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2004-12-02 第161回国会 衆議院 憲法調査会 4号 公式Web版

  1. 平成十六年十二月二日(木曜日)     午前九時一分開議  出席委員    会長 中山 太郎君    幹事 近藤 基彦君 幹事 福田 康夫君    幹事 船田  元君 幹事 古屋 圭司君    幹事 保岡 興治君 幹事 枝野 幸男君    幹事 中川 正春君 幹事 山花 郁夫君    幹事 赤松 正雄君       伊藤 公介君    大村 秀章君       加藤 勝信君    河野 太郎君       坂本 剛二君    柴山 昌彦君       渡海紀三朗君    中谷  元君       永岡 洋治君    野田  毅君       葉梨 康弘君    平井 卓也君       平沼 赳夫君    二田 孝治君       松野 博一君    松宮  勲君       三原 朝彦君    森山 眞弓君       渡辺 博道君    青木  愛君       稲見 哲男君    大出  彰君       鹿野 道彦君    鈴木 克昌君       園田 康博君    田中眞紀子君       樽井 良和君    辻   惠君       中川  治君    中根 康浩君       西村智奈美君    古川 元久君       馬淵 澄夫君    笠  浩史君       和田 隆志君    渡部 恒三君       太田 昭宏君    佐藤 茂樹君       福島  豊君    山口 富男君       土井たか子君     …………………………………    衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君     ――――――――――――― 委員の異動 十二月二日  辞任         補欠選任   稲見 哲男君     中川  治君   辻   惠君     西村智奈美君 同日  辞任         補欠選任   中川  治君     稲見 哲男君   西村智奈美君     樽井 良和君 同日  辞任         補欠選任   樽井 良和君     辻   惠君     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  日本国憲法に関する件      ――――◇―――――
  2. 中山太郎

    ○中山会長 これより会議を開きます。  日本国憲法に関する件について調査を進めます。  本日の午前は、国会、内閣、特に二院制及び政党についてを中心として自由討議を行います。  議事の進め方でありますが、まず、各会派を代表して一名ずつ大会派順に十分以内で発言していただき、その後、順序を定めず自由討議を行いたいと存じます。  発言時間の経過については、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。  それでは、まず、永岡洋治君。
  3. 永岡洋治

    ○永岡委員 自由民主党の永岡洋治でございます。  本日は、国会、内閣、二院制及び政党を中心としてをテーマとした調査会であります。  本日、私からは、二院制のあり方と政党の位置づけについて意見を述べさせていただきます。  まず、二院制の問題であります。  現在我が国は二院制を採用していますが、フランス革命当時の政治家であるアベ・シェイエスは、その著書「第三身分とは何か」の中で、そもそも上院は何の役に立つのか、上院と下院は一致すれば無用であり、下院に反対すれば有害であると述べております。また、米国のベンジャミン・フランクリンは、二院制度は、一台の馬車の前後に馬をつなぎ反対方向に走らせるようなものだと述べております。  一般に、一院制、二院制については、それぞれメリット、デメリットがあるとされています。二院制のメリットとしては、慎重な審議が確保できる、国民の多様な意見や利益をきめ細かに代表できるなどがあり、他方、一院制のメリットとしては、政策決定が効率的になり、立法上の行き詰まりが生じにくいとされております。  我が国の二院制の現状を考える際には、統治構造のもう一つの柱である議院内閣制とその関連を見る必要があると考えます。二院制は、ある意味では、議院内閣制と緊張関係にあると考えられます。  議院内閣制は、議会の多数派に多くの権限を集中し、立法府と行政府の融合によって内閣総理大臣という明確な権力中心をつくって権力と責任を一体化する仕組みでありますが、このように議院内閣制が予定する権力の集中にとって第二院の存在は抑制的要素となる可能性があり、特に、日本のように性格が似た両院がほぼ対等の権限を持って存在すると、第一院に基礎を置くべき内閣、あるいは首相のリーダーシップは大きく損なわれてしまうおそれがあります。そして、実際にも、現在の参議院により内閣の政策にブレーキがかけられているような場合もあるようにも感じるわけであります。  また、総理の所信表明等について、衆参両院において全く同じ演説がなされ、それに対し似たような質疑が行われていることや、立法府の最も本質的な機能である法案の作成、審議につきまして、国民生活にとって重要な意義を有する法案が参議院から提出されたり、あるいは重要な法案修正が参議院において行われるなどの事例もあるわけでありますけれども、ややもすると、衆議院での議論をなぞるような状況も場合によっては見受けられ、参議院が衆議院のコピーとなっているという批判も全く的外れではないようにも思えるわけであります。  この問題の解決策として主張されるものの一つに、一院制への移行があります。しかしながら、私は、一院制への移行には反対であります。  といいますのは、我が国のように人口の多い国におきましては、民意のきめ細かな反映や、少数者の意見表明の機会の確保、国民の関心も高く、国会が主要な責任を果たすべきである行政監視機能の強化などが、一院では十分に果たし得ないと考えるからであります。  と同時に、私は、現在のままの二院制をよしとするものでもありません。今述べました二院制の現状を踏まえるならば、本来の二院制のよさが発揮されるような改革に向けた議論が求められます。  本調査会におきましても、二院制の改革をめぐっては、多くの議論がなされております。大別して、一つは、両院の役割分担の明確化に関する議論がありますし、二つ目には、参議院の権限に関する議論があります。そして三つ目には、選挙制度の見直しにより両院の構成に差異を生じさせるべきであるか否かに関する議論が行われてきたわけであります。  衆参両院の役割分担の明確化につきましては、国会が全体として、国民代表機関として国政を推進し、監視していくという責務を十分に果たすために、衆議院と参議院の的確な機能分担を考慮した見直しが必要であるとの意見が述べられています。  具体的には、参議院の役割として、決算審査を中心とした行政監視機能や、より長期的視野に立った調査機能を強化するということが考えられます。また、参議院の権限につきましては、参議院を補完的な機能を有する第二院として位置づける意見や、参議院の権限行使の自主的抑制の慣行を確立すべきであるといった意見も述べられております。  私自身としては、かつての緑風会のように、ある程度党派的な立場を超越して、大所高所から意見表明を行うような参議院をイメージしており、そのような参議院を実現するために、衆参両院の権限のあり方について考えていくべきであろうと考えております。  さらに、二院制と選挙制度をめぐっては、二院制である以上、異なる形での代表機能が期待されているにもかかわらず、現在は、両院の選挙制度が余りにも似通い過ぎていて二院制の意味を損ねていると、両院の選挙制度の類似性を批判する意見が述べられており、私自身もそうした意見に共感するところもあります。  ただ、衆参両院の選挙制度は、先人が知恵を絞って、長年の努力の積み重ねとして現在の姿があることを踏まえて議論をすべきであります。そのとき、例えば、将来の道州制の導入を前提として、参議院を道州代表とすれば、参議院に固有の代表機能が付与されるものであって、検討の余地があると考えます。  二院制の問題につきましては、各方面におきまして活発な議論が展開されているところであります。本日の調査会での議論などを通じて、よりよい二院制に向けた議論をさらに活発に行い、衆参両院の衆知を集めて幅広いコンセンサスを形成していくことが国会議員の務めであると考えるところであります。  次に、政党であります。  政党につきましては、現在の憲法では直接の規定はありません。この点、一般的には、憲法二十一条の結社の自由が政党を結成する自由等の保障を含んでいるとされております。  しかしながら、政党は、政治と国民をつなぐ媒介として、現在の立憲民主主義にとりまして不可欠の構成要素であり、議院内閣制の中核をなす存在であります。  そこで、私は、政党を憲法上、明文で位置づけた方がよいと考えております。ただ、規定の仕方によって、かえって政党の結成、活動の自由などが阻害されるおそれがあるので、そのようなことがないように注意をする必要があります。すなわち、思想の自由市場の価値を踏まえ、その主義主張によって政党としての適格が失われるということのないようにすることが肝要です。  政党規定の具体的内容としては、政党の意義に加えて、政党の結成、活動の自由、党内民主主義、政党法の制定に関する根拠などが考えられますが、本日の調査会での議論などを通じて、政党の意義、機能を十分に踏まえた議論が今後望まれるところであります。  来年は、いよいよ、本調査会発足時に約束された最終報告書を世に問う年であります。来年早々に始まる通常国会では、最終報告書の取りまとめに向けた具体的な作業を始めることとなると考えます。最終報告書が国民の負託にこたえるものとなりますよう、その取りまとめに向けたますます活発な議論をお願いいたしまして、私の発言とさせていただきます。  ありがとうございました。
  4. 中山太郎

    ○中山会長 次に、鈴木克昌君。
  5. 鈴木克昌

    ○鈴木(克)委員 民主党の鈴木克昌でございます。  本日は、国会と内閣を中心とした調査会でございますが、これからの統治機構のあり方を考えるに当たっては、まず、グローバル社会の到来に対応する国家のあり方を見据えるという視点が必要となるものと考えます。  これまで我が国においては、中央集権システムのもとで、官僚による恣意的な行政指導が横行し、法の支配が形骸化するという傾向にありました。我が民主党が掲げている創憲は、このような危うい政治の現状に対して、立憲政治を立て直し、法の支配が確立した社会をつくり出そうというものであることを初めに申し上げておきたいと思います。  二院制につきましては、二院制を維持すべきという意見と一院制を導入すべきという意見がありますが、私は、憲法改正により道州制を導入し、参議院議員をこの道州の代表とすることを前提として、二院制を維持すべきであると考えます。  一院制を導入すべきとの意見は、衆参両院の選挙制度に根本的な差異がなく、参議院が政党化していることなどをその理由として挙げておりますが、選挙制度を改め、参議院議員の選挙区を道州とすることなど、地域代表制を中心とした選任方法へと改革することにより、この問題は解決が可能であろうと考えます。  二院制を維持すべきであるとした上で、それでは、どのような改革が必要かという点であります。  これは、衆参の役割分担を明確にすることには基本的には賛成であります。この点、例えば、衆議院は予算審議中心に、参議院は決算審査中心にという考え方も述べられており、一つの考え方として検討に値するものと考えます。ただ、決算審査におけるチェックを次の予算編成に生かし、税金のむだ遣いをなくすという観点からは、別の院が予算、決算を分担してうまくいくのかという懸念などからも、慎重に考えるべきではないかと考えます。  ただ、現在、行政国家化現象と言われるように、行政権が肥大化していく中において、行政の執行が国民の利益から離れていく危険性があります。これに対しては、立法、司法などによる二重三重のチェックが必要となるものと考えます。税金の使い方を国民の目線で見て、国民の目線での改革を進めていく。そして、中央集権体制を変えていく。官僚政治を打破していく。そのためには、例えば、オンブズマン制度を憲法に明記し、会計検査院については機能や人員を強化し、これらの機関と立法府の連携をより実効性のあるものとしていくなど、行政監視機能の一層の充実強化を図ることが必要であると考えます。これは、参議院だけにゆだねていけば足りるわけではありませんが、参議院の特徴を考えるに当たって考慮すべき事項であると考えます。  衆参両院の権限のあり方については、例えば、衆議院が外交、防衛などを初めとする国政の基本問題を所管し、道州代表から成る参議院がいわゆる生活環境、住民などに密着するものを中心に所管するという考え方もあり得るのではないかと思います。ただ、この点につきましては、最近いろいろな意見が表明されており、これらの意見を踏まえて、さらに議論を深めていく必要があると考えるところであります。  次に、政党の憲法的位置づけについてであります。  現代政治は政党を無視しては成り立ち得ないことから、ドイツやフランスでは、憲法上の機関として政党を位置づけております。また、選挙制度に小選挙区制が導入されて、政党の公約を媒介として国民が政権選択をするチャンスが浮上されつつある現在、国民主権との関係において、政党の位置づけは飛躍的に高まっていると言えます。  現憲法は政党に関する規定は持ちませんが、一般的には、第二十一条の結社に含まれるものと考えております。  しかし、議会制民主主義における政党の重要な地位と役割にかんがみ、政党に憲法上の地位を与えるべきであると考えます。また、その際、政党の基本はあくまでフリー、フェア、オープンであるべきことから、政党の結成、活動の自由のほか、政党の内部秩序、活動の民主性、資金の公開等についても憲法に規定した上で、政党法などによりその公正さと透明性とを確保する仕組みを確立していくことが重要であると考えます。  議院内閣制のあり方については、政党のあり方とも関連しますが、二大政党制に近づいてきた現在の政治情勢のもと、野党第一党に対して、シャドーキャビネットの設置を義務づけ、一定の範囲で行政への関与を制限的に容認する仕組みを確立すべきであります。こうすることにより、野党時代から政策を練り、専門性をつけ、いざ政権を担うようになった場合、専門的な行政官を指導する力をつけることが可能となると考えます。また、政官関係につきましても、政治家と公務員との接触に関するルールを設け、与党議員は大臣を通じてのみ公務員にアクセスできるものとし、それ以外の与党の政治家がじかに公務員に接触することを原則禁止してはいかがかと思います。  国会、内閣のあり方に関連して、個人的意見ではございますが、首相公選制について申し上げます。  地方において首長を務めた私の経験から申し上げますと、行政府の長を国民が直接選ぶことは民主主義の観点から重要な意義を有し、そのような背景のもと、首相は迅速なリーダシップを発揮し得るということから、首相公選制を導入することに賛成であります。  首相公選制につきましては、一方で衆愚政治につながるおそれがあるとの批判もございますが、国民や社会には自浄作用があることから、これは杞憂にすぎないのではないかと考えます。むしろ、現在の議院内閣制のもとでは、国民が直接関与せずに首相が決定されていることやグローバル化が進む中で、首相公選制という、より民主主義的なプロセスを持たなければ国家と国民が乖離してしまうのではないかとの懸念があることなどから、行政の長を直接選挙で選ぶ大統領制的な制度である首相公選制の導入を検討すべきであると考えます。  また、選挙人の資格について申し上げます。  選挙権年齢につきましては、憲法において、公務員の選挙については成年による普通選挙を保障すると規定し、その年齢等、選挙人の資格については公職選挙法にゆだねており、満二十歳以上の者が選挙権を有すると規定しています。  今世界では、百五十カ国以上の国が選挙権を十八歳から与えることとされています。十八歳というのは高校を卒業する年齢でもあり、選挙権を付与して、社会の責任ある構成員としての位置づけでも何ら不思議はないものと考えます。今少年犯罪の増加等により問題となっております青少年問題につきましても、選挙権年齢を二十歳から十八歳へ引き下げることにより、若者も大人としての権利と責任についての自覚を持つこととなると考えます。  以上、国会と内閣を中心として、現行の制度への改革案を申し上げてまいりましたが、現在の制度は、人口が増加していき、経済も上向きで伸びていった時代の制度であり、少子高齢化社会が進展し、デフレ不況が蔓延している現在においては、既に制度疲労というよりも制度崩壊に陥ってしまっていると感ぜざるを得ません。このような状況のもとでは、大きな改革を実行し、従来の制度とは違った形の制度を考える必要があるのではないかと考えるところでございます。  まことにありがとうございました。
  6. 中山太郎

    ○中山会長 次に、佐藤茂樹君。
  7. 佐藤茂樹

    ○佐藤(茂)委員 公明党の佐藤茂樹でございます。  本日は、意見表明の機会を与えていただきまして、大変にありがとうございます。二院制及び政党に関して意見を述べさせていただきます。  最初に、二院制についてでございますけれども、結論から申しますと、公明党は、二院制を堅持すべきであるということでほぼ意見が一致しております。その上で、衆議院、参議院、両議院の役割分担を明確にし、特に参議院の良識の府、再考の府としての位置づけを明らかにする必要があると考えます。  以下、順次論じていきたいと思います。  さて、単一国家において二院制が採用されるとき、しばしばその意義が問われます。二院制が論じられる際には決まって引用されるシェイエスによる、第二院は、第一院と一致するならば無用であり、第一院と一致しないなら害悪であるとの指摘は、今なお単一国家における第二院が抱えるジレンマを象徴しています。単一国家にあって、しかも憲法上明確な存在意義を付与されていない日本の参議院の場合、その存在理由が問われるのはある意味では必然であり、従来、我が国における二院制の是非については、二院制の存続を前提とした上で、参議院のあり方を中心に論じられてきました。  私は、冒頭申し上げたように、二院制の是非については、二院制を堅持すべきであると考えます。それは、以下に述べるような二院制の長所あるいは参議院の存在理由を重視すべきであると考えるからであります。  第一の存在理由は、第二院は、日本の場合参議院でございますが、第一院、衆議院の多数派のみによって国政が専断されることを防ぎ、議会の行動をより慎重にする抑制と均衡の機能を果たすことができるということです。第一院の行き過ぎを抑止するとともに、慎重な審議を期するというのは、第二院の最も古典的な正当化論拠の一つであるとも言われています。  第二の存在理由は、第二院を置くことによって、複雑多様な民意を多角的に議会にまで反映させることができるということです。現実に存在する民意は実は複雑で多様であり、議会がそれを反映すべきだとすれば、国民が一つなら院も一つという論理は必ずしも現実に即しません。国会に通ずる民意のパイプは、一本よりも二本の方がよいと考えます。また、両議院の任期の差と参議院の半数改選制により、多くの選挙の機会が保障され、流動的な民意を国会に反映することができます。  第三の存在理由は、議事が二つの議院によって審議されることにより、先議院での審議過程で取り上げられず、または明確にならなかった問題点を、後議院が審議することにより、他院の審議を補完し、または再考を促すことができるということです。また、両議院で審議を繰り返すことにより、その間の民意の動向を審議に反映させることができます。先議院の審議、それによる世論形成、そしてその次に後議院の審議というルートを確保することで争点を国民に明示し、それに対する民意を吸収することが可能となることも大事であると考えます。  第四の存在理由は、参議院議員は衆議院議員より任期が長く、解散がないこと及び半数改選であることから、長期的視野に立った審議が可能でありますし、また、急激な政治的変革を避けることができることです。  第五の存在理由は、緊急集会制度により、衆議院の総選挙中における緊急の事態に対処することができることです。  以上五点、二院制の堅持の理由として重視すべき参議院の存在理由を述べさせていただきました。  次に、二院制を前提とした改革論としては、当憲法調査会におけるこれまでの議論でも、大別して三点の議論が行われてまいりました。一つは、両院の役割分担を明確にすべきか否かに関する議論、二つ目は、参議院の権限縮小等を図るべきか否かに関する議論、三点目は、選挙制度の見直しにより両院の構成に差異を生じさせるべきか否かに関する議論がなされてまいりました。  そのうちの一番目の役割分担については、衆参両院の役割分担を明確にし、特に参議院の良識の府、再考の府としての位置づけを明らかにする必要があると考えます。  具体的には、これまでの参議院制度の改革で実績を上げてきた点も考慮しつつ、一つ、議会における決算審査機能の強化を目的として、参議院の行政監視機能を強化するために、衆議院は予算審査に重点を置き、参議院は決算審査に重点を置き審議を行う、二つ、参議院では政策評価という観点からの法律審査方式を導入して審議を行う、三つ、参議院は衆議院と比べ任期が長く、長期的展望に立った審議が期待されるため、いわゆる基本法については参議院先議とするなどの改革案を具体的に提示しておきたいと思います。  二番目の、権限縮小等を図るべきか否かについて述べさせていただきます。  一般的には、二院制を両院の構成、権限から分類するカリフォルニア大学のアーレント・レープハルト教授による分類では、日本は中間的強度のやや強い二院制、すなわち、両院の構成が類似し、権限も対等な二院制に分類されています。しかし、日本国憲法を見ますと、両議院の権限に関しては、何点かにおいて衆議院の優越を認めています。  まず、衆議院独自の権限として、内閣不信任案の可決、否決の権限が認められています。次に、先議権としては、衆議院に予算の先議権が認められています。さらに、議決の優越としては、法律案の議決、予算の議決、条約の承認の議決、内閣総理大臣の指名に衆議院の優越が認められています。  このような現に存在する衆議院の優越を踏まえた上で、さらに参議院の権限縮小等を図るべきか否かについては、確かに公明党の一部には、例えば、一、原理的には、内閣総理大臣の指名や不信任の決議は専ら衆議院にゆだね、参議院の内閣総理大臣指名権や問責決議権は本来なくす方が整合的であるという意見や、二、衆議院で可決され参議院で否決された法律案に対して、衆議院で再可決するためには出席議員の三分の二の賛成が必要であると定める五十九条二項の規定について、要件が厳し過ぎるので、再議決権の一定期間の行使を禁ずるとともに、その場合の再議決は過半数で足りることとするという案を提示する意見も党内の一部にはありますが、いずれにしろ、我が党としては、参議院の影響力を弱めるような改革には賛同しがたいというのが大半の意見であります。  三番目の、選挙制度の見直しにより両院の構成に差異を生じさせるべきか否かに関する議論については、我が党としては現段階でまとまった意見があるわけではございませんが、一般的に言えば、対等型の二院制を生かす意味では、選挙制度はできる限り衆議院と参議院は異質なものが望ましいと言えます。我が党の中には、選挙制度についても両院は異なる制度で行われるべきものであり、衆議院は中選挙区制、参議院は個人を選ぶ大選挙区制であるべきだとの強い意見もあります。  いずれにしろ、参議院の選挙方法は衆議院との相対的な関係で決まりますので、なるべく類似性を排除した選挙制度にすべきであると考えます。  次に、政党について述べさせていただきます。  政党は、今日の政治過程の実態に即して見れば、議会制民主主義を支え、国民の統合と憲法の機能のあり方を規定する重要な存在です。しかし、日本国憲法は、政党に直接言及するところがありません。この憲法の沈黙を考慮し、かつ議員の国民代表的性格や議院内閣制との矛盾を指摘して、日本国憲法は政党に対して消極的であると解する説もあります。  しかし、政党が現実に重要な機能を果たしていることが一般的に自覚されている背景において成立した日本国憲法が、政党を抜きに議院内閣制を採用したとは考えられません。むしろ、昭和四十五年の八幡製鉄政治献金事件において最高裁判決で示されているように、現代社会において、国民の政治意思を形成する最も有力な媒体として、かつ、議会制民主主義の円滑な運営を支える存在として、憲法は、政党の存在を当然に予定しているのみならず、さらにその積極的活動を期待していると言えます。  このように、日本国憲法は政党の存在と機能を積極的に評価していると見られますが、その憲法上の直接の根拠規定を求めるとすれば、それは憲法二十一条の結社の自由であります。したがって、政党の機能の重要性にかんがみ、これを国家機関化したり、あるいは特別の制限、禁止対象とすることは許されず、一般の結社の場合と同様、政党の結成、不結成の自由、政党への加入、不加入の自由、党員の継続、脱党の自由、政党の自主的活動の自由が保障されています。  その上で、実際には、政治資金規正法、政党助成法、政党交付金の交付を受ける政党等に対する法人格の付与に関する法律、公職選挙法、国家公務員法などの法律で、それぞれの法律の目的に応じた政党に関する定めが置かれています。  以上、述べてきましたように、日本国憲法において、政党は、憲法二十一条の結社の自由の中に黙示的に書き込まれ、現実に、それぞれの目的に応じた政党を定める法律も存在し、十分に機能しているため、現段階において、政党をあえて憲法に明記する必要性は低いと考えます。  以上、簡単ですが、二院制及び政党に関する意見表明とさせていただきます。
  8. 中山太郎

    ○中山会長 次に、山口富男君。
  9. 山口富男

    ○山口(富)委員 日本共産党の山口富男です。  まず、二院制と日本国憲法について述べたいと思います。  議会を持つ国が一院制を採用するか二院制を採用するかは、各国の歴史や議会制度の成り立ちによって、実にさまざまです。  日本国憲法は、第四十二条において、国会は衆議院と参議院の両議院で構成すること、また四十三条で、両院とも、全国民を代表する選挙された議員で組織することを定めております。この法規範は、国民代表機関である国会に、主権者である国民の多様な意思を正しく反映させるように求めたもので、両議院での徹底審議の要請も、当然この原則を踏まえたものとなります。  両院の構成という点では、憲法は、四十八条で両院議員の兼職の禁止を定め、四十五条、四十六条で、両院議員の任期を異なるものとし、衆議院での解散、参議院の三年での半数改選を定めております。これも、任期という時間的な軸での民意の反映と継続性の確保を図るとともに、解散という政治的な争点などでのその時々の国民の意思の反映を両院の構成上も図ったものと言えます。  また、権限の点では、原則として両院を対等の位置に置きながら、法律案の議決、予算の先議と議決、内閣総理大臣の指名、条約の承認について、衆議院の優越を定めております。  このように、憲法が定めた両院制の基本は、院の構成においても、国政調査権を初め機能の点でも、多様な民意の正しい反映という点に置かれていると言わなければなりません。となれば、両院制をめぐる憲法運用と解釈の大前提は、国会が主権者国民の意思を忠実に反映するものになっているかどうかというところに置かれます。  この点を、具体的に、選挙制度をめぐる問題で見てみたいと思います。  選挙制度については、先日の公聴会においても、関西大学教授の村田公述人が詳しく述べたところです。  憲法は、両院の選挙について、四十三条、四十四条、四十七条において、これを法律で定める旨を定めています。これは、決して広範な立法裁量を認めるものではありません。両議院の議員及びその選挙人の資格に関する四十四条では、ただし書きで「人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。」としております。選挙区や投票方法等の選挙に関する事項に関する四十七条にはただし書きはありませんが、十五条で、選挙権を国民固有の権利とし、普通選挙、秘密投票の原則などを定め、さらに十四条が平等原則を保障しています。これらの定めは、いわば、権利、権能を授ける授権の内在的な制約というもので、これを無視して、法律で自由に選挙制度を設計することは憲法上許されません。  選挙権の意味について、最高裁の一九七六年四月十四日判決は、「選挙権は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹をなすもの」「選挙権の平等は、単に選挙人資格に対する制限の撤廃による選挙権の拡大を要求するにとどまらず、更に進んで、選挙権の内容の平等、換言すれば、各選挙人の投票の価値、すなわち各投票が選挙の結果に及ぼす影響力においても平等であることを要求せざるをえないものである。」と述べています。  現行の選挙制度は、衆議院の場合、小選挙区制主体の選挙区制によって、大政党有利に比較第一党をつくり出し、得票率と議席の割合が大きく乖離するものとなります。多様な民意が議席数に反映しない仕組みと言えます。  例えば、昨年の総選挙でも、小選挙区部分を見ますと、自民党は四四%の得票で五六%の議席を得ております。こうした状態は、「各投票が選挙の結果に及ぼす影響力においても平等であること」との実現にほど遠いものと言わなければなりません。両院制の憲法原則に基づく運用、解釈を問題にするならば、多様な民意の反映をゆがめている諸問題の解決に当たることこそが立法府の務めと言うべきだと考えます。  次に、政党について述べます。  国民の多様な意思が議会を通じて国政に反映される代表民主制にとって、政党はなくてはならない存在です。政党について、各国の憲法がどういう規定を置いているのか、あるいは置いていないかは、各国の歴史を反映して、この点でも実にさまざまです。  日本国憲法は政党について直接の規定を持ちませんが、先ほども紹介されましたように、八幡製鉄献金事件の最高裁判決が認めたように、政党が重要な機能を果たし、積極的な活動を行うことを期待しています。そして、二十一条によって、政党の活動の自由を結社の自由として保障しています。憲法は、結社の自由を保障することを通じて、私的な結社である政党の自主的活動によって政治参画という公的性格の発揮を期待するという構えをとっており、この点は今後とも大事な原則とすべきものと考えます。  今日、政党の問題として国民から問われている最大のものは、政治と金の問題です。いわゆる日歯連の自民党旧橋本派への一億円やみ献金事件は、その最たるものだと思います。改革が求められるのは、真相の解明と、やみ献金、そして政治腐敗の根絶です。  もともと、今日の政党助成金制度が持ち込まれたのも、リクルート事件などがあり、政治と金をめぐる議会制民主主義の危機が叫ばれた際に、企業・団体献金の廃止の方向に踏み切る、そういう議論の中でのことでした。当時は、財界も企業献金のあっせんを自粛せざるを得ませんでした。今またあっせんを再開しましたが、ここにも政治と金をめぐる新たな火種が起きていると思います。  準大手ゼネコン熊谷組の献金をめぐる福井地裁判決は、企業・団体献金の集中が「政界と産業界との不正常な癒着を招く温床ともなりかねない。」と指摘しましたが、企業・団体献金は本質的にわいろ性を持つものであって、これを断ち切ることが、議会制民主主義と政党活動の発展にとって重要な課題となります。  政党へのものであれ、個人へのものであれ、企業・団体献金がある種のわいろ性を持つことに変わりありません。政党の政治資金を企業献金から個人献金に切りかえていくことは、首相の諮問機関である選挙制度審議会が一九六〇年代から九〇年代の答申で繰り返し述べてきたことです。政党助成金という国民の税金を三百億円も取りながら、企業・団体献金を将来にわたって続け、拡大をするというのでは、とても主権者国民の納得を得るものとはなりません。政党政治への信頼回復の大きな課題の一つがここにあることを申し述べ、意見の表明といたします。
  10. 中山太郎

    ○中山会長 土井たか子君。
  11. 土井たか子

    ○土井委員 大きなテーマは内閣と国会ということなのでございますけれども、この臨時国会も、ずっとこの憲法調査会の中で憲法に対して調査をするという立場が総合的になされる、包括的になされるということで今まで論議が進められてきたはずでございます。けれども、昨今は、何だか憲法調査会自身が改憲のために設けられ、また、ここでなすべき仕事は改憲のための作業であるがごとき認識を持たれる方々もあるわけで、どうも議員の中にもそういう認識をお持ちになっていらっしゃる方が政権党の中にもあるようでして、これは、この憲法調査会設立の趣旨に反しますし、運営の趣旨に反します。したがって、そこのところをはっきりさせなければならないというふうな思いを込めて、政党法の問題について申し上げさせていただきたいのです。  今の政治というのは信用できないというふうに考えている国民が多いんですね。世論調査のたびごとに、支持する政党なしというパーセンテージはいつも大変に高いです。一番高いパーセンテージを示しているのがその部分じゃないのでしょうか。その原因はいろいろあろうと思います。その最大理由の一つには、政党に対する不信感があるということは否定できないんですね。したがって、どの政党も支持できないということだろうと思うんです。つまり、政治不信は政党不信というふうにも言えるわけです。  しかし、この認識をさらに一歩進めて、政党に対して法的な規制を加えて、各政党に党内民主主義などの中身を法的に要求する必要があるという主張が最近そこで聞かれるんですね。政党政治を再生しようと思ったら、政党法を制定すべきであるという主張がまたあるわけですね。また、政党の役割をしっかり憲法で明文の規定として明記することによって、議会政治に対する政党の重要性を示す必要があるという意見もあるわけですね。  私は、いずれもこれはわかりません。特に、政党に対して、なぜ今政党法が必要なのか、加えて、憲法上明記することが必要なのか、わからないです。これに力を込めて、政党を蘇生することのためにはそれが必要だとおっしゃる根拠というのがどうももう一つはっきりしないんですけれども、少なくとも、国民の皆さんの側から見れば、法律をつくったり、ましてや憲法の明文に一条そういうことを書き加えるということによって信頼を回復することができるのであるか、私はそう思わない。むしろ、ただいまの日本国憲法というのを誠実に、九十九条の指し示しているとおりです、尊重擁護する義務をどれだけ具体的に実行しているか、誠実に行っているか、そこが実は問題なのではないでしょうか。  例えば、政党法を制定するというふうな場合、しばしばその代表的な内容として党内民主主義というのが要求されることになるわけですが、憲法が国会に要求する民主的な手続とは違いまして、党内の民主主義の内容というのは本来一義的ではございません。したがって、党首選挙を行うということが民主的であるかというと、現在も、必ずしもこれはそうであるとは言えないのです。  例えば、実際に党首選挙を行っている政党の選挙実態を見ると、架空の党員をでっち上げたり、金権選挙を繰り広げたり、派閥抗争を行ったりするようなことが日常茶飯事みたいに行われているのじゃないでしょうか。政策選挙が行われるという約束に反して、そうでないという実態が余りにもあり過ぎますよ。ここに問題があるからといって、法律をそれに介入させるということになりますと、例えば党首選挙における選挙違反を処罰するということになると、結社の自由は政党には保障されなくなってしまいかねない。  また、政党が国会で自分たちに関する法律をつくるというわけですから、どうしても多数派の肯定あるいは許容する内容になってしまいます。少数党並びに少数派の意見というのは取り上げられなかったり無視されたりするということが少なくともそこでは現実の問題としてあるのじゃないですか。  したがって、党内民主主義の問題だと言われることについても、人数や綱領や規約や運営方法などについて少数党に不利な規定というのが、当然のことながら、その結果、行われない保障はどこにもないです。現に、ただいま、そういう法律がまだない、そういうことの討議がまだされていない、その段階においてすら、日常の法案の取り扱い一つ見ても、多数党中心で事柄が運営され動いていっていることははっきり目に見える問題であって、国民の側から見ると、例えば年金法なんかの取り扱いについては、一体あれはどういうことなのかと。国民の立場というのを果たしてどれだけ、力を持っている多数党が受けとめて、誠実にそれを履行しているかどうか。憲法からいえば、まさしく二十五条ですよ。そういうことが現実の問題としてまず考えられなければならないと思うのです。  議会制民主主義の点で見ましても、議会内多数派が少数派に対して、これを抑える、そして抑制するということが政党法を利用して行われるということになると、自由な議論、政策論争を通じて政権交代が行われるということに対しても阻害要因をつくっていくことにもなりかねない。  そしてまた、政党活動を規制するということは、すなわち憲法二十一条で保障されております結社の自由ということに対してこれを侵害するものになってしまうということが大変懸念されるという結果になります。戦前の無産政党への弾圧や翼賛政党化というのが、戦争遂行を食いとめることができなかった。この問題に対して、今の憲法二十一条も反省の上に立って制定された中身であるということは言うまでもないわけで、結社の自由をうたうことの中に、政党それ自身を規定していないけれども、含めて考えている。言うまでもなく、それは、政党の問題もこの結社の自由の中に入るというのが、戦前の反省を踏まえてのことだ。この点がもっともっと生かされていなければならないと私は思うんです。  憲法の理念に立脚するならば、結社の自由によって日本の民主主義を豊富にさせて戦争体制づくりをストップさせようということになっていかなきゃならない、そして、政党活動の自由への規律、規制は必要最小限度でなければならないというのが当然のことだと思います。  政党に対する不満は、究極的には、国民の監視を通じて、つまり、選挙における投票行動を初めとして政党の命運を決する場面で国民が勇気ある行動で選択していくということでなければ決して解消され得ない。憲法の前文の冒頭にございますとおり、「国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」というのもそういう意味としてあるということを原点に返って考えるべきだと私は思います。  したがって、政党法なるものの制定、また憲法に対して明文の規定を設けること、私は、解せないと同時に、これに対しては反対です。  終わります。
  12. 中山太郎

    ○中山会長 これにて各会派一名ずつの発言は終わりました。     ―――――――――――――
  13. 中山太郎

    ○中山会長 次に、委員各位からの発言に入ります。  一回の御発言は、五分以内におまとめいただくこととし、会長の指名に基づいて、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いいたします。  御発言を希望される方は、お手元のネームプレートをお立てください。御発言が終わりましたら、戻していただくようお願いいたします。  それでは、ただいまから御発言をお願いいたします。御発言を希望される方は、お手元のネームプレートをお立てください。
  14. 森山眞弓

    ○森山(眞)委員 両院の議席を経験いたしました者の一人といたしまして、きょうのテーマに沿ったことを一言申し上げたいと思います。  私は、参議院に十六年、それから衆議院に来てからももう六、七年になりますが、それぞれ経験いたしまして、もちろん、法律上両院ともに重要であり対等であるということは具体的によく承知しております。個人的な議員のそれぞれの特性によって特徴を発揮しながら国政に貢献してきたということもそのとおりでありまして、それについて特に違いがあるというふうには感じておりません。  ただ、非常に問題なのは、選挙のやり方ということが重要ではないかと思うんです。  両院を持つ以上は、それぞれの特性を発揮して、例えば、予算を衆議院で、決算を参議院で重点的にやるというようなやり方が最近は工夫されているようですから、それもそれで大変いいとは思うんですけれども、それぞれ両院せっかくある以上は、それぞれの議員が違ったバックグラウンドから代表して出てきて、国民のいろいろな層を代表して出てきて発言するということが重要なのではないかというふうに思います。  そのために、ずっと前からの、憲法ができたときのやり方は、衆議院は、今よりは広いですけれども、より狭い地方の選挙区から、参議院は全国区と都道府県の単位の選挙区からということで、参議院の場合は各県代表のようなものもございました。  ところが、これが、ある程度年数がたちましていろいろな問題があったものですから、政治改革と称しまして、十年ほど前に選挙制度を見直そうということになりまして、非常に大議論が行われました。これは、国会の中であったばかりではなくて、そのほかに選挙制度審議会でも非常に議論をされたわけでございますが、私が大変気になりますのは、そのときから言っていたんですけれども、選挙制度審議会でさえも、まず衆議院の選挙制度はどうあるべきかということを考えられ、そして、それが終わった後、これに対応して参議院はどうするべきかということをお考えになった。それは理論的にはそれでいいのかもわかりませんけれども、私といたしましては、その二つを別々に論じるというのがよくなかったのではないかと思います。  まず、国会とはどうあるべきか、そして国会議員とはどういうものであるべきか、それを選ぶにはどうすればいいか、一院か二院か、二院だとするなら、それぞれどういう議院であるべきか、その人たちはどのような方法で選ばれるべきかということを、全体として、トータルに考えるべきではなかったのかというふうに思いますし、もしこれからそのような機会があるならば、ぜひとも全体として考えるべきだというふうに思っております。  そうすることによって、今の、現在私たちが持っているような、衆議院の選挙のやり方と参議院の選挙のやり方が非常に似通ったものになってしまって、それぞれ選挙によって選ばれる人、比例代表によって選ばれる人というような形になってしまって、国民から見ると、規模の大小はあっても、やり方がほとんど同じだという結果になってしまっているというのが大変残念だと思います。  そのようなことがないように、両院のそれぞれの特徴をはっきりさせるために、出身母体、選出母体が違うように、トータルとして国会はいかにあるべきかということを考えるべきだというふうに思います。  ありがとうございました。
  15. 古川元久

    ○古川(元)委員 民主党の古川元久でございます。  私は、国会のあり方につきまして、私の考え方を何点かお話しさせていただきたいと思います。  まず、国会につきまして、二院制がいいのかどうか、あり方でございますけれども、この点は、国と地方との関係をどう整理するかというところと密接に絡んでくる話じゃないか。逆に言いますと、国と地方との役割分担、将来的に道州制を導入するのか、どのような形で地方自治を発展させていくのか、そのことの整理がつかないと、最終的には、二院制の形として、あり方がどうあるべきかというところがなかなか結論が出ないのではないかというふうに思っております。  私ども民主党が考えているような、将来の道州制を目指して、より地域の権限を強化する、地域主権の国づくりをしていくということであれば、当然、その地域主権の中でそれぞれの地域の意見や利害を調整する、そういう役割の機関というものが何らか国会の中に、国政の場に必要になってくるだろう、その中での二院制のあり方というものが議論されてくることになるのではないかと思います。そういう意味では、二院制のあり方そして中身について考える際には、常に国と地方との関係について整理をすることというものを同時に議論して、同時決着というものが必要じゃないか、そんなふうに考えます。  そしてまた、もう一つは、この国会が、特に衆議院のことでありますけれども、国民の声を正確に反映するという意味では、やはり制度的にきちんと一票の格差を是正するようなことが担保できるようなそういう仕組みというものを組み込むべきではないかと思います。  やはり、世論の声とそして国会の議席数とが今乖離している、その最大の理由は、私はこの定数格差にあるというふうに思っています。一票の格差をきちんと是正する。一対二以上の格差があるようなことは全くおかしいのでありまして、できるだけ一対一に近づくように、これは自動的にでも定数の是正が行われるような、そういう制度的な仕組みをきちんと導入することが、国会が民意を反映してそうした構成になっているという国民の信頼のベースにもつながるのではないかと思います。そういう意味で、一票の格差の是正をきちんと自動的にやれるような、そういう仕組みを考えていくことが必要じゃないかと思っております。  そして第三に、もう一点申し上げたいのは、国会の役割でございます。  国会は、今の憲法の中では唯一の立法機関ということでありますけれども、立法というところに重点が置かれているわけでありますけれども、私はもう少し、行政、あるいは私ども民主党が今の行政権、内閣に属している行政権の部分は執行権という言葉を使うべきだというふうに主張しておりますけれども、その執行権に対するチェック機能、監視機能という面の役割というものをより重視して、そこをきちんと条文上でも確認をすべきことではないのかなというふうに思っております。  私どもは、内閣、首相のリーダーシップを強めていく、そういう形で、今これだけ物事が速く進んでいく、そして大きく変化していく中においては、執行権がリーダーシップをとった迅速な政策遂行というものをやっていかなきゃいけないというふうに思っておりますけれども、その中では、国会の役割というのは会社でいえば株主総会のような役割であって、株主総会の中で基本的な方向を決め、その方向の中で、執行、経営陣が経営をしていく。そういうような考え方に立てば、この国会の役割というのは、経営陣、執行権の行動をチェックしていく、そこにしっかりしたチェック機能が持てるような、そういう仕組みをつくることが必要だと思っています。  現在でも国政調査権というものはあるわけでありますけれども、やはり、国会の中に行政監視院のようなものを設けて、しっかり執行権に対するチェック機能が行使できる、実質的にも担保できる、そのような点も明確にしていくことが、国会のあり方と同時に役割を見直す点で必要ではないかというふうに考えます。
  16. 中川正春

    ○中川(正)委員 民主党の中川正春です。ありがとうございます。  今のテーマの二院制と政党ということについて考えていくのに、基本的に、この国の形の方向性というか、それをどう見定めていくかということと密接に関係があるんだろうというふうに思うんです。  そんな中で、私は、二つのテーマといいますかコンセンサスというのをとっていくべきであろうし、そういう方向性なんだろうというふうに思うんです。  一つは、分権に対する流れ。連邦制までいくかどうかということはともかくとして、今の中央集権という形のままでは、私たちの国の運営というのは行き詰まりがある。そんな中で、分権という流れを確実につくっていくということ、これが一つ大きなコンセンサスとしてあるんだろうというふうに思うんです。  それから、もう一つは、いわゆる二大政党でいくのか、それともヨーロッパの、大陸型の連立政権の組み合わせでいくのかということがあるんだろうと思うんですが、私は、二大政党の流れをしっかりつくるということが、この国の意思というのを外に対しても内に対してもしっかりつくっていける基本だろうというふうに思っていまして、その二大政党へのコンセンサスづくりということが私たち政治の場でのテーマなんだろうと思っています。  その上に立って考えていくと、二院制の、特に参議院の役割というのは、これは今のままじゃだめだということだと思います。分権の流れに沿った、それぞれの地方自治体と、例えばドイツみたいに、首長が兼職をする、あるいは地方議員が兼職をしながら参議院に上がってくる、そんな中での枠組みの中で参議院というのを活用していく、いわゆる違った視点で活用していくというような、そういう大胆な切りかえと分権ということを前提にした院の組み方というか、そういうものが一つ必要なんだろうというふうに思います。  それから、もう一つは、一院制にするかどうかということについては、私は、運用の仕方なんだろうと思うんですよ。例えば、マスコミやあるいは国民の関心がまだ熟していない時点でどんどんどんどん法律が通っていってしまう、あるいは拙速に、欠陥のある法律が通ってしまうということが実際にあるんだなということを国会に出てきて実感しています。それが、参議院に、いわゆる滞空時間が長くなっていくと同時に、国民世論の関心がそれで高まって、マスコミもそれに乗ってきて、ああ、これから本格的な議論ができるなというところで決裁をしてしまうといいますか議論が終わってしまうというふうな、そういう現実があるんじゃないかなと。  そういうことから考えても、この滞空時間と、それから違った形での論点というのを詰めていく、この二院制のあり方というのはいいんだろうというふうに思うんです。  それから、政党については、二大政党なんですが、この政党というのは、国民が政治に関与をしていく、あるいは参加をしていく媒体なんだろうというふうに考えております。そうなっていったときに、例えば二大政党で影の内閣をつくって、それを法的にちゃんと位置づけていく。今は野党が勝手につくっているというような感じなんですが、これはもう法的に位置づけていって、イギリスのように、それをちゃんとした形で、前提のものとして運用をしていく、こういうことが大事なんだろうというふうに思います。  以上、時間が来てしまいましたので、まだ続きはあるんですが、そのようなところを表明させていただいて、私の意見とさせていただきたいと思います。
  17. 船田元

    ○船田委員 自民党の船田でございます。  議会のあり方、特に二院制の問題について議論が続いておりますが、私も、他の委員と同様でありますが、二院制、これはやはり存続すべきであるというふうに考えます。  理由としては、やはり戦後、今日に至るまで、長年の定着した議会制度というものがあります。と同時に、やはり一院だけではその暴走がチェックできない、歯どめがきかないということもあり、やはり本来的なチェック機能を発揮させる、こういう意味での二院制は重要であると思っております。  また、国民の多様な意見、非常にさまざまな意見が存在をしておりまして、これを幅広く酌み取るという意味でも二院制のメリットは大きいと思っております。  また、衆議院、参議院の両院の適切な役割分担ということで、国会の持つ機能、役割、これがさらに拡大をする、そういう将来への可能性もある、このようなことから、二院制は私は存続をすべきであると思っております。  ただ、現状では、やはり、参議院は衆議院のカーボンコピーであるとやゆされたときも過去にはございます。その後、両院において努力を続けているわけでありますが、まだまだ十分なる役割分担ということには至っていないと感じております。先ほど来話が出ておりますように、衆議院は予算審議中心、参議院は決算審議中心、できれば会計検査院などもこの参議院の決算機能の一部門として位置づける、このような改正は必要であろうと思っております。  あるいは、これは同時で結構なんでありますが、衆議院と参議院の議員の選び方、選挙制度が非常に似通っている、このこともやはり大きな問題があると思っております。私は、衆議院というのは民意の集約、つまり総理大臣を選ぶ、あるいは政権を選ぶということに主眼を置いた選出方法、すなわち小選挙区制度に限定をする、そういうあり方、それに対して、参議院は民意の反映ということで、比例代表制度あるいは各県の代表あるいは将来導入されるかもしれない道州の代表、そういう状況で選ばれることが望ましい、このことによって、選出方法による違いが役割分担にもおのずから影響を与えるものと考えております。  なお、参議院において国民代表として推薦をする、このような、選挙によらないで議員が選ばれるという方法も考えられなくはありませんが、私は、やはり直接選挙というものになれ親しんだ現在の状況からして、このことは余り導入を考えるべきではない、こう考えております。  それから、政党ということにつきましてですが、確かに、二十一条、結社の自由という中で広くは読めることでございます。しかし、他の結社と同じ範疇でこの政党というものが扱われることには、私は疑義があります。やはり、民主主義、議会政治の根幹は現在の政党であり、また政党政治であります。したがって、結社の自由とは別にきちんと政党を憲法の中で規定をする必要があると思っています。  ただし、その方法として、政党の役割、あるいは政党結成の自由とか、あるいは複数政党を認める、承認する、そのような大枠だけは書いて、そして、例えば政党としてやってはいけないこと、禁止事項、あるいは政党の要件、あるいは政党としての義務など詳細につきましては、これを憲法に書き込むことは大変煩瑣になると思っております。こういった問題については政党法などの法律事項にゆだねるべき問題である、基本的なことを政党としては書くべきである、このように考えております。  以上でございます。
  18. 葉梨康弘

    ○葉梨委員 発言の機会を与えていただきまして、ありがとうございました。  大きく二点について申し上げたいと思います。第一点は二院制の意義ということ、第二点は現行憲法の欠点ということでございます。  二院制の意義については、先般来、発言者からいろいろと御発言がありました。学説の紹介等もあったわけですが、私は、それに加えて、別の観点から一点、二院制を維持するメリットというのを申し上げたいと思います。これは議員立法との関連でございます。  昨日採決が行われました発達障害者支援法、これは衆議院の委員長提案ですから、衆議院においては審議は行われておりません。参議院においてのみ行われています。これから議員立法がしっかりとやっていかなきゃいけないといったときに、衆法について衆議院だけが行うということではなく、衆法については参議院が審議をすることが大切。それから、委員長提案ですから、発言はあったんですけれども、審議という形では行われていない、あれはあくまで発言ですから。また、参法についてはやはり衆議院が審議を行うという形で、やはり議員立法というのがこれから重大になってくるのであれば、それぞれの院がそれぞれの見方から審議を行っていくということも必要かなということで一点申し上げたいと思います。  ただ、今現在の衆議院、参議院のあり方について、現行憲法の決定的な欠点というのがあります。  一つは、選び方についてでございます。  憲法四十三条、四十四条、それから十四条という形で、参議院と衆議院の選び方について、国民との関係については現行憲法は差を設けておりません。したがって、参議院であろうと衆議院であろうと、やはり一票の重みということに重点を置いた選挙制度をとらざるを得ない。ですから、選挙区の大きさを多少違えたにしても、ある程度その一票の重みということを、まあ二分の一なのか三分の一なのか、考えていきますと、どうしても構成としては同じような構成になってこざるを得ないだろうと思います。  道州制の議論もありますけれども、私は、道州制を絡めて議論するまでもなく、例えば、衆議院については一票の重みを絶対徹底するんだ、参議院についてはある程度一票の重みを外しても地方の意思を反映するんだというような形で切り分けた書き方をしていきませんと、どうしても院の構成というのが似通ってきてしまう、これが現行憲法の一つの欠点だと思います。  もう一つの欠点は、内閣と国会との関係において、内閣から参議院に対して、チェック・アンド・バランスとありますけれども、抑制機能が全く現行憲法上書き込まれていないということです。  予算関連法案について参議院が否決した場合に国政運営ができなくなるので、ここのところをどうしたらいいかという議論は今までも行われたことがありますけれども、予算関連法案が非常に技術的なものであったり、審議未了であってもそんなに影響がなかったり、あるいは参議院において多数を政権党がとっていたということで今まで問題にならなかったわけですが、大きく国論が二分するような状況になって、例えば、自衛隊について、自衛隊は自衛のために持つのか、あるいは自衛のためには自衛隊を持てない、国際貢献のためにしか持てないという、大きく国論が二分して、前の国論、つまり、今のような自衛隊の形の国論を参議院が反映し、そして、新たな解散・総選挙によって、自衛隊は自衛のためには持てない、戦力は国際貢献のためにしか持てないというような政権党が政権をとったとします。  そして、自衛隊法を全部改正して国際平和協力法を出す、そして予算も組み替えるというような法案を出したときに、約五兆円から六兆円の予算になりますが、その予算を、予算は衆議院が成立させた、ところが、その執行のためには、自衛隊法が国際平和協力法に変わっていなければいけない。ところが、自衛隊法が自衛隊法のままで参議院がその全部改正を否決してしまった場合に、内閣としては参議院に対して何らの文句も言えないというような状況が起こります。  衆議院と参議院との優越の関係だけではなくて、国会と内閣との関係において、例えば、こういった場合には、参議院の議決に対して、アメリカの大統領が持っているようなビートー、拒否権、これを持つとか、そういった形で、国会と参議院という形の抑制を考えていかなければ、これが現行憲法においては決定的に欠けている点でございます。  ですから、その意味では、国会と内閣の関係ということでまた見直していくことが必要だというふうに考えております。  以上です。
  19. 辻惠

    ○辻委員 民主党・無所属クラブの辻惠でございます。  本日のテーマは、結局のところ、民意をどのようにしっかりと反映させる制度がつくれるのかというところであろうと思います。この問題について、制度論ということと、そして同時に、きょう問われている、むしろ主体の側の、担っていく主体をどのようにつくっていくべきなのかという二点にわたって申し述べたいと思います。  まず制度論の問題について申し上げますと、鈴木委員の側からも発言がありましたが、民意が国政に十分に反映していない根本的な問題としては、今の行政国家化現象ということがあって、立法の権能が十全に機能していない、このことをどう解決していくのかということだろうと思います。  オンブズマン制度も重要でありましょうし、また、財政民主主義という立場に立ったときに、会計検査院が現行では内閣に報告をするという形になっておりますが、国会にむしろ報告義務を負うということが、立法の権能を強める観点からも重要なのではないかというふうに思います。  二院制の問題につきましては、多様な意見を反映するという意味において、二院制のそれぞれについて工夫はさらに必要ではありましょうが、多様な意見を反映する制度としては非常に重要であり、存置すべきである。かつ、現在の日本の政治状況から考えたときに、一院制であれば非常に拙速的に法案が強行されてしまう、十分に国会の審議が熟していないにもかかわらず数の力で一方的に法案が強行されるということに対する歯どめになっている、そういう制度的な担保になっている。そういう機能も現在の二院制にはあるということからも、二院制はしっかりと存置すべきであろうというふうに思います。  もう一点、このような民意を反映させるための議会がしっかりと機能していくためには、それを構成する議員、そしてその議員の集合体である政党が、国民の皆さんのいろんな疑念についてしっかりと道義的な立場で倫理観を持って対応していく、そのような議員、そしてその集合体である政党というのをつくっていかなければいけない、このように思います。  一昨日、政倫審で私は橋本元首相に対して質疑を行いました。国会法の百二十四条の三で政倫審の設置が認められ、百二十四条の二で政治倫理綱領そして行為規範を各議員は遵守しなければならない。行為規範の一条には、いやしくも国民の信頼にもとるようなことについては、説明責任をはっきり果たさなければいけないということが規定されております。このことをしっかりとわきまえた、見識のある議員を生み出していかなければいけないというふうに思います。  そういう意味において、その議員の集合体である政党は、憲法上そしてまた法律上規定するということではなくて、それ以前に、まずそういう道義なり倫理をはぐくんでいく、そのような議員をきっちりとはぐくんでいく、そして、それの集合体としての政党をやはりはぐくんでいく必要がある。そういう意味で、国民の側からのチェックが議員活動や政党活動に恒常的になされるようなシステムをやはり考えていくべきなのではないか。  今の状況では、一度選挙で当選すれば、次の選挙までの間、国民からのチェックはなかなか及ばないというような状況になっております。これが、議員が政治倫理や道義にもとる行為を行っていてもそれでいいんだということを、ある意味では居直るような根拠にもなっているように思います。  そういう意味で、リコール制。地方の首長に対するリコール制というのはあります。これは国会議員に対して軽々に制度を導入すると言うべきではないのかもしれませんが、リコール制の導入も含めて考えていくべきであろう。  政党法をつくるとか、憲法上に政党を明記するということが何の意味があるのか。むしろ、議員、政党の側が道義、倫理をしっかりとわきまえる、そういう担う主体となることがまず先決ではないか、このように思います。  以上です。
  20. 中谷元

    ○中谷委員 自由民主党の中谷元でございます。  二院制を維持するとしても、衆議院は、代議士と呼ばれておりますので、直接公選で選ばれる国民の代表機関として、その権限と責任を大きく持たせなければならない。特に言いたいのは、外交関係でございます。国会における外交をしっかり監督する、そして国民の声を外交に反映するという観点でいいますと、やはり外交処理に関する国民の代表機関のコントロール権、これを強化させなければなりません。  例えば、大使の任命手続ですね。特に全権大使などは、国の命運を左右するわけでありまして、天皇から認証をされているわけでございます。現在どのような方法で選ばれているかといいますと、これは外務省のOBが多くて、形式的には官邸の承認のもとに決定されますが、いわば外務省の省内人事的な面があります。以前も、外務大臣の指示に従わずに総理から職を辞せられた人もいますが、この人は大使になったりしておりますけれども。こういった点、本当に、国民から見て、この人選においては国会がきちんと管理しなければならない。  もう一点は、外務省のOBが大使になった場合に、本省に後輩がいるわけですね。そのことによって、本当に外交方針に大使が従っているのかなどなど、やはり国民を代表する適材適所の人物に大使についてもらいたい。例えば学者、民間人、国会議員のOB、経済人、非常に日本には人材が多いんですね。アメリカでもそういった人を国会が任命しているんですね。議会で適性とか能力を判定して承認して、やはり一つの外交方針に従って運営をされております。  したがいまして、国会の機能充実という点におきまして、衆議院に大使任命の手続の同意を得なければならないものとするということをぜひ実現していただきたいと思います。
  21. 大出彰

    ○大出委員 民主党・無所属クラブの大出彰でございます。  一つは、政党というのは、ウォルター・バジョットでしたか、国民と国政とのかけ橋であるということで、大変重要なものだという思いもあり、政党というのを憲法に位置づけた方がいいのではないかなと常々思ってまいりました。  ところが、先ほど土井議員の方から、政党を位置づけることには反対であるということでありまして、ああ、そういうふうに考えているのかなと思いまして、多分土井さんの場合には政党の自由というものをかなり重視してお考えなんだと思いまして、それをお聞きしながら、憲法で政党を規定すると、逆に先生おっしゃったようなことが起こるかもしれないし、規定されちゃうと、逆にその政党の中にいる議員もいわゆる党議拘束というのを外せないようなことになるのかなというような、逆の意味の内部の方の思いもちょっといたしました。  そういう意味で、政党を憲法に位置づけるということ、もう一回精査をしなければいけないかなと実はこの場で思ったところでございます。  ただ、政党を位置づけますと、ドイツのなんかもそうですが、政党の運営方法まで規定したり、あるいは資金の出どころだとか使い道までとか、あるいは財産的なものまで憲法で規定しているとなると、これは政治倫理的な意味ではかなりよくなるんではないかなと思ったりもしているんです。ですから、ちょっと課題だなという感じがいたしました。  それが政党の自由と憲法に政党を規定するかという絡みの話なんですが、もう一つは、政党というものの後に二院制という問題がありますが、二院制については、二院が同じ結論を出すならば片方は不要である、そして二院目が、参議院なら参議院が衆議院と別の結論を出すならば有害である、そんなような法的格言がございまして、まさに、二院制がだめなんではないかというところは、そういう効率性の話から多分来ているんだろうと思います。  ただ、私がそれを考えていたときに、党内でもこの政党の部分を何か書きなさいということでやったことがあるんですが、そのときに思い出したのは、政党なんだけれども、政党は議員の集まりでございますから、まず議員ということが重要なんだと思います。  ちょっと例は違うんですが、昔、議会で、今は白札、青い札で投票しておりますけれども、エジソンが議会での投票の仕方を電気投票、ボタンを押せばいいではないかというのを提案したんですね。そうしたら、アメリカの議会人は相手にしなかったんですね。何でなのかというと、効率性が重要なんではなくて、議員活動の自由、つまり、牛歩まで踏まえるかどうかもありますけれども、ある程度の自由というものが必要なので、即決すればいいというものではないんだという意思があるから多分最初のエジソンのボタン方式というのが採用されなかったんだろう、これが原点かなと思っています。  そんな中で、やはり一院にしてしまうと、先ほども話が出ていましたけれども、ちょっと危険なんではないかという、やはりそれがあるんですね。  二院制のチェックを考えたときに、私の党は、先ほど古川さんからのお話にありましたけれども、連邦型にするかどうかまでまだ煮詰まっておりませんが、道州制ということなんですね。  私は、道州というんだったら、州制でいいじゃないかと言っているわけです。というのは、うちの道州制の道が入っている部分というのは、いわゆる憲法を改正して全くの連邦型分権国家にするところまで考えていないからかもしれませんけれども、そうなったときに、州にすれば州の代表としてのかなり根拠があるものになりますから、二院制がどうしても必要であるし、するならば州制度にすべきではないかということ。そして、中身は、先ほど決算機能だけとかいろいろありましたが、それは選出母体も含めて検討していけばいいんだろう、そんなふうに思っているところでございます。  時間が来ましたので、これで終わります。以上です。
  22. 山口富男

    ○山口(富)委員 日本共産党の山口富男です。  何点か発言したいと思うんですけれども、一つは、日本国憲法における両議院制が、主権者国民の多様な民意を国民の代表機関に反映するというところに基本があるということで、きょうの議論でも、いわばその制度設計に問題があるんではなくて、国会なり政党なり、運用の側に問題があるということが随分指摘されたと思うんです。調査会は五月二十七日に、これは統治機構の小委員会だったと思うんですが、只野雅人参考人からこの点について、参考人招致を行って、同様の意見が出たんですけれども、この点、非常に大事だと思います。  きょう、二つの院を経験された森山委員から、それぞれの特性を踏まえながらも、やはりトータルに考える必要があるんじゃないかという提起があったんですが、私はやはり、両院制の運用のあり方を考える場合に、確かにトータルなものとしていろいろな問題を考えることは大事であるというふうに感じました。  それから、民意を反映するという問題で、船田幹事の方から、選挙制度の問題、これは非常に大事なわけですけれども、衆議院については民意の集約で小選挙区制、それから、参議院の方は民意の反映ということで比例を基本にしてはどうかという意見がありました。私は、いみじくも船田幹事が指摘されたように、民意の集約というところに、小選挙区制のいわば本来憲法が求めているところの多様な民意の反映という問題と矛盾を来す問題がやはり生まれてきていると思うんですね。  現実に、定数問題、一票の格差の問題等を含めて、投票行動をしたけれども、それが議席として国会に反映しないという制度上の難点があるわけですから、これを民意の集約、民意の反映ということで区分して考えるのではなくて、両議院制の憲法上の要請からいったら、民意の反映をどういうふうにするのかということで考える必要があるというふうに思いました。  それからもう一点、ちょうど昨日行われた発達障害者支援法の話が出たんですけれども、これは、私も議連の副会長をやりまして、衆議院段階で、議連としても、それから各派の協議としてもかなりの修正を行って、内閣委員長提出案にし、そして野党側は、審議に三時間、発言というか関連審議ですね、内閣委員長提案にかかわる関連質疑ということで、政府の姿勢をただしたわけです。それを受けて、昨日、私も、衆議院の内閣委員長代理ということで参議院側に説明に伺ったんですが、これはやはり、二つの院を持ちながら、それぞれの院が法案についてどういうふうに審議を進めるのかということでいうと、私は、なかなかおもしろい仕組みになっていると思いました。  ですから、議員立法の法案の扱い方の問題もあると思うんですけれども、引き続きよく、民意の反映が求められている点から、審議の内容も慎重審議が必要になるわけですから、どういうあり方が望ましいのかの検討が必要であるというふうに思いました。  最後に、政党法の問題なんですけれども、これは冒頭の発言で申し上げましたように、日本の場合は憲法二十一条で、政党といえども出発点は私的な結社ですから、結社の自由としてその活動を保障し、そして政党としての自主的な活動を発展させることで政治への参画という公的な仕事をなし得るという、そこの憲法の定めが基本的に非常に大事であって、私は、今日、憲法上に新たな政党規定を設ける必要はないというふうに考えております。
  23. 赤松正雄

    ○赤松(正)委員 公明党赤松正雄でございます。ありがとうございます。  きょうのテーマにつきましての公明党の物の考え方は先ほど佐藤委員からお話をしていただきましたので、私の方は、若干少数意見的な、ちょっと違う角度のお話をさせていただきます。  私は、実は、参議院も含めての一院制を推進する議員連盟の一員に所属をいたしております。ただし、一院制を推進するといっても、その議員連盟はほとんど、会合は一回か二回やったぐらいで、今日まで余りそういう会合をやった記憶はないわけです。  これは、実はエピソード的に申し上げますと、この会に入って、余りふだん私の活動に対して賛同や喜びというか、いいよと言ってくれないある支持者から、極めてそれはいいことをおまえはやっているという賛意の表明をいただきました。それは一にかかって、非常に広範囲な、別に調べたわけじゃありませんから特に信憑性どうこうではないんですけれども、今の私どもが所属しているこの国会に対する不満、一般的な普通の庶民、民衆、大衆の不満として、やはり、国会におけるさまざまな行為、とりわけ立法という部分について遅い、そして国会議員の数が多い、こういったことに対する漠然たる賛意が背景にあったんじゃないかということを私は勝手に推測いたしております。  先ほど来、民意を反映するというふうなこと等についての御発言がいろいろありましたけれども、私は、衆議院議員に選出されて十一年がたちますけれども、この中で一つ大きな、私の今述べてきたことと関係することで、いわゆる国会議員自身の自己変革、政治家自身の自己改革という部分で極めて重要なかぎを握っているのは、やはり議員立法ということじゃないかと思います。  先ほど、議員立法についての流れがこれから強くなっていくならば云々という話がありましたけれども、私はやはり、今の、国会は唯一の立法機関であるというふうに憲法に定められておりますけれども、その国会が唯一の立法機関ということについて、その構成する中身というのが、やはり、国民から選挙を通じて代表となった国会議員が果たして本格的にそういう立法行為に、一番基礎の部分で参画をしているのかということについて、我が身に対する反省を含めて、強く感ずるところはあります。  つまり、果たしてこういう法律が必要なのかというふうな、極めて必然性のないような法律が、こういう言い方をすると反発を受けるかもしれませんけれども、各省庁から、あたかもノルマ制に基づくかのごとき、そんなに必要ないんじゃないのかなという感じを受けるような法律まで出てくるということが結構あるんではないか。そういうふうなことが一方にあって、もう一方で、議員立法の波、うねりというのは結構強いものが最近あって、いいわけですけれども、さらにその辺の波を強くしていかないと、議員による立法というものを多くつくっていかない限り、真実、根底の部分における民意の反映ということについての国民の賛同を得ることはできないんじゃないか、そういうふうなことを感じているということを申し上げたいと思います。  以上です。
  24. 柴山昌彦

    ○柴山委員 二院制の両院の権限について、参議院の権限に、現在形骸化している裁判官、最高裁判所判事の国民審査に代替する指名機能というものを付与してもいいんじゃないかというように思っております。  それと、選挙制度に関連して、先ほど来、いろいろ意見が出ております。衆議院で小選挙区制を導入するとやはり問題ではないかというような御意見もありましたが、やはり私は、多数党をつくって政権を安定させるといった機能ですとか、政権交代を実現しやすくすることのメリットというものは否定できないというふうに思いますので、民意の集約という言葉で、小選挙区制を政権交代を重視するための選挙である衆議院選挙においては重視するべきではないかなというふうに思っております。  ただ、これに関連して、参議院選挙をそれでは比例代表制を中心に考えるのかというところについては、逆に政党色を薄めた選挙とするべきではないかという反論があるところでございまして、これは私は、両方、ハイブリッドに考えて、結局、現在のような制度というものを当面は維持してよいのではないかと思っております。  道州制の導入に絡みまして、現在の都道府県代表の部分を道州代表にするというプランも私は将来的には検討に値すると思いますが、その際、複選制という形で行うべきかどうかというところは、やはり、今なお定着している現在の直接選挙のメリットということで、少し慎重に考えた方がよいのではないかなというふうに思っておりますし、先ほど船田先生から御意見もあったとおり、推薦制についても慎重に考えるべきではないかなというように思っております。  次に、衆議院の優越性についてですけれども、先ほど、衆議院、内閣に対して参議院が余りにも防衛的になってしまって不都合な事態が生じると、例えば予算等法律の乖離などの事案が出ましたが。これに対しては、アメリカの拒否権、それからヨーロッパでは上院についても解散権が認められておりますが、当面、先ほどちらっと佐藤先生から触れられたところでもあるんですけれども、衆議院の再議決、法律についての再議決の要件を現在の三分の二から緩めていく、過半数まで緩めるかどうかは議論の余地があるかと思うんですが、そういう方向で検討していくのも私は一つの手だてだと思います。  ただ、その場合においては、現在任意的とされている両院協議会、法律の場合は衆議院、参議院の両院協議会は任意的とされているわけですけれども、これを必要的とすることによって、参議院が余りにも軽視されることを防ぐ工夫が必要なのではないかなと思っております。  政党制についてですけれども、私も実は、これは現在の政党のあり方が国民的にいろいろ議論され、または問題が生じている中で、憲法的に組み込んでいってもいいのではないかなと。特に、資金のあり方についてドイツの憲法に倣ったような規定を置いてもよいのではないかなというように思っております。  ただ、民主的秩序を侵害して国の存立を危うくすることを目指す政党は違憲とするというような、こういった闘う民主制についての規定は、ドイツは今小選挙区比例代表の併用制になっていて、少数党が比較的容易に議席を獲得できるシステムになっているというところも一つ背景にあるのではないかなというように思っておりますので、私は、ここの部分は日本の結社の自由、政党の自由というものには必ずしもなじまないのではないかなというように思っております。  以上です。
  25. 土井たか子

    ○土井委員 先ほど民主党の辻委員がおっしゃったところは、全く全面的に私も同意見です。政党法並びに政党に対しての明文の規定を憲法にというこの両方とも、ただいま特にそれが何だか火がついたように言われているという側面もあるものですから、きょうはその点だけについて、十分間の時間は申し上げさせていただくことになったんです。  考えてみますと、民主主義的な政治の中で三権の中枢をなしているのは、やはり立法権だと私は思うんですね。法の支配というのも、立法権を行使する立場の議会がしっかりしていないと、実は、法の支配、ひいては立憲主義というのは確かなものになり得ないと私は思っています。  内閣は、議院内閣制ですから、国会が生みの親であって、言ってみれば国会議員の中から内閣総理大臣が誕生する、それは国会によって選ばれる。そのことのためには、政党政治というのがしっかり動いていないと、内閣に対しての国民からの支持というのも失われていくという形になるわけですね。内閣に対して、国会が常に生みの親であるという立場からすると、憲法の四十一条が決めている国権の最高機関という意味というのも、国民が主権者であるという関係において、実にはっきり浮き彫りになる問題だと思うんです。  しかし、唯一の立法権を持っている場所であり、しかも国の最高機関である国会が、最近は、それに対しての何の説明もなく、ましてやそれに対しての審議もなく、例えば自衛隊の多国籍軍参加の問題であるとか、それからさらに、期限切れになる、期限をさらに延長するかどうかの問題であるとか、すべて閣議で決定すればできるというふうな傾向が最近は非常に強く出ております。重要な条約をめぐる取り決めの中身についても、国会に対して、特に外務委員会の審議対象には持っていかないというふうなことも、外務省を中心に政府の姿勢としては最近は非常に具体的です。露骨になってきていますね。  こういう内閣の独断専行と申しますか、ある意味ではこれは独裁的なやり方だと私は思うんだけれども、抑えがきいていないというのは、つまりは国会がなすべき権限に対してしっかり行使していないということだと思うんですね。事前に、あるいは時宜によっては事後に、条約に対しても審議しなきゃならないと言われるその条約の範囲が広いわけですから、これはやはり国会の意思というのがその中に生きていなきゃならない。  だから、立法ということに対しての、唯一の立法機関だという自覚といいますか、それが常に議員の中になきゃならないんですが、政党を構成している議員が、まず基本的にその辺の自負心と責任感と問題に対しての理解をしっかり持っていないと、これはうまく作用しない、ひいては議院内閣制そのものもうまく作用しないという形になっていくというふうに私は最近ひしひしと思います。
  26. 三原朝彦

    ○三原委員 自民党の三原でございます。  私は、今の二院制の問題で私自身の考えをちょっと述べたいと思うんですけれども、二院制でいつも言われるのは、同じようなものが二つあったってしようがない、こういうことなんですね。しかし、二つあればその分だけ逆に慎重に同じことを二度議論することになるじゃないか、こういう議論もあるわけですが、私としては、今時代がどんどん分権化しているという現状を見ていくと、それを反映したような、例えば参議院をより反映したような形にすることも大いに結構なんじゃないかな。特にそれは、私はイメージとしてはアメリカの上院をイメージしているんですけれども、人口割りではなくて地域地域の代表であるという、小さな州でもでかい州でも代表する人は同じだという感じなのです。  地方分権をするときに地方の人たちがいつも言うことは、格差が起こる、特に財政的な格差ですね、これが一番問題だという議論に集中するわけですけれども、それに対する意見を述べる意味でも、今申し上げましたように、都道府県が同じような重みで代表を出す。その反面、衆議院ではより厳密な形の、人口を反映するような選挙制度になればいいと思っております。  もともと私は、我が国の小選挙区比例並立制が行われたときに、ドイツ型の併用制が本当は一番民意を反映するのじゃないか、そのかわり小党が分立する可能性は大いにある、あるけれども、それを一方で持ちながら、反面、参議院は新たな改革をということを言っておったんです。  今の場合、並立制で我々いっていますが、それにしても、比例制を入れた分だけ民意が、併用制ほどではないにしても反映できるようになっているという、まあ折衷型みたいなものですね、そういう形になっておるわけでありますので、私は、二院制を存続することに賛成であるし、しかしながら、二院制でも、一方の参議院というものを、今のような形で、人口を、かなり乖離はしていますけれども、いつも裁判で訴えられるような形になっていますけれども、それにしても、人口を基礎にして参議院をやるというよりも、分権化された形の地域を主にして人を選ぶ、代表者を選ぶ、そういう形をやることによって、これから先の分権化にも大いに地域の、地方の考え方が反映されるんじゃないかな、そんな気持ちを持っております。
  27. 山花郁夫

    ○山花委員 民主党・無所属クラブの山花郁夫でございます。  二院制の話なんですけれども、比較的きょうは二院制、その形、形態は、思いはいろいろあるようですけれども、維持すべしという意見が多かったような気がいたしておりますが、実は、短期的な面と長期的な面で検討すべき話は違うのかな、こんなふうに思っております。  今、三原委員が御指摘になったような話であるとすると、まさに現行の憲法四十三条を変えないとそういう議論にはならないのではないか。つまりは、あくまでも今の参議院の、特に選挙区の方が都道府県代表的な要素が強いですよねという議論というのは、公職選挙法の別表にそうなっているというだけの話で、憲法上どうかといえば、四十三条は全国民の代表だと書いてあるからこそ一票の格差が問題になるわけでありまして、目の前の課題としては、本当に、だから全国民の代表という形で考えなければいけないのかどうかということがあるんだと思います。  かつて近代の自治制度が始まったころは、新潟県が日本で全国一位の人口規模を誇っていて、東京府は第七位にすぎなかったという時代があったようですけれども、これが都市化によって一気にこれだけ人口の偏差が出てきて、鳥取、島根でしたかと東京だと八倍ぐらいの差が出てきているということですから、きれいに人口割りでやろうとしたら、これは東京の参議院議員を物すごく多くするということでないと是正はできないわけです。  つまり、現行の四十三条と十四条をあわせて読んだときには、やはり一票の格差というのは、それは問題になるし、都道府県代表的な要素もありますよねという御意見は、気持ちはわかりますが、法律の理屈からすると、それはあくまでも憲法の下位規範の公選法の別表でそう書いてあるからという世界ですよねというにすぎないことだと思います。ただ、この御時世ですから、余り議員を何倍もふやせというふうにはなかなかなりづらい中で、現行のままで調整しようとすると、例えば鳥取県と島根県を一つの選挙区にしたりとか、つまりは、ある程度規模を広げないとなかなか整合性がとれないぐらいの人口偏差になってきているわけです。  先ほど、道州制ぐらいになったころには道州代表にしてもいいのかなという御議論をされている方もいらっしゃいましたけれども、逆に言うと、道州ぐらいのマスにしてその中から何人、要するに現在みたいに鳥取全県区で一人とかいう形じゃなくなるわけですから、そのときに、いや、全国民の代表でいいんだとすれば、割と一票の格差の話というのは技術的にはなくしやすいわけで、つまりは、道州制にするから、ではその形で二院制かどうかというのは、まさに四十三条の全国民の代表ということを、両院、つまり衆議院でも参議院でも全国民の代表でいくのかどうか、そこの点にかかわってくる議論ではないかと思います。  つまり、短期的には、今の一票の格差の問題をこの四十三条との関係でどう考えるのかということと、長期的には、道州制に仮に移行していったとしても、なお四十三条との関係でどうするのか。今の形態でも、今の考え方でもいいというのも一つの考え方でしょうし、私は、むしろ道州のような形になったら道州代表という形でいいんだとは思いますけれども、その辺が目の前に突きつけられている、最高裁からも違憲状態ですよということは来ているわけですから、その話と長期的な話とは少し分けて考えたらいいのかな、このように思っております。
  28. 枝野幸男

    ○枝野委員 民主党・無所属クラブの枝野でございます。  私は、ちょっと違った観点から二点お話をしたいと思います。  まず、二院制についてですが、これは現行憲法典のもとの憲法秩序の問題として考えるにしても、憲法典を書きかえるにしても、二院でそれぞれの役割を少し整理するということまではほぼ一致をできるんだろうと思いますが、現実的に、例えば憲法典を変えるにしても、参議院の三分の二の賛成も得なければ憲法典の改正の発議はできません。もちろん、法律ベースで衆参で少し役割分担をしようなどという、国会法を改正するにしても、参議院の過半数の賛成がなければできません。  そのとき、特に衆議院の中における議論としてもっと考えなければいけないのは、衆議院の優位性ということはもちろんあるんですけれども、逆に、衆議院の立場として、参議院に何の権限を手放して、それは参議院優先でやっていただくのかということをむしろ衆議院の側がかなりしっかりと考えないと、両院で折り合って一致をした形で衆参の役割分担という話にはならないのではないか。そこのところの議論は若干欠けているのかなと。  私は、二大政党制、二大政党的な構造で、小選挙区で政権交代が可能な仕組み、やりやすい仕組みにしたということは、特に、今のように選挙の時期がずれていると、衆議院の多数党と参議院の多数党がずれる、そのときに非常に複雑怪奇なことが政権交代のたびに起こりかねないという構造になっていますから、一般的な法律などについて衆議院の優位性を高めなければ、政権交代と参議院との構造というのはわけがわからなくなる、政治的な混乱が大変起こると思っておりますので、そこの優位性を高める一方で、例えば外交案件、先ほど中谷先生から御指摘あったような外交案件などについてはかなりの権限を逆に参議院優位にするとか、ここは参議院優位でもいいんじゃないか、あるいはそうすることが任期の長い参議院の適性に合っているのではないかという指摘を衆議院の方から出していくことが必要ではないかと思っております。  それからもう一点、政権交代、二大政治勢力制、小選挙区制をとって、これは自民党の皆さんも含めて、皆さんからは今の民主党でとれるのかという指摘はあるかもしれませんが、政権交代が時々起こり得るという制度をあえて導入したという前提になったときに、私は、七条解散ということについてもう一回ちゃんと考えないと、お互いに政権交代のたび、あるいはいろいろなことがわけがわからなくなるのではないかなというふうに思っています。  つまり、今の建前というのは、総選挙においてそれぞれの党が、マニフェストと呼ぶかどうかは別として、我々の政権はこういうことをやります、そして党首である総理候補を掲げて、二大政治勢力で一つの議席を争って、勝った側が政権をとる、こういう仕組みをとっているわけでありますが、そうした中で七条解散が起こるというのはどういうことなんだろうということ。逆に、それで選ばれた以上は、原則としてやはり四年間、その政権公約に基づいて、総選挙のときの党首が内閣総理大臣として国民の負託に基づいて仕事をする。四年後の総選挙において、その四年間の実績に基づき与党は評価をされ、野党は新たなマニフェストを掲げて、どっちがいいか政権選択を求める。  これが今の選挙制度を前提とした場合の政権選択とそれに国民がどう関与するかというシステムだというふうに思いますが、それが、時々意味なく衆議院が解散をされるということでは、逆に、これで四年間やりますと総選挙のときに約束をしたこととの兼ね合いはどうなるんだろうか。もちろん、例外的に、政府がめちゃくちゃなことをやって、与党も一部離脱をして不信任が通るとか、そういう場合の手当ては必要かもしれません。  そこのところを申し上げるのは、実は、衆参で役割分担をしてやっていくにしても、衆議院選挙の時期と参議院選挙の時期が別々でいいんだろうかと、私は個人的には思いがあります。まさに衆議院で総選挙で政権交代が起こったけれども、参議院は選挙はあと二年間ありませんとかという状況のときの政権運営はどうやったってめちゃくちゃな話になって、民意の集約で衆議院選挙で国民が政権を選択したはずなのに、参議院の多数派形成のために裏でいろいろな駆け引きが行われる。こういうことを避けるためにも、選挙は衆参同時、もちろん今の制度で二票ずつ四票だなんて国民に迫るのはむちゃくちゃだと思いますので、衆参一票ずつ同じ時期に投票する、そのためには七条解散ということは本当にいいのかということを考えた方がいいのではないかというふうに思っております。
  29. 永岡洋治

    ○永岡委員 先ほど意見陳述をさせていただきましたが、補足して二点ほど申し上げたいと思います。  先ほども申し上げましたように、二院制を維持するということについては私は賛成であります。しかし、維持する上で、二点ほどさらに注意をしておかなければならないことがあると考えております。  一つは、歴史的経緯を考えてみても、この二院制というのは、身分制社会を残しているような国、あるいは州制、連邦制などをとっている国が、別の利益あるいは別の階層の意見を代表する制度としてとってきているというのが歴史的経緯であります。  したがって、単一民族、単一国家としての日本にこの現行憲法をマッカーサーが示したときには、一院制の案を示したわけであります。それに対して日本は、二院制をどうしてもとらないと一院制の行き過ぎをチェックできないということで、二院制を求めて再考を促したわけでありますけれども、そのときの日本側の要求も、その二院目の議員の選び方については、間接選挙制にすべきであるとか職能代表制にすべきであるとか、あるいはその他の一部議員の任命制というようなことを提案したわけでありますけれども、結果的には全国比例となっているわけであります。  実は、現行憲法を当時衆議院が可決したときの附帯決議の第三項にこういう文言が入っているわけであります。「参議院は衆議院と均しく国民を代表する選挙せられたる議員を以て組織すとの原則はこれを認むるも、これがために衆議院と重複する如き機関となり終ることは、その存在の意義を没却するものである。政府は須くこの点に留意し、参議院の構成については、努めて社会各部門各職域の智識経験ある者がその議員となるに容易なるよう考慮すべきである。」こうなっています。  このことが現在実現されているのかどうか、これが選挙制度を参議院についてやはりこれから見直していかなければならない一つの大きな課題であると思います。カーボンコピーであるという議論が先ほども出ておりましたけれども、第二院がカーボンコピーであっては意味がないし、また、行き過ぎた権限を持てば有害であるということになろうかと思います。その点を一つ申し上げておきたいと思います。  それから二点目は、現在の憲法の骨格は三権分立とはいっても、主たる部分は実は議院内閣制ということで国の運営を行っていくことになっているわけであります。議院内閣制の正当性の根拠というのは、衆議院議員が国民から選ばれてきて、その衆議院において内閣総理大臣が選ばれる、その内閣総理大臣が国務大臣あるいは大臣を任命する、その中で国が運営をされる。つまり、議院内閣制が最も国民から直結した制度として運営をされなければならない。衆議院の役割は非常に大きいわけであります。  そうなってまいりますと、実は最近の傾向を見ると、その趣旨からいえば、総選挙の結果いかんによって政権交代が行われるのが通常であるはずであります。しかし、現在、政権交代が行われるというのは、参議院選挙の結果によって政権交代が起こるというようなことが間々起こるわけでありまして、これは与党側として言いにくい面もあるわけでありますけれども、こういう制度のあり方を抑制し、運営を変えていくために、つまり、国論が二分をしたような場合に内閣は総辞職をするか国会を解散しなければならないわけでありますが、そのときに世論を、国論を問うても、参議院は六年間という安定した任期で、六年前のまま、あるいは三年前のまま、そのまま構成が残るということでは民意を問うたことに果たしてなるのかどうか、このところが第二番目の大きな問題であると思います。  したがって、先ほどの意見でも述べましたように、参議院の機能あるいは役割の運営の仕方について、やや抑制的な要素というものを考えていかなければならないのではないか。先ほど柴山委員からもありましたけれども、法律案の再審議につきまして、現在の三分の二という要件がかなりきつい面もあるのではないか、かように考える次第でございます。  以上でございます。ありがとうございました。
  30. 渡海紀三朗

    ○渡海委員 ずっと議論を聞かせていただいておりまして、ほとんどの皆さんが二院制を前提にお話をされている、そんな感じがいたしておりますが、やはり私も、議院内閣制をとっているというふうな今の現状を考えますと、チェック・アンド・バランスとかそういった面でこの二院制をまだ維持していく必要があるのではないかな、そんなふうに考えております。  ただ、多くの委員が述べられましたように、その場合に、衆議院と参議院の関係というものを、機能の面から、これが一点、それから二点目は、これも多くの委員が述べられましたように、選挙制度等の面から、選ばれ方の面から考えていかなければいけないのだろうというふうに思っております。  また実際、今、山花委員はいらっしゃいませんが、先ほど三原委員の意見に対して四十三条の問題を提起されたわけでありますが、ここは憲法調査会でありますから、こういった制度を目指すべきであろうという議論がなされて、その結果、そのためにはこの四十三条というのが問題になってきますね、そういった整理をしていけばいいのではないか。これは余分なことでございますが、審議の仕方としてはそういったことが望まれるというふうに考えております。  さて、この……(発言する者あり)四十四条。四十四条だそうでございますが。  これは、葉梨委員も実は意見の中で整理をされたことでございますが、制度を考えていく、また現状を分析していく上で、今の憲法との関係で問題点が浮き彫りになるものだというふうに思います。  これはすべての委員がほとんど同意をいただけると思うんですが、一院制と二院制の違いというのは、一言で言えば、一院制は、やはり意思決定が速く、政治にスピード感が出てくるということであろうと思いますし、二院制は、やはりチェック機能というものをしっかりと果たしていくということであろうというふうに思います。  そういった中で、今度は選挙制度を考えてみますと、小選挙区制というのは、これも言わずもがなでございまして、民意を集約していく。そういった意味では、選挙制度としては、本来、政権交代が起こる、起こりやすいという制度であるわけでありますし、これと対極的にあります比例代表制というのは、多くの民意を集約できるといいますか、少数意見をくみ上げることができる、こういった制度であります。  今の衆議院の選挙というのは選挙制度の改正のときに随分議論されたわけでありますけれども、その二つをバランスよく組み合わせて、衆議院だけでもそうしよう、そんな議論も当時はありました。完全小選挙区という意見もあったわけでありますけれども、しかし、それでは少数意見が無視されてしまうではないか、死に票がたくさん出るんじゃないか、こんな議論も随分させていただいたわけであります。そういったことを考えた上で最終的な形というものを考えていかなきゃいけないだろうと思っております。  私はやはり、目指すべき方向というものをしっかりと、さらに議論を深めて、最終的な取りまとめを通常国会でやるということであれば、そういった機会もあろうと思いますから、またその機会で細かい議論をさせていただきたいと思いますけれども、今後のあり方として、こういった形がいいのではないか、多くの意見がきょう述べられたわけでありますけれども、日本の政治形態として、また日本の民主主義の形として、こういう形がいいのではないかなという議論がさらに次の通常国会で展開されるということを期待を申し上げたいと思いますし、そういった途中段階で現行の問題をどう処理していくかといったようなことも、さらに意見を集約、集約というか、議論をしていただいたらいいのではないかなというふうに思っております。  そういった議論の進め方を今後やっていただきたい。またその中で個々の意見については申し上げたいと思いますが、今回はそのことを申し上げさせていただきたいというふうに思っております。
  31. 土井たか子

    ○土井委員 先ほどからの御議論を聞いておりますと、民意をよりよく反映して政権交代というのを具体的にするという、その問題を考えれば考えるほど、今の小選挙区制という選挙制度そのものが果たして民意を本当に反映させることになるだろうかという基本的な疑問にどうしても到達せざるを得ないんです。  今も御発言の中にございましたけれども、死に票が多いというのは言うまでもないんですけれども、憲法から考えると、国民の側に立って、いろいろ求められる中身というのは以前に比べて非常に多様性を持っているということはもう言わずもがななので、そのこと自身にこたえようとすると、二大政党ということで果たしてこたえ得るかどうかなんですね。恐らく、死に票と同時に、もう一つは、二大政党の中では満たされないという認識を持つ国民というのはかなりふえつつあるというふうに見なければならないと思うんです。  小選挙区が政治改革の一環として考えられたときに、それに先立つ問題は何だったかといったら、お金と政治、お金と政治家の問題だったわけですね。しかし、お金と政治家の問題、お金と政治の問題に対しては、昨今も政倫審のありさまがかのようであるがごとくに、非常に不熱心ですよ。不信を買うもとはここにもあり、基本的にこれなんですよとおっしゃる方も多いわけですけれども、やはりもう一つは、自分たちの政治に対して期待をする、望む中身というのは、具体的に受けとめてくれる受け皿がないという問題が非常に大きな問題にだんだんだんだんなっていっていると思うんです。  九六年に小選挙区で選挙を実施して、そしてこの方でございますけれども、先ほど枝野さんがおっしゃった、六十九条解散でなくて七条解散になるという気配というのはきっと非常に強くなると思います。もう今までだって、時の政権担当者から考えれば、不利になるような時期に解散するはずがないというのがいつも問題だったんですけれども、しかし、国民から見れば、そのときこそ解散してほしいというときなんですね。  したがって、これを解散に追い込めるのは、やはり野党の立場というのが強く、不信任に対して現実味を帯びた問題として、しっかりそれに対して追い込みをかけるという存在がなきゃならないんだけれども、どうも小選挙区という選挙制度の中では、九六年以来の動きを見ておりましただけでも、保守化傾向が大変強くなる。一人しか出られないわけですから、そこから出る人たちというのは与党化現象をどんどんどんどん起こすということがやはり否めない流れとして出てきていますよね。政策で勝負はいいんだけれども、政権を目指す可能性を持つ党というのは、現在に政権党である人たちの政策と余り隔たりがないという形にだんだんなっていくという傾向もなきにしもあらずなんです。この点は大変指摘されますよ、どこがどう違うかと。具体的に言えば、自民党と民主党との政策の中でですね。  だから、そういうことに対して鮮明な姿形というのが問いただされているとなると、私は、いろいろ言われる以前に、小選挙区制という選挙制度というのを変えなきゃだめだと実は思っているんです。中選挙区にするのか、大選挙区にするのかという論はあるでしょう。でも、少なくとも小選挙区制の中で、現実を憲法の方向に向けて努力していける可能性があるかといえば、私は大変、可能性がどんどんどんどん薄い方向に行っている、そう思われてなりません。  ありがとうございました。
  32. 坂本剛二

    ○坂本(剛)委員 きょうは、出たり入ったり、出たり入ったりして、よく把握しない中で質問をさせていただきます。  基本的には、二院制は賛成でございます。ただし、条件がたくさんあるわけでございます。  私は、まず、時代の流れを俊敏に、日本の政治がこれを酌み取り、反映させるためには、六年という任期は余りにも長過ぎると思っております。したがって、衆議院議員が四年の任期で解散ありとするならば、私は、参議院は二年で任期を交代すべきじゃないかと。しかも、衆議院が小選挙区という非常に民意を細かく反映するものであれば、参議院の選挙は全国区一本というふうにやっていくべきであろうと私は思っております。  しかも、それぞれの国で、上院というか、もう一方の院は非常に特質ある形成をしているんですね。聖職者あるいは貴族あるいは何々とかというように、特定な者だけで院を構成している場合もありましょう。  日本の場合は、日本の参議院の特質は良識の府なんですね。良識の府が、近年見てみますと、衆議院で失敗した人が参議院にくらがえするとか、選挙に勝つなら若けりゃ若い方がいいとか、あるいは男よりは女性がいいとかといって、全然、良識の府とはまるでかけ離れた形で候補者の選定も選考も行われております。  したがって、私は、良識の府ならば、良識に値する基準みたいなものをある程度持ち寄ってもいいんじゃないかな。例えば、衆議院議員の経験者ならば、少なくとも二十五年以上の掲額をされた人が良識の府に後半入っていくこともいいでありましょうし、各団体で、医師会や法曹界や、あるいは科学技術会議や、そういうところの役員を二十年以上やれば叙位叙勲の対象になる今日ですから、そういう有資格者の中から各政党が推薦をして全国区の候補者として置くことや、これは拘束名簿、拘束式でやるべきじゃないのかなと。しかも、二年、任期は二年、速やかに交代していく。  それから、参議院の扱う中身でございます。これも、衆議院と全く同じことをやっているから国民が飽きちゃうし、笑っちゃうんですね。あるいはまた、参議院の独自性も生かされていないんだと思うんです。  先ほど来からいろいろお話が出ているようでございますが、私は、予算を立てる、予算を承認する衆議院なら、決算を徹底的に責任を負う参議院、これは非常にいい意味だと思うんです。こういうような形で、万般にわたって、衆議院の裏表の関係で参議院の審議内容というものをつくり上げていってはどうかな、私はこんなふうに思っております。あるいはまた、行政府との裏表の関係、まさにチェックの関係で参議院というものがあってもいいのではないかな、私はこんなふうに思っております。  以上でございます。
  33. 佐藤茂樹

    ○佐藤(茂)委員 先ほど山花先生が憲法の四十三条一項のことを言われましたので、それに関して若干話をさせていただきたいと思うんです。  これは、「両議院は、全国民代表する選挙された議員でこれを組織する。」ということになっているんですね。要は、今後、この条文にこだわる、この精神を生かしていこうとするのか、それともそうじゃなくて、全くこれから外れたところで参議院の改革というものを考えるのかということによって、大きく道筋は分かれていくんだろうと思います。直近で意見表明された坂本先生や渡海先生の考え方というのは、今のこの四十三条一項とは外れた形での選出というものもあり得るんじゃないか、そういう御意見だと思うんですけれども、私どもはやはり「全国民代表する選挙された議員でこれを組織する。」というところに一つ執着する必要はあるんじゃないのかなという感じを持っております。  その上で、今まで学説の中でもいろいろな案が出てまいりました。参議院の改革としては、地方公共団体、特に都道府県の利益代表としての性格を持たせるという案もありましたし、また職能代表としての性格を持たせるという案もありましたけれども、ただ、厳密に見ていくと、いずれの案も、しかし、この四十三条一項の、全国民代表する議員、そういう観点から見ると、なかなか整合性が持てないというか、学説的にはそうなっているわけですね。  いろいろ選挙制度を考えたとしても、この四十三条一項に基づいた形にしていくと、参議院の構成の異同というのは、実在するそのときの民意の多様性とか流動性の反映でなければいけませんので、実際に衆議院との差異というものを結果として人為的につくり出すというのは民意の反映を逆にゆがめることになって、民意の反映ということになると、衆議院と大きく変わらないような形に構成としてもやはり結果としてならざるを得ないという意味でいうと、参議院の独自性というのは選挙制度だけに求めるというのはなかなか難しいんじゃないのかな。  だから、その上で、もう一つの観点としては、一言で言うと、運営の面においてどう独自性を出していっていただくのかということがかみ合わさって初めて参議院の独自性というのは出てくるだろう。この運営の面という面でいうと、冒頭で申し上げたんですけれども、役割分担という角度が一つと、もう一つは権限の、拡大か縮小かも含めて権限の面をどうするのか、そういうことになってくるであろうというふうに思うわけです。  役割分担という点では、冒頭で申し上げたんですけれども、また種々御意見もありましたが、衆議院予算審議を重視するということであるならば、少なくとも参議院は決算審議ぐらいは参議院の先議権として持っていただくということは十分に考える余地はあるんじゃないかなという感じがいたしております。もう一つは、権限の面でいうと、柴山先生も引いていただきましたけれども、冒頭申し上げました再議決権を、五十九条の二項ですけれども、過半数で足りるということについては、公明党全体の案ではございません。党の中にそういう意見を言う人もいるということなんですけれども、しかし、そういうことも含めて一考する余地はあるであろうというように我々は考えているということだけ意見として述べさせていただきたいと思います。
  34. 鹿野道彦

    ○鹿野委員 基本的にきょうは二院制と政党を中心としての議論でございますけれども、私は、二院制を維持していくべきだという考え方に立ちます。ただ、やはり役割を明確に分担していくということの方がよろしいのではないかと思います。  そういう意味で、衆議院は予算の議論、審議をしていく、そして参議院は決算を審査していく、これは一つの考え方であると思います。どちらかというと、予算をどうするかというところに注目され、関心が寄せられ、どう使われたかというふうなことに対しては非常に関心が薄くなってしまうという傾向があるわけであります。予算に対する評価も、国内におけるものだけじゃなしに、ODA等々の使われ方に対する評価等々をしっかりとやっていくことによって新たな予算案というものがつくられてくる。そういうことになりますならば、今申し上げたような役割の分担を明確にしていくというふうなことになると思います。  そういう意味で、このたび自民党の方で基本的な憲法についての考え方をこの二院においても出されたようでありますが、新聞報道によると、参議院側の方から閣僚を出さないというようなことについて猛反発があるというふうなことも報道なされておるわけでありますけれども、私は、参議院からはむしろ参議院みずからが閣僚は出さない、このような考え方に立つということが見識だと思います。  そういう意味で、これから保岡議員も憲法調査会長として参議院といろいろお話をなされるということでございますけれども、この辺はひとつ、むしろ頑張ってもらいたいな、こういうふうに思っております。  結局、参議院はむしろ第一院に対しての第二院のチェック機能、こういうふうなことでありますから、同じように大臣も出すわというようなことになりますならば本当にチェック機能を果たすことができるのかどうかということを考えたときに、むしろ参議院が大臣を出さない方がチェック機能を果たしていくことができるものと思うわけであります。これは決して院の権限を縮小するというふうな考え方ではなしに、参議院、良識の府としての役割を果たしていくためにというこの考え方に立つものであります。  また、一つつけ加えさせていただきますと、先ほど、外交を参議院にという云々のお話もございましたけれども、これから分権型社会を目指すということになりますならば、外交、安全保障、司法等々は国政における最大のテーマになるわけでありますので、私はやはり、外交というものは衆議院においてきちっと審議をしていくというふうな考え方に立つべきだ、こういうことを申させていただきたいと思います。  そういう意味で、やはり衆参の選挙のあり方も変えるべきだと思います。今の同じような選ばれ方というふうなことから多様な選ばれ方というふうなことになりますならば、やはり衆参の選挙の選ばれ方も違う方がよろしいのではないか、こういうふうに思います。  時間が来ましたけれども、あともう一つ、政党の位置づけでありますけれども、これは憲法にきちっと明確に位置づけした方がよろしいと思います。  すなわち、選挙におけるところの議員の公約というふうなものが、議員個人であるのか、それとも政党の約束なのかというふうなところが非常にあいまいであります。かつてどこかの政党の議員が消費税は絶対上げないというふうな個人の公約を言って、そして選挙が終わった途端に今度はその賛成の採決、こんなようなことの繰り返しをしている限りは、どこに政党に対する信頼が出てくるかということを考えたときに、やはり政党はきちっと国民に政党の考え方を約束する、その約束をどちらの約束がよろしいかということを選択してもらうというようなあり方からいたしますならば、政党をきちっと憲法に位置づけて、政党そのものを国民の人に理解をしていただく、きちっと承知をしていただく、このようにしていった方がよろしいんじゃないか、こう思っております。
  35. 保岡興治

    ○保岡委員 今ちょっと鹿野議員から思わぬ激励を受けましたが、我が党のいろいろ議論が、まあ非常に過熱しているところなので、火に油を注ぐようなことにならないか懸念はいたしますが。  しかし、私たちが憲法調査会の改正案起草委員会において提示しました案というのは、これは議論のスタート台の素材を、今まで議論してきたこと、党内で取り上げられたこと、あるいは、それをそんたくしあるいはそれを踏まえ、また衆参の両院で議論されてきたテーマなどを網羅的にテーマとして取り上げまして、それを議論の材料にするためには、従来、意見の言いっ放しになってその整理に終わっておりましたので、具体的なある種の決め打ちをして書き出す。そのことによって関心と議論を深めるということを目的として全くのたたき台で出したものが外に出てしまった結果、案みたいな形になりましたが。  これから十一月の結党大会まで、この両院の問題は、特に参議院の方の院の構成についての議長を中心とする従来の検討の経緯や考え方をこれからも整理される由伺っておりますし、また、憲法調査会の両院についての考え方はまだ先に議論が進むと思います。特に参議院は小委員会を設けて両院制度を議論されておられるようで、それを院の最終議長報告に反映される由伺っております。また、こういうふうに両院制度が国民を代表する機関として、大切な機関として国民の中に関心を呼び、民主主義、国民主権を実現するよりよい制度として大いに議論が深まるということにもつながっておりまして、私は、そういった国民の意見、いろいろな各界の御意見なども踏まえて、今後党内で議論を幅広く進めて賢明な憲法改正案につなぐ努力をしていきたいと思っておりますので、また、この院での先生方の御議論も十二分に参考にさせていただいて党内の取りまとめをしていきたい。  たまたま我が党の案について鹿野先生から御発言、言及があったので、正確な我が党の議論、そしてそれを集約していく経緯をちょっと御説明させていただくことにいたしました。どうもありがとうございました。
  36. 枝野幸男

    ○枝野委員 民主党・無所属クラブの枝野でございます。  先ほど土井先生から御指摘をいただいた件について、若干違った認識をお示ししておきたいと思います。  御指摘のとおり、民意は反映をするという重要性もありますし、同時にどこかでは集約しないといけない、それを選挙の後にやるのか前にやるのかという選択なんだと思います。もし、例えば比例代表的に民意を直接議会の構成に反映させる構造になれば、今度は議会内におけるネゴシエーションで民意が集約されて一つの結論になるということになるわけでして、これは、一歩間違えれば談合政治になり密室政治になり、国民から見えないということになりかねない。選挙の前に二つの選択肢に集約をして選択をしていただくということであれば、少なくともその時点で国民が直接どちらかの選択肢を選べる、こういう構造になるわけです。  私は、どちらがより絶対的に正しいと言うつもりはありません。ただ、日本が戦後、中選挙区でやってきた中で、特に、やはり同じ政党の候補者同士が同じ選挙区で争うという構造は、政党を形骸化し、先ほど鹿野先生から御指摘があったように、党の公約と候補者個人の公約との関係はどうなるんだということは、私は、そもそも制度的にやはりそこは同じ政党の候補者同士でも争わなきゃならないという中では、党の公約と個人の公約との差別化をせざるを得なくなってくるということになって、ますます国民から選択しにくいということになるんだろうというふうに思います。  それから、もう一つ御指摘いただきましたが、私は小選挙区制度、二大政治勢力制になることによって、与野党間の対立は激しくなってきているんだと思っています。つまり、オール・オア・ナッシングで一議席を争っているわけですから、お互いの党とも、中途半端な妥協をすることはお互いにとって何のメリットもありませんから、お互いの主張を議会内においてはとにかく激しく闘わせて、選挙で決着をつけてもらうしかないという選挙制度だというふうに思っております。  これはここで議事録に残す発言をしていいのかどうかわかりませんが、例えば中選挙区で、第一党が三人、第二党が二人という現有議席であれば、三人抱えている第一党にとっては四人目の自分サイドの候補者が出てこないことが三人の当選にとっては一番利益があることだし、第二党の二人現有議席がいるところからすれば、自分たちの勢力から三人目が出てくると自分の選挙はきつくなるという構造ですから、お互いに相手の勢力がある程度頑張ってもらうということに政治的合理性があったわけですが、一人を選ぶという選挙では、相手の勢力にある程度頑張ってもらうということに対する政治的合理性が全くありませんから、むしろ対立は激しくなる。そのかわり選挙で明確に決着をつけてもらう、こういう構造に、いい悪いは別として今なりつつあるんだというふうに私は認識をしています。  その上で、私は、土井先生が御指摘された民意をきちっと反映する、特に少数意見が議会などにちゃんと届く仕組みというのは、それはそれで一方で大事だ。まさに衆参両院制、二院制があるということの意味は、政権選択の衆議院と民意を幅広く少数意見を含めて反映させる参議院とというのは、実は両院の役割分担、特に選挙制度から見た役割分担という意味では、それが一番合理性があるのではないか。そういう意味では、少数意見がきちっと届くような制度にしたらいいと思っております。  なお、私も時々使い間違えるんですが、今の小選挙区制度において生じている現象は、二大政党制ではなくて二大政治勢力制だということを正確に私は指摘した方がいいんだろうと思っていまして、政党は複数あってもいいけれども、政権選択の衆議院選挙においては、その二つ以上の政党が場合によっては共通の政権公約を掲げて選挙協力をしてもそれは全然構わないし、むしろそれは望ましいことかもしれない。ただし、一議席を選ぶ選挙である以上は、二つの選択肢の中で国民に選んでいただくということを選挙のたびに、総選挙はやっていただく、こういう制度ではないか。  だから、二大政党制とは、気をつけないと私も使ってしまいますが、言わない方がいいんだろうとは思っております。  以上です。
  37. 中山太郎

    ○中山会長 ありがとうございます。  他に御発言はございませんか。  他に御発言はないようでございますので、これにて国会、内閣、特に二院制及び政党についてを中心とした自由討議を終了いたします。  午後二時から調査会を再開することとし、この際、休憩いたします。     午前十一時三十四分休憩      ――――◇―――――     午後二時三分開議
  38. 中山太郎

    ○中山会長 休憩前に引き続き会議を開きます。  日本国憲法に関する件について調査を続行いたします。  本日の午後は、本年の調査の締めくくりとしての自由討議を行います。  議事の進め方でありますが、まず、各会派を代表して一名ずつ大会派順に十分以内で発言していただき、その後、順序を定めず自由討議を行いたいと存じます。  発言時間の経過については、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。  それでは、まず、船田元君。
  39. 船田元

    ○船田委員 自由民主党の船田元でございます。  憲法調査会におけるこの一年間の議論に参加してまいりまして、現在の日本の置かれた状況を踏まえ、将来の私たちの生活をよりよくするためには憲法の見直しが必要であるということを改めて認識いたしました。  日本国憲法が施行されてから既に五十七年が経過しましたが、かつての憲法論議は、主に制定経緯に着目して憲法改正を唱えるいわゆる押しつけ憲法論であったり、逆に、憲法の見直しを一切拒絶する不磨の大典論であったりと、両極端に分かれておりました。しかし、日本国憲法は戦後の我が国に定着してきていると同時に、憲法自体が改正を予定した条項を置いていることから、時代の流れに伴い、憲法をよりよいものに改正していくことは当然のことであります。  そこで、我々は、いわゆる憲法古着論、すなわち、憲法規定を個別に検討し、国際情勢の変化や権利観念の進展などにより現実に合わなくなってきた部分、つまりほころびや汚れを直していこうということでありますが、このような考え方でこの議論を進めてきたものと自覚しております。  現行憲法について見直すべき部分は多々あるものと考えますが、憲法の条項と現実との乖離が指摘される九条について述べますと、平和憲法の根幹は維持しつつ、個別的自衛や集団安全保障のもとでの実力行使はこれを明記することが必要だと思っております。集団的自衛権については、それが我が国の防衛の目的のために必要不可欠な場合など、極めて限定的に認めるという方向が望ましいと考えております。  天皇制に関しましては、象徴天皇制を存続することはもちろんですが、国事行為と私的行為の中間として、天皇家の祭祀や国民的行事への御出席など天皇の公的行為を憲法上位置づけ、日本国及び日本国民統合の象徴についての機能を高める必要があると考えます。また、皇位継承につきましては、従来どおり法律にゆだねるべきと考えますが、天皇家の現状や男女共同参画社会の進展を踏まえ、女性天皇の実現に道を開くことが望ましいものと考えております。  国民の権利及び義務につきましては、権利の行使の裏腹には義務の履行が伴うことや、他の人権との調整を含む公共の福祉との調整が必要であることをもう少し強調すべきであると考えます。また、共生社会において他の人の権利や社会利益との調和がとれた権利の行使が必要であり、このような観点からすると、新しい人権及び義務として、環境権と同時に良好な環境を守る義務、個人のプライバシー権と同時に他人のプライバシーを守る義務などをつけ加えるべきであります。  また、財産権の制約に関する議論として、近年、市民が快適に生活をする心地よさや美しさが重視されるようになってきたことから、景観に一つの価値を認め、これを保全する権利や義務をつけ加えることも考えるべきだと思います。  国会の二院制につきましては、先ほども議論がありましたが、我が国の歴史や政治風土にかんがみて、そのメリットを生かすために存続すべきと考えますが、その際、衆議院は予算中心、参議院は決算審査中心とするなど、明確な役割分担が必要だと考えます。  また、内閣総理大臣につきましては、内閣のすべてを代表する存在として、さらに権限を強化し、政治にスピード感を与えるべきだと考えます。  司法に関しましては、違憲判断を的確に行えるよう、最高裁とは別に憲法判断を専ら行う憲法裁判所を創設することも、常に憲法と我々の生活や政治、行政を近づけるという観点からは検討に値するものと思います。  財政規律に関しましては、短期的な財政均衡を規定することは行き過ぎであるとしても、国家財政を健全に保つべきだというプログラム規定として憲法上明記することは可能であると考えます。また、予算の単年度主義は、その執行に無理を生ずるおそれがあるため、予算の一部繰り越しを認めるべきであると考えております。  地方自治に関しましては、まず、現行憲法上明かでない地方自治の本旨の内容を明らかにすることが求められております。この点、地方のことを住民みずからが決定するという住民自治と、地方が中央の意思に拘束されずに自立的に地方のことを決定するという団体自治が考えられます。住民自治の意義を軽視することはできませんが、私は、現在の地方分権の大きな流れを踏まえますと、団体自治も同等に重視して、地方自治の規定を整備することが必要であると考えます。その具体的な担保として、道州制の導入と地方税財源の確立を憲法上明記する必要があると考えております。  さて、私は本年、憲法調査議員団の一員として、北欧及びEUを調査してまいりましたけれども、その際、欧州では議会オンブズマンが大きな役割を果たしていることを強く実感いたしました。国民の権利救済の補完的な措置として、我が国でも、行政型に比べ第三者的な色彩の濃い議会型のオンブズマンを導入していくべきではないかと感じました。  また、欧州連合の各国において、各国のアイデンティティーを維持しながらも、共通の諸課題に対し、自国の主権を一部移譲して共同対処を図ろうとしております。これは民主主義の新たな挑戦であると感じました。日本においても、将来のアジアを中心とした地域的統合を考えるようなときには大いに参考にすべき点だと思いました。  なお、現在、各党においても憲法論議が活発になされており、また、来年秋には我が党として憲法改正草案を取りまとめる予定であります。このような事情を踏まえ、また、憲法が当然に予定する法制度の整備を図るという観点から、憲法改正の国民投票の実施手続を定める一連の法制度の整備を早急に行う必要があると痛感しています。今後、各政党間で精力的に議論、検討を加え、早急に結論を得るように努力しなければならないと存じますが、最高法規である憲法の改正手続でありますので、できるだけ早い時期に超党派で真摯な論議を行い、制定に向けて一体的に取り組んでいくことが必要であると思っております。  最後になりましたが、我が国は、戦後の混乱期から復興し、世界的に例を見ない高度経済成長を経験しました。しかし、現在は、バブル経済崩壊後のデフレに今なお悩まされ続けております。また、社会のモラルも崩れ、失われた十年、いや十五年と言われるような状況であります。他方、国際的にも、東西冷戦構造の崩壊に伴う地域紛争の多発化防止や我が国が国際社会において果たすべき役割についても、現行憲法は十分にはその準備をしていないと考えております。  私は、このような閉塞状況を打開するためには、やはり、国民生活をよりよくするための装置としての憲法を適切に見直すことによって、日本社会全体を早い段階においていわゆるリセットをするということが当然ながら必要である、このように考えております。今後とも憲法論議を深める必要を改めて痛感いたしました。  ありがとうございました。
  40. 中山太郎

    ○中山会長 次に、枝野幸男君。
  41. 枝野幸男

    ○枝野委員 民主党の枝野でございます。  憲法調査会における議論もことしの後半で五年目に入りました。この間、憲法調査会の中山会長初め委員各位の御尽力と、おいでいただいた参考人や公述人の皆さんなどの御協力によって、憲法に対する議論が一定の前進をしたことは高く評価をすべきであると考えております。  それは、従来、憲法に対する議論が大変抽象度の高い、あるいは時として感情論的ともとられかねないような議論が大手を振っていた時代が長く続きましたが、本調査会における議論も一つの大きな要因となり、特にことしの議論は、それが大変具体的あるいは論理的な議論へと変化をする兆しが大きく見られたのではないか、このように受けとめております。その結果として、憲法の抱えている論点について、かなり具体的なものが明らかになりつつあるというふうに位置づけております。  また、ことしのこの憲法調査会においては、先ほど船田幹事からもお話がありましたとおり、ヨーロッパ各国を訪問、調査団として派遣をさせていただきました。その具体的な中身については既にここでも報告、議論がなされておりますが、そこのところで必ずしも十分に出ていなかった点として、EUが憲法を制定するに当たってのその合意形成のプロセスというものは、私どもがこれからの議論において十分に参考にすべき、あるいは、言い過ぎかもしれませんが、見習うべき点が多いのではないか。  すなわち、EU憲法においては、日本の国内における意見の幅以上に利害関係上違いがあるはずの主権国家の二十五カ国において一つの合意を得ております。また、欧州議会においては、日本以上にたくさんの政党、しかも幅のある政党があるにもかかわらず、そうした中での努力によって合意形成を得てEU憲法案は制定をされております。ここに至る合意形成に向けた政治力あるいは粘り強い努力というようなものについては、これから我が国が憲法について議論をしていく上においては大きく参考にすべきではないか。  特に、今の日本国憲法においては、憲法改正の発議においては衆参両院で三分の二以上を要する、こうした規定になっております。もしも改正ということを想定するのであるならば、国会における主要な政党が一致をできるためのプロセスというものは、相当な工夫と努力がなければ簡単ではない。そこのところは、EUのプロセスというもの、これは今回の調査にとどまらず、日本からも改めてさまざまな形で検証し、参考にしていく余地があるのではないかというふうに考えております。  さて、こうした一定の憲法に関する議論、そしてこの調査会における議論については、前進し、評価すべき点が多々あった一方で、残念ながら、憲法をめぐる議論、憲法にかかわる議論について、懸念を持たざるを得ない点についてこの場で指摘をしておきたいというふうに思っております。  一つは、憲法典の問題と憲法附属法の問題との整理、仕分けというものが、残念ながらまだ十分にされないままの議論がなされております。つまり、現行憲法においても十分対応可能である部分について、法律による対応を怠っている一方で憲法上の論点として取り上げるという側面が非常に目についております。  具体例を挙げますと、いわゆる新しい人権に関する問題、例えば知る権利であるとか環境権であるとかプライバシー権であるとか、こうした新しい人権を十三条ではなくて明文で規定をするということは、それ自体一つの大きな意味を持つことでありますから、このことを議論することを否定するものではありません。しかしながら、同時に、これら権利の実質的な保障については、現行憲法上においても、法律レベルの整備においてもっともっとこの人権保障の実を高めるということは十分に可能であります。そうした努力をする一方で憲法典に明記をして位置づけをはっきりさせるということが議論の本来の筋道であって、法律上の実質的な保障に向けた努力を怠っていながら憲法に書きましょうという議論というのは、少し本末転倒ではないかというふうに思っております。  もう一点例を挙げますと、地方分権をめぐる論点であります。例えば、道州制の話、あるいは地方の課税自主権の強化であるとか、一般的にさらに地方の権限の強化というような議論は、この場等においてもよく出される話であります。これまた憲法典にきちっと明記をしていくこと、これは重要な意義があると考えております。  特に、三権分立という言葉が使われますが、憲法にはどこにも三権分立という言葉は書いておりませんし、憲法学者も、最近の有力な中では三権分立とは言っておりません、権力分立原則であります。その権力分立の意味は、国政において司法と立法と行政を分立させるという意味と同時に、諸外国の例を見ても、中央政府と地方政府との間で権力を分立させて、そして、それぞれの政府、中央政府、地方政府それぞれに主権者である国民が公権力行使について委託をする。憲法典上しっかりとその仕分けをするというのは、当然重要なことであるというふうに思います。  しかし、現行憲法においても、この地方分権、例えば道州制を導入するにしても、あるいは課税自主権であるとか権限を強化するにしても、現行憲法上でも法律事項で十分に今以上の前進は可能であります。こうした努力あるいは具体化が、全くと言っては反対意見もあるかもしれませんが、必ずしも十分に進んでいない状況で憲法典の話だけをしても、実は実体を伴わないことになります。  あえて申し上げますが、人権の話にしろ分権の話にしろ、あるいは統治機構一般の話にしても、憲法典を仮に変えた場合、例えば分権について言えば、道州制導入のためには、法律レベルのところで、そのための法整備、それに伴う実際の行政事務の移行手続にどれぐらいの期間がかかるのか。常識的に考えて、半年や一年でできるものではありません。  例えば、憲法典で道州制ということの議論をするのであるならば、そうした改正の、国会の発議に先立って、最低でも同時に、例えば道州制導入下における地方自治法等の大改正、抜本改正の法整備がなされる予定がされていなければ、憲法は変わったけれどもそれを施行するまでに三年も五年も十年も、例えば統治機構一般を全体に変えるとなれば、それこそ五年、十年の移行措置が、施行までの期間が必要になりかねないということを十分に考慮された議論がなければいけないというふうに私は思っております。  もう一点、大変残念な話でありますが、憲法は立憲主義に基づいて、法の支配に基づいて、ルールに基づいてこの国を運営しよう、そういう仕組みでありますけれども、最近こうした視点が軽視されている点が目につくということをこの機会に指摘しておかなければいけないと思います。  一点は、もう既に有名になりました、自衛隊のいるところが非戦闘地域であるという総理答弁であります。  これは、どなたもおわかりのとおり、法律上の要件と効果があべこべの議論でありまして、この議論が成り立つとすれば、自衛隊が出かけていけば世界じゅうどこでも戦闘地域はなくなってしまうという議論になってしまうわけでありまして、もちろん、そんなことを言っているわけではないとは思いますけれども、この要件と効果をあべこべ、むちゃくちゃにするというような、法治主義というか法の支配に対する無理解な発言というものは大変危険であると思っております。  最近、世の中一般に、見つからなければ悪くないというような風潮がはびこっておりますが、処罰されないという法的効果で自分がやっていることは許されることなんだという要件の充足を導くという意味では、自衛隊のいるところが非戦闘地域であるという理屈と全く同じであります。  まさに、こうした発言を総理がされているというのは、国民の遵法精神を率先して崩している行動であるというふうに強く批判せざるを得ませんし、こうした法の基本的なルールを理解しないもとでどんな憲法をつくったとしても、その憲法自体が守られないのでは意味がないということを指摘せざるを得ないと思います。  もう一点、自衛隊の多国籍軍参加について、憲法解釈が一夜にして変更をされております。もちろん、私は、憲法の時代による変遷を否定する立場ではありません。また、現在の政府の憲法解釈が正しいとは思っていない立場であります。また同時に、内閣法制局は憲法解釈を変更したのではないということで、大変苦労して一応の理屈をつけたことも知っています。  しかしながら、大きく見れば、少なくとも国民的視点から見れば、多国籍軍には自衛隊は参加できないというのは、これはどなたが言っていたんではなく、今の政府そのものが言い続けていた話が、あれ、一夜にして十分な説明も議論もないままに変更されたという一般の国民からは受けとめになると思います。これを認めたのでは、どんな憲法典をつくろうが、その文言は空洞化し、意味をなくすものであります。  今回は、少なくとも事前に十分な説明と議論の時間が確保され得た状況でありながら、こうしたやり方をとるというのでは、憲法を議論するための資格を欠いていると言わざるを得ないと思っております。  こうした危惧せざるを得ない点がありますので、こうした点について十分な留意をした上で、EUに見習ったコンセンサスをきちっととる、国民を巻き込んだ議論へと来年は向けていきたい、こんなふうに考えております。  以上です。
  42. 中山太郎

    ○中山会長 次に、太田昭宏君。
  43. 太田昭宏

    ○太田委員 憲法調査会がスタートして五年が経過をし、来年の一月十九日にはまさに五年になります。きょうは、この一年の締めくくりという題をいただいておりますが、この五年間、中山会長を初めとして、ほかの委員会とは違って毎週議論が行われてきたということは、私は、大変意義のあることであるということで、多くの方々に感謝を申し上げたいと思っております。  当時、憲法制定過程の調査から始まったと思います。そこで、いわゆるアメリカから押しつけられた憲法というような観点がそれまでは述べられていたんですが、そうしたことよりも、日本国民がその中で選び取ったという主体意思というようなことが表明される中で、むしろその背後にある思想というものが、いわば”日本思想”というようなものの上に立脚する憲法であるのか、欧米的な憲法であるのかというような、憲法を制定する精神思想というものについての議論というものが行われてきたというように思います。私は、今後の論議においてもその辺をもう少し掘り下げた論議が必要であるということを痛感しております。  二十一世紀日本の国のあり方ということが、次にテーマとして論議をされたと思います。国の形をどうするのかという未来志向の憲法論議でなくちゃならぬということはもちろんでありますが、しかし、その内容を考えてみると、二十世紀の前半が領土等の覇を争うという意味での五十年であったとするならば、二十世紀後半の五十年は富というものを基軸にして、富における覇を争う、競うという五十年だったと思いますが、二十一世紀はやはりアイデンティティーを問うという時代になったんだと思います。  サミュエル・ハンチントンは文明の衝突ということを言っているわけですが、私には文明と文化というものを合わせて、むしろ文化の衝突、あるいは文明・文化の衝突の時代という角度を除いて二十一世紀というものの現実を見ることはできないのではないかというふうに思っております。  そうである以上、これからの憲法論議というものは、国民的な論議というものが必要であるし、ましてや日本においても文化の多様性とか地域における文化というものがあるわけですから、各地域の意見を聞く、あるいは各界各層の意見をより聴取するというような形で、憲法論議というものをこれからしていく必要があるということで、憲法調査会のメンバーが一段とそうした努力をしていかなくてはいけないのではないかというふうに思っております。  きょうは、締めくくりというお話をいただいたものですから、気になる二点だけ申し上げたいと思っております。憲法の構成にかかわる問題でございます。  第一は、憲法三原則と言いますが、その中核は第十三条の個人の尊重ということだと思います。アイデンティティーにかかわる以上、そうした憲法第十三条の個人の尊厳あるいは尊重が大事なんですが、公というものが欠けている、個人が利己になり果てているという議論がございます。現象的には全く私はそれは踏まえるべき意見であろうというふうに思っております。  しかし、個人個人が切れていると。人は我の世界と我々の世界という二つを生きていると私は思います。人間という言葉にしても、東洋思想においてはジンカンと読んで、人と人との間という、社会というものを含めた人間観というものに立っていると思います。同時に、人間論だけでなく、人と自然が切れてきているという、ここのところがまた大事であろうと思います。そういう意味で、自然あるいは動物植物等も含めた生命の尊厳ということが大切だと思います。  こうした生命の尊厳や人間の尊厳に立脚した上での個人の尊厳という観点に立っての、屹立した人間観に立った上での個人の尊重という概念を、私はむしろ鮮明に、前面に押し出すということがこれから大事なんであろうというふうに思っておりまして、個人の尊厳なくして公を求めてもそれは意味をなさないということを、私はきょうは第一に指摘しておきたいと思います。  もう一つは、国家国民の問題でございます。現憲法は、個人の尊重という概念の上から国家を、国家権力を縛るという構成になっております。したがって、国民権利が多く、国民には権利が多く義務が少ない、こういうふうに言われているのは当たり前の話であろうというふうに思っております。  私は、ここのところを超克するに当たっては、やはり個人とそして国家が対立する概念ではないという、そうした論法ではなくて、ここの場所でも何度も申し上げてきましたが、むしろ責任の概念という、権利義務プラス責任という概念を入れて、三つの概念の上から物を考えていくという方向性がいいのではないかというふうに思っております。国家の責任ということを明確にするということでございます。国民義務とか責務ということを求めるという、あるいは国民に責務を求めるというのではなくて、主権者たる国民に対する責任という、国家主権者たる国民に対する責任というところが、現憲法に非常に不明確になっているんだというふうに思います。  憲法国家を名あて人としているわけですが、権利義務国民権利を認め国家がそれを実現する義務を負うというものと、もう一つは、公益、公の利益を国家が実行していく責務がある。つまり、公益を実現する責任を明確にしていくということをもって、私は今後の憲法論議というものをする必要があるというふうに思っております。  きょうは、その二点、御指摘させていただきまして、論述を終わらせていただきます。
  44. 中山太郎

    ○中山会長 次に、山口富男君。
  45. 山口富男

    ○山口(富)委員 日本共産党の山口富男です。  私は、ことし上半期につきましては六月十日の調査会で発言しておりますので、この秋の調査会を中心に振り返りたいんですけれども、秋の調査会は三回の公聴会を中心とした調査が行われました。憲法についての調査という点から振り返りますと、私は、二つの重要な論点が示されたというふうに考えます。  第一は、憲法九条と海外での武力行使をめぐる問題です。  公述人として来ていただいた宮澤元総理は、日本国憲法について、「この憲法が二十一世紀に生きていける憲法であってほしいし、また、そのように運用されることができるだろうというかなり強い希望を持っている」と見解を示し、特に、九条については次のように述べました。「九条が過去五十年余りの間その務めを果たしたかどうかということですが、私は結構果たしているというふうに思います。」「私は、どういうことがあっても我が国は国外において武力行使をすべきではない、そのことは憲法がどうなろうと私は基本でなきゃならないと考えております。」どういうことがあっても国外において武力行使をすべきではないという宮澤氏の指摘は、長年国政に携わってきた方の発言として、極めて重い意味を持つと思います。  同じ日に、浅岡公述人も次のように述べられました。「国際協力のための憲法九条改正といいますところは、裏を返せば、自衛以上の武力を行使する、あるいは、侵略と隣り合わせあるいは区別がつかない武力行使をするための憲法改正ではないのかと考えるのが理論的かつ自然ではないかと思うのです。このような改正は慎重にお願いしたいと思います。」  このように、海外での武力行使を是認しないという意見は、宮澤、浅岡両氏にとどまらず、何人もの公述人の方から、いろいろな角度で述べられたものです。  年配の方は、戦争体験に基づき、生きているうちに平和のことを訴えたいとおっしゃる。また研究者は、福祉社会をつくるとの観点で平和を求める。ある方は、戦争が最大の環境破壊との立場で九条の擁護と海外での武力行使反対を表明されました。医師会の方は、人の命と健康を守る医師の立場から、武力行使に対しては断固反対の立場をとることを一言申し上げておきたい、このように述べるといったぐあいでした。最高齢の公述人だった日野原氏は、自衛隊を危ないところに送ることにストップをかけながら、日本の行き方を考えなければならないと強調されました。  憲法というものは、その運用と解釈において、常に現実との緊張関係をはらむものです。こうした意見が一つの流れとなった背景には、イラク戦争と、国際人道法にも反する米軍などの民間人攻撃、自衛隊派兵をめぐる一連の事態を前に、改めて公述人の方々が憲法九条と日本の歩みと現状を考えた結果だと思います。そして、より根本的には、九条については、これを守るという世論が引き続き多数であることを挙げなければなりません。  憲法九条について軽々に変えてほしくないと述べた武村元蔵相は、「PKOまではともかくアフガニスタン、そして今度のイラク、この辺はかなりボーダーラインを越えつつあるんではないか、そういう、私にとっては危機的な見方をいたしております。」と表明されましたが、これは、その端的なあらわれだったと思います。  私自身、若い学生の方が、イラクの事態を前にして、改めて九条の示す方向は間違っていないと述べ、次のように言葉を結んだことに胸を打たれました。「自分も含めた、これから社会に出て日本や世界の未来を担う大学生が、将来、日本の憲法九条を誇りにして世界で活躍することを望んでいますし、私以外の若い学生も同じように望んでいることを信じたい」、こういう発言でした。  憲法調査と言うならば、憲法の平和原則、より広くは、国連憲章の平和のルールに反してイラク戦争を支持し、自衛隊派兵を継続するという今日の深刻な事態についての広範かつ総合的な調査が欠かせないと思います。私は、この機会に改めてイラクへの自衛隊の派兵延長の中止を強く求めておきたいと思います。  この間の調査で示された第二の重要な論点は、立憲主義の問題でした。  立憲主義の問題では、この本筋をあいまいにしてはならないという指摘が、ことし前半の調査会でも繰り返し強調されたことにつきまして、私は六月十日の調査会での発言で事例を挙げて詳しく述べました。きょうちょうど事務局がニュースの合本を配付しておりますが、この中に収録されております。  今回の公聴会の中でこの問題を中心に据えたのは、関西大学の村田公述人でした。村田氏は、立憲主義について、憲法による権力の拘束、憲法に基づく政治の原則と特徴づけました。そして、授権規範、制限規範、最高法規という規範的特質を示した上で、人権尊重主義、国民主権、平和主義という憲法の民主的運用を行うよう強調しました。立憲主義の本質を大切にするという点では、浅岡公述人も、ここに日本国憲法の基本があると強調していました。  さて、村田氏は、意見陳述の中で、日本国憲法は民主的かつ立憲主義的な解釈、運用を受けているとは言えない状況にあると詳しく述べましたけれども、次のように結論を導いています。「必要なのは改正ではなくて、そのような解釈、運用であると考えます。日本国憲法は、決して寿命が尽きたわけではなく、むしろまだまだ使いこなされていないと言えます。現実に合わないから憲法を変更するというのは、極めて安易で倒錯した考え方ではないかと思われます。憲法の解釈、運用を正すことが先決事項であると考えます。」これが結論でした。  こうした指摘を踏まえれば、憲法の先駆的な内容を明らかにする調査とともに、立憲主義の立場からの日本の現実政治の点検が極めて重要な調査になると思います。この点は先ほど枝野幹事が、角度は違いましたけれども指摘された点です。憲法の平和主義と立憲主義の立場を守れという意見は、ことしの年間の調査会を通じまして、ある種の通奏低音だったと言ってよいと思います。  もともと調査会は調査の機関であって、憲法改定案のための作業をするところでも、憲法改定を前提に置いて議論をするところでもありません。議案提出権を持たないことを確認して発足している以上、調査機関としての立場を貫くことが立憲主義の見地からの当然の要請であることを、この機会につけ加えておきたいと思います。  立憲主義の本流に立つ日本国憲法は、戦争と戦力、交戦権を否定した憲法九条など、恒久平和主義の点でも、また主権者国民の人権を豊かに多面的に保障している点でも、今日の世界において誇るべき内容と値打ちを持っています。今必要なのは、憲法の改定ではなく、憲法を土台にして現実政治を改革すること、そして二十一世紀の日本の国づくりに、平和、人権、民主主義の憲法原則を生かし、具体化することだと思います。その点で、この秋の調査会で出された二つの重要な論点の提示というものは、そのことを裏づけたものだと思います。  以上で発言を終わります。
  46. 中山太郎

    ○中山会長 次に、土井たか子君。
  47. 土井たか子

    ○土井委員 今国会はいよいよあす三日をもって会期を終了するという予定でございますから、この臨時国会を顧みての感想も含め、これからのありようについての希望を含めて申し上げさせていただきたいと思います。  この臨時国会の中では、三週間にわたる公聴会が大変意義があったと私自身は思っております。  公募に対して、応募された方々が三十人、数からいったら多くないと私は思っておりますが、この三十名の方々がどういう御意見を持っておられるかという、その応募されたときのレジュメというのがあったら、ぜひ勉強のために読ませていただきたいという希望を申し上げたところ、即刻それを実行してくださいました。  私は、その三十人の方々のレジュメを読んでみましたら、あらまし、十二人の人たちが改憲が必要と言われておりました。十四人の人たちは、まず改憲よりも先にこの憲法を実施することのための努力こそ必要と言われておりました。その十四人の方々のおおよその焦点は、やはり憲法第九条と前文のところにあることがはっきりいたしておりました。  その中身については、やはりそれぞれの、十四人の方々が、過去の自分自身の経験に照らして、あるいは自分自身が培ってこられた世界観に照らして、あるいは現状の毎日のニュースを通じて伝えられてくる国際情勢に対して、思いのたけを、九条をしっかりこれから生かしていくことこそ日本のとるべき道という、中身にしっかり込めて言われておりまして、読むうちに非常に感動する文章がございました。  あと、残るのは四人なんですが、この三十人の中の四人の方々は、改憲が必要なのか、今憲法を変えるべきでないと思われているのか、そこが不明でございます。ただしかし、新しい権利等々については、これに対して大変意欲的なところもこの四人の方々の中には述べられているところがございます。  三十人の応募された方々の文章を見まして、非常に参考になったことをここで申し上げさせていただきたいと思うんです。  さて、憲法調査会を憲法改正起草案を審議する委員会というふうに世の中では思われている方があるわけですけれども、やはり、その辺は間違いのないようなことを世の中にしっかり知っていただくという機会を、この調査会としては努力をさらにする必要があるのではないかという気が大変強くいたします。  憲法調査会は、日本国憲法について広範かつ総合的に調査を行うために設置されたというのは、この規程の一条を見ればはっきりしているわけでございますから、疑いの余地はございません。憲法の尊重擁護義務を持つ国会議員による調査であるということからいたしますと、現行憲法の理念の実現のための調査を、客観的に、しかも公正に、事実に即して実施するというところにこの調査会の役割と中身についての意義があると私は思うのです。したがって、調査会の任務はあくまでも調査でありまして、憲法に規定された尊重擁護義務を踏まえて、現行憲法の理念の徹底実現のために万全の方策をこそ検討すべきであると思うのです。  数多い憲法にかかわって起きました問題を洗い出して、どこにこういう事象が起きる原因があるのかということを明らかにしたり、日常の国民生活の中で憲法がどのように扱われているかということを検証したりする取り組みを強化していくべきだと思うのでございます。  二十五条の生存権を求めた、訴訟からいえばいわゆる朝日訴訟。九条とのかかわりを求めた自衛隊に関する訴訟。わけても、昨今はイラクに対して自衛隊の派兵が違憲であるという訴訟が全国でもあちらこちらで提訴されております。また、政教分離とのかかわりを求めた訴訟、そういう幾つかの憲法をめぐる訴訟というのが憲法との関係で起きておりまして、これらの訴訟を真摯に見詰め直すということが、一つは憲法の精神の具体化を考える上で重要な作業であるようにさらに思います。  憲法上、言うまでもございませんけれども、法律の制定や政策の立案に当たって、何か制約になったことがあったのかどうか、憲法上支障を来すようなことがあったのかどうか、それもまた検証する必要があると思います。  地方分権は言うまでもございませんけれども、環境権とか知る権利とかプライバシーの権利とか、新しい人権と言われているそれぞれが、今の憲法に規定されていないといった主張もございますけれども、これらの問題が進まないのは憲法が足を引っ張ったためではございませんで、官僚の抵抗やあるいは政権の側が消極的であったためだったということが大半であります。何を憲法に盛り込むのかということより、したがって、憲法の精神に沿ってそれを具体的に生かしていく基本法や法制度をきちんとつくり上げることの方が先決問題ではないんでしょうか。  そもそも、憲法と法律は性格が違います。法律は国家権力による強権力を持った法規範でございますし、法律とは違って憲法の場合は、国民を縛るものではなく、国家権力に歯どめをかけるということが中身を生かすときに問われる問題になります。国民ではなく、国家を縛るものだというふうに申し上げてもいいのではないんでしょうか。公務員には、総理大臣を含めて、憲法尊重擁護の義務、憲法第九十九条がございまして、多数意見でも奪えない価値、それは基本的人権を保障するという中身になっております。  このごろ法の支配がよく言われるわけですけれども、かつては力による支配、武力の支配が物を言いました。この武力の支配によって、人権が保障されたり、またいろいろな紛争が解決されたという経験が今までありません。むしろ、武力や力の支配によってさらに問題は増幅されていってしまう、悪循環であるということに対する経験を強く持って、この法の支配ということが大変大切であって、それ自身は権力者の意思ではなく、あらかじめ定められた法によって国家統治を行うというところに大事な問題があるということをしっかり認識した上で、現在においては、立法権を含めたすべての国家権力が憲法という法に拘束されるということを意味しているわけですから、原点に戻って、十二条、十三条、さらには九十九条の憲法尊重擁護の義務ということが具体的に認識をされるというのが大変大切なこれからの憲法のありようとしての要因だというふうに私は思っております。  そこで、この憲法調査会は、五年をめどに最終報告書を用意しなければならないわけですが、五年というと、先ほど枝野さんも言われましたけれども、もうことしから来年にかけてです。会長はよく、昨今、インタビューなんかをお受けになって、おっしゃっているところからすると、恐らくは来年に入りましてこの問題に取り組まなきゃならなくなるはずでございますが、はっきりした目安とかスケジュールというのがまだわかりません。見えてまいりません。  したがって、それは早い機会に、最終報告書というのはいつごろというのを公式に当調査会にお示しをいただいて、最終報告書のありようというのは、憲法調査会全員でひとつそれに対して検討する、意見を出すという機会を改めて持たせていただくことができますように、その辺の御努力をぜひ申し上げさせていただきたいんです。  ありがとうございました。
  48. 中山太郎

    ○中山会長 これにて各会派一名ずつの発言は終わりました。     ―――――――――――――
  49. 中山太郎

    ○中山会長 次に、委員各位からの発言に入ります。  一回の御発言は、五分以内におまとめいただくこととし、会長の指名に基づいて、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いいたします。  それでは、御発言を希望される方は、お手元のネームプレートをお立てください。
  50. 野田毅

    ○野田(毅)委員 いよいよ、この憲法調査会ができてもう五年になるわけでございますけれども、中山会長には、大変御苦労さまでございました。  現在の日本国憲法が国会に政府から提出をされて、そして貴族院で修正されて成立するまで、国会における審議期間が百八日間でできたわけです。この憲法調査会だけで、もう五年になるわけであります。やはり外圧がなければ、日本は自分の国のことを自分たちで決められないんだろうか。  日本が独立を回復したのが昭和二十七年の四月二十八日、サンフランシスコ講和条約が発効して、GHQが閉鎖になりまして、名実ともに独立を回復しました。もうそれから五十年以上も経過をいたしております。中身についてはいろいろありますけれども、きょうは申し上げません。  ただ、押しつけがどうだとかいろいろあるんですが、通観をして感じますのは、憲法草案の中で先入観が、かなりのバイアスを持ってあったのではないか。一つは、日本という国は、大変封建的な国であるということ、そして大変非民主的な国であるということ、そして好戦的な軍国主義優位の国であるということ、そういった大前提からこの日本国を改造しよう、そういう視点からいろいろな形で盛り込まれておると思います。  私どもは、それぞれの条項を見まして、それまでの日本が、では、全然民主的ではなかったかというと、そうでもない。聖徳太子の十七条憲法の話じゃありませんが、私は、この和をもってとうとしとなす、万機公論に決するという、いわば民主主義の本来の原理というのは、世界のどこの国よりも先に堂々ときちんとした形で根づいてきたし、それは時代を超えて受け継がれてきたと思っています。決して、日本の民主主義は、戦争に負けてアメリカから与えられたものとは、私はそんな悲しくは思いたくないです。例えばの話ですけれども、一つはそういうことも言えます。  そういう意味で、そろそろそういったバイアスから卒業して、そして新たな、もう既に二十一世紀に入っていることですから、そういう中で冷静に日本の国つくりをみんなで議論をしてやっていこうという、そのための憲法調査会であったと思うので、そろそろ五年を経過して、来年はいよいよ戦後六十年を迎えるわけであります。そういうことを思いますと、ぜひこの調査会が、国民にしっかりした一つの案を提示して、国民全体に大きく議論をしてもらうという形に歩みができますように心から期待をいたしておりますことを申し上げます。  ありがとうございました。
  51. 坂本剛二

    ○坂本(剛)委員 私は、今回初めて参加をさせていただいておりますが、今までいろいろな角度から、私なりに日本国憲法について見てきたわけでございますけれども、言われるように、制定の状況が、例えば、マッカーサーが、アイゼンハワーと大統領選挙の先陣を争うために、慌てて、急いで十二日間で制定したとか、あるいは、ポツダム宣言を起草するときに、ポツダム宣言の起草者は、当時、日本人以上に日本に精通したアメリカ人によって起草され、その際、日本の国力、特に軍事力を満州に進攻する以前にまで引き戻す、こういうことを前提にポツダム宣言が起草され、それを原型として憲法起草に当たったとか、いろいろなことを実は言われておるわけでございます。  私は、日本国憲法は、間違いなく敗戦、占領下において占領政策がスムーズに進むことを意図した中で制定されたもの、このように思っております。今こそこの憲法全文をもう一回洗い直し、過去の一時期に強い反省を込めながら、二千六百年の歴史と伝統による民族の誇りというものを前面に掲げ、それによって、国際社会の繁栄と平和のために国際社会の中心的役割を果たす国家なんだということを高らかに日本国民に私は宣言をすべきじゃないのかな。  今の日本の若者は、日本人としての自覚も誇りも、かけらも見られないんですね。イラクが、議会が制定されまして、そして憲法を制定するときには、アラブの誇り、アラブの大義、これを全面的に憲法の中心に据えつけてくるんじゃないかな、こう思っております。どこの国もそういうものですよ。それは、占領下でつくられた憲法と自主憲法の差が歴然と今の憲法にはあるということを申し上げたいと思います。  したがいまして、もう五年間、国会でもってこの議論が行われてきたわけでありますから、ぜひ改憲の方向で、しかも今の憲法よりもっとよく改憲する、そういう方向でお取りまとめいただきたく最後に申し上げたいと思います。  ありがとうございました。
  52. 古屋圭司

    ○古屋(圭)委員 自由民主党の古屋圭司でございます。  この憲法調査会も、来年はいよいよその報告書をまとめる、こういう段階でございます。この間五年間、優に四百時間を超える議論がなされてきました。多くの参考人の方の御意見をいただいたり、あるいは、委員みずからがそれぞれ持論をぶつけ合ったり、私は大変充実をしたこの委員会だったと思います。  確かに、この委員会には議案の提案権はございませんが、しかし、この議論をしていく中で、やはりいずれは憲法改正というのは避けて通れない、こういう思いを抱きながらこの委員会で参加をされた委員の方が大半ではないか、私はこういうふうに思っているわけでございます。  翻って、世界を見れば、例えばアメリカは十八回、カナダは二十二回、フランス十二回、ドイツ四十八回、イギリス十二回、オランダ五回、隣の韓国は八回、ノルウェーに至っては九十回、これは憲法改正をした回数でございますが、これはやはり、時代の変遷に応じてその国の最高法規たる憲法を、時代のニーズ、時代の流れに合致をする、こういう形に変えていこうという柔軟な発想があったということにほかならないと思います。  我が国においても、現在、戦後六十年を経た今、この委員会を通じて、あるいはいろいろな場で憲法についての議論がなされており、また、出版物もおびただしい量になってきております。もう既に我々は、議論、検討の段階というものを経て、いよいよ実行の段階に来ている、こういう認識を持っております。  我が自由民主党は、来年、結党五十周年を迎えます。この中にあって、我が党としての新しい憲法の中身を、全容を来年の結党五十周年に向けて提案をしたいというふうに思っております。  ここで具体的な中身についての言及は避けますけれども、この委員会においても、やはり一番議論の多かったのは、まず前文の問題、あるいは九条、そして十条から四十条から成るいわゆる権利と義務のこのバランス、あるいは国会、内閣のあり方の問題、そしてまた改正条項についてもいろいろな意見があったように記憶をいたしております。また、これからは地方主権と言われている時代の中で、九十二条から九十五条までという大変ある意味では貧弱な地方自治に関する規定、こういうものについてもやはり改正をしていくべきだという声が多かったように記憶をいたしております。  したがいまして、この最終報告書を取りまとめるに当たりましては、やはり将来の憲法改正というものを視野に入れたものが読み取れる、そういう内容をぜひ盛り込んでいっていただきたいと思いますし、また、我々もそういう視点に立って取り組んでいくべきと思っています。  やはり世論調査におきましても、そういう流れが非常に大きくなっているというのは事実だと思います。その前には、やはり何と言っても憲法九十六条、要するに、改正のための法案の整備というのがなくてはこれはスタートができません。ぜひ、この憲法九十六条に合致をした法案の整備について真剣に、そして速やかに立法府の責任として取り組むべきである、このことを申し上げて、私からの意見表明にさせていただきます。
  53. 渡海紀三朗

    ○渡海委員 自由民主党渡海紀三朗でございます。  私は、昨年の選挙後、この調査会に参加をさせていただいております。それまでに行われましたさまざまな議論についても、かなりの部分は資料で読ませていただいたりいたしておりますが、今、古屋委員もお話しになりましたように、大変中身の濃い、全般にわたるさまざまな議論がなされてきたこと、このことを高く評価させていただきたいというふうに思っております。  先ほどから議論の中で、当調査会には議案提案権はない、このお話がされております。それはそれで一つの取り決めだと思いますし、その運営の仕方等についても結構かと思いますが、いよいよここまで来て、そろそろしっかりとした議案提案権を持った委員会というものを、もちろん、報告書を作成し、そしてその後の日程に入るわけでありますけれども、つくっていただきたい。結論としてですが、ぜひそういった内容を報告書に盛り込むような議論を委員各位の間でやっていただきたいというふうに思っております。  委員会をつくるということは、何も発議をするということじゃありませんから、当然、まとまらなければ、三分の二という多数決がなければこれはできないわけでありますから、現実にそのことをつくることに、私は基本的には何ら問題がないと思います。  同様に、この国民投票に関する法制につきましても同じことでございまして、国民が投票する、そういったことが憲法保障されているにもかかわらず、その制度すらこの五十八年間にわたって整備をしてこなかったというのは、私は、立法府義務としてはこれは怠慢であるというふうにあえて言わせていただきたいと思います。あわせて、国民投票制の制定に向けての議論が今後活発に行われることを要望させていただきたいと思います。  結論から先に申し上げましたが、きょうの議論でも出ておりましたように、来年でもう戦後六十年になります。憲法制定をされましてからも既に五十八年ですかになるわけでありますけれども、そういった過程の中で、やはり世界情勢は大変大きく変化をいたしておりますし、また、国際社会における日本地位といいますか、日本も変わりました。そして、求められている役割というものも大変大きく変化をいたしておるわけであります。  そういったことに対して我が国がどういった国家像を示していくのか、また国づくりをしていくのか、その原則をやはりしっかりと、今まで議論をされておるわけでありますから、再度検証していただいて、私は、憲法というのは最高法規でありますから、国の運営、政治も含めて、これは当然憲法の中で行われなければいけないということは当たり前でありますけれども、同時に、憲法の議論というのはやはり国家像の議論であります。国の形の議論であります。日本の国が今後どういう国でありたいのか、あり続けなければいけないのかということをしっかり議論した上で、現行憲法はそのままでもそういう国づくりができるのかどうか、憲法の議論は、私の個人的な意見でありますが、まず国家像があって、その中で憲法が対応できるかという順序で整理をすべきであるというふうに思っております。  ですから、この報告書をつくる段階で、再度この委員会でもそういった国家像の議論というものをやっていただいて、そしてその結果として、先ほど冒頭に申し上げましたように、そういったことを実現していくためにも新たな委員会の設置が、これは必要であるか必要でないかということももう一度御判断をいただいたらいいと思いますけれども、私は必要であると思っておりますけれども、検討をして、おまとめをいただければいいかな、そんなふうに思わせていただいておりますことを私の意見とさせていただきます。
  54. 中川正春

    ○中川(正)委員 率直に申し上げて、こうして参加させていただいて、中間報告を前回経験をし、これから最終報告になるわけですが、今回の委員会というのは、最終的には議決権もあるいは議案の提出権もないというもとからの性質からいきますと、言いっ放し委員会なんだろうというふうに思うんです。それぞれが言いっ放して、それぞれが識者の話を聞きっ放したと。  しかし、それはそれで効果は、効果はというか、やりがいはあったと思うんですよね。聞いた上で、あっ、あっちとそんなに遠くないな、こんなふうにコンセンサスをつくっていったら、ひょっとしたらいけるんじゃないかなとかいうようなものがその中で整理をされてきたということ、それから、先ほどお話があったように、空中戦をやっているんじゃなくて、もう少し現実的なものから議論ができたということ、そんなことが非常に大きな効果はあったんだろうというふうに思うんです。  その上に立って、さらにどうするかということだと思うんですが、私は、ちょうど一つの国の歩みというのは、縦軸と横軸、縦軸に歴史があって、横軸に国際環境といいますか、その国が置かれている位置というのがあるんだと思うんですね。それをうまく組み合わせながら自分の国としての意思を決定していく、決めていく、生きざまというのをつくり上げていく、そういうことなんだろうというふうに思うんです。  そういう意味からいくと、歴史の上でも、それは、日本の場合はアメリカに占領されたということから始まって、日米関係の基軸でつくってきたわけですが、これが大きく見直される段階に来ている。あるいは、国際環境からいっても、国境というのがEUでは取っ払われるぐらいに国というもの自体の定義と、それから、特に日本はアジアとのアイデンティティーといいますか、そういうようなものも問われているというようなこと、そういう中で一つの大きな転機であることは確かなんだろうというふうに思うんです。  それだけにこの機会というのが、この国の意思をどう決めていくかというその時期に来ているんだろうというふうに思っておりまして、それだけに、ぜひこれからの議論というのは、逐条をやる前にもう一つ、そうした意味での私たちの生きざまというのをコンセンサスをつくりながら、国民に対しても、それを巻き込んで議論できるような材料を提供するような、そういう委員会のつくり方というのが必要なんじゃないかなというふうに思うんです。  では、どうやって最終的にそのコンセンサスをつくっていくのかといったら、普通は、専門家の中で憲法起草委員会みたいな、そんなものでやるような手法とか、あるいは各政党で見本を見せるような手法とか、いろいろなことがあるんだろうと思うんですが、これは私もいまだわかりません。  どんなふうにそこの部分はつくっていくのかというのはわからないんですが、とにかく、しかし、国会というのは、この議論を続けていって、私たちの将来というのを国民に対してもしっかり示していけるところまではいかないといけないんじゃないかというふうに思っております。  以上です。
  55. 柴山昌彦

    ○柴山委員 改めまして、このような場で憲法の議論ができることを大変光栄に思っております。私もこの四月まで法律実務に携わっておりましたけれども、先生方あるいは参考人の皆様に大いに学ばせていただきました。本当にありがとうございました。  科学的に申しまして、人間は、翼のないエンゼルではなく、二本足で歩く猿である。ともすると、我々は、人間の理性を過信し過ぎるとともに、ほかの生物との類似性、あるいは環境と仲よくしなければいけないという事実に気づいていないのではないか、そのように感じることがあります。  この調査会で、平和主義や教育の問題を考える際、近代初期の憲法が措定した人間の完全性を前提とした、そういった議論がなされておりましたけれども、私は現実とやはり乖離する部分が大いにあるのではないかなというように思っております。  生物は、厳しい生存競争の末、環境に適合した種を残してまいりました。そうした競争が私たち人間にとっても厳然として大切であるということを率直に認め、その一方で、公正な競争のためのルールというものをきちんと定めること、そしておのおのの個というものを包含し、そして時には個と緊張関係に立つ公の概念というものをその競争と同様に大切にしていくべきだということを、私はこの調査会の場を通して言い続けてきたつもりでございます。  先ほど中川先生がおっしゃったことと少し関連するんですけれども、憲法をもし改正するとした場合、私は二回行わなければいけないのではないかなと思っております。現在の厳しい改正条件のもとでは、やはり大勢の皆様がまずコンセンサスをつくれる、そういうような条項、例えば明文上明らかにおかしいと思われる私学助成の八十九条ですとか、裁判官の報酬の減額を認めない七十九条等のそういった条項をまず修正すること。そして、解釈が余りにも難しい自衛隊の存在など大きな問題については、最大限の合意が得られる範囲で修正をしていくべきではないかなというように思っております。  参考人質疑の中などで、憲法改正の場合の国民投票は各条項ごとに行うべきだという意見もありましたけれども、国民の十分な理解を得るためにも、改正は小幅にならざるを得ないのではないかな、そして、引き続き、あるべき憲法の抜本的な姿について、しっかりと国民とともに理解を深め、議論を深めていくべきではないかなというように思っております。  本当にありがとうございました。
  56. 田中眞紀子

    ○田中(眞)委員 無所属、民主党会派、田中眞紀子でございます。  きょうの午前中の議論もそうでございますけれども、これで今国会では憲法調査会が終わりますが、通して一番感じることを申し上げたいと思います。  それは、この国会活動、日常的なこともそうなんですけれども、この憲法の中での基本である十五条、国民主権という問題。このことを、具体的に、何度も何度も読み返してみても、どう考えても国民と公務員、要するに政と官の関係が十二分に担保され実行されていないという、この十五条が履行されていないところに今の日本の混乱というのはあるように思います。  もう一つ、四十一条で言われている、要するに民主主義の基本というものは、三権分立の中で、やはり立法府というものが大変重要であるというふうに思いますけれども、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」ということを言っていますが、実際に行われているのはどうか。実態からいくと、閣法が非常に多くて、議員立法を手がけていくということはかなり他国に比べて難しい状態にあります。  私も、自由民主党のときには三本、四本と議員立法を、無所属になって派閥に属さなくても、現実問題として法律をつくることができました。官僚の反発も相当ありました。しかし、今度違った立場になった場合に、議員立法をしようとしても、まず官僚以前に議員さんたちが、政治的な立場が違うので、立法の趣旨は正しいと思って賛同するけれども立場上協力いたしかねるというような、二面性といいますかそういう形でもって、今の立場では要するに立法はできないのだというようなことを公言する方がおられる。そうすると、じゃ、結局は閣法のようなものが優先していくようになってしまうということを考えます。  そして、国会改革というふうなことが言われて久しいわけですけれども、これはやはり、根本はそうした議員の質というものが問われているというふうに思いまして、議員立法一つするにしても、議員一人一人がかなり自立をしていて、そしてその大きな理想に向かって、将来のあるべき姿という命題を心にしっかりと抱いてその政治活動をするかどうかというところが非常に大きなポイントになってくるのではないかと思います。  最近、見ましても、多国籍軍への参加の問題でありますとか、それから自衛隊のイラク派遣の延長の問題であるとか、それから、つい直近は、国民の皆さんもあきれ返っているわけですが、院の政治倫理審査会、党ではありません、院の政治倫理審査会があっても、それが非公開であって、うやむやになりそうであると。まあ、なるんでしょう。そういうふうなことは民主主義の基本を揺るがすようなことでありまして、国民の、国民だけではなくて、与野党の国会議員のやはり不信感というものも惹起しているわけですね。  そういう意味で、民主主義の形はとっているけれども、実際の運営ではそうならずに、結果として閉塞感とか無力感が残っている。幾ら憲法で書いてあっても、それが現実には運用されていないというところに問題があるわけで、議員の資質ということも言われて、いろいろな方法があると思いますけれども、政権交代も可能になってきているし、することによってチェック・アンド・バランス、いわゆる政治の透明性というものを高めていって、そのことによって国民の政治に対する信頼もつなぎとめることができるのではないかと思うんです。  したがって、結論を申します。  十月二十八日に、国民投票について議論がございました。その中で私も言っておりますが、繰り返しますと、国民投票というナショナルレファレンダムのマイナス面というのがあって、例えば政策の一貫性が保持しにくいとか、あるいは扇動的言動やら論評が横行しやすいということ、三つ目として、少数者の意見がないがしろにされるのではないかとした危惧もありますけれども、そうではあっても、やはり、議会制民主主義というものが機能しているような体裁は整えているけれども、実際はそうではないという実態を考えた場合に、議会制民主主義を補完するために国民投票というものを導入するということをこの憲法調査会のメンバーの先生方にもよく考えていただいて、国民の目線というものをしっかりと取り込めるような議会運営を望みたいと思います。  以上です。
  57. 赤松正雄

    ○赤松(正)委員 赤松正雄でございます。  当憲法調査会も五年の歳月がもう少したつと来るわけですが、その状況の中で、私が非常に気になることを一つ申し上げたいと思います。  それは、先ほど中川委員からもお話ありましたが、言いっ放しという話ですが、私はこの調査会に議員に提案権がないからこそ、ある意味で自由に濶達な、言いっ放し、聞きっ放しというふうなことがあったんだろうと思います。  当初、私は、五年のこの調査会を経て、五年たった時点で一つの集約をして、その後どうするかという議論が五年後から始まって、各政党がその考え方を出して、さらにそこから五年ぐらい、トータル十年ぐらいの間に日本の憲法をどうするかという結論が出るのかなという感じが割としておりました。  その感じについて、そういうふうになるかどうかということを考えていくに当たって気になることは、やはりここの調査会に所属しているメンバーの、数でいえば大半の皆さんが、要するに、形はどうあれ、今の日本の憲法というものを変える方向性、私どもは加憲ということで、しばしばここでも、全面的に変えるというのはなかなか難しかろう、しかし、部分的に変えるというものを見出していくということは可能じゃないだろうかというふうな意見をいろんな角度で申し上げてまいりました。  そういう流れの中で、全く変える必要がないとおっしゃっている日本共産党の方や社会民主党の土井たか子委員の意見が非常に気になります。おっしゃっていることは私もよくわかります。つまり、現行憲法の実施状況というものをしっかりチェックする必要があるんじゃないかということを終始一貫おっしゃっております。  このことについて、私は、ぜひこの残された、実はこの憲法調査会が五年、最終報告を出すまでの実は半年に近い歳月があるわけで、もう六十年、憲法ができてからたつから、ここももうすぐ五年だから、早く早くというんじゃなくて、やはり広範囲なコンセンサスを得る必要がある。国民のコンセンサスもさることながら、国会を構成する国会議員の中におけるしっかりとしたコンセンサスづくりが必要だ。そういう部分で、二つの政党の皆さんがおっしゃっている現行憲法の実施状況をしっかりチェックするということは、私も、立場は違うんですけれども、非常に大事なことだろうと思います。残された期間の中で、あとう限りそういった部分も検証する必要は決して避けて通るわけにはいかないんじゃないか、やり方にはいろんなやり方があろうかと思いますけれども。  同時に、二つの政党の皆さんは五年間をむだに過ごしてこられたんじゃなくて、いろんな角度で検証のことを既に言っておられるわけで、そういうこともひっくるめて、残された期間に、そういう角度、つまり、今の憲法のままでいけるところはいけるじゃないか、運用の仕方、行政のありようというもので対応できることは対応できる、しかし、対応できないものもあるよねというふうな、そういう選別をしていくという作業、これは憲法改正を前提としちゃいけないどうこうというんじゃなくて、現行憲法をどう見るかということについてのその角度でもいいですから、そういうふうなしっかりとした、少数意見の皆さんの角度に立った点検をしていくことも必要じゃないのかなということを経て、そして五年後の新しい段階に入っていって国民的大論争を始めればいい、そんなふうに思う次第でございます。
  58. 葉梨康弘

    ○葉梨委員 自民党の葉梨康弘です。  私は、この臨時国会からこの議論に参加をさせていただきました。大変ハードな調査会で、大いに勉強をさせられました。昨年まで筆頭幹事を務めておりました葉梨信行も、うちではぼっとしているようでございましたけれども、改めて先輩諸氏に敬意と尊敬の念を新たにした次第でございます。  そこで、さて、私自身、かつての憲法論議については、戦前の桎梏から逃れられていなかったのではないかというような感想を持っております。すなわち、戦前にノスタルジーを感ずる人がどちらかというと改憲を言い、あるいは、戦前に拒否反応を感ずる人がどちらかというと護憲を言う。もちろん、歴史はしっかりと見据えなければなりません。そして、反省すべきことはしっかりと反省をしていかなければなりません。ただし、そろそろ戦前の亡霊を払拭しなければ、現行憲法を一人前の存在として認めてあげることが私は必要なんではないかというふうに考えています。そして、現行憲法に人権を認め、一人前の存在として認めてみると、えくぼも見えてきますし、またあばたも見えてまいります。  この臨時国会で、私は、時系列的に申し上げますと、次のような点を指摘させていただきました。  一つには、憲法十六条及び十七条、請願権などの規定が、損害の発生を前提としているゆえに、損害の発生が見えにくくなっている現代においては、国会にオンブズマン的な機能が必要ではないかということ。  二つ目は、憲法九条についても、どこまでも広く解釈できる憲法で、諸外国から見たら不気味であるという意味で、しっかりと歯どめを書き込んでいく必要があるのではないかということ。  三つ目は、権利義務について、公共の福祉の文言が、通説にあるように、他人の人権を侵害しないこととは必ずしも解釈されていないということ。  四つ目は、さらに、憲法の解釈が時の政権の一機関である内閣法制局にゆだねられているという危険性。  五つ目は、きょうの議論ですけれども、憲法十四条及び四十四条の規定が衆議院及び参議院の選出方法に差をつけることを妨げているんではないかという点。  そして六つ目は、参議院が内閣の行政運営をストップしたときに、内閣の対抗措置がないなどの点でございます。  今後さらに調査を進めていけば、現行憲法のよいところ、さらに悪いところがもっともっと見えてくるんではないかというような意見を持っています。  さきの公述人質問で私は、改憲、創憲、加憲など、現行憲法を変えようという政党は、政党としての責任として、具体案を国民に明らかにしていくことが必要であるということを述べました。国会議員として私も今後も現行憲法を素直に見詰め、平和主義や人権をどう擁護していくのか、あるいは主権者たる国民の意思をより的確に反映するためにはどうしたらいいのか、我が国の伝統文化を大切にするためにはどうしたらいいのか、そういうことを考えていけばもっと姿形のよい憲法ができるのではないかということを考えています。  これはまさに政党の責任ということになりますが、国会としてもその意味でやはり責任はあろうかと思います。このため、憲法の解釈についても、また、憲法を改正するのかしないのか、そういったことについてもしっかりと審議をしていく憲法委員会をつくっていくことが今後の進め方としては必要であると思います。  今後、私も、自民党議員の一員として、このような勉強、議論に加わってまいりたいと思います。よろしく御指導をお願い申し上げます。
  59. 二田孝治

    ○二田委員 二田でございます。  両院の制度につきましては、憲法上の規定どおり、基本的には私は賛成でございます。でありますけれども、現在のこの執行がうまくいかれているかというと、私は、必ずしもそうではない、こう思って見ております。  といいますのは、憲法上明らかに衆議院の優位という、優越性ということは保障されているわけでございますけれども、実態的に見ていった場合、その優越性というものが担保されていないな、こう思います。予算の先議権があり、そしてまた否決された場合でも予算は両院の協議により、これでも調わない場合は衆議院が優先されるということは、これは自明の理でございますけれども、さて、それを執行する場合の法律について見てみますると、いろいろな面におきましてやはり両院の法律の議決が必要であるということから、実態的な担保というものが行われていないような感じがいたすわけでございます。ということを見てみますると、むしろ条約の方が優越権があるのではないのかな、こう思っております。  二つ目に、各所で、参議院のそういったいろいろな活動のためには、どうしましてもやはりこの衆議院で行き過ぎたことを正していくということも必要でございます。でも、現在を見ておりますと、明らかに両院とも政党化していくということは、これは顕著でございます。制度もそうなっております。例えば選挙制度におきましても、政党助成金の配分等につきましても、得票率により、また数により決められていくということは、明らかに法律自体がもう既に参議院の政党化というものを認容しているというふうに見られてもしようがないわけでございますので、この辺はきっちりしていかない限りは、やはりどうしましても参議院の政党化というものはどんどんどんどん進んでいくと言ってもこれは過言でありません。これは、日本の国の議会制度にとっていいことか悪いことかというと、私は、必ずしもいい結果を及ぼさない、こんなふうに思います。  それからまた、参議院は六年という長期の任期が与えられておりますから、この間に政党に縛られない公平な判断もしていかなければならないということも、これは明らかに憲法が想定した一つの行為なんでございますけれども、このことがやはり今はもう政党化されてうまくいっていないなと思うわけでございます。  こういった面をずっと考えていくならば、もう両院が一つになってもいいという感じもいたします。それではまた、日本の民主主義というものがうまくいくのかどうなのかという大きな疑問点も生じてきますので、やはり参議院のあり方の改革というものが大きく必要じゃないかな、こんなふうなことを強く思うわけでございます。  憲法を改正するにしましても、御案内のとおり、憲法改正条項におきましては非常に高いハードルを設けておりますので、非常に難しい面があるわけでございます。でございますので、こういったものを法律で少し、もっと運用しやすいような方向ができないものかどうかというのでございますけれども、この改革法につきましても、これは両院で一致しなければできないという大きなハードルがあるわけでございますので、こういったことをやはりもっともっと研究していく必要があるんじゃないのかなということを強く感じます。  以上でございます。
  60. 松野博一

    ○松野(博)委員 自由民主党の松野博一でございます。  ここ十年間の政治分野に対する意識変化の中で一番大きく変化を遂げたのは、実はこの憲法に対する意識ではないかというふうに思います。  私の個人的な体験を通しましても、私が政治活動を始めました平成七年の時点で、候補者といいますか政治家に対するアンケートの第一問は、あなたは改憲派ですか、護憲派ですかというアンケートが第一問目でございました。そして、改憲派というところに丸をつけるのは、いわば世間から見るとタカ派的なレッテルを張られる危険性があるというような状況であったことを記憶しております。  この一年間、憲法調査会に参加をさせていただいて、公述人の方々からのお話を初め、いろいろと各方面からの意見を聞かせていただきますと、まさにこの十年間で憲法に対する国民意識というのは大きく変わってきたなというふうに感じております。その中でも、特に若い世代の改憲意識が高まってきたということに関しては、私どもは十分に注意をして、重要視をしていかなければいけない、そういうふうに考えております。  なぜ若い世代が改憲意識を高めているか。  私は、その最大の理由、一つ目は、若い世代が今日本という国に持っている閉塞感、この閉塞感が改憲意識に結びついているんであろうというふうに思います。  それは、例えば国家のありよう、統治のあり方、国際貢献のあり方、こういったものを考えたときに、例えば議論がありました二院制の問題、首相公選制の問題、また地方分権の推進や道州制の問題、こういった日本の国の形について抜本的な変革を起こしていこうという議論をすることは、すなわち憲法に関しての議論をすることに結びつくからではないかというふうに考えておりますし、日本の果たすべき国際貢献のあり方についての意識変化、こういったものも若い世代の改憲の意識に結びついているんであろうというふうに思います。  そして、もう一つの推進となっているものといいますのが、バイオテクノロジーや通信技術等の科学技術の猛烈な発展によりまして、生命倫理や人権の根源的な規定も変化がある、そう予感をさせる時期に入ってきた。この意識が、やはり若い世代の改憲の意識を推進している重要な要素でないかというふうに考えております。  私たちは、こういった国民の憲法に対する意識変化というのをしっかりと踏まえて議論をしていかなければいけないなと思いますし、議論を超えて具体的な作業に入る段階に入っているのかなと思います。少なくとも、九十六条によって規定をされております改正手続、国民投票制度は、これを実現するということは、これらの国民の意識変化に国会がこたえるまず第一歩だというふうに思いますので、この問題にぜひ、憲法調査会、今後どういった形で進めるかは議論があるかと思いますけれども、取り組んでいきたいというふうに感じております。  以上でございます。     〔会長退席、船田会長代理着席〕
  61. 三原朝彦

    ○三原委員 自民党の三原です。  我々は、戦後の憲法、いろいろな意見もありますけれども、私はあの当時のことを考えると、我が国は厭戦意識や混乱の状況の中から、憲法、お仕着せだ何とかだと言われながらも、少なくとも手続的にちゃんと正当なことと認めて、そして今日までその憲法のもとで、もう五十八年ですかね、やってきたわけですから、そのことを私は何も疑問視するものではありませんけれども。  それは、つまり何を言いたいかといいますと、我が国は灰じんの中から、目標とするような国家があったわけで、つまり西洋諸国にあらゆる意味で追いつき追い越そうという気持ちがあった。それは経済の面でもそうですし、例えば、国際機関がいろいろありますが、OECDに加盟、何とかして入りたいと思った、ILOの中でも、どこからも文句を言われない国になろうとしていろいろなことをやってきた、ユネスコでもユニセフでもと。そういう国際的な中でも一人前になりたいと思って我が国は伸びてきたわけでありまして、いろいろ意見もあるでしょうが、私としては、もう我が国も、今日この状況にあって、むしろ他国からああいう国になりたい、こう思われるような国家を形成していくだけの成熟度ができていると私は信じて疑わないわけであります。  であるならば、その中で、じゃ、今の憲法が、そういう国家になり得るか、他国から、世界からああいう国になりたいという見本とされるような国家をつくる上での足りないところがあるのかないのか、また例えば削るところがあるのかないのか、そういう視点から、いま一度私はお互いに議論をして憲法を見直していくべきだと。ただ憲法第九条の問題とかいうだけじゃなくて、あらゆる場面でそういうことを議論する時期にもうなっていると思いますし、また、私自身はこの臨時国会からここに入れてもらってわずか二カ月ぐらいにしかなりませんけれども、ほぼもう五年になろうとしているこの議論の中で、そういうところを研ぎ澄ませていけば、今度の報告書あたりも結構いいのが出せるんじゃないかな、そんな気もしますし、また、そこから始めて、今度は議案も提出できるような作業に私は積極的に進んでいくべきだと。ただただ言いっ放し、聞きっ放しじゃなくて、そういう方向に進むべきだと。  わずかこの二カ月ですけれども、皆さんの意見を聞かせていただきながら、しみじみとそう思いましたので、一言申し上げました。
  62. 松宮勲

    ○松宮委員 自由民主党の松宮勲でございます。  私もこの伝統ある憲法調査会にはこの臨時国会から参加させていただきましたので、これまでの皆さん方の議論については十全にフォローする立場にはございません。ただ、何回かの過去の先輩の委員の皆さん方の御議論等を資料でさかのぼらせていただきますと、大変な綿密なる調査研究、海外調査団あるいは専門家を招いての議論、そして自由討議等々をおやりになっていらっしゃるということに敬意と尊敬の念を表させていただきたいと存じます。  本日の午前中の憲法調査会でも議論になりました二院制あるいは政党のあり方に関係いたしますけれども、この月の十二月二十六日に、かつてのソ連領でありまして、今独立国家として存続しておりますウズベキスタン、この国が、一院制から二院制に移行して初めての選挙を実施いたします。ウズベキスタンの大統領から私の方にちょっと、ウクライナのような例があってはいけないということで、選挙監視団を日本も出していただけないかというような打診が何人かの方面にもあって、私のところにも来ておりますけれども、事ほどさように、各国は、おのれの国家国民の安定と平和のために、そして四囲の諸情勢の変化に対応して、それぞれの国家の最高規範である憲法を絶えず柔軟に見直して、その時点での最良の選択をしている。その一つのあかしが、今申しました、一院制から二院制に移行するという、多元的な議会制民主主義に移行するために今切磋琢磨しておりますウズベキスタンでございます。  こういう例を見るまでもなく、私ども、この日本国憲法、不磨の大典として、私たちは戦後、憲法がうたっております平和主義、あるいは主権在民、基本的人権の尊重、そして議会制民主主義というこの大事なファクターは維持、継承しながらも、戦後六十年、この国の置かれている状況、内外の環境の変化、あるいはパラダイムの激変をしっかりと踏まえた上で、今この世に生を受けて、今日、こういう立場に置かれている我々としてなすべき義務をしっかりとやらなければいけないという大事な大事な時期に来ているんだろうと。その意味での、この憲法調査会の過去五年近くにわたる皆さん方の活動というのは大変なものがあったし、それをさらに大きく次のステップにアウフヘーベンすることこそがこの憲法調査会の大きな義務だろう、役割だろうと私は思っております。  各論については、時間の関係で余り申しません。憲法前文については、私はかねてより、日本語としてこれほど稚拙なものはないと。非常に申しわけございませんが、羞恥心なくしてこの前文を読んだことはないというのが私の体験、経験でございます。一九四六年二月にマッカーサー・ノートで示されたもののほとんどすべてが今の憲法の前文に継承されている、こういう歴史的な事実というのもしっかりと私どもは踏まえた上で、そして、先ほど来申し上げておりますようなパラダイムの変化にどう私どもが、九条問題一つとってみても、対応していくのかということで、我々自身が今テストされているんだろうと思います。  すばらしい靴がある、その靴は大変立派なものであって、この靴の履き心地がいいか悪いか、あるいは成長して足が大きくなったとしたら、それは履き心地を悪く感じる人あるいは成長する人が悪いんだ、そういう考え方は私たちはとりたくない、こういうことでございます。  憲法九十六条、憲法改正の手続について、私ども立法府は、長らく、残念なことにその義務を果たしてきておりません。そういう国民投票の手続についても、至急次のステップに移行するということであると同時に、先ほど来、多くの先生方、委員が指摘されていらっしゃいますように、貴重な五年近くの実績を踏まえて、次のステップに移行する時期を迎えてきていると私は思う。  そして、国際社会の中で、平和と安定と繁栄に我々日本国が、日本国民がどういう貢献をできるのか、そのために基本的な、大きな規範であります憲法というのは合しているのかどうかという点をぎりぎり追求していくこと。そして、国内においては、いろいろな諸問題、私学助成の問題もありますし、基本的人権以外の多くの新たにつけ加えるべき権利義務の関係も出てきております。  そういった問題も含めて、今我々は、それぞれの政党が国民の民意を踏まえて、そしてその民意というのは、多くの方々が、現行憲法については改正をするために見直しをした方がいい、そういう方向になりつつあるという成熟した民意を踏まえて、私たちが政治的決断によってこれに十全にこたえていく、これこそが私たちの役割であると思っております。  どうぞ、このすばらしい経験を踏まえて、可及的速やかに、次のステップ、憲法改正への大きなステップを踏み出されんことを期待申し上げる次第であります。  ありがとうございました。
  63. 加藤勝信

    ○加藤(勝)委員 自由民主党加藤勝信でございます。  私も、この臨時国会から議論に参加させていただきまして、本当に、この間の蓄積、またさまざまな公述人のお話を聞かせていただきながら、憲法を議論する環境が随分変わってきたなと。先ほど、それぞれの御意見、委員からもお話がありました。  ただ、私は、かつての憲法の改正の議論、そもそもの制定当時の事情から来る改正論というのにどちらかというと違和感を持っていた一人であります。というのも、私も、生まれたときに、もう既に現在の憲法は我が国の憲法としてスタートしてたわけでありますし、また、多分そういう世代の過半数、多数に今なってきた、こういう状況の中で、これまで五十年間維持してきた、そのことも私は一つの価値として考えていかなければいけないというふうに思うわけであります。  しかし他方で、この憲法を変えると、何かすぐに戦前の時代に戻る、そういうようなことを、またイメージが一方で語られるわけでありますけれども、私は、今の日本、またこれまでの五十年間の中でつくってきた日本の今の状況というものはそんなにもろいものではない、確立した民主主義というものをしっかり我が国は定着しているんじゃないか、そういうふうに思うわけであります。  逆に、そういう環境だからこそ、今日のように、この憲法というものを正面からとらえて、まさに冷静に議論できる、こうした時期に来ているわけでありますし、また、衆議院また参議院等においても、この憲法の議論を本当に積極的に展開している。必ずしも改正を前提としているわけではありませんけれども、そのこと自体を正面から、憲法そのものを正面から取り上げていただいているということに来ているんではないかなというふうに思うわけであります。  確かに、これは先ほどまで議論がありましたように、今の憲法がきちんと現実に反映しているのか、このことを一方で検証していくという必要も当然ありますけれども、しかし、これまでの歴史の流れ、特に最近のように、社会的な状況また日本を取り巻く状況が大きく変化していく中で、逆に、憲法が現在の状況にあるいは国民の思いに対応しているのかということを不断にチェックしていくということが当然求められるべきでありますし、そして、その結果として、必要であれば改正をしていく。  私は、よく憲法を守るという議論があるわけでありますけれども、現状と国民の思いに対応しながら、そして、あわせて憲法を改正していくということこそ、むしろ逆に憲法を守っていくという姿勢につながっていくんではないかなというふうに思うわけであります。  そして同時に、憲法そのものは各国の歴史や伝統によって当然異なってくるわけでありますし、憲法に対して期待されていくというものも私は違ってしかるべきではないかなと。そういう意味では、逆にこの時期に、私どもの日本のこれまでの歴史を踏まえながら日本にふさわしい憲法というものを議論していく、つくっていくべき時期ではないかなというふうに思っております。  そして、この間、ここの衆議院憲法調査会でも、五年間にわたって本当にさまざまな御議論があったわけであります。そして、今までの委員のお話もありましたけれども、そろそろ次のステップにいくということを私は国民が期待しているんではないかなと。そういう中で、私ども自民党においても具体的な提案がなされるわけでありますけれども、それぞれ具体的な提案とともに、これから憲法の議論あるいは改正に向けてどういう形で進めていくのか。ある意味では、ロードマップ的なものをさまざまな形で示していくということも、私は国民の期待にこたえていくべき道筋ではないかなというふうに思っております。  ありがとうございました。
  64. 山口富男

    ○山口(富)委員 日本共産党の山口富男です。  何点か発言したいんですけれども、まず、この調査会が設けられて五年たって、改めて、この調査会とは何かということが、報告書との関係で論ぜざるを得ないというところに私は本調査会の抱えている問題点が如実に出ていると思うんです。  きょうの冒頭の発言でも申し上げましたけれども、この調査会はもともと議案の提出権がない。それは中川委員が先ほど言いっ放しということだなという特徴づけをなさいましたけれども、いわば拘束的な結論ですとか決議というのはまだできないわけですね。  ですから当然、そこからは、この調査会が何らかの案を提示した方がいいとか改定の方向での取りまとめをという議論は、調査会としてはもともとできない議論なんです。そこのところを私は、きょうは、立憲主義というものは単に国との関係で問題になるだけでなくて、当調査会においても、本来の出発点で決めたことを守って調査を進めるというのが基本ではないかということで申し上げたところです。  もう一点は、きょうは次のステップという議論が大分ありまして、国民投票法案や憲法委員会の設置の問題がありました。  これは私、繰り返し述べてきておりますが、国民投票法案について言えば、九十六条に規定はされておりますけれども、現実には、国民の間で今、憲法の改定を求めるという声があり、そしてそれが大きな政治的な流れになっているというわけではないですから、これを具体化する必要は現時点ではないと思っております。  それから、憲法委員会ですけれども、これは、今ある常設の委員会それぞれが、その所管事項にかかわって、憲法とのかかわりで、当然、国の政治や立法の問題を検討するわけですから、そこで憲法議論をするというのが一番地に足をつけた本来の憲法論議であって、私は、憲法委員会の常設化は、憲法改定の方向という問題をはらんでまいりますので、これについては反対の立場をとっております。  最後になりますが、先ほど、少数会派の意見の話への言及がありました。しかし、憲法というのは、少数会派の意見が必ずしも少数意見ではないんです。特に、これは公聴会ではっきりあらわれてくるわけですけれども、今、国民多数の声として出てくるのは、結局、憲法の価値を認めることですとか、九条についてはこれを守っていただきたいという声が多数になってきているわけですから、その点でいけば、いわば国会の中での議論と国民の気持ちの間のところに乖離があるというふうに私は思うんです。  そして、私自身は、憲法の原則を大事にしながら現実政治をきちんと点検するということで、この間、五年間の質疑でも、参考人との間で随分この点はいろいろなやりとりをしてまいりました。その中で、現行の憲法が、九条を含めまして、二十一世紀の国の基本としてこれは十分力を発揮できる、不都合はないというのを改めて痛感しているところなんです。  先ほど、八十九条にかかわって、私学助成の問題などがあたかも憲法上問題であるというような指摘がありましたけれども、しかし、これは学説の上でも、実際に公の支配に属するというところが、私立学校というのは制度上も法規範の上でもこれになっているわけですから、憲法上何ら問題ないというのは学説でも非常に明確になっている点なので、その点も最後に申し上げておきたいと思います。
  65. 平井卓也

    ○平井委員 私も、憲法調査会には、当選以来長く参加をさせていただいています。今回の調査会に限らず、前国会も含めて、調査会ではいろいろと内容のある議論ができたと思います。また、論点も整理もされてきましたし、マスコミを通じての調査も、国民の改正への関心といいますか、理解というものがだんだん大きくなっているように思います。  ただ、一方、この調査会の議論等々も含めて、憲法の議論というものがわかりやすかったかどうかということに関しては、いささか心配があります。つまり、憲法をより身近に国民が感じることができたかどうかということを考えるにつけ、まだ十分ではないのかなというふうに思います。国民運動として憲法改正というものが盛り上がっていくのかどうか、次の世代がやる気を持ってこの国を生きていけるのか、そういうことを考えたときに、もう少しわかりやすい、生活に身近な憲法論議というものも今後必要になってくるのではないかというふうに思っています。  先日、憲法調査会にお招きした中曽根元総理も常々お話しになっているように、憲法は少なくとも五十年先を見通すものでなければならないというのは当然のことだと思います。過去の歴史に対する俯瞰力、次の時代に対する想像力がなければ、本当の意味での憲法改正というのはできないのではないでしょうか。  私、最近特に、社会構造といいますか社会意識が加速度的に変化していることを実感する時代に来ているというふうに考えています。これは、もうまさに社会学的な構造変化というものを意識しなければならない時代だと思います。特に、情報技術、ITの飛躍的な技術進歩と社会への浸透は、もう我々の想像を超えるレベルに来ているのではないかとも思います。国家間のボーダーの問題、また世界経済、また企業のあり方、世論形成のプロセス、プライバシーとか個人情報とか、また個人と社会のかかわり等々、あらゆるものが急速に変化している。実はその変化というのは、もしかしたら蒸気機関の発明より大きなインパクトを持っているのではないかとも思います。  そこで、憲法というのは一つの我々のアイデンティティーになり得るというふうに思います。歴史と伝統を踏まえた上で、過去から五十年先を見通して憲法というものを語るときに、そこでは当然、文化とか伝統というものは非常に重要になってくると思います。その文化とか伝統というものの継承というのは、いわばこれは国民の責務であるのではないかとさえ思います。  日本は、近代化、現代化という流れの中で、先進する国家の理念や制度の輸入ということはしてきました。しかし、その過程で、我が国の固有性を発見はしましたけれども、広くそれを共有するということに関して余り努力していなかったようにも思います。我々の思想や文化、それを具現化してきた経済や産業などは、まさに世界に誇れる伝統的資産にあふれていると思います。そんなことを考えれば、そういうものの中に次の時代の運営のヒントがあるのではないかと思います。  ほかの議員の先生もおっしゃっておりましたが、最後に一つ、やはり現状の憲法改正条項、九十六条は、ハードルが極めて高過ぎると思います。これは、いわば次の世代の選択肢を縛っているというふうにも思えるわけで、もう少し弾力性を持たせるべきだと思います。現状のままではどうせ何も変わらないというような精神的な閉塞感にもつながりかねない、そのことが国の活力をそぐ可能性もあるとさえ私は思っています。  その意味で、未来に向けて憲法を変えるという国民運動につなげるためにも、この九十六条というものは考え直さなければならないと思います。  以上です。     〔船田会長代理退席、会長着席〕
  66. 大村秀章

    ○大村委員 自民党、大村秀章でございます。  ことしを締めくくる憲法調査会での討議におきまして、発言させていただきます。ことし一年間、本当に一年早いなと思いますが、今までの議事録を見て、ああ、こういう発言をしたなということを思い出しながら発言をさせていただきたいと思います。  冒頭、先ほど山口委員から、国民の中に憲法の改正を求める流れになっていないという御発言がありましたが、私は決してそうじゃないというふうに思います。いろいろなところで私もお話をさせていただいたり、地元だけじゃなくて日本全国いろいろな方のお話をお伺いしますと、今の日本の憲法のあり方が、やはり時代の流れに合わせて変えていくべきだ、見直していくべきだ、それも、憲法も例外ではないという御意見の方が私は大方ではないのかなという気がいたしておりますし、この憲法調査会での御議論の中でもそういった御意見が多いというふうに思っております。  そういう意味で、そういったことを踏まえて、何点か、ことし一年の締めくくりという意味で申し上げさせていただきたいと思います。  私は、これまで申し上げてまいりましたが、憲法ができて五十数年間、この流れの変化の中で、国際社会の中の日本、特に日本の平和と安全をどう守っていくかということについて、やはり今我々が主体的に考えていかなければいけないのではないか。そういう意味からいたしますと、やはり自衛隊はしっかりと憲法上位置づけて、そして、国防と国際平和協力業務をやるということを明確につけていく必要があるというふうにも思います。また、集団的自衛権も、いろいろな御意見があると思いますが、私はこれも認めていくべきだというふうに思います。  そしてまた、これも、赤松委員がよく言われますけれども、加憲という意味からすれば、この五十数年間の変化の中で、基本的人権について、環境とかプライバシーとか、いろいろなものを、そういったものを加えていくということもこれは取りかかるべきだ。  そういった、大きく申し上げて、国際社会の中の日本は、平和と安全、そして基本的人権については、これはやはり今すぐにでも取りかかる必要があるのではないか。それは、やはり多くの国民の皆さんの中に、大方の方のコンセンサスは得られるのではないかという気がいたします。  それからもう一つ、これもぜひ進めていかなければいけないと思いますのは統治機構でございまして、きょうも午前中御議論があったわけでありますけれども、私は、これだけ時代の流れが速い中で、どんどん決断をしていかなければいけない、日本の社会も構造もいろいろな行政の体制もどんどん決断をして改革を進めていかなければいけないということであれば、国会においても、やはり私はこの際一院制をとるべきだということを思います。  国民の中にずっと、私、むしろ世論調査をかければ一院制の方がはるかに支持が多いのではないのかなという気がしてなりません。地元で話しても、とにかく、私がいつも言っているのは、衆議院をやめて、参議院もやめて、次いで一院にするということを申し上げているんですが、そのことを申し上げるともう拍手喝采なんですね。はるかに国民の皆さんの意識の中で、もう一院で十分だ、選挙制度も一緒なのに何だ、年がら年じゅう選挙やるんじゃねえ、こういう話が、済みません、ちょっと言葉が過ぎたかもしれませんが、そういう御意見がやはり多いのではないかなという気がしてなりません。そういう意味で、これも今すぐにということではないのかもしれませんが、十二分に議論を進めていく必要があるというふうに思います。  そういう意味で、そういうことももろもろ含めて、やはり、先ほど松野委員も言われていたかと思いますが、憲法改正の手続、国民投票を含めたこの改正の手続を、私は、明くる明年、この憲法調査会及びポスト憲法調査会の中で具体的につくっていく、具体化をしていく、そして憲法改正をタイムスケジュールに乗せていくということをすれば、さらにさらにこの憲法の議論が盛り上がっていくことになるというふうに思います。  日本の国の方向を決めていく大変大事な議論、引き続き明年も参加をさせていただきたいと思います。  以上です。
  67. 伊藤公介

    ○伊藤(公)委員 自由民主党の伊藤公介です。  私は、一番まず原点ですけれども、今、憲法の改正、加憲、創憲、護憲とそれぞれの政党の立場は明確になってきたんですが、憲法は、改正というよりも新憲法を制定すべきだと思います。  この憲法調査会でそれぞれいろいろな皆さんから意見を聞いてきました。専門的な先生方の意見やそれぞれの立場の意見を聞いて、調査会で我々が議論を深めれば深めるほど、やはり今日の憲法の生い立ちに非常に問題がある。私は、新しい憲法に二十一世紀の誇りと自信、そして我々の決意を込めて新しい憲法をつくると明確にすべきだということをまず申し上げたいと思います。  けさの二院制の問題について発言をすることができませんでしたので、このことに一言触れておきたいと思います。  今、政治に対して国民のいろいろな関心事があります。今まさに大村委員からも御発言がありましたが、どうもいろいろな先生方の御意見の中では多くの意見ではなかったように思いますが、確かに大村委員言われるように、国民の皆さんは今の参議院の存在に対してはほとんど否定的だと思います。私は、実際に、例えば総理が施政方針演説をしても、衆議院でやったことと同じことを参議院に出て施政方針演説をする。せめてそのぐらいは一緒にしようと言っても、なかなか参議院はそれをさせないんですね。  私は、そういう意味では、今、これは数が多いからというだけではありませんけれども、世界の百六十カ国を超える国々の中でも一院制の国の方がはるかに多いです。もちろん、物事がスピーディーでありますし、真剣勝負だ。衆議院である議論をして、まあ、あとは参議院で少し手直しがあるからいいなどという、そんな衆議院であるべきではないと思っていますから、私は、そういうことを考えれば、今のように非常に政党化してきた参議院というものはもう無意味に近くなっている。これは私ははっきりと、今のままの参議院だったら存在感はないというふうに思います。  そうは言いながら、憲法改正の中でも、参議院だけなくすというと、参議院が反対すればこれは永久に通りませんから、だから、やむを得ず衆議院と参議院を一緒にして、一院制にして、例えば十年なら十年後、一つの院にするということを私は本気で考えるべきだと思います。  そう言って、なるかならないかわかりませんけれども、議論の中で、これは自民党の骨子を見た中でも、もし万一参議院を存続するとしても形を思い切って変えるべきだということをまとめつついただいているように思いますけれども、きょうも午前中の御議論にもあったように思いますが、閣僚を出すべきではない。それは、もう閣僚のポストがどうだという問題ではなくて、やはり政府と議会というものは明確に、チェック機能として議会活動、議会というものの存続をしっかりするという意味なら、私は参議院から閣僚を出すということは絶対にやめるべきだと思います。そして、存続しない方がいいと思っていますから、それ以上もうきょうは言いませんけれども、もしそうするとしたら、それこそノーベル賞受賞者のような方々とか、そういうような方々が参議院に登場して、衆議院の政党を無視して、本当に参議院の存在というものがあるなら、それは一つの道かなと思いますけれども、私は一院制をあえて主張したいと思います。  それから、時間がなくなりましたので、憲法をこれからつくる中で、総則といいますか原理原則の中で、国民主権あるいは基本的人権の尊重、そういうことが当然中心になると思いますが、国際的に平和貢献をするということも平和主義ということで明確にすべきだ。この三つに加えて、日本人、この日本という国がこれからどういうような文明あるいは倫理観とか、そういうものを憲法の中にどういうようにうたっていくのかというときに、私は、環境先進国ということを明確にしていくべきだと思います。  これは、戦後五十年間、日本は何といっても経済発展をしてきた。さまざまな、ソニーだとかナショナルだとかオリンパスペンが小さなもの、小さなものをつくってやってきたけれども、これからはもっとミクロの競争になるだろう。バイオの研究では、二〇三〇年にアメリカは三百兆円の市場を開くといいますが、そのとき日本は二十五兆から三十兆円になるといいます。しかし、日本はさらにその先のさらに千分の一、ナノテクの世界、百万分の一ミリの世界では日本は今アメリカには負けないのではないかなどと言われています。つまり、我々はそういう生命哲学の根源にかかわるようないわゆるミクロの世界で競争していくということになる。  そういうことを考えたときに、日本のこれからの将来の文明ということを考えて、私は、科学技術創造立国とこの環境先進国日本ということを二十一世紀の日本のキーワードにしていくべきだという意味で、憲法にぜひ環境という問題をしっかり位置づけてほしいということを申し上げておきたいと思います。  ありがとうございました。
  68. 河野太郎

    ○河野(太)委員 自民党の河野太郎でございます。  二十一世紀の日本を考えると、これまでの日本国憲法の必要な部分を修正して二十一世紀にきちんと我が国が世界の平和と安寧に寄与することができる、そうした憲法を持たなければならないと思います。  憲法の調査をこれまで長い間やってまいりましたが、これからは、憲法の改正の発議に向けた機関を国会の中に正式につくって、憲法の改正に向けて着々と歩みを進めていくべきだろうと思います。  改正の中身に関しまして何点か申し上げたいんですが、一つは、憲法九条をきちっと改正して我が国の自衛権を明記すること、世界の平和と安寧に寄与するということをはっきりとうたうこと、この二つは必要なことであろうと思います。  それから、昨今の我が国の政治に対する不信というものが極めて強いわけでございます。これは、国権の最高機関と呼ばれている今の国会の審議が極めて形骸化している。政党政治ではありますが、党議拘束が余りにもすべてのものにかかってしまう、まさに共産圏の国会のような現在の国会審議あるいは国会の採決の状況ではなくて、本当に国民に選ばれた議員がしっかりとした判断を国会で行う、そうしたことが必要だと思いますし、政府、与党の関係を誤って理解している議員が極めて多いんだろうと思います。  こうした状況、あるいは法案が、内閣がつくった閣法が圧倒的多数である、しかもその法案の審議が極めて形骸化しているという現状を考えると、憲法を改正する際には、議院内閣制についても思い切って議論をする、必要ならば行政府のリーダーを国民が直接選ぶ大統領制を新たに我が国の政治体系の中に組み込むということまで含めた幅広い議論をやる必要があるというふうに考えております。  天皇制と大統領制は併存できないという学説もございますけれども、私は、そうした学説は誤りであると思います。行政府のリーダーを国民が選び、さらに国民の象徴である天皇がいる、そういう政治体系をとれないということはないわけでありますので、大統領制まで含んだ統治機構の議論というのを新たな改正の議論の中でしっかりとやっていくべきだろうと思います。  また、先ほどからいろいろ御意見の出ております二院制につきましては、今の我が国の二院制が政治あるいは行政の停滞に直接つながっていることは明白でございます。憲法改正の中では、私も一院制をとるような改正にしていくべきだと考えております。  以上です。
  69. 土井たか子

    ○土井委員 先ほどからの御発言の中で、焦点の一つとして、条文でいったら日本国憲法の九十六条の改正手続についての御発言が相次いであるんですが、九十六条を早く改定して憲法の改憲が実現するようにということを言われ、また、ハードルが高過ぎるというふうな御発言もあったりするんですが、これは申し上げるまでもございませんけれども、憲法の条文の中に、どこの国の憲法でも皆改正手続というのをきちっと決めております。それは、憲法の改正をめぐって、私は、二つの側面がどこの国の憲法を考える場合にも基本問題としてあると思うんですね。  一つはルール。ルールといったら、改正手続をしっかり守ることですね。そしてあとの一つというのは、やはり憲法をどう変えるのかという中身についての、法理として、今の憲法よりも後退するような、逆行するような変え方というのは、本来憲法自身は望んでいない。何かといったら、憲法の存在そのものが歴史的な所産なものですから、したがって、嫌だと言っても、この歴史的な発展の中で憲法というのはやがてまた動いていくということを避けて通ることはできないんですよね。  そうすると、発展の方向に向けて憲法が変えられるということを称して改正と言うんだけれども、発展でなくて逆行するような方向に憲法の向きを変えること、これは、端的に言うと改悪と申します。私は改悪と言うんだけれども、改悪をする方が改悪と言われたためしがないので、大抵は改正とおっしゃいますから。憲法の条文もそのとおり改正と書いてありますからね。したがって、九十六条を見るときに、改正と改悪は峻別することが必要だ。法理的に考えた場合に、改正は無限界だけれども、改悪というのはやっちゃいかぬという限界がありますよということをしっかり認識しておく必要があると思うんです。日本国憲法九条の場合、それが端的に出てきたんですね。  そしてさらに、九十六条をめぐって、憲法九条の改悪は認められないけれども、どのようにしていくかというのは、改正するまでもなく、まだ九条自身をしっかり生かして、これを具体的に、日本とすればこの道が世界に貢献する道である、この道がやはり平和に共生していける道であるということの道筋とか、平和外交というものの中身について明確に出したことがないですよ、今までしっかり。そういうことを考えたら、そっちの方が先だ、それを具体的にしていくという努力の方が先だと実は思いながら、この臨時国会が始まる前に、始まってからすぐに出せるような準備をしたのが質問主意書でございました。  質問主意書の中身を、始まったら途端にすぐに出しまして、そしてそれに対する答えも得ているんですが、それは何かといったら、内閣に憲法改正の案を出すという権限がありや否やという中身なんです。  私自身は、九十六条を見たときに、これは内閣にその発議権はもとより、原案に対して作成する権利自身も認められていませんからね。端的に言えば、内閣にはそういう権限はありません、したがって、これを提案するということも内閣からはできません、そういうことを考えていますと言ったんですが、内閣からのこれに対する返答というのは、できるという答えなんですよ。そのできるという論拠というのがどこら辺にあるかというと、日本国憲法の七十二条に、内閣に対して議案を国会に提出する権能を認めているから、内閣はこの議案を、国会に提出する議案の中に憲法の改正案というのを含めて考えていいのじゃないかという答えなんです。  私は、大間違いとこれ自身に対しては思うんですね。なぜか。ここで言う議案というのは、法案を入れることすら、四十一条の唯一の立法機関と国会に対して決めていることに内閣も、むしろ内閣の方がたくさん法案を国会に提出するということ自身が筋から言えばおかしいと言わなきゃならないんだけれども、ましてや、その議案の中に、法案じゃないんですよ、憲法に対しての改憲案なんです。憲法というのは一法案ではありません、一議案ではないと思うんですね。最高法規であって、そうして、それは日本の国の根本法なんですから。九十九条で尊重擁護の義務がある内閣としては、これは認められるはずがない。  それと同時に、三分の二というのも、硬質憲法としては、世界で硬質憲法は多いですけれども、日本の場合にもやはり、国民が望んでいよいよ憲法を変えなきゃならぬというときに、三分の二のハードルが高いなんと言っていて、それは国民が望んでいない証拠だと私は逆に言いたいですよ、そうなってくると。  先ほども、これは日本国憲法の出自が問題だとおっしゃったけれども、今も、日本国憲法の九条を特に変えることは、アメリカが望んでいるんじゃないんですか。アメリカからのそういう要請にこたえて二回までも、憲法に対してどうこうということが、日本の場合には動かせるということが、私は認められないんですよね。これは安易に考えたらいけない問題だと思います。  ありがとうございました。
  70. 永岡洋治

    ○永岡委員 自由民主党の永岡洋治でございます。  私も、本年の通常国会からこの憲法調査会に参加をさせていただきまして、大変いろいろな貴重な御意見あるいは陳述等をお聞きしまして、大変感謝をしております。  いよいよ五年目を迎えまして、憲法調査会が報告書を作成するという段階になっておるわけでございます。私は、憲法調査会の議論を見ておりまして、縦軸、横軸、分類をしますと、改憲あるいは加憲、創憲という格好で憲法改正を何がしかの格好でやるべきだという部分と、それから、護憲ということで、そもそもこの調査会においては改正論議は権限外ではなかろうかというような指摘が、大きく分けてこの二つの分類ができるわけでありますが、それとともに、この調査会が果たした大きな役割というのは、憲法改正問題だけではなくて、憲法的問題を幅広く扱った、ここに大きな意義があるのではないかと思います。必ずしも改正問題ではなくても、憲法的な問題がたくさんあるということを世の中に知らしめたという意味で、この憲法調査会の意味は非常に大きかったのではないかと思います。  そこで、二つほど申し上げたいと思うわけでありますが、一つは、では、憲法的問題というのはどういう切り口なのかということであります。  午前中もちょっと触れさせていただきましたが、我が国は議院内閣制というのを中核といたしまして、三権分立が原則の形になって、立法、司法、行政と分かれているわけでありまして、その中でチェック・アンド・バランスを働かせて、民主的な国家をつくり上げていく、基本的人権を守る、国民主権を守る、平和国家を守るということになっているわけであります。  その中で、憲法というと最大の問題になります憲法九条の集団的自衛権の行使の問題、有しているが行使はし得ないという内閣法制局の解釈があるわけでありますけれども、この一点に関して言えば、これは憲法的問題なのか、憲法改正の問題なのか、改めて考える必要があるのではないかなという感じが私はするわけであります。  最高裁判所は、統治行為論を繰り返して判断を回避する、国会は与野党が対立してこの解釈について一義的にまとまらない、こういう状況がこれまで続いてきているわけでありますけれども、その間隙を縫って、内閣法制局が、内閣の一機関である法制局が有権解釈を独占しているという状況が続いているのはやはり問題ではないかと思います。  国際社会は、テロの多発の問題でありますとか、大量破壊兵器の拡散の問題、あるいは北朝鮮による拉致問題や、国際的な情勢も大きく変貌してきている中、この憲法的問題である集団的自衛権の問題について、単なる解釈のロジックだけで話を進めていくということの問題を、私は、この調査会において国民に示しているのではないかと思うわけであります。安全保障の問題とか外交の問題というのは、その時々で日本国民の生存権をかけて大きく変わっていくものでありまして、それに対して政治判断を加えていくのが我々国会議員の役割であろうかと思います。まさしく国権の最高機関としての国会の役割というものを、我々は果たしていかなければならない。  したがって、これはいろいろな考え方がございますから、これがすべて正しいということではありませんけれども、論理のロジック、つまり、内閣法制局のロジックを変えなければならないということを前提としてこの安全保障問題を語っていくことについては、やはり我々はもう一度考えてみる必要があるのではないか。必ずしも憲法そのものを変えなくても、そのことが実現できる道があるのかもしれない、その点を我々は憲法的問題として改めて考えてみる必要があるんではないかと考えております。  二つ目に、この調査会の論議を通じまして、私は、国民は憲法改正についての問題意識が極めて高まってきていると認識をしております。まさに、自由民主党、公明党、そしてまた民主党も、何がしかの格好で憲法を改正しなければならないということを標榜しているわけでありますから、そのことについて国民の側も、今の、戦後六十年続いてきたこの憲法を何がしかの格好で変える必要性があるという認識を持ち始めております。  しかしながら、ただいま土井委員からもありましたが、私は逆の立場でありますけれども、憲法九十六条という極めて硬性度の高い改正手続を持った我が国憲法が、このまま幾ら改憲論議を重ねてみても、国民と憲法改正論議の距離が縮まってこないのではないかという感じを強くするわけでございまして、やはり、これをより現実的なものに変えていくということを、国民投票法の整備を含めまして、我々は真剣に考えていくべき段階に来ているのではないかと思います。  この憲法調査会の報告書が作成された後、さらに憲法改正見直しに至る段取りというものをもう一歩進める必要があると思います。さらに、この衆議院の中におきまして、その体制整備に向けまして特段の関係者の努力を心から期待いたしまして、私の意見とさせていただきます。  ありがとうございました。
  71. 近藤基彦

    ○近藤(基)委員 自由民主党の近藤基彦でございます。  私は、この調査会に参加をさせていただいて、調査会が立って五年近くになる、初当選以来、約四年少し、ずっと調査会に所属をさせていただいてきておりました。ちょっと書生っぽい議論になるかもしれませんが、当初からちょっと疑問に思っていることが一つあります。それは、現行憲法が制定過程において、押しつけだ、いろいろな話がありますが、果たして、これを制定するときに日本の国民が承認しているんだろうか。  もう六十年近くたっていますから、その間に文句は出てこなかった、だからいいんだという御議論もあるかもしれませんし、大日本帝国憲法の改憲だということならば、大日本帝国憲法の改憲規定、両院の三分の二、それでいいんだということもあるでしょう。あるいは、新憲法の制定当時に総選挙があり、そのときには憲法案がオープンになっていたんだから、それが一つの国民承認だという議論もあるでしょう。  しかし、戦後すぐに、働くところがない、食べ物もないような時代に憲法を想定した総選挙が行われたということにはいささか疑問がありますし、しかも、この現行憲法を見ますと、大日本帝国憲法の改憲というよりは、新憲法が制定されたという形になるだろう。しかも、九十六条という新しい、国民投票を必要とすると書いてあるにもかかわらず、国民投票が行われていないという現実、そういった意味では、改憲は国民投票が必要である。しかし、新憲法制定のときに、私は、大日本帝国憲法の改憲ぐらいならば大日本帝国憲法の規定でよかったんだろうと思いますが、しかし、九十六条を制定した以上は、少なくとも何らかの形で国民に信を問うべきであったのではないかと思います。  六十年もたって今さら何だという話もありますが、しかし、ここは一度、これだけの議論が起こって、改憲、加憲、護憲、創憲、いろいろな御意見が起き、しかも大半の委員の御発言の中には、やはり時代とちょっと合っていないところが出てきているんではないかという御意見がある。それならば、公明党さんの言われる環境権あるいはプライバシー権等の加憲、あるいは一部改憲でも結構ですが、何もなしで今九十六条を設定するわけにいきませんので、何らかの形で一度この憲法の信を問うことも必要なのではないかなと。  それにしても、九十六条を当てはめるための事実上の法律がまだ立っていないということ、これは、私自身は国会の不作為だと思っているんですが、改憲するしないは別にして、ハードルが高い恒久憲法でありますが、しかし、先ほど土井先生もおっしゃったように、改悪は悪いですが、改正という規定は、発展的によくするという規定はきちんとあるわけですから、それに伴う法律を整備しておくということは、我々立法府の責任だと思っております。
  72. 中山太郎

    ○中山会長 一言お願いをしておきます。  予定の時間もありますので、御発言は、現在プレートを立てていただいている方に限らせていただきたいと思います。
  73. 園田康博

    ○園田(康)委員 民主党の園田康博でございます。  いよいよ、残りあとわずかとなってきておりまして、まだ御発言をされなければいけないという先生方もいらっしゃいますので、私も端的に、しかも私の思いも込めて、この締めくくりとしての言葉とさせていただきたいと思っております。  まず、調査会が五年たつということで、来年には報告書をまとめるということでございますけれども、これまでの中山会長初め多くの委員の皆様方の御努力に本当に心から敬意を表したいと思っておるところでございます。  そして、先ほど来お話がありましたとおり、これでようやく、立法府である衆議院あるいは参議院憲法調査会という形で銘打たれて、しかも実践的な、しかも紳士的な議論、冷静な中での議論がなされてきたということからすれば、恐らく国民の中には機運が高まってきたということが言えるのではないかなと思うわけでございますが、残念ながら、それがきちっとした形で国民に伝わったかというと、まだまだ私は、残念ながらそういう形にはなっていないのではないかという思いをしております。すなわち、具体的な中身という形があらわれてこなかったというのが率直な私の感想でございました。  昨年から私も議員にならせていただきまして、この憲法調査会に所属をさせていただき、ようやく最後の年にこういう形でかかわらせていただいたことに感謝を申し上げたいと思いますし、さまざまな形で、今年度に関しましては具体的な条文に限って逐次調査を進められてきたのではないかなという気がいたしております。そして、さらに来年にかけましては、与党の皆様、自民党あるいは我が党の民主党からも草案的な部分が出てくるものであるということを思っておるところでございます。  そして、アメリカ憲法が、連邦憲法でございますけれども、何度か改正がなされてきた、修正が加えられてきたというところからすれば、決して、我が国の憲法の九十六条の改正条項が硬性的なものでハードルが高いということは一概に言えないのではないか。すなわち、アメリカでは、具体的に、そして国民に対してきちっとした形で示してきた、各条文に関してこれを修正するんだということを示してきたということからすれば、それを我が国でなかなか、今までは怠ってきたというか行ってこられなかったということは、やはり少し反省をしていかなければいけないんじゃないかということからすれば、来年から、より具体的なものとして国民の皆様に提示をしていくということは、一歩前に進められるものではないかなという気がいたしております。  そして同時に、この我が国の憲法をこよなく愛している一人といたしましては、この憲法目的であります、自由で、豊かで、そして平和国民生活の実現を目指していくということを念頭に置いて、私たちがどう改正していくのか、あるいはどういう国づくりをしていくかというところの原点に立ってこの憲法論議を進めていかなければいけないというふうに思っているところでございます。  何が何でも改正ありきというところから始まるのではなくて、国民人権擁護、あるいはこの国のあり方、あるいは国際社会における日本の役割というものをきちっと先に提示して、その上で、何が足らないのか、あるいは現行の法律の中で対応できないものがあるならば、それは憲法改正というものを通じて国民の皆さんに提示をしていくということを積極的に行っていくということも一つ最終的にはあり得るのではないかというふうに考えております。  そして、国民政治行政への参加ということをより喚起させていかなければいけないというふうに私は思っておるところでございます。政治行政に対する大きな不信があると同時に、国民の皆さん方に政治がもっとわかりやすく身近なものであると同時に、憲法そのものももっとわかりやすく、いわばお茶の間の中で議論がされるような形まで持っていくことを我々はやはり考えていかなければいけないんじゃないかというのは、私も常々考えて行動しているところでございます。  そういう意味では、各党が憲法に対する考え方というものを、しっかりとした理念を持って、そして国民に対して平易に語りかけていくということをもってすれば、もっともっと国民的な世論の喚起というものは可能になってくるというふうに私は思っております。その上で憲法改正に踏み切るということであるならば、それは国民の求めに応じたものとして我々がしっかりと受けとめて行うということの手続になっていくのかなというふうに思っております。  最後に、私もこの憲法調査会の中で何度も申し上げてまいりましたけれども、具体的な形で提示をするということであるならば、やはり国民政治行政参加というものを喚起する一つの法律あるいは憲法上の権利を認めていくということであるならば、古くて新しい、新しくて古くなってしまった原理の中で、知る権利というものをもっともっと明確な形で盛り込むということも考えていけば、必然と、情報公開あるいは行政情報に対するアクセス、政治へのアクセスというものがもっともっとさらなる深まりを示していくんじゃないかということを考えておるところでございます。  以上です。ありがとうございました。
  74. 和田隆志

    ○和田委員 この国会で初めて憲法のこの調査会に参加させていただきました。それがために、まだまだ歴史的な経緯は勉強させていただいた上で発言する必要があると考えますけれども、なったからにはと思いまして、やはり常に、国民の皆様方がどの程度この日本国憲法に御関心を持たれて、どのようなところに、改正すべきだとかそのまま存続させるべきだとか、そのような御意見をお持ちなのかを努めて聞いてまいるようにいたしました。そんな中で、この一カ月間の実感としまして申し上げたいと思います。  先ほど来、委員各位の御議論の中に出てまいりましたけれども、憲法に関する関心が高まっているということは確かかと思って見てまいりました。しかしながら、まだまだ国民各位の方に、どの条文についてどれぐらいのことが議論されているのか、もしくはこれを改正するとなったらどれぐらいの手続が必要なのか、そういった基本的な情報が行き渡っていないかなという実感も改めて持ちました。  そんな中で、先ほど来随分議論にも出ておりますけれども、自分自身の意見としましては、日本国憲法がもともと戦後すぐの時期を経て改正という手続で大日本帝国憲法から移行したわけですが、この中で、もっともっと日本国民各位が自分たちで定めたんだという意識を持てるような環境に置くべきだという方向性については、私もそうではないかと考えております。  そういった意味では、今まで論点としていっぱい挙がってまいりましたけれども、日本国憲法というものを日本国民が総意をもってつくり直すという手続はどこかであっていいのではないかと考えます。これが形式的なところから見た場合の私の意見でございます。  次に、実質的な内容面で見た場合に、委員各位もたくさんの意見をお述べになりました。中身としていろいろと定められているものが六十年を経過した今本当に適応しているのか、そういったところの観点から意見を述べさせていただきたいと思いますが、やはりこの六十年間で実態にはなかなかそぐわないという面が多々出てきているのではないかと考えます。  私自身は、昨年まで国家公務員をさせていただきましたけれども、仕事をやっていく上で、やはり内閣と国会との関係については今がベストであるとはなかなか考えがたい状況の中で仕事をさせていただきました。といいますのは、内閣は行政権を執行し、国会は立法権を担保するわけですけれども、先ほど来の議論にあるとおり、本当の法案を国会議員全体がつくれるようにならなければこの日本国はなかなかいい国になっていかないんじゃないかという実感を持って仕事をさせていただきました。  内閣と国会はやはりもっともっと緊張関係に立つべきではないかというのが私の実感でございます。そういった意味では、憲法をそういった望ましい方向に持っていくための前段階の環境整備がまだまだ要るのではないかというのが正直な感想でございまして、例えば、先ほど来出てきております、法制局がどんな権限を行使すべきなのかということを考える場合に、今は実質上、与党の先生方も野党の先生方も法律案をつくるときに内閣法制局にある程度頼らざるを得ない実態がございます。また、内閣の方からしても、実際に自分たちの案を通そうとすれば、まずもって自分たちの案を固めた上で与党を巻き込み、そして自分たちの多数を形成するという一過程が必要だと思いますけれども、本来ならもっともっと緊張関係を持って臨むべきだと考えます。  そういった意味では、もう少し検討に検討を重ねてしっかりとした内容を担保できるような案をつくってから、国民の皆様方に改正案なり維持する条項なりを問うべきだと考えます。  以上でございます。
  75. 中根康浩

    ○中根委員 民主党の中根康浩でございます。  私も、この臨時国会から初めてこの憲法調査会の委員として参画をさせていただきまして、まず、そういうことで、本当に高邁な先輩の皆様方の議論を聞いているだけでだいご味を感じて、聞いているだけで済めばいいかなというふうに思っておりましたけれども、きょうは発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。  この二カ月間の憲法調査会の経験の中で、憲法のあり方、国のあり方あるいは法律のあり方、そういったものに本当に刺激を受けてまいりましたし、また、自分自身の議員活動のあり方についても再考しなければならないかなと。本来、こういった憲法調査会のようなところで一日じっくり腰を据えて議論に参画をしなければいけないにもかかわらず、出たり入ったりしながら、いろいろなところで、勉強会やらヒアリングやら、いろいろなことで追われてしまっているこの一年間を、改めてこの憲法調査会を通じてみずからを振り返ってまいったところでございます。  そういった自戒の念を込めて私見やら感想やらを申し上げるとするならば、まず私は、憲法改正、憲法論議の中心はやはり、いろいろありますけれども、何といってもその中核は九条、九条を抜きにして改正論議をすることはできないんだろうというふうに思います。そういった意味で自分の意見を言えば、自衛隊の存在というものははっきりと明記をしていく、そして、国際平和を確立する上で、国際貢献をする上で、どこまでできてどこからはできないということもはっきりこの際決めておくということが必要なことであろうというふうに思わせていただいております。  そしてまた、もう一つ、よく出てくる言葉で、時代に合わせてということがありますけれども、もちろんそれも必要なんでしょうけれども、私たち国民がこの崇高な憲法というものの理念をどう実現するかという努力を果たしてどれぐらいしてきたかということもあわせて検証をしていかなければならないと思いますし、時代に合わせてばかりではなくて、さっき園田さんも言われましたけれども、この国のあり方、日本という国をどういう形につくり上げていきたいか、私たちが将来に向けてどういう暮らしをしていきたいかということをきちんと見定めた上で、この憲法改正論議をしていきたいというふうに思います。  繰り返し申し上げますけれども、憲法改正も必要ならばやればいいんですけれども、まず現実に合わせるという視点ではなくて、私は、まずこの憲法の理念を、あるいは理想を実現するために、私たち国民が、あるいは国会がどのような努力をしてきたか、あるいはそれを怠ってきたかということをもう一度振り返りながら、議論を進めていきたいというふうに思います。  そして、国会が立法府としてさまざまな法律をつくるんですけれども、さまざまな法律をつくって、つくりっ放しにして、実はその法律が十分機能しているかどうかも、憲法と同じように、検証することも怠ってきているんじゃないかなというふうに思わせていただいています。  あるいは、もう順不同な物の言い方になってしまいますけれども、法のもとの平等という憲法十四条に定められたことがあるにもかかわらず、無年金障害の問題はいつまでたっても、立法不作為と指摘されながら、この臨時国会まで置き去りにされてきましたし、障害を持った子供たち、インクルージョン、統合教育、なかなか進まない。あるいは、司法の問題でいっても、自白偏重の今の取り調べのあり方の中で冤罪が次々と生まれてきてしまうような状況にあると思っていますので、そういった取り調べのあり方あるいは可視化ということもしっかりと進めていきたいと思いますし、公務員の方のあり方にしても、本来業務であるにもかかわらず、監修業務として監修料を受け取っている、あるいは監修業務を行うような暇があるならば、もっと本来の仕事に専念すべきであるという国家公務員のあり方、国家公務員倫理法のあり方、こういったものについても、この憲法調査会を通じて感じ取らせていただいたところでございます。  雑駁な意見になって申しわけありませんでしたけれども、以上、述べさせていただきました。ありがとうございました。
  76. 青木愛

    ○青木委員 民主党の青木愛でございます。  憲法調査会に参加させていただきまして、本当にありがとうございました。  私の立場からしますと、憲法といいますと大変敷居が高く、また大上段に構えたもののように感じます。私もそうでしたけれども、多くの国民の方々は、今も恐らく、ふだんの生活の中で憲法というものを意識する場面というのはまず少ないのではないかと感じています。本来、憲法というものは、私たちがよりよい生活を送るためのものであって、また共同生活を営む上で必要なルールであると思いますので、もっともっと身近なものでもっとわかりやすいはずのものだと思います。  憲法を変えるにしても、変えないにしましても、もっともっと、まだまだ国民の方々の憲法に対する意識を高めていく必要があると感じています。私たちの生活にこういう影響があるんだということを、こう変わるんだということをもっと具体的にわかりやすい言葉で伝えていく必要があると本当に感じています。私もそのために努力をしていきたいと思いますので、今後とも御指導をよろしくお願いいたします。  一言意見を述べさせていただきました。ありがとうございました。
  77. 山花郁夫

    ○山花委員 民主党・無所属クラブの山花郁夫でございます。  この調査会を通じまして、公述人の方もたくさんお越しいただきました。先日、宮澤元総理からのお話で、中身というよりも、ああ、そういうことかなと思ったことがあるんですけれども、先ほど来、憲法の制定の経緯であるとか、あるいは前文についての好き嫌いも含めての意見の表明がありました。よく、現行憲法が翻訳調だというような批判のされ方があるんですけれども、私自身は実はそれを実感としてよくわからなかったんです。例えば、憲法二十三条は「学問の自由は、これを保障する。」五七五で書かれていますし、特に違和感を持って受けとめていなかったんですけれども、宮澤先生が、最初見たころはバタくさいなと感じたんだけれどもそのうちなじんでいったというような御発言をされていて、恐らく、制定当時、例えば手紙の書き方でも、候書きで教育を受けた方にとってみれば、バタくさいというのが非常に翻訳調だという言い方のあらわれなのかなと思ってお話を伺いました。  ところで、近藤委員から、憲法の信を問うようなことがあってもいいのではないかという話があって、私は改めてやる必要は必ずしもないと思いますけれども、非常に共感できる部分がありまして。というのは、つまり制定経緯とかいろいろ議論があることを理由としてどうこう言うという立場ではないんですけれども、少なくとも、自分たちの国の憲法であるという所有感といいましょうか、国民の間に我々の憲法だという感覚がどこまであるんだろうか、こんなふうに思うことがございます。ただ、制定経緯がどうこうというよりも、規範というのはそれを支える意思と合わせて実効性というか効力があるわけで、議会にいる者がこういうことを言ってはいけないんでしょうけれども、道路交通法なんかよりもよっぽど規範として、国民は意識を持って日本国憲法を見ているのではないかと思います。  ただ、今青木愛委員からの指摘で非常にわかる部分があるんですけれども、青木委員と同世代なものですから。大体、自分らの世代の友人とか知人なんかは、憲法がどうこうなんというよりも、例えばお子さんがいるところなんかはあしたの幼稚園のお弁当をどうしようかとか、そういうことに日々きゅうきゅうとしているときに、集団的自衛がなんと言われたって、何だ、何なんだという話なわけで、先ほどの、憲法を改正するにせよ、しないにせよ、国民にとって所有感というか、我々のものだと思うためには、もう少し国民的な議論がきっちりとある形じゃなければいけないのかなと。  先ほど山口委員から、必ずしも憲法改正というのは国民的な潮流になっていないという発言があったときに、自民党の席の方から、いや、そんなことはないんじゃないかというような不規則発言もありましたけれども、ある意味それは正しいのかなと思うところがあって、憲法を守ろう、現行のままで行こうという人たちは一生懸命運動しているんですけれども、変えようという人たちからは、何々試案という形であっちもこっちも、まあ、新聞社では一部出しているところもありますけれども、そこまでにはまだなっておりません。この調査会でも、公述人の方がいらしたときに、今までの議事録をちょっと見せてもらって、こんな議論をされていることは初めて知ったというようなことを言われる方々もたくさんいらっしゃいましたけれども、恐らく、残念ながら、そんなものなんではないかと思います。  つまり、先ほど中川委員から、言いっ放し、聞きっ放しという話がありました。この調査会でやってきたことで意味があるとすれば、やりっ放し、言いっ放しかもしれませんけれども、そういったことが新聞の記事になって、こんなことが議論されたということを一般の方々に知っていただくということが、ある意味憲法を考えるきっかけになって、それ自体としてはこの調査会としての、言いっ放し、聞きっ放しかもしれませんけれども、意味はあったのかなということと、我々も議論はしていますし、自民党さんも議論はしているんでしょうけれども、自戒の念も込めてなんですけれども、余り突っ走り過ぎて、後ろを振り向いたら国民の方はだれもいなかったというようなことでもいけませんので、そういった全体の流れも見ながら、少し冷静に議論する必要があるのかな、こんなことを感じた次第であります。  以上です。
  78. 渡辺博道

    ○渡辺(博)委員 自由民主党の渡辺博道でございます。  本憲法調査会が発足したのが平成十二年でございます。それから数々の広範な、そしてまた総合的な議論をしてきたわけでございますけれども、一応の締めくくりということで、私もこの憲法調査会に何度か参加をさせていただいておりますけれども、所感を述べさせていただきたいと思います。  まず、憲法調査会の役割、大変私は大きかったんではないかというふうに思っております。それは、かつてはこの国会において議論する場がなかった。それが、平成十二年にこの憲法調査会が設置されることによって、まずは憲法を議論する場ができた。これはすごいことだと私は思います。  したがって、この憲法調査会でやってきたそれぞれの個別テーマ、基本的人権や安全保障の問題、そしてまた地方自治の問題や、それから基本的な統治機構の問題、それぞれが議論されて、決して私は言いっ放しの問題ではないというふうに思っております。  それは、少なくとも、先ほどもちょっと例がありましたけれども、新聞の記事にもなっていく。少なくとも新聞、マスコミに載せるということ自体が大変大きな意味があるわけでありまして、マスコミ自体も憲法草案を提示し、そして国民に問うというような形になっておりまして、そういった意味においては、憲法調査会が過去五年間やってきたことは、国民に憲法というものの意識を少なくとも意識づけるための役割をしてきたというふうに私は認識しております。  その中で、私は、憲法改正について、いろいろな方法がありますけれども、加憲や創憲や、またもちろん憲法を守るという考え方、いろいろあるということが今回の憲法調査会の中で皆さん方の意見として掌握できたというふうに思います。  そうした中で、憲法改正は本当に必要があるかどうかということは、ある面では、先ほどのお話の中では、現実社会とどれだけ乖離しているかということもやはり大きな改正の要素であるということ。  そしてまた、これから二十一世紀が、一体、日本の姿、日本の将来をどのような形にしていくか、この連続性が必要なんでありますけれども、まずは、少なくとも昭和二十年の制定当時のときの日本の姿、このときには、まさかこの日本がこのような形で経済成長していくなんということも想像ができなかった。そしてまた、情報化社会がこんなに進展することも想像ができなかった。さらには、国際化がこんなに進むことも想像できなかった。私は、そのような状況の中で、現実の問題として、例えば情報化社会のこの進展によっては、プライバシーという問題が極めて深刻に考えていかなければならない問題だというふうに私は思います。  基本的人権の中に包括的に入れることは可能かもしれませんが、新しい権利としてこういったプライバシーの問題や、そしてまた、先ほどもお話がありました知る権利というものも明確な形で位置づけることも必要だし、さらには、二十一世紀の将来にわたって考えていくんであれば、二十一世紀はまさに私は環境の世紀だというふうに思います。  環境をいかに守っていくか、この温暖化防止に対して積極的に国の姿勢を示していく、この方法として、憲法の中にしっかりとした環境権というものを位置づけていく、そうすることによって、国民に環境に対する意識がさらに浸透していく、私はそのように思うわけでありまして、そのためには、いよいよこの憲法調査会そのものももう一歩ステップアップする必要があるというふうに思います。  国会法において、この憲法調査会は、調査をする機関であるということで位置づけられておりますけれども、常任委員会同様に、審議する機関に衣がえをしていくべきではないかな。そのためには、まず第一に、国会法を改正していく、次には、少なくとも憲法を議論している中でありますから、当然九十六条の問題に付随するものとして、国民の投票法、これを具体的に検討していく必要があるんではないか、そのように思います。それをこの委員会の中で具体的に審議できればな、そのように思っております。  以上です。
  79. 笠浩史

    ○笠委員 民主党の笠浩史でございます。  私も、ことしの通常国会からこの調査会に参加をさせていただいたんですけれども、今お話がありましたように、政治家になる前に政治記者をやっておりまして、この調査会がちょうど衆参に設置をされるというときには、まさにこの調査会が、つくることがいいことか悪いのか、そうしたことが当時は議論になって、さもつくることは改憲であり、つくらない、抵抗もかなり大きい中、中山会長初め、御苦労をされてきた姿を見てきた者としては、今五年たって、少なくともこの調査会という場の中で、タブーなく、いろいろなテーマについて各党の委員がしっかりとした議論ができる場があったということは、非常にこの存在、評価をされるべきではないかと思います。  先ほど来、では、憲法改正に向けた機運が盛り上がってきているのかどうかということでございますけれども、この調査会のいろいろな議論、私も、議事録で、大体すべてのテーマについていろいろな考え方が出尽くしているのではないか、あるいは、公述人の方を含めて、参考人の方も幅広くそれぞれ意見を聞いておられます。しかし、私は、決して改正しろというような機運が盛り上がっているとは言い切れないのではないかと思っているんです。ただ、少なくとも、変える必要があるんだったら変えていいよ、変えていいぞというような国民的な雰囲気、この空気というものは、私自身、地域の方々と話す中でも、しっかりとそういう機運が盛り上がっていることは間違いないのではないかと思えるわけでございます。  そういう中で、先ほど来の話にもあるように、では、憲法改正というものがなぜ必要なのかということが具体的に生活者の、国民の感覚としてどう受けとめていってもらうのか。そのためには、この調査会をもう一段、今度は次のステップに持っていく必要がある。  一番大事なことは、最終的には、これは国会が発議をしたとしても、国民が投票をするというのが、国民が認めなければ憲法の改正はできないという問題でございますから、やはり一人一人の有権者国民がしっかりと、では、自分のこととして受けとめてもらえるような環境にこの環境をつくっていくということが次のステップであり、そのためには、この調査会のあり方というものを、もちろん国民投票の制度の整備という問題も同時にあわせて、どういう形で次のこの調査会のステップを持っていくのかということを考えるべきときに来ているのではないかと私は思っております。  そして、先ほど来、九十六条についての三分の二のハードルが高いのか低いのか、そういう議論があるわけでございますけれども、私は、このままの三分の二でもいいと思います。  これは、やはり立法府の責任を持ってやっていくことですから、恐らくこの逐条ごとの検討をしていく中では、それぞれが、政党間の対立でなくて、共通に残さないといけないものもあるはずです。そしてまた、対立をして、これはある意味、選挙などでそれぞれの争点として政党が選挙の中で問うことによって啓蒙していくテーマというものもあるのではないかと思っております。  しかし、そういうふうな具体的なことを、しっかりと責任を持って話し合う、議論をする場というものを次のステップとしては考えていくべきであり、その中での議論を通じておのずとこの三分の二というハードルは必ず越えていくことができる、また、越えていった中に、この新しい憲法を、私どもは、民主党は創憲という言い方をしておりますけれども、改正をするにしろ、あるいは創憲であるにしろ、憲法を変えていくという手続は必ず進めていくことができると確信をしているわけでございます。  また来年以降、会長を中心に幹事の皆さん、いろいろと御足労を願うわけでございますけれども、ぜひとも、そうした調査会の今後のあり方についての、真摯な、次のステップへ向けた議論というものをお願いしたいと思います。
  80. 佐藤茂樹

    ○佐藤(茂)委員 公明党の佐藤茂樹でございます。  最後に発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。  午前中に各テーマごとの発言また意見表明は十分させていただきましたので、もう憲法の内容については触れずに、この調査会に関する所感と今後の進め方に対する要望を話をさせていただきたいと思うんです。  私は、この憲法調査会の自由討議というやり方、他の委員会にはない、衆議院の中でもこの委員会にしかない特徴というのは非常に評価をしておりまして、学生時代に戻ったような、そういう議論が、十分高邁なテーマのもとでできていくということが本当にすばらしいなという所感を持っております。この五年間の中山会長初め委員の皆さんの御苦労に敬意を表したいと思います。  議事録ももう数十冊に上っておりまして、ざっと目を通させていただきました。また、十四年の十一月には中間報告、七百ページ以上のものがもう既に残っているわけでございますが、そこでの所感というのは、やはり憲法観というのは国家観の違いというのが浮き彫りになるわけでございまして、国民一人一人、具体的に言うと憲法観、国家観というのはなかなかさまざまであるなと。  現に、この臨時国会でも、歴代の総理をお務めになられました中曽根先生と宮澤先生が、行政のトップである総理という経験をされていながらも、憲法観については全く違う。そういうことが象徴しているように、一人一人聞けば憲法の端々まで見方が全然違うと思うんですけれども、それがこの五年間の議事録また議事の内容にも残っていますし、中間報告にも残っているわけです。それを重ねたままになりますと、これは衆議院の報告としては千ページぐらいの分厚い、こんな意見もあった、こんな意見もあったという報告だけに終わるものにほっておくとならざるを得ない。  それで、私は、次の通常国会の段階は、次へのステップというのが、それぞれ今までの意見の中でもいろいろなイメージで言われていると思うんですけれども、やはりどう集約していくのかということを次へのステップとして御努力をいただきたいなと。要するに、それぞれ千差万別なのかもわかりません。政党でも、改憲、加憲、創憲、そして何が何でも護憲と言われている方々もいらっしゃるんですけれども、しかし、一致するところとやはりここは違いますねというところをもう少し明確にしながら、しかし、ちょっと違うというところもにじり寄れるのかどうかということも、しっかりとやはり今後検討していく段階に来ているのではないのかなという感じがするわけですね。  例えば、先日出されて話題になっております自由民主党さんのたたき台というのがありますけれども、それでも冒頭に何を言われているのかというと、今の日本国憲法の憲法三原則というものを非常に高く評価されているんですね。要するに、国民主権、基本的人権の尊重、そして平和主義というのが日本の戦後の民主主義の発展に大きく寄与してきているんだと。ただ、それは今の条文について現状肯定を全部されるかどうかは別にしても、そういう基本三原則というのを高く評価し、大事なんだという考え方については、自民党さんの改憲から加憲、創憲、そして何が何でも護憲と言われている皆さんまでこれは一致する部分だと思うんです。  そういう一つ一つの詰めをやはりやっていく段階に来ているんではないのかなと。そして、衆議院の院として、やはり国民の皆様に、いろいろ議論してきたけれども、ここの部分は一致しているけれども、こういうところではこういう違いのいろいろな意見があるというようなことを、この通常国会の段階ではぜひしっかりと提示できるような、そういう調査会に次期国会はしていただければありがたいなという要望を申し上げて、意見を終わらせていただきます。
  81. 中山太郎

    ○中山会長 ありがとうございました。  これにて委員からの発言を終了いたします。     ―――――――――――――
  82. 中山太郎

    ○中山会長 この際、幹事会での申し合わせに従い、一言ごあいさつを申し上げます。  本日が今年最後の調査会となります。  本年は、常会において、従前より実施してきた日本国憲法の前文及び百三カ条の全条章の網羅的な調査を継続して行うために、調査会のもとに四つの小委員会を設置して調査を行いました。参議院の通常選挙後の臨時会では、憲法に関する論点整理あるいは憲法提言を行った政党の所属の委員から発言を聴取した上で議論をいたしました。今国会では、EUの憲法条約等についての海外調査の成果を踏まえた調査等を実施いたしました。  また、常会において広島県広島市で第九回の地方公聴会を開催し、常会及び今国会において都合五日にわたって中央公聴会を開催いたしました。  このように、本年におきましても、活発かつ順調に調査を進めることができましたことは、ひとえに委員各位の憲法調査に対する御熱意と御協力のたまものと深く感謝する次第でございます。  委員各位とともに精力的に進めてまいりました調査でありますが、本年の調査を終えるに当たり、それらの調査を通じて特に印象深く感じた幾つかの点について、私の所見を申し上げたいと思います。  まず、科学技術の進歩と憲法の関係に関する調査は印象深いものがありました。  戦後の目覚ましい科学技術の進歩が、憲法を含む国家の法制度に重大な影響を及ぼす可能性のあることが明確になってきたと存じます。クローン技術の開発、遺伝子組み換え技術などが乱用された場合の倫理面や環境面への弊害は予測できないものがあり、これは翻って、日本国憲法の最高価値である個人の尊厳に重大な影響を与えかねない問題であります。生命倫理規定や環境権、環境保全義務に関する憲法規定の要否といった問題に連なってまいります。情報通信技術の急激な進歩も社会に大きな変化を及ぼしております。これに関連して、個人のプライバシーの保護や国民の知る権利などの議論がなされました。科学技術の進歩に対応して基本的な規定を憲法の中に設けるべきではないか、こういう御議論が、諸外国の例を参考にしつつ、さまざまな立場からなされたことは大変有益な議論だったと思います。  行政に対するチェックの仕組みに関する調査も充実したものがございました。本年の海外調査の主要な目的の一つをスウェーデン及びEUのオンブズマン制度の実情を知ることとしたのも、その重要性を踏まえたものであります。調査を振り返ってみるに、北欧を初めとして、高福祉・高負担の国家においてオンブズマン制度が発達してきたことは偶然ではなく、大きな政府に対する統制の要請が高まったためではないかと思う次第であります。国会による行政監視等の既存の仕組みの活用を含めて、今後、行政に対するさらに効果的なチェックを行う必要があることは委員の間に異論のないところだろうと存じます。  安全保障及び国際協力に関する調査も掘り下げたものとなったものと思います。  我が国の国際協力について、人的貢献のあり方及びその国内体制の未整備が厳しく問われたのは、一九九〇年以後の湾岸危機を契機としたものであったと存じます。その後、一九九二年にいわゆるPKO法が成立し、周辺事態法、テロ特措法、イラク特措法といったぐあいに、個別的、具体的な制度設計に当たっては、我が国憲法のもとで実施し得る国際協力の範囲に関して、九条の解釈論が繰り返し議論されてきました。  このような議論の推移を踏まえ、法治国家として、国際社会において我が国がなし得ることとなし得ないことの基本を、国家の基本法において疑義のないように明確に規定していくべきではないか、そのような議論が活発に行われました。事の是非に関する立場の違いを超えて、この憲法規範に基づく政治という立憲民主主義の要請については、委員各位とも共通の認識を持たれたものと存じます。  九条の問題に限らず、私学助成と憲法八十九条の公の支配に属しない慈善、教育、博愛の事業に対する公金の支出等の禁止規定の関係、裁判官報酬引き下げと憲法七十九条、八十条の裁判官報酬の減額禁止規定との関係も、憲法規範と事実との乖離が指摘される典型的な例であります。  これらを憲法違反でないとするのは、主権者である国民にわかりやすい解釈とは言えないと思います。最高裁判所が憲法判断に消極的で、憲法上の争点については公権的判断が的確に得られていないこともまた、国民にわかりにくい法の解釈、運用を許す原因となっているものと思います。国民にわかりづらい法の解釈、運用は、法治国家、立憲国家の観点から問題であるのみならず、憲法に対する国民の信頼の喪失をもたらしかねない、それこそが最も重要な問題ではないかと考えております。  海外調査の際、欧州の法律家が、欧州憲法条約の制定理由の一つが市民にもっと密接に向かい合うことにあるとしておられたことは、印象的でございました。安全保障及び国際協力等に関する小委員会にお招きした駐日欧州委員会代表部のベルンハルド・ツェプター大使も、欧州憲法条約に欧州市民の権利を具体的に書き出したのは、そのような条文を書くことによって、市民の側も読みやすい、理解しやすい、自分たちのものだとわかりやすいような内容にしようと思ったからだと述べておられました。これは、私が常に申し上げている、憲法は国民のものということと共通の考え方だと思います。  欧州連合は、国家主権の一部を移譲して、地域における共同の課題に対処するという仕組みを設けています。常会では、我が国についても、自由貿易協定の締結を含む多角的貿易体制の構築や、地域安全保障の形成等を通じて、アジア等との結びつきがさらに進展するという展望について調査してまいりました。この場合、人の国際的移動の増大等によって、外国人の人権の問題をどう考えるか等、重要な憲法問題が派生してくるものと存じます。  今回の欧州憲法条約の批准については、十カ国弱の国々において国民投票の実施が見込まれていると承知しております。国民投票制度については、投票に付する案件についての説明のあり方や、当該案件と政権に対する信任、不信任の問題とが混在してしまうことの危険など、課題もありますが、国のあり方について、直接、国民に判断を求めるという仕組みが欧州において作動していることには感銘を受けました。  一方、我が国では、憲法九十六条の憲法改正規定に基づく手続法が制定されておりません。憲法が予定している法制度が憲法施行後約六十年にわたって整備されていなかったことについて、積極、消極の両方のお立場からの議論が活発にされたことも本年の調査の一つの特徴だったのではないでしょうか。  広島地方公聴会では、平和への願いを共有しつつも立場を異にするさまざまな意見を聞くことができ、意義深いものでございました。また、中央公聴会では、国際社会で我が国を代表した経験のある方、歴史の証人ともいうべき方、学識経験の深い方のほか、非常に若い方からも意見を承ることができました。国民各層からちょうだいした御意見がその後の調査会の議論を深める契機となりました。今後、さらに国民の間において憲法論議の機運が高まっていくことを期待するものであります。  なお、本年は、台風二十三号、新潟県中越地震等の自然災害が頻発しましたが、このような事態を踏まえるとともに、ドイツ基本法の災害事態に関する規定等にかんがみるに、自然災害により的確に対処するための制度的枠組みの検討の必要性を感ずるものであります。  以上、本年の調査会の議論等を通じての若干の所見を申し述べてまいりましたが、言うまでもなく、本調査会は、国権の最高機関に設置された機関として、国の内外の諸問題について、憲法的観点から大所高所の御議論を行うことができる唯一かつ最適の機関であります。国民の代表たる国会議員がさまざまな立場から討論し、意見の相違を尊重しつつも共通認識を醸成していくという作業は、非常に重要な意義を持つものと存じます。  本調査会は、人権の尊重、主権在民、再び侵略国家とはならないという三つの原則を堅持しつつ、日本国憲法に関する広範かつ総合的な調査を行ってまいりました。おおむね五年程度をめどとするとされている調査期間も、残りわずかとなってきております。この三原則を堅持しつつ、引き続き、最終報告書の作成に向けて努力してまいりたいと存じます。  最後になりましたが、会長代理を初め、幹事、オブザーバーの方、そして委員各位の御指導と御協力により、公平かつ円滑な運営ができましたことに対し厚く御礼を申し上げるとともに、改めてさらなる御協力をお願い申し上げて、閉会の辞とさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)  本日は、これにて散会いたします。     午後五時十五分散会