○大島(多)委員 私は元東京
地方裁判所判事故山口良忠氏の悲壮なる餓死
事件につきまして、
司法大臣に御
意見を質してみたいと思うのであります。
先日私は所用のため、郷里佐賀に歸つたのでありますが、たまたま私が佐賀におりますときに、山口
判事の榮養失調による死を、大阪朝日新聞の記事によ
つて知つたのであります。山口
判事と私とは別に面識があるわけではありませんが、同
判事の厳父にあたる人は、多年教育界に盡瘁をなさいまして、教育界の長老であり、教育界引退後は、郷土神社の神官を勤め、現に佐賀縣神社廳の副廳長をしておられる人格高邁なる佐賀縣における最も尊敬すベき人士の一人であるのであります。この父にしてこの子あり、故山口
判事は、郷土の中學校、高等學校を通じて、ともに抜群の成績をも
つて卒業し、東大法科に進み、卒業後
司法界に入り、若手
判事として令名錚々たる人でありまして、郷土の人は同
判事の將來に對して非常なる期待をかけておつたのであります。身を持することきわめて厳、しかも他に對しては寛容、稀に見る高潔な人格の所有者でありましたことは、
司法官として最適任者であつたのであります。たまたま無謀なる今次大戰の結果、食糧
事情緊迫により食糧管理法の
施行を見たのでありますが、同法の
施行はかえ
つて一般大衆の食糧
事情惡化に拍車をかけることになり、食糧のやみ取引はあらゆる階層の人々の常識となり、やみ買いなくしては生存を續けることは不可能の状態にまで立至つたのであります。すなわち國家の
法律たる食糧管理法に牴觸することなくしては、一週といえども生存を續けることかできないということは、遵法の精神に富める正直者の生存を許さないという一大矛盾を惹起することに
なつたのであります。世の一般の人々は、すべて予盾の前に遵法の精神と正直さとを犠牲に供することによ
つて、今日まで生存を續けてきたのでありますが、故山口
判事は、神聖なる
司法官としての立場上、國法を犯さんよりも、むしろ死を選ぶ決意をなしたのであります。この遵法の精神は、まさに鬼神を泣かしめるものがあるのであります。世のいわゆる常識論者中には、この山口
判事の悲壮なる死を目して、かたくななる變質者のごとく、冷やかなる論評途を加える者なきにしもあらざる状態でありますが、まことに痛憤のきわみであるのであります。まさに故山口
判事こそは、遵法の神であり、かの惡法と知りつつも、國法なるがゆえにわれこれを護ると叫んで、國法の前に從容として毒杯を仰いだソクラテスにも比すベきものだと思います。あるいはまた刻々に迫りつつある死を直前にして、後世の潜航艇の改善のために、尊い死の記録を殘した軍神佐久間艇長の死と、まつたく
同一のものであると思うものであります。私は何も故山口
判事と同様の行為を現在の
司法官にこれを求めるものではありません。なぜならば、かかることは神のごとき人でなければ行い得ないからであります。一般人に神の行為を求むるは、これ無理であります。私が強調いたしたいのは、故山口
判事のその遵法の精神であります。この尊い遵法の精神ありてこそ、新日本の秩序は保たれ、道義の高揚は可能であり、
司法の尊厳は護られ得ると思うのであります。もし山口
判事が
司法官でなかつたならば、おそらくこの悲壮なる死から免れ得たでありましよう。
司法官なりしがゆえに、かかる死を選ばざるを得なかつたことは、殘された遺書によ
つても明らかであります。遺兒二人には、決して
司法官たらしめるなと遺言をされておりますのを、
司法大臣はいかなる感慨をも
つてみられるのでありますか。故山口
判事の死は、まさに悲壮なる殉職であります。私は先日歸省した折に、故山口
判事の厳父に車中でお目にかかつたときに、いろいろ故
判事のことに關しまして伺つたのでありますが、
司法大臣から弔電をもらわれたというようなことは、遺憾にして、私は聞かなかつた次第であります。かかる尊い部下の殉職に對し、當然相當の弔意をお拂いになるということは、部下
職員をして、眞に
職務に挺身する氣持を起さしめることになると思うものであります。もちろん大臣は非常に多忙であられますから、そこまでは手が届かなかつたかもしれませんが、そのことは今でも遅くはないと思う次第であります。なおそのときに承りましたことによれば、故山口
判事の夫人も榮養失調のため、目下容態が危險に瀕しているということでありました。私はこの山口
判事の殉職を契機として、臺閣に列しておられる
司法大臣から、國法を犯さなければ生存が不可能であるというような事態が、一日も早く解消されるように、
適當なる處置を講ぜられんことを望む者であります。同時にまた後顧の憂いなくして
司法事務に專念できるように、
司法官の
待遇を改善されんことを望むものであります。また故山口
判事の悲壮なる死をいかにお考えになるか。私は殉職なりと思うものでありますが、
司法當局はいかなる見解をも
つておられるのであるか。またその遺族に對しては、いかなる處置を講ぜられんとするものであるかも、併せて私はお尋ね申し上げたい次第であります。