○
佐瀬委員 ただいま御
説明の中に、刑罰的
規定をも
つて天皇制を保護する必要性があるかどうかということに基いて
考えなければならぬという點がありましたが、これは私
もとよりごもつともだと思うのであります。ところが刑事統計の上からみますと、判決に現れたものというだけを基礎にしたのでは、なかなか
犯罪の実體がつかめないのであります。先ほど英國の例の話があ
つたようでありますが、私もか
つて英國のハイコートで、一體英國にはどのくらい
不敬罪があるかということを尋ねたところが、この
通り何もないと言
つて統計表を出されたことがあります。見れば零であります。しかしながら、それは裁判に現われたところが零であ
つて、
社會の実際において
不敬罪がなくな
つているのではないのであります。おそらく
司法省の統計に現れたところも、ただ有罪として確定されただけのものであ
つて、それ以外に相当の数があるのではないかと
考えるのであります。
刑法の全體を眺めてみますと、厳正な
意味で、きわめて少しばかりの
犯罪に對して、相当厳罰
規定をも
つているものがあるのであります。いわんや他に質的にも重大であり、しかも数においても相当数に思われると思う。かような
不敬罪等に對して罰則を缺くということは、
刑法内部の比較から見まして、その點においても、私は一考を要すべき問題ではないかと
考えております。
次に國際情勢から見て
日本の民主化をはかるバロメーターとして
不敬罪の存廢が注目されているという御
意見は、私もまた認めるに吝かではございません。しかしながら、眞に
日本が新
憲法の
もとに民主化されたか否かというのは、かような刑罰
規定だけの問題ではないのであります。むしろ
政治面なり、あるいは行政面なり、あるいは経済機構なり、あるいは
國民生活の上において、ほんとうに民主化されたかどうかという尺度が、発見されなければならぬと思うのであります。私の最も恐れるのは劈頭に申し上げましたように、
刑法は断じて
政治的刑法に堕落してはならぬ。國際情勢ににらみ合わして、政略的に
考えたところの
刑法であ
つてはならぬと思うのであります。
日本の民主化は、この
規定の有無にかかわらず、私
どもは堂々と決定的に行うていかなければならぬ。
國民ひとしく臍を固めているのでありまして、これを重大な意義ある
不敬罪の存廢問題にかかわらして
考えることはいかがかと
考えているのであります。さらに
天皇制の基礎は
憲法の條文に基かずして、わが國の傳統的観念の上に維持されているという御
意見も
もとより私賛成でございます。これこそ不文
憲法として確率された點でございましよう。
國民の総意もまたそこにあると
考えているのであります。はたしてしからば、私はこの
不敬罪をおくかどうかということも、
國民の総意に照して決定するということが、本然的なきめ方ではないかと
考えているのであります。しかし以上は私の
政府委員から受けた御
説明に對する感想を述べておくに止めておきます。
次に時間もございませんので、二、三の點を確かめておきたいのでありますが、
刑法九十條及び九十
一條の廢止の點でございます。これはすでに外國の元首あるいは外交使節に對する不可侵權を認めるかどうか、そうしてそれに相呼應して
刑法上特別な保護法益の主體としてこれを認めるかどうかという點が問題の焦點であり、
政府委員の御見解によれば、それは別に國際法上確定されたものではない。そこに九十條及び九十
一條の廢止の根據があるのだというふうに承
つてお
つたのでありますが、私はやはり
憲法九十八條の二に
規定しておりますように、この不可侵權は、從
つてこれに對する國内
刑法上の保護は、國際慣習法上ですでに確立したものである。いわば國際
法規上の
制度である。從
つてこれを無視して廢止するということは、九十八條二項のいわゆる國際
法規に違背する疑いがあるという信念をも
つておるものであります。しかしさらに私は新たな
理由からも、その點を
考えてみなければならぬと思うのであります。現在
犯罪人引渡條約というものが各國間に締結されております。この共通した原則は、いわゆる
政治犯罪人不引渡という點にあるのであります。その
政治犯罪の概念
規定なり
範圍なりについては、若干疑いもあり、
議論もあり、現にベルギー條款主義あるいは一名加害條款主義と申しておりますが、その立場から言いますと、元首に對する
危害罪等は
政治犯罪から除外して、
犯罪人引渡しの
對象にするということにな
つておるようでありますけれ
ども、英米法系統のものでは、すべてこの加害條款主義を排撃して、これらをも
政治犯罪の範疇に組み入れ、しかしてこれに對してはその
犯罪人を引渡さずに、各國が保護するという國際條約を多く締結しておるのであります。
國内法もこれに相ま
つて、元首等に對する
犯罪を特別な立
法的地位を與えて
規定しておるのであります。現に
日本がロシアと締結した日露
犯罪人引渡條約第四條、及びアメリカと締結した日米
犯罪人引渡條約第四條においては、これに關連した
規定をも
つておるのであります。日露條約はすでに第一次大戦の結果自然廢止の形にな
つておりますけれ
ども、日米
犯罪人引渡條約第四條は現存しておる
規定でございます。從
つて私はひとり米國に對する
関係ばかりでなく、これらの條約を基礎にして発達した国際法の上から見ましても、かように国際法上の元首に對する
犯罪を特別に設ける、
國内法もこれに相呼應していくというのが、現在の法秩序の上の一大原則にな
つておりますから、もし
日本が
不敬罪を廢し、さらに外交に關する罪としての九十條及び九十
一條を廢して、外國の元首に對する保護
規定をも缺くに至
つたならば、かような國際條約の上から見ましても、違反になるおそれが多多あるのではないかと私は
考えておるのであります。この點に對する御
意見を承れれば幸であると思います。