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2011-07-28 第177回国会 衆議院 総務委員会 24号 公式Web版

  1. 平成二十三年七月二十八日(木曜日)     午前十一時五十分開議  出席委員    委員長 原口 一博君    理事 石津 政雄君 理事 稲見 哲男君    理事 古賀 敬章君 理事 福田 昭夫君    理事 皆吉 稲生君 理事 石田 真敏君    理事 坂本 哲志君 理事 西  博義君       石井  章君    内山  晃君       小川 淳也君    大谷  啓君       大西 孝典君    逢坂 誠二君       奥野総一郎君    笠原多見子君       黄川田 徹君    小室 寿明君       後藤 祐一君    白石 洋一君       鈴木 克昌君    高井 崇志君       中後  淳君    平岡 秀夫君       藤田 憲彦君    松崎 公昭君       湯原 俊二君    赤澤 亮正君       加藤 紘一君    川崎 二郎君       佐藤  勉君    橘 慶一郎君       谷  公一君    中谷  元君       森山  裕君    稲津  久君       塩川 鉄也君    重野 安正君       柿澤 未途君     …………………………………    総務大臣         片山 善博君    総務副大臣        鈴木 克昌君    総務副大臣        平岡 秀夫君    総務大臣政務官      逢坂 誠二君    総務大臣政務官      森田  高君    総務委員会専門員     白井  誠君     ――――――――――――― 委員の異動 七月二十八日  辞任         補欠選任   永江 孝子君     白石 洋一君 同日  辞任         補欠選任   白石 洋一君     永江 孝子君     ――――――――――――― 七月二十七日  東日本大震災における原子力発電所事故による災害に対処するための避難住民に係る事務処理の特例及び住所移転者に係る措置に関する法律案内閣提出第八八号)  東日本大震災における原子力発電所事故による災害に対処するための地方税法及び東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律の一部を改正する法律案内閣提出第八九号) は本委員会に付託された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  東日本大震災における原子力発電所事故による災害に対処するための避難住民に係る事務処理の特例及び住所移転者に係る措置に関する法律案内閣提出第八八号)  東日本大震災における原子力発電所事故による災害に対処するための地方税法及び東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律の一部を改正する法律案内閣提出第八九号)  情報通信及び電波に関する件(地上デジタル放送への完全移行)  派遣委員からの報告聴取      ――――◇―――――
  2. 原口一博

    ○原口委員長 これより会議を開きます。  地方自治及び地方税財政に関する件について調査を進めます。  東日本大震災被災地における地方行政等の実情調査のため、昨二十七日、福島県に委員を派遣いたしましたので、派遣委員を代表いたしまして、私からその概要を御報告申し上げます。  初めに、東日本大震災における原子力発電所事故によって困難な生活を余儀なくされている皆様に衷心よりお見舞い申し上げますとともに、日夜、支援に御尽力されている皆様に対し深い敬意を表する次第であります。  昨日は、まず、郡山市におきまして、井戸双葉町長、遠藤富岡町長、渡辺大熊町長、古川川俣町長、原郡山市長及び渡部会津美里町長から、発災時の対応及びその後の被災状況、避難の実情、今後の取り組むべき課題及び国への要望等についてそれぞれ意見を聴取した後、復旧・復興に向けた国、県及び市町村の連携、帰還の目途を明確化するためのモニタリング及び除染の徹底、生活支援のための就労機会の確保と雇用の創出等、各般にわたって忌憚なく意見交換を行いました。  意見交換会の後、午後は二班に分かれ、各地の現状について視察を行いました。  第一班は、郡山市のビッグパレットふくしまにおいて富岡町及び川内村の仮役場と仮設住宅を視察し、次いで、本宮市内の浪江町仮設住宅を視察し、次いで、須賀川市に移動して市から説明を聴取し、市役所仮庁舎を視察いたしました。  第二班は、いわき市に移動し、市から説明を聴取した後、災害廃棄物仮置き場を視察し、次いで、楢葉町から説明を聴取した後、仮設住宅を視察いたしました。  以上が調査の概要でありますが、避難を余儀なくされている方々、放射性物質の汚染により困難な状況にある方々に万全の支援策が講じられるよう全力を尽くすこと、このことを私どもは肝に銘じて、この調査の成果も踏まえ、今後とも委員会審議に臨んでまいる所存であります。  最後に、今回の調査に当たり、御多忙の中、御協力をいただきました皆様に心から御礼を申し上げ、派遣の報告とさせていただきます。ありがとうございました。  お諮りいたします。  ただいま報告いたしました現地における会議の記録は、本日の会議録に参照掲載することに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 原口一博

    ○原口委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。     ―――――――――――――     〔会議の記録は本号末尾に掲載〕      ――――◇―――――
  4. 原口一博

    ○原口委員長 次に、情報通信及び電波に関する件について調査を進めます。  地上デジタル放送への完全移行について政府から説明を聴取いたします。片山総務大臣
  5. 片山善博

    ○片山国務大臣 地上デジタル放送への完全移行の状況につきまして、その概要を御説明申し上げます。  地上テレビジョン放送については、平成二十三年七月二十四日、岩手、宮城、福島の三県を除く全国四十四都道府県におきまして、予定どおりアナログ放送を停波し、デジタル放送に完全移行いたしました。六十年近い歴史を有するアナログ放送は幕を閉じました。  このデジタル放送への完全移行は、平成十三年に電波法が改正され、アナログ放送停波の期限が決定されて以来、十年間にわたって国の重要な課題として取り組んできました。平成十五年にデジタル放送が開始され、送信側、受信側の双方にわたる取り組みを行ってまいりました。この大事業に対する国民の皆様の御理解、御協力に深く感謝しております。また、四十万人以上のボランティアを初め、さまざまな関係者の努力が実った成果と考えております。  アナログ放送が停波した二十四日から二十六日までに、総務省地デジコールセンターには約二十二万件の問い合わせが寄せられました。また、地デジ臨時相談コーナーにも約三万五千件の問い合わせがありました。これらの問い合わせに対して、電話や窓口における相談に加え、必要な方には戸別訪問も行い支援をしてまいりました。  また、二十四日が近づくにつれ、安価な地デジチューナーを入手しにくくなったことから、地デジ対応受信機が一台もない世帯に限り、チューナーの一時貸し出しを行ってきております。  コールセンターや臨時相談コーナーへの問い合わせも日々少なくなってきており、デジタル放送への完全移行作業は全体としては円滑に進んでいると考えております。  引き続き、コールセンターや臨時相談コーナーにおいて、御年配の方など、地デジへの対応に困っている方に対して丁寧に相談に応じ、支援を行ってまいります。  なお、岩手、宮城、福島の三県におきましても、来年三月末までにアナログ放送を停波できるよう万全を期してまいります。  地上デジタル放送への完全移行の目的は、放送サービスの高度化と周波数の有効利用です。  データ放送、双方向機能などデジタル放送の特徴を生かし、放送事業者に努力をいただき、質の高いコンテンツを国民の皆様に提供していただきたいと考えております。  また、デジタル化によってあいた周波数を利用した新たな電波サービスの導入を関係者とともに推進し、国民の暮らしがより豊かなものとなるよう努めます。  委員各位のこれまでの御協力にこの場をかりて御礼申し上げますとともに、今後とも御指導、御支援をよろしくお願い申し上げます。
  6. 原口一博

    ○原口委員長 以上で説明は終わりました。      ――――◇―――――
  7. 原口一博

    ○原口委員長 次に、内閣提出、東日本大震災における原子力発電所の事故による災害に対処するための避難住民に係る事務処理の特例及び住所移転者に係る措置に関する法律案及び東日本大震災における原子力発電所の事故による災害に対処するための地方税法及び東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律の一部を改正する法律案の両案を議題といたします。  順次趣旨の説明を聴取いたします。片山総務大臣。     ―――――――――――――  東日本大震災における原子力発電所の事故による災害に対処するための避難住民に係る事務処理の特例及び住所移転者に係る措置に関する法律案  東日本大震災における原子力発電所の事故による災害に対処するための地方税法及び東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律の一部を改正する法律案     〔本号末尾に掲載〕     ―――――――――――――
  8. 片山善博

    ○片山国務大臣 東日本大震災における原子力発電所の事故による災害に対処するための避難住民に係る事務処理の特例及び住所移転者に係る措置に関する法律案及び東日本大震災における原子力発電所の事故による災害に対処するための地方税法及び東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律の一部を改正する法律案の提案理由及び内容の概要を申し上げます。  まず、東日本大震災における原子力発電所の事故による災害に対処するための避難住民に係る事務処理の特例及び住所移転者に係る措置に関する法律案につきまして、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。  この法律案は、東日本大震災における原子力発電所の事故による災害の影響により多数の住民がその属する市町村の区域外に避難し、または住所を移転することを余儀なくされた事態に対処するため、避難住民に係る事務処理の特例を設けるとともに、住所移転者に係る措置を定めるものであります。  次に、法律案の内容について、その概要を御説明申し上げます。  第一は、避難住民に係る事務処理の特例に関する事項であります。  東日本大震災における原子力発電所の事故に関して原子力災害対策本部長による警戒区域の設定等の指示の対象となった区域をその区域に含む市町村であって、あらかじめ当該市町村の長の意見を聞いた都道府県の知事の意見を聞いた上で総務大臣が指定する避難元の市町村または当該市町村の区域を包括する都道府県は、法律または政令により処理することとされている事務のうち避難住民に関するものであって、みずから処理することが困難である事務について、総務大臣への届け出及び総務大臣による告示等の手続を経て、避難先団体が処理することとすることができることとしております。  また、避難先団体が処理することとされた事務に要する経費は、原則として避難先団体が負担することとし、国は、避難先団体が負担する経費について、必要な財政上の措置を講ずることとしております。  第二は、住所移転者に係る措置に関する事項であります。  総務大臣が指定する避難元の市町村及び当該市町村の区域を包括する都道府県は、当該市町村の区域外に住所を移転した者のうち申し出をしたものに対し、当該市町村または都道府県に関する情報を提供するものとするとともに、当該市町村の区域への訪問の事業その他当該市町村の住民との交流を促進するための事業の推進等を講ずるよう努めるものとしております。  また、これらの施策について意見を聞くため、当該市町村は、条例で、住所を移転した者のうち申し出をしたものから選任した者で構成される住所移転者協議会を置くことができることとしております。  以上が、この法律案の提案理由及び内容の概要であります。  次に、東日本大震災における原子力発電所の事故による災害に対処するための地方税法及び東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。  東日本大震災における原子力発電所の事故による災害に対処するため、固定資産税及び都市計画税の課税免除等の措置並びに不動産取得税、自動車取得税、自動車税等に係る特例措置を講ずるほか、あわせて、これらの措置による減収額を埋めるための地方債の特例措置等を講ずる等の必要があります。  次に、法律案の内容について、その概要を御説明申し上げます。  第一は、地方税法の改正に関する事項であります。  その一は、固定資産税及び都市計画税の改正であります。警戒区域設定指示等の対象となった区域のうち、住民の退去または避難の実施状況その他当該区域内の状況を総合的に勘案して市町村長が指定した区域内に所在する家屋及び土地に対しては、平成二十三年度分の固定資産税及び都市計画税を課さないものとする措置を講ずることとしております。  その二は、不動産取得税の改正であります。警戒区域設定指示の対象となった区域内に所在する家屋の所有者等がこれにかわる家屋を取得した場合や、当該警戒区域内家屋の敷地の所有者等がこれにかわる土地を取得した場合に、当該警戒区域内家屋の床面積相当分等について不動産取得税を課さないようにする特例措置を講ずることとしております。  その三は、自動車取得税及び自動車税等の改正であります。警戒区域設定指示の対象となった区域内にある自動車について用途の廃止等をした場合には、平成二十三年三月十一日にさかのぼって自動車税または軽自動車税を課さないものとする措置を講ずることとしております。また、当該用途の廃止等をした自動車にかわる自動車を取得した場合の自動車取得税を非課税とするとともに、当該代替自動車等に係る平成二十三年度から平成二十五年度までの各年度分の自動車税または軽自動車税を非課税とする特例措置を講ずることとしております。  第二は、東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律の改正に関する事項であります。  平成二十三年度において、東日本大震災における原子力発電所の事故による災害に対処するための固定資産税の課税免除の措置等による減収額を埋めるため、地方債を起こすことができるものとする特例措置等を講ずることとしております。  以上が、この法律案の提案理由及び内容の概要であります。  何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御賛同あらんことをお願い申し上げます。
  9. 原口一博

    ○原口委員長 これにて両案についての趣旨の説明は終わりました。  次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時二分散会      ――――◇―――――   〔参照〕    派遣委員の福島県における意見交換会に関する記録 一、期日    平成二十三年七月二十七日(水) 二、場所    郡山ビューホテルアネックス 三、意見を聴取した問題    東日本大震災被災地における地方行政等の実情 四、出席者  (1) 派遣委員     座長 原口 一博君        石井  章君   稲見 哲男君        小川 淳也君   大谷  啓君        大西 孝典君   奥野総一郎君        笠原多見子君   黄川田 徹君        小室 寿明君   古賀 敬章君        後藤 祐一君   鈴木 克昌君        高井 崇志君   中後  淳君        永江 孝子君   福田 昭夫君        皆吉 稲生君   湯原 俊二君        赤澤 亮正君   石田 真敏君        坂本 哲志君   西  博義君        塩川 鉄也君   重野 安正君  (2) 意見陳述者     双葉町長        井戸川克隆君     富岡町長        遠藤 勝也君     大熊町長        渡辺 利綱君     川俣町長        古川 道郎君     郡山市長        原  正夫君     会津美里町長      渡部 英敏君  (3) その他の出席者     総務委員会専門員    白井  誠君     総務省大臣官房審議官  滝本 純生君     総務省自治行政局長   久元 喜造君     総務省自治税務局企画課長           北崎 秀一君      ――――◇―――――     午前十時十五分開議
  10. 原口一博

    ○原口座長 これより会議を開きます。  衆議院総務委員長の原口一博でございます。  私がこの会議の座長を務めさせていただきます。  この際、派遣委員団を代表いたしまして一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、皆様、御多忙のところを、まことにありがとうございます。  まず、今回の未曾有の大震災により被災されました方々にお見舞い申し上げますとともに、犠牲となられました方々に対し、衷心からお悔やみを申し上げます。  福島第一原子力発電所事故は、いまだ明確な収束のめどが立たず、多くの方々が避難生活を余儀なくされ、また、放射性物質の汚染が、広く地域の方々の生活を脅かしております。  このような状況の中、ふるさと福島のきずなと互助の精神をもって、日夜を分かたず御尽力されている皆様に、心から敬意と感謝を申し上げる次第でございます。  総務委員会といたしましても、あすには、原子力発電所事故災害に対処するための避難者特例法案及び地方税減免のための地方税法改正法案の審査を開始し、本日の皆様の御意見も踏まえて、早急に結論を得てまいります。  また、今後とも、復旧復興に向けた施策の充実と被災者の方々の支援に全力を尽くしてまいる所存でございます。  本日は、皆様方の忌憚のない御意見を承るとともに、率直な意見交換の場としたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。  それでは、まず、会議の運営につきまして御説明いたします。  この会議の議事整理等は、座長であります私が行うことといたします。発言される方は、その都度座長の許可を得て発言していただきたいと思いますので、よろしくお願いをいたします。また、時間の制約もございますので、御発言はできるだけ簡潔にお願いいたします。  次に、議事の順序につきまして申し上げます。  まず、意見陳述者の方々からそれぞれ五分程度御意見をお述べいただき、その後、派遣委員からの質疑にお答えを願いたいと存じます。  なお、御発言は着席のままで結構でございます。  それでは、井戸双葉町長から御意見をお述べいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
  11. 井戸川克隆

    井戸川克隆君 本当にきょうは、お忙しい中おいでいただいて、また私どもの意見を聞いていただけるこの場を設けていただきましたことに感謝申し上げます。また、我々が今避難していることについていろいろと温かい手を差し伸べていただいていることに対しまして、あわせて御礼を申し上げたいと思います。  それでは、簡単に述べさせていただきます。  まずもって、原子力被災者への補償についてですが、既存の法体系に基づく補償スキームの範囲ではちょっと間に合わないのではないかということがございますので、枠組みを超えた補償を考えていただきたいと思います。  次に、住民の地域コミュニティーの維持業務の関係でございますが、いろいろと郵送量がふえておりまして、当然郵便費用がかかっておりますので、軽減措置をお願いしたいと思います。また、携帯電話使用料もあわせてお願いしたいと思います。避難自治体で住民サービスを十分に受けることができるように、制度も改正をお願いしたいと思います。  それから、財政措置ですが、我々、課税対象がありませんので、普通交付税及び特別交付税により、しっかりとした財政措置を講じていただきたいと思います。  借り上げ住宅については、いろいろと制度が日々更新されておりますが、まだまだ住民の要望が多くありますので、細かいところまでこれからも引き続きお願いしたいと思います。協力都道府県がふえるように、県の県外借り上げ制度については、全国に再要請をお願いしたいと思います。  それから、国政選挙及び地方選挙の取り扱いですが、現行制度ですと、期間が決まっております。特に私どものところでは、町議会議員選挙が控えております。期間がなく、事務手続が困難と思われますので、期間を長くするように公選法の改正をお願いしたいと思います。  それから、三キロメートルの範囲ということで、三キロメートル以内にはまだ入ることができませんが、企業が大変困っておりますので、何とか企業に活路を与えるというか、就業の機会を与える意味においても、入れるような御配慮をお願いしたいと思います。  次に、私の町でいいますと、財政的に非常に厳しいものですから、借金返済もいっぱいしなければなりません。そんな折にどうすればいいのか、この辺も御配慮をお願いしたいと思います。緊急時対応で何か我々にできるように、特別立法の方も考えていただきたいと思います。  避難生活が大変長くなりました。私ども役場の機能それから役場職員についても、大変疲弊しております。アウトソーシングで業務ができないだろうかということを考えておりますので、この辺も御検討いただきたいと思います。  仮設住宅については、今まで、入るまでに四カ月もかかっております。それから、不便な土地にも建っております。これから入ると、当然、全体のプライバシーの中からは解放されますけれども、今度は家族同士のプライバシーが問題にされるのではないかな、そんなふうに心配をしております。また、我々に維持費等の負担がかかってきておりますので、負担のかからないような御配慮をお願いしたいと思います。  いつ帰れるのかとよく町民から聞かれます。国が前面に出て時間を言わないと町民は納得しませんので、何とかこの辺も、我々にかわって、期限ははっきりと言えないと思いますけれども、それについても町民との対話をしていただければ大変助かります。  長くいると避難先からだんだんと嫌われるような状況も、住民同士の間でそういう状況も考えられますので、何か別な方法も今後考えていかなければならないのではないかな、そんなふうにも考えております。大変肩身の狭い思いをしながら毎日生活をしております。町民も我慢をしております。子供も一緒になって親に心配かけないように振る舞っておりますけれども、子供たちも肩身の狭い思いをしております。  補償については、最近、補償問題がいろいろ明確になってきましたけれども、記録をとれということですが、今の時点で記録をとれというのは我々にとっては大変苦難の仕事で、大変な重荷になっております。もっともっと早くからこういうことはしていただきたかったと思いますし、これから、何とかこの部分の改善策を講じながら、住民の補償については前向きに対応できるようにお願いしたいと思います。行政にも十分な補償をお願いしたいと思います。  それから、被曝救済についてですが、どうも被曝者については、現時点のデータ安全と言われておりますけれども、やはり一番ひどい状況のときに体内に入った状況がありますので、そういう状況を勘案した中での判断をしていただきたいと思います。そのときが本当に安全だったかどうかということですね。沃素も体内に取り込んでおりますので、その辺を考えた安全の根拠を提示していただきたいと思います。  三月十二日以後、大変多くの町民、私どもも被曝をしております。なぜ今になって被曝のことが取り上げられたのか、非常に残念であります。こんなことでなくて、遅くなったのはしようがないにしても、当時の大変な思いの中での状況も勘案していただきたいと思います。  検査データは、公正に第三者の追試も必要ではないか、そんなふうにも考えております。今、ホール・ボディー・カウンターがないということが言われておりますけれども、何とかして世界じゅうからでも集めて、対応を早めていただきたいと思います。  また、安全基準が全く確立されていないと思いますので、基準を早く設けていただきたいし、その基準の計算式も我々にわかるように公表していただきたいと思います。  それから、最後になりますが、避難生活をして四カ月半になりました。当時から今もって大きな仕事は住宅対応です。住民のための住宅手当てのため、職員が多くの時間を使っております。福島県もそうです。国もそうですね。避難先の市町村もそうですね。こういうことは、もうそろそろ発想の転換をしていただけないだろうかというふうに私は御提案申し上げたいと思います。  無人の村をあらかじめ用意しておいて、不便であってもあしたから普通の機能ができるように、行政も含めて、学校、宿泊、病院、店舗、あるいはケア施設銀行郵便局などなどを備えたコンパクトな無人の村を日本じゅうに用意して、有事の際はバスでそこに移動するだけで、あとは余り外部から手をかけなくても即入れる。私の経験からいうとこれは大変ありがたいことだと思いますので、ぜひ私の提案を御理解いただきたいと思います。  以上です。よろしくお願いいたします。
  12. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございました。  次に、遠藤富岡町長、お願いいたします。
  13. 遠藤勝也

    ○遠藤勝也君 富岡町長の遠藤でございます。  きょうは、大変御苦労さまでございます。  富岡町は、一万六千人の人口を有する、第二原子力発電所を立地する所在町でございます。今回の三・一一につきましては、想定外の、まさに我々が考えもしなかったような大津波、さらには原子力発電所事故ということでございまして、これについての初期対応については、まさに陸の孤島への指令ということで、国、県等からの指示が一切なかったわけであります。オフサイトセンターというものがあるにもかかわらず、地震で被災を受けて通信網を含めた機能がすべて喪失したという状況の中で、本当に自主判断、自己判断。初期対応も、すべて何のマニュアルもなく一時避難をいたしました。  今まで、原子力発電所事故というものにつきましては、まさに冷却機能が喪失して、それで一時的にその機能を失ったという想定の原発の防災訓練等は毎年やっていましたが、それ以上を想定した事故防災訓練はやっておりません。ですから、何のための防災訓練であったか。これはまさに全く参考にならない。今回の事故については、避難先もすべて自分で判断し、国、県からの避難先の紹介も指示もなかった中での本当に孤立した行動で、現在、郡山に三千人ほどの避難住民を率いながら、きょうで百三十一日を経過したわけでございます。  そういう中で、原子力発電所の品質関係あるいは安全管理の関係等々についての日本原子力保安規制の問題等につきましては、まさに脆弱さを露呈したということで、非常に悔しいです。  今までの国の安全神話というものを我々立地町はすべて信頼して、いろいろ自分なりに検証、議論をしてきましたが、最終的には国の政策に理解を示し、協力してきたつもりでございますが、今回、天災ということはあろうとも、初期対応等々含めると、まさにこれは人災であります。我々が何のために四十年ここで国にすべて協力したか。本当に、むなしさと悔しさと、町民も、うちも財産もすべて失って現在避難しているということで、悪夢のような毎日が続いておるところでございます。  そういう中で、帰るという希望を持たせるように一生懸命避難住民にいろいろと訴えて、そしてまた理解をさせるように努力しておりますが、しかし、それについては、国の今までの情報あるいは収束に対する対応等については、本当に我々にとっては、まさにこれ以上言葉で表現できない、スピーディーでなかったということで、残念でございます。  そういう意味で、我々立地町としての今後の対応について皆さんにお願いしたいのは、収束はもちろんでありますが、並行して、やはりモニタリングと同時に除染の工程表を示しながら、私どもは警戒区域でありますけれども、緊急時避難準備区域も含めながら、我々の警戒区域も同時に速やかに除染作業を行ってもらいたい。  しかし、今回の二次補正で百八十一億ほど計上されたように聞いておりますけれども、もしその予算がすべて我々の除染には間に合わないとなれば、警戒区域のモデル地域をすべて除染して、どれだけの空間線量が低下して帰れるような条件になるのかどうかを我々に示していただきたい。そうすると、住民はいろいろな面で帰れるんだなという一つの淡い希望が出てくると私は考えておりますので、ぜひとも、もっともっとスピーディーに除染作業を行って、明るい見通しを立てていただきたいと思います。  それから、今後の復興計画でございますが、今、第二原子力発電所は完全に安定状態になっております。しかし、この問題については、中期的な議論、国民世論の問題等々で、今後どうするかの問題だと思いますが、国の安全基準というものをしっかりと高めてもらわないと、全国の五十四基の原子力発電所そのものが、福島県の今度の原発事故を機会に、すべての全国のプラント安全基準、ストレステストだけでなくて、もっともっと我々国民にしっかりと安全、安心を与えるような、そういうハード、ソフト面を改正してもらわないと、これは運転再開というのはあり得ないと私は思っております。  そういう状況の中で、我々の地域は原発関連の雇用をかなり確保しておりましたが、すべて失いました。今後、それにかわる、帰る時点のいろいろな労働の確保をひとつお願いしたい。  それには、企業誘致はもちろんですが、原発に依存することなく、今後は、新たなエネルギーの拠点地域として変身できるような、そういう原発の跡地の利活用を考えていただきたいと私は思います。いわゆる再生・新エネルギー、あるいはもろもろの問題、さらには第一原子力発電所の廃炉を当然しなきゃなりません。対策についての人材育成、あるいはその他の原子力と再生・新エネルギーのすべてを集積したエネルギー拠点をぜひ我々双葉地方に構築していただきたいというふうに思ってございます。  さらに、今回、上野から仙台までの常磐線津波ですべてずたずたに、壊滅的な被害を受けました。津波で被災を受けた部分においては、この際思い切って常磐線のルートを変更して、もっとスピード化されるような、そういう常磐線の復旧復興を速やかにお願いしたいと思います。  最後に、今避難生活をして、仮設住宅にもかなり移動してございますが、仮設住宅あるいは借り上げ住宅に住んでいる避難住民は、生活関係の資金を確保することができません。仮払金、義援金等々いろいろございますけれども、これは一時的なものでありまして、今後継続的に生活資金を充てていただくには、三宅島とか雲仙・普賢岳とか、過去のもろもろのそういう復興基金の創設の中での、毎月の定額の生活資金を充てていただくようなものを御検討されたらいかがなものでしょうかと片山総務大臣に二回ほど御提言を申し上げました。これをやはりやっていただかないと、将来、避難生活の途中で資金が枯渇しちゃうということも含めまして、ぜひお願いしたいと思います。  いろいろお話ししたいことがたくさんございますが、限られた時間でございますので、以上で私の意見といたします。
  14. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございました。  次に、渡辺大熊町長、お願いいたします。
  15. 渡辺利綱

    ○渡辺利綱君 福島第一原子力発電所一号機から四号機まで立地しております大熊町長の渡辺です。  全町民が避難を余儀なくされておりますが、これまでの御支援に感謝申し上げます。  大熊町では、三月十二日から田村市を初め二市二町の一次避難所でお世話になりまして、四月二日より会津若松市に移動して、役場出張所を開設して町民の安否確認を進めるとともに、幼稚園小学校中学校を分校として開校いたしました。  一万一千五百人の町民のうち、県外に避難された方が三五%、県内に避難された方が六五%で七千三百八十二人となっております。このうち会津若松地域には四千三百四十六人ほどがお世話になっておりますが、旅館ホテルに約三割、借り上げ住宅に三割、そして仮設住宅に三割となっております。  仮設住宅につきましては、行政区単位で入居して自治会組織するようにしております。会津若松市に九百二十戸要望して、五百五十八戸が完成いたしました。いわき市には三百戸の要望をしておりますが、用地確保に苦労しておりまして、お盆前の入居は難しいような状況にあります。  一時帰宅につきましては、二千六百三世帯、四千二百四十一人が終了いたしまして、残りが八百二十三世帯、千二百九十四人で、約四分の三が終了いたしました。また、車の持ち出しについては、四百二十二台が終了しまして、残りが九百七十一台、そんなふうになっております。  また、うちの方は三キロ圏内を抱えておりますので、三百十一世帯、八百五十人についても一時帰宅ができるように引き続き要望していきたい、そんなふうに考えております。  三月十一日の大津波警報原子力災害で着のみ着のままで避難してまいりましたので、初めに生活資金の貸し付けを行いました。生活資金の貸し付けにつきましては、返さなくてもよい見舞金に変えて、借りていない人については一人六万円の見舞金の支給を今月の二十九日より実施してまいります。また、地震屋根がわらが壊れている家屋につきましては、二千二十六件の要望がありましたので、町がかわってシートなどで応急の雨漏り対策を今月の二十日から実施しております。  また、希望に応じてキッチン及び浴室セット、布団セットなど生活必需品を届けており、会津地域以外に避難されている方々にも、食料品などの物資希望者に送っております。  六月からは、月二回のペースで町の広報誌「広報おおくま」を発行して県内外に届けました。県外に避難されております町民の方々と懇談会も予定をしておりまして、二十九日には柏崎で実施する予定でございます。  義援金の一回目につきましては九九%支出を完了いたしまして、二回目は、国、県合わせて一人二十五万四千円を、また町に寄せられました義援金一人当たり二万円を、二十九日から順次振り込みいたします。  原発収束後の大熊町復興構想策定に向けた検討委員会を発足させまして、町民アンケートも実施いたしました。戻れる状況になるまでに何年待てるのかとの質問に、二年までなら四一・七%の人が待てると答えております。また、いつまでも待つと答えた十九歳以下は三二・四%、二十代では二二・五%となっております。  我々町民がふるさと大熊町に戻り生活が再建できるよう、しっかりと復興計画を立てていくことが国の責任だと我々は思っています。そのためには、まず何よりも原子力発電所事故を収束させることであり、国及び東京電力にしっかりと対応していただくこと以外にはありません。  早く除染方法、対策を確立していただいて、必ず大熊町に戻るという思いで取り組んでまいりますので、課題山積ではございますが、今後とも、御指導、御協力をよろしくお願い申し上げます。
  16. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  次に、古川川俣町長、お願いいたします。
  17. 古川道郎

    ○古川道郎君 川俣町長の古川道郎でございます。  私どもの町は四月二十二日に、計画的避難区域ということで、町の一部、山木屋地区が指定された町であります。  三月十一日午後二時四十六分のあの地震によりまして、川俣町は、津波等はございませんが、町内の損壊したところ、建物が三百四十八件、道路等が百一カ所でございました。建物のうち、役場庁舎が使えなくなりまして、これは建てかえをしなくてはなりませんし、総合体育館または公民館等々もそのような被害を受けております。  そんな中で、家屋が損壊した皆さん方が、夕方から八十名の方々が避難をするということで、町の老人センターの方に入られまして、町は午後三時に対策本部を立ち上げて、学校の安全確認等も含めて対策をやってきたのでありますが、人的な被害はなかったことだけが幸いだと思っております。そんな中で、夜を徹して八十名の皆さん方の避難のための対応をとり、一緒にやってきたのであります。  明けて十二日、きょう双葉の井戸川町長さんもお越しでありますけれども、私の記憶では六時前だったと思っておりますが、町長さんから電話をいただいて、原発の事故が発生してすぐ避難しなくちゃならない、川俣の方で七千名を受け入れてほしいと、私の記憶なのでありますが、そのようなことを受けました。七千名というと、双葉町民さん全員であります。私どもの町は人口が一万六千を切っております、一万五千五百ほどでありますが、そんな中で、地震の被害もありましたしと思っていたんですけれども、とにかく引き受けたわけであります。  その後、十二日から、双葉町さんを初め浪江町さん、南相馬市さん、また浜通りの町村の方から避難される方がどんどん来られまして、校舎等を除いて、地震の被害に遭わなかった町の十二の小学校等も含めた公共施設を使いまして、最高時は六千八十名の方々を受け入れてやってきました。そのほか、グラウンド、また道の駅等には、車のままで寝泊まりして避難されている皆さんもおりました。  私どもは断り切れない、本当に立錐の余地もないような状況を呈した十二日から十三、十四日の夜であります。帰ってくださいとは言えません。夜十一時ころ、赤ちゃんをおんぶして、とにかく泊めさせてくれと来られます。ですから、ここがあいているから、ここでちょっと休んでください、おにぎりがあるところがある、そんな状況もありました。  その次の日から、今度は福島市などと連携をとって、市の方の避難所の紹介をしたりしながら、あの四日間というものは本当に混雑いたしまして、避難される方々が着のみ着のままで来られています。津波に遭って、自分の家の流された牛も確認できない、また、亡くなったかどうかも確認できないで来られる方がたくさんおられました。安否確認の照会もあります。なかなか大変でございました。  当時は、電気もない、電話は通じなくなっておりますし、またガソリンもありません。ないない尽くしであります。しかし、皆さん方に何とか食事の提供だけはしたい、しなくちゃならないと思いまして、町内の米屋さんを総動員して米を提供してもらいましたが、これはもう一日でなくなりました。役場職員に米を持ってきてくれと米を出させたり、また避難所になっている学校の近辺の自治会の皆さん方の中では、みずから六十キロ持ってきたり五十キロ持ってきたりということで米などを提供していただいて、おにぎりの提供をしていただきました。  おにぎりも、五千個を握るわけでありますけれども、五千個握っても一人に一個であります。物資が、カップヌードル等が何日目かに来ましたけれども、電気がありませんからお湯を沸かすことができません。食べられないわけです。大きなパン屋さんがありましたので、パン屋さんにお願いして、パンを何とかしてくれと言ったら、パンは粉が入ってこなくてできないと。では、何かないか、菓子パンならあるということで、菓子パンを五千食、袋に詰めてもらいました。それで、朝は菓子パンにしました。あとはおにぎりを、婦人会の皆さん方、ボランティアの皆さん方に手伝ってもらって、朝から六千個のおにぎり握りをやりました。  米が入ったのが三日目ですか、県の方から一トン入ったのが。それで、給食センターも故障しておりまして、給食センターの炊飯器、米の方はできなくて、野菜を煮るようなものを使ったんですけれども、これまた一度にはできなくて、分けるきりありませんから、朝の七時から午後の三時ころまで、ずらっとこういうところに並んでおにぎり握りです。一斉につくって、熱くてなかなか大変なんですけれども、そんなことで、私どもは、避難された皆さん方に不自由をかけたくない、せめて雨風をしのいで、そして食事は何としてもやるしかない、そんな思いでやってきました。  いろいろと物資は当然ありませんでしたし、ガソリンは入ってこれませんから、車を満タンにして今回の災害を待っておりませんから動けません。連絡がとれません。ですから、今回アナログからデジタルになっていますけれども、便利なことをやったって何にも役に立たない。役に立ったのは人の口と手と足です、その連携だけであります。消防団そして民生委員の皆さん方と連携をとって、町民の皆さんの安全、安心を確認しながらやったわけであります。  電気がありませんから信号がとまります。信号に立つ警察官もあのときはおりませんでした。消防団員がみんな出て、双葉さんから来られる方の道案内です。胸にこういうのを書いて、川俣小学校は双葉町と書いて、ずらっと並んでいただいた。夜は消防団員が全部出て警ら活動です。三日間、三日三晩寝ないでやってもらいました。そんなことをやって、本当に、今回は町民の皆さん方のあれだけの支援といいますか参加があって、あの避難された皆さん方を受け入れることができたなと私は思っております。  ただ、申し上げますけれども、来られた皆さん方は選ばれてきた方々だけではありませんから、具体的には、赤ちゃんからお年寄りの方から、松葉づえをついている方もおりましたし、車いすの方もおりましたし、泣いている赤ちゃんもおりました。妊婦の方もおりました。ですが、同じ条件でこういう広いところにいるきりないんですね。ですから、これは、私どもは一生懸命やろうとしてやってはきましたけれども、あちらの町民の皆さん方は本当に我慢して、お世話になっているから言わないだけだと思いますが、大変な苦労をされたと思います。  一番心残りだったのは、おふろの提供ができなかったことであります。三カ所のおふろ場もあったのでありますが、灯油がなくてお湯を沸かせないんです、水道は使えたんですが。  それで、五日目です。灯油が全部行き渡るようになって、きょうはふろを出そうと。六千名近くの皆さん方をおふろに入れるには朝から夜までです。バスを回そうとしてやったのでありますが、恐らく双葉町の皆さん方には入れないでいた方がたくさんいたんじゃないかと思うんですが、赤ちゃんのおしりを洗うこともできない。ですから、避難所の近所の方が見かねて、うちのふろに入れたこともあるよと、今ごろになりますといろいろな話を聞かされますけれども、我々はなかなか目が届かない。でも、近所の人たちがそうやっておふろや何かに案内したということも聞かされました。  我々はそういうことをやらせていただきました。先ほどお話がありました防災訓練もやっておりますけれども、防災訓練なんて全く何にも役に立ちません。本当にこれは手探りの中で、あとは人が頼りで、お互いの気持ちでやるきりないなということでやってきたわけであります。  そういったことを経ながら、今度は私どもの町が計画的避難ということを、四月十日の夜、政府の福山さん初め、細野さん、松下さんらが来られてそのような話を出されました。川俣町は二十ミリシーベルトを超す地域のところがあります、そのことについては将来健康障害を起こすことがあるので、国としては、国民の健康を守るためにも、このような地域については計画的避難区域ということで、おおむね一カ月以内をめどに避難をしてほしい、そういうようなことになる考えだということでありました。  そのときは指示とか設定とかではなく協議と言われましたけれども、来られた以上は、これは決まるんだろうと思いました。私どもは皆さん方の受け入れをしてきたんですけれども、そこまでは考えておりませんでした、当時は五十ミリシーベルトでありましたから。モニタリング、三月十七日から放射線をはかってきましたけれども、今回なった山木屋地区というところは高いですから、十五とか十四くらいありましたけれども、トータルすると五十ミリにはならないんです。ですから私どもは、川俣は避難ということにはならないだろうという思いでいたんですが、その日、二十ミリシーベルトという新しい基準を示される中で、避難の話をされました。  これは町民の命と健康を守るということでありますから、我々、それを反対とか何かいきませんので、これは聞かざるを得ませんので聞きました。次の日、早速、地元の人に集まってもらって説明会をやりましたけれども、私は国から言われたこときり言うことができませんので、改めて集会を持つということで、国の方からまた福山さんを初め来ていただきまして、夜三時間に及ぶ、いろいろとひざを交えた説明や何かをやっていただいたわけでありますが、そのようなことを経て、二十二日には正式に設定となったわけであります。  現在、一次避難も終わり、仮設住宅もできて、山木屋地区の皆さん方千二百五十二名、世帯が三百六十世帯でありますけれども、避難になってきますと五百十一世帯に、世帯はばらばらに分かれております。そんな中で、大きな混乱もなく避難の方に今進んでいるのでありますが、ただ、残念なことには一人だけ亡くなられた方がおります。これはもう本当に我々も残念なのでありますが、だんなさんも家族の皆さん方も、本当に申しわけないというようなことで我々の方にも来られて、とにかく避難について町の方でもやっているんだからというお話をいただいたわけであります。  そういうこともございましたが、現在、山木屋地区の皆さん方は、落ちついた中でというと表現があれなんですが、課題はたくさん持っていますけれども、何がある、かにがあるという大きな混乱を生じながらの毎日ということではなく、今避難生活の方に入っているところでございます。  町では、国、県の方にも要望しておりますけれども、原発の事故が一刻も早く収束すること、またあわせて、避難をしておりますけれども、地域の除染について、農地、宅地等も含めてこれをしっかりとやっていただいて、ゼロにしていただきたい。汚染された土地、マイナスからゼロに戻していただいて、いつかは戻るわけでありますから、安心して戻れる地域づくりを、今からそのためにやってほしいということで要望しながら、現在、農地等の除染のための実証試験なども入ってやっていただいております。  また、もう一つは人の健康管理であります。こちらの方についても、三十年間にわたって町民の健康管理をしてほしいという要望を私は出しておりましたが、今回、福島県の方でも具体的に、計画避難である私どもと浪江町さんと飯舘村さんの住民の皆さん方に対して調査に入っております。今、川俣町では、最初は千葉の方へ行きましたけれども、十二名、現在は、おとといから茨城県東海村の方へ行ってホール・ボディー・カウンターの感性検査に入っております。そのような対策も今とっていただいております。  また、町でも、災害または今回の原発に伴います地域の復興計画づくりに入っておりますので、そういったものを支えていただくのは何といっても財政支援であります。このことは総務大臣との懇談会でもお話をさせていただきましたが、今回は平常時ではありません、全く異常事態でありますから、今までの財政制度、税制度をそのままで、そこをちょっといじくったくらいでは私はもたないんじゃないかと思っているんです。ですから、我々は新たな試みで、この対応、対策については、期間をくっきりと区切って、余り長期にわたらない中でしっかりと私どもの要望にこたえていただきたい。そんな要望を申し上げております。  最後に、私どもの町は原発の地域ではございません。全く関係ない四十キロ圏外の地域でありまして、いただいたのは放射能だけであります。しかも、いろいろなことをやらせていただいております。ですから、我々、今までにいろいろな立地交付金や何かは全くいただいておりませんので、私どもが今つくっております復興計画、復興ビジョンについては改めて財政支援をいただいたっておかしくないんじゃないかと、私はそのような話を最近申し上げるようになりました。これから落ちついて復興計画の策定に入り、具体化をしていくことによって、町民の皆さん方の安全、安心を少しでも保つことができるんじゃないかと思っております。  今、町内、これは福島市内も含めてでありますけれども、放射線量の問題で、低い、ゼロでないと納得しません。学校の除染も含めて、あるいは今度ホットスポットということも出ておりますけれども、本当に今関心が高まっておりますから、市民、町民の健康管理についてはしっかりと国の方の指針のもとに対応、対策をやっていただきたい、そのようなことを思っております。  少し長くなりました。以上で、状況のお話とさせていただきます。
  18. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございました。  次に、原郡山市長、お願いいたします。
  19. 原正夫

    ○原正夫君 郡山市長の原正夫でございます。  総務委員会の皆様には、本日、大変お忙しいところ、大勢でお越しをいただきましてありがとうございます。そしてまた、この郡山で開催していただいたこと、委員長さん初め御礼を申し上げたいというふうに思います。  私から申し上げるまでもなく、福島県というのは非常に広い面積を持った県土であります。天気予報では、浜通り、中通り、会津地方という形で天気予報がされますが、今回の大震災も、全くこのとおりに状況が違います。今まで四町長さんからそれぞれの状況をお話しされましたが、ほとんどがいわゆる警戒地域とか、地域指定を受けている町長さんでございます。  郡山市はちょうど福島県の真ん中で、地域指定も受けておりませんし、また、会津美里の町長さんのところと違った形の地域でもあります。しかしながら、大きな被害を受けました。後で被害の状況をちょっと報告させていただきますけれども、津波被害と大震災の被害のいわゆるテレビの画像では、余り郡山は画像になりません。ですから、郡山に来られて、こんなに大きな被害があったんですかという感想を多く聞きます。被害の一部でありますけれども、今回の東日本大震災東京電力福島第一原子力発電所事故によりまして、直接的、間接的にいろいろな被害をもたらしております。  このような中で、相双地区などから郡山市避難されました方々は、七月二十三日現在で、一次避難者がビッグパレットふくしまほか四カ所の施設に四百七名、うち九十一名が、本市の施設であります青少年会館に避難をされております。そして、二次避難者が三百六十八人で、旅館ホテルなどへ避難をしております。今、約八百名の方々が避難されるというふうな状況でございます。  そういう中で、郡山市におきましては、避難所仮設住宅から排出されますごみは市民の皆さんと同じように収集及び処理を行っており、その費用負担につきましては避難元の自治体と協議をしているところであります。  そして、小中学校生への対応でありますけれども、現在、約五百名の児童生徒が本市に転校してきております。そういう中での就学支援を実施しておりますが、就学に当たりましては、就学の希望にできるだけこたえられるように受け入れております。川内村さんは単独で学級を編制したいという希望がありましたので、小学校の空き教室を利用して、単独での学級編制に提供しております。  仮設住宅につきましては、住宅用地として市内三カ所の市有地約二万坪を提供して、五百戸の仮設住宅が完成をし、今後六十戸が建設される予定となっております。  また、安積行政センターの一室を富岡教育委員会に提供させていただいております。そして、きょう富岡の町長さんもお見えになっておりますが、先日、富岡町役場の仮庁舎建設用地として、市有地の約九百七十坪の土地の提供を決定したところでございます。  本市が避難所として提供している青少年会館では、避難者の方々を対象に各種の生涯学習講座を開催するほか、一部の公共施設においても、新たな基準を設けまして使用料の減免措置を行っております。  課題でありますけれども、本市を含めまして、受け入れ先の自治体ごとに行政サービスの量、質が異なっておりますので、国におきましては、避難を余儀なくされている方々に対する行政サービス格差が生じないよう、我々受け入れ自治体に対して、統一した行政サービスの指針や財政的な支援が必要ではないかというふうに考えております。  また、避難されてきた方々には迅速かつ確実な情報提供が重要でありますので、住民が求める情報を的確に提供できるように、国による各市町村間のネットワークの構築など情報提供体制の整備が必要であると考えております。  そして、国を代表する、政治の中枢を占めておられる総務委員会の皆様でありますので、ぜひお願いしたいことは、省庁の縦割りの政策の中で、それぞれ違う状況が数多くあるということであります。いわゆる助成に対する最低限度額なんかも省庁によって違います。  今回の大震災、そしてまた原子力災害というのは、世界で初めての状況だというふうに私は思っております。スリーマイルとかチェルノブイリ、広島、長崎をいろいろ引き合いに出されますけれども、参考にはなりますけれども、私は全く違う状況だと思っています。ですから、この福島における震災、いわゆる地震災害津波災害原子力災害と風評災害、この四つの大きな災害を、やはり私は国として、初めての経験だというとらえ方の中で、ぜひいろいろな政策法律をつくっていただきたいというふうに思っております。  昨日、フランス公共放送テレビ局なんですが、学校の表土除去の取材に来られました。彼らが一番関心を持っているのは、除染するのにどのぐらいかかりますか、除染することによって、環境への影響がもとに戻るまでにどのぐらいかかりますかと、それに関心を持って取材をされました。ちょうど今、学校の校庭で表土除去をして、校庭の一角に仮置きで山積みしている土を、校庭のまた別な一部に穴を掘って、そこに埋める作業をしているところを取材してもらっていったんですが、やはり世界的にもこの状況は非常に関心を持たれています。  ですから、特に国会議員の先生方にお願いをいたしたいのは、先ほど申し上げましたように、東京電力福島第一原子力発電所事故は、被災を受けられました市町村の機能のみならず、さまざまな分野において大きな影響を及ぼしております。きょうは環境省審議官郡山市においでになりまして、またいろいろな現地の状況を調査していかれるということで、あいさつだけして私はこちらの方に駆けつけさせていただきましたけれども、現地の状況をこれから二班に分かれて見ていただくという予定でありますので、ぜひ現地をよく見ていただいて、これからの除染活動、そして子供たちの健康管理、そういうものにしっかり取り組みをしていただければありがたいというふうに思います。  これはちょっと、きょうの議題と外れるかもしれませんけれども、私は、先ほど申し上げましたように、世界で初めてのケースでありますので、やはり世界に働きかけを日本からしていただいて、この県中地区に医療機関を含めた研究施設を、ぜひ世界的な英知を集めて、こういうことを二度と繰り返さないような方策と、そして将来のエネルギーに対する研究も含めて、そういう施設をぜひ福島県の県中地区に建設していただきたいということをお願いしたいと思います。  以上であります。
  20. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございました。  次に、渡部会津美里町長、お願いいたします。
  21. 渡部英敏

    ○渡部英敏君 会津美里町の渡部であります。  本日は、総務委員の皆様方には、大変お忙しい中こういう機会を与えていただきまして、ありがとうございます。  実は、我が町と楢葉町さんとは以前から姉妹都市でありまして、災害協定を結んでおりました。もう随分前からそういう形で行ったり来たりして、山と海ということで仲間でいたわけでありますけれども、今回、原子力の関係で、即電話をいただきました。何とか避難者を引き受けてくれということでありましたので、順次避難所を開設いたしまして、最大時で千七十八名、それから一般家庭で五百名ということで、千五百名の方が我が町に避難をされました。  そして、いろいろとやっておりましたが、実は仮設住宅の建設がおかげさまで終わりまして、二百五十戸仮設住宅が建設され、六月十一日から入居が始まっておりまして、満杯であります。そしてまた学校関係、中学校、小学校、幼稚園、合わせまして二百五名の子供さんが、四月六日に我が町と同時に入学をいたしました。大変、親御さんも安心して喜んでおられるようでありまして、ありがたいなというふうに私も思っているわけであります。  しかしながら、会津は、原発事故に関します風評被害ということで大変苦しんでやっておるわけであります。まずは風評被害に対して、農産物はいろいろな面で損害賠償の対象になるというふうに聞いておりますけれども、今後ともいろいろと対策を練っていただきたいというのが一つであります。  そして我が町では、手をこまねいているわけにいきませんので、各種の団体それから個人におきまして、さまざまな手法によってキャンペーン事業を展開していこうということで、今、全国二十五カ所、復興PR全国キャラバン隊が町から出ていこうということで、全国に展開する予定であります。これは、ゼビオさんの前の駐車場をお借りしてやるという形で、本当にありがたく思っているわけであります。  風評被害の農産物は、会津は何といっても米であります。会津の米、それから会津身不知柿、リンゴ、桃。それから、渋ガキは買い取り中止、作付中止となったものは葉たばこ、加工トマトということで、これはもう既に栽培が中止になっておるわけであります。そんなわけで、この風評被害は大変な状況であるということであります。  また、さらに会津の観光につきましては、これも大変な被害をこうむりまして、今、観光客が激減をしているということであります。  そしてまた、私の方にはETCのインターチェンジがありますけれども、これが減っております。ETCを使わないで、普通のインターで行列をつくっているということで、我が町のインターはETC専用でありますので、使用者が減っているというのが現状であります。  そんなわけで、楢葉町さんと毎週一回打ち合わせをしながら、いろいろな問題についてやっておるわけであります。これからの課題につきましては、いろいろあるわけでありますが、一緒になってその事態について調整を図っているということでありまして、教育の面、福祉、保健、ごみ処理、それから除雪体制、いろいろこれから、行政経費もかかりますけれども、何とかお互いに手をとり合ってやっていこうということでございます。  そしてまた、ありがたいことには仮設住宅の中にケアハウスもできましたし、集会所も二つほどできましたし、ショートステイの関係のグループホームもできました。仮設住宅の関係につきましては十分な配慮をしていただいているということで、本当にありがたく思っておる次第であります。  これから長期にわたりますと、いろいろな問題が出てくるというふうに思っています。まず、先ほど申し上げましたが、ごみの問題やらいろいろとあるわけでありますが、これにつきましてもいろいろ経費がかかるということでありますので、引き受け町村に対しましても国の大幅な支援をよろしくお願いしたいというふうに思っています。  そして、仮設住宅に入りましたから、今度は何とか働く場所をということで、生活支援から自立支援にということで、農地を世話していただきたいということもあります。したがいまして、町で畑をお世話して、そして家庭菜園みたいなことをやりたいというようなことを言われて、今、町で手配をしているところでございます。いずれにいたしましても、健康な人は仕事をしなければ、ただいられないということでありますので、これにつきましても町で今手配をして、何とか受け入れていただければということで頑張っているところでございます。  私の方は原子力の方と直接関係ないといえばありませんけれども、今、ほかの町村さんのお話を聞くと本当に言葉が詰まるわけであります。私からも、ぜひ一日も早い原発の収束をお願いしたいなというふうに思っています。本当に、こう見ていますと、もとの福島県にならないで、福島県が小さくなってしまうんじゃないかというふうに私も思っていますので、ひとつ全力で、ぜひとも早い原発の収束を私からもお願い申し上げたいと思います。  よろしくお願い申し上げます。
  22. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございました。  以上で意見陳述者からの御意見の開陳は終わりました。     ―――――――――――――
  23. 原口一博

    ○原口座長 これより委員からの質疑を行います。  発言の希望がある方は挙手を願います。赤澤委員。
  24. 赤澤亮正

    ○赤澤委員 いろいろとお話を聞かせていただいて、まことにありがとうございました。大変有意義であったと思います。  それで、私自身は、きょう聞かせていただいたお話の中身を正確に聞いて帰りたいというところがあるので一つお伺いをすることと、あと、お話の中で出てきたことの確認をさせていただきたいと思います。ちょっとパソコンを見ながらやりますので、座らせていただきたいと思います。  全体としてもう一度お伺いをしたかったのは、防災訓練が役立たなかったと、私にとってはちょっと衝撃的なお話がありました。二つの町から出たと思うんです。  実は岩手や宮城の方の津波の訓練は、恐らく間違いなく、すごく役に立って、気合いを入れて津波の訓練をやっていたところの方がやはり逃げる場所に早く到達したということだったので、そちらの方はむしろ効果絶大で、防潮堤とかそういったものだけではとても津波の被害を防げないから、ハードとソフトの組み合わせが大事だ、やはり防災訓練だという感じに、頭の中で整理がなっていたのです。  その防災訓練というのは、特に原発についての訓練であって、やはり津波とかそういうものに比べると、過去に例がないから新味が足りなかった、よく練られていなかった、そういうことなのか。防災訓練について役に立たなかったというお二人の首長さんから、その詳しい中身をひとつ教えていただきたいのが一点目であります。  それからもう一つは、私の持論といいますか、同期の衆議院議員に例の中越沖地震を経験した、山古志村村長だった長島忠美議員がいます。彼が非常に言うのは、国、県、市町村の連絡会議をすべての市町村にきちっと置くべきだと。国から派遣された人間、それもいろいろな分野の人間、そして県からも同じように、そして首長が住民の考えを聞いたら、直ちにそこで使える連絡会議が各市町村すべてに置かれるべきだということを彼はずっと当初から言い続けています。それは我が党の中でも、与党に対しても申し上げるんだけれども、いや、数が今回多過ぎますからということで、なかなかそれが実現をしない。  その辺について、体制が整うに従って、国の担当者に生で、住民の声を受けた首長さんの声が直ちに届くという仕組みを改めてもう一回しっかりつくるべきではないかという点についてはどんなお考えをお持ちかを伺いたいと思います。  あと二、三、まだ大丈夫ですか。ちょっとしゃべり過ぎましたか。
  25. 原口一博

    ○原口座長 できたら多くの委員に聞いていただきたいので、一人一、二分で。
  26. 赤澤亮正

    ○赤澤委員 わかりました。では、この程度にして、後で時間があれば、おっしゃったことの中でわからないことがありましたので、後ほど続けて聞かせていただきたいと思います。  では、とりあえずその二つ。防災訓練が役に立たなかったという話と、連絡会議、国、県、市町村の代表が出ている、リアルタイムで住民の声が首長さんから国、県に届く、そういう会議の設置についてどうお考えかを聞かせていただきたいと思います。
  27. 原口一博

    ○原口座長 委員にお願いをいたします。  御質問をされる町長のお名前、市長のお名前もあわせて言ってください。  今の防災訓練については、遠藤町長、よろしいでしょうか。
  28. 遠藤勝也

    ○遠藤勝也君 富岡町長の遠藤でございます。  それでは、防災訓練の内容についてお話ししたいと思います。  所在四町ございますが、毎年、それぞれ各町がローテーションを組んで、総理大臣本部長で、原子力災害防災訓練を行ってございます。この訓練については、原子力発電所の隣接の行政区の住民も避難訓練の対象になってございます。  それで、今までの繰り返しは、このような大事故というのは想定していません。圧力容器が、冷却水が機能しなくなって、一時的に圧力が上昇あるいは温度が上昇という異常事態になったということで、いわゆる原子力災害法の十条に該当する、そういう中での避難訓練が主でございます。毎年繰り返しそういう状況で、医療班とか誘導班とか、それぞれのマニュアルは同じ形で行ってはございましたが、短時間で冷却装置が機能を回復したということで訓練はすべて解除ということの繰り返しでございます。  しかし、今回はそのような訓練とかけ離れたような状況でございまして、しかも、本部である国の方からのいろいろな指示系統が全くございませんでした。そこで、現地にあります、大熊町さんにあるんですが、ジェー・シー・オー事故以来、オフサイトセンターというものを設置しましたね。原子力災害法で制度化しまして、そのときにつくられた現地のいわゆる前線基地、そこが一番重要な役割を果たすわけでありますが、今回、震度六強で建物そのものがすべて被災を受けまして、しかも、通信もすべて機能が麻痺しました。  ですから、国の本部からの情報も、我々立地町の災対本部に対しても、一切何も情報が入っていません。したがいまして、震度六強でオフサイトセンターそのものが簡単に壊れちゃう、被災しちゃうというものが果たして何だったのか。そのもののそういうハード面の脆弱さがありましたし、それから、いろいろな通信網のインフラ整備もすべて脆弱、そういうことを考えると全くむなしいですよ。  毎年、ここ十数年、何のために訓練をやられてきたんでしょうか。マンネリ化であります。その十何年間の中で、ある程度の内容の充実というものも図られてよかったでしょう。それがないままに現在に至ったということでございまして、ぜひこれを機会に、全国に新たな安全、安心を確保するような、いろいろな保安規制の役割を果たしていただきたいということでございます。
  29. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  加えて、川俣の古川町長、よろしくお願いします。
  30. 古川道郎

    ○古川道郎君 私どもの方は避難の受け入れに関してのことでございます。  このようなことは、今まで想定も何も全くできなかったわけでありますから、しようがないとは思いますけれども、まずは平常時の訓練でありますと、関係機関、警察、自衛隊、消防また民生委員、みんな集まって訓練をやりますけれども、電話が通じないとか、物がないとか何がないというのは全くないわけですよね、連絡すればすぐとれますし。これが全くなかったということでありますから、私は、何もマニュアルどおりいかなかったという意味で話をしております。  例えば、具体的には仮設のトイレも来ません。六千名のトイレ、どうしようもないですよ。想像してください。学校ですから体育館のトイレを使う。電話は一台ですよ、校長室、教員室の。どんどん来るんですよ。どうやってマニュアルで、電話会社は来ませんよ、何ぼ言ったって電気は通じませんよ。訓練のときには電気工事、わっと来てくれますよ、何かあれば来て、通信できます、水道屋が来る。  それが三日も動かないんですから、それがどうしておくれるのかというと、やはり国がしっかりと被災地に向けてやれば私はできたと思うんですよ。例えば自衛隊です。私は、この話は原市長から聞いたのではありませんけれども、ガソリンが入ってこない。郡山までは来るんだと。ローリーの運転手が帰ってしまった。私は、自衛隊に頼んだらいいべと、ここの言葉ですけれども、郡山には自衛隊があるんだから、そこにお願いしたらいい、非常事態ですから。川俣だけじゃない、どこもですよ。南相馬市の市長は、物が川俣でとまっていてうちの方に来ないなんて言われまして、南相馬の市民が町の本部に来るんですから。南相馬の物資が川俣町のどこでとまってるんだいと、ガソリンのある方がみんな相乗りして来るわけですよ。  そんなことで、この非常事態については、我々訓練していて、基本的には集まってきてくれる方がネットワーク、人と人でやったことは、これは訓練をやってきているから、日赤奉仕団なり婦人会なりPTAの皆さん方がやってくれると思いますから、基本的なことは動いたかもしれませんが、総体的にあのときには全く動かなかったということであります。  そういった意味で、トイレの問題も含め、電話も含め、電気も含め、私どもに環境の会社がおりまして、そこの社長がいち早く来てくれました、町長はおにぎりだ何だと言っているけれども、食ったものは出ていくんだぞと。どこに出ると思う、体育館の裏の山を見てこいというわけですよ。それで、うちの会社で全部やるから、うちは幸いガソリンは確保できるからと。あそこは車が何台ありましたか、全部、避難所に朝七時から来てやってくれました、処理場も動いていましたから。  そうやって気がついた方が来てくれました。我々が気がつかないと、そのままになってしまった。でも、そうやってトイレの方もいろいろ対応してくれましたし、そういったことは訓練とはまた別なことで協力をいただいたのでありますが、なかなか仮設のトイレも来ませんし、電話は通じませんし、訓練であればすぐばっと来るんですよ。期待しているけれどもそれはない、そういう意味で申し上げました。
  31. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  赤澤議員の最後の質問、国、県の連絡協議会については、原市長。
  32. 赤澤亮正

    ○赤澤委員 県、市が常にそこにいる、そういう連絡会議をつくる。市長がその場で発言すれば即伝わるという形の連絡会議。
  33. 原正夫

    ○原正夫君 先ほどちょっと申し上げましたが、三月十一日以来、この大震災に当たって、国、県、そしてそれぞれ市町村、郡山市の場合ですけれども、協議をしていただいている回数は非常に多くあります。きょうも含めて、極端な言い方をすれば、私が出た会議、出なかった会議を含めると、もう何十回もあるわけです。  その中で、どちらかというと、こういう会議で話した内容ではなくて、たまたま時間をとっていただいて郡山に寄られて、ざっくばらんな現状をお話し申し上げたことは実現できたわけですね。ところが、会議でお話ししたことはなかなか、実現するまでに時間もかかりますし、内容的にいろいろな問題があったというのが偽らざる心境であります。  先ほどちょっと渡部町長さんから高速道路の無料の話が出ましたけれども、これなんかも現地をしっかり把握していただければ、国の政策として非常にいい政策、早い対応だったなと私は思うんですが、内容が残念ながら現地を把握されていなかったということだと思います。  というのは、郡山は毎日罹災証明を出していたんですけれども、最初のころに比べると落ちついて、大体、一日に三百件前後になったんですが、いわゆる罹災証明によって高速道路が無料になると言った途端に、一日に三千件になりました。もうこれは職員も対応できないんですね、三百件だったのが三千件になったわけですから。  ですから、そういうことを考えていくと、やはり現地を把握されて、そして風評被害の観光なんかもそうですけれども、極端な言い方をすると、もう東北、白河から青森までは、来られた方は全部無料ですよという形で扱えば、これは観光にも他県から来られるんですね。そして、福島県、宮城県、岩手県の三県の被害の車についてはナンバーと、ETCは登録されているわけですから、全部無料というふうにすればETCも利用されますし、県民も無料で、なおかつ来てくれる方も無料になる。こういうことを会議で申し上げたんですけれども、残念ながら、全然返事が返ってこないわけです。  ですから、先ほど申し上げましたように、たまたま平野大臣と松下副大臣が郡山に来られたときに、ぜひお会いして話をしたいということだったものですから、どういう予定ですかとお聞きしたら郡山で泊まるということですから、では、ぜひ夕食の時間をとって一緒に懇談をさせてくださいとお話をさせていただいたら、その中でお話ししたことはほとんど実現していただきました。ですから、ぜひとも、この会議の中でそういうことをしっかりとらえていただければ大変ありがたいというふうに思います。
  34. 赤澤亮正

    ○赤澤委員 私が申し上げたかったのは、実は、会議の形でやると、来たときは聞くけれども、帰ってからは連絡もなかなかとれないしということなんです。  私が申し上げたのは、国の役人と県の役人が常駐するということです。要は、市の中に常駐して、その人は言われたことをやらない限り、市長と顔を合わせると常に気まずい、やらざるを得ないというたぐいのものが山古志村の中越地震では置かれたんです。国の担当官、例えば厚生労働担当、国土交通担当、何人かがそこに常駐して、市長がそこに足を運べば、常に市役所の中にいるという状態で仕事をさせられていて、これはもう逃げようがないから非常に進んだという話なんですよ。  そういうようなことなので、連絡会議という言い方をしたのでちょっと中身が正しく伝わらなかったかもしれませんが、数が多くても、それをやった方が物が進むんじゃないかという感じを私は持っているということで伺いました。
  35. 原正夫

    ○原正夫君 そのことを直接答えると差しさわりがあると思って私は答えなかったんですが、問題は、常駐した方にいわゆる決定権があるかどうかなんですね。  福島県にも災害対策本部が県庁の中にあります。でも、県庁の中に災害対策本部がありますけれども、ここに話をしても現実問題としてなかなか返ってきません。ですから、やはり決定権を持っておられる方が、そういう省庁の中での職員の皆さんとして派遣していただければ、それは解決できるというふうに思います。
  36. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  重野委員、どうぞ。
  37. 重野安正

    ○重野委員 重野と申します。  三人の町長さんから、除染作業という話がございました。これはどういうことを言っているのか。具体的に、今、除染作業なる作業が行われているのか、何をもって除染作業と言うのか。そこ辺、大変恐縮ですけれども、お聞きしたいと思いますので、富岡町長さん、よろしくお願いいたします。
  38. 遠藤勝也

    ○遠藤勝也君 除染は、県内でも一部、伊達市とかその辺では屋根圧力洗浄機でやったり、あるいは庭の草を刈り取ったり、いろいろやって空間線量を比較して、除去をやっています。  私は、それと相通ずるところがあるんですが、本格的な除染をお願いしたいということで、空間線量を下げるのには、やはり土壌の表土の入れかえということはもちろん一つあるでしょうし、あるいは樹木、植物等々のそれを除去するということも当然やってもらわなければなりません。加えて、宅地周辺の側溝のヘドロをすべて除去するとか、あるいは屋根の雨どいの部分も除去するとか、あらゆる部分をすべて除染すると、確実に空間線量は改善されます。  ですから、これは当然、今回の予算にも二次補正にのせていただいたと思いますが、そのようなことをぜひ、宅地の部分とか農地の部分を、思い切ってすべて十センチから十五センチ表土をはぐとか、あるいは道路の周辺の、のり面の雑草をすべて刈り取るとか、樹木の枝を切るとか、山林を全伐してそれを処理するとか、そういうもろもろの具体的な話を私は描いています。  現実に、文科省とか東京電力とかがモニタリングの結果を持って報告に来たときにも、いろいろそういう具体的な作業状況についても打ち合わせはしておりますので、ぜひ、それは警戒区域であろうとも並行してやっていただきたいというふうに考えております。
  39. 重野安正

    ○重野委員 今町長さんが申されましたが、それは、どうすればいいという、一つの方程式みたいなマニュアルというのは示されているのか。
  40. 遠藤勝也

    ○遠藤勝也君 きのう経済産業省審議官が来て、いろいろ私の方にも問い合わせがありました。ですから、決まっていません。マニュアルはないと私は思います。ですから、実践して結果を出すことだと思います。  電力中央研究所等々の専門家の話もいろいろ聞いてみますと、そのような形が一番ベターなのかなという、いろいろアドバイスも受けております。
  41. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  塩川委員。
  42. 塩川鉄也

    ○塩川委員 貴重な御意見、ありがとうございます。  全域が避難指示の対象となっています双葉、富岡、大熊の町長さんにお尋ねします。  町民の方がすべて避難対象となっておられる。県内のみならず県外にも多くの方が避難をされておられる。四カ月半がたって、現時点での避難者の方々の共通する強い要望というのは何か、この点について端的にお答えいただければと思うんです。  冒頭のお話にもありましたように、民間賃貸住宅の借り上げの問題についての御希望とか、生活資金の問題なんかも出されておるわけですけれども、月日が経過する中で、今これはぜひ手を打ってほしいということについて、町長さんが受けとめておられることについてお尋ねいたします。
  43. 原口一博

    ○原口座長 それでは、井戸川町長さんから三名の町長さん、よろしいでしょうか。
  44. 井戸川克隆

    井戸川克隆君 双葉町長です。  日ごろ町民から出てくるのは、時期を示せと。町長でいいんだ、国に聞いていない、町長があと何年たったら帰れるかはっきり言ってほしい、それによって自分の方向性を決めるんだ、帰れないのなら帰れないような言い方でも結構だ、自分がこれからどうやって人生設計するかをそれによって決めるということを言われております。  また、やはり住む環境についてのいろいろ苦情等があります。  それから、行政が抱える一番大事なことですが、住民に対する公平な扱い、これも言われております。なかなかこの公平な扱いというのは厄介なもので、自主避難されている方、避難所、あるいは仮設ということで、全部不公平なんですね。だから、この不公平に対する補償の中で公平をやっていかないといけないのかなと私は考えておりますので、自主避難して、全く町に迷惑をかけないで今生活している方が、将来損をすることのないようにまず御配慮をいただきたいし、全くお金がかからずに今避難所で生活している方が、今後それをまた延長してくれというふうな要求もございますので、これもまたどこかで線引きをしないといけないのかなというふうに考えております。  公平の要求が一番私は困っております。その次には、帰れる時期を示せということです。もうだめなんだべ、自分の町はだめなんだべというような意見もあります。いやいや、そうではないんだ、ちゃんとみんなそろって双葉町に戻るんだからということを私は常に申し上げておりますけれども、いつなんだということを聞かれると、答えようがなくて今困っております。
  45. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  遠藤町長さん。
  46. 遠藤勝也

    ○遠藤勝也君 今、双葉町長のおっしゃったとおり、いつ帰れるんだ、早く帰してくださいという話は当然一番多いです。はっきり言ってください、帰れないんでしょう、帰れないのなら帰れないなりに、自分たちは今後、人生の設計を変えなきゃならない、それが一番多いです。  それから、もし帰れたとしても、帰っても働く場所がないということが一つ。原発はもう嫌だ、原発があるのなら戻らないというのが大半の若い人。一部、原発で働いている方は、家族もすべて、原発関連だから当然戻らなきゃならない、そういう方もおります。  さらに、町の復興計画を示せ。これは早かったですよ。もう四月の頭に、町長、町の復興計画はどうなんだ、そういうのがいきなり来ました。ですから、そのときに言ったのが、先ほど私が冒頭に言った復興計画ビジョンです。幸いに、福島県復興計画の中にもこの計画そのものをすべて入れていただきました。  あとは生活資金です。いつまでこれが続くかわからないとすれば、我々は無職だし生活する資金を確保していない、これは国の方で、継続して安定的にどこまで保障してくれるんだ、これが多いです。  あとは、早く除染してください、除染すれば必ず環境は変わるんだと。それも、みんな勉強しているんですよ。毎日、避難所あるいは避難施設にいますから、暇ですから、テレビにかじりついています。我々以上に詳しいです。勉強しています。非常に鋭い質問があります。ですから、あした私は、新潟県避難住民、五百人ほど集まっているそうですけれども、ここに初めて訪問するんですが、かなりの厳しい質問があると覚悟しています。もっともっと勉強していますので、本当にそれだけ鋭い鋭い質問があります。  大体、主な要望は以上でございます。
  47. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  それでは、渡辺町長、よろしくお願いします。
  48. 渡辺利綱

    ○渡辺利綱君 ただいま双葉町長、富岡町長が言われることと同じです。  私たちも、避難生活を支えているのは何だといったら、やはり、自分たちの生まれ育った町に帰るんだ、それが唯一の支えだと言われます。そうした中、本当に戻っても生活できるのか、帰っても仕事はあるのかというようなことが次に来ます。ですから、除染、化学的な除染もあるでしょうし、物理的な除染もあるでしょうし、戻れるような環境づくりのために努力してください、そういうふうに言われます。  そして、最後は、戻れなかったらはっきり言ってください、再出発といいますか、我々も次の準備もあります、正直に伝えて、精神論や希望論だけ話さないで、現実的なことを我々も受けとめる覚悟はありますから、はっきりと数字を示して公表してください、そういうふうに言われます。  そして今、だんだん日にちが長くなってきますと、就業の場といいますか、働かなきゃならないという気持ちはあるんですが、いつ戻れるのだというのと、あと、すぐ戻れるんだから腰かけ程度なんだ、だから仕事も身につかないんだというようなことを言われますが、確かにそういうことはあると思っています。だから、自立支援のためのいろいろな手は打っているんですけれども、本人がその気にならないといいますか、どうも帰れるんだか帰れぬのだかわからないし、また、中途半端な形でどういう仕事につくんだというようなことで、一番我々も対応に苦しんでいるところでございます。  いろいろありますけれども、とりあえず、今の段階ではそんなところでございます。
  49. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  後藤委員。
  50. 後藤祐一

    ○後藤(祐)委員 私は、復興特別委員会で、黄川田委員長のもとで復興基本法修正協議を担当させていただきました。これから復興庁をつくっていかなくてはならないんですが、その観点から、原市長と古川町長にお聞きしたいと思います。  まず一つ目は、復興本部の現地対策本部という体系と原子力災害対策本部の体系、これが二つ並行しているわけでございますが、これが二つあることによる混乱、あるいは、やはりこれでいいんだという、今の原子力復興の体系がこうなっていることについて、現場の市長、町長として、お願いがしにくい、先ほど原市長からは、決定権がない人がいてもしようがないんだというお話がありましたけれども、今の現状として、機能しにくくなっている原因とその改善方法。  今、復興本部の現地対策本部が置かれたわけですけれども、例えば、もう少し各省庁からエース級の、この人に言えば決着するんだという方をもっと引っ張ってきたらどうかとか、改善方法として、市長、町長の立場からどういったことが考えられますかということをお聞きしたいと思います。  よろしくお願いいたします。
  51. 古川道郎

    ○古川道郎君 今の復興本部でありますが、まず、川俣町が計画的避難区域になりました四月二十二日から、私どもは国の方に、人材を派遣してほしいとお願いしてきました。  国の方ではしっかりと、厚生労働省経産省総務省農林水産省、四名の方が本省の方から川俣町に来ていただきました。それぞれが一生懸命やっていただきまして、私どもの計画避難はおおむね一カ月という目途を掲げてやったのでありますけれども、彼らの取り組みは私どもの対策本部と一体となってやってくれた、そしてまた、特に国の方との、関係省庁との連携を密にしてくれたということで私は進んだなと思っております。  特に農業関係では、畜産等もありますし、養豚等もありましたけれども、そういったものについての対応、対策をしっかりとやってくれたなと思っております。私も一緒に行きましたけれども、現地に入って、何度も花の農家とかあるいは野菜農家のところへ行って、じかに話をした。  いわゆる避難に当たっても、具体的に申し上げますと、川俣町山木屋地区は線量の高いところと低いところがあるんです。二十ミリに満たないところもあるわけです。ですから、私は、一部農業をやっていいんじゃないかということを最後まで申し上げてきました。農水省から来ている彼も、一緒になって現地に入って、状況を聞いてやってきて、最終的にはそういうことで、例えばハウス栽培はいいかなという判断にまで国では傾いたのであります。  しかし、最後は地域の中で、そこの農家二軒だけがやれることと、仲間のみんなとの関係が将来どうなるのかということで、最終的には話し合いの中で農家の方が、いや、私だけがとはいかないから、みんなと一緒に私は避難を選択するということになった経過とか、あるいは経済産業省の方でも、通勤操業についても、現地に入っていろいろと現場の声を聞いて、また取引先の方とも、我々も一緒でありましたけれども、一緒になってとにかくやってくれた。  総務省もそのとおりです。財政問題については大きなものがありますけれども、具体的には、仮設住宅に何かで日陰をつくったらいいんじゃないかということで、緑のカーテンのNPO法人との連携とか、ローソンさんが震災を受けたところに全国的に支援をするということで動いたことも、いち早く通していただいた。山木屋地区の商店の中で一軒の若者だけが、何とか商店をやりたいという希望があったんですよ。仮設なり福島市内に出てからやるかとか悩んでいたところにローソンさんの話がありまして、会わせていろいろお話ししましたら、うまくまとまりまして、現在、ローソンの店長として彼は活躍し、また、地元からの採用を六人ほど採ってやっているということで、私はそういう面では、今回の計画的避難でありますけれども、人的な面では大変お力をいただいたと思っております。  また、災害本部でありますけれども、実はきのう吉田泉本部長が来られました。これから窓口、担当を決めます、例えば川俣町はだれだれですよということで決めてやるようにいたしましたので、今後、連携を密にとってやっていきましょうというようなことを、吉田本部長も何回か来られておりますけれども、きのう来られて、具体的に、今後の復興対策の中でやっていくためには担当を決めて、連携を密にやっていきますということで来ておりますので、これからそういう動きが出てくるんだろうということで、今、期待をしているわけであります。  今まで、原子力対策本部の方でも何度となく川俣に来て、放射線量の問題も含め、いろいろと対応、対策はやっていただいておりますし、特に国からは、政府から直接、あと東北経産省の方からも来られております。  彼らが放射線量のモニタリングをやってくれているんです。今は四十三カ所やっているのでありますが、今度二百カ所ふやすことにいたしました。それも彼らと一緒に現地を見て、うちの対策本部の職員と一体となって、実は、きょうまた改めて歩くのでありますが、二百カ所をモニタリングして、いわゆる通学路の除染等も含めて、除染の必要なところはどこかということを確認してやっていきましょうといいますので、私どもは、国の職員だから帰っては困りますということを言ったんですけれども、二カ月でありましたから本省にみんな帰りましたが、改めてまた東北経産省の方から一名常駐で派遣していただきました。  そういった意味では、私は、国の方でも、人的な支援については本当におくれることなく迅速にやっていただいておりますことにこの場から御礼を申し上げながら、これまた心配される私どもの復興計画を具体化していくためにも連携を密にしなきゃなりませんので、そのようなことは、きのう吉田本部長とも話を詰めたところであります。  現状は、以上のとおりです。
  52. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  原市長。
  53. 原正夫

    ○原正夫君 私は、中央から来られる方も気の毒だと思うんですね。というのは、即断即決はできないことは当たり前なわけです。ですから、我々市町村から要望、そしてまた相談事があったものに、間違いなくきちっと返事を返していただける、だめなものはだめでいいと思うんですね、今の段階でそれはこういう考え方だという国の考え方をきちっと返していただければ、それでいいと思うんです。  復興庁については、実は、総務大臣復興副大臣がお見えになったとき、別々の会議でしたけれども、郡山市としても意見を申し上げました。  と申しますのは、先ほどちょっと申し上げましたが、震災の度合いがみんな違うんですね。大体、津波地震はタイムサイクルが五年、十年、二十年を目途にある程度見通しが立つと思いますけれども、原子力災害は十年、二十年、三十年、五十年サイクルだと思うんです。ですから、やはり対応の仕方をきちっと、スタートをしっかりとらえていただかないと、福島県のみならず日本という国の将来をしっかりとらえていただくためには、原子力災害地震災害津波災害を分けていただくことが大事なのではないでしょうかということを申し上げました。  先ほど町長さん方から、被災に直接遭われた方々の、私も何回か地元の方々の避難所を訪問して聞きましたけれども、帰りたいということが本当に精神的な支えなんですね、いつ帰れるのかと。ですから、その支えを取ってしまうような結果は、これは非常に難しいんですが、復興の計画を立てるのに、どのぐらいで戻れるのかということを国が示していただかないと、計画の立て方が違うと思うんですね。ですから、その辺を復興庁の方として検討していただくということ。  私は郡山の市長として復興副大臣にもお願いしたんですが、郡山には今、工業団地の用地としてアセスメントの調査をしている百五十ヘクタールがあります。そこを使ってぜひ、先ほど申し上げました研究施設、そういうものを誘致していきたいという御依頼を申し上げました。  ぜひ、復興庁におきましては、そういう観点でとらえていただければ大変ありがたいというふうに思います。
  54. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  小川委員。
  55. 小川淳也

    小川委員 間もなく総務委員会で、原子力災害の被災地の税負担の軽減と、住民登録のいかんにかかわらず公共サービスを提供するという法律案について審議に入るということでございます。その関係で、お三方にお聞きしたいんです。  まず、避難自治体である大熊町の渡辺町長さんに、避難をされた住民の方々とどういう形できずなの確保といいますか連絡をとる努力をされているか、どういう形で把握をされているか、それをお聞きしたいと思います。  そして、今度は受け入れ側の会津美里町の渡部町長さんに、避難をしてきた住民の方々が、どこから来て、どういう家族構成、どういう就労状況、どういう生活状況であるかということをどういう形で管理しておられるか、あるいは管理し切れていないか、受け入れ側の立場からお聞きしたいと思います。  最後に、避難生活とちょっと別なんですが、日常生活について郡山市の原市長さんにお聞きしたいんですが、今、駅からここまで向かう途中、意外と駅前広場マスクも帽子も何もせずに子供たちが炎天下で遊んでいたり、そうはいっても、郡山はまだ空間線量が一マイクロシーベルトを超えている状況で、全国の各地域と比べると二十倍ぐらいだと思うんです。そういう意味では、麻痺してしまったのか、それともあの程度なら全然大丈夫だというふうにみんな腹をくくったのか。この辺の日常生活の感じをちょっと教えていただきたいと思います。
  56. 原口一博

    ○原口座長 関連して、坂本理事
  57. 坂本哲志

    ○坂本委員 今の小川先生の質問に関連します。  これから、住民票を移していても移していなくても、避難先、避難元、それぞれ充実した支援体制ができるようにというような法案の審議に入るわけですけれども、目に見える財政的な負担はわかると思います。例えば教育とかですね。しかし、やはり目に見えない財政負担というのが幾つか出てくるだろうと思います。そういうのは具体的にどういうものがあるのか、あるいはどういう形でなかなかカウントできないのか、このことを郡山市長さんにお伺いいたしたいと思います。それから、避難されている住民の中から市に対して要望が最も強いものを三つぐらい、ベストスリーぐらいがわかればお願いいたしたいと思います。  それから、避難元の町長さん、どなたでも結構ですけれども、いつ帰れるんだということは、住民票を移したいと思うけれどもとか、あるいは、住民票はそのままにしておくけれども、とにかくいつ帰れるんだというような質問が多いと思います。皆さんやはり住民票を置いておきたい、町長さんの方はもちろんを置いていてほしいわけですけれども、御本人さんたちもやはりそういう願いでお尋ねをされているのか。  それから、住民票を置いたままで避難されて、避難先で何が不便なのか、もしそれを具体的に避難先の方々からお聞きすることができましたら、教えていただきたいと思います。
  58. 原口一博

    ○原口座長 それでは、大熊町長さん、原市長さん、それから渡部町長さん。
  59. 渡辺利綱

    ○渡辺利綱君 私たち、六五%とさっき言いましたけれども、会津若松市に大半がお世話になっているというような状況ですが、あとは、北海道から沖縄まで、四千人の方々が全国に散在しております。そういう中で、情報が足りないというようなことを一番よく言われます。  安否確認というのが当初できませんでしたが、会津に来てから、コールセンターを立ち上げたり、あるいはブログ等でいろいろ努力いたしまして、今は九九%、ほとんどそれぞれの所在が確認できるようになりました。広報とかブログだとか、あるいはいろいろなお知らせというような形で連絡をとるようにしているんですけれども、一番は情報が足りないというようなことで、いろいろ批判とかおしかりを受けます。我々も、提供したいんですがなかなか難しいというのも現実でしたが、少しずつでも努力しながらそれを解消していきたい、そんなふうに思っているところでございます。
  60. 原正夫

    ○原正夫君 小川先生おっしゃった、郡山の駅から来られての状況なんですけれども、空間線量をはかりますと、私も国会に何回か陳情に行って、国会の中と議員会館の中をはからせてもらいましたが、〇・〇八あります。先日、ある病院にちょっとお見舞いに行ってきたんですけれども、ある病院の病室で〇・一三ありました。この辺の郡山の表の空間線量は、高いところ低いところありますけれども、駅前あたりで大体〇・四から〇・五ぐらいです。うちの中になりますと、大体〇・二、〇・一五ぐらいの状況です。  ですから、空間線量としては、高いところは別として、今申し上げましたように、大体〇・二ないし〇・三マイクロシーベルトですから、余り気にしなくともいいという環境になってきているのは事実だと思います。しかし、低線量被曝ということで、郡山に相双地区の子供さんたちが約五百名転校してこられておりますけれども、同じぐらい郡山から転校して県外に出ている状況もあるわけです。これはお母さん方のとらえ方の問題ですね。  それと、先ほど坂本先生からお話があった、目に見えない、そういう中のことでありますけれども、私ができるだけ市の職員に今指示をしているのは、原子力災害によって通常業務以外のプラスになるものは全部経費を積算しなさい、そして、その数字の中で、国と東電にそれをきっちり請求しなさいと。  しかし、それは、国でも東電でも見ていただけるかどうかということは別問題ですけれども、目に見えるものと目に見えないものと両方あるわけです。校庭の表土除去なんかも郡山の方で率先してやらせていただいて、国の方がそれに対応していただけるということで、文科省が、九八・五%は国の方で何とか見ましょうということを言われたんですけれども、郡山としてはなるべくお金をかけないように、全部の学校にクーラーを設置することになると、郡山の場合には学校が多いものですから、物すごく大きな、十数億円かかります。それで、扇風機とよしず、そういう形の中で工夫をしたんですが、扇風機は見ましょう、しかし、よしずは見られませんと。目に見えるものでもそういうような状況があるんですね。  ですから、目に見えるものと目に見えないものも含めて、原子力災害に対する対応のいわゆるプラスアルファ分というものはしっかりとらえていきたいというふうに思っております。  それと、先ほど重野先生から除染の御質問がありましたけれども、基本的に、国、それから国際的に一ミリシーベルトという数値は、現実的に不可能な数値なんですね。ですから、私は、大人も子供も一ミリシーベルトが標準でいいと思うんです。  ところが、国の二十ミリシーベルトという暫定的な数値は、大人も子供も一緒なんですね。私はそこに矛盾を感じたわけです。二十ミリシーベルトが大人の数値だとすると、子供はやはりそれ以下でなければならないんじゃないか。  先日、小佐古さんが、子供の場合には五ミリシーベルトが一つの目標値じゃないかというような数値を出されましたけれども、私は専門家ではありませんから、その辺の数値はわかりません。しかし、大人と子供が同じように二十ミリということは、不可能である一ミリだから、大人も子供も一緒でいいと思うんですね。  それで、除染活動を始めたわけです。郡山でいろいろなことをやらせていただきました。校庭の表土の除染も三方法でやって、一番経費のかからない、一番効率のいい方法で郡山の学校は全部やりました。五センチ削れば完全に除染できるのは間違いないんですね。しかし、五センチ削りますといわゆるその処理の費用もかかりますから、より少ない方法で何ができるのかということを工夫させていただきました。  校庭は収束しつつありますので、これからは学校以外のところ、一番大変なのは農地だと思います。農地の場合には農作物をつくるために攪拌してしまったところがありますから、そうすると、攪拌した土地は、もとに戻すためには三十センチないし四十センチ以上表土を削らないと、線量が下がらないわけです。そういうものをいろいろ、国の知恵をおかりしながら、また指示をお受けしながら今やっているわけです。  一番困っているのは、下水道の、いわゆる処理をした後の汚泥ですね。それと、清掃工場の、燃やした後の灰の処理。八千ベクレルは普通の一般廃棄物と同じように処理もしていい、十万ベクレルまではいわゆるピット方式で地中に埋めてもいいでしょうということなんですが、十万ベクレル以上の数値については、残念ながら、まだ明確に国の方で示していただけないんですね。  先日、県の方で測定していただいて、稲わらをはかったんですけれども、一カ所から五十五万ベクレルという数値が出ました。この五十五万ベクレルの稲わらのところの空間線量をはかりますと、十七マイクロシーベルトなんです。ところが、九万五千ベクレルの稲わらをはかりましたらば、八十五マイクロシーベルトという空間線量が出ました。今、これをもう一回再測定させているんです。  そういうことも含めて、やはり国、県が一体になって対応していけるようなシステムをつくっていただければ大変ありがたいというふうに思っています。  以上です。
  61. 原口一博

    ○原口座長 それでは、渡部会津美里町長、お願いします。
  62. 渡部英敏

    ○渡部英敏君 長期化するということになりますと、行政経費が膨らんで、いろいろな問題がこれから出てくるだろうというふうに思っていますけれども、今のところは、姉妹都市もありますし、私もお世話になっている関係から、町もいろいろとサービスしてやろうというところでやっておる次第であります。しかしながら、今後、かかる経費と行政サービスの関係について、いろいろと問題が出るのではないかなというふうに思っています。  そしてまた、私は、住民票を移動してくださいということは口が裂けても言わないからと、楢葉の町長さんにも言っています。それだけはやはり勘弁してくれというふうに言っています。  最終的にはやはり自分の町に早く帰りたいという気持ちが腹の中にあるのかなというふうに思っています。ぜひそこら辺は国の方で面倒を見ていただかないと、本当に、住民票まで全部私の町に移動したら、帰ってくれというときに帰れなくなっちゃうんじゃないかなというふうに心配しておられましたので、私は、そこまではうちの方では言わないというふうに思っていますので、よろしくお願いしたいと思います。
  63. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  結びに、石田理事、お願いします。
  64. 石田真敏

    ○石田(真)委員 いろいろとお話を、どうもありがとうございました。  避難元の町長さんにお伺いをさせていただきたいんです。長期化するのではないかという御懸念があるわけですけれども、そういう中で、私は三点お聞きしたいんです。  一つは、住民の皆さんの今後の生活費を含めた生活支援、こういうことについてどのように見通しを立てておられるか、どのように考えておられるか、お聞かせをいただきたい。  それから、先ほど少し雇用のお話がありましたけれども、避難されている方の中で既に就労されている方の状況、大体どのくらいの方が就労されている、あるいはどういう仕事についておられる、そういうことについてお聞かせをいただければと思います。  それからもう一つは、町の財政ですね。税収はないわけですから、今後そういう中でさまざまな作業をやっていかなければいけないわけで、そういうことについて、今どういうお考えを持っておられるのか、お聞かせをいただきたいと思います。
  65. 原口一博

    ○原口座長 双葉町長、お願いします。
  66. 井戸川克隆

    井戸川克隆君 双葉町です。  ただいまのお話ですけれども、住民の生活費は、ある日突然、自分の職場が奪われておりますので、解雇あるいは待機、そういった形になっております。  経営者は、今まで不景気だったものですから、身を削りながら従業員の確保、維持をしてきておりますので、この際、もうそれ以上従業員を抱え切ることができない状況でありました。しかも、全く見通しが立たないということも重なりまして、ほとんどの方が解雇されております。経営者自身も、何の裏づけもない、保障もない中で、自分自身も解雇された状況になっておりますので、自立に向けての取り組みのために、私は、一つその方向づけで、埼玉県の方に町を移したこともございます。  地元からいろいろな形での雇用したいという声はありますけれども、これとギャップがあります。なぜかというと、今まで長いこと自分たちがつくり上げてきた職場と全く違うわけですね。それから、原子力発電所という特殊な環境の中で、終日全く同じ姿勢で同じ作業をするということがありません。原子力発電所の場合は、特殊環境ですので、ちょこっとやって、あとは一日分の仕事というみなしの部分もございますから、このギャップと住んでいる環境の違いのギャップ、このギャップでもって、多くの求人はあるんですけれども、求職者は少ないというのが現状であります。  しかし、その中にあっても、もう地元で農業ができないから埼玉で農業を始めたいんだということで、埼玉県農業あるいは市の関係者とともに、農業再開に向けた動きも出てきております。また、加須の旧騎西高校内の住民の中で六十何名が、今、何らかの形で就労をするようになりました。  最近、県と市の方にお願いしたのは、ギャップを埋めるために職業訓練をしていただけないでしょうかと。ブリッジをかけるための職業訓練あるいは体験、そういった取り組みで、ソフトな部分から入っていただくと入りやすいのではないだろうかということを申し上げて、職業訓練に応募する人が多くなりました。  今、どういう立場であろうが、どういう環境であろうが、やはり日銭を稼いでいただかないと私も困るわけですので、そのようなお願いをしながらやっておりますけれども、やはり大多数は、日中も、あらゆる新聞を読んでいるという方が多いようであります。また、子供を抱えた若い親もいっぱいおりますので、彼らの生活というのは本当に困っていますね。まだまだ自分がどこに軸足を置いていいかわからない部分がありますので、覚悟が決められない。しかし、子供には毎日お金がかかるということで、大変苦労しております。何とかこの辺も、話し合いをしながら、働ける方は働いてもらう、子供たちは残りの人たちで面倒見るとか、そういった手だても講じながらやっていかなければなりません。  一方、県内においては、福島県をこよなく愛する町民もいるものですから、職場がなくても帰ってくるんですね。仮設住宅に入りますから、今後、彼らの職場の確保というのは、私にとっても大変大きな仕事だなというふうに思っております。  二地域に軸足を置いているということは、職場を優先するのであればやはり仕事のあるところに働く人は移動してもらって、週末は帰ってもらうとか、そういう生活の知恵というか、いろいろな工夫の中で対応していただきたいと考えております。  三番目の財政ですが、私の町は、御存じのように、原子力発電所がありながら財政再建の一歩手前まで陥りまして、平成二十二年度決算をもって実質公債費比率の二五%はクリアするように今頑張っているところですけれども、やはり全く歳入がございませんので、今後、いろいろな御支援をいただきながら町の再建を図っていかないとやっていけません。何とかここは国の方で御配慮をお願いしたいと考えております。  町としても、町民としても何とか自力でやるようにしますけれども、やはり支援も必要ですので、よろしくお願いしたいと思います。
  67. 遠藤勝也

    ○遠藤勝也君 一つ目の住民に対する生活支援ということにつきましては、先ほど申し上げましたとおり、国からの仮払金あるいは義援金等に尽きると思うんですね。ですから、これを、一次、二次ということになりましたけれども、今後、定額的に、月当たりの定額の義援金と申しますか、そういう形で支給、交付していただければ一番いいと思うんです。  二回にわたっても、額が多くなると、どうしても自己管理ができなくなっている方が一部ありまして、それについて、一回で使ってしまうとか、家庭内の騒動なども起きて、悲劇がという場面が多々あります。  非常に異常な心理状態ですから、何とかその辺は定額的に小分けしてやっていただければ一番いいのかなということで、片山総務大臣にもたびたび申し上げておるんですが、今回の二次については残念ながらこれが果たせなかった、三回目からぜひそれを継続していただきたいと思って、お願いしているところでございます。  雇用については、これは非常に難しいですが、とにかく緊急雇用、国のそういう対策の資金を最大に利用しながら緊急雇用対策で対応しておりますし、また、火力発電所あるいは第二原子力発電所の仕事が結構多いんですよ。そこに通って働いている方がうちの町では多いわけでありまして、その他の、会社解散したとか、これを機会に倒産したとか、そういう方については全く雇用の受け入れ先はございません。これについては我々も大変苦慮しているところでございます。  財政については、町税は全くゼロということになりますので、地方交付税特別交付税、あるいは電源立地対策交付金の使途が緩和されているということも含めて、これを適切に、費用対効果が上がるような形で対応せざるを得ないというふうに考えております。
  68. 渡辺利綱

    ○渡辺利綱君 大熊町も、今まで原子力発電所に対する依存というのが物すごく高かったということで、今度の事故では、もろもろの対応に苦慮しております。  最初の生活支援ですが、やはり今、義援金とか賠償金に頼らざるを得ない。仕事につく方が少ないですし、また、一部、復旧といいますか、第一原発に定期的に通っている人もいるわけですけれども、関連企業とかあるいは協力企業にいた人たちは解雇というような形で、先行きに大変不安を持っております。  就労されている方は若い人たちが多くて、子供の教育とか何かで、もうこうしてはいられないというようなことで、関東圏とか、あるいは知人を頼りに行って、パートが主なんですけれども、それぞれ仕事をしているというのが現況でございます。また、零細な土建業者等については、もう先が見えないので、これを機会に廃業するんだ、そういうことを明言している業者もおります。  これからどうなるのかといいますと、本当に、働く場所がなくては帰ってもしようがないというような方もおりますので、ぜひ雇用の創出というものを国家的な見地からお願いしたい、そんなふうに思っているところでございます。  それから、財政なんですが、財政につきましても、大熊町については、発電所の関係で、昭和五十年から不交付団体ということで、正直恵まれていましたけれども、今度は歳入が見込めない。そういう形で、地方交付税に頼らざるを得ないのかなと思っていますけれども、二十三年度は、歳入がなくても見込みというようなことで、まだ不交付団体だという形で、特別交付金に頼らざるを得ない、そういう形ですので、インフラ整備等もありますので、その辺は国の財政支援というのをよろしくお願いしたい、そんなふうに思っています。
  69. 原口一博

    ○原口座長 ありがとうございます。  ほかにございますでしょうか。一応、予定した時間を終えました。  以上で委員からの質疑を終了したいと思いますが、よろしゅうございますか。  本当にありがとうございました。  この際、一言ごあいさつを申し上げます。  意見陳述者の皆様におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございます。ここに、派遣団を代表いたしまして、厚く御礼を申し上げます。  また、この会議開催のため格段の御協力をいただきました関係各位に対しまして、心から感謝を申し上げます。  この後、法案の質疑も予定をしております。きょう、それぞれの、市長さん、町長様からいただいた貴重なお声を国会に持ち帰りまして、反映をさせていきたいというふうに思います。  結びになりますが、本当に貴重なお時間、ありがとうございました。一刻も早い復旧復興をともに祈りながら、この会を閉じたいと思います。  これにて散会いたします。     午後零時十八分散会