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鈴木國務大臣 静岡縣の
逃走事件、その前提にな
つております
假釋放事件というものの
二つは、容易ならざる
事件であると存じましたので、私も
行刑局長を帶同いたしまして、親しく現地に臨んで
調査をいたし、また
檢察當局その他の
調査の結果をも徴してまい
つたのであります。これを詳しく申し上げますと、長時間を要しますから、他の
機會に詳しくまた申し上げることがあろうと存じますから、今日はできるだけ簡略な形でとりまとめてお答えを申し上げたいと思います。
この問題を考えるにつきまして、
静岡に起
つた事件の
具對的な處理の問題、それからあの
事件を通して現れた近次のわが
國行刑制度、
刑務行政の缺陷等についていかに對處すべきかということを示唆された問題として、私どもは特に重大な関心を寄せておる次第でありまして、その
二つを區別して考えていただきたいと存ずるのであります。まず
静岡の
事件といたしましては、ある
看守が軽率にも深く
事實を知らずして、お前はきよう釋放される豫定だというようなことを申したことは、まことに軽率この上もないことであります。そのために
池谷某という
受刑者は、その日釋放されることを信じ、一同に別れの
挨拶をして家に帰る用意をしたわけであります。ところがいつまで待
つても一向許される氣配がないので、
挨拶を受けた
班長と稱せる十四五名の
代表者が、なぜ
池谷を釋放しないのであるかという
質問をした。そのときは應答が適切でありましたならば、ああいう問題にまで展開しなか
つたのではないかと存ずるのでありますが、それを漏らした
看守と
所長との間に連絡がなか
つたために、
所長はただひたじきにそんなばかなことはないとい
つて否認いたしました、また
事實そういうことはないのであります。十月十七日に釋放すべき内命があ
つたのでありまするが、これは
所長以外だれも知らない
機密文書でありまするから、漏らさなか
つたのであります。ただひとえにそういうことがないと
言つたので、
受刑者たちは二枚舌を使うのである、どちらがうそを言
つておるのであるということから激昂いたしまして、まずその
増井という
看守を呼んで
質問をすることに
なつた。
増井は言を左右に託したために、ますます激昂をかいまして、先ほど
言つたではないか、今はそれを否認するとは何事であるかというようなことから、遂に
暴力沙汰に及びまして、
増井看守はけがをいたしたのであります。
ちようど工場がひけるときでありますために、
工場から帰る途中にありました二、三十人の
受刑者が、何だ何だということで、これに寄
つてきて、だんだん聽いておると、許すはずの
池谷を許さないというようなことであると解しまして、けしからぬではないか、釋放すべき命令がきているというのならば、釋放したらいいではないかということで迫りまして、非常にその場の情勢が險惡でありましたために、
所長はいろいろ
言菓を畫くしてなだめようとしたのでありますが、どうしても收まらない。どういう
事態に展開するかもわからぬとして、
自分の全
責任において腹を切る
覺悟で、それでは十月十七日に
釋放命令を受けておるのであるが、期日を早めて今日釋放するということを宣言するに
至つたというのが
實情であります。さらに
池谷が、
自分が許されるのはありがたいが、今ここで少し穏かならぬ形勢にでたところの
受刑者たちが處罰されるのでは氣の毒であるから、
自分が許されるとともにどうか處罰をしないようにお願いしたい。それは水に流すと
所長が
言つたのでありますが、そう言われただけでは安心できぬから、一札書いてもらいたいということになりまして、一札を書いて渡したということに相な
つたのであります。この報が一たび傳わりまするや、
本省においても容易ならざることと認めまして、
山田事務官を派遣し、また各付近の
刑務所から十五名の
應援看守を派遣いたしまして、
受刑者の動揺に備えたわけでありますが、ある
意味においては、これがまた
受刑者を刺戟したようでありまして、あれほど水に流すと
言つたが流すのじやないのだ、ああいうふうにみなや
つてきて、これからわれわれを處罰する、それではどうもかなわないから、今のうちに逃げるほかはなかろう、逃げられるなら逃げようじやないかという相談をいたしたらしいのでありましてもつともその前に、水に流すということは
刑務所長の専斷である、
本省の認めざるところである、ゆえにあの日亂暴した者は、それぞれ
取調べをして處罰すべき者は処罰するから、さよう心得ろということを申し渡したのであります。それが非常に
受刑者の精神を動揺せしめたのでありまして、どんな重い処罰を受けるかわからぬ、それならば萬一を僥倖してひとつ逃げれるなら逃げようじやないかということに
なつたようであります。特に
夜勤に從事しているのであるから、夜食に供するのであると稱して
もちをつかさせまして、その
もちをついた所も私親しく見ましたが、なるほど
食庫の奥の方の暗い所でありまして、日中でありましたが、石臼のあること
もちよつとあかりを使わなければわからぬようなところであります、
從つて音も外部には漏れない、あの
状況では
もちをついても聞こえなか
つたということは了解されるのであります。とにかく
もちをついて、全部は持たなか
つたようでありまして、
大分殘つてお
つて、
あとで押収されておりますが、その
もちをついた者は、眞に
夜勤の
特別給食として出すものと思
つてついてお
つたというのでありますが、とにかくそういう準備をして脱送を企てた、こういうことでありまして、そういう場合でありますから、
十分逃走等については
注意すべきでありましたにもかかわらす、鍵をかけたひきだしに鍵を入れておくべきでありましたが鍵をかけないで入れておいたそのために、鍵を盗まれたというような失態が起きまして、ついに御
承知のごとき不詳なる
事件が發生いたしたわけであります。なお
新聞その他によ
つて傳えられましたところには、やや針小棒大に、あるいは誇張せられて、あるいは興味をそそるためにややおもしろく脚色をしたというような點もあるのでありますから、それらの點は十分に割引してお考えを願わなければならぬと思うますが、大體ただいま申し上げましたような
事實は存在したのであります。これは幾重にも残念なことでありまして、いわゆる
綱紀の
頽廢。あるいは
職員の
過失、
怠慢等は、これを率直に認めざるを得ないのであります。何ゆえにああいう
事件が起
つたかということを考えてみますと、そのよ
つて來るところは遠く深いものがあるように思うのでありまして、第一には
刑務職員の質というものが、非常に低下いたしておるのであります。大體が小
學校を出ただけの者でありまして、しかも一年未滿の者で、終始入れ替り立ち替り長く續かないのてあります。
給與があまりにも乏しいことと相まちまして、好んでその任につくという性質の
仕事でないものでありまするから、ぜひそういう
仕事にしなければならぬと考えてはおりまするが、
靜岡刑務所の
實例についてみましても、
勤續年數井一箇年以下の者が五十三名のうち三十六名というような
状況でありまして、五十三名のうち十三名は
晝夜勤務者でありまして、残りの四十名が警備に當るのであります。三十六名が一年に足ざる訓練しか受けておらないという點も、御了承を願わなければならぬのでありまして、質が著しく低下している。
從つて受刑者に對する
統制力というものが、はなはだ缺如いたしております。殊に
終戰後、いわゆる
民主主義的な傾向が誤
つてこれらの世界にも輸入せられましたる結果、非常に
統御力が減退しておるということを、否定することはできないのであります。
受刑者の方は長き三年、四年、五年というような長い間はい
つておる者であり、同時に
累犯者が多いのでありまして、
刑務所というものにすこぶるなれておる。でありますから、一年未滿の
看守というようなものが、その智力においても小
學校を出ただけで、附近の農村から
ちよつと出てくる。まことみすぼらしい服装を與えられておる。この點なども、どうかもう少し
威嚴を
もち得るように、官服を警察官竝みに
給與せられたいというようなことも、今囘陳情を受けた
一つであ
つたのでありまするが、それでこの
受刑者に對しておるのであります。
受刑者から見れば、あえて恐るるに足らぬというような感想をもつことも、無理からぬことでありまして、
法律の上でいかに
職權をも
つておりましても、
人間と
人間との
關係におきましては、結局
實力がものを言うということに相なるわけでありまして、この
統制力を十分に發揮することのできなか
つたということが
網紀と弛緩せしむるに
至つた重大な
原因として認めざるを得ないのであります。そこへも
つてきまして、御
承知のように
收容者もまた非常に増加しておるのであります。
靜岡の
刑務所は戰災に遭いまして大半焼けてしま
つた。いまなお焼けたままであるのでありますが、そこに焼け
殘つた房舎、かりに
建築をいたしまし
たかり建築の
房舎と合わせまして、そこに非常にたくさんの
受刑者をいれてあるのでありまするが、私親しく見て歩きましたが
ーー數字につきまして
ちよつと今手もとにありませんから、
あとでまた別に
數字について申し上げることをお許し願います。獨房というところにも三、四人ずついれておりますし、定員八人の
房舎にも十一人、十二人というふうにいれておるような次第でありまして、御
承知のごとく一人でおればおとなしくしておるが、多数になればいろいろよけいなことも語り合う。殊に多くなるほど群集心理が作用いたしまして、ともすれば不用意なことが起こるということは遺憾ながら否定できないのでありまして、そういう
状態で、まことに
行刑上困難を來しておることも、これまた認めててやらなければならぬのであります。
過剰拘禁の
状況は、先日小菅の
刑務所も視察いたしましたが、到るところ、どうも否定できない
事實であります。これは
連合國公安部等からも、やかましく申されておることでありまして、ぜひ
行刑を生當になし得る
程度に、
拘禁の比率を弱めますように、この
議會におきましても、御
協力を願いたいと存じておるのであります。そこへも
つてきまして、
民主化の適用ということが、なかなかこれはむずかしいことで、相當の
知識階級でも、
民主主義をはき違えておるようなことが、多々見受けるのでありますが、
自治制度を布くということになりました結果、ある
程度の
自治制度でありますけれども、それぞれの
工場に
班長というもののを
受刑者の中から選びまして、これは
刑務所によりましては
選擧させておるそうでありますが、
静岡ではさすがに
選擧まではさせておらなか
つたのであります。大體あれがよかろうということで、任命することにな
つてお
つたのでありますが、しかしいきおい任命をするといたしましても、まず
刑務所内における先輩ということになりますと、あまり罪名のよくない、刑期の長いものが、むろん
模範囚であ
つて行状はよろしい者から選ぶのでありますが、
刑務所の中における
模範囚が、必ずしも
實社會においても
模範人であることは言われないことは、御
承知のことと思うのであります。しかしとにかく
模範囚と目される者から選ぶのでありますが、こういう人々に權力を與え過ぎた。別に法規の上で與えないのでありますけれども、先ほど申しましたような
職員の
質的低下と相ま
つて、自然伸びて
しまつたのであります。それでますます
統制が困難に
なつたということを認めざるを得ないのであります。それが從來ならば、なぜ釋放しないかとか、お前は釋放すると
言つたではないかというようなことを、
受刑者が
取締官たる
看守に向
つて質問するというようなことは許されなか
つたことであります。それは穏やかに伺いを立てるということは許されたでありましようか、そういう形をとるに
至つたということが、ある
意味において
民主主義ということをはき違えたのだということを申されても、やむを得ないというような形をと
つたわけであります。これらの點は將來のわが國の
行政の
實際の上において、大いに考えさせられる點でありまして、私も皆様の御
協力を得て、ひとつ十分にこれは考え直さなければならない、こう考えてまい
つた次第であります。
職員の職務上の
過失及び怠慢があることは、先ほど申し上げました
通りであります。これに對しましては、
適當な
處置をとることにいたしたいと思います。ただどの
程度に
過失、怠慢ありやということにつきましては、
所長についてはすでに明らかでありまするが、多數の
看守について、十分に當時の
状況に從
つて取調べなければならぬ。そうでありませんと、
責任關係が明らかであしませんから、
静岡の檢察廳におきましては、
望月檢事を主任といたしまして、ただいま熱心に
取調べを進めておりますので、その完結をまちまして、
嚴正に公正に處斷いたすつもりであります。以上概略申し上げます。