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2013-11-14 第185回国会 参議院 法務委員会 5号 公式Web版

  1. 平成二十五年十一月十四日(木曜日)    午前十時開会     ─────────────    委員の異動  十一月十三日     辞任         補欠選任      難波 奨二君     江田 五月君  十一月十四日     辞任         補欠選任      江田 五月君     相原久美子君     ─────────────   出席者は左のとおり。     委員長         荒木 清寛君     理 事                 吉田 博美君                 若林 健太君                 小川 敏夫君                 真山 勇一君     委 員                 石井 準一君                 溝手 顕正君                 宮沢 洋一君                 柳本 卓治君                 山下 雄平君                 相原久美子君                 有田 芳生君                 前川 清成君                佐々木さやか君                 仁比 聡平君                 谷  亮子君                 糸数 慶子君    事務局側        常任委員会専門        員        櫟原 利明君    参考人        京都大学大学院        法学研究教授  塩見  淳君        京都交通事故被        害者の会古都の        翼        小谷 真樹君        公益社団法人日        本てんかん協会        副会長      久保田英幹君        公益社団法人日        本精神神経学会        法委員会主担当        理事       三野  進君     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○自動車の運転により人を死傷させる行為等の処  罰に関する法律案(第百八十三回国会内閣提出  、第百八十五回国会衆議院送付)     ─────────────
  2. 荒木清寛

    ○委員長(荒木清寛君) ただいまから法務委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  昨日、難波奨二君が委員を辞任され、その補欠として江田五月君が選任されました。     ─────────────
  3. 荒木清寛

    ○委員長(荒木清寛君) 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律案を議題といたします。  本日は、本案の審査のため、お手元に配付の名簿のとおり、四名の参考人から御意見を伺います。  本日御出席をいただいております参考人は、京都大学大学院法学研究教授塩見淳君、京都交通事故被害者の会古都の翼小谷真樹君、公益社団法人日本てんかん協会副会長久保田英幹君及び公益社団法人日本精神神経学会法委員会主担当理事三野進君でございます。  この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。  本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。  参考人の皆様方から忌憚のない御意見を賜り、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。  議事の進め方について申し上げます。  まず、塩見参考人、小谷参考人、久保田参考人、三野参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。  なお、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございますが、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたします。  それでは、塩見参考人からお願いいたします。塩見参考人
  4. 塩見淳

    参考人塩見淳君) ただいま御紹介にあずかりました京都大学大学院法学研究科の塩見でございます。刑法を専攻しております。  本日はこのような場で意見を述べさせていただく機会を賜り、光栄に存じます。  本法案に関しましては、法制審議会刑事法部会の部会員を務めました。法案の基となりました要綱案に賛成しました立場を踏まえて意見を述べさせていただきます。  自動車による交通事犯に対する刑事罰は、道路交通法によるものをおきますと、従来、業務上過失致死傷罪をもって行われてきましたところ、平成十三年に危険運転致死傷罪が新設されました。これは、飲酒運転や著しい高速度運転などの悪質かつ危険自動車の運転行為による死傷事犯が少なからず発生している現実を踏まえ、危険性が極めて高い運転行為を類型化し、故意にそのような行為を行い、結果、人を死傷させた場合を、暴行による傷害罪、傷害致死罪に準じて処罰するというものでございました。六年後の平成十九年には、自動車運転過失致死傷罪が導入されました。これは、自動車運転による死傷事故について、業務上過失致死傷罪法定刑の上限五年を七年に引き上げるというものでございました。さらに、六年後の本年、新たな刑事規制の導入が問題となったわけでございます。  近時、自動車運転による死傷事犯数は減少傾向にあるとはいえ、依然として飲酒運転や無免許運転など悪質、危険な運転行為による死傷事犯が少なからず発生していること、そのような事犯に、現行の危険運転致死傷罪に該当せず自動車運転過失致死傷罪が適用された事件などを契機として、罰則の見直しを求める意見が見られるようになったことが法案の提案理由とされています。  この提案理由から示されますように、本法案の主たる狙いは、その成立要件の厳格さのために危険運転致死傷罪の適用は困難であるが、事案の評価として自動車運転過失致死傷罪では不適切だというケースをとらえる中間類型の創設にございます。このような狙いは基本的に支持できると思われます。  危険運転致死傷罪法定刑が一年以上二十年以下の懲役、同致傷罪は十五年以下の懲役であるのに対して、自動車運転過失致死傷罪の上限は七年の懲役であり、法定刑という形式的な面から見ても格差があります。実際の科刑状況においても、平成二十年以降、危険運転致死罪の適用件数は十から二十人台と少なく、自動車運転致死罪との間で宣告刑にもかなりの相違が見られます。中間類型の創設というのは、立法の在り方として非常に実際的と考えられるからでございます。  しかし、理論的には困難な面がございました。自動車運転以外の行為から人の死亡、傷害の結果が生じた場合には、傷害罪、傷害致死罪か過失致死傷罪かのいずれかしか成立いたしません。その中間に位置するとはどのような性格の犯罪類型なのかは、ある意味で我が国の刑法学の知らない領域でございました。刑事法部会ではそのような理論問題は取り上げられませんでしたが、個々の犯罪の成立要件を立てるに際しては影響してまいります。  総じて言えば、法案に挙げられた処罰規定は危険運転致死傷罪にかなり引き付けた形で作られている、刑罰による解決に対して抑制的な態度を示していると思われます。これは刑事立法の在り方として基本的に妥当な方向性に基づいていると考えております。  引き続いて、個々の規定について意見を申し上げます。  まず、法案第二条第六号でございます。  通行禁止道路では、人は、自動車が来ないとの前提で通行しているため、禁止に違反して進行してきた自動車に対応することが困難であり、そのような運転行為の危険性、悪質性は、赤色信号等を殊更に無視する類型、法案では二条五号に当たりますが、これに相当することから、従来の危険運転類型である第一号から五号に追加されました。通行禁止道路は、通行することが人又は車に交通危険を生じさせるものとして政令で定めるもので、具体的には、一方通行道路や高速道路の中央から右側部分、いわゆる歩行者天国などが考えられており、大型自動車の通行が禁止された道路などは含まないとされます。  この六号は、赤色信号等殊更無視の類型との同等性から見て合理性ある規制と思われます。赤色信号を殊更に無視するに相当する通行禁止道路であることを殊更に無視するとの要件が挙げられていないのは、通行禁止道路の場合、交差点における信号規制と異なり、刻一刻と規制が変わるといった事態が考えられず、そのような道路であると未必的に認識していれば足りることを理由としています。これは十分な理由と思われます。  次に、第三条でございます。  これは、危険運転致死傷罪の酩酊運転類型、法案によりますと一号に当たりますが、これに準じる危険性を有する運転行為を取り上げて、自動車運転過失致死傷罪より重く処罰するものととらえることができます。正常な運転に支障が生じるおそれがある状態とは、自動車を運転するのに必要な注意力や判断能力あるいは操作能力が、そうでないときの状態と比べて相当程度減退している危険性がある状態を言い、支障が生じつつあるあるいは生じている場合のほか、将来の走行中に支障が生じるおそれがある場合を含むとされています。具体的には、道交法上の酒気帯び運転の罪に該当する程度のアルコールを身体に保有する状態がこれに当たり、また、このような状態に対する故意が必要とされます。  三条一項では、法案二条一号の酩酊運転類型が掲げる正常な運転が困難な状態での自動車走行よりも危険性がやや下がる状態での運転を取り上げて処罰の対象とされているわけですが、現行の危険運転致死傷罪における危険運転行為が身体に対する暴行に準ずるものと位置付けられており、更にそれに準ずる危険性を持つにとどまる行為を処罰対象とするためには、そこに故意が必要とされるだけでは不十分ではないかとの疑問が残ります。  三条は、被害者の死亡、傷害に至る経過の中で、よって、正常な運転が困難な状態に陥ることを要件としているのは、そのような疑問に配慮したものと考えられます。法案の背後にある刑罰の投入に対する抑制的姿勢を表すものとも言えるのでありまして、全体として三条の立法提案は支持できると思われます。  三条二項に、いわゆる自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものに関しましては、そのような病気に対する偏見を助長するのではないかとの御懸念が部会に対し関係する団体から強く表明されていました。しかし、政令で定めますのは、道路交通法等において運転免許の欠格事由とされる一定の症状を呈する病気のうち本罪を適用する前提となり得るものでありまして、決してある病気をその病名によって規制の対象とするのではなく、正常な運転に支障を及ぼす症状と結び付いた規制であることは部会の議論においても何度も確認されています。一定の病気に対する偏見が社会に存在するということは残念ながら否定できないものの、三条二項がそれを助長するものではないと考えます。  引き続いて、第四条の過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪について申し上げます。  現行の危険運転致死傷罪の酩酊運転類型では、アルコール又は薬物の影響が正常な運転を困難にする程度にまで及んだことを立証する必要があるところ、運転者自身がその立証を妨げる行為に出て同罪の適用を不当に免れる事態、いわゆる逃げ得を許さないとの趣旨に基づく規定でございます。  四条の法定刑は十二年以下の懲役ですので、道路交通法上の救護義務違反の罪との併合罪加重により上限は十八年となります。逃げ得を許すなとの要請は被害者団体の方々から強く出されていたものであり、規定の趣旨はもとより、法定刑の重さも妥当と思われます。  四条では、他人の刑事事件に関する証拠に限ってその隠滅行為を処罰する刑法百四条と整合するのかが問題となりました。刑事法部会では、百四条の規制が自らの刑事事件に関する証拠を隠滅しないように法が期待するのは困難であることを根拠とするとしても、その要請は絶対なものとは言えない、自動車の運転という危険な行為を例外的に許可されている者が自らの運転行為によって人を死傷させたとの特殊な状況下にあることや、アルコールや薬物の影響という、時間とともに消えやすく、その意味で隠滅が容易という特性を持つ証拠であることも考慮されるべきだといった意見が出され、四条のように規定する方向が支持されました。  四条は、個々の要件の解釈でも、とりわけアルコール又は薬物の影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為とは何かについて議論が交わされ、検査までの時間稼ぎをする行為は全て免れるべき行為に当たり、処罰範囲が広過ぎないかとの批判が向けられました。しかし、血中アルコール濃度のような言わば時間とともに消えていく証拠であれば証拠隠滅行為の範囲が実際上広がるのはやむを得ないことであり、条文に例示されているいわゆる追い飲みのような積極的な対応に処罰対象を限る根拠も乏しいというのが多数委員の理解するところであったと考えております。  恐らく、法案第四条の意義は、従来、理論的に壁と思われていたものをあえて乗り越え、自己の犯罪の証拠を隠滅する行為であっても悪質性が高ければこれを許さないとの断固としたメッセージを示した点にあり、むしろそのことを高く評価すべきではないかと思われます。  最後に、第六条の無免許運転による加重規定について申し上げます。  無免許運転につきましては、刑事法部会でヒアリングを行いました際、危険運転致死傷罪の対象とすべきとの御要望がありました。しかし、無免許それ自体が死傷結果との間で因果関係を認められることはないし、免許を持たない者の運転というだけで暴行に準ずる危険性があるとも言えないので、無免許危険運転類型に当たらないとする従来からの理解は今回も維持されました。そこで、そのような御要望に無免許運転を加重事由とすることでこたえようとしましたのが第六条でございます。  六条は、道交法上の無免許運転の罪が一年から三年以下の懲役に引き上げられるとの見込みの下、この罪と第二条から第五条の各罪が併合罪加重された場合の処断刑を導き、これをにらみながら刑の加重をする幅を決めています。  なぜ加重して処罰できるのかに関しましては、無免許運転は自動車運転のための最も基本的な義務に反する点で著しい反規範性を有し、また、運転に必要な適性、技能及び知識を欠いている点で抽象的、潜在的危険性を帯びるところ、無免許運転で人を死傷させたケースではそれが顕在化、現実化したと評価できるからだというのが刑事法部会で承認された理解と思われます。  もっとも、危険運転致死傷罪を始めとして元々重い法定刑が規定されていますので、併合罪によるものを超えて、更に加重した刑罰というのは余りに重くないかという疑問は出てまいります。部会におきましても、六条一号の無免許運転による危険運転致死傷罪の上限は二十年の懲役であるが、人の死亡を伴わないケースでは重過ぎないかとの御指摘がございました。しかし、刑の加重の根拠とされる無免許運転の反規範性、潜在的危険性の高さも軽視されるべきではなく、六条のような刑の加重もまた政策的に支持できる立法的決断と言えるものと思われます。  以上、本法案に関しまして、法制審議会刑事法部会での議論を踏まえながら意見を申し述べさせていただきました。自動車運転による交通事犯について適切な刑罰、量刑を導くために従来より重い法定刑を伴う新たな犯罪類型を導入しながらも、他方で、刑事処罰の範囲拡大に対する慎重な姿勢も維持する本法案は妥当なものと思われ、なるべく早期に成立することを願うものでございます。  御清聴誠にありがとうございました。
  5. 荒木清寛

    ○委員長(荒木清寛君) ありがとうございました。  次に、小谷参考人にお願いいたします。小谷参考人。
  6. 小谷真樹

    ○参考人(小谷真樹君) おはようございます。私は、京都交通事故被害者の会古都の翼の小谷真樹と申します。  本日は、法務委員会の参考人としてお招きいただき、発言の機会を与えてくださったことに心からお礼を申し上げます。  私の娘二人は、昨年四月に京都府亀岡市で起きた無免許少年による交通事件に巻き込まれ、長女は顔や体に、心までに傷を負い、次女は命を奪われました。事件の大要は報道もされており、本日までの委員会などで何度かお話しされておりますので皆様御存じかと思いますが、簡単に述べさせていただきます。  平成二十四年四月二十三日に京都府亀岡市の府道で、小学校に通う集団登校中の児童の列に無免許である当時十八歳の少年が運転する車が突っ込み、胎児を含む四人の命は奪われ、七人の児童が重軽傷を負わされるという極めて凄惨な事件です。もちろん、児童たちの列は決められた通学路の路側帯の内側を歩いていただけです。  加害少年は、一度も運転免許を取得したことがないだけでなく、以前にも道路交通法違反で保護観察処分を受けており、運転免許の重要性、交通安全に関する知識を学んでいたこともあって、危険運転致死傷罪の構成要件でもある未熟運転、いわゆる進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為に当てはまると私たち被害者遺族は思っておりました。しかし、加害少年は無免許を繰り返していただけに、かえって進行を制御する技能を有するようになり、処罰の対象から外されてしまいました。そして、平成二十五年九月、大阪高等裁判所での控訴審判決をもって、自動車運転過失致死傷罪と無免許運転の併合罪で、私たち被害者遺族の六家族ともがこの罪名での訴訟を理解できないまま刑事裁判は終了しました。以上が簡単ではありますが事件の大要です。  一方で、刑事裁判と並行して、お配りさせていただいた資料一、二に記載している署名活動をさせていただきました。大変多くの方々が御協力、御賛同してくださり、約三十万筆もの署名をいただくことができました。この経緯を経て、資料三、四に記載しておりますように、当時の法務大臣や国家公安委員長に要望書を提出させていただきました。そして、今回、関係省庁の方々の御努力もあり、異例の早さで無免許運転の罰則の見直しをしていただいていることには感謝しております。  法制審議会を始め衆議院法務委員会、先日のこの参議院法務委員会の中でいろいろと審議、議論もしていただきました。それらの資料も見た上で、交通事件の被害者遺族として今回の法改正について幾つか意見を述べさせていただきます。  まずは、何度も議論をしていただいていますが、危険運転致死傷罪の構成要件の一つである進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為の解釈の形です。  私としては、この条文を見たときからイコール無免許運転だと思っていました。それは今でも変わりません。道交法では、自動車及び原動機付自転車を運転しようとする者は、公安委員会の運転免許を受けなければならないとなっています。このようなことは成人のみでなく十代の子供たちでも理解していることです。そして、無免許運転者は、運転免許取得時や更新時に必要な適性検査すら受けておらず、車を運転する上で最も重要な視力などの身体的にも問題がある可能性があります。また、運転免許は、大型免許や大型特殊、二種免許など様々な種類で区分けされており、安全な交通社会に向けて現実的な法整備がされていると感じております。  他方で、刑法上とはいえ、進行を制御する技能をハンドルやブレーキなどを操作する初歩的な技能と解釈されるのは、私たちの意識とは乖離した法適用がされているとしか思えません。それとも、私たちの意識が間違っているのでしょうか。  本法律案では無免許運転による加重規定の新設として無免許運転の厳罰は一定されていますが、様々な議論をされた中で、無免許運転自体と死傷結果との間で因果関係が認められないならば、私たち被害者遺族だけでなく、社会に対して、無免許運転を積み重ねるほど技能があることが裏付けられるなんておかしい法律だと疑問を投げかけた未熟運転の進行を制御する技能という条文を、国民が分かりやすい条文に整備してこそ事案の実態に即した対処をするための法改正と呼べるのではないでしょうか。私自身はそう考えております。  次に、平成十三年の危険運転致死傷罪が設けられた際の国会議事録を読ませていただいて感じたことなんですが、当時も被害者遺族の参考人の方が危険運転致死傷罪から無免許運転が外されたことを強く御指摘されており、その罪が適用されるように検討を願っておられました。しかし、今日に至るまで見直しはされておらず、約十二年の間に無免許運転の犠牲になった方々や無免許運転の交通事故の件数は、皆さんちょっと手元にあるか分からないんですが、この法務委員会調査室が作成してくださった参考資料百二十四ページでも分かるように、決して少なくないですし、もちろんゼロでもありません。  交通安全に対する意識を欠いたドライバーは、自分が運転する自動車が時として人を殺傷することができる危険な凶器にもなるということすら気付かずに運転を重ねているわけですから、無免許運転は、どんなに運転の回数を重ねても危険な行為であることには変わりありません。  先日の衆議院法務委員会において、無免許運転の加重については、その施行後の適用状況を検証し、悪質な無免許運転による死傷を危険運転致死傷罪に含めることについても検討することという附帯決議を付けていただきました。その附帯決議を念頭に置いていただき、無免許運転が絶対に許されない、免許制度を軽視する風潮を生まない社会の実現にこれからもいろいろな政策を講じていただきますようお願いいたします。  続きまして、私たちの事件の直接的な原因とされています居眠り運転についてお話しさせていただきます。  先ほどの参考資料の五ページにも記載していただいているように、加害者の少年は、連日の夜遊びによる寝不足などにより強い眠気を催すなどしていたにもかかわらず、直ちに運転を中止すべき注意義務を怠り仮睡状態に陥り、自車を右方向に逸走させ事案が発生したとのことでした。そして、その連日の夜遊びによる寝不足というのが、約二日間での合計仮眠時間が車内での僅か五時間二十分程度というのです。  無免許でこのような状態で運転した少年に対し、大阪高等裁判所での控訴審判決では、自動車を運転する資格のない者が自動車を運転すべきでない状態で運転したことにあると言うほかはなく、過失の態様は一般の自動車運転者にも起こり得る一時的な不注意とは全く異質なものであり、その程度は非常に高いと判断され、破棄されましたが、一審の地裁判決でもその経緯に酌むべき事情は全くないと言っておられました。  このように、証拠において事実が明らかになった上でも、居眠りという言葉で過失の一くくりにされるのは理解に苦しむことではないでしょうか。  言うまでもないですが、たとえ運転をしていなくても眠たくなるのは当然です。その当然のことなのに、人の命がかかわる法律上では何一つ具体化されていません。交通事件によって娘を奪われ、傷つけられ、苦しみもがく生活を送る私たちに、法律が更に苦悩の追い打ちを掛けています。この点について、今回具体的な法の整備がされなかったことについては非常に残念に思っております。  皆様には、以上の問題点の指摘に対しもう一度再考いただいて、法案の修正あるいは早期の見直し規定、附帯決議などによる担保などをお願いして、私どもの被害者の意を酌んでいただければ幸甚に思います。  今回の法律案によって、現在想定され得る全ての事件、事故が、広く、分かりやすい法律によって各地の裁判所で結果に応じた量刑で裁かれること、また、そのことによって今後危険な運転行為の抑止につながることを心から期待しています。  交通事故は私たちの社会で最も身近で日常的な問題です。そして、人の命や人生に大きくかかわる問題でもあります。交通事故の死亡者数はピーク時に比べれば減少したと言われていますが、年間四千人以上の人の命が絶たれ、交通事故により重度の後遺症を負った方々が存在している現実を重く受け止めてください。  本法律案が成立した後も、理不尽に命を絶たれる者がなくなるよう、交通事件による悲しみや苦しみが生じることのないよう、国会議員の皆様には引き続き御尽力いただくことをお願い申し上げ、私の参考人としての最後の意見とさせていただきます。  どうもありがとうございました。
  7. 荒木清寛

    ○委員長(荒木清寛君) ありがとうございました。  次に、久保田参考人にお願いいたします。久保田参考人。
  8. 久保田英幹

    ○参考人(久保田英幹君) 日本てんかん協会副会長の久保田でございます。てんかんの専門医でもあります。  本日はこのような機会を賜りましたことを心から御礼申し上げます。不慣れではございますが、精いっぱい意見を述べさせていただきたいと思います。  最初に、交通事故で犠牲になられた方々の御冥福をお祈り申し上げるとともに、御遺族の皆様には心からお悔やみを申し上げます。  私たち日本てんかん協会は、てんかんの子を持つ親の会とてんかん患者を守る会が一九七六年に統合したもので、国際てんかん協会の日本支部としても承認され、医療と福祉の谷間に置き去りにされていたてんかんのある人の生活の質向上のため、社会啓発や福祉、教育、労働などに関する調査、研究、提言などを行ってきました。中でも、患者、家族が病気に関する正しい知識を持ち、病気と向き合い、積極的に社会参加するための相談会や講演会は会の中心的な活動です。  今回検討されております法律に関する意見を述べる前に、てんかんとはどのような病気なのか是非とも御理解いただきたいと思います。  てんかん発作は、大脳の神経の一時的で過剰な活動、つまり神経の活動が一時的に高まることによって起こり、脳の極めて多様な働きからお分かりのように、症状は過剰な活動の始まった場所と広がり方により実に様々です。  資料の二ページを御覧ください。  具体的には、意識を失ったり、ぼうっとするような発作が三分の一、六分の一の発作は、意識を失わず、吐き気や耳鳴りなど患者さん自身にしか分からない感覚あるいは身体の一部が動くだけの発作で、四分の一は全身のけいれんです。  ところが、日本てんかん協会が実施した市民意識調査では、八七%の人が、てんかん発作というと急に倒れてけいれんする危険な症状と考えていました。この認識のギャップが患者さんの悩みの一つです。意識を失ったりけいれんするのは、血糖などを含む血液成分の異常や心臓の病気、脳の血流の異常でも起こり、危険性は突然眠ったりする症状とも同じです。てんかん発作だけが特別に危険な状態に陥るわけではありません。  発作時の対処方法は静かに見守るが原則ですが、調査では、五八%の人が口に物をくわえさせると、してはならない対処法を選択しました。揺する、押さえ付けるも合わせて八%の人が選択していましたが、これも正しくありません。  発病のピークは乳幼児期と老年期です。特に高齢者で増えており、小児期を凌駕しております。原因は、脳の血管障害や外傷、炎症、腫瘍、脳の形成過程など様々ですが、特定の遺伝子で発病することはまれです。反面、発病に関する遺伝子は誰もが持っております。百人に一人という神経の疾患の中では高い有病率はそのためで、患者数は百万人と推定されており、これは脳血管障害の患者数百三十万人に匹敵します。  てんかんは遺伝するという誤った考えを多くの人が持っています。てんかんのある人は、長期的には五〇%の人が発作が止まり服薬も不要となり、二〇から三〇%の人は服薬していれば発作は止まっており、残り二〇から三〇%の人が服薬しても発作が止まりません。この中には、外科手術で発作が止まる人もいます。日本で外科手術の対象になるのは年間二千人と推定されておりますが、実際に受けているのは五百人にすぎません。  治療に関する調査項目で、一般市民の四八%の人は治るかどうか分からない病気と答え、一一%の人は治らないと答えております。鍼灸、加持祈祷、信仰で治ると答えた人が合わせて四%もおりました。  服薬の有無にかかわらず五年以上発作が止まったら医学的に寛解、治癒とみなされます。しかし、発作が抑制され医学的に服薬の必要のない人でも、万が一のことを考え服薬を継続している人は少なくありません。てんかんがありながら社会の様々な分野で多くの人が活躍しています。ノーベル賞のノーベルや、ドストエフスキーもその例です。  以上、述べましたように、てんかんに関する医療情報は市民に十分伝わっておりません。日本では、てんかんどころか発作の介助に関する教育も行われておらず、これが認識のずれや偏見を招いております。どの病気もそうですが、患者さんはなりたくて病気になったわけではありません。多くの患者さんは、その不幸をしょいながら、しっかり自己管理し、病気と闘いながら頑張っております。ただ、病気が悪いように意見されるものですから、身を縮め生活しているのです。  患者さんは社会の正しい理解を求めています。現実には、危険で遺伝する不治の病という誤った認識の中、病気を隠さざるを得ない人も少なくありません。それを非難することはできません。運転に不適切なのは症状であり、病気そのものや病気のある人ではありません。てんかんのある人の七〇から八〇%の人は運転適性があります。  今回の法改正の端緒は、鹿沼で起こった痛ましい事故です。どんな病気もそうですが、病気を持ちながら生活するためには、病気に応じた自己管理が必要です。てんかんであれば服薬は最低限必要で、それ以外に生活リズムを整えたり過労やアルコールを避けるということが薬と同じように重要な人もいます。大切なことは、一人一人が自身に必要な自己管理術を身に付けることです。クレーン車の事故を起こした人はその点が非常にまずかったのだと思います。しかし、そのような人はてんかんのある人の中では極めて例外です。  一方、自己管理がうまくできない人が自動車運転に適さないのは、病気のあるなしにかかわりません。亀岡で無免許の上居眠り運転で事故を起こした青年や、市街地でドリフト走行を繰り返した末、車を宙に飛ばした運転者も、運転に対する自己管理ができなかった若者でした。例外的な人が病気を持っていたからといって、全てを病気で理解しよう、病気に結び付けようとするのは間違いだと思います。むしろ、病気が十分知られていないからこそ、クレーン事故イコールてんかんイコール規制といった短絡的な反応が出ます。  繰り返しになりますが、運転に際して自己管理が必要というのは、事故防止のための普遍的な事柄であり、病気の有無とは直接関係ありません。  道交法改正では、ごく一部の例外的な人の起こした事故をとらえ、形式的に病状申告率が低いという理由で病名を特定した厳罰化が実現しました。この法律は、病気を知られることを恐れ、静かに真面目に生活している人に強引に病気を開示させるものです。早く病気を忘れたかった、治ったので不要と思っていた、個人情報の漏えいが不安であった、特別な免許証になって病気が知られるのが怖かった。事実でないことも含め、運転適性がありながら申告しない人の理由は様々です。  確かなのは、これら自己申告をしていない人の大半が、交通に関して危険を及ぼすことがないということです。道交法改正では、本当に危険な人をピンポイントで運転させないような制度設計でよかったはずです。多くの患者さんは、今回の道交法改正を病気のある人に過剰で無慈悲な規制と感じています。その上で今回の刑法の厳罰化があります。  資料四ページ、五ページを御覧ください。  てんかん発作による事故は、この二十二年間一定であるにもかかわらず、センセーショナルな事故報道と法律の厳罰化の動きは、てんかんが過度に危険な病気と印象付け、その結果、学校や職場での不適切な対応が急増しております。  鳥取県では、養護学校の校長先生が、事故報道に触れ、てんかんがこんなに恐ろしい病気とは思わなかったと述べ、発作は危険であり、定時運行の妨げになるという理由で、てんかんのある児童のスクールバスの利用を禁じるという事件が起こりました。御両親は、離れた学校まで毎日子供を送迎せざるを得ない状況が続いており、関係者の努力のかいなく、いまだに解決しておりません。発作が止まっているにもかかわらず、てんかんというだけで長年働いていた職場を解雇されたなど、てんかん協会には、特に教育、労働における不適切な対応の相談が寄せられています。  今春制定されたばかりの障害者差別解消法は、障害者に対する直接的、間接的差別とともに、合理的配慮の欠如を差別として禁じております。多くの不適切な事例の相談を受けるたびに、差別解消法さえあればとその成立を心待ちにしておりましたが、差別解消法以前の問題が多数起こっていることに愕然とします。  今回の刑法改正について意見を述べます。  てんかん協会は、当初より、罪を犯した人は病気の有無にかかわらず相応の社会的責任を負うべきである、社会が特定の罪に対して厳罰を求めるのであれば、その社会の一員として従うべきであると意見を表明してきました。ただし、法律が差別を助長するようなことがあってはならず、ましてや法律が差別そのものになってはならないとも要望してまいりました。  本法の問題点を挙げます。  第一に、アルコールや薬物と病気は、運転適性に関する心身の状態が異なるという点です。前者はそれを摂取した時点で運転適性がないのに対し、病気は一定の条件の人だけが運転適性を欠きます。したがって、法の対象に関して病気という表現は適正ではありません。病気のために運転適性を欠く人が対象であるということを法に明記する必要があります。  第二に、道交法六十六条には、運転を禁ずる状態として、過労、病気、薬物の影響その他と記されておりますが、過労運転だけを本法の対象から外しました。理由は、睡眠とは意識と無意識を行き来しながら最終的にすとんと落ちるため、過労、すなわち眠気の認識の立証が困難というものです。てんかん発作こそ正常な運転ができなくなる瞬間の認識は困難であり、この理論では、てんかん発作の故意性は問えません。過労と病気で同様の現象に対する解釈が異なっているのは問題であり、結果的に一部の病気による事故が重大視されることになります。  対象となる疾患を過大に危険視し、重大な処罰の対象とするのは差別です。平成二十三年度版交通事故統計年報によれば、発作、急病による事故は二百六十六件であるのに対し、過労運転による事故は四百十三件でした。  本法はまた、薬物による居眠り運転を対象としておりますが、一方で、居眠り運転を対象としながら、過労運転の直接の原因である居眠りを対象としないという矛盾も内在しております。過労運転に関する議論を深める必要があります。  さらに、法制審に出された法務省の資料によれば、外国では、ドイツの刑法にアルコールと病気に関する刑罰があり、五年以下の自由刑とされています。ただし、病気に相当する項目は、精神若しくは身体の欠陥の結果とだけ記されており、特定の病気は全く指定されておりません。  資料十二ページ以降を御覧ください。本法がよるところの海外の道路交通法を見ますと、英国では百五十三疾患、オーストラリアでは五十の疾患が運転不適切な状態としてリストアップされております。収縮期血圧が二百ミリメートルHg以上、あるいは拡張期血圧が百十ミリメートルHg以上の高血圧、直径五センチ以上の胸腹部大動脈瘤など具体的です。したがって、もしどうしても病名を挙げる必要があるというのであれば、諸外国のように事故の危険性のある病気を徹底的に挙げるか、あるいは反対に、運転に必要な認知、予測、判断、操作に適性を欠く状態を呈する病気と一行だけ総論を示すべきです。たった六つの病気を取り上げるということは、差別を助長するどころか差別そのものであり、絶対欠格事由を相対化させた理念に反するものです。  対象となる病気は政令で定められるとされておりますが、法制審では、対象を道路交通法から引用し、六疾患に絞るとしております。さきの道交法改正に関する参議院内閣委員会において政府は、それら六疾患が統計上危険という根拠はないが、医学的に病気として概念が定着していると述べております。要は、統計はないが、医学的に危険性は確立しているということです。  お手元の資料八ページを御覧ください。日本の多くの、八学術団体から本委員会にあてられた要望では、これら病気による事故率が他の要因に比して高いという医学的根拠はないとしております。根拠なく特定の疾患だけを刑罰の対象にすることは、障害者に対する差別の禁止を定めた障害者基本法四条に抵触するのみならず、法の下の平等を定めた憲法十四条及び社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進を定めた憲法二十五条に違反するとともに、障害者差別解消法が禁ずるところの直接的差別にも該当するもので、病気に対する差別を助長し、病気の早期発見や適切な治療を妨げるものです。  本法の審議には十分な時間を掛けていただくとともに、三条二項は削除していただき、過労運転を含め、対象の選定から審議をやり直すべきと考えますが、差別を生まないという視点から、最低でも三条二項の表現は変えていただきたいと思います。同条項の病気として政令で定めるものを、病気の症状として政令で定めるものと是非とも修正していただき、法制定後は病気のある人に与える影響を検証し、五年を目途に見直すことも切にお願い申し上げます。  御清聴ありがとうございました。
  9. 荒木清寛

    ○委員長(荒木清寛君) ありがとうございました。  次に、三野参考人にお願いいたします。三野参考人。
  10. 三野進

    ○参考人(三野進君) おはようございます。公益社団法人日本精神神経学会の三野と申します。  本日は、このような場で発言する機会をいただき、厚く御礼を申し上げます。  悪質で無責任な危険運転の結果、あってはならない痛ましい人身事故があり、将来ある子供さんや多くの方々の命が奪われました。改めて哀悼の意を表しますとともに、このような事故をなくし、無責任で危険な運転がどれほど重大な結果に至るのかを国民に認識していただくために本法案が提起されているということを念頭に置いて発言をさせていただきます。  本法案の第三条第二項の、自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令が定めるものと規定された病気について、精神科医として、また精神科医団体の総意をお伝えしたく、意見を述べさせていただきます。  病気について、道路交通法の運転免許の欠格の例に倣うと本法案ではされております。私どもが配りました資料の六にございますが、道路交通法では、精神疾患としては、統合失調症、躁病、うつ病を含む躁うつ病、これを私たちは気分障害と呼んでおりますけれども、この二つの精神疾患が欠格として挙げられております。  簡単に二つの病気の症状と経過を説明させていただきます。  まず、統合失調症についてですが、多くは思春期、青年期に発病し、一生でこうした状態になる率はおよそ百人に一人、厚生労働省の調査では現在治療中の方だけでも八十万人と、決してまれな病気ではございません。失調症という表現は、一時的に調子が、崩したという意味であって、回復の可能性を示しております。  症状の発現には、何らかの脳の機能障害と心理社会的なストレスなどの相互作用が関与していると考えております。まとまりのない精神の内容が、現実とは異なった形を取って幻覚や妄想となることがあります。なお、この幻覚や妄想は、甲状腺の病気や膠原病など内科の病気でも認められることがよくあります。病気の初期や途中の経過で強い興奮を示すことはございますが、長期間続くものではなく、薬物療法などの治療によって改善いたします。早期に適切な治療を行うことによって多くの患者さんが回復しております。  次に、気分障害、その大部分を占めるうつ病について説明いたします。  気分を調節する脳機能の障害で起きるもので、患者自身は、憂うつな気分、興味や喜びの喪失が長く続いて苦しみます。周囲の方から見れば、全体のエネルギーが低下し、仕事の遂行にも大きな障害が出るといった変化が目に付きます。このうつ状態と反対の躁状態が交互に現れる障害をかつては躁うつ病と呼んでおりましたが、現在ではこれらを含めて気分障害として治療を行っております。  気分障害は誰であっても発病する可能性の高い疾患でございます。特にうつ病は壮年期に好発するために、働き盛りの方々の社会生活に大きな影響を与えます。我が国における患者数は近年増加傾向にあり、百万人を超えます。一旦は回復しますけれども、再発する方が多いのも事実です。なお、うつ状態は心疾患や糖尿病などの内科の病気で、その経過中に一割から二割に見られる頻度の高い状態像です。  法制審議会の議論の最初から、この第三条二項の政令で定める病気はこの二つの精神疾患が対象となる予定とされています。仮にこの議論を認めるとしても、第三条第一項の酒気帯び、薬物による影響による危険運転と同列に扱われることになり、これらの病気にある、統合失調症や気分障害にある人は危険運転に至る可能性がほかの病気より高いということを前提としていることになります。  しかし、結論を先に申し上げますと、これは医学的には根拠がなく、誤りであります。このことは、精神科医の大部分で構成する我々精神神経学会、また精神科医療に関係するほぼ全ての医療団体で構成する精神科七者懇談会でも議論に議論を重ね、同じ結論を得ております。  精神疾患患者が危険運転を起こしやすいという統計的な事実もありません。警察庁の資料でも、平成十九年から五年間の死亡事故総数二万五千に対して統合失調症に起因する死亡事故は僅か三件であります。てんかんを含めた一定の病気に起因する交通事故も七百一件であり、行政処分総数が数十万件に及ぶのに対して僅か〇・〇二%でございます。調査方法の限界もあろうかと思いますけれども、健常者と比べて事故に至る可能性は高いとは言えないということは明らかであります。また、精神疾患と交通事故との関係を示す医学的な評価もありません。  それでは、なぜこの二つの病気にある人が運転免許の欠格となっているのでしょうか。その理由は二〇〇一年の道路交通法改正に遡らなければならないと思います。  二〇〇一年、政府障害者対策本部の方針により、あらゆる国家資格で精神病者などの差別的な呼名をやめるという指令に従い、道路交通法も改正されました。それまで絶対的欠格であった精神病者は幻覚の症状を伴う精神病などと再規定されて、障害の程度によって交付を判断される相対的な欠格となりました。  本来ならば政令で運転に支障を及ぼす症状や状態を具体的に示すべきなのですが、道路交通法の政令では逆に病名を規定し、幻覚を伴う精神病は統合失調症であるとされました。当時、私たち精神神経学会と当事者団体あるいは日弁連は、特定の病名に基づく免許の制限は、障害者の社会参加や差別解消という観点からも不適切である、医学的にも正当性がないと再三申入れを行いましたけれども、受け入れられることはありませんでした。  私どもがお配りしております資料の六を御覧ください。  道路交通法の施行令では、この下の方になります、三十三条二の三となりますが、精神病は統合失調症であると明記されております。しかし、どのような症状が運転適性に欠けるか明らかにされておりません。統合失調症にある方が原則として全て欠格であるかのような表現を取った上で、例外的に免許を与える条件を、ちょっと長くなりますが申し上げます、自動車の安全な運転に必要ないずれかにかかわる能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈しないものと、極めて難解な表現を取っております。  誰かが病気になったときに数多くの症状は出現します。その結果、不眠や疲労こんぱいの状態になって安全な運転に影響を及ぼす可能性はあります。例えば、インフルエンザになると四十度の熱が出て、このときは運転することはとても危険です。インフルエンザは誰もがいつかかるか分からない病気です。健康な者でも、いつも正常な運転をしていても、いつ運転能力を失うか分からないのです。精神疾患でも全く同じです。同じ構造であるにもかかわらず精神疾患の患者だけ重い注意義務が課せられているのは一体なぜでしょうか。  この道路交通法の欠格規定の在り方は、精神疾患にある人は危険な運転をするに違いないという偏見と差別に基づいていると言うしかございません。道路交通法改正以来既に十二年が過ぎますけれども、公の場でこれらの二つの病気が欠格事由であることが医学的にも交通事故対策からも妥当なものなのか一度も検討されたことはございません。この問題が放置されたまま本案の病気として政令で定めるものという規定が出てまいったわけでございます。  さきの衆議院法務委員会でも、この規定が特定の病気への差別を助長し、範囲を拡大することになるのではないかという懸念があるという問いに対して、大臣や政府参考人からは繰り返し、病気として定めるものという規定は特定の病気を指すものではない、道交法の病気の例を参考として、その症状に着目しているので相当程度具体的なものである、過度に対象が広がることはないという御答弁をいただいております。しかし、例に倣う肝心の道交法では、少なくとも精神疾患については、危険運転に至る症状を特定しておらず、実証的にも医学的にも全く根拠がございません。  病名を特定することにこだわる余り、危険な運転をする可能性のある真の症状を対象とすることを避け、適正な運転能力のある大多数のこの二つの病気の人を危険運転の可能性があると想定しているわけでございます。  精神疾患のみならず多くの病気の中で、特に病名を挙げて、危険運転に至った場合に重い刑罰を科すためには、法律の中で、その病気のどのような症状が危険運転に至るのか、具体的な特定をする必要があります。そうしなければ、悲惨な事故をなくすために本条項が存在するという目的が果たせなくなります。  病気の症状に着目するという本条項の趣旨を周知徹底すると谷垣大臣も答弁いただきました。衆議院法務委員会の附帯決議でもそれが強調されております。しかし、国民の受け止め方はいかがでしょうか。  お手元の資料の十一を御覧ください。本法案が衆議院の本会議で可決された翌日の朝日新聞の記事でございます。  本法案が可決された経過、狙いについて説明した後に、下の側に、新たな罰則の対象病名は、発作を伴うてんかん、重度の眠気を催す睡眠障害と並び統合失調症などを想定とあり、病気としてまさに特定されております。症状は書かれておりません。これは、記者の方が理解が足りないのではなく、この第三条二項の定める病気という表現が、あるいは道交法の書き方が、病気を特定する以外に表現する方法がないんだと、そう思われます。この条項が病気として定めると書かれている限り、国民の誤解は続き、当該患者の不安と不利益は増すだけでございます。  統合失調症、気分障害の患者は、現在治療を受けているだけでも優に二百万人を超えます。病から回復した方を含めればその倍に上ると思われます。これらの人の大部分は、運転適性を持ち、日常生活と就労に欠かせない手段として自動車運転をしております。病気を例として特定するものであれば、この方々が納得し得る合理的な説明と根拠が必要となるだろうと思います。  もう一つ大事なことがございます。本法案で規定される罪刑は全て、悪質な運転であることへの故意犯でございます。故意の犯罪でございます。政令で定める特定の病気であることの認識と、おそれがある状態の認識、この二つが必要となります。法制審議会でも指摘されておりますけれども、病気に対する認識のない者は本罪は適用されません。定期的に通院していなければ、病気に対して認識のない者には本罪は適用されません。病気による影響の本罪は適用されないわけです。真面目に通院し服薬されている患者にとっては、こんなに不公平なことはございません。  我々医師の経験でも、精神疾患に限らず、危険な運転に陥りやすい病気の状態というのは、まだ治療に至っていない病気の初期の状態であったり、あるいは病気の状態であるのにそれを否認し、治療を中断するなど不安定な治療関係にある人たちです。その人たちにこそ安全運転が望まれるわけでございます。病気の認識をしていなければ本罪は適用されないということが周知されれば、自動車運転に従事している者の中には失職を恐れて治療を中断する方もいるでしょう。未治療の方も病名告知を恐れて治療を拒否するなど、深刻な受診拒否が起こるだろうと思います。この結果、重大人身事故が発生する可能性も高くなります。  このような理不尽なことが起きないためには、根拠のない特定の病気に限定しているこの条項の表現を、趣旨どおり、症状に着目することを明記し、変える必要があるだろうと思います。  お手元の私どもの資料の一番最初を御覧ください。再要望でございます。  本条項で特定されている予定の統合失調症、てんかん、再発性失神、無自覚性の低血糖症、躁うつ病、重度の眠気の症状を呈する睡眠障害の疾患にかかわる八つの学会が共同で再要望を出しております。要望はただ一つでございます。本条項の自動車の運転に支障を及ぼすおそれのある病気としてを、病気の症状としての、症状の二文字を加える修正をしていただきたいとの要望でございます。  私どもは、不幸な事故の被害者の方、御遺族の方の思いと異なるものではございません。不幸な事故はなくさなければならないという考えは同じでございます。本日の古都の翼の会の方のお話をお聞きして、その思いをまた改めて強くいたしました。  私どもの要望の趣旨は、現在の条項のままでは、実効性がないばかりか、かえって害になる、事故はむしろ増えるのではないか、真に危険な事故を起こした人に適切な刑罰を科せられないのではないか、事故を起こさない方の運転を不当に制限することになるのではないかということです。  病気を持つ人に差別を生むおそれがあります。特定の病気、疾患の治療に責任を持っている全ての学会が、患者と共にこの条項の表現と内容に強い懸念を示していることの重みを御理解いただき、慎重な審議の中で、何とぞ病気を病気の症状と修正いただくことを切にお願いするものでございます。  御清聴ありがとうございました。
  11. 荒木清寛

    ○委員長(荒木清寛君) ありがとうございました。  以上で参考人の意見陳述は終わりました。     ─────────────
  12. 荒木清寛

    ○委員長(荒木清寛君) この際、委員の異動について御報告いたします。  本日、江田五月君が委員を辞任され、その補欠として相原久美子さんが選任されました。     ─────────────
  13. 荒木清寛

    ○委員長(荒木清寛君) これより参考人に対する質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。
  14. 石井準一

    石井準一君 おはようございます。自由民主党石井準一です。  本日、参考人としてお越しくださった四名の皆さん、それぞれのお立場での見地、御意見をお伺いすることができ、大変貴重な時間となりました。ありがとうございます。  不幸にして交通事故に遭われた被害者家族の苦しみはもちろんですが、同様に、加害者となった方、その家族もまた耐え切れぬ自責や社会からのバッシングなど、想像を絶する困難に苦しみを感じられている心中を察すると、私自身心も痛みます。  交通事故は多くの不幸を生じさせ、人の人生も一変をさせてしまいます。その交通事故を未然に防ぐ上で重要なことは、事故を起こすかもしれないという運転者の高い危機意識と、それに基づく道徳心、責任感、自制心ではないのでしょうか。  本日、ここに京都交通事故被害者の会古都の翼を代表してお越しくださった小谷真樹さんが、大切なお子様を亡くされ、深い悲しみと絶望に包まれたあの亀岡市の痛ましい自動車事故による死傷事犯で問われたのは、まさしく、運転していた少年が無免許であったことではなく、その運転技能でありました。悲しくも、現行法の下では、被害者、御遺族の、無免許運転自体が悪質な行為との主張は通らず、運転者に対する危険運転致死傷罪の適用はなされませんでした。事故で御家族を亡くされた被害者、御遺族の心情を察すると言葉もありません。また、てんかん発作による自動車事故が起こるたびに問われるのは、症状の重軽度や治療状況にかかわらず、てんかん患者を一くくりにした上での運転の賛否でありました。  これまで被害者家族の苦しみから幾度も法改正が行われてきました。私は、本法案の審議に際し、単に悪質、危険な運転行為に関する罰則の見直しにとどまらず、被害者加害者となってしまった運転者、双方の痛みに心を寄せ、交通事故撲滅に向けた道徳的な立場で交通安全に関する新たなルールづくり全体をしっかりと検討し、また、病気による事故を防止する策としては、てんかんや認知症など運転に支障を来す可能性のある病気を持つ方々について誤解や偏見が生じないよう、慎重に審議していく必要があると改めて認識をさせていただきました。  あわせて、自動車の運転が必要な職に就かれている方などが病気の申告が生活の破綻につながらないよう、他の社会システムと併せて十分な配慮が必要であるという観点からも、小谷真樹参考人、久保田英幹参考人、また三野進参考人にお伺いをしたいと思います。  さきの委員会で谷垣法務大臣が、本法案成立により罰則が強化されることで、悪質、危険な運転者に対する自覚を促し、抑制、抑止する十分な効果が期待できるとの答弁をしております。ただし、自動車事故による死傷事犯の抑制は、本法案だけではなく、同時に、道路交通安全施設の整備、交通安全教育の充実など、第九次交通安全基本計画などに基づく総合的な施策が必要であるとの認識も示されております。  この件について、三人の参考人にそれぞれのお立場で、持ち時間の十五分で意見を述べられなかった範囲での所見をお伺いをしたいと思います。よろしくお願いをいたします。
  15. 小谷真樹

    参考人(小谷真樹君) ちょっと質問の趣旨にお合いした形で返答できるか分からないですけれども、罰則が一定の形で強化されたということで、それが抑止に働くというふうに僕も答弁させていただいたんですけれども、もちろん、その効果というのは、今後検討して、何といいますか、その効果は今後現れてくると思ってはいます。  ただ、果たして、それで全てがなくなるとも正直思ってはいなくて、飲酒運転の罰則の強化の見直しがされたにもかかわらず、今日までまだまだ飲酒運転というものが日常的に続けられているということを、自分も交通事故被害者の遺族として、同じ交通事故被害者遺族の方からお聞きしております。  そのようなお話を聞きますと、なかなか無免許運転に関しましても、抑止に働くかどうかという部分に関してはちょっと自分としては疑問に思っております。済みません。
  16. 久保田英幹

    参考人(久保田英幹君) 貴重な御指摘ありがとうございました。  警察庁交通安全対策におかれましても、谷垣大臣のおっしゃったとおりでございまして、交通安全道路、車、人の三つの要素がバランスが必要であるということ、そして、人の面では三E、エンジニアリング、道路工学工学と、エデュケーション、安全教育、そしてエンフォースメント、厳罰、罰則のバランスが必要であるというふうになっております。  今回、この間、自動車事故撲滅のために厳罰だけが先行している印象は否めません。それだけで完全に悲惨な事故が抑えられるのか、抑制できるのかどうか、やはりバランスのいい行政をお願いしたいと思いますし、先日、最近では、自動走行まで、自動停止装置の開発等、車の技術革新は目覚ましいものがあります。グーグルでは、米国で、公道で四十八万キロ自動運転で無事故を達成したというふうにも聞いており、自動運転はアベノミクスの一つの目玉でもあるというふうなことで、私たちは、病気や障害のある人を道路から排除するだけではなく、共生という観点から、日本の進んだ工学技術を是非社会参加の面に活用していただきたいというようなことを切に願っております。
  17. 三野進

    参考人(三野進君) 石井先生の御質問にお答えになるかどうか分かりませんが、私どもの専門の立場から申し上げたいと思います。  少なくとも、第三条の第一項の酒気帯び及び薬物の影響によるものについては、厳罰化することによって大きな刑罰による効果があるだろうと思います。しかし、病気によるものについては、対象を明確に限定をする、あるいは的確に押さえていないので、かえって広い範囲を押さえることによってむしろ厳罰化効果は達しないのではないかというふうに考えております。  具体的に申し上げますと、ある病気でも、危険運転に至るような特定の症状はございます。特定の、どんな病気でもあるだろうと思いますけれども、これを例えば黒のものとします。そうでないものを白とした場合に、病気だけを、これが、その黒のものを、少しでも生じる病気を黒と指定してしまうと、病気全体が全てグレーになってしまうんですね。そうすると、本来白であることがグレーになって、運転をしたくないと、できないということもあれば、本来黒の方が自分も白かもしれないと思って運転するかも分かりません。むしろ、間違いなく危険な運転に至るような危険な症状というものをはっきりと黒として明確にすることによって白となる方が明確になる。あるいは、白から黒に移るようなそういう過程が病気の過程ではあるわけでございますから、そういうときに医療機関に迅速に行っていただいて処置をする、そういうことが必要であるのに、今のこの条項の規定、先ほど道交法の例を挙げましたけれども、これでは白と黒をごっちゃにしてグレーにしているだけで、厳罰の効果はないというふうに私は考えております。
  18. 石井準一

    石井準一君 次に、いわゆる逃げ得の状況に対するための処罰の新設、逃げ得の抑止効果について、塩見参考人にお伺いをしたいと思います。  今回の法律案の第四条で、過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪が新設されることに対して、六月二十一日の衆議院法務委員会において、参考人として出席をされた、飲酒・ひき逃げ事犯に厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会共同代表の佐藤悦子さんが、評価する意見を述べられた一方で、法定刑の上限が十二年の懲役とされたことについて、逃げ得を防止する目的で設置された罪が、ほかの罪より法定刑が低いことにより、やはり逃げた方が軽い刑罰で済まされる可能性があるということを示唆されております。参考人も、本音を申し上げると、飲酒運転で人を死傷させ、救護せずに、保身のために証拠を隠滅するような行為をする悪質なドライバーについては、懲役二十年を超える法定刑にしていただいた方が、逃げても得にはならないというメッセージがより明確に伝わるのではないかという思いを述べておられます。  また一方で、厳罰化するとかえって逃げてしまう人が増えるのではないかという意見もあるわけでありますが、そこで、この第四条に創設した趣旨、法定刑の考え方、逃げ得の抑止効果について、塩見参考人の考え方をお聞かせいただきたいと思います。
  19. 塩見淳

    参考人塩見淳君) 四条の法定刑が十二年以下の懲役になっているという点につきましては、この四条の性格としまして、自己の刑事事件に関する証拠、これを隠滅する行為について処罰をする、実質的に処罰をする、そういう内容を持っているということが重要でありまして、そうしますと、それは他人の刑事事件の場合ですと二年以下の懲役になっております。それで、そのほか、自動車運転過失致死傷罪とそれから酒酔い運転の罪ですか、それがそれぞれ七年とそれから三年、そして証拠隠滅行為について、これは百四条では他人の刑事事件に関するものに限るわけですけれども、これを加えて二年と、そこがやはり法定刑の上限としては限度ではないかと。こういうのがこの十二年という数字が出てきた背景にあると、こういうふうに伺っております。  それで、確かにそういう面があるということなんですが、それでも低過ぎるのではないかと、そういう御指摘は、これは刑事法部会においてもございました。  その点につきましては、この第四条の罪だけではありませんで、実際には、逃げておりますので、これは救護義務違反の罪というものも成立をいたします。それが自己の自動車運転にかかわる死傷事故でありますと十年以下の懲役と、こういうふうになっておりますので、併合罪加重をいたしますとそれが十八年になるということになります。  確かにこれは危険運転致死罪における二十年の上限に比べるとやや低いというところはありますけれども、単にこの法定刑をそれ以上に上げれば逃げ得が、逃げる者がなくなるというわけでもありません。そういうことが立証されているわけでもありませんし、十分に重い十八年というのも刑罰だというふうに言えるのではないかというのが部会での判断でもありましたし、私も、それはやはり刑事罰は万能ではありませんし、そこまでが限度ではないかと、こういうふうに考えた次第でございます。  以上でございます。
  20. 石井準一

    ○石井準一君 参考人におかれましては、貴重な意見を賜り、本当にありがとうございます。これからの慎重な審議をしていく上で参考にさせていただきたいと思います。  ありがとうございました。
  21. 有田芳生

    ○有田芳生君 民主党の有田芳生です。  交通事件を含めてあらゆる事件から生じる課題については、私は徹底して被害者の立場に立つべきだというふうに考えております。そういう意味では、小谷参考人たちが要望書の中で表明されておりますように、危険運転致死傷罪に無免許運転の追加若しくは無免許運転致死傷罪の新設を行ってほしいと、これ一般常識から考えてとても当然の要望だと思うんですよ。  私なども法律の専門家ではありませんけれども、しかし、無免許運転でも技能が向上するからというような話が、物すごく、普通の感覚ではちょっと考えられないんですよね。事件が起きたときいろんな報道がされますけれども、ああ、無免許運転だった、ああ、やっぱりこんなとんでもない事件が起きたんだな、それが一般的な感覚だというふうに思うんですよ。  そこで、塩見参考人に伺いたいんですけれども、この問題の刑法理論上の検討の中で、「法学教室」の中で指摘をされておりますように、ほかの議論でも出てくるんですけれども、免許があるかないかというのは行政上の資格の有無の問題であって、それが危険運転をするかどうか直接的には結び付かないという判断だというんですけど、一般感覚からすると、そんなことなのかなというふうに思うんですよね。  ところが、この先生の論文読ませていただいておりますけれども、そこでも指摘されておりますように、免許を持たない者の運転というだけで暴行に相当する高い危険性があるとも言えないというような議論があって、そこで先生の表現だと、立法のダイナミズムということで併合罪加重という、ここでも指摘されていますように、国民に分かりづらい対応がなされたと。  その議論の経過と、それから今後その問題が現状のままで変わらないことなのか、あるいは変えることが可能なのか、そこら辺の現状についてまずお聞きしたいと思います。
  22. 塩見淳

    ○参考人(塩見淳君) お答えをいたします。  まず、進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為、これは単に無免許で運転をするということよりも、暴行に準ずる、あるいは、一号のアルコールや薬物の影響により正常な運転が困難な状態での運転というのは、もう蛇行したり、めちゃくちゃな運転をしていると、そういう状態でありますので、それと同じような形で運転をする、まさに前進させたり後退させたりすることもままならないと、そういう状態を前提として考えておりますので、それを前提としますと、無免許というだけではこれに当たらないという判断がどうしても出てくるということになると思います。  それから、あと、無免許運転であるということは当然危険ではないかというのはおっしゃるとおりなんですけれども、無免許であることに伴う行為の悪質性あるいは危険性といったものは無免許運転罪で評価すべきものだというのが少なくとも伝統的な刑法の考え方であったであろうと。結果に実現したというのは、個々の行った行為が非常に危険であり、それが実現したと。両方はしかしそれぞれ重要であるので、先ほど御指摘がありましたように併合罪で評価をすると、これがスタンスであったというふうに考えております。  今後どういうふうになるのかということなんですけれども、これはあくまで、確かに現在の刑法理論の現状ではそういうのが基本的な立場であるわけですけれども、別に理論が立法を制御するわけではございませんので、立法が変わるということは当然にあり得て、それに対応する理論を我々が考えていかなければならないと、そういう関係にあるとは思っております。  そういうのが現状だということになるかと思います。
  23. 有田芳生

    有田芳生君 さらに、もう一点、塩見参考人にお伺いをしたいんですけれども、厳罰化交通事故の減少の因果関係というものはどのように分析されているんでしょうか。  やはり「法学教室」の中で、平成十六年を交通事故はピークとして、その年に発生件数が約九十五万、そして死傷者数が約百十九万と。それが平成二十三年に七二%強にまで落ちてきていると。その減少の理由というのはどのように分析されていますでしょうか。
  24. 塩見淳

    参考人塩見淳君) 平成十三年に危険運転致死傷罪、それから十九年に自動車運転過失致死傷罪が新設をされました。  それも一定の影響があるとは思いますけれども、やはり刑罰だけで交通事犯が減るというようなことはとても我々も考えておりません。その一つの要素にすぎないというふうに考えておりまして、その間のやはり道交法の改正あるいは教育の徹底と、そういった自動車運転に関する意識を高めるような施策の遂行と、そういったものが総合的に作用して減少が生じていると。  刑罰が具体的に減少にどのような影響を与えたかというようなことは、実際のところはよく分からないというところがありますが、やはり減っているということは何らかの影響はあったんであろうというふうには認識をしております。
  25. 有田芳生

    有田芳生君 次に、久保田参考人、それから三野参考人にお伺いをしたいんですけれども、最近はかなり注意されているとは思うんですが、やはりマスコミ報道の中で、事件事故が起きたときに、何か決まった言い方として通院歴があるとか、そういうことを通じて偏見というものが広がっていった歴史があるというふうに思うんですよ。最近はそういうところも注意されるようになりましたけれども、やはり偏見を広げないという基本的立場というのは大事だと思うんですよね。  そこで、先ほどから問題になっております第三条の第二項、自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものと、その次に、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とすると。この病気の影響という表現ですよね。  これ辞書を見ますと、影響と症状が違うのかと。つまり、いろんな辞書があっていろんな表現があるわけですけれども、病気の症状というと、端的に言って病気の状態、状態に力点があるわけですけれども、影響というともう少し幅広いようにとらえられて、例えばある辞書だと、力の作用が大きく関係して他のものにまで変化が及ぶと。つまり、変化が及ぶというところ、つまり病気に力点がある。状態に力点があるか病気に力点があるか、なかなか微妙なところだと思うんですけれども、要望の中で、病気の症状にしてほしいということを指摘されていますよね。この第三条第二項では、繰り返しますけれども、病気の影響となっています。そこら辺はどう御判断されますでしょうか。
  26. 久保田英幹

    参考人(久保田英幹君) 影響と症状の違いに関して深く議論をしたことはございません。  法制審での御議論もしっかりと読んでいませんので、その辺りの症状と影響の違いというのは明確には意識してございませんけれども、影響の方は、おっしゃるとおり、御指摘のとおり、幅が広いと。例えばてんかんという病気の人が、まあてんかんでなくても、病気の症状もあるけれども、加えて例えば眠気があったとか、そういうような、法制審の議事録を読みますと、幾つかの要因が重なって事故を起こした場合も適用されるというようなことがありますので、病気に関して特化した議論は記憶にございませんけれども、影響といった場合には単に症状だけでない、他の要因も加わって事故につながったときも指すのではないかというふうに類推いたします。  ただ、その影響ということですけれども、例えばてんかんの発作、一年に一回発作が起こる方、ヨーロッパ統計では平均的なドライバーは一日一時間の運転とされています。したがって、一年に一回の発作の方は二十四年に一回運転中に発作が起こることになります。なおかつ運転中の発作が事故につながる確率は五五%という統計がございます。なおかつその事故の中の一二%が人身事故、つまり警察庁が表している統計の数字になる。そして昼間の発作は、夜間の発作と併せますと、昼間の発作は全体の発作の四割となりますと、全部計算しますと三千六百年に一回、一年に一回発作を起こす人は事故を起こすと。  この影響を具体的に危険な運転手として認識できるかどうかというところは極めて疑問ではあります。もちろん一件の事故でもあってはいけないんですけれども、そのことだけを特化して非常に極めて危険と、なおかつ六つの病気に特定するということに関してはやはり疑問があります。
  27. 三野進

    参考人(三野進君) お答えになるかどうか分かりませんが、我々医師が常識と思っている状態や症状のカテゴリーというのと、一般の方が考えているのと、あるいは法制審議会の議論をお読みして刑法学者の方が考えているのと、随分懸け離れているなというのが印象でございます。  状態と症状、どう違うかというと、厳密に言えば難しいところがあります。てんかんの発作性、意識を失うような病気と、私どもの担当しております精神疾患のようにずっと同じ症状がある場合とはまた全然違ってくると思いますが、例えば精神疾患でいいますと、幻聴とか妄想というのは一つの症状であります。状態像というのは、そういう幻覚や妄想状態があって、何か訳の分からない状態になって、とても不安な状態になっているという、もう少し広い概念で言うものでございます。  症状はこういうことだといって、幻覚、妄想という形で我々医者が幾らか理論的に抽出した、抽象的に抽出したものですけれども、それでは、じゃ、その症状が統合失調症という病気だけに特別にあるのかというと、そうではなくて、先ほども申し上げましたけれども、いろんな病気にあるわけです。しかし、ただ、その妄想が非常に強くなって、興奮を示して、何らかの状態になったときには何らかの影響を及ぼす、これはあるだろうと思うんですね。  そういうことをきちっと表現するためには、症状がどういうものであって、どういうダイナミックな動きで動いて、どういうふうな状態になったら事故に至るか、影響を及ぼすかということを全体で規定する概念が必要だろうと思います。それを私たちは、精神医学の立場で、治療の立場でいえば、急性精神病状態という一つの状態像で規定をしております。  恐らく、この急性精神病状態という言葉で規定をすれば、広い範囲で事故に至るような、不注意であるとか不眠であるとか、あるいは疲労こんぱいになって事故を起こすとか、こういう結果として影響を及ぼすものに対しても、全部含めて、先ほど申し上げた黒白でいえば黒になるだろうと思うんですね。それを、例えば症状一つだけ取り上げて、病気一つだけ取り上げて、全て原因、事故に至る可能性が高いんだとすることは医学的に不可能であるというふうに私は思っております。  ちょっとうまく説明にならないかも分かりませんけれども、医者はそういうふうに考えているということでございます。
  28. 有田芳生

    有田芳生君 あと一分ぐらいで恐縮なんですけれども、もう一度、三野参考人にお伺いしたいんですが、一つは、私は交通刑務所を取材したことがあるんですけれども、やはりアルコール依存症の方々が事故を起こしたケースも多々見られたんですが、再犯率が非常に高いということが分かりましたけれども、そのとき問題点として、やはり交通刑務所などでも治療をきっちりとしなければいけないと思ったんですが、その点についてどう判断なさっているか。  もう一つは、先ほど、第三条第二項の病気として政令で定めるというところで、久保田参考人からの資料の中で、イギリスの場合は百五十三疾患の届出がある、オーストラリアの場合は五十疾患ですか、こういう形での提示というのはどのように判断されるかという、その二点、ちょっとお伺いしたいんですが。
  29. 三野進

    参考人(三野進君) 私でよろしいでしょうか。  先ほど言いましたアルコール依存の問題に関して言えば、やはり依存というのはなかなか治らない病気で、何度も同じ行動を繰り返しますので、事故傾性がある、事故に傾く可能性がありますので、そこはやはり教育をして、なおかつアルコールから脱していく治療をするということが非常に強く要請されるところであります。精神病に関しては、そういう事故傾性があるような方の行動パターンを示す場合には、それに至らない治療というものも、もし受刑中であってもその治療は継続すべきだと思います。  それから、運転免許欠格の対象とするような病名を広く取るということに関して、私はそのとおりだと思いますし、むしろ病名を全て、久保田参考人が言われたように全て広くするか、あるいは限定するとすれば症状を羅列するか、そういうものの方が的確ではないかというふうに私は思っております。
  30. 有田芳生

    有田芳生君 終わります。  ありがとうございました。
  31. 佐々木さやか

    佐々木さやか君 公明党佐々木さやかでございます。  今日は、塩見参考人、そして小谷参考人、また久保田参考人、三野参考人、お越しいただきまして大変にありがとうございます。とりわけ、小谷参考人におかれましては、あの事故から僅か一年半、突然に愛するお嬢様たちを傷つけられ、また奪われたその絶望と怒りと悲しみはどれほどのものかと思います。余りの突然の出来事に、とてもとても信じられずに、まるで夢ではないかと、このように思われるのが被害者の皆様のお気持ちではないかと思います。しかしながら、時間がたつにつれて、お嬢様がいなくなられたこと、これが現実のことであるということを感じることが多くなっていき、その悲しみは時間が経るごとに大きくなるものと思います。  私は、そうした悲惨な交通事故をなくしていくためには適正な処罰がなされると、また同時に、先ほどからもお話に出ておりますけれども、ルールを守る、また人の命を守るということについての教育、これが私は非常に重要ではないかというふうに思っております。  免許を取る方は教習所でルールを学んだり、また人の命の大切さということを学ぶ機会もあるかもしれませんけれども、まずそれで本当に十分なのかということもございますし、ましてや無免許運転をされるという方については教習所で学ぶ機会もないわけでございますので、そうした意味でも、私は幼いころからのそうした安全教育というものが非常に重要であると思います。  また、自分が被害者にならないための安全教育も必要ですし、自分が加害者にならないと、そういう視点からの教育も重要であるというふうに思っておりますけれども、こうした点につきまして、まだ事故から僅か一年半でございますけれども、小谷参考人が様々な活動の中でお感じになったことですとか、また御意見ですとか、そういったことがございましたらお聞かせいただきたいと思います。
  32. 小谷真樹

    参考人(小谷真樹君) うまく答えられるか分からないですけれども、もちろん、おっしゃられるように、運転免許証、教習所だけでの教育でなく、小学校中学校などの義務教育の中での安全教育また人権教育といいますか、命の大切さというもの、人を傷つけたら駄目だというようなことを教育していくのは、もちろん今もなされているとは思いますけれども、今後もっと強めていくことも必要なのかなというふうには感じています。  ただ、何といいますか、小学生だったんですけれども、うちの子は、道徳教科書の中でもそういうふうなことを習っていたと。妹は亡くなったんですけれども、お姉ちゃんが残ったわけです、うちは。お姉ちゃんは、妹が亡くなったことに対して、なぜ謝らないの、何で謝りに来はらないのと、そういう質問をされました。本当に、こういう審議の中でお話しできることじゃないのかもしれませんが、そういう素朴な子供の疑問に対して大人として僕は何も答えてやることはできませんでした。学校でもそういうふうに習っているのに、人をたたいたら怒るのに、人をあほとか言ったら怒るのにという、本当に子供たちって、うちの子だけじゃなくて、うちの子の友達とかもみんな、何でなん、何でなんというふうに、僕、たくさん子供たちに聞かれました。  それを本当に、何といいますか、やっぱりそれをちゃんと、法律の中でできないのかもしれませんけれども、本当にできる限り命というものを大前提に置いていただいて、今回のように、無免許運転といいますのは先ほどからお話しされているように因果関係はないのかもしれないですけれども、でも、これから子供たちも免許免許というか車を運転する上で一番大切なものやというふうにもう教わっていますし、やっぱり何か全部がつじつまが合ってこないので、今僕らが話していることは、本当に分かりやすい、何が一番大切かっていう説明できるような、教育だけじゃなくて、やっぱり僕は日本の法律というものを作っていかなければ駄目じゃないのかなというふうに感じています。済みません。
  33. 佐々木さやか

    佐々木さやか君 貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございます。重く受け止めさせていただきます。  次に、久保田参考人にお伺いをしたいと思います。  今回の法改正で、三条二項でございますけれども、病気というものを対象に規定を置くということ自体が差別的であるという御指摘を伺っているところではございますけれども、今後、この法律成立をした場合には、政令で対象となる病気病気の症状ですけれども、定めるという検討作業に入るわけでございます。  そうした中で、私は当然、その対象となる病気について、症状と事故との関係がどういうふうになっているのか、また、どれくらいの方が患者さんとしていらっしゃって、そのうちの車を運転している方がどれぐらいいらっしゃって、事故の発生件数がどれくらいなのかと、そういった十分な、もちろん正確なデータが必要であると思っております。  そうしたデータを基に検討していくべきでありますけれども、そこでお聞きをしたいんですけれども、そもそも、てんかん患者さんの場合に、そうした基礎となりますような患者数ですとか、その中で運転をされていらっしゃる方の数といった正確なデータ統計、そういったものが十分にあるのかどうか。  衆議院の質疑の方では、患者数、また所持免許者数と運転している方の数も推定というふうにたしかおっしゃっていたと思いますので、正確なデータというのがもしないのであれば、その把握をすることの難しさですとか、そういった事情についてもお伺いできればと思いますけれども、お願いいたします。
  34. 久保田英幹

    参考人(久保田英幹君) 患者数からして推定でございます。  患者数を推定するには、ある一定の地域で全数調査をして、各年齢ごとに何%の患者さんが発病し、何人の方が治療を受けているかというようなことをしなければなりません。それが実際に行われているのは岡山県における十五歳までの小児の疫学です。日本にはそれ以上の疫学調査はございません。そのために、そのような疫学調査のあるアイスランド、あるいはロチェスター、アメリカなどの数字を日本人口ピラミッドに当てはめることによって初めて患者数を推定する。患者推定というのはそういう意味でありまして、ただ、一般に先進国ではてんかんの患者さんの有病率は〇・五から〇・八%と。これほとんど一定ですので、単純にそれを人口に掛けますと、やはり百万人に一人、アイスランドですと八十万人程度、ロチェスターを当てはめますと百六十万人ぐらいになりますが、非常に幅が広いので百万人は正しいであろうと。患者数からしてそのような推定になっております。  なお、厚生労働省患者数調査というのがございます。それでは、てんかんの患者さんは二十一万人というふうにされております。これは、ある一定時期の特定の病院の、選択した病院の、しかもレセプトの病名、第一病名から推定しているということでありますので、私たち、それは学会もそうですけれども、正しくないというふうに認識しておりまして、一般に百万人ということが国際的にも正しいであろうというような状況でございます。  なおかつ、運転免許所持者あるいは運転している人の数というのは、小児の疫学調査で、ある地域で小児期に発病した方が成人になった後、何人が免許を持っているか、あるいは、一九九〇年に日本てんかん学会が実施した運転免許に関する調査の所持率、あるいは発作の頻度ごとの運転、実際の運転率等というものを掛け合わせて数字を出しておりますので、推計の上の推計ということに、しかし、数字がないよりは参考になるだろうということで、なるべく正確な数字を衆議院ではお示ししました。それが、患者数が百万人、免許所持者は約三十五万人、うち運転している方は二十五万人で、その中の約九割以上の方が運転適性のある方であろうというふうに推定しております。
  35. 佐々木さやか

    佐々木さやか君 ありがとうございます。  時間も限られておりますので、次の質問に行きたいと思います。  最後に、三野参考人にお伺いをしたいと思います。  先ほど申し上げましたように、今後政令でどういった病気を指定をするかということを検討するに当たりましては、十分な資料も必要でございますし、統合失調症、躁うつ病といった精神疾患を仮に指定するのであれば、その指定をするだけの十分な根拠が必要となります。  お話しいただいたことの繰り返し、また確認になるかもしれませんけれども、統合失調症や躁うつ病などの精神疾患の方が車を運転する場合には、ほかの病気に比べて危険性が高いということはないのだと、そういったことは医学的根拠には基づかないというようなお話でございました。また、こうした精神疾患の方が運転をする場合に、健常者の方と比べて事故を起こしている確率が高いということもないのだということを数字をもって御説明をいただきました。こうした御説明は、精神疾患について政令で指定する根拠が薄弱であるという御説明だったかと思います。  そうした御説明の中で、精神疾患と交通事故との関係を示す医学的評価も存在をしないというふうに御説明いただいたと思うんですけれども、この意味についてもう少し詳しく教えていただけますでしょうか。
  36. 三野進

    参考人(三野進君) 最後の御質問ですけれども、データ、つまり交通事故精神疾患を具体的に研究対象としたそういう論文は、本当に日本で幾ら調べてもございません。  ただ、注意欠陥性多動性障害という児童の障害がございますけれども、この方々が青年期に入って運転免許を取ったときに事故傾性があるという、事故に至る可能性が非常に高いというデータアメリカなどで論文で出ておりますし、診断基準の中にも、要するに向こう見ずな運転をしやすいということはあるかも分かりません。ただ、この注意欠陥性多動性障害という概念は一つの症候群という広い範囲でございますので、特定の病気とするわけにはいかないだろうと思います。  少なくとも、統合失調症や気分障害の方を対象としてどうなのかということを比較対照するようなデータ健常者と比較対照して事故が多いかどうかということの実証的な研究をするものはないだろうと思います。  よろしいでしょうか、このような。
  37. 佐々木さやか

    佐々木さやか君 今日は四人の参考人の皆様方、大変にありがとうございました。  以上で終わります。
  38. 真山勇一

    真山勇一君 みんなの党の真山勇一です。  今日は四人の参考人の方、本当にありがとうございました。いろいろ伺って、やはり交通事故をなくせば、本当に交通事故というのは、交通事故をなくせば、少なくしていって、そして死亡者を少なくしていくということは大事であるけれども、難しいという思いもしております。そして、今日おいでの実際に被害に遭われた方にとっては、やはり今回の交通事故をなくすということに対しての法改正がなかなかうまく進まない、遅いなと、そういうようなこともお持ちかもしれませんけれども、遅々ではありますけれども、やはり交通事故を少しでも減らそうという動きは確実に動いているのではないか、それは今日おいでの参考人の方々の努力もあったのではないかというふうに私は感じております。貴重な本当に御意見を伺いました。  そして、是非これを生かしていきたいんですが、それに当たって、短い時間で本当に申し訳ございません、四人の方に、全員にお伺いしたいというふうに思っております。  まず、塩見参考人から伺いたいんですけれども、やはり、もうここでさんざん議論されている無免許ということですね。やはり法的な解釈と、それから一般的な受け止め方というのはなかなかそのギャップが大きいということ、それも塩見参考人もおっしゃっておるので、多分その辺りというのは一番、専門家でも大変難しい問題ではあると思うんですが、一つ、塩見参考人の中の今お言葉の中で、こうした危険運転とかそういうところでやるにはちょっとなじみにくいということならば、加重ということよりも、別な方法ということでちょっとおっしゃった気がするんですが、無免許運転罪というものがどうかというようなことをちょっとおっしゃったような気がしているんですが、その辺りの塩見参考人のお考え、つまり、今のような状況がいいのか、あるいはそういう別なもの、法体系というものでも、その方が実効性が出るのかどうか、その辺り、そして専門家でその辺りの何か議論というのはされているかどうか、伺いたいと思います。
  39. 塩見淳

    参考人塩見淳君) お答えをいたします。  無免許運転に関しましては、道交法上、現在処罰規定がありまして、それが二十五年の改正で一年から三年に引き上げられたと、上限が引き上げられたという事情がございます。  それで、これは必ずしも裏付けのある発言ではありませんが、従来、一年であったというのは非常に軽かったんだろうと思います。それは、何度も出てきますけれども、免許を取得していないということで、単なる行政罰であると、単に出さなかっただけだという面が非常に強くて、無免許運転罪の評価が低かったんじゃないかという気がいたします。各種無許可営業とか、いろんな処罰規定ありますので、それは単に手続を怠ったと。  しかしながら、既に小谷参考人からも御指摘もありましたけれども、それだけの問題では実はないというか、少しその点は謙抑的過ぎたのではないかというふうに思っております。実際、免許がないということは、一般的には危険行為をやることにつながるわけでありますので、そういう意味では三年への引上げというのは妥当であろうと思いますし、それは無免許運転罪の上限がどこが適切かという問題はありますけれども、それを更に引き上げるということは、今後議論はあり得ることかというふうには思っておりますが、他の無免許罪との関係等もありますので慎重な検討が必要だというふうに考えております。  以上でございます。
  40. 真山勇一

    真山勇一君 ありがとうございます。  それからもう一つ、やはり今回の課題の一つである病気ということなんですが、この言われております三条の二項ですか、これ、病気というのを病気の症状というふうにするということについては様々な検討をされていると思うんですけれども、この辺りの塩見参考人のお考え、もう一回ちょっとお聞かせ願いたいと思います。
  41. 塩見淳

    参考人塩見淳君) これは、症状をこうとらえるんだということ自体は、部会でも皆、何というんですか、委員の合意があったということでありますので、あとはその規定の仕方とか表現の仕方の問題であろうというふうには思っております。  ですから、それを、やはりその書き方が大事で、やはり偏見を生むんだという、その立場、お医者さんの立場はどうしてもそういうことに関心がおありなのでそういうことになり、それは規定の問題であるというのは、我々のような法律をやっている者だとどうしてもそういうふうになってしまうと。そこら辺の受け止め方の違いというのが大きいのかなというふうには感じております。  ある意味では、技術的な面も大きな問題ではないかというふうに考えております。
  42. 真山勇一

    真山勇一君 ありがとうございました。  それでは、続いて小谷参考人に伺いたいんですけれども、やはり小谷参考人のお話というのは、本当にやはり事件事件だけに大変、事故の様子、私どもも伺って、やはりこういう事故が繰り返されているという本当に思いをしたんですけれども、小谷さんは、御自身の交通事故と同時に、こうした事故に遭われている様々な方々、本当に多くいらっしゃいますね。特に、やっぱり無免許、そんなに交通事故の中に占める割合は少なくない、やはりこれを何とかしなくちゃいけないという思いがあると思うんです。  そして、そういう被害に遭われた様々な方との交流もあると思うんですが、今日はせっかく代表しておいでになったと思いますので、そういう方たちとの意見の交換とかそういう中で、皆さんが思っておられる、考えておられる思いみたいなものを聞かせていただきたいと思います。
  43. 小谷真樹

    参考人(小谷真樹君) 無免許運転に限定してではなくてもよろしいんですかね。
  44. 真山勇一

    真山勇一君 済みません、限定しなくても結構でございます。
  45. 小谷真樹

    参考人(小谷真樹君) いろいろとお会いさせてもらう中で、私たちの事案に関しては、様々なメディアも取り上げていただいたおかげで広く世間に知れ渡ることができたわけなんですけれども、その一方で、僕たちがお会いする方の事案というのは、僕たち全然本当に知るときがなかったといいますか、本当に小さくしか取り上げられないですし、若しくはもう取り上げてもおられないという現実が交通事件にはあるんだなというのを気付かされたんです。そういった方々の声を聞かせていただくと、本当に、裁判の中でもなかなかやっぱり遺族の声というのが届いていないように、僕はお話しさせていただいた中で感じたんです。  無免許に関しても、無免許だけじゃなく、その他様々な交通違反に関しての結果の事故被害者は、やっぱりどんな形であっても大切な人を失ったり傷つけられたという部分に関しましては皆同じなので、結果が大きいからちっちゃいからで、何といいますか、世間のとらえ方が変わってくるという形が本当に、それも更に苦しみを、何というんですかね、付け加えてしまっているんやなというふうに、ちょっと、自分が責任感じているわけではないんですけれども、でもやっぱり、何かそういったところも幅広く取り上げていっていただけるような、何といいますか、拾っていただけるような形で今回のこういう法律にも盛り込んでいただいてほしいなというふうには、ちょっとうまいこと言えないですけれども思います。済みません。
  46. 真山勇一

    真山勇一君 ありがとうございます。  いろんな被害の方、全体で代表の方たちとのいろんな運動をやっていらっしゃると思うんですけれども、今までやってこられて、その声がやはり国会なり法律改正ということに届いてきたという、そういう思いというのはいかがですか。
  47. 小谷真樹

    参考人(小谷真樹君) 僕たちがお会いした方たちの声がこの法律改正に届いたというふうには僕も感じていませんし、もちろんその方も多分感じておられないというふうに僕は思っています。済みません。
  48. 真山勇一

    真山勇一君 ありがとうございました。  それから、久保田参考人と三野参考人はそれぞれ専門のお医者さんでいらっしゃるということで、同じことをお伺いしたいと思うんですが、病気事故を起こすということは本当に不幸なことですし、そしていわゆる偏見というものが実際にある、その辺りをやはりどうするかということが大きな問題だというふうに思います。  もちろん、私たち世間の理解というのもこれは進めていかなくてはならないという、その一方で、やはり起きてしまった事故というのを見てみると、やはり病気というか、私は症状の方がいいかなとも思うんですが、その症状を持っている方が、厳しい言い方すれば、もう少し気を付けてくれればという思いもある。その辺が、やはり世間では加害者被害者という立場になると、被害者の方により同情がやっぱり行ってしまうという、それが、逆に言うと、病気の症状を持っておられる方の偏見につながっていってしまうのかなと、そんな思いもするんですけれども。  やはり一つは、今医学はどんどん進歩しています。伺いたいのは、こうした両参考人が専門にされている病気病気の症状というのは、薬で十分にやっていけるんだと、治していけるんだ、あるいは抑えることができるんだという辺りをちょっと伺いたいのと、それからあともう一つは、患者御自身の自己管理ということをおっしゃったと思うんですが、その自己管理という部分を、ふだんそういう症状を持っておられる方にどんなふうにしてやっぱり徹底していくのか、この辺りが一つポイントじゃないかと思うので、その辺りを、久保田参考人、そして三野参考人にお伺いしたいと思います。
  49. 久保田英幹

    参考人(久保田英幹君) 薬の効果ですけれども、先ほど述べましたように、外科的な治療も含めてどうしても二割から三割の方はあらゆる手を尽くしても発作を止めることができない方がいらっしゃいます。これがにわかに改善するとは思えません。とうとうたる努力の中で治癒率は上がってきていますけれども、完全にゼロにするのは先の話だろうと思います。したがって、そういうような人にはやはり運転をしていただかないというようなことをきちっと指導するということは非常に重要でありますし、日常的な仕事にもなります。  一方で、そういう方は、今のいろんな地方交通状況を考えましても、てんかんというのは移動の障害というふうな側面もございます。そういうような移動の障害を持っている方に関する社会的な施策、それは、てんかんは精神病に含まれておりますけれども、障害は知的障害、身体障害、精神障害手帳制度は分かれておりますが、精神保健福祉手帳には、交通、JR、大手私鉄の、ほかの二つの手帳にある五割の交通費減免の制度もございません。あらゆる意味で、それから運転免許証が身分証明書代わりに使われている。別に運転はしない、する気もないし怖いと、しかし、身分証明書として困るんだというような方も少なくありません。  そういうような意味で、にわかに完全に発作を止めることができない患者さんがいる限りは、先ほどの法律であるとか道路交通法である、あるいは刑法だけではない全体の施策が必要だろうというふうに考えております。
  50. 三野進

    参考人(三野進君) お答えさせていただきます。  先ほどの、先生がおっしゃられた患者の自己管理ということになりますが、先ほどの有田先生の御質問にもありましたけれども、やはり事故を起こされる方というのは大体同じパターンで何回も繰り返される方が多いわけでございます。病気にかかわる方でもやはりそういうことが、特にアルコール依存症の方とか認知症の方は、最初は軽い事故で、物損事故で済んでいるけどだんだん人身事故に至るということもあるわけでございます。  例えば、これは私どもの専門外でございますけれども、鹿沼のてんかんのある方が起こされた事故でも、よく後で見てみると、何度も事故を起こされて、執行猶予中に事故を起こされているわけでございますから、ここは同じ自己管理ということで言うと、行政の方の事故の管理ということも必要でございましょうし、病気のある方でそういう頻回に事故を起こす方は、やはりこれは家族にも御本人にもきちっとした、お薬だけではなくて病気の管理というものは必要であろうというように私は思います。  お薬について言えば、少なくとも精神疾患に関して言えば、強い興奮がある、あるいは幻覚、妄想がある状態、先ほどから急性精神病状態と言っておりますけど、これについては数十年前に比べたらば驚くほど薬物療法も発達しておりまして、ある程度抑えることができるだろうと思います。  ただ、今回の第三条第二項で規定されている病気の管理といいますか、おそれがあって、そういう病気の状態を防ぐということで、ちゃんとお薬を飲んでいたらそういうおそれがないというふうに、法制審議会などでも故意の認定で、ちゃんとお薬を飲まないでとかこういうことが言われておりますけれども、そう簡単にお薬で全てが管理できるのであれば、お薬だけ飲めば医者は要らないわけでございまして、そこは難しいところがございます。  常にお薬を飲んでいてもやはり不注意で事故を起こすことはございます。ですから、それで故意を問うというのはなかなか難しいというのが、薬物療法の限界かも分かりませんけれども、これは病気一般に言えることではないかと思っております。
  51. 真山勇一

    真山勇一君 四人の参考人の方々、どうも本当にありがとうございました。
  52. 仁比聡平

    仁比聡平君 日本共産党仁比聡平でございます。  参考人の皆さん、今日は本当にありがとうございます。  まず、塩見参考人に、小谷参考人から先ほどあった無免許運転によるこうした危険事故、悪質な事故に対する可罰性というような観点で少し御意見を伺いたいんですけれども、小谷参考人から、一度も免許を取得をしたことがない人間進行を制御する技能を有しているというのは理解できないと、運転免許は車を動かす技術安全に車を運行できる知識があって始めて与えられるものであって、それがないのになぜ法律技能を有していると評価をされてしまうのかと、無免許運転を繰り返せば繰り返すほど重い処罰の対象から外れるということになるではないかと、趣旨は私そういう御趣旨かと思うんですが、無法を繰り返せば重い処罰の対象から外れるというのは、ここに強い疑問が示されて私は当然だと思うんです。塩見参考人はどんなふうにお考えでしょうか。
  53. 塩見淳

    参考人塩見淳君) おっしゃることは本当に重々よく理解はしているつもりなんですけれども、先ほども申し上げましたように、進行を制御する技能を有しないということは、法案ですと、二条に挙げられている行為と同等の危険性を持っている、あるいは暴行に準じるような危険性を持っているということで、この文言から受けられる、その制御する技能を有しないというところから印象として受けられるものよりははるかに厳格なものをとらえております。ですから、やはりこれには、単に免許がないというだけでは当たらないというのは、これは刑法の解釈としてはそうなるだろうと思います。  ですから、それまでの間に無免許いっぱいやっているではないかと、無免許で練習ですか、とかそういうことをやっているのではないかというのは、これは無免許運転罪で捕捉をするということになっていて、それで事故を起こさなければ無免許運転罪のみでとらえられるというのが、仕組みというか規定の作り方になっております。ですから、結局それまでに、何ですか、言葉は変ですが、うまくなるまでにいっぱいやっているというところはそれとして道交法上とらえると、そういうことで考えられているということになるかと思います。  それはおかしいのではないかということなんですけれども、やはりそういう枠組みでしか現状ではとらえ切れないのかなというふうには思っております。ちょっとお答えにはなっていないかもしれませんが。
  54. 仁比聡平

    ○仁比聡平君 そうした法律解釈的な御意見も踏まえて小谷参考人にお尋ねをしたいと思うんですけれども、私も亀岡の事故の際、運転者が無免許であったということと併せて、先ほどお話があったように、集団登校中の子供たちには何の落ち度もない、保護者の方やおなかの赤ちゃんも含めて、多数の亡くなられた子供たちやけがをされた子供たちが生まれたと、起こってしまったと、それがどうしてこんな事態になったのかということに理不尽さを感じたんですよね。  そういう意味では、運転者が無免許であったということだけをとらえてこうした活動をしてこられたわけではなかろうと思うんですけれども、そういう亀岡の事故のような事案において、先ほども塩見参考人からも、無免許であっただけでその進行を制御する技能を有しないという判断にはならないのだという趣旨の御発言なんだろうと思うんですけれども、その運転者の行為の重み、そこも含めてもう少しお話しいただけるところがあれば御自由に御発言をいただきたいと思うんですが。
  55. 小谷真樹

    ○参考人(小谷真樹君) ありがとうございます。  無免許だけじゃなく、事故としては居眠りというのが直結したというふうに今ずっと僕らの事案に関しては考えられておられまして、私としてはどっちもやというふうには感じてはいるんですけれども、免許を持っていれば、それこそそういう夜遊びといいますか、そんな睡眠時間が少ない中運転することは、そういうことを習った上での免許でしょうし、そんなの一般常識でも分かることやとは思っていたんですけれども、一番やっぱり納得できないのが、逆に、その進行を制御する技能というのが、例えばどのような形に当てはまるのかというのが、そのような想像が全くできないわけなんです。ほんまに、それと無免許というものが因果関係がないとされたら、本当に乗ったその日の、みたいな話ぐらいでしか該当するものがないのじゃないかなというふうに自分たちは感じたんです。  それを、そこに絞ってこの法律を作られた意図というのも、正直そうなってくるとよく分からないですし、当初から、さっきもちょっと僕、意見陳述の方で言わせてもらったように、無免許運転が構成要件から外れたことというのは、過去の参考人の方も御指摘されていましたし、当時から交通三悪ということで、速度超過や飲酒運転、そして無免許運転というのがあったにもかかわらず、なぜ漏れたのかという疑問がずうっと残ったまま来ていて、今回この私たちの事件でまた具体化されたにもかかわらず、また漏れたわけなんです。  本当にもう皆さんおっしゃっていただいているように、その技能が、それが操作の、初歩的な操作ということで言われてはいるんですけれども、本当に、こんなタイミングがあったにもかかわらずこの先またこれでいくのかというところにやっぱり僕たちは一番疑問に思っていまして、説明していただけるなら、本当にその制御する技能というのがどんなところに該当するのかというのを、誰もはっきりと、僕が見た中では、こんな人ですよと、こんな人は、該当する人は何人いますよというのをちょっと聞いたことがないので、ほんまにちょっと、うまいこと答えられていないですけど、また、やっぱり理解しやすい、本当にそれがそうであるのなら、この条文自体を本当に変えてもらわないと本当の改正にはならないと思っております。済みません。
  56. 仁比聡平

    仁比聡平君 どうした悪質、危険な運転が処罰対象とされるべきなのかということについては、私たちも本当に重く受け止めて議論していかなきゃいけないと思っています。  それで、久保田参考人、そして三野参考人に三条二項の問題について伺いたいんですが、まず久保田参考人に、先ほど御紹介ありましたが、今日お持ちいただいている資料の幾つかの、事故報道以降の電話相談の激増という二十一ページの資料があります。  この中で、事業主の、てんかんの患者さんを採用しておられる事業主の方からの、自分たちがどの程度で刑事民事責任を負わされる可能性があるのかとか、あるいはトラブル回避のためにはどんな働かせ方があるのかとか、ひいては、患者に辞めてもらいたいが、病気を理由に辞めてもらうことはできるかとか、こうした問合せというのは挙げられているだけでも大変深刻だと思いますし、こうした電話が掛かってこない、社会の中では、雇用主さんもですが、中でもてんかんに立ち向かいながら頑張っている患者さんたちにとっては本当に不安だと思うんです。こうした問いかけに対しては、皆さんの対応で問題が解消されるものですか。
  57. 久保田英幹

    参考人(久保田英幹君) 非常に難しいと思います。私たち自身は、患者さんの相談を聞き、適切にアドバイスをすることはできますけれども、直接事業主さんに働きかけるということはなかなか難しゅうございます。  事業主さんからも様々な問合せがあります。法的に適切ではないというふうなことは申し上げます。それで相談は終わってしまいますので、その後どうなったかということに関してはなかなか、匿名の電話だったりしますので、フォローアップもできません。したがって、私たちができるのは、厚生労働省に実態をお話しして適切な指導をしていただくということに限りますけれども、なかなか本省の方も、具体的な事案は労働局に任せてあるというふうなことで、本省はなかなか直接指導していただくということも困難なことも体験をしております。  したがって、これらがどのように解決しているのか、していないのかということは詳細には把握できておりませんし、このような電話が掛かっていること自身、氷山の一角ではないかというふうに感じております。
  58. 仁比聡平

    仁比聡平君 国連障害者権利条約批准見通しというような状況の時代の中で、政府全体としても当然取り組んでいかなければならない問題かと思うんですが、この法案との関係でいいますと、今回の法律改正が、先ほど久保田参考人強調された、病気が悪いのではなくて悪いのは自己管理ができなかったことであるという、そういう意味合いでの自己管理を、この法案、法改正が逆に阻害してしまってはならないということは大事なことかと思うんですよね。  先ほども他の議員の御質問がありましたので、私、その自己管理の中核というのは何なのかというのをちょっと教えていただきたいと思うんですが。
  59. 久保田英幹

    参考人(久保田英幹君) 一言で言うのは難しいんですけれども、大事なことは、臨床の場で、治療することの意味、服薬し続けることがその患者さんの人生にとってどんな意味があるのか、非常にポジティブな意味があります。そうでないとなかなか、服薬が面倒、飲まなかったからといってにわかに症状が悪化することもないというようなことで、あるとき重大な事故を起こすというようなこともありますので、多くの患者さんは服薬することの意味を知りたがっています。  そこのことをきちっと伝えることで、例えば二年発作が止まれば運転免許、運転できるんですと、そのことが社会生活においてどんな大きな意味があるかというような形で、患者さん自身に自己管理のイメージを、ただ強制するだけでなくお伝えするということが非常に重要であるというふうに考えています。
  60. 仁比聡平

    仁比聡平君 なるほど。そういう意味では、主治医と患者の信頼関係ということも極めて重要なのだろうと思うんですけれども、そこも踏まえて三野参考人に最後、法律の、立法技術的な問題は法律家の話とか法務省の話とかではあるのかもしれないが、患者医療者、医師にとっては、病気なのか、病気の症状なのかでは、これは決定的に意味が違うということなのだろうと思うんですけれども、この病気の症状というふうな修正が可能なら、三野参考人などの懸念というのは大きく解決をするんでしょうか。
  61. 三野進

    参考人(三野進君) お答えさせていただきます。  大きく改善すると思います。症状という形で的確に運転に危険を及ぼすような症状をポイントを当てれば、病気そのものが全てが危険であるということの偏見や差別がなくなりますし、その症状が出れば医療機関に通って、医師治療関係の中で解決することもできるだろうと思いますし、御本人もそれに向けて努力すると、今先生がおっしゃられた自己管理という問題も出てくるだろうと思います。  今の状況であれば、まさに、精神疾患でいえば、統合失調症や躁うつ病、うつ病の患者さんは、酒気帯びと同じような同格な形で見るわけですから、例えば誰が酒気帯び相当の、常に酒気帯び相当の危険を持った人を雇うかという問題になります。それから、うつ病の患者さんでも、回復して職場に復帰するときに診断書を出すと、最近随分多いんですけれども、運転が可能であると、安全な運転で事故を起こさないということを保証するということを診断書に書けと言われるんですね。この条項がある限り、それはずっと続くだろうと思います。  それが改善されて、こういう症状が事故を来すんだから、危ないからやめようということが法律で規定されれば、あるいは政令できちっと規定されればそういう懸念はなくなりますし、的確に法が運営されるんではないかというように私は思っております。
  62. 仁比聡平

    仁比聡平君 ありがとうございました。
  63. 谷亮子

    谷亮子君 生活の党、谷亮子と申します。  本日は、四人の参考人の皆様に大変貴重な御意見を拝聴させていただきまして、本当にありがとうございます。今回のこの法律案につきまして、お一方ずつお伺いをさせていただきたいというふうに思っております。  まず初めに、小谷参考人の方にお伺いさせていただきたいと思います。  本年六月七日に、無免許運転の罰則引上げなどを柱とした改正道路交通法衆議院の方で本会議で可決、成立をいたしましたけれども、御家族を亡くされた本当に大変痛ましい事故で、その思いというものはもう切実なる思いがおありになったと思いますが、その中で、その事件京都府亀岡市で二〇一二年四月、無免許少年が運転する軽自動車が登校中の児童らの列に突っ込み十人が死傷した事故を機に、更なる厳罰化を求められてこられたというふうに思っております。  やはり、ここで法改正された現在の罰則は、当初は一年以下の懲役又は三十万円以下の罰金でございましたが、その改正によって、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金ということで、この無免許運転に対しての罰則というのが引き上げられたということは良かったのかなとも思いますが、しかし、実際に命を奪われてしまった被害者の皆様におかれましては、これが法制化されたから、より厳罰化されたからといって、本当にその尊い命というものは返ってくるわけではなく、更なる厳しい罰則というものを、今後、そういった重大な事故を抑止していくためにも必要なことであるというふうに思われているのではないかなというふうに思っているわけでございます。  そして、今回、こうした度重なる悪質な無免許の重大事故ということでございまして、この危険運転致死傷罪の適用は、無免許運転は構成要件に該当しないとの理由で今回見送られたということでございましたが、今回の更なる加重、無免許運転による加重規定の新設ということで、危険運転致死傷、この第二条は、六月以上の有期懲役、そして危険運転致死傷罪、これは致死が六月以上の有期懲役、致傷、十五年以下の懲役、そして過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱は十五年以下の懲役、そして過失運転致死傷は十年以下の懲役というふうになってくるわけでございますけれども。  ここは、やはり被害者のお立場から思われるところは、今回の法律案の中に、第二条の三項にございます、進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為といったことにつながってくると思うわけなんですけれども、こうした無免許運転、それ以外のこともあると思いますが、無免許運転そのものに対して小谷参考人はどのようなお気持ちを今お持ちでいらっしゃるのか、そして、今後、また更なる法改正を望まれるとされるとしたならばどういったことを希望として持っておられるのか、お伺いさせていただきたいと思います。
  64. 小谷真樹

    ○参考人(小谷真樹君) 道交法の方で改正されました無免許の罰則の強化、一年から三年への引上げということで、そこに関しましては本当に、喜ぶことでもないんですけれども、一定の評価はしております。それが直接的に本当に抑止力につながってもらうことを、もちろん取締りというものを警察の方にもしていただかないとなかなか浮き出てくる問題ではないとは思っていますけれども、それが抑止につながるということで、事故の抑止ですよね、未然に防げるような形で道交法がうまく運用していっていただけたらなというふうには考えています。  刑法の方で、今回の改正の方に関しましては、先ほどずっとお話しさせてもらっているように、当初からも私たちは無免許運転自体を、そのものを危険運転の方に入れるべきだという形で署名等をさせていただいていました。ですので、進行を制御する技能という部分に関して、何度も言っていますけれども、やっぱりできないというのであれば、やっぱりそれの解釈の仕方というものをほんまに変えていただいて、本当に危険運転致死傷罪の最高刑に近いものにやっぱり引き上げていただくというのが我々遺族の思いでもあります。済みません。
  65. 谷亮子

    ○谷亮子君 ありがとうございます。  この無免許運転への罰則というのは更にその厳罰化といったことをやはり求めていかなければならないと思いますし、今までこういったことがなかったということがこうした重大な事故につながっていった基本的な根本としてあると思いますので、今後、やはり更なる法律を作っていくと、新たに作っていくという観点からも取組をしていかなければならないというふうに私も思っています。また来週十九日にも、参議院の法務委員会の方も予定されておりますので、そこで私も大臣の方にしっかりとその辺を、無免許運転に対する取組というものを問うてみたいというふうに思っております。ありがとうございました。  そして次に、久保田参考人、そして三野進参考人、両参考人の先生にお伺いさせていただきたいと思います。  これは、今回の、自動車運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律に関する再要望書ということで先日資料としてお配りをいただいたものでございますが、これらの病気による事故率が他の要因と比較して高いという医学的根拠はなくと。  もちろん、てんかんの病気をお持ちの方、そして、そうした精神的な病気をお持ちの方という両方向からこうした再要望書を出されていると思いますが、病気の早期発見や適切な治療を妨げるものでありまして、今回のこの法律案に病気として政令として定めるものとだけ明記をされておりまして、この再要望書におかれましては、自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気の症状として政令で定めるものというふうに修正すべきであるということを再要望書の中で提出をされているわけなんですが。  今回、衆議院の方の法務委員会等でも大臣等が述べられているのは、やはり特定の病気を指すものではないといったことをお話しされていらっしゃいまして、しかしながら、その病気ということを断定してしまうと、そのもの自体に、その病気を患っているということを決まった時点で、もうそういったことはしてはいけないよということにつながってきますから、その発症によって、発作とかそういったことによっていろいろなことというのは、その更に深い部分になってくるとは思いますけれども、今回、このように修正すべき点であるといったことで再要望書を出されましたその趣旨と、今後の取組につきましてどのようなことを望んでおられるのか、久保田参考人、そして三野参考人の方に、両参考人にお伺いさせていただきたいというふうに思います。
  66. 久保田英幹

    ○参考人(久保田英幹君) その要望書は八つの、日本の中でも非常に大きな学術団体が共同で同じ場所で議論し、決めました。  その早期発見、予防に関しては、これは私どもの関係でいいますと、ナルコレプシーの会の方が非常に危惧されております。睡眠障害の方は一割程度しか診断されていない、早期発見、治療が非常に重視されているけれども、診断されたら運転できなくなる、あるいは罰せられるということであるならば診断していただきたくないというような、これまでの活動に逆行してしまう危険性があるというようなことを強くおっしゃっていましたので、そこに入れさせていただきました。  それから、何度も申し上げますけれども、やはり悪いのは病気の症状であって、病気そのものでもなければ、ましてや患者さんではないわけですけれども、やはり法律に病気というふうに具体的に規定されてしまいますと、そのことは、法律の専門の方であれば技術的に仕方ないという御理解はあるのかもしれませんけれども、一般の人が見たときには病気というのは危険なんだと。  そして、具体的に特定される病気の根拠、これは確かにないと思います。患者数そのものも分かっていない中で、何人の方が免許を持っていて、どれくらいの事故が起こっているのか、これは警察庁も持っていらっしゃらないわけですから、私たちがお願いしているのは、是非そこの実態調査をやっていただきたいと。これは警察庁に強く要望していまして、御理解いただいております。  そういう中で、資料がない中で特定の病気が挙げられるということは、これは何があっても差別につながるということで、やるんであれば、先ほど申し上げた海外に倣って、可能性があるんであれば、一件の事故でも減らさなければいけないということが総意であるならば、可能性のある病気は統計とか関係なく全て挙げていくというのが原則ではないだろうかというふうに思います。
  67. 谷亮子

    谷亮子君 ありがとうございます。
  68. 三野進

    参考人(三野進君) ありがとうございます。  この要望書は再要望書となっておりまして、本来、最初は要望書は三条二項を削除してほしいというお願いでございました。衆議院法務委員会の御議論で相当このところについて突っ込んで議論をしていただきまして、法務大臣政府側の答弁で病気の症状に着目すると何度も言われ、そのことについても国民に周知徹底するということがありました。ならば、病気の症状というふうに、そういう趣旨があるのであればちゃんと法文に書き込まないと駄目なんじゃないかということで、あえて再要望させていただいた次第でございます。  一つ重要なことは、これはなかなか世間の常識と違うかも分かりませんけれども、病気というふうに特定をしてしまいますと、その例えば症状は仮に急性精神病状態あったとして、統合失調症であるとしても、急性精神病状態を呈する病気というのはもっとほかにもいっぱいあるわけです。内科の病気でもありますし、一般的な病気でもあるわけです。特に危険なのは、いろんな病気の中で、例えば軽度の意識障害を来して興奮するような譫妄という病気がある。これはどんな方でも、若い方でも起こることがありますし、お年寄りでも起こる。こういうものを病気で最初に特定してしまうと、全部除外されてしまって、本来危ないものを禁止することはできないわけですね。  病気の症状というふうに規定をすれば、その症状に関してポイントを当ててはっきりと規制することができるという意味でも、どうしてもこれは症状ということを表現していただく、それを法文でやっていただくということが差別の解消にもつながりますし、本当の意味の法の趣旨の貫徹にもつながるのではないかというふうに私は思っております。
  69. 谷亮子

    谷亮子君 貴重な御意見、ありがとうございました。  やはり、医学的根拠もないと、そしてそういった資料もないということで、そして病気ということで断定的にやっていくということは、今後更なる検討を推し進めていかなければならないというふうに私も思っておりますし、そもそもそうした重大な交通事故につながらないようにしていく、根本的なところにはいろいろなことも考えられると思いますが、そうしたことを一つ一つクリアにして取り組んでいく姿勢こそが今求められているというふうに思っております。ありがとうございます。  そして、最後に、塩見淳参考人にお伺いさせていただきたいと思います。  今回新設されました処罰といたしまして、条文の第四条に十二年以下の懲役を科する過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪がございます。この第四条は、酒気帯び運転、そして自動車運転過失致死傷罪、そして証拠隠滅罪の、この三つを合わせた構造となっているわけなんですが、刑法百四条の証拠隠滅罪は、期待可能性が認められないことから他人の刑事事件に関する証拠を隠滅しようとする証拠隠滅行為処罰しようとするものでございまして、またこの第四条は、アルコール又は薬物の影響による自己の、自身の犯罪を積極的あるいは消極的に免れようとすることを処罰するものであるわけなんですけれども、先日お配りいただきました塩見参考人の資料を読ませていただいたんですけれども、その中に、法律案四条は、適法行為期待可能性との関連でも、規定の解釈・適用の面でもなお検討の余地を多く残しており、理論的に深い関心を引く罪類型と言えるということが記されていたわけなんですけれども、今後、その規定の解釈そして適用の面でもなお検討の余地を多く残しているというその部分につきましてどのような御所見をお持ちでいらっしゃるのか、お伺いさせていただきたいと思います。
  70. 塩見淳

    参考人塩見淳君) ありがとうございます。この四条の規定が今後どういうふうになるかという、雑誌、論文に書いた、理論的な関心から書きましたことでございます。  それで、期待可能性につきましては、確かに、この四条の規定は、自己の刑事事件に関する証拠隠滅について、普通は期待可能性がないというものについて積極的に処罰するという方向に傾きました。これは確かに、刑事法部会での議論はそれで承認されたということなんですけれども、確かに大きな問題のある内容を含んでいる、これは理論的にはかなり大きな内容を含んでいるというふうに理解をしております。そういう点で、やはり、法律はできた、けれども、それを今度どういうふうに考えていくかというのは更に議論が必要だという、非常に、研究者というか、理論的な面から書いたものでございます。  規定の解釈につきましても、これも雑誌の性格上少し理論的なことを書いたということがございまして、後の証拠隠滅行為だけにかかわった人間をどういうふうに扱うのかという点について、その先行する飲酒運転等にかかわっていないという者についても同じようにこの十二年以下の懲役を科す四条の適用があるのかというのはかなり大きな問題で、刑事法部会でも議論がありました。結論的には、独自に証拠隠滅罪が、これ他人の刑事事件になりますので、関与した者については、百四条の規定が適用されるだけであろうと、それも正犯として適用されるだけであろうという結論になりましたが、理論的にどう説明するのかというのはまだ未解決であると、そういう趣旨で書いたものでございます。  以上でございます。
  71. 谷亮子

    谷亮子君 丁寧な御説明ありがとうございました。  終わらせていただきます。
  72. 糸数慶子

    糸数慶子君 無所属糸数慶子と申します。どうぞよろしくお願いいたします。  塩見参考人、それから小谷参考人、久保田参考人、三野参考人、本当にお忙しい中お越しいただきまして、似たような多分質疑になる可能性もありますが、私が最後でございますので、どうぞよろしくお願いしたいと思います。  まず、自動車の扱い方を誤ればやはり人の命を奪う、そういう凶器になります。その正しい扱い方を学ばずにハンドルを握ることはあってはならないと思います。まして、無免許運転は社会的に絶対に許されない行為であり、無免許運転はそれ自体非常に危険であるというのが社会一般のとらえ方であります。もしその無免許運転で人を死傷させて何らの罰則も厳罰も処されないというふうなことになれば、運転免許を軽視する風潮を生み出すことになり、ひいてはこの免許制度を崩壊させてしまう危険すらあります。そういう観点からいきますと、先ほどの小谷参考人のお話を伺いまして、本当に事故現場の状況を改めて思い起こし、その思いを強くいたしております。  それで最初に、小谷参考人にお伺いをしたいと思いますが、今回のこの無免許運転についての法改正の第六条について、この第二条の危険運転致死傷罪、それから第三条の危険運転致死傷罪、それから第四条の過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪、又は第五条の過失運転致死傷罪を犯した者が、その罪を犯したときに無免許運転であったときの、加重したその法定刑処罰する規定が設けられていますが、今回の法律案が無免許運転を危険運転致死傷罪のその類型には加えられず、無免許運転による加重という形で提出されたことに対する率直なお考えをお伺いしたいと思います。
  73. 小谷真樹

    参考人(小谷真樹君) 先ほどからもちょっと言っているかもしれないですけど、率直な意見といたしましては、納得も理解もどちらもできておりません。
  74. 糸数慶子

    糸数慶子君 無免許運転を含めて、この悲惨な交通事故を減らすためには厳罰化に加えてどのような施策が必要であるというふうにお考えでしょうか、お伺いいたします。
  75. 荒木清寛

    ○委員長(荒木清寛君) 小谷参考人でよろしいですか。
  76. 糸数慶子

    糸数慶子君 はい。小谷参考人、お願いいたします。
  77. 小谷真樹

    参考人(小谷真樹君) もちろん、僕は法律のことに関しては全く無知でありますし、このような場所でこのようなことを述べていいのか本当に分からないですけれども、遺族として本当に、先ほどもお話ししていただいたように、無免許運転は社会で絶対に許されないものでありますし、それをした上で人を死傷させたのならば、飲酒運転が絶対にしてはならないものとされ、それをした上で人を死傷させた結果という、その罰し方と同等の扱いをされていいものだというふうに思っておりますので、やっぱり今後もそういった罰則の強化をしていただいて、その中で運用が、実質の運用というのは裁判所の判断になるでしょうし、その中でいろいろと裁判所の方が判断した中で刑を振り分けていっていただいたらいいだけで、実際のその扱いといたしましては、飲酒運転や速度超過と同じような扱いをされるべきだというふうに考えております。
  78. 糸数慶子

    糸数慶子君 ありがとうございました。  次に、塩見参考人にお伺いをしたいと思います。  第四条で過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪が新設されることに対し、六月二十一日の衆議院法務委員会参考人として出席されました飲酒・ひき逃げ事犯に厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会共同代表の佐藤悦子さんからは、評価する意見が述べられた一方、その運転の時のアルコール又は薬物の影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的でと、この目的を限定したことによって被疑者の供述次第では同罪の適用がなくなるおそれがあるとの指摘がされています。  例えば、その被疑者が、飲酒運転が発覚することが怖くて逃げてしまった、頭が白くなって思わず逃げてしまった、自分が犯人であることを隠すために逃げてしまったと主張した場合、これらはこの免れる目的があったと判断されるのか否か、どのような形で立証が行われるべきであるというふうにお考えでしょうか、お伺いいたします。
  79. 塩見淳

    参考人塩見淳君) 四条の目的でございますが、「有無又は程度が発覚することを免れる目的」と、目的という言葉を使っておりますので、何かそれを主たる意図をするという形で受け取られることもあるかもしれませんが、それほど厳しいというか、ハードルの高い要件ではないのではないかというふうに思っております。  それは、その後に免れるべき行為というものを客観的にしたと。この免れるべき行為というのは比較的広くとらえられるだろうと。ある程度の時間経過を伴いますと血中アルコール濃度等は下がりますので、現場から離れるといった行為をすれば、これで免れるべき行為をしたと。そうしますと、その免れるべき行為をしているということの認識があれば、基本的にはこの免れる目的というのは肯定されるのが原則ということになるかと思われます。  ですから、具体的な事実にもよりますけれども、頭が白くなったとか怖くなったというだけで、そのやっていることの意味というものが分かっていれば、免れるべき行為に当たる行為をやっているということがきちんと認識できていれば、これは目的というのは原則肯定される方向に働くのだろうというふうに思います。  ただし、酒を飲んで、例えば子供病院に連れていく途中で、取りあえず病院子供を先に連れていかなければならないと、そういった特殊な事情がある場合については、この免れる目的がなかったという形で処理をされることもあるだろうというのは、これは刑事法部会でも事務当局から説明のあったところでありますし、そういう場合はあり得ると、そういう場合に限られることになるのではないかと思います。
  80. 糸数慶子

    糸数慶子君 刑法上、自己の、塩見参考人ですが、刑事責任に関する証拠隠滅行為、これは期待可能性がないことを理由に不可罰とされているところ、第四条の規定は、アルコール等の影響という自己の刑事事件に関する証拠を隠滅する行為を罰する性格を持っているところから、アルコール等の影響の発覚を免れるべき行為を行うことについても期待可能性がないのではないかとの指摘もありますが、その点はどのように整理されたのか、お伺いいたします。
  81. 塩見淳

    参考人塩見淳君) この点につきましては、期待可能性がないのではないかという議論は委員の中でも強く主張される方もいらっしゃいました。  期待可能性があるかないかというのは、ある意味ではケース・バイ・ケースによるところがありまして、自己の刑事責任刑事事件に関する証拠の隠滅をしないというのがそれほど絶対的な要請かというとそうでもないだろうということで、まず自己の刑事責任に関する証拠を他人に教唆したような場合については教唆罪が成立をするというのが判例になっておりますので、これ教唆ですから少し違いますけれども、そういった事例もあるだろうということと、それからやはり、自動車の運転を免許を受けて行っていると。特別の行為をしながら、特別許された行為をしながら死傷事故を発生させておいて、しかしながら、その現場についての証拠を隠滅するというような行為については、やはり特別な考慮というものが生じるのではないかと。さらに、血中アルコール濃度等については、やはり時間がたつとすぐ消えてしまうような証拠であるという証拠の特殊性もあるだろうと。  こういったことで、一方ではその期待可能性がないのではないかという議論を踏まえつつ、総合的にはやはり処罰は可能だろうという結論に至ったというのが部会の大きな流れだったのではないかというふうに思っております。
  82. 糸数慶子

    糸数慶子君 ありがとうございました。  次に、久保田参考人にお伺いをしたいと思います。  一昨年の栃木県鹿沼市での事故以降、政府は今回の法律案道路交通法の改正について議論を進めておりますが、この議論が進む過程において、てんかんの患者さんから相談の件数増えてきたでしょうか。また、具体的にどのような点に不安を感じているのかお伺いするのと同時に、てんかんの症状を隠して運転免許を取得し、自動車を運転しようとした背景には何があるとお考えでしょうか。てんかん患者の皆さんが社会生活を営む上で支障を生じないようにするためにはどのような施策が必要であるか、お伺いいたします。
  83. 久保田英幹

    参考人(久保田英幹君) お手元の資料で二十ページを御覧ください。この左上の表ですけれども、二〇一〇年、二〇一一年、二〇一二年と、一年間の相談件数が内容別に記されております。  二〇一〇年までの七百二十二件は、これ以前、四、五年間の平均とほぼ同じ数字になっております。二〇一一年は鹿沼の事故が起こった年でありまして、二〇一二年は京都の祇園での事故が起こった年であります。  見ていただけますように、医療に関する相談が、当協会、常に五〇%以上、最多だったわけですけれども、その相談も増えてきておりますけれども、全くなかった、ゼロではありませんけれども非常に少なかった欠格条項・権利、これは運転免許に関する相談ですけれども、急激に増えております。同時に、働くことの相談、先ほども御質問いただきましたけれども、事業主の方あるいは企業者の方から働くこと、あるいは教育の相談ということが激増しております。  そして、これらの事故を受け、また厳罰化の流れの中で、先ほども触れましたけれども、てんかんという病気が症状の程度あるいは発作の抑制の状況を問わず極めて危険であるということで、長期にわたって発作が止まっていて何の問題もない人が、病名を告知してあったばかりに辞めてもらいたいとか、車の運転をしないように、あるいは車の運転をしない部署に移るようにと、それでは給料が減るので家族を養えないと、だったら辞めていただきたいというような、障害であるとか病気の状態に即する以前の問題として、病名そのもので差別される、そして生活が成り立たなくなっていくという方が多数ございます。
  84. 糸数慶子

    糸数慶子君 ありがとうございました。  最後になりますが、三野参考人にお伺いしたいと思います。時間もありませんので、一点だけお伺いをしたいと思います。  統合失調症についてですが、第三条第二項の自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気については政令で定めることになるが、政府の答弁によりますと、責任能力の観点から認知症が対象外とされる一方、統合失調症は対象とされています。統合失調症を対象とすることに対する医師としての御意見をお伺いいたします。
  85. 三野進

    参考人(三野進君) 先ほどから申し上げておりますように、認知症の場合は現在、絶対的な欠格になっております。統合失調症については免許を与えることができる相対的な欠格になっておりますけれども、それでもやはり根拠はございません。発作性の疾患とか、あるいはどんどん総合的な知能の低下が起こるようなそういう病態とは違いますので、そういう意味で、なぜあえて危険運転あるいは運転の不適性になるような病気として統合失調症が定められたのか、全く我々は理解できないところでございます。そのことによって不当差別や運転免許を奪われることがあってはならないというふうに私は思っております。
  86. 糸数慶子

    ○糸数慶子君 時間ですのでこれで終わりたいと思います。四人の参考人の皆さん、ありがとうございました。
  87. 荒木清寛

    ○委員長(荒木清寛君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。  本日は、大変お忙しいところ貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。本委員会を代表して厚く御礼申し上げます。  本日の審査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。    午後零時四十七分散会