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1956-04-02 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 11号 公式Web版

  1. 昭和三十一年四月二日(月曜日)     午後一時三十八分開議  出席委員    委員長 原 健三郎君    理事 臼井 莊一君 理事 木村 文男君    理事 戸叶 里子君       逢澤  寛君    高岡 大輔君       田中 龍夫君    辻  政信君       保科善四郎君    眞崎 勝次君       眞鍋 儀十君    今村  等君       受田 新吉君    細迫 兼光君       三鍋 義三君    石野 久男君  出席国務大臣         外 務 大 臣 重光  葵君  出席政府委員         外務政務次官  森下 國雄君         厚生政務次官  山下 春江君         厚生事務官         (引揚援護局         長)      田邊 繁雄君     ――――――――――――― 四月二日  委員井岡大治君及び下川儀太郎君辞任につき、  その補欠として細迫兼光君及び今村等君が議長  の指名で委員に選任された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  ソ連地区残留同胞引揚に関する件(日ソ交渉に  おける抑留同胞引揚問題)     ―――――――――――――
  2. 原健三郎

    ○原委員長 これより会議を開きます。  海外同胞引揚に関する件(日ソ交渉における抑留同胞引揚問題)について、議事を進めます。  日ソ交渉における抑留同胞の引き揚げ問題等について、政府当局に対する質疑を許可いたします。臼井莊一君。――外務大臣は二時から閣議があるそうですから、質疑はなるべく簡単に、要領よくお願いいたします。
  3. 臼井莊一

    ○臼井委員 引き揚げ問題に関しまして、ことにソ連地区の問題でありますが、ハバロフスクで請願運動が起って、抑留者の方が減食刑罰を受ける等の非常な御苦労をされておるということにつきまして、先般本会議で緊急質問を行なったのでありますが、その問題について、いま少しく敷衍してお伺いしたいのであります。  この問題については、ロンドン会議を通じてソ連に申し入れをした、こういうことを承わりましたが、その後先方から何か回答がございましたかどうか、その点をお伺いしたいと思います。
  4. 重光葵

    ○重光国務大臣 まだ回答はございません。
  5. 臼井莊一

    ○臼井委員 そうすると、それに対してこのまま手をつかねて待っているということは、ことに留守家族の御心境等を察すると、許されないんじゃないか。すでに千鳥ケ淵においては、政府の回答を満足しない、もう少しはっきりした方策が立つまでということで、寒空にあそこにテントを張っておられるということは、非常に遺憾な問題であります。しかしまたその留守家族の心境を察すれば、まことに無理のないところなんでありまして、これは何とかすみやかに手を打たなければいかぬ、こうも考えるのでありますが、それについて実は松本全権からお話も承わって、われわれとしても考えたいのです。松本全権はきょうは御出席になれないというようなお話で、そこで外務大臣にお伺いするのでありますが、何かソ連の力の認識が足りぬというようなことを松本全権が新聞等に書いてある。しかしこれは何も力の問題ではなくて、やはり正義の問題であり、人道の問題である、こういう点で、私たちは非常に強く主張している。従って世界的な世論に訴え、人道問題としての世界の正義感に訴えるというようなことも必要だと思うのですが、それについて、政府におかれては何かお考えがございますか、どうでしょうか、その点をお伺いしたい。
  6. 重光葵

    ○重光国務大臣 今、御質問の点は、単にいわゆるハバロフスク事件だけにはとどまっておらぬようでございます。要するに、抑留者の引き揚げを実現すること全体にわたっておると思います。この問題は、御承知のごとく、いわばすべての交渉問題以上の問題であり、人道に関する重要問題であるという立場をとって、政府としては、戦争の結果とは申しながら、この戦争の一つの未解決の問題、特に戦争犠牲者の救済ということは、あらゆる努力を尽して救済をしなければならぬ、これは日本として国民的の問題である、政府は全力を尽さなければならぬ問題である、さような方針のもとに、日ソ交渉はやるけれども、その国交回復というような政治的の交渉とは離れて、別にこれは人道上の問題として強く主張すべき問題であり、その主張を実現しなければならぬ問題である、こういうように考えて、いわゆる交渉とは切り離して、これはソ連側と連絡のつき得る方法において、今日までやってきているということは、御承知の通りであります。そこでロンドンにおける日ソ交渉が開かれた、その機会はのがすべからざる機会でありますから、交渉とは離れてやっているわけではございます。その機会に、わが全権はあらゆる主張をこれに傾けて、そうして、わが主張の通るように努力をいたして参ったわけでございます。しかるにもかかわらず、この問題は、根本的にはまだ解決をいたしておりません。ソ連側の主張は、御承知の通り、平和回復後でなければ、戦犯者を釈放するということはできない、こういう立場をとって、これを承諾しないのでございます。わが方の立場は、御承知の通りに、戦犯というようなものがあり得べからざることはさることでありますか、いやしくも戦争を終結して、そうして事実上戦争は終結したのである、その後においては抑留者は返すという約束のもとに戦争は終結したのであるから、それに基いて、これは終戦の約果通りにやってもらわなければならぬ。のみならず、終戦後十年の後、かような抑留者の困窮の状況は、どうしてもこれは救済しなければならぬ。これは人道上の問題である。のみなら丁、日本とソ連との間において国交をも回復しようという意向を持って今日話し合いをしている。その際に、かような人道上の問題がまず解決をしないということは、これはほとんど考えられぬことである。そういうことすら解状ができぬということならば、国交を調整するということの意味が、果してどういう意味であるかというふうに言いたいくらいである。ぜひこの問題をまず解決をして、そうして人道上について双方とも理解をし合って、よい感情の空気をかもし出していくならば、国交の回復ということもさらに有意義に、かつまた順調にいくんじゃないかという考え方を持って、そういうことを主張し、かつまたそういうふうに先方を納得せしむべく全力を尽したわけでございます。今日までいまだにそれが全面的には効果を発揮しておりません。先方の承諾するところとなっておらないことは、まことに遺憾千万でございます。どの方面から見ても、これは遺憾なことでございます。ただ向うは戦犯というようなことにこだわってるようでございますが、刑期を終った人々は、順次に釈放しておるような状況でございます。それからまた待遇の改善ということについても、必ずしも耳を傾けないという態度ではないようでございます。こちらの方から、御指摘のハバロフスク事件については、詳細な情報を具して、先方に待遇の改善方を申し入れておるのであります。今日まだ時間もありませんので、それがどう反響したかということは、判断するのが少し早過ぎるように思いますけれども、私は、かようなことは、先方といえども、相当の考慮を尽すものと確信をいたしまして、それを突き進めていこう、こう考えておるのであります。そこで、一方の日ソ交渉の問題とは離れて、別途に進めておるわけでございます。またこの問題はこの問題として、ソ連との間に今話し合いを続けておるわけでございます。それが切られておるわけではございませんから、この道をたどって進めていくことが一番有効だと思ってやっておるわけであります。しかし、それだけに満足するわけには参りません。国交のない国との間には、かような人道問題については、赤十字社を通じてやるという道がここにございます。国際赤十字社の活動、それにその下に、日本赤十字社を通じてやる道が開かれております。これは全面的にその道をたどって、そうして特に待遇の改善だとか、慰問品を送るとかいうことをやっていきたいと思い、今日までそれはずいぶんやっております。あくまでもそれをやっていきたい、こう考えております。そういうことが、ほんとうにこちらの思う通りにどんどんはかどって参らないという、ここに問題があります。そこで、もどかしくてしようがないということがあります。赤十字社も、非常な熱意を持って、一生懸命やってくれております。しかし希望する通りにどんどん進んでいかない。何分相手方のある仕事でございます。特に戦争が事実上やんだときには、いわゆるポツダム宣言を受諾するということでやんだのでございます。ポツダム宣言にははっきりと、戦争が済んでからすべて抑留者は返すということになっておるのであります。この立場を捨てて、それならば返してもらわなくても、講和条約のできるまで待とうというわけには参りません。約束したことは、あくまでその約束に従ってこれを実行してもらいたい、こう主張するのが、理屈としても当然でございます。そこで、この道をたどってあくまでやっておるわけであります。  国際的にどういう手段をとっているかという御質問でございますが、国際的には、主として国際連合に関係する問題であります。国際連合に、人道問題を取り扱う部面がございます。日本はまだ国際連合に加入はいたしておりませんけれども、これに連絡をとって、その尽力を促しておる状況であります。さらにそれだけでなく、必要な各国には事情を十分に説明をし、できるだけ助力を得たいと考えて措置しておるわけでございます。
  7. 臼井莊一

    ○臼井委員 今ポツダム宣言のお話が出ましたが、これは明瞭にポツダム宣言に違反している。これに関しては、国際司法裁判とか、そういうものに提訴する――連合の方へは一応そういう点について訴えてはあるでしょうが、そういう正式の訴えをしておるかどうかという点が一点。  それから、一番国民として心配しておりますのは、もともとこの問題は人道問題として、日ソ交渉の他の案件とは別にしてやるというのが、当初からの方針であり、そう政府もやられていたと信じておりますが、それにしても、松本全権がロンドンにおいて交渉をやっておられた。ところが、ソ連の大臣であるフルシチョフ、ブルガーニンが最近英国ロンドンへ来るという、その際に引き揚げてこられたということについて、非常に不満な点がある。というのは、むしろそういうソ連のおえら方が来る機会であれば、そういう機会にでも何かこの打開の方針を、少くとも引き揚げ問題については展開するチャンスが得られるんじゃないかと考えられるのに、松本全権が引き揚げてきたということは、目の前にチャンスを控えていながら、それを失うようなふうに感ずるのであります。この点については、政府としてもとより御方針があってそうやられたと思うのですが、この点につきまして一つ御説明をいただきたいと思います。
  8. 重光葵

    ○重光国務大臣 それは、松本全権が引き揚げて帰ったというのは、日ソ交渉が一種の行き詰りになって、そうして引き揚げて帰ったということであるのであります。抑留者の送還の問題は、その後もロンドンのわが外交機関においてソ連側の外交機関と接触して、往復しておるわけでございます。そうでありますから、その意味において十分連絡はついておるわけであります。マリク全権は、このことは非常に気にかけてくれておる、こういうことを承知をいたしておる次第でございます。  それから国際司法裁判所に訴えることはできるだろうと思います。ただ問題は、これは相手方がこれを承諾するということが前提になっておりますから、ソ連との話し合いがある程度つかなければなりません。それを先にやっておるわけでございます。
  9. 辻政信

    ○辻委員 関連して。重光外務大臣は引き揚げ問題は人道上の問題だと主張なさっておるが、これは正しい主張だと思います。しかし相手があることであります。相手は人道問題として扱わずに、政治問題、外交問題と関連させようとしておるのであります。従いまして、ロンドンにおいてそれが解決できなかったのは当然である。当然であるとするならば、最後に打つべき手は、外務大臣が外交の最高責任者としてみずからモスコーに乗り込んで行く、私は鳩山総理が行かれるのが至当であると思うが、それが健康上許さないとすれば、あなたが全責任を持って乗り込んで行く、そうして身をもって解決なさらぬと、赤十字に訴えたって聞く相手じゃない。国際連合に訴えたって聞く相手じゃない。最高の責任者が身をもって乗り込んで、フルシチョフ、ブルガーニンと対決するという勇気があるかどうか、それを簡単に承わりたい。
  10. 重光葵

    ○重光国務大臣 私は、乗り込んで行って解決する見込みがございますならば、いつでもやります。それはやりますが、すべてさような場合には、国際間に大体その機運を作らなければできません。機運を作って……。
  11. 辻政信

    ○辻委員 見込みがあるなら行くというのは間違いです。見込みがあるかないかわからぬ。身をもって行くというところに見込みが出てくるんです。見込みがあって行くなら、商売人です。私は大臣は商売人じゃないと思う。この国民の気持、この留守家族の気持を察したら――ちょうど火事で焼けている家の中に子供がいる、母親が飛び込むのは救えるかどうかということじゃなしに、命をかけて飛び込んで行く、それが人間じゃありませんか。それを一体大臣としてはなぜやらないのですか。
  12. 重光葵

    ○重光国務大臣 御意見は伺っておきます。もちろん全力を尽してやらなければならぬと思っております。
  13. 原健三郎

    ○原委員長 戸叶里子君。
  14. 戸叶里子

    ○戸叶委員 今度日ソ交渉が休会になりまして、一番不安を持っているのは留守家族の人たちだと思うのです。そういう結果から、今、千鳥ケ淵でもってすわり込みをやっていられます。それに対しまして、何とかして早くみんなの方が引き揚げられるようにしていかなければならぬと思うのです。そこで、重光外務大臣も、これは人道上の問題として、早く引き揚げるようにしなければならない、こういうことを言っておられますし、ただいまの御答弁を聞いておりましても、交渉と切り離してということを主張する。私どももそうしていただくのは大へんけっこうなんですけれども、一体どういうふうにして具体的にこの引き揚げ問題を解決されようとされるのか。その具体的な方法というものを、今すわり込みをしていられる留守家族の人たちは聞きたがっていられるわけですから、こうすればこうだという何かのめどをお話し願いたいと思います。
  15. 重光葵

    ○重光国務大臣 これは、先方を説得する以外にないと思います。人道上の重要な問題としてですな、これは私は全部とは申しませんが、日本の主張が通り得ると考えてやっておるわけであります。
  16. 戸叶里子

    ○戸叶委員 説得する以外にはない、確かにそうですけれども、どういうふうな形をとって説得されようとされるのですか。それは松本全権がお帰りになりまして、私ラジオの録音を聞いておりましたら、引き揚げ並びに漁業の問題は、わずかながら希望があると言われておりました。そういうことについてもお話があったと思いますが、そのわずかながらの希望というのは、一体どういうところに置かれているのかということが一点。  もう一つ、さらに松本全権が言われたことは、ロンドンにいられる西大使はただ連絡程度である、こういうことを言っておられますけれども、連絡だけでは解決は非常にむずかしい、もう少し力を持った人たちの交渉が必要と思います。この点について伺いたいと思います。
  17. 重光葵

    ○重光国務大臣 特に今新しい方法を決定しておるということを申し上げることはできません。これは事実に反します。しかし、いかなる問題でも、方法があれば考慮しようと考えています。これだけは言い得ます。従来もずいぶんと方法は検討して、今日まできたのでございます。  西大使は連絡と申しますが、大使は大使でありまして、国の代表になるだけの十分な資格を持ってやっておるわけであります。
  18. 戸叶里子

    ○戸叶委員 そういたしますと、松本全権が、西大使は連絡程度だとおっしゃったことは、間違いだというふうに了解してよろしいのでしょうか。  もう一つ、重光外務大臣は、先ごろ外務委員会におきまして、情勢の変化を待った上で話し合いを進めたい、こういうことを言っておられます。私は何とかして引き揚げの問題を解決するために、どういう方法かで再びソ連との公式な話し合いをしなければならないのではないかと思いますが、こういう点についてどういうふうにお考えになるか。それから情勢の変化があればとおっしゃいますが、情勢の変化ということは何をさしていられるのか、伺いたいと思います。
  19. 重光葵

    ○重光国務大臣 国家情勢の変化があればという文句を使ったのは、日ソ交渉に関係することです。これは交渉と別個に切り離して――情勢の変化も大いに検討しなければなりますまいが、そういうことを待たず、こればかりはあらゆる努力をして進めていかなければならぬ、こう申しておるわけであります。
  20. 戸叶里子

    ○戸叶委員 今の情勢の変化ということを待たずにこの問題を解決する、まことにけっこうですけれども、一体それにはどういうふうにするのか、たとえば、情勢の変化を待って交渉を始める、その前に、人道上の問題として引き揚げ問題を交渉する、こうおっしゃっておられますけれども、具体的にはどういうふうにしたらよいかというようなことに対しては、まだお考えになっておらないようでありますけれども、やはり留守家族の人たちの身になれば、一日々々、刻々を争う問題でありまして、何とかもっとはっきりしたこういうふうにするという声を聞きたいと思うのです。ですから、そういう意味におきましても、この引き揚げの問題で再び再開の申し入れをすると一か、そういう大臣のお考えはないものか、承わりたい。
  21. 重光葵

    ○重光国務大臣 そこで、この問題については、私は続けてやらなければならぬ、それがためには日ソ交渉について、今はちょっと休憩みたいになっておりますが、この問題は休憩せずしてやらなければいかぬ、こう申し上げておるわけであります。
  22. 原健三郎

    ○原委員長 次に、木村文男君。
  23. 木村文男

    ○木村(文)委員 今、社会党の戸叶委員からだいぶん具体的なお話がありましたが、私はそれに関連しまして、具体的に一つお尋ね申し上げたいと思います。  現在ハバロフスクに収容されておる千余名のわれわれ同胞は、悲壮なる決意を固めまして今回ソ連との日ソ交渉と別個の立場において、国策に影響しないように、自分たちがどんな犠牲を払ってでも、たとい白骨になってそのままソ連で倒れるとも、国策の大本を政府が曲げないようにというような悲壮な決意で、今、請願運動を起しておることは、大臣は御存じかどうか、それを一つお伺いしたい。
  24. 重光葵

    ○重光国務大臣 それは承知をいたしております。さようなお志に報いるためにも、私は日夜苦心をしておるわけであります。
  25. 木村文男

    ○木村(文)委員 そこで、今、非常にその人たちが請願運動を続けておりますために、その罰則として一番大きな罰則が現われてきたのは、これは減食問題である。このことが私ども同胞として一番心配なところである。十年の間抑留されて、そうでなくとも体力が消耗しておるのに、加えてソ連側が罰則をしてきた。私どもはその罰則が食糧に及んできたということは、考えなければならぬことだと思うのであります。ことに留守家族の方々は、おそらくこのことを一番案じておられるだろうと思う。そこで、私は外務大臣として、この運動に対してその後とっておられること――新聞の報ずるところによりますと、外務大臣はすでに訓令を発しまして、松本全権が帰還した、しないにかかわらず、西大使をしてこの問題について特に折衝を重ねておると報ぜられておりますが、そのことについて、留守家族の方々も目下千鳥ケ淵においてすわり込みの運動を続けているという現状でございますから、この点、方途を講じておられる点を明らかにしてもらいたいと思います。
  26. 重光葵

    ○重光国務大臣 この抑留されておる人々の困難を救う方法でございますが、これはさような困難な状態に置かれないように、ソ連側に待遇を変えてもらうことが第一でございます。それは、ソ連の代表とわが代表との間で話し合いをすることが一番有効でございます。それをやっておるわけであります。  第二は、その困難が続くならば、もしくは普通の状態でも困難があるのでありますから、それを少しでも軽減させる方法を講じなければならぬ。そのためには、普通国際間に行われておることによって、赤十字社を督励して慰問品を送る、これは政府は十分やるつもりでおります。そうして慰問品を送り、またその慰問品を向うに送り届けてもらうためには、ソ連側の協力も得なければなりません。そういうことにおいて、すべて十分と今ここで申し上げるわけには参りませんけれども、ソ連側も協力してくれておるという状況でございますから、これも一つあらゆる方法をもって進めていきたい、こう考えておるのであります。
  27. 原健三郎

    ○原委員長 三鍋義三君。――もう外務大臣の呼び出しがきておりますから、ごく簡単に願います。
  28. 三鍋義三

    ○三鍋委員 外務大臣にお尋ねいたします。日ソ交渉が無期休会の状態になりましたが、それと相前後いたしまして、ハバロフスクの収容所におきまして、生命を賭してでもがんばるという非常な緊迫せる状態になりまして、留守家族の方々の、また国民の非常なあせりと、何とかこれを早く妥結させなければならぬという気分が、全国に横溢しているのが現在の状態であると思います。こういうときには、私たちはじっくりと冷静に考えなければならない。ということは、外務大臣の先ほどの答弁から私推測するのでございますが、この問題は、私たちが、大体こういう結果になるのではないかということを初めから心配しておったのがこうなったことにつきまして、非常に残念に思うのであります。先ほど辻委員からもお尋ねになったのでございますが、外務大臣のお話を聞いておると、まことに筋道の通った、妥当な外交官としての意思を表明しておられるのです。しかし私たちは、この問題は、そういう表門からたたいていったのでは、絶対とびらは開かれないという見解を持っておるのであります。そこで、大体の下準備をして、この収容者の送還問題が何とかめどがついたときに、初めて出かけていってこれを最後に決定する、こういうお気持をお伺いしたのでございますけれども、私はそれではだめだと思うのです。やはりみずから乗り込んでいって――失敗してもいいじゃありませんか。またかわりの人が乗り込んでいって、さらに誠心誠意国民の声を、遺家族の声を訴えて、かたくなというべきか知らないけれども、そういう見解でおる相手に対して、こちらも誠意を尽してこれを打解するという行き方をされないと、私たちはこの問題の解決をつけることはできない、遺家族に満足を与えることができない段階に来ていると思うのであります。この点につきまして、外務大臣の御所見を、留守家族の皆様の前ではっきりと伺いたい。これは正常な外交交渉ではだめです。国民の誠意を披瀝して当っていただかなければ、私はこの問題の解決にならないと思うのです。こう言っておる間にでも、一人、二人の生命がこの世の中から消えていっているかもしれないのでございます。一人の生命は地球よりも重い、こういう基本的な人権の立場から、外務大臣の所信をはっきりと伺いたいのでございます。
  29. 重光葵

    ○重光国務大臣 私が申したことは、今これが私の考え方だと言われておることとはよほど違っておるわけであります。私は何ら不賛成を唱える気持は少しもございません。私もそう考えております。ただ今ここで私がそれじゃ自分が行こう、こう言ってこの場が済んだって、それだけじゃ参りません。向うがもうこちらから行くことを受け入れるだけのところまでこなければ、ただここで私が行って交渉して、向うがそれを断わる、それだけじゃ私の義務は済みません。十分にこういうことは――さっき誤解のあった言葉、つまり準備ということは、私は全くそういう意味ではございません。何もかも献立ができて、それで向うにやれということではございません。しかしながら、少くとも行けるだけのことになって行くということにならなければ、これは何と申しますか、ただ一人の日本の政府委員が、どぼんと川の中に飛び込むというようなことではいかぬのであります。これは必ず結果をつかんでくるという自信を持って進んでいかなければならぬように思います。そこで、今ここでそれじゃ自分が行ってやってくるのだというふうに言うのは、私としては少し行き過ぎだと思います。
  30. 原健三郎

    ○原委員長 最後に、受田新吉君に質疑を許します。
  31. 受田新吉

    ○受田委員 外務大臣、あなたは先ほどからいろいろここで御意見を述べておられるのでありますが、残留者の皆さんに、自分の身はよし人質になってもいいから、日ソ交渉を何とかしてくれ、早く解決してくれという要望があるということは、帰還者の中からも伝えられておるのですが、残された人のその声を忠実に受けて、ゆっくりかまえてはいけないのです。その人々の気持を気持として、われわれ逆にこの人々の苦労を一刻も早く解決するようにすみやかに措置をとるのが外務大臣の責任です。松本全権も帰られてこう言っておられる。われわれの段階の交渉では、日ソ交渉は非常に困難だ、もう一歩上級の人々の交渉がほしいと言っておられる。従って鳩山氏とブルガーニン、あるいはあなたとモロトフ、こういう段階で交渉してくれという声が、松本全権の陰の声となって現われておる。従ってあなたが正式にあなたみずから乗り出して行ってソ連と交渉する心がまえがあるかどうか、そこをお尋ねしておるのであります。
  32. 重光葵

    ○重光国務大臣 今お話を伺っておると、それは引揚者の問題というよりも、日ソ交渉の問題だと考えます。そこで、お話の通りに、抑留されておる人のほんとうに悲壮なる心事を私は表面通りに解釈していこうというものではございません。先ほど申し上げた通りです。そういう心事があるからこそ、われわれは、ほんとうにそれに報いる最上の努力をしなければならぬということを一そう感ずるのであります。だから、それはやらなければならぬ。そこで先ほど申す通りに、双方の者が出かけていって、いい結果-結果は左か右か、それはわかりませんけれども、国家のためにいい結果になるというのなら、何もそれは辞するところではございません。ただ、今は休憩というか、双方の主張が出尽して休憩になっておる。その場合に、最後のところまで考えて、そんな焦燥気分で行く必要はないと私は思う。これはゆっくり考えて――ゆっくりと言うとまた誤解がありますが、十分に考えて、最善の努力をしたらそれでいいと思います。(受田委員「十分考えてでは間に合わない」と呼ぶ)それはあなたのお考えである。私はあなたの御意見は御意見として伺います。
  33. 木村文男

    ○木村(文)委員 そこで、私、最後に外務大臣にお伺いいたしますが、外務大臣はただいまの質問に対してこういうような言葉を吐かれた。自分は国家のためなら、いつでも行ける状態になったら行くというお言葉でございましたが、私はこれをこう解する。そこで、その真意をただしたいのでありますが、第一に、外交は国民的外交でなければならぬという、大体国論はそういうことになっております。しかるに、この行ける状態ということは、おそらく国論を統一したい、何といっても外交の陰には、重光外相の陰には、全国民の声が必要である、それが一番大きな問題であるということに考えておられるのではなかろうかと私は思います。そこで、二大政党ではありますけれども、この人道上の問題である大きな問題については、実際社会党も自由民主党もなく、ほんとうに超党派的な立場に立って政府を鞭撻して、その衝に当らしめることが望ましい、そういうお考えのもとに、行けるような情勢になったらというお言葉を使ったのではないかと思いますが、その真意をただしたいのであります。
  34. 重光葵

    ○重光国務大臣 私は、この問題にかかわらず、外交一般の問題については、常に超党派的に考えておるものでございます。そこで、各方面の御意見を十分に歓迎する気持は、少くとも気持だけは持っております。いわんやこの問題であります。この問題は非常に重要な問題であるとともに、国民的の判断を要する問題だ、こう私が考えておることは事実であります。
  35. 原健三郎

    ○原委員長 これにて外務大臣に対する質疑を終ります。  次に、外務政務次官、厚生政務次官、引揚援護局長がおいでになっておりますから、これに対する質疑を許します。臼井荘一君。
  36. 臼井莊一

    ○臼井委員 厚生省にお伺いいたしたいのでありますが、ただいま外務大臣のいろいろの答弁によっても、外交方面でもできるだけの手は打っていくということでございますが、さしあたりは、ハバロフスクにいる抑留同胞が非常にひどい待遇を受けていて、そうして請願運動をやっている、この方々には先般お送りした六千個からの慰問品も届いたかどうかわからぬというような現在の段階でありますので、一体ハバロフスクにいる方々の現在の状況はどうかということを知るために、だれかを御慰問に向ける必要があろう、かように考えるのであります。それにつきましては、日赤あたりから行かれるならば、ソ連といえども拒むことができないと思う。昨年九月、ソ連が私ども三十八名を招待した際にも、その一部の社会党の方八名は、ハバロフスクへちゃんと慰問に行っているのでありますから、ましてや今度、議員でなくても、赤十字という立場から御慰問に行くということであれば、ソ連といえどもいささかも拒むことのできない事実である。慰問使と申しますか、慰問品を持っていかれる方々を喜んで受け入れてくれると私は信じている。そうすればその安否もわかるし、また慰問品もお届けすることができる。今の外務大臣との問答によりますると、何分にもきょうあすというわけにいかぬと思いますが、事、急を要するハバロフスクの方々の安否の問題については、急速に別途の方法を考えなくちゃならぬと私は考えるのであります。この点について、厚生省はどう考えでありまするか、お伺いいたしたいと思います。
  37. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 臼井先生の御質問はまことにごもっともでございまして、ハバロフスクで今、請願運動をしておられます方々の崇高なお気持を、私どもはいいことにしていてはならないと思います。崇高なお気持であればあるだけ、一刻も猶予せずに援護の手を差し伸べなければならないと思います。御指摘の日赤は、御承知のように、日赤それ自体の本質的な性格がございまして、政党政派に関係のあるものではなくて、全く人道上の立場で事を解決していくものでございます。現に、最近北鮮へ引き揚げの交渉に参りました日赤交渉団が、中共の太原のラーゲルを訪問いたしまして、つぶさに内容を見せてもらい、話をしてきた実績もございまして、日赤ならば当然許されると思いまして、日赤と交渉をいたしております。日赤でもそのことに賛同をして、準備をしておられるのでございまして、このことが可能になりますれば、厚生省の用意いたしております慰問品を御持参願って、体位の低下をいたさないように、すみやかに手を打っていただく所存でございます。
  38. 受田新吉

    ○受田委員 私はこの際、田邊引揚援護局長が長途の旅行を終えて帰られて、いささかやせておられるのを見て、いかにあなたが現地で苦労されたかをはっきり承知することができるわけです。あなたは、外務省のお役人などの中へ入られて、ただ一人厚生省の代表として御苦労された、いささか畑違いの生活の中で、あなたの信念を吐露されて、言わんとするところも十分言い得ず、みずからのうちに苦難の道を歩んでこられた気持はよくわかります。しかし問題は、この引き揚げ問題が今、国をあげて非常な不安の中に閉ざされる形に展開されてきたわけなんです。従って、今、国民の声は、この日ソ交渉の行き詰まりの中に、どういうふうにして引き揚げ問題を大急ぎで解決していったらいいかという国民的要望となって現われておるのであって、留守家族の皆さんのお気持のみならず、これは国全体の声であって、この声にじっと耳を傾けて聞く政府の良識を私は信じております。  そこで、今からお尋ね申し上げたいのでありまするが、田邊さんは日ソ交渉の随員として出られて、松本全権のやられた日ソ交渉のうちで、引き揚げ問題をどのように取り扱ってこられたか。少くともあなたは引き揚げ問題の専門家であり、だれよりも熱情を持ってこの解決に当りたいと現地でがんばってこられたと思うのでありますが、あなた御自身が、日ソ交渉に当って、松本全権の陰になって、この引き揚げ問題の解決に当られたと思うので、その感想を通じて、引き揚げ問題はどういう見通しであるかということについての御意見を伺っておきたいのでございます。
  39. 田邊繁雄

    ○田邊政府委員 日ソ交渉における引き揚げ問題の経過について話せということでございますが、交渉それ自体についていろいろと申し上げることは、私、随員でもございますので、いかがかと思う点があるのでございますが、問題は、重点的にしぼれば二つになるわけでございまして、一つは抑留者の釈放、送還の問題、もう一つは、数から申しますればそれよりは非常に大きな、向うから渡された名簿に載ってないが、終戦後ソ連に生存しておったという資料のある名簿外未帰還者の調査の問題でございます。抑留者の送還の問題につきましては、すでに新聞等におきまして、あるいは全権もお帰りになりまして、いろいろな機会においてお話しになっている通りでございまし  て、非常に残念でございますけれども、向うの態度を変えさせるまでに至らなかったわけでございます。それにつきましては、私も随員といたしまして、いろいろの点からずいぶん研究もいたしまして、努力もいたしました。しかしいろいろの方の御意見その他を伺いますと、人道上の要請ということを強く申すのでありますが、先ほどもどなたかのお言葉にありましたような、かたい態度でなしにということでありますが、なかなか向うの態度を変えさせるに至らなかったという全権の言葉に尽きると思うのであります。  それから、もう一つの名簿外――名簿外と申しますのは、先方から渡された名簿に載ってない未帰還者の問題でございますが、これは、前後三回にわたりまして先方に申し入れをいたしたのであります。カードを一万一千百七十七枚用意いたしまして先方に渡したのであります。このカードは、終戦後一定の時点において、ソ連地域内において生存しておったという資料のある者ばかりであります。一枚々々のカードには、本人の姓名、本籍地、生年月日、それからその人の最新の生存しておったという時期と場所をはっきり書きまして、しかもそれが帰還者の証言によるものであるか、通信によるものであるかということをはっきり書いたカードを先方に渡しましてその資料に基いて、あなたの方で持っておる資料と照合の上、検討してもらいたいということを申し入れたわけであります。もし資料がない場合においては、資料がないということを伺いたいということを申し入れたのであります。これはあとで詳しくさらに説明いたしますが、こういう趣旨でございます。さらに一枚々々のカードになったもののほかに、それと同じ内容のものを連名簿にいたしまして先方に渡して参りました。これは先方では一枚々々のカードになった調査表では、自分の方で調査するのに不便だから、連名簿になったものを作ってくれ、こういうのであります。これを作るのは大へんな作業でありまして、全権団の方々が約一カ月近くかかりまして完成いたしまして、向うに渡して参りました。その際、私は、名簿外未帰還者というものの留守家族の数が非常に多いこと、そうして十年の間、肉親の安否を待ちわびておるということ、こういったことから、法律にも書いてありますように、われわれとしてはそれを明らかにするために一切の手段を尽さなければならない、ソ連側においてもぜひ調査をしてもらわなければ困るということを申し入れたのであります。先方では、この留守家族の気持とそれからわれわれの調査を要望する趣旨は十分了解してくれたと思っております。ただ先方でも言っておりますが、多少時間はかかると言っておりました。しかしいいかげんな調査をしてもらわずに、十分な調査をしてもらうように要望いたしたのでございます。この調査の方につきましては、でき得る限り話を進めて参りましたが、一方の大きな問題である抑留者の送還の問題につきましては、向うで一定の形式的な、法律的な態度をとっておりまして、これを変えさせるまでには至らなかったということは、まことに残念でございます。また留守家族の方々に対しまして、まことに申しわけないと存じております。
  40. 受田新吉

    ○受田委員 田邊さんの御報告は、私から見ましても、非常に悲観的な状況だと思うのでありますが、何か調査は向うがする、しかしなかなか日数がかかるのだという答えだったそうであります。今ハバロフスクの収容所におる人々の苦労などをわれわれが知るにつけて、少くともソ連当局においては、中央政府の指令が末端に流れるのに、日本などの国情と違って、ある程度手間取るのではないかという印象を受ける。そして政府の指令通りに末端が動いていないのじゃないかというような印象も受けるのであります。あなたは、交渉に当られて、そういう点について、何かあなたの胸を打つようなことはなかったでしょうか。
  41. 田邊繁雄

    ○田邊政府委員 調査を依頼した対象となっておる未帰還者は、現在ハバロフスクにおいて、ああいう状態に苦しんでおられる方とは別の方でございます。ハバロフスクにおられる方は、昨年マリクから渡された名簿に載っておる人が大部分でございます。私の方で調査を依頼しましたのは、先方がそういうふうにして現在生存しておることを確認しておる人でない方々について、現在の状態がどうなっておるかということを、すみやかに調査してもらうようにという要望をいたしたわけであります。そのことにつきましては、地方にも資料があるようでございますので、若干時間がかかるということを申しておったわけでございます。これは別の人についての問題でございます。
  42. 受田新吉

    ○受田委員 それで、私がお尋ねしておるのは、中央政府の指示と、末端のこれを受け入れてやる動きとの間に、非常な時間的な余裕があり過ぎるのではないかということと、中央の指令通りに下の方がいっていないところがあり得るのじゃないかというようなことで、あなたは現地でいろいろ交渉されたので、今あなたの御指摘になったような、現に収容されて名簿のはっきりしておる人々についてもそうでありますが、われわれとしてはいささかその点で心配をせざるを得ない節があるのです。こういう点について、あなたが現地で当られた印象の上で、中央及び地方の連絡に事を欠いている向きを見出しはしなかったか。ソ連の国情について、あなた自身の印象はどうであったかお聞きしたいのです。
  43. 田邊繁雄

    ○田邊政府委員 調査に関する限りに、政府の方で方針をきめて、末端に流すのは私は手間はかかると思いますが、手間がかかるというのは、技術的な点から手間がかかると思いますが、趣旨は十分徹底し得ると思うのであります。  ハバロフスクの事件でございますが、これはいろいろ伺いますと、現地の情勢が中央に伝わっておらぬということを伺っておるのであります。この問題につきましては、昨年帰還者を迎えた舞鶴における状態を私よく知っておりますので、この事件は、報告があるなしにかかわらず、これは向うに申し入れたいと思っておりましたときにああいうことになって私の耳にも入って参りましたので、現地に参りました際に、この問題は私から向うにも強く要望いたしました。ハバロフスク事件の詳細を向うの人たちが知っておるかという点については、いささか疑念がございますが、私は十分よく知っておられないような印象を受けました。そこで、あまり真正面から、お前の方の待遇はこれこれのように悪い、賃金が安いとか、食べ物が悪いとか言うことは、いろいろな方の御意見も総合し、また過去において日本がマヌス島その他においてやった例からいきまして、必ずしも効果的でないということになっておりましたので、従来、その点につきましては、一般的に、十年間の抑留生活と労働生活の結果、体力が非常に低下してきておる、それで今日病人が非常に多いという事実をお聞きしまして、終戦後十年間がんばって、とにかく今日まで生きてこられた方である、それが今日大半病気のような状態になっておるということについては、家族としてはいても立ってもいられない気持だ、これらがもうじき帰ってくる、帰してもらうというときに当って、もし万一のことがあっては因る、そこで健康上の問題、これは栄養の問題と労働の問題とを含んでおりますが、労働と栄養という点、その他の健康上の管理の問題については、万全の注意をしてもらわなければ困るということを強く申し入れたのであります。その際、私は、待っている家族の人々の気持も具体的に知っておる例もあるものですから、そういった気持も念頭に置きながら、すみやかにこれを本国の適当な政府の方に伝えて、善処してもらいたいということを強く要望しておいたのであります。これも、私の印象では、よく聞いてくれたと思っております。  それから慰問品のこともよく話しておきました。これは、慰問品を送付し、受け取るのは、赤十字社同士でありますから、その間の連絡も十分にしてくれるようにという向うからの要望もあったのであります。
  44. 受田新吉

    ○受田委員 田邊さんが現地で大いに主張していただいていることは大いに感謝しますが、あなたは、少くとも人道的にこの問題の処理をはかる上においては、厚生省の最高のお役人でありますから、最適任者であったと思います。従って、あなたを現地に派遣せしめられたる政府当局の良心を私は大いに感謝するのでありますが、あなたはソ連から帰られた人々を舞鶴にしばしば迎えに行かれ、またこちらで事情をお聞きになられて、ハバロフスクの収容所におられた方、それから各地の収容所におられた方々の生活実態をよく御存じである。従って正式の外交交渉の機関にあなたが初めて出られたのであって、あなたこそ今度大いにほんとうの姿をソ連側に認識させる非常にいいチャンスを与えられた人である。われわれ国内で言い得ざることをあなたは堂々と言いまくられる立場になられたのでありますが、たとえばハバロフスクから去年の末に帰られた人でも、日本から議員の皆さんが来られたりしたときは、特に掃除をよくして歓迎の意を示しておったというようなことがあって、平素の生活とお客さんを迎えるときとでは、そこにおのずから、収容所のあり方においても、お客を迎える礼式を大いに重んじておられたということをあなたはよく御存じのはずです。そういうこともよく現地に伝えて、そうしてハバロフスクの収容所の中におった人の声、また議員さんらの声、そのほか大局から見たいろいろな立場を総合した漏れない主張をあなたはせらるべきだったと私は思います。おそらくそれについては遺漏なかったと思いますが、その点についてもお答えを願いたい。  もう一つは、今までの日ソ交渉に当って、正式に引き揚げ問題専門のお役人がやったというのは、あなたが初めてであったから、あなたを通じまして、実際に収容されておる人々の生活は、政府自身が考えたよりも末端で苦労しておる、収容所の生活ははるかに低く、非常に困らされる生活をしておるということも中央政府に十分に知ってもらって、ソ連の現地の第一線のお役人と中央政府のお役人との間に考え方が違っておったり、連絡が不十分であったりすることを十分にソ連当局に反省してもらうように、あなたは主張していただいたと思います。これはきわめて大事なあなたのお役目であったと思いますが、そういうことをしばしば政府の首脳部に通ずることによって、ソ連の首脳部としても、どうも日本に帰還した人々の声は、いたずらに思想的であるとか感情的であるとかいうことでなくて、第一線の収容所における待遇については、考えなければならぬ点があるぞというように考えて、日ソ交渉にある程度の反応が現われるということを期待しておったわけであります。そういう点は、あなたは非常によい立場でおいでになったのでありますから、思い切って言うてもらって、あなた自身の首はいつ飛んでもよいような決意で言うていただいて、その効果がどう現われたかということについて、われら人道的立場に立つ代表者としてのあなたの御見解をお伺いしておきます。
  45. 田邊繁雄

    ○田邊政府委員 このハバロフスク事件の情報が私どもの耳に達しましたのは、時間的に申しますれば、実は非常におそかったわけであります。しかし、詳細な資料はございませんでしたが、私一般的な状態は知っておりましたので、知っておる限りの程度のこと、及び先ほど申し上げましたように、あまり具体的に相手方を非難することは、従来の実績から見ても必ずしも効果的でないということから考えて、その点にわたらない程度において強く要望しておきました。松本全権ももちろん正式会談においてこの点は御主張になり御指摘になっておると思っておりますが、特に私は、最近ハバロフスクにおいて病人が非常に多くなってきておるという事実を強調してきた次第であります。
  46. 臼井莊一

    ○臼井委員 私はハバロフスクに集まっておる一千前後の方のほかに、一万からの方がいるということは大きな問題だと思います。どういうわけでこれをソ連の方で日本の方にはっきり明示しないのかという疑問があるのです。これは各個人の特技というか閲歴というか、そういうような分類によって、ソ連でこれは必要があるから一つとめておこうとかなんとかいうようなことのために、これがはっきりしないのではないかという点をお研究になったことがありますか。
  47. 田邊繁雄

    ○田邊政府委員 未帰還者の数につきましては、御承知の通り、過去においていろいろと論争があった問題であります。一時は三十七万というような数が中心となって議論が繰り返されたこともあったのであります。私の方としては、帰還者の証言と現地からの通信と、この二つを基本といたしまして、終戦後ソ連に一度でもおったという人につきまして、全部氏名とその所在とを調査いたしたのであります。同一人について何回も行なったものもあります。また終戦後、二十一年なら二十一年の二月に一定の地区におったというだけで、その後何らの情報も集められないというようなものもいろいろあります。その調査した結果は、そのままその数に載っておるわけであります。これは帰還者の証言その他によってその後できるだけの調査は進めておりますが、何分にも、時日の経過とともにだんだんと資料の集まり工合が悪くなってきており、努力しても、それだけの効果が上らないという状態になってきておるのであります。向うは、日本の人間を捕虜として連れていったわけでありますから、当然わかっていなければならないはずであります。また捕虜が収容所に着いたときは、必ず先方で捕虜に関するカードを作ることになっております。また実際その通りやっておるのであります。帰った人に聞きましても、カードを作っております。このカードを作った限りにおきましては、その後どういうようになっているかわかるはずであります。わからないはずはありません。終戦直後のあの混乱した状態に対応するだけの者について、すべてカードを作っておったかどうかということについては、私も若干疑問を持っておりまして、あるいは向うでも資料が不十分であったかもしれません。しかし、現在となっては、ソ連の官憲が持っている資料によって調査することが一番正確だと思います。向うで探したが見当らないというような調査の回答では、私どもは満足できないわけであります。これは、従来日赤が向うに照会した中に、そういう回答をよこしているのです。十年も前の状態で、収容所もなくなっているのですから、探したが見当らないのは当りまえである、そう言ってもらっては困るわけです。現在持っているその資料というものは、カードのみならず、一切の資料でありまして、それについて調査をしてもらいたいということを要望したわけであります。われわれには、その方々が今日どうなっているかということにつきましてな、一般的な資料しかないわけであります。一般的に、どの辺に、何年に何人くらいおったという一人々々の足取り、この人はここからここに来て、最後にどこに行った、そこまでわかっておるわけでありますから、そのあとどうなったか、あるいは釈放になって町に出たか――ことに日本赤十字社が向うに行って交渉する前に釈放になった方があると思います。また広い国でありますから、帰れるということさえ知らない人が今でもおられるということも、その事実を指摘しておきました。それで、帰り得る状態にある人はすぐ帰れるようにしてもらわなければ困る。嘆願書を出してから半年もかかるという状態では困るから、すぐ帰れるようにしてもらいたい。またそういった趣旨を官の手によって末端まで十分徹底さしてもらいたいということも強く要望しておきました。今のお話の通り、現在これらの方々がどうなっているかということにつきましては、比較的にわかる状態の人と、最近において情報のあった人については、およその推測がつくわけでございますが、十年近くも前の資料にあった人で、その後何らの情報がない人につきましては、われわれの方で調査をする手がかりが困難になってきておりますから、そういったことを向うに誤解のないようによく調査を要望して、また家族の要望も向うに伝えておるわけであります。
  48. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 ただいまの問題につきまして、今回厚生省が十年間この問題をまじめに、しかも熱情を持ってやってこられた田邊援護局長を全権の随員に加えたゆえんは、今、御質問の点にあるのであります。マリク名簿の千三百八十五名ならば、松本全権でも済むのであります。しかしながら、このマリク名簿の千三百八十五名の留守家族の方は、お気の毒なことは同じでございますが、通信もあるし、安否もわかっておりますから、留守家族の方々もやや落ちついておられましょう。しかし今度援護局長が携えていかれました一万一千百七十七名という名簿は、その中には、帰還者の証言その他の資料によって三百八十数名の方は現に生存しておられるという確実な資料をこちらは持っておりますけれども、向うから何の答えも受けておりませんところの一万数百名の、要するに消息不明の留守家族の方が一番かわいそうな留守家族であります。ほんとうに、あしのささやきにもむすこの声であるまいか、夫の声であるまいかと思うような、全くたよりない十年を過しておられる消息不明者の御家族の気持に、厚生省としては何とかそこに報ゆるだけのあらゆる努力を傾けなければならないというのが、今回行ってもらった最大の用務であります。それにつきましては、局長自身が非常によくその点は十年間胸に畳んでおられたことでございますから、御遺漏なくやってきていただいたように私ども思っております。その点が、今回、今国会におきまして、留守家族援護調査究明に三カ年の期間を延ばしていただいたわけなのでありまして、厚生省といたしましては、三カ年間でも、またそれでも間に合わなければ、十年でも百年でも、一万一千百七十七名という消息不明者の消息が明瞭になるまでは、この法律を延ばしつつやっていかなければならないと思います。与えられた機会はどんな機会でもつかまえて、それに対して努力をするというのが、今回行ってもらった目的の主たるものでございます。
  49. 臼井莊一

    ○臼井委員 私の不思議に思うのは、今言ったように、名簿に出てこない一万一千からの人々、これはもう疑ぐりようによると、ソ連は千三百余名のハバロフスクにいる人を人質にしているということは、これはもうあちらからのお手紙によってはっきりしている。要するに、あわよくば領土問題と交換にしよう、極端に言うならば、これらの人の生命をもって択捉などを売れという人身売買を国際的にやっているというふうに言っても、極端の言葉でないと思うのです。そういうふうなことをやる国ですから、もしそれが片づいても、ほかにもまだこういうのがありますよというのが、またそのあとでひょっこり出てこないとも限らない。この点は、私は、慎重に研究するとともに、対処しなくてはならぬと思うので、そこで、この一万一千からの人を分析して、何か特殊の技術があるので、ソ連でこれは一つ押えておきたい、要するにソ連として有効に使いたい人をとめるとかというようなことが含まれているのではないかと思うのですが、何かそういうことについて、個人々々の特技とか閲歴とかいうものを分析して、御研究になったことがありますか、それを一つ伺いたい。
  50. 田邊繁雄

    ○田邊政府委員 一人々々分析した詳しい系統的なことは知りません。何分にも人の足らないという点がある。帰れるということをなかなか教えないということは聞いております。当然官の方から、あなたは帰れるのだと教えてもよさそうなのに、それを教えない。その結果帰れるということを知らない人がおるというようなことは聞いております。現に私は、ある偶然の機会にそういうことを知って帰ってこられた人の例も知っておるわけであります。そういった具体的な例はみな話したのであります。広い国であるから、そういうことを知らないでおるというのでは困る。調査は調査として徹底してくれ。何か申し出をしたならば、またどうかなるんじゃないかという不安の念を持っておる方もあるかもしれない。だから申し出たならばすぐ帰す措置をとるんだという趣旨を、官の手によって末端まで十分徹底さしてもらいたい。これは向うでもよく了承してくれたのであります。向うはしきりと隠しはしないということを言っておりました。また、マリク名簿に、いないはずであった民間人というのが出てきたわけであります。臼井先生の御要望、御心配の向きは、私も十分心配いたしておりましたけれども、この際は、未帰還者の名簿を全部そろえて向う側に渡してほしいというのが、留守家族大会の一致した強い御要望であったわけであります。ごもっともの点でございますので、その点はそういうふうにいたしましたし、なおこちら側はこちら側として、さらに調査を継続して参っておることは当然でございます。
  51. 木村文男

    ○木村(文)委員 政務次官に一つお伺いしておきたいのであります。政府は今までに、抑留者に対しまして、栄養状態のことを心配せられて、いろいろの手を打っておられたようでありますが、今回のハバロフスク事件について先ほど外務大臣にお伺いしたのと関連いたすのでありますが、食事を減じたり制限する懲罰をしているわけであります。そういうことを考えますと、私どもは非常に健康状態が案ぜられる。そこで、厚生省としては、これに対してどういうような方途を今までとっているか。また今後は特にこのハバロフスク事件に即応しまして、どういうような方途を講ぜんとしていられるか、この二点についてお伺いしたい。
  52. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 御指摘の点は、私も長く引き揚げの問題に携わってきた者といたしまして、非常に心配をいたしました。政府全体の考えとして、今後どうするかという具体的な考え方は、私まだ承知をいたしておりませんが、厚生省といたしましては、政府の態度がきまりましょうと、きまりますまいと、この体位を低下するであろう心配な事態にじっとしておられません。そこで、御承知の通りに、木村先生が特に御心配いただきました三十年度の二月分、三月分は、まとめて日赤その他一般国民の方からお寄せになりました約七千個のものを大成丸ですでにお送りいたしました。これが無事到着してくれればいいがと念じておるものでありますが、まだ到着したという確報を得ておりません。そこで、この新年度の四月分、五月分というものは、すでに厚生省は用意をいたしております。その中に何を入れることが最も適当かというようなことも気になりますので、私、きのう、ハバロフスクのラーゲルで四年、五年苦労をされた方からつぶさに聞きました。やはり私ども厚生省が考えましたこととちょうど当りまして、高血圧の原因の大きな理由の中に、ヨード分の不足があるようでございました。この間厚生省から送りました二月、三月分にも、その点は配慮いたしまして、コンブあるいはワカメのようないろいろな製品をまぜて、そういったようなものを相当大量に入れたのでありますが、昨日聞きましたお話もそういうことが多うございましたので、四月、五月分にはその点をなお配慮して作りたいと思っております。  どういう方法をもってこれを届けるかということでございますが、これもぐずぐずしておる段階でございません。日ソ交渉とは全然別の立場で厚生省は考えておりますので、今申し上げましたような無期休会というような状態になりまして今すぐ考えられることは、赤十字に立ち上っていただくことが一番でございますし、これならば可能性がございますので、日赤と御相談いたしましたところ、われわれとたまたま日赤でも同じような考えをお持ちになっていただいておりますので、運輸省の巡視船あるいはその他の便宜な船をお願いいたしまして、至急に日赤の方々が慰問していただくと同時に、その援護物資を携えていっていただきたいということで、今、交渉が進んでおります。日赤でも全く同感で、厚生省としては、運輸省、外務省とその線で、全く交渉とは別に、すみやかな機会にそのことが実現できるように交渉中でございます。
  53. 木村文男

    ○木村(文)委員 それでは援護局長にお尋ねいたしますが、先ほどから各委員からいろいろとあなたの使命のことにつきましてお尋ねするとともに、また今後の希望等もございました。私は角度をちょっと変えまして、あなたが日ソ交渉の随員としておられる間に起きたところのハバロフスクにおける請願運動に関しまして、ソ連側がこれを知っておられたかどうか、まずこの一点をお尋ねいたします。
  54. 田邊繁雄

    ○田邊政府委員 私が向うに行って話しましたのは、向うの随員の方でございますけれども、ハバロフスクでこういった紛争事件が起っておることは、向うは知っておらなかったようであります。
  55. 木村文男

    ○木村(文)委員 今のお答えでありますると、われわれの同胞が、もう最後のどん詰まりにきて、自分の健康状態も十年の間に相当憂慮しなければならないような状態にまできた。そこでこれはソ連がわれわれを日ソ交渉の人質としてやっているんだということを感づきましての行動でありましたので、自分たちの生命は、国家に迷惑をかけてはいけない、あくまでも自分たち自身で守ろうとする犠牲的な憂国的な愛国の精神から出たところの今回の行動である。向うで知らなかったのに対して、あなたはこのことが起きているんだということを先方に知らしめましたか。
  56. 田邊繁雄

    ○田邊政府委員 実は、請願運動に関する詳細な報告はずいぶんあとになってから私どもに届いたのであります。私がしょっちゅう向うに行って、ものをいうことは、日ソ交渉の場合にはなかなかむずかしゅうございました。向うと詳細に打ち合せて参るのでございますが、私が参りましたのは十九日でございました。そのときには、詳細なる資料は私のところに届いておりませんでした。しかし、私昨年以来事件のあの発端があったことを知っておりますので、その後体力が非常に低下しているという事実は十分知っておりました。大半が強制重労働に耐えない状態になっておる、病人が非常に多いということは知っておりましたので、私はこの事実を強く指摘いたしました。栄養、学働その他健康上の問題が、ハバロフスクにおいては非常に重要であるということを特に指摘して参りました。請願運動の趣旨はあとで調査したのでございますが、これも私は十分向うに連絡する機会はなかったのでありますが、ハバロフスクに事件が起きているということは、私及びその他の方によって伝えてあります。私も伝えておきましたし、また後の機会におきましても伝えてあると私ども考えております。
  57. 木村文男

    ○木村(文)委員 大体この請願運動が起きていることが向うに伝わったということでございますから、相当向うでもショックを受けたろうと思います。そこで、次に消息不明者が今なお一万一千百七十七名あるというお話でありますが、この問題について、先ほどから同僚の臼井委員からもいろいろとお尋ねがあったのでありますが、私はこの一万一千余名の人たちの留守家族の心情を思いますと、現在とっておりました政府の調査の方法は、いま一歩進めた方法を講じない限りは、これは容易につかないことではなかろうかと案じられるわけであります。十分やっているでしょうけれども、なかなか留守家族の方々を納得させるまでには容易ではないと思う。そこで私は、この際政府として、これではいけないという考えをお持ちになり、何らかの方途を講ずる御意思がないかどうか、今までと違った方途を講ずるつもりはないかどうかということをお尋ねしておきたい。
  58. 田邊繁雄

    ○田邊政府委員 御質問の点は、国内における調査のやり方についての御質問ではないかと思うのでありますが、従来、過去に帰ってきた帰還者から、同じ時期にその同じ収容所におったと思われるような未帰還者を対象といたしまして、それについていい資料を持っておると思われる人を呼びまして、合同的に、一晩なり二晩なり泊っていただきまして、過去の記憶を呼び起してもらいながら、いろいろと調査を進めているわけであります。詳細に、病院なら病院の中にこういうふうにベッドがあった、ここに入った人はこういう人で、こういう人は記憶がないかと、写真まで見せまして、調査をしておるわけであります。そういう方法を今講じておるわけでございますか、過去に十年ないしはそれに近い年数がたっておりますと、記憶違いということがよくあるわけであります。よほど慎重にいたしませんと、うっかり間違った証言をしてもらって、あとで取り返しのつかないこともできて参りますから、一人ではなしに、数人からそういう状態を聞きまして、慎重に調査を進めておるわけであります。この方法が一番確実なやり方であると思っております。ただしかし、これは何分にも古い記憶をたどってやるやり方でございますので、これと並行いたしまして――何といたしましても、確実な資料を持っておるものは向うでございまして、向うが連れていって向うがちゃんと収容所に入れたのでございますから、向うが記憶がなければならないはずでございますので、それを出せ、その資料に基いて調べるというのが、今回新しく日ソ交渉が行われる機会をちょうど利用すると申しますか、絶好の機会でございますので、その調査をこれに並行するということをいたしたわけでございます。
  59. 原健三郎

    ○原委員長 多数の質問者がありますから、簡単に願います。
  60. 木村文男

    ○木村(文)委員 ソ連地区以外に、中共その他の地区に、消息の全く不明者がどれくらいありますか。
  61. 田邊繁雄

    ○田邊政府委員 今ちょっと資料を持ってきておりませんが、北鮮地区と満州地区に多いわけであります。しかも終戦前後が一番状況不明者が多いわけであります。ソ連の場合は、連れていったのでございまして、収容所に着けばカードを作るとかいう仕組みになっておりましたので、向う側としても、調査が容易であるわけでありますが、満州地区における調査につきましては、ソ連地区の場合と違って、その点は非常に困難ではないかと思っております。この点につきましては、赤十字が向うに参りましたときに、一定の調査方法を提案いたしまして、向うの同意を得て実施することになっておるわけでありますが、これは通信ということであります。これはまだ完全に実施されておらないようでございますが、非常に困難ではございますけれども、何らかの方法によって、少しでも消息を明らかにしておくという手段をとっていきたいと考えております。
  62. 原健三郎

    ○原委員長 石野久男君。
  63. 石野久男

    ○石野委員 山下次官と田邊局長にお尋ねいたしますが、今引き揚げ問題の一番大事な点は、今度の日ソ交渉が十分な成果を得ないままに一応中断されたということ、そのために、やはり引き揚げの問題が話に乗らないというような状態になっておることだと思います。そこで田邊さんは、今度の交渉では随員として行かれた。先ほど外務大臣からもお話を承わりましたが、田邊さんは長い間特にこの問題を専門にお取扱いになってこられて、今度の交渉の過程から見て、今までのようなやり方でこの引き揚げ問題の解決が促進されるというふうにごらんになっておいでになったか。それとも、やはりソ連側がいろいろ言っているような問題、ああいう問題を一応は政府としては考えないと、この問題が解決できないのではないかというような考え方になられたのか。こういう点を一つお聞かせ願いたい。また山下次官には、そういう問題をお取扱いになっている担当者としまして、どういうふうにお考えになっておるかということをお聞きしたいのです。  私がなぜそういうことをここでお聞きするかといいますと、私たちが、たとえばハバロフスクにおいでになる方々の健康上の問題をいろいろ憂えたり、あるいはまた待遇上の問題をいろいろ憂えても、これらの問題に対する私たちの手当というものは、あの人たちがやはり一応本国に引き揚げてこなければ、どうしても十分な手当はできないだろうと思います。従って、私たちがあの人たちのために、また留守家族の人たちのためにも、一番考えなくちゃならぬ問題は、この人たちをどうして一日も早く引き揚げさせるかという問題です。どうして早くこれを本国へ帰すことができるかという問題になると思う。しかもその問題は、今では国際的な間において、国と国との間の交渉の問題になっております。交渉の問題になっておる以上は、これは留守家族の方もそうだし、あるいはまたその衝に当っておる人々も、見通しというものを正しく持たなければいけないと思うのです。私たちだけの感じでいろいろものを進めても、相手のあることだから、相手の問題を無視しては進まないということ、これがやはり国際交渉の常識だろうと思う。そこで私たちが、今、国の中でも非常に大きな期待を持って――特に鳩山内閣は、その内閣が成立する当初においては、引き揚げの問題は、日ソ交渉の問題は、どんなことがあっても解決するのだという話をされておったように思う。こういうようなことを考えまして、今ここでほんとうに日ソ交渉の中断された形の中で――われわれの仄聞するところによると、引き揚げの問題と漁業の問題だけは、別途にこれを処置するのだという考え方のようでございますが、やはり田邊さんは向うへおいでになって、いろいろ交渉の過程の中で、そういう見通しが正しい認識であり、そういうやり方は間違いなく国民をそこに信頼させていける問題だというようにごらんになっておいでになったかどうか。この点を、あなたの御経験とその交渉の中での御認識とによって、御答弁いただきたいと思う。また次官は、そういう問題についてどういうようにお考えなのか、この際聞かせていただきたいと思います。
  64. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 石野先生の御指摘されました問題は、私思いますのに、たとえば松本全権を最初に送りますときの日比谷原頭の留守家族全国大会における決議から申しましても、人道上の立場から、交渉以前の問題として、この引き揚げだけはすみやかに片づけてもらいたいというのが、あの日比谷原頭の決議でございました。私どの点から考えましても、政党政派とかなんとかいうことでなく、この問題は交渉にからみ合せたり、政略にこれをお互いに利用したりすることは、少くとも氷の中で十年苦しんでおられる人たちに報いる国民の態度ではないと思います。何といたしましても、これは政党政派を超越いたしまして、何とすれば一体この十年苦しめた人たちを一刻もすみやかにお帰しすることができるか。漁業の問題も大切でございますが、私どもはいろいろな交渉の問題だとかあるいは国論の分裂とかによってとうとい人命を損傷するようなことがあってはならないと信ずるものでございます。どうかそういう意味におきまして、この問題の扱い方に対しましては、もういかなることも政争の具にすることなく、交渉の巻き添えにすることなく、この問題だけを解決することのために国民が立ち上ることが必要であろう、私どももぜひそうしていただきたいと、かたく信じております。
  65. 田邊繁雄

    ○田邊政府委員 私に対する今後の見通しの御質問でございますが、私この問題は、もっと高いレベルの問題でございまして、私個人の意見を申し上げることは差し控えたいと思います。
  66. 石野久男

    ○石野委員 もちろんこの問題は鳩山内閣の基本的な問題に触れると思います。ただいま山下さんから言われました、この問題を政争の具に供したり、あるいはいろいろと交渉のなににしてはいけない、これは私もそのように思います。ただ私たちが憂えなければならないことは、かりに山下さんがおっしゃられるように、国論がそういうふうに統一しました場合においても、問題はそれで解決できるかどうかという問題なんです。やはりこういう問題は国際間の問題です。国の意思が一つの方向にきまりましても、相手の国との話し合いの中でそれがうまくいかなければ、やはりこの人たちは長く向うにとどまらなければいけない。私たちはこういう問題を別段政争の具や何かにするものではない。留守家族の方々は、一日も早くこの人たちが帰ってくれるようにということを念願している。そういう立場から見て、この問題がほんとうに国際場裏の中で、日ソ交渉の中での問題とは別扱いされるような範疇にあるかどうか。もしあるならばその考え方がいいのです。しかし向う方がその範疇にないものとして取り扱っているときに、それを留守家族にあたかもそれができるかのごとく言い、国民に対してそういうふうに言っているということになりますと、これは非常に国民を誤まらす。留守家族もまたそういうことによって誤まってくるわけです。誤まった希望を持つことになる。そこで政治家の大事な役割は、そういう問題に対して、正しい認識を持つことだと思う。そういう意味で、私はそういうような希望が持てるのかどうか、このことを当局者としてのあなたにお聞きしている。
  67. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 こういった問題は、国論が統一してもできるかと仰せられますけれども、そういうことではいけないのでありまして、国論を統一するということによって、ソ連に反省していただけると私は考えられるのであります。今これを交渉の中に一緒に考えておられることそのことが間違っているのでありまして、国論が統一して、とにかく日ソ交渉は誠意をもって今後も進めていくから、この問題だけは性格が全く違う人道上の問題であるから、そこのところはどういうふうにお考えになろうとも、日本の国論が上統一して、その強い力でソ連に訴えれば、ソ連は必ず善意をもって反省していただいて、切り離して帰していただけると私は信じます。
  68. 石野久男

    ○石野委員 私はそのなには非常によくわかります。また私たちもそうありたいのです。そのように努力いたします。ただしかし、話し合いというものは相手があることでございますから、その話し合いの相手がそういうふうに希望通りな考え方を持っているとか、あるいはそういうふうな取扱いをしてくれればよろしいと思うのです。しかしこのことについては、松本全権も今度帰られて、やはり日ソ交渉の問題が先行しなければならぬような口ぶりの話をしているのを、私は新聞なんかで見ました。それから、私どもがソ連に参りましたときの話し合いの中でも、この問題については、辻政信氏あたりのいろいろな発言もありましたけれども、フルシチョフ氏の話は、これは一応向うでは戦犯の問題として取り扱っている、そのために、この問題については、双方の平和交渉の問題が先行するのだということをはっきり言っているわけです。そしてまた、その方向へマリク、松本両全権が両者の会談を進めているように見受けられます。従って、私たちがソ連へ参りまして、フルシチョフあるいはブルガーニンと話し合いをしたときの話が、私はそのままソ連の方向として出ているように思います。こういう考え方で向うがいる場合に、ただいたずらにそういう希望的な観測、あるいはこちらの主観的なものだけで話が進まないとすると、十年が十二年、十三年になっていくという危険が出てくる。もちろんこれは外交の基本的な問題になって参りますので、領土問題とか、あるいはこういう引き揚げの問題と平和交渉の問題をどういうふうにするかという問題にもなりますけれども、厚生業務の担当者としての山下さんに私がお聞きしたいことは、そういう問題が基本線の中にありながらも、ただこちらの希望的観測だけで、国論を統一すれば向うはそれに応じてくれると考えることは甘いだろうと思う。そういう基本的な問題の考え方がはっきりしないと、やぶにらみになってしまう。運動の方向がやぶにらみになってしまうと、矢がちっとも的に当らない。的に当らない矢というものは、幾ら射たって役に立たない。だからそういう点で国民大衆に正しい方向を、政府並びにその担当者である皆さん方の見方というものをはっきり示す必要があるのじゃないかと私は思う。そういう意味であなたの希望的観測だけでいいかどうかということをもう一度お聞きしたい。
  69. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 石野先生の御指摘でございますが、日ソ交渉の様相は、あるいはそうなっているかも存じませんけれども、私はその考えをどうか一つこの敗戦国日本のために、人道上こんなことが許されていいかどうかというたった一つの問題、日本が力を超越して、いろいろなものを超越して世界に訴えられる問題はこれだけでございますので、気の毒な抑留者に対して私どもいろいろな力の差だとか交渉の状況だとかいう条件からはずして、八千万の国民が打って一丸となって、世界に訴え、ソ連に強力に訴えられる私は唯一の問題だと思いますから、向うの条件がこうだから考えを直せと仰せられることは当らないと思います。どうしてもこの問題だけは世界の人道に訴えて、日本が声を大きくしてソ連に訴えられる唯一の問題だと思いますので、どうかそのように石野先生におかれてもお考えになり、国論を統一する線に合一していただきたいと思います。
  70. 石野久男

    ○石野委員 今私の考え方があたかも国論を分裂させるごときような御答弁でございます。そうじゃないのです。私どもは日本の国を憂えている。あそこに抑留されている人たちが一日も早く本国に帰ることを念願するからこそ、正しい認識を持つための立場をわれわれは持たなければならないという考え方でいるのです。もしどんなに統一された意見を持っておりましても、やぶにらみであったらいけないということを私は言うんです。その点について、ただ一方的な観測だけでいいかどうか。確かに正義人道上の問題であるし、それは正義です。そのことはよくわかっている。だけれども、向うは向うとしての立論なり根拠を持っているという言い方をしている。それをなぜそれではマリク全権あるいは松本全権が話し合いをするときに、社会に訴えられるところまで、また向うを納得させるところまで言えなかったかどうか。こういう問題になってくると思う。だから私は別段ここで国論をどうしよう、こうしようというのでなくして、私たちの考え方は、やはりそういう相手のあるということや、それをどういうふうに考えるかという問題なんです。そういう考え方のある向うをだめだと言うことであったら、交渉は一日もはかどらないのです。そういうことでどうして抑留者を日本に早く帰すということができるでしょうか。少くともあの大きな戦争の後に、どういうような形でありましょうとも、こういう欠陥が出ているのです。こういう欠陥が出ている現実の問題に対して、引揚者の心情に訴えるということはよくわかる。しかし引揚者を誤まらしてはいけない。また引き揚げを希望する人を誤まらしてはいけない。私たち自身も誤まってはいけない。事実を客観的に正しく見るということが一番大事だということを私は申し上げたい。決してあなたのおっしゃるように国論を分裂させるというような考え方ではないわけです。やぶにらみをしてはいけないということを、私はこの際申し上げたい。  そこで私はこの機会にもう一つお聞きしておきたいのでございますが、交渉がこのままになって中絶されたままでおりますと、やはりいろいろな形で、厚生省がいろいろな援護物資とかあるいは慰問品を送ったり何かいたしますけれども、なかなかそれだけでもこちらの思いは十分に向うには通らないだろうと思います。それからまた向うの方々の苦労は、どんなにいい待遇をかりにされておりましょうとも、ああいうところでいろいろな刑を受けてやっている者にとっては不十分です。そのことは私はハバロフスクに行くことはできませんでしたけれども、イワノボに行ったときに、そういうふうに見て参りました。イワノボにおられる約三十数名の方々は、案外に待遇の問題ではそんなに不満を言っておりませんでした。しかし一日も早く故郷に帰りたいということだけは痛切に訴えておりました。ちょうどドイツのアデナウアーが参りまして、そして、同じその収容所におる方々には、私たちの行ったときにはもうすでに帰る準備をしておる、そういう状態になっておりましただけに、一日千秋の思いで、特に昨年中に、一九五五年の間に日ソ交渉が解決して、われわれは帰れるだろうという淡い希望に全精力を打ち込んで、彼らはその希望をつないでおったと私どもは見て参りました。そういうことを考えましたときに、先ほど外務大臣に対する受田さんの質問にもありましたけれども、この問題について政府がもっと積極的な態度を打ち出して、交渉をするということをしなければならないわけです。私はもう一ぺん聞いておきますけれども、その場合に、先ほどあなたがいわれた講和条約だとかあるいは交渉の刺身のつまにするなどということで、この引き揚げの問題を解決するめどがあるのかどうかということを一つ御返事願いたい。また厚生省としては、そういうやり方で留守家族の方々や、あるいは向うに行っておる人たちに対する十分な手当をしたというふうにお考えになっておるのかどうか、その点も一つ御返事願いたいと思います。
  71. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 今後交渉をどうするかということは、全く厚生省の所管の問題でございませんので、私はあくまで今、請願運動をしておられる方方、及びソ連に生存しておられる方々に慰問の手を差し伸べるということを急速にいたしたい。そしてそれが十分な慰問であるかどうかということは、いろいろ御議論もございましょうけれども、私どもの立場として今できるだけの、あとう限りの最大を尽したいという考えを持っております。それでいいと思うかどうかということでございますれば、私はすみやかに帰していただくようにするということでございまして、しかも一方的なやぶにらみを幾ら言ってもだめじゃないかと言われますけれども、私どものこの願いは、国を一本にしてソ連にそう頼みますときに、ソ連といえども、この問題が全く交渉外の問題であるということは、同意をしていただけるものと確信をしております。文化国家を名乗られるソ連が、さようなことがわからないはずはないと私は考えております。
  72. 保科善四郎

    ○保科委員 関連して。山下厚生次官にちょっとお伺いをしたいのですが、慰問物資を送る場合、何か向うと相談をして、定期便のようなものを出して、そして向うだけにたよることなく、こっちからそういう物資を送るというような手配ができないものですか、それをちょっとお伺いしたい。
  73. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 このことは、そういうことをぜひ講じませんと、日赤に四月、五月分を持って行ってもらいましても、次の六月、七月分をどうするかという、そのつど大へんなことになりますので、あとう限り日本の便船、あるいは特に運輸省の巡視船等を出してもらいまして、ナホトカまで持って参りましたら、ナホトカから先はソ連赤十字の配慮によって直ちに現場に急送されるような方法を、ぜひこの際日赤をして交渉してもらいたいと相談中でございます。
  74. 戸叶里子

    ○戸叶委員 関連して。慰問品の問題が出ましたが、ドイツなどの例を見ましても、国が非常に考えて慰問品を送っておられる。日本がおそいながらもそういうことに熱意を持ち出してきたことは、まことに必要なことでございますけれども、ここで今、政務次官のお話を伺っておりますと、四月、五月はもう用意をしてあるということですが、その後もなるべく計画的に送っていただきたいと私は思いますが、そういうような御計画はお持ちになっていらっしゃるかどうか。それから四月、五月は大体どのくらいお送りになろうとしておられるか、お伺いしたい。
  75. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 これは今後抑留者の方々がソ連にとどまられる期間中、国家として継続して送るつもりでございます。それから数は、これはいろいろございましょうけれども、とりあえずマリク名簿に示されました、ソ連がこの人は確実に生存しておるといって出しました千三百八十五名に対して千三百八十五個をそのつど送りますし、一回の中身を金額で表わしますれば大体一千四、五百円程度のものを毎月一個ずつ、それだけの数を送るつもりでございます。
  76. 戸叶里子

    ○戸叶委員 それはすでに予算を取っておありになるわけですか、
  77. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 さようでございます。
  78. 原健三郎

    ○原委員長 受田新吉君。
  79. 受田新吉

    ○受田委員 山下政務次官、私は、この引き揚げ問題は、外務省はとかく、先ほど外務大臣の御答弁のごとく、儀式的に外交をやろうとする傾向があるのです。従って身を入れてこのために戦おうとするならば、厚生省が、直接人道の立場で、問題解決の立場から積極的に乗り出す必要があると思う。従って田邊さんが現地へ行かれたことは、その点プラスだったと思う。そこで、外務省は先ほど来ここで答弁されるごとく、とかく冷静過ぎて、解決にはなはだたよりない感じがするのであります。特別法人である日本赤十字社というものは、厚生省所管であると信じておりますが、日本赤十字社がもっと積極的に外務省のしりをたたき、島津社長以下が、一度はソ連にも行ったことがあるのだが、この際世界の人道を尊重する人々の良心に訴えて、国際的な赤十字の結集においてこの問題に直ちに乗り出させる、そういう手を打たせる考えはないですか、そういう点の御見解を伺いたいと思います。
  80. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 私はこの問題が起りましてから直ちに手を打ちました。向うとの折衝等の時間を今要しておる段階でございまして、直ちに手を打ちました。日赤の社長もこのことに対して全く同感でございまして直ちに動き出しておるのでございます。
  81. 受田新吉

    ○受田委員 いつ手を打たれ、そしてそれからどういうような手続で直ちに手を打たれたか、内容を御説明願いたいと思います。
  82. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 すぐに、日赤の立場において、体力を低下させるような請願運動をほっとけない、何とか体位の低下しないようにすることと、精神的な御慰問をしなければならないために、日赤が直ちに現場に行く手続をソ連赤十字と交渉していただいて、その同意を得て行動を起してもらいたいということを申し入れ、向うでもそのつもりでおられたのでありまして、今そのことに対して向うへどのような電報を打つかということを――私は政治家でございますから簡単にさようなことを考えますが、赤十字当局及び外務省とは、赤十字が了承し、このことを行おうとする決意のもとに外務省と相談しておる段階でございます。
  83. 受田新吉

    ○受田委員 赤十字をして叱咤激励をされておる山下先生のその御熱意は、もって壮とすべきであると思います。しかし赤十字社がさらに外務省と折衝をして、骨抜きにされる、出鼻をくじかれるというような心配はありませんか。
  84. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 それは心配はございませんで、外務省がこういうことに反対しておるとはいささかも思っておりません。大丈夫それは近い時間に結論を出して御答弁できると思います。
  85. 受田新吉

    ○受田委員 きわめて近い機会に結論が出るという御回答であります。私は大いにこれを期待しておるわけなので、世界を通じて、高い人道の理想に燃える組織体はやはり赤十字社である。従って国際赤十字を通じての動き、ソ連の内部にもそうした人道を尊重する組織もあるのだから、それが末端にまで徹底するならば、今、生死不明の、すなわちマリク全権の名簿になかった人々の消息も、ソ連の赤十字社が積極的に動いてくれたならば、それはもっとはっきりすると思うのです。この点においては、日本赤十字社が自由に動ける立場にある現在の地位を利用して、うんと活動してもらわなければいかぬ。その赤十字社を活動せしめる原動力はやはり厚生省であり、国民の声だと思う。ところが今ここにおいでになる木村さんが、さっき私の質問のあとで、外務大臣にこういうことを言っておられた。今、日本の国は、世論を統一して、すべてのものが一本になって、国論が統一された上において外務大臣が動くのであるか、こういうことを問われたわけであります。ところが国論は今もうちゃんと統一している。引き揚げ問題で異存を唱えている者はおらぬのであって、山下さんもさっきから国論の統一を叫んでおられますが、党派を越えて、この引き揚げ問題は一生懸命やろうという国論はちゃんときまっておる。この国論に、引き揚げ問題で異論のある人はないのです。従って、もはやちゅうちょなく手を打っていいのであって、今から国論の統一の熟する機を待ってゆっくりと考えたいというようななまぬるい行き方では、この問題は解決しないのであります。私はその点について、山下さんも国論の統一がないのでとか、いろいろと言うておられましたが、国論が統一しない引き揚げ問題の早期解決を願っていないというような者を私は考えていないのであります。この点、山下さんの御心配されているところは、私の今の発言で解消されたでしょうか、いかがでしょうか、お伺いしたいのであります。
  86. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 国論は統一しているという受田先生の御指摘、私まことにそうあることがありがたいと思っておりますし、またそのことも認めますが、国論が統一していないから、日赤をぐずぐずさしておるということは全然ございません。そのことは、国論がいかなる格好でございましょうとも、日ソ交渉がどうでございましょうとも、私ども厚生省としては、寸時もゆるがせにできない問題でございますから、直ちに日赤が活動するように相談をいたしておるのであります。今国際赤十字とおっしゃいましたが、御承知の通りに、ソ連は国際赤十字に加盟いたしておらないのであります。従って日本赤十字社とソ連赤十字社とが直接折衝をいたさなければならないところに、外務省に多少の手続を相談しなければならない問題がございますので、そのための相談をさしておるのでありまして、国際赤十字に入っておりさえすれば、これは非常に事がやさしいのでございます。そういうことでございますから、その点はどうぞ誤解のないようにお願いいたします。
  87. 木村文男

    ○木村(文)委員 ちょっと関連して。今、受田さんから私の発言を引用せられてのお話がございましたので、言わざるを得なくなりました。私は何のためにそのことを心配したかといいますと、今の受田さんが言うている言葉は、私の質疑とはその趣旨は違うのです。なぜ私は違うかといいますと、外務大臣に対する私の質疑は、こういうことを申し上げたのであります。外務大臣が外務大臣としての立場において外交の衝に当るためには、国論の統一のある強い支持があってこそ、その世論に乗ってやるのが一番力強いだろう、そうお考えになられますか、こうお尋ねしたのです。そこで私はなぜそれを申し上げたかといいますと、実を申し上げますと、二つのことを申し上げたい。社会党の諸君は、あまりおへそを曲げないでお聞きとりを願いたいと思うのであります。去る二月の二十三日の当委員会で、大きな問題のありました社会党の訪ソ議員団がハバロフスクの収容所を訪問せられた際に、いろいろ国民の間に疑惑を持たれるようなことがございましたので、当委員会においてそれを究明することになり、野溝団長を参考人とし、並びに社会党の穗積代議士を委員外発言者としてここにおいでを願いまして、いろいろその真相を究明せられたのであります。その際に-実を申し上げると、先ほどから私はこれを申し上げたかったのでありますが、すべてこの問題は超党派的にいかなければならないと思いましたので、あえてこのことは省いておるのであります。そういうような観点からいたしまして、私はまず言葉をずっとやわらげて、外務大臣の責任において、世論が統一して、強力なる国民の要望を背に立った場合において初めて大きな力が生まれてきませんかと、こうお尋ねしたわけであります。そこで、これは去る二月二十三日と二十四日の議事録を読んでいただけばわかります。この二日間にわたって、私どもは朝の十時から六時まで、この問題を論議いたしたのであります。長い間この委員会におられた受田さんが、当時ちょうど何かの委員でずいぶん活躍せられておって、とうとう御出席にならなかった。戸叶委員はずっと出られておったのであります。そのうちでも一番かなめの二十四日の日には出ておりませんが、その際に実は栄養の問題等も大きく取り上げられて論議されたのです。そのときのお話によりますと、穗積代議士も――これは議事録を読んでみればわかりますが、まあ大体において栄養はよろしゅうございます、医療の方も十分普通の日本人と同じであります、こういう答弁をせられておる。のみならず、札幌における社会党の野溝団長の報告演説においても、私はその手紙を全部持っておりますが、山口市における報告演説会においてもこのことを言うておる。そうしますと、今、請願運動に命をかけて、国策の大義を曲げるなというような叫びをしてまでも――われわれは今の健康状態は憂慮される健康状態であるために、どうしても強制的な労働にも耐えられないが、国策を曲げたくないという真情を訴えての叫びとあわせてみますと、あまりに――国会議員として直接ハバロフスクの収容所に行って視察してきている社会党の諸君が一わかりますか、それを今あなた方のここで政務次官に対してのお話は、国論の統一ということからいっても、私はあまりにも違う一つの報告であると思うのです。どこを視察してきて、どういうふうに言ってきているのか疑わざるを得ないのです。よしんば百歩譲って、見せないとしたら――それこそ社会党の諸君は常に命を張って戦いをしておるのだ、私はこれには敬意を表しておるのです。すべてのことに対してもしそうであるとするならば、国内においてだけでなく、八名の訪ソ議員団の諸君はハバロフスク収容所で死んでくるぐらいの気持をもって私は調査に切りかえるべきであると思う。私はそれを期待したかったのです。それがあまりにも違う報告を出されたことを反省を求める。これが第一点。  第二点は、三十日の本会議において、自由民主党と日本社会党との共同提案をもって、この在ソ同胞の引き揚げ促進に関する決議案を出したわけであります。その出すに至るまでの間の交渉は、原稿はわれわれも作りましたが、これは社会党の国会対策委員会を通して、社会党の国会対策委員会と折衝を重ねて、われわれはこの文句までいろいろと譲り合って、超党派的な立場に立って処理をしたいという気持から、すべてこれを譲りまして、そうして実は出したわけだ。(「質問をしろ、それでは議会報告ではないか」と呼ぶ者あり)黙って聞けや、最後に質問するよ。そこで私はいろいろのことを趣旨弁明の中にも書いたのでありますが、これらの事も超党派的にやらなければならぬということを考えて、これも削除いたしまして、そうして実は趣旨弁明をやったのであります。それがはからずも賛成討論者であります社会党の櫻井君から、実に当初から政府攻撃、与党攻撃にわたるところのそういうような言論が盛られた賛成討論が出ました。私は先ほどから山下政務次官の憂えるところのいわゆる国論の統一、この人道上の、ほんとうに国民一丸となって何よりも優先的に、日ソ交渉とも切り離して行うべきこの大きな問題は、一切の政党政派を超越して、すべての感情を抜きにしての道を歩きたい、そういう気持からこういうように運んだのが、結果としてああいうような事態になり、本会議は一時間有余もおくれるというような状態になったことを憂えたがゆえに、私はこの委員会において外務大臣に対してああいうような質問をいたしたわけであります。それが先ほどの私の発言を引用せられて、少し曲解した発言がございましたので、一応私の釈明的なことを申し上げておきたいと思う。  なおあわせて、この機会についでにお伺いいたしたいのでありますが、先ほどの社会党の受田君の発言もございました通り、この問題の解決のために、外務大臣、外務省あげて努力はしておりますけれども、厚生省としては慰問の面において、留守家族の援護の面において、あるいは名簿等の調査において相当の苦心をされておることは、ただいま山下政務次官から御発言がございました。山下政務次官が、今回の請願運動が起きたことによって直ちに手を打たれたということ、まことに私は本委員会の長い間の先輩としてむべなるかなと敬意を表する次第であります。どうかこの問題については今の御方針を曲げないで、そしてこの後とも日赤をして民間的な外交といいますか、今の慰問に行く方々の民間的な外交を進められる御用意があるかどうか、その手を打つ気持があるかどうかということをあわせて伺っておきたいと思います。
  88. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 日赤の立場で民間外交を進めるかという段階になりますれば、日赤もおのずと日赤そのものの基本的性格の限界がございますので、交渉を進めるかということには、ちょっと私はお答えいたしかねる節がございますが、とにかくこの引き揚げの問題についてのあらゆる努力は、日赤の立場においてしてくれることを信じますし、今後もあらゆる手を通じまして――ただ日赤だけしか知恵がないかと言われますれば、私は可能ないろいろのことを全部尽してみたいと思います。ただいまのところは日赤を通じて、この行き詰まったような空気を切り開いていくことの努力を継続していただきたいと思っております。
  89. 戸叶里子

    ○戸叶委員 ただいまの木村委員の御発言に、社会党として二、三申し上げておきたいと存じます。  まず一点は、訪ソ議員団のことにお触れになったようでございますが、訪ソ議員団は、御承知のように超党派で出かけて参りまして、たまたま社会党の者だけがハバロフスクへ行くようなことになりました。しかしこれは何も策略をしたことでもなくして、私どもハバロフスクへ行きたいという非常な熱望を持っておりましたものが、たまたまポーランドへ訪れましたその時間的余裕があったために、ハバロフスクへ行かれたのでございます。にもかかわらず、帰って参りましてから、社会党だけが行ったことは、何か策略があったのじゃないか、こういうようなことを考えていられる方があるということは、まことに残念なことでございます。そういうようなところから出てくるのではないかと思いますが、私どもがお預かりして参りました九百十一通の手紙、これは個人の家族にあてましたものはみなお届けいたしましたが、たまたまあて名が、たとえば日本の国民あるいは国会議員というふうに書いてございまして、その中に書いてあった言葉が、どうか国策を曲げないで、自分たちは犠牲になってもいいのだというふうなことが書かれてございました手紙を、私どもは別に隠したのではなくして、たとえば着きましたときにも飛行場で各社の人にこれを見せましたし、あるいは香港等におきましても、はっきりこのことは指示しましたし、私も、もしもごらんになりたければそれを持ってきてもいいと思いますが、朝日の地方版にもそういう点は書きまして、そして、しかしこういう気持の人があるとはいっても、その人たちの気持に甘んずるべきでなくして、もっと積極的に引き揚げ問題を片づけなければいけない、こういうふうに私は結んでおります。そういうふうなことも、あるいはまた栄養上の問題につきましても、私ども一緒に生活しておりませんので、どんな栄養かということはわかりません。ただ参りまして、たまたま庭を歩いておりましたときに走ってきた人が、きょうあなた方の来ることを何となく勘で知った、どういう勘ですかと言いましたところが、非常に掃除をやかましく言われた、こういうような点、あるいは食糧は一日米を三百グラムもらっていますから、まあまあというところでしょう、こう言われた。その言葉しか信じられません。そういうことも、私はこの引揚委員会がお休み中開かれませんでしたときに、非公式に申し上げておりまして、そのときの非公式の速記の中には確かに書いてあると思います。こういう点は、一つも隠しも何もしておりませんから、この点をどうぞ認識し直していただきたいと思います。  それから、先ほど疑惑を生むようなことがあったというようなお言葉でございましたが、たとえばその手紙のことだったと思いますが、この手紙のことに関しましては、今、木村委員御みずから御指摘になりましたように、二日にわたる委員会において、大へんいろいろとこまかに御質疑になりましたが、結局何もなくしてそのままで終ったのでございます。このことは御了承されたと思うのです。  もう一点、決議案のことですが、確かに超党派で出されました決議案に、社会党も当然、これは社会党でも出そうと思っていた折柄でもございましたので、両手をあげて賛成をいたしましたが、わが党の櫻井委員がこの決議案に賛成をし、政府の責任を追及すると言われたその言葉が、非常にお気にさわったようでございまして、櫻井委員はただちにその言葉がもしもまずいようなら取り消すと議長に申し出て、取り消されているのでございます。ただその内容等におきまして、引き揚げを促進させたいという決議、これはだれでも国民の持っている願いでございますが、その中で多少政府に対して、こういう点がまずいではないか、まずいからもっとよくしなさいという意見もこめての発言は、議員の発言として当然であろうと思うのでございます。従って、この二点の問題は、何かしら意図あっておっしゃることなら別でございますが、この引揚委員会というものは、もっと超党派的に解決すべき委員会でございまして、そうした党利党略といいますか、何か政争の具に使うような行き方は好ましくないと先ほどから皆さんがおっしゃっておられますが、私どもはそのつもりであっても、何かしらそちらの方で政争の具に使っているんじゃないかというような懸念を抱きますので、一応弁解をしておきたいと思います。
  90. 臼井莊一

    ○臼井委員 こういう際に、お互いに、そちらでとかこちらでとか言うことは、まことに私は穏やかでないと思うのです。ただ私この際非常に遺憾に思うのは、ハバロフスクへ行かれたとき、手紙以外に、大堀泰さんの傷害事件に関連して、請願書が野溝団長に渡された。ところがその請願書を昨年の暮れに手紙と一緒にこの委員会にお出しにならなかった。どうして荒巻さんのお手紙をお出しにならなかったかと言いましたら、それは請願書であったから出さなかったと言われたのですが、そういう請願書をお出しにならぬでも、政府当局にこういう請願がある、こういうことでお伝えになったかどうか、その点もし御消息を知っていられればお伺いいたしたい。
  91. 戸叶里子

    ○戸叶委員 その請願書は、私存じません。存じませんけれども、ただ私どもが向うにおられます方たちとの話し合いの中で、大堀泰さんという人がまことに気の毒な状態に置かれているから、何とかしてほしいという陳情は受けました。しかし、その内容の詳しいことはだれも話してくれませんでした。ところが、たまたま先ほど申しましたように、庭を歩いておりますときに、実はこういうふうにして横から出てきてなぐった、こうおっしゃったのです。そこで真相を知りまして、私どもと一緒に行ってくれました最高幹部会のドーミンさんには、このことはくれぐれもよく頼んで参りました。たとえば、ビタミンの問題あるいは新聞の問題、こういった問題もドーミンさんにくれぐれも頼み、またこちらへ帰りましてからもすぐソ連の代表部へも行って、頼んできたことだけは私申し上げておきたいと思います。
  92. 臼井莊一

    ○臼井委員 それは、お受け取りになって、そちらの係の方に、ドーミンさんに申し上げたということはほんとうでしょうが、ただわれわれはハバロフスク事件が起って、さらに振り返ってみて残念に思うことは、そういう請願書があったら、野溝さんとか一、二の人でそういうものを処理しないで――おそらく私の想像だけれども、戸叶さんやほかの方もそういうものを知らないというくらいの取扱いをするというところに、何か妙なふうにお互いに誤解するような、もやもやしたようなところが私は出るんじゃないかと思います。この荒巻さんのことは、たまたま第五次引き揚げの佐々木正制さんから荒巻さんという人もたしか手紙を出したそうだ、こういうことで名ざしで聞いてみたところが、それは請願書なので出さなかったということです。私さらに仄聞して、請願書を聞いてみると、この問題に関連して、六十名の者が第二分所の方に隔離されて、非常に苦労しているから、これをさっそく元の分所に戻すように取り計らってくれ、こういう意味のことまで書いてあった。こういうものはソ連のたまたまつき添いにきた者にそう言うより、やはりそういうことは政府にすぐ伝えて、そして政府はロンドンにすぐ移牒して、これを折衝する。こういうことがやはり望ましいことであるのに、そういうところからお互いに誤解が出たんだと思うのです。一つ今後は少くとも引き揚げ問題は日ソ交渉と別にして、協力してやっていく、こういうことで私はいきたいと思うので、ちょっとその点を申し上げて、お互いにどこの党がどうとかいうことを抜きにしてやっていきたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。
  93. 受田新吉

    ○受田委員 私は今、木村さんに御発言をいただくような意味の発言をしたわけではなかったんですけれども、発言をいただいたからそれでいいとして、私はこれまで、昭和二十二年八月十三日に引揚特別委員会ができて、まだ一回も委員をやめたこともなく、今日までまる九年この委員会に取り組んでいる一人でありますから、過去の委員会の空気をよく知っておりまするが、この委員会は党派をこえた委員会として、お互いに人格を尊重し合ってがんばってきた委員会です。これは人道を尊重する意味においての、そうしたかけ引きを抜きにして、誠意を持って当るという委員会であったのです。従って私が木村さんの発言を誘導したようになったその意味も、国論が統一されているという高い立場に立って私発言をしているのであって、別に政争の意味で言うておるのではないのです。ことに今、御引例になられましたことにつきましては、私、昨年の十二月十一日に大成丸で帰られた方々を舞鶴へ迎えにいったときには、帰られた方々の中にも、ハバロフスクへ議員さんが来られて非常にうれしかった。しかしそのときに、収容所においては、日ごろだったらなかなか許してくれないところの休憩時間も特に与えてくれたし、そうして掃除も特にして、お客さんを迎えるために、特に礼を尽すようなやり方をした。これはわざとやったようにも見えるが、ということでありました。これは収容所としては、客を迎えるのに、日本からだれかくるのであるから、まずいところを見せては困ると思って、ある程度要領を作ったということもあろうと私思っておるのであります。それは帰った人からも、そういう発言がなされておる。しかし一方、考えようによっては、日本からお客がくるので、礼を尽してそれを待つというような意味に解釈してもいいんだし、今まで日本人を全然迎え入れなかったハバロフスクとしては、日本人を迎え入れるという雅量を示しただけでも前進です。その意味においては、われわれはこれをとらえて、あまりかれこれするよりは、ソ連当局も一歩々々前進しつつある。日本人をハバロフスクまで連れてくるという雅量を示しておるということも、これはある程度了承しなければいかぬし、それからなおハバロフスクの収容所において、まずいところを見られてはいかぬというので、要領をやっているということも、われわれは一応知らざるを得ないのでありますが、しかしながら、いろいろのことを考えてみたときに、とにかくソ連におる日本人の消息が漸次明るみに出始めたということは、前進であるという意味において、われわれはこれを喜ばなければならない。そうしてなお残された問題で、待遇の問題でいろいろ議論があるならば、これをさらにソ連当局へ申し入れて、ソ連はもっと残留者を優遇してくれということを強力に主張する必要もある。こういうことは、やはりハバロフスクへ行ってくれた人々の報告や、またあそこから戻った収容者の報告等、いろいろ聞いて公平な判断をするのがわれわれの責任なんであって、私たちは、野溝さんたちも御苦労して下さった、またその報告の中になし足らぬところがあるならば、今度帰った収容された側の人々の声も聞いて、そうして両方で高い立場で調整をとった意見をソ連当局に申し入れて、ソ連の考慮を促すとかいうような手がいろいろあるのでありまするから、私はこれを取り上げて、特に野溝氏を中心に二日間も委員会を開いて、結果的には何も出なかったというようなことよりは、むしろ残留者の問題を早急に片づけるところに、党派をこえて総力を結集すべきであると私は考えておるのです。従って問題は、内輪のかれこれの議論をするときでなくて、一歩でも前進をする立場に立ってこの引き揚げ問題が解決をされるならば、これは双手をあげて賛成をしなければならぬ立場にあると思う。  そこで、山下さんにお尋ねしまするが、残念ながら現在は日ソ交渉は停頓状況になっておる。しかし、引き揚げ問題はゆるがせにできないというので、その引き揚げてこられない人々の留守家族がきょうも千鳥ケ渕公園でみぞれの中で苦労をしておられる、こういうことになると、これは現実の問題として、じんぜん月日を費すわけにいかないわけなんです。そこで私厚生次官に御回答いただきたいことは、第一に、今私が申し上げた中において、国論を統一するという方向に――日本の現実は、統一するという方向にあるのでなくして、現に国論は統一されている。従ってもはやソ連との交渉においてもちゅうちょすることなく、すぐ手を打っていい、重光さんがここでいろいろの情勢を勘案してやるなどという技術的に外交上の手続などを考えていたのでは、なかなか間に合わぬから、すぐ手を打っていただきたい。従って木村さんに私が申し上げたように、さっきの御発言のごとく心配はない、国論は統一されているのだから心配なくやってくれ、国内のいろいろな議論などに耳をかさぬでいい、八千万国民は打って一丸となって、残留者の引き揚げ促進を願っているんだということを前提にして、政府はやってもらいたい。今、国内の意見を心配される必要はない。従って、勇気をふるって打ってもらいたい第一の手は、赤十字を通じて国際赤十字社に働きかけ、ソ連赤十字社の協力を得るという手が第一。第二は、外交上においてできれば、今ここに外務大臣がおらぬのできょうは残念なのでありますが、外務省に直接の交渉にすぐ乗り出してもらう。それならば、重光氏が電報一本打ってモスクワに行ってもらってもいいのです。そして、ドムニツキーにある程度協力を要求してみても――これはもう代表部というのは問題にならぬのだからというので、あれを無視する傾向があるが、鳩山総理はあのドムニツキーを尊重して、書簡をもらって日ソ交渉が開始されておるという点においては、ドムニツキーは非常に存在意義があると思う。そういうような意味を考えて、外交上の手を打つ。第三は、まだ帰らない人々の留守家族に失望を与えてはいかぬ。この失望を与えるということは、これは非常に重大な問題です。戦後十一年、これだけ悲劇の人が世界中どこにありましょうか。このみぞれの降る、ぼたん雪のおり立つ千鳥ケ渕公園で、たき火をしながら、テントの中でなお帰還促進を願っておるような、政府の措置を待っておるような人がおるということは、世紀の悲劇です。こういう世紀の悲劇を対岸の火災視してはいけないと思う。従って第三の問題は、戦後十一年の苦労をかけているこの未帰還者の家族に、どの方面からか希望を与える措置を政府はとらなければならぬ。この間私は厚生大臣に追及したけれども、外相、農相、総理と三人が集まって、日ソ交渉が停頓しても、留守家族のためには、適当な新しい保障制度を作るという対策を立てておるかということを追及したら、厚生大臣は知らぬと言っておる。こういうなまぬるいことを考えないで、留守家族の保障の点についても考えること。さしあたり千鳥ケ渕公園で悲壮な決意で、このみぞれの中、テントの中で苦労している留守家族の人々をずっと何日もこのままにほうって、ああしてがんばらしておくつもりかどうか、その措置はどうするか。あなたの方の関係される分については、以上三点だけお答え願いたいと思います。
  94. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 国論の統一の前に、私どもは日本赤十字社に最大の努力をしてもらいまして、すみやかにわれわれのこいねがっておることが実現すべく努力をいたします。千鳥ケ淵で、みぞれの中ですわり込みの抗議を政府にしておられる姿は、私自身その前を通ることもできないほどの――実は私、微力でまことにそういう悲しみをさせておるということに対して、前をよう通らぬような気持でございまして、まさしく戦後日本最大の悲劇であると思います。このお気持にも、われわれは全力を尽して納得してもらうようにいたさなければならないと思いますが、土曜日に代表の方々が総理にお会いになりました。二、三日うちかあるいは近いうちに、何とか具体的なことを考えると総理が御回答なさったようでございまして、この問題につきましての内閣全体の考えは、近いうちにまとまるものと考えます。私、厚生省といたしましては、できるだけのことを尽したいと思っております。
  95. 受田新吉

    ○受田委員 厚生省としてはできるだけのことを尽したい、そうしてみぞれ降る千鳥ケ淵の池のほとりにただずむ留守家族に対しては、個人として何か手を打ちたいというお気持であるようでありますが、ああしてテントを張って苦労している人々を解決させる道は、なぐさめの言葉ぐらいで終ると私は思いません。従って何かの手をすぐ打ってもらって、年寄りの人々に苦労をかけないで、できれば早くあすこを引き上げてもらうような手を打ってもらいたいのです。そういう具体的な打つ手を今、研究中なんでありますか、あるいは山下さん個人として、何かそこに名案をお持ちでございましょうか。
  96. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 私このすわり込みが始まりますときの状況を存じておりませんので、つぶさには存じませんが、総理が二、三日のうちに具体的なお答えをいたすと言われたことに対して、皆さんはそんななまぬるいことでは承服できないということで、千鳥ケ淵へお引き上げになったように聞いております。従って、総理が二、三日うちに政府の所信をあなた方にお話しすると言われたのは、もう時間的にもおそらく今明日のうちに何かお話があると思いますので、厚生省が特別にこれに手を打つという――私どもあとう限りのことはいたしますけれども、しかしながら、おそらく千鳥ケ淵においでになる皆様方は、総理の回答をお待ちであろうと思います。すみやかに回答していただくように、私どもは厚生省の立場からもお願いはいたしますけれども、要は皆様は総理の回答をお待ちであろうと思いますので、私が今ここでどうするということは申し上げられないと思っております。
  97. 受田新吉

    ○受田委員 総理の回答は、おそらく今明日のうちにある、さよう山下さんは仰せられるのでありますが、きょうかあすかのうちに、留守家族のすわり込みをされている皆さんに引き上げていただくような解決策が講ぜられると了解してよろしゅうございますか。
  98. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 今明日のうちに回答されるということは、私は内閣の意思を代弁したのではありません。二、三日うちに回答すると言われましたことが御不満で千鳥ケ淵にお引き上げになったのでありますから、二、三日とはきょうかあすかの日が二、三日に当ると思いますので、御回答があるものと私は信じております。
  99. 受田新吉

    ○受田委員 私はこうした特別委員会が設置されている理由は、委員長御承知の通り、海外残留者の引き揚げ促進であり、その留守家族の援護であり、同時に戦死者の遺族の補償の対策を立てるという問題である。従って委員長はこの委員会の任務にかんがみて、政府の措置において遺憾の点があるならば、委員会の名においてそれに注意もし、反省も促す。同時に、この委員会は党派を越えた委員会として、世論を結集して、その問題の解決に当らなければならぬ。こういうようなところを委員長においては努力せなければならぬ。従って委員長は、この委員会の運営に当っても常に公正であって、断じて一党一派に偏せざる措置をして、しかも世論を喚起して国民的関心を起させ、この委員会の名において日本国民の良心を巻き起して、そうして国際的な良心に訴えるという立場が私は必要だと思うのです。従って委員会の内部の意見もできるだけ理事会等において調整して、そうして政府の措置において不満の点があるならば、われわれの委員会の名において政府に当っていくという態度をとらなければならない。特に千鳥ケ淵公園のみぞれの中に苦労している人々をこのままに放置しておくことは許されないことだし、しかも今明日のうちの回答とは言っておるようであるが、まださだかではないということになれば、この問題の解決に当って政府にいかなる要請をするか、その他についても委員長においてお取り計らいを願いたいのです。  最後に一言厚生政務次官にお尋ねして私の質問を終りたいと思います。きょうは外務省がおっていただくことを要請し、外務大臣がもっと長時間ここにおいでのことを要求しておったのですが、それはだめであった。従って森下外務政務次官に御苦労していただくように要請しておったのですが、行方不明で、どこへ行ったかわからないので、官房長官及び官房副長官に要請した。ところがいろいろ今、次官会議その他があって、すぐ出る出るということであったが、ついに出られぬことがここにきまって今、報告を受けたので、官房長官、官房副長官に対しても質問ができない状態である。これでこの委員会の問題解決に対しての政府側の責任者は、山下さんと政府委員であるところの田邊引揚援護局長のお二人になったわけです。あなた方お二人において、最後に責任ある御発言をしていただきたいことがあります。それは、この引き揚げ問題は、外務省が外交上の責任はとっておられましたけれども、実際は、外交のかけ引きにおいても、赤十字社を動かすとか、あるいは援護の問題等に関連して厚生省が強く動いてきたということは、今回あのぼってりとふとってほおの落ちそうであった田邊さんが、やせ細って、まことに骸骨に近いような格好で帰ってこられた。これをもっても、田邊さんがいかに御苦労されたか私はよく了承する。それだけ厚生省が本気でやっているということは了承する。しかしもう一つ、これからのこの問題解決に当って、厚生省の果す役割としては、今私も指摘いたしましたが、少くとも留守家族を失望せしめないというところに非常に大きな問題があると思うのであります。留守家族保障対策を先般の首脳閣僚会議で決定したと伝えられており、しかも、厚生大臣に追及したのでありますが、留守家族をして戦後十一年悲惨な生活に追い込んでいる、その留守家族に希望を与えるために、何らかの保障対策を立てると言われたその対策の内容は何であるか、これはもうすでに四、五日前の委員会で発言したことで、私はお答えいただける段階丁じゃないかと思います。  もう一つは、慰問あるいは何かの形で留守家族代表をソ連とか中共とかその他の地域へ派遣して、残留者の激励をして上げるようにすると、これは単なる今までの国会議員とか政府の代表者とか実業界の人とかいう意味でなくして、直接留守家族の代表が来たということになれば、現地におる人々がどれだけ活気が出るかわからぬのでありますが、そういう留守家族の代表を現地に派遣しようという策があるかないか、この点をお伺いして、私の質問を終りたいと思います。
  100. 山下春江

    ○山下(春)政府委員 第一の点につきましては、政府の首脳がどのような会議をされましたか、その後内容を聞いてみましたが、官房長官の言によりましても、河野農林大臣の言によりましても、私直接承わりましたが、その援護は厚生省が所管の省であって、厚生省のやることにわれわれがいろいろいろくちばしをいれるようなことはしない、厚生省が力一ぱいやってくれていることをわれわれは支持するだけである、こういう答でございました。私はそれ以上の内容を存じませんから、この点は厚生省がやるべきものであろうと思いますし、厚生省といたしましては、はなはだ不十分でございます、決して上等ではございませんが、留守家族手当のことを過般委員会にお願いいたしまして、三カ年引き延ばしていただく等の措置を講じました。これをもって決して事足れりとはいたしませんが、今後もできるだけの措置を考えたいと思います。  第二の問題は、受田委員の仰せ、私は実態としては賛成でございまして、今後そういうことができ、留守家族の方々も自分の目でその状況を見、自分で慰めてきたという現実が起ってきますれば、一番よろしいことであろうと思いますし、現に十年戦後の日本でなよなよと苦労しておるこの留守家族の声は、必ずやソ連当局をも動かすであろうことを私は信じますので、御意見の点をよく私ども拝聴いたしまして、できるだけそれが実現できるように努力いたしたいつもりでございます。
  101. 原健三郎

    ○原委員長 他に質疑がなければ、本日はこの程度にいたします。  なお、次会は、公報をもってお知らせいたします。  本日はこれにて散会いたします。    午後四時二十五分散会