○
政府委員(
田中源三郎君) 御
質疑の
趣旨は非常に大きな意義を持つ、又意味を持つ御
質問だと思います。現在運輸省の持
つております現業と監督の面でありますが、これは根本において私共は、
現状では
企業と監督を両
方面から切離さなければいかんと
考えております。そうして現業の方は原則としては、飽くまでも私
企業と同様に、
経済的にこれが合理的な
経営ができるということに根本を置かなければならんと思います。そうしてそれから公共性を
考えて行くようにすベきだと思います。この現業と全く離れた面において監督の行政が行われなければならん。
一つの運輸省内において現業と監督の二つの面があるということ、私はこれは誤つた行き方である。例えばこれは一例でありますが、ここの
委員会だけとしてお聽きを願いたい。これは私個人の
意見に過ぎないかも知れませんが、例えば
鉄道公團、
鉄道院とかいうもののなんでもよろしいから、
一つのものをこれを現業を別個にしてやらせる、同時にバスも、
國営の自動車全体もそういうふうにやる、つまり
企業の面にあるものは、監督の面からはつきり離れた
企業として存在、而もその
企業が採算の取れる、そうして同時にそれが
國家企業としての形態で歩んで行く、これが本來の行く道であると思うのであります。それで監督面から見ての考で
企業の面を見るならば、現在の私鉄を買收するというようなことについては、余程國会に必要な面がある線以外には、買收ということは私はできない、なぜか、運輸省自体の赤字そのものを先ず一應据置いておいて、更にこれの合理性のために一定の
企業資金というものを
國家から借りなければできない、
政府から借りなければできないという
状態にな
つて來ておりまするときにおいて、尤もこれが今後の
鉄道におきまする運営上、業務上必要であるという点があ
つて、又それが他の面においても必要である、こういつたところにおいて初めて私鉄を、私
企業というものを買收するという
考え方は出て参りまするが、現在においてはおそらく先ず自分自体の行政面から私
企業の本体に深く立入
つて、そうしてこれを先ず合理的な
経営というものに置いて、然る後に
考えて行くのが正当でなかろうか。
それから監督面でありますが、私
企業の中においても、儲か
つておる私
企業もあるし、儲からん私
企業もあると思うのです。そうしてその又重要性というものもあろうと思いますが、おそらく今後におきまして、自由に燃料が輸入されて参りますならば、五十マイる未満の
鉄道というものは、これは仮に
民間のバスと対抗しても、どうしても
経営が成立
つて行きません。私は過去において八十マイル近い
鉄道を
経営して來た経驗を持
つておりますが、本当に燃料が自由に輸入されるような時代において、その並行線であるとか或いはこれと最も
経済的
関係の多い
地方にバスが
経営されますならば、おそらく五十マイルや六十マイルの
鉄道はバスに倒されてしまう。私共はそういう意味から、並行してバス
企業をやつた過去の経驗もあるのでありまして、殊に雪國
地方におきましては、冬季においては雪という自然に圧迫されて営業收入が減るということ、これに対應するところの営業を続けて行くところの設備も持
つて行かなければならん、こういうことになるのでありまして、これは
会社の
内容も、亦十分に考課状等も見て参りませんけれども、線路のキロ数から只後御
説明申し上げました営業收入から見て行きまするならば、もつと私は
企業の合理的な
経営の面において、打開して行く途があるのではなかろうかと思われます。例えば或必要な線のみはこれを專用軌道にして、トレーラー・バスを動かす、トレーラーを動かしまするならば、百数十人の
旅客を積むこともできまするし、そうして時間的にも非常に得であろうと思います。実地に見ておりませんから分りませんが、これをバス
企業に轉向してそうしてトレーラー・バスとトレーラーのトラックとを引張りまするならば軌條や枕木でやるよりも、むしろ專用軌道を使
つて、
経営の面の合理化ということが
考えられるのであります。
会社としても一体
民間の
企業がそういう場合に立ち至つたときは、先ず以て
企業の番ち行きまする途を、
経営形態を考うべきだと思います。そうしてその方においてできるだけ國会が援助して行くことを
考えるということにいたせばいいのでありまして、
経営が成り立たんから買收してくれというのと、それから買收するにの
國鉄にと
つて價値あるものとの両者がありまして、まだ私共
鉄道についてはつきりとした
意見を申し上げるわけには行きませんが、先ず私
企業としてもう一歩自分自体の
経営面の合理化を
考えて行く必要があるのではあるまいか、その上において
会社が成立たんということであるならば、先ず私
企業としての
会社の
企業の
経営の最後のラインというものお
考え出して頂かなければならんと思うのであります。そうしい又公共性を持つ私鉄に対して、そういう立場に立ち至つたときに、初めて私共はこれをどうするかということを
考えて行くことがいいのであらうと思うのでありまして、到底現実の
政府の財政及び今の
國鉄においては、余程それがなければならん問題でも、買收をするとか、
國営に移管するということは、
経済上困難なことであります、この面から見て、まだ私共は、どうしても、や
つて行けない私
企業としては、もう一歩堀り下げて研究して行く余地が残されているのではなかろうかと
考えておるのであります、
將來におきまする私
企業に対しましては、今後そういう氣持で当分進んで行きたい。
企業が成立
つて行くということについては、
民間自体から
考え出して貰いたい。そうしてそれに我々ができるだけの援助をいたす。例えば金融上のお世話をするとか、資材のお世話をするとかいうことによ
つて、飽くまで私
企業を成立たせて行くという工夫をいたして行きたい、こういうふうな
考え方で、根本から申しますと、甚だ御
質疑に対して当を得ないお答えをいたしたかも知れないと思いますが
現状から見た
國鉄と
國鉄の今後の歩んで行く行き方と、私
企業に対する採り方、又こういつた監督の面から見まして、そういつた行き方をいたして行く方が正しい行き方ではなかろうか、又今日そうせざるを得ない実態にあるのではなかろうか、かように
考えておるようなわけであります。