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公述人(大貫經次君) 私は
只今御
紹介に預かりました
常磐炭鉱の社長をしておる大貫経次でございます。これから
國管法案に対する私の
意見を述べさして頂きます。私は非常に口下手なのでありまして、又時間の都合もありますから、書いた物に副
つて御
説明申上げますからどうか御
承知を願います。
私は現在我が國の
石炭の
生産不振は機構が惡いためではなく、各般の施策実行に当
つての努力が足りないからうまく行かないのだと確信いたしております。それにこの急場を救う
増産に役立たないばかりでなく、むしろ現在のような多くの
反対を押切
つて強行すれば
減産をさえ予想する、我々は確かに
減産を予想する。そういう
臨時石炭鉱業管理法案には強く
反対する者であります。
よく世間では、
石炭産業の
生産の不振の原因が、地上の
産業にあるようないわゆる
生産意欲の
不足、或いは
労務者の勤労意欲の欠如、そういうことがすべてであるかのごとくに扱
つておるのでありますが、それは
石炭鉱業の本質を理解しない、本当の皮相の観察から起
つて來るものであると思いまして誠に遺憾に堪えない次第であります。
昭和八年には、炭坑夫一人当りの平均一ケ月
生産量は、十九トンであ
つたものが、今日では五トンそこそこに過ぎないのであります。或いは戰爭がすでにもう負けそうにな
つたという形相が濃くな
つた戰爭末期でさえも、四十万人の
労働者で、一ケ月平均四百万トンの
生産がありましたのに、現在平和に立ち帰り、而も全部が
日本人で四十万を突破する
労働者に主食六合の配給をしながら、尚月に二百万トン台にまごまごしておるという現在の我が國の
炭鉱の状況を、表面だけ見ますれば、いかにも機構が惡いかのごとき錯覚を持たれるかも知れませんが、一度
石炭鉱業の実相を知られたならば、現在の
増産達成には、機構いじりは却
つて妨げになる
理由がお分りになることと存じます。
さて昭和八年の一人当り月産十九トンの記録が生れましたのは、昭和初頭のパニツクの煽りを食いました我が
石炭鉱業が、その局面打開に当
つては、專ら
炭鉱現場の合理化、或いは機械化に集中いたしまして、当時の我が國の
炭鉱技術は、世界の水準に劣らない程の進歩を遂げてお
つたのでありましてその結果が昭和八年の平均一人当りの月産が十九トンとな
つておるのであります。その後各種の
産業が盛んになりまして、
石炭の需要量もますます多くなりましたが、その当時蓄積しました
生産力は、即ち前にいろいろ合理化いたしましたという力でございますが、
労働者の素質がだんだん低下などしたのでありましたが、よくその重圧に堪えまして、昭和十五
年度には五千七百三十一万トンの
生産記録を作
つたのであります。
御
承知のごとく、
炭鉱は、いわゆる地下を移動する工場であります。すべて一ケ所におるということはありませんで、常に移動しておるのでありまして、尚地圧、ガス、出水、自然発火その他いろいろな自然の惡い
條件と戰いながら
生産を
行なつて行くのでありまして、そうして絶えず次の仕事場、次の作業場の
建設をして行かなければなりません。即ち
建設と破壞ということがよく言われますが、即ち準備作業、次に進行、次に維持、この準備と進行と維持、この
三つの作業に対する力の配合が最も釣合いが取れてうまく行かなければ成立たない事業なのであります。然るに戰爭が酣わになりまして、
資材や熟練した從業員が
不足する一方海外からの
石炭の輸送が非常に困難になりまして、國内炭の
増産要求がますます強くなりまして、
炭鉱経営の基本鉄則であるところの、先に申上げました
三つの作業の調和と均衡が全く取れなくな
つてしま
つたわけであります。即ち準備作業が殆んど行われなか
つたということであります。
これを具体的に申しますならば、
資材の面で申上げますと、昭和十四年に
炭鉱の消費した鋼材の量は十四万トンでありましたが、昭和十七年にはその半分の七万一千トンとなり、十九年には更に減
つて四万六千トンとな
つたのであります。一方
労働者の面で見ますと、昭和十五年全國
炭鉱の坑夫の数が三十三万八千人の内、
日本人の坑夫が二十九万三千人であります。それが十九年には総数は四十一万六千人と増加しましたが、
日本人の坑夫は逆に二十四万四千人に減
つておるのであります。而もその内容では、熟練した壯年者が続々と召集されまして、実質はそれ以上に低下しておるような状態であります。即ちただ頭数だけで
生産量を維持していたというのに過ぎないのでありまして、そのために現在
石炭は出ないが、準備をしなければならんというそういう準備作業は殆んど停止の状態にな
つてお
つたのであります。そればかりではなく、すでに壽命が來て危いというワイヤー・ロープの取替えもできない。或いは機械類の補修ができないとか、即ち既設設備の能力さへもだんだん減退して行
つたのでありますが、一番終いになりましたときには、
生産量を維持するために、非常な奔命に疲れまして、私は生れつき
炭鉱技術家で育
つておりますが、その
炭鉱の技術家といたしましては、最も好みませんところの非能率的で、そうしてやがては
炭鉱を破壞に導くであろうところの
切羽の前進拂い、準備ができない先にすぐ切取
つて行くという、採炭方式をしなければならなくな
つたのであります。即ち
終戰当時の我が國
炭鉱業は本質的に見ましても壊滅の一歩手前まで進められていたのであります。それにこの
終戰後の混乱、
終戰後の九月、十月二度の九州、山口地方の大水害、そういういろいろの事情によりまして我が國
炭鉱はそれまでに持
つておりました
切羽の約六割、半分以下にな
つたのです。約六割がなくな
つてしま
つたのであります。それが昭和二十年十一月の、いわゆる
石炭が最低量にな
つた石炭生産量五十五万トンにな
つて現われたのであります。その後いろいろな施策によりまして漸次
生産量も囘復し昨年十一月には一應二百万トン台に達したのでありますが、それから先の囘復状態は、甚だ芳しくない状態は皆さん御
承知の
通りであります。それから十ケ月を経過した今年九月の
生産量はこれは約二百三十万トンで、前と比べますと二十八万トンの増加とな
つたのでありますが、一方
労務者の数は八万人を増して四十三万人に達しておりますので、一人あたりの月産量は五トン三分で、昨年の十一月の実績は五トン八分であります。それよりも大分低下しております。
この原因が何であるかということに御注意願いたいのであります。地方別によりまして、又
炭鉱別によりまして事情はいろいろ異るのでありますが、総体的には現場施設の復旧がはかばかしく進んでいないことが一番重大な原因とな
つておるのであります。これを詳しく
説明するのには非常に長く時間がかかりますから、ここは困難でありますが、極く簡單に申上げますると、一例を圧延鋼材に取
つてお話し申上げます。この圧延鋼材は、
炭鉱の準備
建設には最も不可欠な一番重要な材料でありますから、まあ圧延鋼材について例を申上げますと、
炭鉱の現在の状況をこれを戰後の荒廃から救
つて、何とか立直させるためにはどれだけのことが必要かということになりますと、圧延鋼材の量は、毎四半期ごとに凡そ二万五千トン要するのであります。ところが昨
年度中の
炭鉱への入着量を見ますると、昨
年度の第一・四半期が僅かに六千四百トン、第二・四半期が一万二千トン、第三・四半期一万三千四百トン、それから傾斜
生産が非常にやかましく絶叫されて曾てない努力が集中せられたと称せられておる第四・四半期、これで需要量の六割六分即ち一万六千五百トンに過ぎなか
つたのであります。その他機械類の製造の能力が非常にうまくない。或いは電線類、釘、針金類が極端に
不足いたしまして又カーバイトやセメント、そういう物の
不足が、鋼材の
不足に更に拍車を掛けるような状態でありまして、
生産量は全体として幾分囘復して來ておるような状態ではありまするが、
炭鉱の本当の底力というものは、何ほども囘復できないような
條件下に置かれておるのであります。
そもそも本
年度の
生産目標三千万トンの数字が持ち出されましたのは、昨年の秋頃でありました。その時にも達成できるとは考えられませんので、当時は先ず二千五百万トン、ぎりぎり決著のところで二千七百万トンまでとされてお
つたのでありますが、それでは
日本の
経済危機の突破ができない、どうしても三千万トンは
是非とも必要である、その達成のためには、いかなる犠牲も敢えて厭わずという
政府の強い御意向によりまして、一切の議論を拔きにして決められたものであります。その当時私共
石炭業者は、凡そ十項目に亙るいろいろの要望、三千万トン達成のためにはこうしなければならん、こういうことをして下さいということで、十ケ條に亙る要望を提出いたしました。で
政府もこの実施を承諾されたのでありますが、さてその実施状況は甚だ芳しくないとこにな
つておるのであります。先ず第一に申し上げますと賃金問題でありますが、これは二月末までに新賃金の決定方が要望されてお
つたのでありますが、一月から三月までの分が決ま
つたのが四月、四月以降の分は五月十四日に中央で大枠が決まりまして、それに基いて各
炭鉱の各職種別の賃金が定ま
つたのは六月乃至七月の半頃であります。で、その間賃金未決定のもやもやしておることが
生産に何程影響したか。これはもう想像に難くないところであります。それから第二は鉱内夫の賃金を、二月分から全額新円拂いを実施するということでありましたが、これは一般と同時にやられたために、その当時非常に
坑内夫が
不足しておりました関係上、
坑内夫の特別優遇による方法としてそういうことをや
つて貰おうとしたのが、同時にや
つたために、
坑内夫増員政策をその当時ふいにしてしま
つたという状態であります。それから食糧
不足の要望も当然その時に入
つておりましたが、主食は十分とはいえませんが、先ず一般の状態からい
つて、不服をいえない程度にな
つておりましたが、ところが副食物の方については、遺憾ながら誠に窮乏いたしまして、いわゆる実際の採炭作業の外に、休んで畑を作るとか、或いは買い出しをやるとか、そういうことに余分のエネルギーが消耗されておるということも見逃せない事実であります。
次にこの
資材の点でありますが、御
承知のごとく、
炭鉱用
資材は單独で能力を発揮するものはごく少くて、いろいろの物資が集りまして綜合力を発揮するものでありまして、而も荷物が著いてから二ケ月、或いは半年、一年後でなければ
生産力に役立たない。そのくらいの時日がかかるというものが相当に沢山あります。それで三千万トンの計画実施に当りましては、遅ればせながら二十一
年度第四・四半期中に圧延鋼材二万五千トン初めいろいろの主要材料を三月までに
炭鉱に到着するように強く要望をしたのであります。ところが割当量二万四千七百トンに対しまして、現場到着が六月の末になりましたが、それがずれ込んで入
つた量が二万二千四百トンとな
つたのであります。それが第四・四半期からずれ込んで第一に入
つたわけであります。尚ここで御注意願いたいことは、例えば鋼材の場合、今
年度第一・四半期に
炭鉱に入着した一万八千五百トンはその期の割当分ではないのでありまして、
只今申しました第四・四半期の割当分乃至はその期以前のものがずれて入
つて來たのであります。第一・四半期分の割当は
生産主要物資の、それから
政府の方の配給調整法というのが変更になりまして、
政府の事務手続が非常に遅れた結果第一・四半期の分の割当が決ま
つたのは六月の末であります。
炭鉱ごとに割当許可の発劵が行われたのは七月になりました。その分の鋼材が八月末までに各メーカーから
業者の方に発送された数量は、割当量の二万一千トンの内僅かに千四百トンに過ぎないこういう状態であります。ここに
資材の
炭鉱向注入の空白期、つまり非常に大きなギヤツプができておるわけであります。かく申上げますことは、三千万トンの発足に際しましては、その期の割当量はその期の中に
炭鉱の手に渡るように要望をしたのでありますが、その第一・四半期分は、割当の決ま
つたのが期末であ
つたからであります。
以上申上げましたように非常にまずい状態であ
つたわけであります。仮りに一歩讓りまして、各期中の入着量を割当の期を無視いたしまして、各期の需要量と比較いたしますと、第四・四半期は六割六分、今年の第一・四半期に七割四分、平均で七割に過ぎないのであります。
次に
炭價の問題について申上げますが、三千万トンへの発足に際しましては、必ず期前に前決め制にする。適正なる
炭價の前決めをする。而も
炭價は全額新円で支拂うということを要望いたしましたが、その前決めの
炭價が決りましたのは七月七日以降の分でありますが、その爾後の事務手続の関係もあ
つて、各
炭鉱がそれぞれ平均
炭價の計算できるような状態にな
つたのは八月であります。その間四ケ月の遅延がありました。比較的やりいい筈の炭代の全額新円拂い、これの実施も二ケ月遅れまして六月からであ
つたのであります。
尚ここに特に申添えたいのは、七月七日以降の前決め
炭價そのものが、いわゆる新物價体系の一環であるということで、
政府の方では堅持しておられるようでありますが、これはその構成の技術の点につきましても非常なミスがあ
つた。その他インフレの大波の関係上非常な不適正
炭價とな
つてしま
つておるわけであります。早くも
炭鉱は赤字の苦境に追込まれて四苦八苦の状態にな
つておるわけであります。
次に住宅の問題でありますが、曾て四十万人の
労働者がおりましたので、頭数から申しますれば收容能力は十分である筈でありますが、戰時中は修繕は殆んどやれず、新築分も極めて仮建築が多か
つた、それも独身者の合宿が多か
つたので、家族持ちが多くな
つた現在の
労働事情では非常に住宅が
不足しております。新築或いは改築修理が急がれているのでありますが、これ又三千万トンへの発足
條件として毎期予定
通り工事完了が要望されてお
つたのでありますが、第一・四半期の完了、これは残念ながら九月の終り頃になる見込であります。
最後に
資金問題について申上げます。インフレ過程におきましては、期日遅れ、季節遅れの融資は非常にその價値が低減いたしまして、融資申請当時の計画物資の手当とか、工事の進行こういうことが非常に困難な状態になるのであります。今年からは期の初めに融資のことを勵行して貰いたい、こう申した。上期の分は大分二ケ月も遅れて実行された。下期分に対しては漸く期初め融資が実現されるような状態になりました。
以上今までに
政府が取行われたいろいろの実例を申上げましたが、要するに三千万トン計画に対する施策の実行は三月乃至四ケ月遅れておると申すことができるのであります。丁度それに符合するかのように、
生産量も四月から六月まではなかなか計画に達しなか
つたのでありますが、七月分からは御
承知のごとく三千万トン達成の計画の線に乘
つて参
つたのでございます。このような点から見まして、当面の重要課題でありまする三千万トンの達成の途、これは達成のためのいろいろの諸
條件、こういう計画の迅速に行われること、これが最善の方法であると信ずるのであります。計画の迅速な実施が最善最上の方針であると信ずるのであります。私
たちはこの三千万トン発足の端緒とな
つたところの、去年の十二月二十七日の閣議で決められましたところの、いわゆる來
年度三千万トンの
石炭生産計画を
完遂することは、現在の政治的
経済的諸
條件の下では、從來のような手段を以てしてはとてもできない。
政府としてはこの際思い切
つて石炭最重点
主義に眞に徹底する、こういうことが決ま
つたわけです。この重大決意に本当に徹底することを望んでお
つたのでありますが、実情はこれまで申上げた
通り、いわゆる徹底し切れずに、三月四月という時日が遅れたのであります。要するに
石炭の
増産が捗捗しくないのは、
石炭鉱業の機構が惡いからではなく、最重点政策に徹底できなか
つたことに原因があるのでありまして、何も今更
國管にするまでもなく、
政府の本当の重点
主義に徹底したやり方を敏速果敢に実行すればやれる問題であります。お題目だけの重点政策で、
炭鉱の荒廃は救われるものではありません。この点につきまして、過日の
マツカーサー元帥から片山総理に宛てられた書簡は、全くよくこの眞隨を衝いておるものと考えまして、敬服に堪えない次第であります。我が國には曾て世界の水準にまで達した
炭鉱技術がまだ残
つておりまして、それぞれの人によ
つて、或いは
炭鉱それぞれの施設、設備によりまして、或いは又文献によ
つて今尚立派に残されておりますから、そういうものを本当によく使い分けをして、そうしてこの戰後の混乱した山の状況がよく立直り、又
炭鉱の職場規律が確立されて、それがますますよくな
つて行く傾向にな
つておりまするから、本当に徹底した重点政策を遂行されるならば、直ぐにでも立派な活動が開始できるのであります。これに適切な
資金と
資材とを與えさえすれば、現場は見違えるように立派に立直
つて行くのであります。
労働者に住宅と食糧の不安を與えることなしに、安心して貰えるようにすることによ
つて、要員の定著性を増して、
労働力の内容充実ができるのであります。
作業現場の施設がよくなり、いろいろの
労働條件が整いますれば、
労働強化などという香ばしくない言葉を用いるまでもなく、
マツカーサー元帥の示唆されるところの二十四時作業
態勢が一般的に
行なつて行けるようになるのであります。このように
石炭増産達成は、何も多くの
反対を押し切
つてまでも
國家管理を強行する必要は微塵もない。これまで何度も唱えられて居
つた施策の実行に忠実であれば達成できるという問題であります。これまで散散失敗いたし、又その非常に能率が惡いという定評のある
官僚統制を更に一段の強化をするようなこの
法案にはどうしても賛成はできないのであります。長年その
炭鉱と運命を共にして來たところの
経営者、そうして企業の中樞として重要な役割を果しておる
本社機構、これを
炭鉱経営の実際の面から切離そうとする現在の
國管の指導、又
制度、手続の煩雜さと、身分保障の不安、これは先程から御
説明があ
つたことでありますが、不安から來るところの、現場担当者のいわゆる安心して長期計画、研究がやれない、そういう
氣持を喪失するというようなこと、こういうことは私の約三十年に亙る現場の
体驗からいたしましても、非常に
増産の妨げとなるものであることを考えるのでありまして、こういう考えになり勝ちの、いわゆるこの
國管には何としても賛成はできないのであります。
以上
石炭の
増産の達成を遅らしておる原因は施策実行の不徹底によるものであ
つて、
増産はこと新らしい
國管によらなくても、既定の方策を実行するに忠実であることによ
つて達せられることを繰り返して申述べて私の
意見を終ることにいたします。