夫婦間の道義と愛情とに委ねる趣旨の立案をいたした次第でありますが、
刑法の規定から姦通罪を廃止すべきか、或いは又夫婦共に等しくその姦通を罰すべきかは、いずれも利害得失を伴う問題でありまして、各國の立法例も区々たる状態でありますので、この点につきましては、特に十分の御討議を願いまして、愼重御決定あらんことを切望いたすのであります。
尚、新憲法においては、
國民の基本的人権の重要なる
一つとして、言論出版の自由に対する保障を挙げなければならないのでありますが、これとの
関係において、次のごとき改正を考慮いたしたのであります。即ちその一は、「第七章ノ二安寧秩序ニ対スル罪」が聊か戰時色濃厚なる感がありますのみならず、その規定極めて概括的でありまして、それ運用の如何によ
つては、言論抑圧の具に供せらるる虞もないとは申せませんので、これをこの際削除することとしたことであります。その二は、第百七十五條の猥褻文書図画頒布販賣の罪の法定刑を引上げ、最近見らるるがごとき出版の自由の行き過ぎを是正し、そこに正しき軌道を確立せんとしたことであります。尚公然猥褻罪の法定刑を引上げましたのも、これと相俟
つて、健全なる
社会を作ろうとする考に出でたるものに外なりません。
その三は、
名誉毀損に関するいわゆる事実証明の問題であります。先に申述べましたように、基本的人権として、人の名誉を保護することは、新憲法の要請の
一つでありまするけれども、他面において、公正なる批判の自由に行われることも又
社会の進歩発達のために欠くべからざることでありまして、ここに言論出版の自由の重んぜらるべき理由があるのでありますから、
苟くも発表した事実の眞実なる限り、時にこれによ
つて人の名誉が若干害せらるることがあ
つても、公正なる批判はこれを罰すべきではありません。ここに新らたに規定を設け、正当な目的のために、公益に必要な眞実の事項を発表した場合には、
名誉毀損罪を構成せざることとし、名誉の保護と、言論の自由との問の調和を図
つたのであります。
尚、新らたなる規定として、まだ公訴を提起されない
犯罪につきまして特例を設けましたのは、その公益性を重要視したものに外なりませんが、ここに特に御留意を煩したいのは、第二百三十條の二の第三項の規定でありまして、公務員及び公選によるその候補者につきましては、その新憲法下における地位と責任とに鑑み、特に十分なる批判の
対象となし得ることにいたしたことであります。
以上、
名誉毀損につきましては、公正なる言論は飽くまでこれを処罰の外に置き、他面その限度を越えた者は從來よりも強くこれを罰し、名誉の保護を完うせんとするのが今回の改正の趣旨とするところであります。
次に、從來の侮辱罪の規定を廃止いたしましたのは、事実の摘示を伴わない侮辱は、名誉を傷ける
程度も弱く、刑罰を以て臨むのは聊か強きに過ぐるのではないかという趣旨に基くのでありますが、この点につきましても賛否両論がありますので、姦通罪の場合と同樣、
社会の実情に鑑みられまして、愼重なる御檢討を煩したいと存ずるのであります。
改正の次の点は、いわゆる刑事政策的制度の拡張でありまして、その
一つは刑の執行猶予をなし得る場合を從來よりも廣くして、懲役、禁錮についてはこれまでの二年以下を三年以下に引上げると共に、五千円以下の罰金に処する場合にも執行猶予を附し得ることとしたことであります。その結果新らたにいわゆる前科抹消の規定を設けたことであります。この二点の改正によりまして、刑罰はその必要なる限度に止め、無用なる刑罰の弊を避ける趣旨を徹底し、且つ刑の不利益な効果が終生続くというような不合理を是正いたしますことは、やがて新憲法における刑罰の残酷性禁止の規定の趣旨にも相通ずるものがあろうかと考える次第であります。
改正のその余の点といたしましては、刑事
手続と関連するものが二、三あります。その
一つは第五十五條のいわゆる連続犯を廃止したことでありまして、人権の尊重、迅速なる審判の要請に基く新刑事
手続においては、到底從來のごとき廣範囲の連続犯を一挙に
搜査し、審判することは困難でありまして、若し強いてこれを要求いたしますならば、却
つて不当に罪を免れる者を極めて多からしめ、
治安の維持にも欠くるところを生じまするので、これを本來の数罪の形に戻すことといたしたのであります。その二は、第五十八條のいわゆる累犯加重決定が憲法第三十九條の精神に反する疑いがありまするところから、これを廃止したことであります。又その三として、第百五條を改め、犯人藏匿、証憑湮滅に親族が関與した場合に、情状によ
つてこれを処罰し得ることといたしましたのは、犯人搜索、正しき裁判に全
國民の
協力を得んとする趣旨に外ならんのであります。
以上、要点のみを簡單に御
説明いたしたのでありまして、尚詳細につきましては御
質問によりましてお答いたしたいと存じます。何卒愼重御審議あらんことを希望いたす次第であります。