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中村(俊)
委員 次にお尋ねいたしたいのは、きわめて重大なる問題でございまして、いわゆるこの
改正案には皇室に對する罪が
削除にな
つておるのでございます。これは實に重大なる問題でございまして、やがては各黨におきましても黨の
方針としての決定的な御
意見が發表になるだらうと思われます。わが黨におきましては、もちろんその點について黨議として決定されることだらうと思います。本日は私一個の見解をここに申し述べまして
お答えを願いたいと思うのでございます。
ただいま配付をされました
刑法の一部を
改正する
法律案の
提案理由の中に次のごとく述べられておるのであります。「新
憲法において
天皇は
日本國の
象徴、
日本國民統合の
象徴たる特別の
地位を有せられ、
皇族もまたこれに伴い
法律上特殊の身分を有せられるのでありますけれども、他面これらの
地位と矛盾せざる
範圍において一
般國民と平等な
個人としての
立場をも有せられることとな
つたのでありまして、その限りにおいて法的に異
つた取扱をすることは新
憲法の
趣旨に合致しないとの
思想に基き、この
改正を行
わんとするものであり、要するに
個人の
尊嚴かつ平等の
趣旨をこれによ
つて徹底せんとするものであります。なお本
改正につきましては、それがわが
國民の傳統的なる
感情に異常の衝撃を與うるにあらずやとの點を懸念いたすのでありますけれども、これらの
罰條の
存否がわが
國民主化の問題の一環として
列國注目の的とな
つておることを考慮いたしまして、この際敢えてこれを實行せんといたす次第なのであります。」云々というような非常な決意をも
つて政府はこの
天皇竝に
皇族に對する
犯罪の
條項を
削除されておられるのでございます。私は結論を申しますると實に
政府はまさに
刑法における
天皇制を
廢止されようとしておられるのであると、私は
考えざるを得ないのでございます。はたして
政府は
憲法第
一條の
天皇は
日本國の
象徴だというこの
意味をどういうように
解釋にな
つておいでになるのでございましようか。
憲法第
一條のこの
解釋につきましては、すでに前
政府の
金森國務相は、國の
象徴たることと關連して、
天皇不可侵權ということが現われてくるのであり、かつまた
天皇の
一般と
違つた地位を有せられることが明瞭とな
つたのであると
説明いたしておるのであります。
言葉をかえて申しますと、
憲法第
一條は
明治憲法におきまするところのいわゆる「
天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」と同樣の
意味をも
つておるのであると
言つて差支えはないのだと、私は
考えておるのでございます。さらに
天皇は
國民と全然別個の
立場に、あるいは
人格に置かれておるということは、新
憲法にもそれは明らかに書かれておるのでございまして、第六條には、
天皇は内
閣總理大臣及び
最高裁判所長官を任命する
任命權をも
つておられます。第七條にはいわゆる
國事に關する特別の
行為を
規定されておられるのでございます。さらにまたこの
改正案の二百三十條に改めらるべき中に
告訴をなすことを得べき者が
天皇、皇后、太皇太后、皇太后または皇嗣なるときは、内
閣總理大臣に
告訴權を移管しておるのでございまして、この
條項自身におきましても、
天皇を特別なる
地位にあるものとしての
取扱いをされておられるのではないでしようか。これによりはして、
天皇の
地位は一
般國民と私は截然として區別されておるものだと確信いたします。しかるにこの
提案理由の中には、あたかも前の
議會におきまして
金森前
國務相が現在の
憲法は
法律的には
國體は變
つておるけれども、政治的には變
つていないのだというぬえ
的答辯をされたと同じく、ここに書かれておるように、
天皇は
法律上の特殊の
地位を有せられると言いながら、また一面において
一般人民と變らない
取扱いをするのだということはきわめて私は矛盾しておるところの
説明でありまして、これが
政治家の
説明ならばいざ知らず、
法律家として
説明といたしましては、とうていわれわれはこれに承服することができません。あえて再び私は
刑法上における
天皇制廃止をなさんとするところの企であると斷言して差支えないと思うのであります。
元首的地位にある
天皇に對する特別の
規定を置いておきたいという念願は、
日本人の
感情であり、
日本人の倫理であると私は固く信じておるのでございます。
從つて政府に右の
犯罪の
廢止がはたして
憲法の眞の
精神に副うものだと
考えて
おいでになるのでございましようか。
言葉をかえて申しますれば、
政府は新
憲法は物理的平等までも要求しておると
考えて
おいでになるのでございましようか、もしもしかりとするならば、
天皇に對する正
當防衞權も認められるのでございましようし、
尊屬殺人の
規定も廃止しなければこの權衝はとれず、しかもその
思想は一貫しないものだと私は固く信ずるのであります。さらに
天皇を
民事訴訟の當事者としての適格ありと
考えてよろしいのでありましようか。ことに
尊屬殺人のごときは親子間の問題であります。もちろん
社會道徳に關する
影響はきわめて重大でありますけれども、第三者からいえばあかの他人でございます。これにつきましては
死刑という特別なる
條項が
規定されておるのでありますが、もしもかりに
日本人が
天皇に對して危害を加えるという
一つの例をと
つてみましたならば、これは
日本人全體の倫理に大きな
影響があるのであります。この點は
尊屬殺人をおいていながら、
天皇竝びに皇室に對する罪を酌量するという點は、きわめて私は矛盾があると
考えるのであります。はなはだ失禮な言い分ではありますけれども、
佐藤司法次官は
法律新報の第七百三十四ページの
刑法改正法律案要綱についての御論評の中に次のごとく言
つておられるのであります。これはもちろん不敬罪に關する點でございまするが、從來皇室に對する不敬罪
規定は、その
解釋及び運用について、往々不明確であるという
批判もあり、また現在の國際情勢に鑑みても、不敬罪は單なる名
譽毀損罪や侮辱罪のほかに、何らか神秘的なるものを包含するという疑問を招くおそれあり、云々ということを書いておりますけれども、いわゆる世論、俗論、あるいは過去における一部の人々が
天皇に神格を與えたということは、われわれは否認いたさないのでございますが、
刑法に關する限りにおいて、
天皇に對して神秘的なるものありとの感を懷いておる人がありましようか。司法官である司法次官が、一部の世論に迎合されて、
かくのごとき言をなされるということは、私は十分愼んでいただかなければならぬのではないかと
考えるのでございます。
明治憲法の第三條の、いわゆる「神聖ニシテ侵スヘカラス」という
規定すら、
國家は
天皇に對して、
天皇がその
尊嚴を害されるような方法において
責任を問われるような
取扱いをしてはならぬということを定めたにすぎないのでありまして、「神聖ニシテ」。とは決して宗教的な
意味、神秘的な
意味をもつものではないのであります。
天皇にふさわしい
尊嚴を認められたにすぎないのでありまして、それはどこの君主でもそれにふさわしいと思われる
尊嚴性を君主に認めて、それに相當する無答責の
地位を有せしめておる所が普通でありまして、これと同樣なことがわが國でも
天皇について認めていたにすぎないと私は
考えておるものであります。私はここであえて
憲法論を試みようといたしませんけれども、皇室、特に
天皇に對する
犯罪を
削除せんとする
政府に對して、はたして
政府は新
憲法における
天皇の
地位をどう
考えておるかということを、質したいと思います。
社會黨も、昨年の選擧においては
天皇制護持を重要なる政策の一とされたはずでございます。われわれの言う
天皇制というものは、もちろん過去の
天皇の
地位を言うのではありません。
制度としての
天皇制を論じ、これが存立を強調してまい
つたのであります。しかして新
憲法におきまして、主權は在民とな
つたのではありまするけれども、
制度としての
天皇制は嚴然として護持されておるはずであります。それは
天皇制という點だけはこれを尊重すべきであるとの
國民的
感情と倫理が
かく決定いたしたものであります。歴史の永いイギリスはもちろんのこと、歴史の短いアメリカにおきましても、
國家生活に基く種々の
事項に關して傳統の存在を見るのでありますが、當今ややもすれば、ただ新しが
つて、傳統とさえいえば何でもこれを排斥するものがありますけれども、これは
社會生活の繼續性というものを忘れたものであろうと私は
考えるのであります。特に私の言いたいのは、
社會生活のある事態に對して、ここの時代の
社會生活の向上の
ためにある
事項に關する
制度を定めようとするにあた
つては、その
事項に關する傳統について愼重に
考えなくてはならぬと思います。アメリカにおいても、イギリスにおいても、今申しましたように傳統はあります。しかも單に傳統が存在するに止まらないのでありまして、その傳統が尊重されておるのであります。そういう尊重されておるという傳統のあることを私は銘記しなければならぬと思うのであります。從いまして、私は
天皇制が護持され、
國民的
感情としてこの尊い傳統をあくまで存續せしめていかなければならぬということよりいたしまして、現在の不敬罪というものは、きわめて漠然たるものでありますから、これは
適當にかえられなければなりませんけれども、少くとも
天皇竝びに皇室に對する危害罪及び特別の名
譽毀損罪というごとき
一條は、必ず設けられなければならぬものだと信ずるのでございますが、この點に關する
政府の御見解を聽かしていただきたいと思います。