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森戸國務大臣 學制改革の全貌について申し上げることにいたします。これは
學制改革を含む
教育刷新のことからお話申し上げるのが、順序であろうと思うのであります。
敗戦後の
日本は、すべてを新しく建直していかなければならぬのでありますが、
教育についても、この必要が特に痛感されまして、
教育竝びに學制の
刷新については、實は戦前よりすでに進歩的な人々の間には一定の見解があ
つたのであります。戦時中は抑えられてお
つたのでありますが、それが敗戦とともに、
従來教育竝びに學校施設の缺陷を痛感するに至りまして、これが
刷新の必要であるということが一般の世論となり、
文部當局もそれについて考慮いたしたのでありますが、同時に敗戦に伴う
ポツダム宣言竝びに占領後における
管理政策は、
日本の
教育の
内容竝びに構成について重大な指示を與えるに
至つたのであります。この
内外兩面要求に基きまして
教育刷新が行われたのでありますが、その大まかな順序を申しますと、敗戦からその年末に至るまでは、大
體管理政策に基きまして、
従來の軍國主義的、極端な超
國家主義的な思想、また神道的な傾向のある思想というものが、
教育から排除されることを中心とした、つまりいろいろな新しい
教育の邪魔になるものを除くというところに重點がおかれたのであります。それから昨年の初めころから、
教育刷新をいかにすべきかということの積極的な問題が取上げられるようになりました。その火ぶたとなりましたのは、
米國の
教育使節の來朝でありました。この
教育使節が
日本の
教育の現状を十分に調査され、さらに
教育に關する新しい
見地から、
日本の
教育の批判と
刷新に對する
具體的の報告が發表されたということは、御承知の通りであります。さらにこの使節を迎えるために、
日本側の
教育者委員會が組織されまして、これが
使節團と協力しながら、また
日本の
教育の現状を調査し、新しい
教育の
刷新に対する案を立てたのであります。この案は
委員會全體のものとしては發表されませんでしたが、有益な見解がまとめられておるのであります。さらに
日本側の
教育委員會が、より大規模な、もつと廣い範囲の組織となりましたものが、
教育刷新委員會でありまして、これが内閣に直属のものとなりまして、
日本教育刷新のことを調査研究し、さらに案を立てるという任務を帯びるに
至つたのでありまして、
教育刷新の
根本の方策というものは、この
教育刷新委員會の建議に基くところが非常に多いのであります。もちろんその
うしろには
米國の
教育使節團の
報告書が非常な参考にな
つたのであります。かようにして、昨年八月にこの
委員會ができまして、諸種の問題を相次いで審議いたされまして、その結果
教育の
根本方針に關するものと、
學制改革に關するものとの意見が、それぞれの部會の討議の結果きまりました。それに基いて
文部省と
關係方面とはさらに協議を重ねた結果、
教育基本法と
學校教育法との二つの
法律ができまして、今年の春、
議會に提出されて、
議會の協賛を經まして、三月末日に
法律とな
つたのであります。これで實は
日本の
教育刷新の準備ができたのでありまして、本年四月一日から施行されまして、新しい
教育刷新の
制度に基く
教育が發足するという段取りになりました。
これが大きな經過でありますが、そのときに申し上げましたように、大體
法律が二つできておるのであります。第一は先ほど申しました
教育基本法であります。第二は
學制の
具體的なことを規定した
學校教育法であります。しかし
教育基本法は、實は
學校教育法に定められた
日本の
學制の基礎になる
原則を定めておる點もありますので、これと切り離しては考えられない關係にあるのであります。この
教育基本法が提案された場合に、
提案理由の説明としてあげられているところを見ますと、次のごとく述べられておるのであります。
民主的で平和的な
國家再建の基礎を確立するために、さきに
憲法の畫期的な改正が行われ、これによ
つてひとまず
民主主義、
平和主義の政治的、
法律的な基礎、いわばわくとなるべきものがつくられたのであります。しかしこの基礎の上に立
つて、眞に民主的で文化的な
國家の建設を完成するとともに、
世界の平和に寄與すること、すなわちこのわくの中に立派な内容を充實させることは、
國民の今後の不断の努力にまたなければなりません。そうしてこのことは、一にかか
つて教育の力にあると申しても、あえて過言ではないと存ずるのであります。かかる
目的達成のためには、この際
教育の
根本的な
刷新を断行するとともに、その
普及徹底を期することが何よりも肝要でございます。
かかる
教育刷新の第一前提といたしまして、新しい
教育の
根本理念を確立明示する必要があると存ずるのであります。それは新しい時代に即應する
教育の
目的方針を明示し、
教育者竝びに國民一般の指針たらしめなければならぬと信ずるからであります。
次にそれを定めるにあたりましては、
従來のように、詔勅、
勅令等の形式をとりまして、いわば上から與えられたものとしてでなく、
國民の盛り上る總意によりまして、いわば
國民みずからのものとして定めるべきものでありまして、
國民の
代表者をも
つて構成せられます
議會におきまして討議確定するため、
法律をも
つていたすことが新
憲法の精神に適うものといたしまして、必要かつ
適當であると存じた次第であります。
さらに新
憲法に定められておりまする
教育に關係ある諸条文の精神を、一層敷衍具體化いたしまして、
教育上の諸
原則を明示いたす必要を認めたのでございます。さて、これら
教育上の
原則竝びにさきに申し述べました
教育の
根本理念は、単に
學校教育のみならず、廣く家庭を含めました
社會教育にも通ずべきものでありまして、これらの
根本理念竝びに原則は、個々の
教育法令に別々に掲げることなく、基本的な単一の
法律に規定いたしまして、その他の
教育法令は、すべてこの
法律に掲げまする
目的竝びに原則に則
つて制定せられるべきものとすることが
適當であると考えまして、この
法律を
教育基本法と稱した次第でございます。
以上申し述べました
理由に基きまして、この法案を作成したわけでございますが、この法案は
教育の
理念を宣言する意味で、
教育宣言であるとも見られましようし、また今後制定せらるべき各種の
教育上の
諸法令の準則を規定するという意味におきまして、實質的には、
教育に關する
根本法たる性格をもつものであるとも申し上げ得るかと存じます。
従つて本法案には、普通の
法律にはむしろ異例でありますところの前文を附した次第でございます。」云云と言われておるのであります。
この
法律では
教育の
根本理念と特に新
憲法に盛られた
教育上の
原則とが規定されておるということは、ここに書かれてある通りであるのであります。殊に
教育上の
理念竝びに原則についての重要な點を申しまするならば、第一には、
新日本建設における
教育の
重要性を強調しておるという點であります。前文の中に「われらは、さきに、
日本國憲法を確定し、民主的で文化的な
國家を建設して、
世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の實現は、
根本において
教育の力にまつべきものである。」という點で、
新日本建設における
教育の
重要性が明らかにされておるということであります。これは
従來日本の國が
教育において認めてきた地位がいろいろな點で低かつたということでありまして、
日本の國が軍國主義的非
民主主義的官僚國家であるということを中心としておつたために、いきおい
教育というものの地位がきわめて低く、それは
大臣の地位や
豫算の上にも實は客観的に現われていたのであります。こういう事態は新しい
日本の建設にと
つて適當ではないということが明らかにされておるのであります。
次に
教育の目的の點でありまして、
教育の
方針は
明治憲法と表裏した
教育勅語によ
つて明らかにされてお
つたのでありますが、
教育勅語と表裏いたしました
明治憲法の
改革とともに、その表裏をなしてお
つた教育勅語が
教育の
根本的な
原則としてそのまま妥當することが困難であるという形式上の
理由のほかに、實質上にも
教育勅語は在
來明治日本において果してきた多くの重大な文化的な任務と、またその中に含まれておる指向せらるべき道徳的なモーラル・コードというものがあるにかかわらず、今日の新しき時代をつく
つていく
教育の
根本方針としてはふさわしくないという
見地から、
教育の
根本の
方針は、新
憲法の精神によらなければならぬということが明らかにされたのであります。この點が第二に注意すべき點であろうと思います。
第三に注意すべき點は、
教育を實際に實行する上のいろいろな諸
原則でありまして、第一には
教育権が尊重されなければならぬ、他の力で支配されるというようなことは、できるだけ避けられなければならぬということであります。これは
戦争時代に、軍部の支配が
教育に強い干渉をいたしたことも囘顧いたされます。また末端の
教育行政においては、しばしば
内務行政がいろいろな干渉的な事實をもつたというようなことから、かような外の力、あるいはさらにまた新しくはいろいろな政治的、
社會的の力からも不當の干渉を受けないように、
教育の
自主性が重んぜられなければならぬという點であります。
次には
教育の
中央集権ということが打破せられなければならぬ。
従來の
文教行政は非常に強く
文部省的な支配のもとにあつた畫一的なものであつた。かような状態は改善せられて民主的なものとなり、その際
地方分権ということが特に重要視せられなければならぬという點であります。
第三には
教育の
機會均等ということでありまして、これはいろいろな面に行わるべきものでありますが、大體第一には身分に基く
學校の
制度というものは廢止されなければならぬ。たとえば學習院等特殊の身分の者の
學校は存續することを許されない。また女子については、男女平等に
教育を受ける
機會が與えられなければならない。
従來男女共學はありましたけれども、小
學校のごく一部分でありまして、また女子には
高等學校がなく、大學にはいるのに大きな障害に
なつてお
つたのであります。そういう點について男女平等の立場で
教育機會を享受するとともに、
男女共學ということが行われなければならない。もちろん
男女共學はこれを強制するのではなく、共學が望ましいということであ
つて、特殊の事情から女子のみの
學校と、男子のみの
學校ができることも、事情が許せば當然認められることになるわけであります。
その次には貧富の懸隔であります。
教育が、殊に高等の
教育が貧富の懸隔によ
つてはなはだ
不平等にあるという状態は、現在の
社會ではもつとも遺憾なことであります。しかし、これを
根本的に平等にすることは、
社會制度がこのままである限り實行できないのでありますから、
學校制度の上で、できるだけ
社會制度の上から來る
不平等を少くしていくという建前から、
教育の
機會均等ということが考えられ得るのであります。小
學校と
中學校を
義務教育にしたということ、
義務教育が六年から九年に
なつたということは一つの大きなその方向への進歩でありますけれども、その上の
學校は任意でありまするから、
經濟的な餘裕のない者は、いくら實力があ
つても上の
學校には行けないということが今日の事態であります。このことはきわめて遺憾なことでありまして、できれば能力のある者は、貧富にかかわらず上級の
學校に進めるようにしなければならぬのでありまするけれども、全面的にこれを行うことができませんので、
育英制度が設けられまして、
政府もこれに援助をいたしまして、今日三億ほどの
學生生徒に約一億の
豫算で貸費をいたしておるのであります。しかし、これは
學生の数から言えば、まことに微々たるものであります。それですからこれらの貧困にして勉強のできない人、それらの人は、すでに非常に殖えておるのであります。これらの人々について
適當な措置が講ぜられなければならぬのでありますが、これにつきましては、
高等學校において
パート・
タイムの
制度を設けてい
つて、働きながら勉強のできるような仕組、たとえば夜間の授業ということも
高等學校竝びに大學について考慮し、
通信教授ということも考えられておりまして、こういうような形でちやんときまつた時間に、
晝間毎日學校に行けない働く
青年も、全部とはいきませんまでも、ある程度囘學の意思のある者は、一定の條件のもとでは、働きながら勉強もできるという
制度をつく
つていきまして、今日の
社會制度が
教育上にも
つておりまする缺陷を補
つていくようにいたしつつあるのであります。なお
不具者につきましても、
従來ややともすれば、これらの不幸な人々は困却されがちであ
つたのを、これらの気の毒な人々についても
義務教育の
制度を行
つていく體制を整えまして、
機會均等ということをここにも及ぼしていきたい考えでございます。
なお
教育の
機會均等とともに、
教育の
中立性ということも、
民主主義の
社會においては重視さるべきものでありまして、
政治的教養、
宗教的情操の涵養は、閑却されてはなりませんけれども、同時に
官公立の
學校で特殊の政黨、あるいは政派の主張が説かれたり、あるいは特殊の一
宗一派の教説が説かれたりすることは、許されてはならぬのであります。かような意味で
國家あるいは
公共團體の営んでおりまする
學校においては、
政黨的宗教的中立性が厳守されなければならぬという建前に
なつておるのであります。まだほかにもいろいろございますけれども、大體かような大きな特徴をも
つて新しい
教育の
根本の
理念が定められておるのでありまして、新しい
學制はこの
根本的な
原則に基きながら立案されておるのであります。
そこでそれでは
學制改革はどういうふうな姿をも
つてくるかと申しますると、これは大體先ほど申した
教育の
民主化という線に沿いながら、
教育制度、
學校組織を単純化し、そして
教育の水準を落さないようにしていくことを念頭におきながら立てられたものであります。
この
學校教育法の
提案理由の説明を再び繰返しますと、「第一に
教育の
機會均等の
見地から考えまして
従來の
學制におきましては、
國民學校の
初等科六年を終了して、
國民學校高等科及び
青年學校に進みます者と、
中等學校を經まして
高等學校、
専門學校に進みます者との、二つの體系に截然と區別せられておりまして、前者は
國民學校初等科修了者の七割五分を占めておりますが、彼らには、能力がありましても、
高等教育を受ける
機會がほとんど與えられていない實情であります。この
點改正憲法に規定いたしまする、能力に應じてひとしく
教育を受け得るという
教育の
機會均等が保障せられず、また
高等教育を受ける希望を失いまするがために、
國民學校高等科及び
青年學校の
教育そのものも効果をあげ得ないのであります。
第二に、
普通教育の
普及向上と男女の
差別撤廃について申しますと、
公民たるの資質を啓發して、
文化國家建設の根基に培いますることは、
文化國家建設を中外に標榜するわが國の當然の責務であります。このため
義務教育の
年限を九箇年に延長いたしまするとともに、その範囲を擴充いたしまして、
盲聾唖、
不具者にもひとしく
普通教育の
普及徹底をはかりたいと存じます。
義務教育の
年限は、戦前八箇年に延長することに決定いたしまして、昭和十八年度から
實施することに
なつてお
つたのでありますが、戦時中その
實施が延期せられましたので、現在女子は満十二歳まで、男子は
青年學校を含めまして満十九歳までと
なつております。これは男女平等を規定する
憲法の趣旨に抵触すると同時に、心身の發育不十分の時期から
職業教育を施しまして、将來の方向を決定さしてしまうことになりまして、個性の伸長をはかるべき
教育的見地からも
不適當であります。九箇年の
普通教育を無償の
義務教育といたしまして、
男女一般に課するゆえんでございます。
第三に、
學制を単純化することにつきましては、
従來の
國民學校、
青年學校、
中學校、
高等女學校、
實業學校、
師範學校、
専門學校、
高等學校、大學など、
複雑多岐な
學制を単純化しまして、心身の發達の段階に應じまして、
原則として六・三・三・四の小
學校、
中學校、
高等學校、大學といたしたのでございます。
第四に、
學術文化を進展させます
見地から考えますると、大
學卒業までの
修業年限は、
従來のごとく
中學校四年修了で、
高等學校に進むといたしますれば、
現行制度と新
制度と同年になりまするが、
中學校五年卒業で
高等學校に入學いたしますとすれば、一年の短縮になります。しかして大學の数を増加することによりまして、大
學教育を受ける人員を増加し、さらに大學の上に大
學院を充實することによりまして、高度の
文化水準の
維持向上も期待できると存ずるのでございます。なお欧米諸國においても、
義務教育の
年限は大
體八箇年あるいは九箇年に
なつております。六・三・三・四の
制度は、
米國のみならず、次第に
世界の趨勢に相
なつておりますので、
世界文化の交流の
見地からいたしましても、有意義であると存ずるのでございます。
以上が
學制改革實施のおもなる
理由でございまするが、本案はこの六・三・三・四の
學制を法制化したものであります。」
こういうふうに述べられているのでありまして、かような
見地から先ほど申した六・三・三・四の
制度が設けられたのであります。さらにその上に先ほど申した大
學院があり、将來は幼稚園が初めの六の前に一箇年義務的なものとするような方法が、大體とられておるのであります。大體こういうような形で新しい
學制が、
民主主義と
平和主義の線に沿いながら、
國家建設の重要な方途としてとられておるのでありますが、今日最も直接的な問題に
なつておりますのは、六・三の三の
新制中學の問題でありまして、この點についてはすでに
皆さんの御協力を得まして、三十一億の
豫算が内閣におきましては賛成を得て閣議において承認を得ているのであります。私どもは一日も早く
追加豫算が提出されまして、確定的のものに
なつて、
最小限度でありますけれども、この六・三
制度の急所といいますか、弱點といいますか、最もこの大事なものが強められることを期待いたしておりまして、また
委員諸君の御鞭撻と御協力とを仰ぎたいと思
つているのであります。
さらに次の問題は來年から
高等學校を
實施することに
なつておるのでありますが、これにつきまして、私ども特に關心をも
つておりますのは、
勤労青年の先ほど申しました問題で、
パート・
タイムの
高等學校をいかにつく
つていくかということであります。當局におきましても、この點、
委員會を設けまして、いろいろ考究をいたしておるのでありますが、私どもは前述の
高等學校と竝んで、能力のある
勤労青年が
高等學校の
教育を受け得るような
定時制の
學校がつくらるれように、心から願
つておるのでありまして、この點ではあらゆる努力をいたしたいと存じております。なおそれと竝んで夜間の
學校竝びに通信教育の面にも、できるだけ力を注いで、働きながら高等の
教育を受けられるような體制を整えていきたいと存じている次第であります。はなはだ簡単でありますが、大
體學制改革の大筋を申し上げた次第であります。