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加藤シヅエ君 この
優生保護法案は、他の多くの法案と違いまして、議員提出であるということ非常に意義があると存じます。
御
承知のように、戰爭中に
國民優生法という
法律が出ました。これは名は優生法と申しておりますけれども、その法案の律案の
精神は、軍國主義的な、生めよ殖やせよの
精神によ
つてできた
法律であることは、御
承知の
通りであります。そうしてその手續が非常に
煩雜で、
實際には悪質の遺傳防止の
目的を達することが、ほとんどできないでいるということは、この
國民優生法ができてから今日まで、
實際どのくらいの人がこの
法律を利用したかという報告を見ますと、よくわかることでございます。また現行法の
國民優生法は、むしろ出産を強要することを
目的といたしておりますために、
實際に出産が
適當でない人が、出産を逃れるようないろいろの醫學的な處置を醫師に求めることを不可能にする結果、
國民殊に妊娠、出産をいたさなくてはならない婦人たちが、非常に苦しんでおるという現状でございます。殊に現行法の
國民優生法は、その第十六條においては、斷種手術竝びに妊娠中絶の届出制ということをいたしておりますので、斷種を受けるべき者、あるいは妊娠中絶の處置を醫師に受ける當然の理由があると思われる者でも、その醫學的な適應症が、非常に煩雑な届けを必要とすることにな
つておりますので、その結果非常に婦人たちは苦しんでおるというのが現状でございます。そこで私どもはこの法案を提出いたしまして、その
目的は第一章の總則に書いてある簡單な條項がすべてを説明しております。すなわち第一條に、「この
法律は、母體の生命健康を保護し、且つ、不良なる孫の出産を妨ぎ、以て文化
國家建設に寄與することを
目的とする。」と申しておりますが、これはこの法案すべてを説明しておると私は思
つております。元來今までも母體の生命、健康を保護するとか、あるいは不良な子孫の出生を防ぐというようなことは廣く言われてお
つたのでございます。けれども
實際の母體の保護の
方法をどういうふうにするか、あるいは不良な子孫の出生を防ぐ
方法はどうするかということになると、非常な消極的な
方法のみを選んでお
つたのでございます。今日世界の醫學は非常に進歩しておりまして、衞生の見地からは、すベて事が起
つてからそれを處置するというやり方は、非常に舊式なことにな
つておりまして、今日は生命の健康を保護するためには、むしろ豫防醫學の見地から處置をしなければならないというのが、文化
國家の諸外國においてや
つておるところでございます。豫防醫學の知識を採用するということになると、わが國の醫學界の現状は、今日非常にこれに立後れておるということは
事實でございます。從いまして私どもは、あくまでもこの豫防醫學を全面的に採用して、母體を保護し、優良な子孫を生みたいということを主張いたすものでございます。竝びに私はこの法案において、母體の保護と優良な子孫を生みたいということを
目的とするとは申しておりますけれども、事柄が斷種の手術というようなことに及んでおりますし、あるいは妊娠の中絶というようなことにもな
つておりますし、また現在の日本の
法律は、受胎を未然に防ぐところの、いわゆる産兒の調節ということについては、法をも
つてこれを禁止するということは何らいたしておりませんけれども、この法案の中においては、こういう受胎を未然に防ぐところの處置は、醫師のみがこれを指導するということを、特に明記いたしております
關係上、この
優生保護法案は、産兒調節の
趣旨をも
つた法案であるというふうに世間で見られております。その結果はこれが必然的に日本の人口の問題と、多くの關連をも
つて考えられることは當然でございます。しかし提案者といたしましては、この優生保護法がすぐに日本の將来の人口を減らすものとか、あるいは殖やすものとかいうような
結論を下すことは、決してできないと信じております。ただあくまでも今日
敗戰の日本の
實情として、この狭い國土の中に人口が過剩であるということは、だれしも認めておる
事實でございます。
從つて日本の人口の問題を考慮いたしますときに、多くのヨーロツパあるいはアメリカの民主主義
國家が、文化
國家の
建前として、人口の問題に對してどのような
考え方をも
つて對處しているかということを見ますときに、その國々は人口の問題に對しては一定の計畫性をもつことは
絶對に必要である。非文化
國家においては生み、殖えようと、あるいは自然に減退しようと、何ら計畫性というものをも
つておりません。けれどもいやしくも文化の發達しております國々においては、
一つの計畫性というものを
考えております。この
意味においてこの
優生保護法案は、日本の將來の人口に對しての一種の計畫性を與える文化
國家の
建前を、日本に備える
一つの
方法ともなると信じておるものでございます。しかし私どもは、特にこの法案を審議していただきますときには、人口問題との結びつきよりは、むしろ如實に迫
つております母體の生命保護、母體の健康増進と、生れてくる幼兒の優良なるベきものを求めるというその點に重點を置いて御審議あらんことを希望いたすものでございます。私は先だ
つて豫算
委員會の席上において、やはりこの問題に關連した
質問を厚生大臣にいたしました。今日の
實際の私ども日本の婦人の
生活の現状といたしまして、
食糧は決して足りてはおりません。殊に住居の問題においては、まだ四百萬世帶近いものが、住む家がないという
實情でございます。たといまた家のあるものとしても、さいわいに屋根の下に住んでおるとはいえ、四疊半あるいは六疊というような狭い部屋に、二家族あるいは三世帶という多くの家族が雜居いたしておるという
實情でございます。しかも燃料も非常に不足いたし、纎維製品もほとんど見るべき
配給もないというような
實情でございます。このような状態におきまして婦人が妊娠し、出産し、そうして育兒をしなければならないというのに、はたして今日の多くの状態が、これらの妊娠、出産に
適當な條件が備わ
つておるかどうかということを
考えますときに、私は多くの婦人たちが聲を上げて、今日子供を生みたくない。でき得るならばもう少し何とか住居の問題、燃料の問題、
食糧の問題等に餘裕ができてから、愛するわが子を生みたいというのが、今日の婦人の聲であると信じております。こういう今日のわが國の現状に即應しまして、この法案を御審議願いたいと存ずる次第でございます。
なおこの法案には、非常に醫學的に關連をも
つた事柄が多いので、私と同じ提案者であるところの太田典體、
福田昌子、この兩醫學博士は、醫學的な見地より、なお十分に御審議にあた
つては皆さま方の御
質問に答える用意がございますので、その點をお含みくださいまして、今日よい子供を生みたい、愛する子供には十分な條件のものに子供を生んで、りつぱに育てたいと
考えておりますところの多くの母親たちの聲として、この法案が生れておりますということを御考慮に置きまして、どうか御審議御贊成あらんことを、提案者の一人としてお願いいたす次第でございます。