運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login

2010-04-15 第174回国会 参議院 総務委員会 12号 公式Web版

  1. 平成二十二年四月十五日(木曜日)    午前十時開会     ─────────────    委員の異動  四月十四日     辞任         補欠選任      那谷屋正義君     神本美恵子君     ─────────────   出席者は左のとおり。     委員長         佐藤 泰介君     理 事                 加賀谷 健君                 武内 則男君                 林 久美子君                 礒崎 陽輔君                 世耕 弘成君     委 員                 神本美恵子君                 高嶋 良充君                 土田 博和君                 外山  斎君                 友近 聡朗君                 内藤 正光君                 長谷川憲正君                 吉川 沙織君                 木村  仁君                 末松 信介君                 谷川 秀善君                 二之湯 智君                 溝手 顕正君                 魚住裕一郎君                 澤  雄二君                 山下 芳生君                 又市 征治君    事務局側        常任委員会専門        員        塩見 政幸君    参考人        東京大学法学部        教授       長谷部恭男君        高崎経済大学教        授        八木 秀次君        宮崎県知事    東国原英夫君        千葉市長     熊谷 俊人君     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○地域主権改革の推進を図るための関係法律の整  備に関する法律案内閣提出) ○国と地方の協議の場に関する法律案内閣提出  ) ○地方自治法の一部を改正する法律案内閣提出  )     ─────────────
  2. 佐藤泰介

    ○委員長(佐藤泰介君) ただいまから総務委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  昨日、那谷屋正義君が委員を辞任され、その補欠として神本美恵子君が選任されました。     ─────────────
  3. 佐藤泰介

    ○委員長(佐藤泰介君) 地域主権改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律案、国と地方の協議の場に関する法律案地方自治法の一部を改正する法律案、以上三案を一括して議題といたします。  本日は、三案の審査のため、四名の参考人から御意見を伺います。  本日御出席いただいております参考人の方々を御紹介申し上げます。  まず、東京大学法学部教授長谷部恭男参考人でございます。  次に、高崎経済大学教授八木秀次参考人でございます。  次に、宮崎県知事東国原英夫参考人でございます。  次に、千葉市長熊谷俊人参考人でございます。  この際、参考人の方々に、委員会代表して一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多忙なところ当委員会に御出席をいただき、誠にありがとうございます。  参考人の皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の審査の参考にいたしたいと存じておりますので、よろしくお願い申し上げます。  次に、議事の進め方について申し上げます。  まず、お一人十五分程度で、長谷部参考人、八木参考人、東国原参考人、熊谷参考人の順に御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。  また、発言の際は、挙手をしていただき、その都度、委員長の許可を得ることになっておりますので、御承知おきください。  なお、参考人、質疑者共に発言は着席のままで結構でございます。  それでは、まず長谷部参考人にお願いいたします。長谷部参考人
  4. 長谷部恭男

    参考人長谷部恭男君) それでは、恐縮ですが、着席のままで発言をさせていただきます。  本日は、このような場で発言の機会を与えていただきまして、誠にありがとうございます。  本日の御審議の対象になっておりますのは、地域主権改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律案、国と地方の協議の場に関する法律案並びに地方自治法の一部を改正する法律案でございますが、いずれも現政権の目指す地域主権改革の推進を図ることを大きな目的とするものと考えることができます。  本日は、ここで言う地域主権改革あるいは地域主権という、この言葉について若干の私見を申し上げたいと存じます。  ここで言われている地域主権という言葉につきましては、不思議な言葉であるとの印象を持たれる方もいらっしゃるのではないかと存じます。  と申しますのも、この言葉を額面どおりに受け取って地域にあるいは地方公共団体主権があるということになりますと、逆に、日本国には主権はなく統一国家としての体を成さなくなるのではないかと、少なくとも日本は連邦国家だということになりそうでありますが、それは現行憲法の改正なくしてはあり得ない事態ではないのか、さらには、そうした憲法の改正は果たして憲法改正の限界内に収まり切るものなのか。さらにはまた、地域の住民に主権があるのだといたしますと、逆に国民には主権はないということになりかねません。国民に主権があるとする憲法の間にそごをもたらすのではないか、そういった疑問が生ずるかもしれません。  私といたしましては、この地域主権という言葉、これは厳密な法学上の用語としての主権として受け取るべきではなく、住民に身近な問題についてはできる限り地域住民の意思や意向を尊重して決めていくべきだという方向性を指し示すにとどまるものと理解しておりまして、その限りでは特に憲法上の疑義を生ずるものではないと考えております。  地域主権改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律案の第三条ですが、これは地域主権改革という概念につきまして、「日本国憲法の理念の下に、住民に身近な行政は、地方公共団体が自主的かつ総合的に広く担うようにするとともに、地域住民が自らの判断と責任において地域の諸課題に取り組むことができるようにするための改革をいう。」との定義を示しておりますが、この定義もただいま私が申し上げたような理解を裏付けるものと考えられます。  こうした厳密な法学上の意味を持たない主権という言葉の使い方としては、ほかにも、マーケットあるいはより広く社会全体にどのような財やサービスがどの程度提供されるべきかについては可能な限りで消費者の意思や意向が尊重されるべきだという意味合いで、消費者主権という言葉が使われる例を挙げることができます。  本来の法学上の言葉遣いからいたしますと、主権とは、あくまで社会全体あるいは国全体の利益を配慮する観点から、市民としての立場で有権者が政治に参加し、国政の在り方を最終的に決める力として理解されるべきものでありまして、公益を審議し決定する市民ではなく、自らの選好の満足度の最大化を目指すはずの消費者主権を持つというのは、これまた不思議な言い回しと感じられるところがございますが、厳密な法学上の意味ではなく、単に私的な財やサービスの提供に関しては、生産者ではなく消費者の意思や意向ができるだけ尊重される形で制度設計がなされるべきだ、あるいは現に市場の実際の機能を観察すると、そうした形で市場は機能するのが標準的であると、そういった比喩的な意味合いで使われるのであれば、これも一つの言葉の使い方であろうかと存じます。  また、具体的に審議の対象になっている法律案の具体的な内容を見てまいりましても、地域主権戦略会議の設置にいたしましても、また地方分権推進委員会第三次勧告で示された地方公共団体に対する義務付け・枠付けの見直しにいたしましても、いずれも特に憲法上の疑義を生ずるようなものではなく、住民に身近な問題についてはできる限り地域住民の意思や意向を尊重して決めていくべきであるとの理念に照らしても、適切なものと考えることができます。  義務付け・枠付けの見直しも、これもあくまで法律の規定に基づき法律の規定に沿って行われるものでございまして、地方公共団体の条例制定権が法律の範囲内のものであるとの憲法九十四条の規定とこれまた抵触するものではないと考えられます。  もっとも、以上でお話をいたしましたのは、憲法学で伝統的に理解されているところの国家の唯一不可分の主権というそういった概念を前提としたときにも、それと整合的に地域主権あるいは地域主権改革という言葉を理解することは可能であるということでございまして、それとは全く別に主権概念そのものを組み替えていくという可能性がないわけではございません。  例えばでございますが、功利主義の哲学者として著名なジェレミー・ベンサムという人がいますが、彼は、主権というのは、別にそれぞれの国について唯一不可分のものと考える必要はないという主張を行っております。それというのも、主権というものがそもそもなぜ必要なのかと申しますと、これは、それぞれの国において社会生活を成り立たせるための基本的なルール、これを設定し、それを執行する者がだれであるか、これが決まっていることが社会で生活をするすべての人にとって都合が良いから、つまりすべての人の便宜にかない、結果として社会全体の幸福の最大化につながるからであるとベンサムは指摘をしております。したがいまして、単一国家ではすべての人が中央政府の設定したルールにまずは従いますが、他方、連邦国家では、人々は一定の事項については中央政府に、その他の事項については地方政府に従う、そういう習慣があると彼は指摘しています。  また、現代の話で申しますと、ヨーロッパ連合のような超国家組織が存在するときには、人々は少なくとも一定の事項に関する限りではそうした超国家組織に、自国の政府ではなくそうした超国家組織に従おうといたします。これもなぜかと申しますと、連邦国家であるとかあるいは超国家組織の存在する地域では、そのように別々の事柄についてはそれぞれ別個の権威の設定したルールにすべての人あるいは大部分の人が事実として従っておりまして、そのために、それを前提として社会生活を送るということがこれまたすべての人の便宜にかなうからだというわけであります。したがいまして、主権が唯一不可分のものだと考える必要はないのだという議論をベンサムは展開をしております。  仮にこのような議論を前提とするといたしますと、日本国憲法の下におきましても、一定の事項は地方公共団体には留保されており、そうした事項については人々は実は中央政府ではなく地方公共団体にむしろ従おうとすると。しかも、その際、地方公共団体による社会生活のルールの設定に関しては、その地域の住民が積極的に参加をすると。そういった事態が確かに事実として行き渡っているということだといたしますと、そうした特定の事項に関する限りは地域に主権があるということが理論的にも可能になるように思われます。  とは申しましても、これはあくまで伝統的な憲法学の理論とは異なる主権概念を前提としたときにはそうした議論の可能性が開かれているということでございまして、こうした言葉遣いをするときには、それが伝統的な主権概念とは異なる前提に立つということははっきりさせる必要があることは申すまでもございません。  以上、誠に簡単ではございますが、地域主権改革あるいは地域主権という概念につきまして若干の私見を申し上げました。  御清聴に感謝を申し上げます。
  5. 佐藤泰介

    ○委員長(佐藤泰介君) ありがとうございました。  次に、八木参考人にお願いいたします。八木参考人。
  6. 八木秀次

    ○参考人(八木秀次君) 八木でございます。  私は、民主党の結党以来、この政党がどういう性格を持った政党なのか、特にイデオロギー分析をしてまいりまして、今日もそういった観点からお話をしてみたいと思っております。  お手元に資料を用意しておりますので、それを御覧いただければと思います。  まず、地域主権について、これまで閣議決定や鳩山首相の所信表明演説、施政方針演説、それから民主党の政策集インデックス二〇〇九、この四つの中でどういうふうに言われているのかということを主な部分を抜き書きをしたものであります。  本当の国民主権の実現とか、地域の住民一人一人が自ら考え、主体的に行動し、その行動と選択に責任を負う地域主権、この国の在り方を大きく転換する、地域のことは地域に住む住民が決める地域主権、住民主体の新しい発想、地域のことは地域に住む住民が決める、住民が主役となり得る、そんな新しい国づくり、地域に住む住民の皆さんに自ら暮らす町や村の未来に対する責任を持っていただく、住民主体の新しい発想、地域のことはその地域に住む住民が責任を持って決める、この地域主権の実現は単なる制度の改革ではありません、国の形の一大改革、鳩山内閣の改革の一丁目一番地、地域主権革命、以上が政府関係のものであります。  これですが、鳩山首相お得意の内容空疎な美辞麗句ではありません。これは非常によく考えられた明確なイデオロギーが表現されたものであります。この辺り、恐らく与党の方も正確に御理解されていないのではないかと思っております。今読み上げたところだけでも、非常に大上段な物言いがなされています。国の形を変えるとか、国の形の一大改革、鳩山内閣の改革の一丁目一番地、地域主権革命、非常に強い言葉が述べられています。ここに込められたものは何なのかということでございます。  民主党政策集インデックス二〇〇九を見ますと、地域主権の確立ということで、基礎的自治体が担えない事務事業は広域自治体が担い、広域自治体が担えない事務事業を国が担うという補完性の原理ということを言っております。二ページ目を御覧ください。ほか、本日の御審議の対象でもあります法律や政省令による義務付け・枠付け等の見直し、住民投票法の制定、地方が独自の判断で自治体や議会の仕組みを決められるようにする、永住外国人の地方参政権、こういったことが載っております。  私は、この政府関係の発言やあるいは民主党のインデックス二〇〇九を見まして、どこかで見たようなものだなと、これまでどこかで読んだことがある内容だなということを強く思います。  地域主権という言葉は、これは、今、長谷部参考人から法学上の概念ではないという御意見もありましたが、確かにそうも読めます。そういう意味で、文学的修辞かと私は思いましたが、実はそうではありません。これは憲法の大胆な読替えを意図したものであります。  問題は、地方自治権の根拠についてであります。  地方自治権の根拠について、一般の憲法の教科書や地方に関する行政法の教科書などには、固有権説、これはヨーロッパの中世の自由都市などに見られる、元々歴史的に、近代国家になる前の状態、自治的な権利を自由都市が持っているということを言っているわけです。二番目の伝来説というのは、これは近代国家以降のことでありまして、近代統一国家では地方自治権というものは国家統治権に由来するという立場であります。三番目は、これは我が国の通説と考えてよろしいかと思いますけれども、伝来説を土台としながらも、憲法で地方自治の本旨に基づくという規定がございますので、その伝来説を若干修正いたしまして、憲法に地方自治権は伝来する、そしてその制度保障をそこで行っていると、こう見るものであります。  一般の教科書にはこの一、二、三までしか書いてありません。実は、四、信託説というものがありまして、これを唱えているのは法政大学の教授を長く務められました松下圭一教授でありまして、政治学者でございますが、この松下先生が、ジョン・ロックの社会契約説などを根拠としながら、政府というものを、自治体政府、国家政府、中央政府、それから国際機構の三つに分割すると。それぞれ市民を出発としながら、市民を主体に社会契約を交わすという理論を展開することによりましてこの三つの政府が並立すると、こういう考えを述べておられます。  今日、政府の方で検討されている地域主権という概念は、この松下教授の「市民自治の憲法理論」、これが理論書でありますけれども、これの応用編であります「日本の自治・分権」という一九九六年の本の第五章「自治体理論の基本論点」の中に、ほぼこの法律の考え方、方向性というものは示されております。  以下、この松下教授の「日本の自治・分権」という本の中からキーワードを拾ってみました。市民自治から出発する自治・分権政治の造出、これがまさに地域主権ということになります。それからその次は、まず、市民が市町村税を払って市町村をつくりますが、市町村でできない課題領域もありますから、私たちは県税を払って県をつくる。そのとき、代行機構として行政機構を組織、制御するために、市町村レベル、県レベルに代表機構としての長、議会から成る政府をつくる。さらに、自治体レベルではできない課題領域が国レベルとして残る。私たちはまた国税を払って国レベルの行政機構を代行機構としてつくると。これはまさに信託説であり、民主党政策集インデックス二〇〇九で言っている趣旨はこれであります。この内容とほぼ同じということでございます。補完性ということもここで見られます。基礎自治体、広域自治体という言葉も、この松下教授の本によりますと自分の言葉だということでありますが、これがそのまま取られているということでありまして、論理構成から使う言葉に至るまでほぼ重なるということが私の調べたところ明らかでございます。  三ページ目を御覧ください。  では、この松下教授の意図する市民自治から出発する自治・分権政治の造出とは何を意味するのかということで、これまたそのキーワードを拾っております。国家観念の終えん、明治国家の解体、再編、国家主権観念の崩壊、複数政府信託論、国家観念は必要ありませんと、このように述べています。国家を媒介としない地方自治、あるいは国家統治権を媒介としない地方自治権はあり得るのかという議論がここで提起されなければなりません。  また、松下教授の本によりますと、政治主体としての主権市民、市民が基本の政治主体というふうに言っております。民主党は、かつて市民が主役の民主党というキャッチフレーズを述べておりました。この辺も重なるところであります。  さて、ここで言うその市民とは、国家を前提としない存在であります。したがって、国民である必要はありません。国籍も必要ありません。また、こういう市民がつくる、国籍を問わない市民がつくる自治体政府、それによる自治体法、また自治立法、国法の自治解釈、自治体外交、外交も行えると、こう言っております。それから、国籍を問わないわけですから、外国人の公務員採用も可能であると、こういうことが述べられています。  また、松下教授のこの著作によりますと、自治体基本法として基本条例を作る必要がありますと、こう言っております。これは、今日、各地の自治体で作られております自治基本条例のことを言っているものと思われます。どうやら各地の自治体は、この松下教授の著作のとおりの、ここで描かれたシナリオどおりに動いているように私には見えて仕方がありません。  さて、ここでその具体的な問題でありますけれども、例えば、国家統治権を前提としない地方自治権ということになりますと、自治基本条例で永住外国人に地方参政権を認めることができるのかという議論が提起されなければなりません。国家統治権を前提としなければ、自治基本条例で永住外国人に地方参政権を認めることはできます。そういう議論になります。  また、今日の議論でいきますと、国は、自治体との関連では基準行政を担っている、国は国として独自課題として持ちますが、自治体との関連では基準行政を担うにとどまる、こうも言っております。  それから、行政機構は公共政策、政府政策をもう独占できませんと、このように言っておりますが、これは本日のテーマとは若干外れますけれども、鳩山内閣が言っておりますところの新しい公共という概念、これも松下教授がかねて唱えておられることでありまして、市民自治による新しい公共の創造というこの考え方は、オリジナルは松下圭一教授であると私は言って間違いないと思います。  さて、この地域主権ということについて私の個人的な意見を述べるというよりも、非常にオーソドックスな、地方行政について非常に詳しい日本の代表的な学者の見解を紹介するのが妥当であろうと思います。  そこで、東京大学の教授や一橋大学の教授を長く務められました原田尚彦先生の「地方自治の法としくみ」という本の中から一部分抜き書きをしております。三ページ目に述べてありますところは、これは伝統的な考え方がこうだと、こういうふうに示しております。  四ページ目を御覧ください。  しかし、一九九〇年代以降、新奇な見方が示されるようになったと。これは松下教授が牽引する様々な地方分権論ということでございます。以下、線を引いたところだけ読み上げます。  憲法は地方公共団体を国家機構の一部としてではなく、国家と対等に並存する機構としているというのである。これは、中央政府・地方政府対等並存論は、いささかとっぴなイデオロギー的憲法解釈と言わざるを得ない、こうした憲法論が地方分権、地方自治の強化に向けての制度改革に大きなインパクトを与えたことは疑いない。こう述べております。  しかしながら、地方自治の理念の強化とは裏腹に、政府主導による地方行政の標準化、均質化が強力に推進され、自治の実質は後退、希薄化して、むしろ実体的には中央集権化が進んでいるようにさえ見えると、このように皮肉を述べておられます。本日の議論も中央政府による地域主権の押し付けということであるならば、この指摘も当たっているのではなかろうかと思うところであります。  最後に、鳩山内閣の関係者がこの辺りのことについてどうプライベートな場で述べているのかということについて。  二月十四日に行われました友愛公共フォーラムの発足記念シンポジウムで述べていることであります。鳩山首相の施政方針演説の振り付けをしたと言われている平田オリザ氏、それからその施政方針演説の原稿を書いたと言われている松井孝治内閣官房副長官、これらの方が、近代国家をどういうふうに解体していくか、政治家が国家を解体するなんてことは公になかなか言えないけれども、選挙に負けない範囲でどういうふうに表現していくかということを言っていて、その後、松井官房副長官、この方は松下圭一先生の理論を非常に正確に理解されている方だと私には見受けられます、主権国家が国際社会とか地域の政府連合に自分たちの権限を委託するって流れと。国にやれることは限られるかもしれませんっていう実はすごく大きな転換をすごく巧妙に、演説に入れているつもりだと。内閣総理大臣が中央政府には限界があるということを思わずっていうか断固言ってしまったということは、言論テロリズムでもあると。こういう、プライベートな席なのでかなり本音が出ているのかもしれませんけれども。  いずれにしましても、地域主権というものが何を意味しているのかということについて明確に国民に知らせることなく、あるいは学会での合意もないままに数の力で押し通すのは、これは国民を欺くものであり、まさにこの鈴木寛文部科学副大臣が言っているとおりの言論テロリズム、あるいはまさにテロリズムではないかというふうに私は個人的に思っているところでございます。  以上です。
  7. 佐藤泰介

    ○委員長(佐藤泰介君) ありがとうございました。  次に、東国原参考人にお願いします。東国原参考人。
  8. 東国原英夫

    参考人東国原英夫君) おはようございます。  ありがとうございます。  本日は、こういう貴重な場、意見を発表する場を設定していただきまして、心から御礼を申し上げたいと思っております。また、皆様方におかれましては、国政を始め地域の発展のために御尽力を賜っているところでございまして、感謝を申し上げたいと思うわけであります。  このタイトルが、地方分権地域主権について話してくれということでざっくりテーマをいただきまして、さて何を話そうかなと思って来たんですが、一応レジュメみたいなものを手元に用意させていただきました。もうぺら紙で簡単に、インデックスみたいな箇条書になっているんですが、それは読んでいただければ分かるんですが、今、八木先生の話を聞いていて非常に面白かったので、これについてちょっと話をしようかなと思うところであります。  私は、就任してもう、まあまだなんですけれども、四年目になるんですが、地方自治体地方公共団体というところに身を置きまして、住民福祉の向上といいますか、住民の暮らしというものをつぶさに見てまいりました。制度的な問題、意識の問題、物理的な問題、あらゆる壁があるんですが、その中でいつも考えるのが自治とは一体何ぞやということなんですね。これは根本原理で、皆さん、お答えになられますかね、自治とは一体何ぞやという話ですね。  どうも地方自治というのが、憲法草案のときに、元々、自治というのは英語オートノミーですね、あるいはセルフガバメント。オートノミーというのは自主自立、自立ということを意味するんですね。ヨーロッパアメリカ先進国にはその政治風土あるいは思想、信条があったですね。というのは、ここに市民と出ていますが、市民概念も、ちょっとこれは私は特定しなきゃいけないと思っているんですけれども、市民革命とかそういったもので、ブルジョアから市民権限あるいは選挙権も含めて統治権を勝ち取った歴史がある。そして、自分たちの自治体は、地域は自分らで意思決定をし、自分らで決めていくんだと。納税を能動的にやって、そして資源の配分を自分らの意思決定で、そして自分らはそこに責任を持つんだということがいわゆる自治。  どうもこの国は、この戦後六十年ぐらい、この自治をちょっと履き違えたというか、自治をちょっと置き去りにしてきたんじゃないかなと思うところがあるんですね。戦後復興を国が国策として中央集権体制でやるのは、それは正解だったかもしれません。でも、それの弊害というのが今来ているのかなというのを現場で感じます。  というのが、地域住民の方、これを市民といいますけれども、地域住民の方が、政治行政に対してあるいは自分らの暮らしについて、制度とか法律も含めて関心を持っていらっしゃらない方が非常に多いということです。これに私はびっくりしました。いわゆるお任せ民主主義といいますか、お任せなんですね。代議制ですから、代表を決めてその人たちがやればいいということでもあるんでしょうけれども、じゃ、選挙に行くかどうかというと半分ぐらいしか行かない。ましてや、選挙もイメージで決めたり、政策で決めたりしない、そういった方たちがほとんどだと言っても過言ではない。この現状をこのままでいいもんだろうかと思うのがこの分権改革の発端ではなかったかと思うんですね。  いわゆる中央集権国是として国が豊かになる、少なくとも物理的には豊かになるということの目的を達成されたときに、目的を見失ってしまった、恐らくその辺が分権改革に議論が流れていったと。一九九三年ですか、参議院衆議院の両院議会で議決がされました。地方分権を推進する決議ですね。あの辺から、国と地方の役割分担をしようじゃないか、もっと地方に、先ほど主権と言いましたけれども、権限や財源を与えていって、オートノミー、自発、自立的に自治体運営や町づくりをしてもらおうじゃないかということが議論として深まったと思いますね。私はこの流れは自然であり、かつ国の行財政改革の一端という側面もあるんでしょうが、私はこの流れは正しいと思っているんです。  この地方分権が一番役割として大きいのは、地域の住民の方たちにどう政治行政参加をしていく、自分たちの町づくりや地域づくりをどうみんなが責任を持って考えて、アイデアを総動員して、そしてまたそれに責任を持っていこうじゃないかという、そういう市民地域住民、国民をつくるためだと思うんです。そうでなかったら、地方分権やる必要はない。  というのが、自ら治まる、おのずと治まるという自治から、自ら治める、自分らで統治するんだという自治に変わっていかざるを得ない、あるいはそこを目的にしていかなきゃいけないんじゃないかなと思っております。それを前提にして申し上げたいと思います。  地方分権やるやると言ってなかなか遅々として進まなかった。まずは、地方分権の一つ重要なことは、権限、財源、人間ですね、三ゲンと言われますけれども、それを地方に移管する、移譲するということ、これが全然進んでいないというか、ほとんど進んでおられません。これをまず進めるということが地方分権改革、行政的にはですね、の一丁目一番地ではないかなと。  現政権に私は非常に期待をしました。前政権よりは現政権の方がその権限移譲、財源移譲については進んでおります。一歩、半歩ぐらい進んでおります。ただし、これは十分ではありません。ここにも書いてありますけれども、分権委が最初に第一次勧告で四千条項を超える移管を勧告したんですが、結果、地方が特に求める百四条項、その中でも約三〇%ぐらいですかね、今見直しをしましょうとか譲りましょうというのは。そんなもんなんです。いかに、ですからこの権限とか財源を中央から地方に譲るのが難しいかということですね。  我々も反省としては、我々が受ける覚悟をしていなかったという部分もあるんです。そしてまた、先ほども言ったように依存体質、住民もそうなんですけれども、地方公務員も国に対する依存体質が非常に根強くはびこっております。今でも時々、時々というか多くの場合、県職員の方々が、ある事業をやるときに、国の補助金はありますかね、交付金はありますかね、どの交付金を使います、どの制度を使いますかと、まず国のことを考える。自分らで政策立案しようとか行政法務、あるいは法律を自分らで上書き権やろうじゃないかとか、そういった自主自立といいますか、自分らで発想しようよ、自分らで住民に一番近接性のところで、あるいは補完性の原理を自分らで機能させようよという意識が、大分芽生えてきたんですが、まだまだと思うんです。この意識インフラを整備することがこの分権改革の大きな目標の一つだと思うんですね。それは地域住民もそうですし、行政もそうです、あるいは議会もそうです。  私は、この国が少し元気がなくなって成長が余り見込めなくなりまして、閉塞感とかあるいは行き詰まり感とか、あきらめ感とか、やっても無駄だねというこの意識が一番の最大の敵だと思っているんですね。これを打破しないとこの国の衰微、衰退というのはストップできない。地域もそうです。三位一体改革とかいろんなものがあって、地方に対する税財源の移譲はあったんですけど、交付金が減らされて様々なことがあったんですが、地方は疲弊する、このまま地方が疲弊していって、人間でいったら壊疽ですよね、一番遠いところから腐っていって、この人間の体って一体どうなるのかというのが、地方にいる僕らが本当にこの身近に感じている危機感でございます。  じゃ、これをどうするのか。今、国家論が出ましたけれども、国というのは、地方に押し付けはいけないんですけれども、分権というのは地方から勝ち取るものだと私は思っていますけれども、やはり政治のリーダーシップを持って、国が地方に任せるところは任せる、どうぞ自由にやってください、その代わり責任も持ってくださいよと。  今回、一括交付金なるものが出ておりますが、一括交付金って本当に一括交付金なのか。あれは社会保障関係と義務教育費を除けば三割ぐらいです。投資的経費ぐらいしか一括交付金化ならないんです。それもまた四分野に分けられてという。じゃ、一括交付金って一体何だったんだ。ひも付き補助金全部を一括して地方裁量権のある、自由権のある財源にしましょう。どうもそうじゃない。  我々財政的に脆弱な自治体というのは、国に依存率が、本県の場合でも六三%、補助金と交付金ですね、自主財源が三〇%強なんです。つまり、自分らで意思決定できるのが三割ということですね。この現状を早く打開しないと、これは国の行財政改革の一環としてやられると困るんですけれども、三位一体改革みたいに、真の分権改革というのをやっていただかないと、本当にこのままじゃこの国というのは危ないと僕は思います。  どうも僕は、この国、言葉はちょっと語弊があるかもしれませんが、戦艦大和のような感じがします。もう大きなものをつくり過ぎてしまって、だれもストップを掛けられない。ああ、沈むぞ沈むぞと思っているんですが、もうそこの方向に行くしかないというような、何かそんなような感じをこの国全体に思うんですね。だれかがこれに歯止めを掛けて、かじ取りをして、新たな方向に向けないと、これは意識制度も、法体系もですね、向けないと、ちょっとやばいことになるぞというようなことを私は危機意識を持っております。  ですので、ちょっと時間もありませんので、私、このレジュメに沿って一応説明をしようと思ったんですが、皆様読めば分かるということですので、私が来たからにはばくっとした所感といいますか、僕の信条とか、僕が今、宮崎という非常に都市部から離れている、インフラも満足に整備されていない、そしてまた地域の住民の方たちが、県民性もありますけど、のんびりされている、お任せ民主主義が横行しているあの自治体で、私は自治運営、自治経営、行政経営をさせてもらって、これはこの住民の方たちの意識を変えること、関心を持っていただく、政治行政への最大の敵というのは私は無関心だと思うんですね、関心を持っていただくために今までずっと活動をしてまいりました。これからもそうしていきたいと。  そのためには、是非国に言いたいのは、これは陳情、要望になってしまいましたが、是非、権限、財源を地方に移管していただいて、二重行政もなくす、出先機関もそう、そういう果断な改革をしていただいて、今までだれもやれなかったことを、これを言うと八木先生が怒られるかもしれませんけれども、統治システムを変える、それぐらいの意気込みで国政に当たっていただきたいと、そう強くお願いしたいと思っております。  細かいことでいうなら、地方の税財源をもうちょっと増やしていただきたいと思います。それは、地方法人税のやり方もありますし、地方消費税のやり方もある。交付税のやり方もあるし、様々な税体系、地方税体系の改革というのがあると思います。地方をこのままほっておくと、本当に衰微、衰退して、窮乏していって、ちょっとこの国の行く末を案じてしまいますので、是非この辺で目を覚ましていただいて、地域というのは、地域主権という、まあ主権じゃなくてもいいんですが、地方というものにもう一回重きを置いて、軸足を置いて、そして国政の方たちは外交、防衛、金融、経済、この国の国益、そういったものに専念していただいて、早く普天間も解決していただきたいと思います。  雑駁でございますが、るる申し上げました。皆様方の強いリーダーシップと洞察力、創造力に期待をしたいと思います。  以上でございます。
  9. 佐藤泰介

    ○委員長(佐藤泰介君) ありがとうございました。  次に、熊谷参考人にお願いいたします。熊谷参考人。
  10. 熊谷俊人

    ○参考人(熊谷俊人君) 熊谷です。今日は、こういう意見陳述の場をお与えをいただき、誠にありがとうございます。  また、先ほどの東国原知事のお話は私も大いに賛同するところでありまして、特に冒頭の自治のお話というのは全く意を同じくするものでございます。我々のように本当に市民、県民と直接接している地方首長からすれば、この国は本当に自治という概念を置き去りにしてきているんじゃないかという危機意識を強く強く持っております。これは先ほど東国原知事がお任せ民主主義というお話をおっしゃっておりましたけれども、まさにそれでありまして、日本が昔から持ってきた自助、共助、公助という、自ら助け、共に助け、公が最後に助けるんだというこの自助、共助、公助のバランスが私はこの国は崩れてきているというふうに思います。  八木先生のお話もありましたので、保守的な概念から申し上げても、昔は地域のことはそれぞれがやっていたと思うんですね。具体例でいえば、例えば家の前の雑草は自分で抜いていましたよね。どぶさらいもそれぞれ自治会なり地域それぞれがやっていたと思います。今それがどうなっているか。全部それが、道路管理者は市ですよね、県ですよねということで、土木事務所なり、そういう行政にやらせようとしているわけですね。  確かに厳密に言えば我々の業務ではあるわけですけれども、それが今まではそれぞれの人たちがやっていたわけで、それを我々のような税金が掛かる高い公務員がやらざるを得ない状況が少しずつ増えてきている。私は、国も含めてなぜここまで財政が厳しくなっているかといえば、それは、今まで家族なり企業なり地域なりが様々な形で担っていたこの自助と共助のものが、すべてそういうお任せ民主主義の中で我々政府がやらざるを得ない状況になっている、そのことによる負担というのも私は相当大きくなってきていると思います。  ですから、この国は、自治というもの、自らのことは自らが決めるんだ、それは権限だけではなくて、責任も、そして汗も伴うんだということをもう一度私はこの国民は考えなければならないというふうに思います。そういう意味での私は、今回の三法案であったり地方分権の動きを私はそういうふうな考え方でとらえております。  私自身がなぜ会社員を辞めてこの地方政治の世界に飛び込んだかというと、我々国民にとって政治というのはすべて国政、テレビで映るのは、マスコミが取り上げるのはほとんど国政だけであります。ですので、どうしても政治というのがそういう大きなことばかりだというような認識があって、そういうもっともっと身近な、市であったり県だったり、自分の住んでいるところのごみ行政とかについてどうなんだということについて、ほとんどの場合考える機会を与えられていないわけですね。  私は、そういうのを変えたい。市長の顔すら実は思い出せないような国民がほとんどだと思います。自分が過ごした市の、町の長は一体だれであったか、多分言える人はほとんどこの国にはいないんじゃないでしょうか。そういうものを変えていかなければ、私は先ほど申し上げた自助、共助、公助のバランスというのは成り立たないんだというふうに思っております。その中での地方分権だと私は思っておりますので、そういう認識で国の方は是非地方分権をお考えをいただきたいと思います。  私は、そういう意味での、地域主権というのは、地域がまず何をやるべきなんだということがあるんだよという、そういう概念での私は言葉だというふうに思っております。いろいろな議論があるようですので、私はここでは地方分権という言葉を使わせていただきますけれども、そういう理念について是非御理解をしていただきたいというふうに私は思っております。  私が今回申し上げたいことは三点ほどございまして、一つは、まず、地方分権というのは基礎自治体、市町村への分権こそが最終ゴールであって、そのためには我々のような政令指定都市を十分に活用すべきだということ、そして二点目が、地方分権というのには財政運営の自主性が必要不可欠であるということ、そして三つ目に、国と地方の協議の場の今後の在り方について、私、申し上げたいというふうに思っております。  まず一つ目に、民主党の地方分権に私は期待していることは、基礎自治体への分権であります。  さきの総選挙でそれぞれの政党が地方分権について積極的な公約をお出しをいただいたというふうに思っておりますし、それについては十分に評価をしているところです。ただ、その中で、民主党のマニフェストで少し特徴的なのは、マニフェストの中に、基礎自治体が対応可能な事務事業の権限と財源を大幅に移譲するという、いわゆる基礎自治体への分権だということが明確に私はうたわれているということで、私はこれは意味があるだろうというふうに理解をしているところです。  私たち基礎自治体は、常日ごろ地域住民と本当の意味で顔を突き合わせていますし、当然クレームも真っ先に我々が受ける、そういう現場であります。ですので、地域ニーズや現場について我々が一番肌で実感して理解をしている行政機関であります。ですから、こういう現場がニーズに合わせて責任を持って柔軟に対応ができるように基礎自治体への分権を進めていって、国なり都道府県は広域自治体として行うべき事業をどんどんどんどんそこに選択と集中をしていっていただく体制をつくっていただきたいと思っております。  これは、税金の無駄遣いをなくすためにも私は必要なことだというふうに思っております。国の出先機関の議論の際にもあったと思いますけれども、住民から遠いところへ行けば行くほど、やはりどうしてもチェックの目が届きにくくなる傾向がこれはもうどうしてもありますので、住民に最も近くてチェックの目が届きやすい基礎自治体への分権というのは、税金を一円でも賢く使うために私は必要なことだというふうに思っています。  今、国で事業仕分というのが人気になっておりますけれども、やはり国民にしてみれば、成長がある程度見込めなくなった今、税金を少しでも正しく賢く使ってほしいというニーズは高いんだというふうに思っております。ただ、国の事業仕分で対象になる事業というのはほとんど限定的だというふうに思います。国会議員の数としても結局千人を当然超えていないわけですし、また、それぞれの施設であったり現場というのは、そのとき対象になって視察に行かなければ分からないというふうに思います。  しかし、例えば都道府県の議員というのは三千人弱おります。それから市議会議員は二万人以上います。それから町村議員も一万人以上います。基礎自治体だけでも三万人いるわけですね。昔はいざ知らず、今は本当に地方議会、私も市議会の場に出ますと、予算のたび若しくはそれぞれの議会のたびに、この施設の利用率はどうだとか、これは本当に意味があるのか、それぞれもう細かく、ほとんど多分すべての事務事業について一年掛ければ大体追及をされるような、確認をされるような、そういう状況になってきています。  そして、これからはもっともっと、国民の意識が変わっている今、選挙のたびに恐らくそういうチェック機能を持つ議員というのがどんどんどんどん私は地方議会に送り込まれてくると思います。そうなってくれば、毎年それぞれの議会ごとに、事業仕分がある種これだけの何万人という議員によって行われるようになってくるわけでありますから、本当の意味で国の、政府の無駄遣いを少しでもなくしたいということであるならば、この万という単位の人間による事業仕分をいかに効率的に行うかという発想の中で私は基礎自治体への分権というのがあるんだというふうに思っています。国にあっては、そういうゴール、基礎自治体への分権をゴールとして、じゃ、そのためにどういうプロセスを踏んで分権を進めていけばいいのかという議論を是非していただきたいというふうに思っております。  もちろん、ただ基礎自治体への分権といっても、基礎自治体には本当に数千人の町村から何百万という大都市までいろいろあるわけですし、財政力や人材が十分でない市町村に対して直ちに分権を進めていくというのは、現時点では一定の限界があるというのは事実であります。だからこそ、基礎自治体でありながらも人材と財政力を有していて、既に都道府県からも多くの事務を移譲されている政令指定都市というのを私は活用すべきだろうというふうに思います。  政令指定都市は現在十九市、この前、相模原市が増えましたので十九市ありますけれども、この十九市だけで人口の約二割を占めております。経済的な規模でいえばもっともっと大きいわけです。この分権の担い手として十分な能力がある基礎自治体である政令市、ここを私は基礎自治体に最終的に分権するための実験場として十分に活用していただいて、この政令市の中での状況をつぶさに見ていただいて議論を進めていただきたいというふうに思っております。  我々、政令指定都市の市長としていろいろやっていますと、例えば権限移譲でも不十分なところが今でもありまして、保育園というのは当然市がやるわけですけれども幼稚園行政というのは都道府県が持っていたり、若しくは学校教育においても、我々がいわゆる教員の人事権を持っているわけですけれども給与の部分は都道府県が持っているとか、政令指定都市の制度というのはちょっと今浮き上がっているような感じがします。ある程度、基礎自治体でありながら権限を持たそうという、そういう中での政令市でありながら、今、都道府県のところにそういう形で、同じ分野にありながらも一部持たれていて、非常にやりづらい状況にあります。まずはこういったところについて渡してみて、そしてその中でどういう化学反応が起きるのかというものをつぶさに私は見ていただきたいというふうに思っております。  二つ目に、地方分権には私は財政運営の自主性が必要不可欠だというふうに思います。  先ほど東国原知事も税源の移譲の話されていましたし、この税源移譲の話はもうずっとされてきておりますので、委員の皆様方はもう十分御承知のことだと思いますので、改めて余り私は申し上げる必要はないだろうというふうに思いますけれども。  ただ、そうはいいながら、実際、例えば政令指定都市でいえば、千葉市でいえば、都道府県に代わって負担している経費というのは大体百五十億円ぐらい。私の千葉市の場合は三千五百億円ほどが一般の会計ですけれども、その中で百五十億円が都道府県に代わって負担する事務によって必要とされている経費です。ただ、このうち、政令指定都市に税制上措置をされているのはたったの五十五億円ですので、百五十億円のうち、五十五億円だけもらって、残り九十五億円は持ち出しの中でやっているような状況であります。これはもう以前から、我々政令指定都市がここの部分についてやっていただかなくては困るというような話をさせていただいているところですので、国から県に税源を移譲するだけではなくて、県から市への税源移譲をどのように適正化するのかという議論も私は国において是非していただきたいと思います。  このときに、よく言われるのは、ただ、政令指定都市は財力があるんだからある程度頑張ってもらってもいいじゃないかという、こういう議論がよく行われます。  実際に、例えば都道府県から市が補助をもらうべきものでやっぱり十二億円ぐらい単年度で補助がもらえていないんですね。本来であれば他の市町村と同じようにもらわなければならないものを政令指定都市という理由で、千葉市でいえば千葉県から十二億円ぐらいもらえていない、それも持ち出しの中で財政悪化の原因になっている、そういう要素があります。  そういうときによく議論になるのは、財政力が豊かなんだから政令指定都市は頑張れるだろうというような話があるわけですけれども。ただ、そこでお考えをいただきたいのは、そういうふうにやると当然政令指定都市の財政が傷みますので、その分、大都市としてやらなければならない経済振興施策だったり都市基盤の整備、都市行政というのが遅れるということですよね。  大都市というのは、日本の経済の成長戦略の中でも重要な位置を占めているにもかかわらず、そういう財政力があるから大丈夫だろうということで、本来そっちに使わなければならないお金を維持費の方とかメンテナンスの方にお金が取られていっているという状況があります。そうなれば、結局困るのは国全体であります。この大都市が弱ってしまえば、不当に財源を措置されずにその分経済が落ち込んでしまえば、それは当然周辺の市町村にも波及するわけでありますので、そういう悪平等をやめようというのが私はこれからのこの国の方向性だと思っていますので、大都市への財源、税源の配分を考えるときに、財政力が豊かなんだから大丈夫だろうという発想をしたときに起き得る日本の将来の問題点についても是非私は意識を傾けていただければ有り難いというふうに思っております。  そのときに、もう一つ申し上げたいのは、地方財政健全化法の問題であります。これが夕張市の破綻によって導入されたわけですけれども、結局、どれだけ地方分権の議論をしても、我々が毎年幾ら借金をするかをすべて国が基準を決めているような状況の中で地方分権というのは私は実現しないというふうに思います。  千葉市においても、この地方財政健全化法の中で、実質公債費比率とか様々な財政指標の中において、千葉市が早期健全化団体の基準に近づいてきているところがあります。ただ、それは、今のような税収構造、いわゆる景気がここまで落ち込んだりすれば当然ある程度は財政出動をしなければならない、そういう時期も当然あるわけであります。しかし、そういう時期にそういう柔軟な財政運営をしようとして市債を発行しようとすれば早期健全化団体になってしまうと。そうなると、国民はそういう細かいことまで分かりませんから、あっ、千葉市が早期健全化になって危ないんだ、この市というふうに解釈をされてしまうわけですね。  我々政令市レベルになれば、ちゃんとした財政運営の考え方の中で適宜そういう判断をしていくわけですけれども、その中で一万の市もそれから百万の市も同じ健全化基準の指標の中で判断をされてしまって、更に言えば、市債の発行に毎年そういう画一的なキャップをはめられてしまうことによってどれだけ現場に即さない財政運営を強いられているかということを私は様々な場で訴えておりますけれども、是非、そういう地方財政健全化法においてもそういう画一的な、一番地域主権に逆行するような理念が盛り込まれていることを私は伝えたいというふうに思います。  では最後に、三つ目の国と地方の協議の場の今後の在り方ですけれども、こういう国と地方の協議の場の法制化というのは大変有り難いというふうに思うわけでありますけれども、私は、こういうまた新たなものをつくるよりは、最終的にはこういう参議院の場で常に地方の声が意見として出される環境が一番ベストだと思います。そのためには、こういう我々地方の首長であったり、若しくは地方議員が国会議員を兼ねることができるようになれば、私は国と地方の協議の場なんていうのはまさに必要なくなるというふうに思います。  それは憲法を改正せずとも、地方自治法とそして国会法の改正によって兼務ができるわけです。せめて良識の府と言われているこの参議院こそ限定的に地方の首長、議員の兼職を可能にすれば、ここの議論というのはもっともっと私は花開いてくるのではないかというふうに思っておりますので、ここの部分も、ヨーロッパの事例なども実際にありますので、是非そういったことも一院制、二院制の議論の中で私は俎上に上げていただきたいと思います。  以上です。
  11. 佐藤泰介

    ○委員長(佐藤泰介君) ありがとうございました。  以上で参考人の方々の意見陳述は終わりました。  これより参考人に対する質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。
  12. 加賀谷健

    ○加賀谷健君 おはようございます。  今日は、本当にお忙しい中、参考人として御出席を賜り、心から御礼を申し上げる次第でございます。  今回の私どもが議論をしておりますこの三つの法案、特に分権あるいは地域主権という問題は、今回限りですべてということではなくて、今日皆様方からいただいた御意見を参考にしながら、更なる深化を進めていかなければならない、私どもはこんなふうに思っているところでございます。どうかよろしくお願い申し上げます。  初めに、順はちょっとばらばらになりますけれども、熊谷市長さんの方にお伺いをさせていただきます。  市長さんは、就任、昨年の六月から市長ということで、早速なされた仕事が脱・財政危機宣言、まさに千葉市の、今もお述べになりましたように、厳しい財政状況を前提として、この健全化を進めるために大変な御努力をされている。人件費の削減というところまで踏み込んでいるわけでございますし、また今の陳述の中で、財政健全化法に対する実質公債費比率の基準の見直しということに言及をされましたけれども、これは市長さんの言葉にありますように、なかなか分かりづらいことでございまして、財政再建団体に転落すればいいというものではなくて、ここの部分でどう踏ん張っていくのかということが大変大事だと思います。この辺に対するちょっと政令市としての思いがありましたらお聞かせ願えますか。
  13. 熊谷俊人

    ○参考人(熊谷俊人君) 御質問をいただきましてありがとうございます。  まさに、私が就任して、この千葉市、千葉市に限らずですけれども、将来的な少子高齢化を見据えたときに、今の余力があるうちに財政を健全化させなければならないという思いで大胆に今財政健全化にかじを切っているわけですけれども、例えば実質公債費比率というこの数値は、過去にどれだけの借金をしたかによって、その過去の借金の返済金額が最終的には指標に落ち込んでくるわけですから、今私が幾ら財政健全化にかじを切ったとしても、十年前に大量に市債を発行したその過去は消せませんので、そうなってくると、幾ら財政健全化、頑張っていったとしても、しばらくの間は実質公債費比率がどんどん上がっていってしまう、早期健全化団体に指定されてしまうというような非常にナンセンスなことが起きてしまって、私は非常にそれに矛盾を感じています。  特に、財政健全化をしようとすれば、例えば多くのITシステムとかが古いままになっています。そのITシステムを、例えば千葉市でいえば五十億円ぐらい掛けて新しいものにすれば、毎年のシステムの維持費とかが三億円、五億円浮く、例えば十年で元取れるというような施策をやろうとしても、瞬間的には五十億円という借金をしなければならないわけですね。そうすると、それでまた早期健全化団体になっちゃうからできないよねとか、そういう将来に必ず確実に意味のある健全化をしようとしても、結局こういう指標によってがんじがらめになってしまうという非常に矛盾があると思います。私は、それがおかしいんじゃないか、この地方財政健全化法の本来の趣旨から違う方向に流れていってしまいかねないんじゃないかという危機意識を持っています。
  14. 加賀谷健

    ○加賀谷健君 そこの部分は、支払の、何年で返すかという大きな問題もあると思いますけれども、先日、総務省と議論をした中で、この辺についてはかなり猶予を持たせる制度もありますよというようなことも言われております。まさに市政の場合はそういう面では大変厳しい、そういう健全化団体にならない、このことは大変なことだろうと思いますので、是非御努力をいただきたいと思います。  先ほど市長さんの話で、私もこの問題なるほどなと思っていた部分で、参議院議員と首長の兼務という問題今出されましたけれども、この部分についてはかなりいろんな議論があってまた難しいことだろうと思うんですけれども、私はそれは大変いい発想ではないかなと、今後の私どもの大きな課題だろうと思います。  それで、政令市の代表というわけではないんですけれども、政令市の代表を私も質問の中でこの国と地方の協議会の中に入れたらどうだという提案をさせていただいたんですけれども、これは自治法で決める六団体の中にはいないんだというようなこともあり、連合の中の一員としてそういう分科会なんかに入っていくべきことはつくっていきたいという思いでございますけれども、この辺に対して思いがありましたら、お聞かせいただきたいと思います。
  15. 熊谷俊人

    参考人熊谷俊人君) 私としても、また政令指定都市市長会としても、やはりちょっと都道府県市町村とまた違った存在でありますので、政令指定都市の場合は。これに関しては、やはり代表者を入れさせていただきたいというお願いを市長会にもしておりましたし、また国に対してもさせていただいておりました。そういう意味では、今回、どうしても他のバランスの中から六団体という形の代表者ということになったこと自身に関しては残念ではありますが、やむを得ないところも一部あるかと思います。  ただ、これは今後、是非分科会などの中で我々大都市の話をさせていただきたい。特に、我々は市長会の中で、七百何市もある中で我々は十九市しかないわけですね。なので、市という単位になった瞬間に、我々の意見というのはどうしても多数決の中になかなか入りにくい。しかし、実際には人口の二割以上を占めているという、しかも市とはもう全然権限のレベルが違うものがそこの中で一体となってやられると、どうしても議論は私は、ずれてしまうのかなというふうに思います。  例えば、本質的には都道府県だって、東京都と例えば東国原知事のいらっしゃる宮崎県というのは多分もう向いている方向も全然逆だと思いますね。だから、そういう違うものを一つの代表にすることは、最終的な意思決定の場としては致し方ないと思いますけれども、議論の過程ではそういうことを十分に配慮した協議の場がなければ私はなかなか難しいんじゃないかなというふうに思います。
  16. 加賀谷健

    加賀谷健君 ありがとうございます。  今日、私は千葉の自宅からこちらへ来たんですけれども、今日のある新聞生活保護に関する大きな記事が千葉版でございますけれども載っておりまして、かなりローカルな話でございますけれども、この問題は私は市政にとってかなり大きな部分、今のように保護世帯が増えてくることによって市政をかなり圧迫をしている。四分の三国で持って四分の一が地方ということですから、そういう意味では国がかなり負担をしているわけですけれども、この問題というのはどうも、私は本来生活保護というのは国がすべきだと、こう思っているんですけれども、市長としてはこの辺についてどう思いますか。
  17. 熊谷俊人

    参考人熊谷俊人君) この生活保護の問題は本当に今財政運営を苦しめておりまして、今の景気の悪化も伴って爆発的に増えておりまして、もう一六%という増加率で今私ども増えております。それでも甘いんじゃないかというような観測すらなされるほど厳しいと。我々が三千五百億円一般会計というような状況の中において、二百億とかそういった規模でこの生活保護費が計上されていく。これに関しては、我々千葉市なんかはまだましな方で、大阪市などは本当にひどいことになっていると。特にこの生活保護の問題は、大都市の特性上、どうしても周辺市から我々のところに来てしまうところがありますので、雇用の大きな場である大都市がどうしても抱える問題を我々がお金を出してやらなければならないことは、どんどんどんどん大都市の活力を失っていっていると思います。  よくお金の話もありますけれども、もう一つは人員の問題であります。今、生活保護に対応するケースワーカーの問題があると思いますけれども、これがどんどん人が取られていく。今、例えば千葉市でいえば、百十五人もそのケースワーカーだけで割いているわけですね。例えば、今年新入職員が百十四人一般事務職で入ってきましたけれども、このうちの十四人、一割以上もいきなりケースワーカーに配置をしなければもはや現場が回らないような状況になっていると。  ここに関して、私はもう少し国の方がここの部分については責任を持っていただきたい。地方交付税の中で勘案されていますみたいな話をされても、我々大都市はほとんど地方交付税をもらえないわけですね。どんどんどんどん苦しくなる実態があるということです。
  18. 加賀谷健

    加賀谷健君 ありがとうございます。  それでは、東国原宮崎県知事にお伺いをいたします。  今日のマスコミ見ても、知事の発言、かなり皆さん興味を持っているし、知事はこの後何をされるのかというところも大変な興味があるのではないかな、こんなふうに思っています。そこいらを含めまして少しお伺いをしたいんですけれども。  知事が参考人になるということで少しいろいろなものを調べさせていただきましたけれども、その中で、知事がインタビュー記事の中で、地方分権に関して全く今の新政権と考え方は同じですと述べられております。本当に心強く思っているわけでありますけれども。実は知事、昨年の総選挙の前に自民党の総裁選挙意欲を燃やしていたということもございますけれども、今年、私ども民主党代表選挙もありますので、私どもの代表選に挑戦される気はもちろんないんだろうと思いますけれども、私どもと一緒にこの地域の問題、地域主権に取り組んでいただければと私も期待しているところでございます。  知事は、このインタビューの中で地方分権あるいは地域主権をやりたいともかなり強く発言されており、今日の意見の中でも私も強く感じたわけでございますけれども、知事のこの地域主権、もう一度ちょっと、思いという部分でお聞かせいただければと思うんですけれども。
  19. 東国原英夫

    参考人東国原英夫君) ありがとうございます。  主権となると、法学の先生が、専門家がいらっしゃる前でちょっとおこがましいんですが、主権というのは、恐らく国際法では国家憲法では国民ということを定義付けされていると思うんですが、ですから、地域主権というときにそれをどうやって法が担保するか、法的に定義をするかというのは非常に厳しい状況かなと。現政権におかれましても、法的な定義はされませんでしたですね。  でも、その理念といいますか考え方、地方が自立して地域住民の方たちが主体的に地域づくりに能動的に参加していただくというような総括的な、いわゆるスローガンといいますかテーマといいますか、この考え方に私は賛同させていただくわけでございまして、地域主権という名前は別にして、地域が主役だ、あるいは地方が非常に重要だ、地方の連携体が国家を形成するんだという考え方。先ほど自助、公助、共助の話がありましたけれども、近接性と補完性ですよね、これはもう大原則、憲法もこれは保障している、担保しているところでありまして、これは担保されなきゃ、近接性と補完性は担保されなきゃいけない。  じゃ、この近接性となったときに、地域住民の方たちの例えば住民福祉だとかサービス給付とかそういったものは、今後、少子高齢化人口減の中で非常に増大化してくる。国が画一的に一律的に、そういう人口動態も地形産業文化、風習、歴史も違った地域を、やはり画一的、一律的に縛るというのは、その基準の中で考えろ、置けというのは非常に無理があるかなと思っております。それはもう義務付け・枠付けの問題もあるんですが、やはり地方にとっては、福祉施設なんかも、一人に、廊下の幅とか一人の面積だとかそういったものも事細かく、あるいは農地問題もそうですし、道路問題もそうです。歩道はこれぐらいの幅にしなさいとかこういう強固にしなさいと。分かるんですが、それはやっぱり自治体によってある程度自由裁量権を付与するべきだと考えております。  重複しますが、サービス給付、福祉の向上あるいは行政のニーズが多様化、多元化、あるいは高度化、複雑化してきますと、国がその細かいサービスに対して目配りができない状況になってきていると思うんです。それはもう住民にお任せしましょう、住民のことは住民が一番よく知っている、地方行政が一番よく知っているので、その柔軟な施策等々は住民の方々にお決めいただきたいというような考え方は私は正しいと、今の流れには沿っていると思いますので、是非そういう理念の下に、もうちょっと、今回の一括交付金の政府の回答も、各省庁の回答もゼロ回答になっています、一括交付金に対してですね。あるいは、義務付け・枠付けのさっき話をしましたが、三割程度が見直しということでありますので、こういったものを果断に進めて、それと税財源の移譲、さっきからありますけれども、例えば地方交付税の原資になっています国税五税の法定率を変えるとか、あるいは交付金等々の改革、地方消費税あるいは交付税を地方共有税にして特別会計に入れて、もう一般会計じゃなくて特別会計に入れて地方固有の財産なんだというような、そういった大胆な改革あるいは制度設計制度の見直しをしていただくと、より現政権が、ああ地域主権だな、地方に目を向いているな、地方の実情に即した政策をやっているなというのが非常に地域住民としてはそういう共感を覚えると思いますので、是非果断な政策あるいは見直し等をお願いしたいと思います。
  20. 加賀谷健

    加賀谷健君 最後です。  時間で申し訳ございません。八木先生、長谷部先生、ちょっと質問できませんけれども。  今、東国原知事の言われた話、まさに私どももそのように思っていますし、これからも続けていかなければならない。特に、法定交付税率の問題なんかも見直していかなきゃならないというのは私としても大きな課題だというふうに認識をしておりますので、また一生懸命頑張らせていただきたいと思います。  今日は本当にありがとうございました。  終わります。
  21. 世耕弘成

    世耕弘成君 自由民主党世耕弘成でございます。  四人の参考人の方々には大変参考になる御意見をいただいたというふうに思っております。  まず、八木参考人にお伺いをしたいと思います。  まさに今の御見解を聞いていて目からうろこの思いでありました。私も、民主党政権ができてから、あるいはできる前から、どうも奇妙な新語とか造語とか、そういったものが使われるなという思いで、それぞれの意味はどうなっているんだろうかということをいろいろ私自身も読み解こうという努力をしていたんですが、今日まさに八木先生は見事に、この一連の奇妙な言葉、民主党政権の中で使われている新語、造語は松下圭一先生という一人の学者の理論につながっていくんだということをまさに見事にひもといていただいたというふうに思っております。  今回、この法律地域主権というタイトル、法律のタイトルに地域主権という新しい言葉、造語が入ってきたことに非常に私たちは注意をしていかなければいけない、警戒していかなければいけないというふうに思っています。というのは、民主党政権が使っているこの奇妙な言葉が、単に言葉遊びに終わるんならいいんですけれども、どうもこの政権の奇妙な国家観とか歴史観とか家族観とか、そういったところにつながっているんではないかという懸念を持っているからであります。  鳩山総理がおっしゃっている友愛というような言葉もそういうことにつながっていくような気がしますし、八木先生もいろんな論文でおっしゃっていますけれども、例えば国民という言葉は余り使わずにあくまでも市民という言葉を使って言っているということとか、私自身も先日、割と民主党の政権中枢にいらっしゃる方とクローズドなディスカッションの場で、私が、インターネットの世界で国家覇権がぶつかり合っているんだという話をしましたら、グローバルシチズン、地球市民という言葉を持ち出して、インターネットの時代にはもう国境はないのだ、だれがどの国民ということはないのだという反論をされて私自身も非常に目が点になった思いもありますし、今日レジュメの中で書いておられました劇作家で鳩山総理の演説の振り付け役と言われております平田オリザさんのこの発言、私も、今週の週刊現代の逢坂巌さんという立教大学の先生の論文の中に引かれていて、見て大変驚きました。この平田オリザさんという方は、おじいさんは平田内蔵吉さんといって、戦前の超国家主義思想家だったそうでありまして、祖父と孫がそれぞれ、ちょっと立場は違いますけれども、やはり国家を否定する感覚に立っておられるのかなと。  そしてまた、このシンポジウムの中で単に平田さんが言っているだけではなくて、政権中枢にいる政府高官の方々が巧妙にそういう概念を入れているんだということをおっしゃっている。この辺、本当に注意をしていかなきゃいけないなと思っています。  そしてまた、政権のナンバーツーである菅直人副総理も、八木先生の今週の正論の中で読ませていただきましたけれども、菅直人氏自身、副総理自身が御自身の著書「大臣」の中で、私の憲法解釈基本となっているのは松下圭一先生の「市民自治の憲法理論」である、大学を卒業して数年後、市民運動をしていた時期に読んだと。  やっぱり政権のナンバーツーもこの松下圭一さんに非常に影響を受けているということで、是非、今日、八木先生にまずお伺いしたいのは、どうも私は民主党政権、いろんな言葉の中でも一番ちょっと注意して見なきゃいけないなと思っているのが新しい公共という言葉だと思っています。これが単に民間資金の活用とか、そういう経済ベルで収まる話だったらいいんですが、どうもこれは民主党政権の国家観の中核を成す概念ではないかというふうに思っています。この新しい公共という概念と今回の地域主権という概念、先ほどさらっと触れていただきましたが、これ、どういうリンクをしているのか、もう少し詳しくお伺いしたいと思います。
  22. 八木秀次

    参考人八木秀次君) 御質問ありがとうございました。  民主党の若い先生方は余り御存じないと思うんですけれども、今、世耕先生から御指摘もありましたように、菅直人副総理の「大臣」という岩波新書の本の中で、松下圭一著「市民自治の憲法理論」という本が自分の言わば教科書のようなものだと、こういうように言っているわけです。菅副総理こそは、結党以来の中心メンバーでありますし、私はミスター民主党と言っていい方だと思っているんですけれども。  ほかは、民主党の結党以来のいろんな文書を私の自宅と大学研究室あてに民主党の本部から御丁寧に毎回送ってくださるものですから、大体こういうものはほかの先生は目を通さないみたいですけれども、私は丹念に読む方で、それでずっと分析をしてまいりました。そういう民主党が出す文書の中に松下先生の影響というものが非常に強く見られるわけです。もし疑われるようでありましたら、「市民自治の憲法理論」という本ほか、岩波新書で何冊もお出しになっていますので、お読みになればその辺りのところが正確に理解できるかと思います。  今日、私が説明させていただいたのは、地方分権地域主権は全く違うんだという話なんです。なぜ地方分権と言わずに地域主権と言っているのかということでありまして、政府関係の発言の中にも非常に大上段に、この国の形を変えるだとか、こういうふうに言っているのには意味があるんだということを言っているわけです。地方分権地域主権は立論の仕方が全く違うということを今日ここで説明をさせていただいたつもりであります。  したがって、逆に、この場で以後お考えいただきたいこととして、地方自治権の根拠は何なのかということを憲法上説明をなさらないと、この地域主権という言葉は恐らく内閣法制局もはねる、そういう極めて新奇な、これは長谷部先生もおっしゃいましたが、法学上の概念ではありません。そういったものを法律に使うということはいかがなものかというふうに思うところでもあります。  さて、新しい公共ということを鳩山内閣は盛んに言っているところであります。この概念自体も「市民自治の憲法理論」という松下圭一先生の本の中から出てきているものだということは明らかに読み取れます。  ここでのポイントは、市民自治によって、ここで言う市民とは国籍を問わない市民です、外国人でもいいわけです、市民自治によってつくられるものが新しい公共だというわけです。それは当然古い公共に対する対置概念でありまして、古い公共は官を中心につくられる公共空間、公共政策、こういったものが古い公共だと。それに対して、市民が積極的に参画してつくられる公共政策あるいは公共空間、こういったものを新しい公共というふうに言っているわけですけれども。  じゃ、そこでいう市民とは何なのかということは、先ほど外国人を入れました、外国人の問題もありますけれども、それとともに、民主党の本部やあるいは外部の提携団体で新しい公共に関するいろんな組織ができておりますけれども、そこにNPO、NGOの人たちが積極的に関与する、はっきり言えば、行政にNPO、NGOほか市民運動団体が直接タッチして、そこで政策を決定する、そういうシステムをつくろうとしているんだということであります。これは既に地方自治体ベルでは行われています。それを担保しているのが自治基本条例なるものでありまして、それの中央政府版を今つくろうとしているのかなというふうに思うところであります。
  23. 世耕弘成

    世耕弘成君 大変重要な御指摘があったというふうに思います。単なる厳密な法学的用語ではないで済まない、やはり地域主権というのは背景に大きな意味があるというふうに思っております。  今後もこの委員会でじっくり時間を掛けて、政府側のこの地域主権解釈とか憲法上の問題とか、あるいは松下圭一先生の本を全部みんなで輪読するとか、それぐらい時間を掛けてやっていかないと、この問題はなかなか解決しないのではないかという実感を新たにしたわけでございます。  続いて、東国原知事にお伺いしたいと思います。今日はこの後も御予定があるようですが、お忙しいところ本当にありがとうございました。  今、首長新党というのが立ち上がっています。あるいは東国原知事も橋下知事も、初めて知事として国政に影響を与えるだけの影響力、発信力を持っている知事が今登場されているというふうに思っております。地域主権というような言葉でごちゃごちゃいじるよりも、やはり地方から国政を動かすという、まさに実際に動いておられるわけですが、そういう中で、今回立ち上がっている首長新党、首長出身の方々が国政へ入ってくるというような動きについてはどのように評価をされているか、まずお伺いしたいと思います。
  24. 東国原英夫

    参考人東国原英夫君) ありがとうございます。  結論から申しますと、一言で申しますと肯定的に受け止めております。  地方分権の逆の流れといいますか、国から地方に、上下主従の関係を協調、対等、協働の関係にしようというのが地方分権の流れ。対等であるなら、協働体制であるなら、地方は国のコントロール下にはないということですね。コントロールはちょっと語弊がありますかね。国と地方の役割分担等も含めて、あるいは権限、財源も含めて、これは対等なんだということであれば、地方の実情をより細かく知っている人間、体験している人間が国に、国政という場で地方自治とか地方の立場から意見を申し上げる、あるいは権限を増大していくという、あるいはそれを取り組んでいく、あるいは議論の俎上にのっていくというのは非常に重要な国政行為だと私は思っています。  ですので、先ほど熊谷さんがおっしゃったように、参議院の方と地方の首長さんが兼務をする、あるいはもっと進んで、参議院をすべて首長の代表にするといったことも一つ案かもしれません。衆議院参議院があって、衆議院は国政ということで、参議院はその中に地方代表の方がいるというのは、実質上、地方と国の協議の場になり得ると。  もう一つ、地方と国の協議の場についてちょっと私は申し述べたいんですけれども、今回その法案も出るんでしょうけれども、どうもこれが、今まで前政権で行われていた地方と国の協議の場がありました、それと余り変わらないんじゃないかな。法的には担保されるんでしょうが、その結果は尊重されるとか、あるいは首相は能動的に参加されておられない。そのときに気になったのが、どうして首相は、総理は、この地方と国の協議の場に、自由意思で参加なんですね、国の代表としてお出にならないかというと、国の代表の首相である、それに対抗する地方の格付の人がいないというんですね。  これは、地方と国が対等になる、協働関係になるということを根本的に否定しているものではないかな。そしてまた、それが尊重される、そして総理の発言は尊重されるとは書いてないんですね、その会議の場だけが尊重されるということでありまして、これもちょっと地方としては心配になる。本当に地方の意見がここの協議の場で抽出されて、それが国政に生かされるのか、政策に生かされるのかというのが非常に心配になる会議であるということをちょっと一つ付け加えまして、地方の首長経験者が国政に参加することに対しては私は肯定的に見ている。
  25. 世耕弘成

    ○世耕弘成君 後段の協議の場は次に聞こうと思っていたんですが、先にお答えいただきましたし、時間も参りましたので、これで終わらせていただきます。
  26. 魚住裕一郎

    ○魚住裕一郎君 公明党の魚住裕一郎でございます。  今日は四人の参考人の皆様、本当に貴重な意見をいただきましてありがとうございます。  それでは、まず私は長谷部参考人にお願いをしたいんですが、非常に地域主権という言葉、定義付け等も含めて参考になりました。また、ベンサムですか、考え方も披瀝をしていただきまして、非常に刺激的だなと思っております。ここ二十年、ソ連邦は崩壊をし、またEUもこういうふうな拡大をしてきて、国家という概念自体も随分外延も変わってきたなというふうに思うところでございますし、またそれに伴って主権ということも随分いろいろ考えなきゃいけないなと。  先生は、一定地域に一定のルールを決めておいて従った方が効率的だ、その方がいいんだという、そういう基本的な認識というか事実上の規範というか、それがあることが基礎付けられるというような趣旨だったと思うんですけれども、そうなってくると、一定の地域、その地域の広がりですね、ヨーロッパ全体というのも地域かもしれないし、国ごとかもしれませんし、日本でいえば県かもしれないし。  その場合、道州ということを考えた場合、このルールは決めておいた方が便利だよというようなことの事実上の規範があるよということの認識はどういうふうに考えていけばいいのか、その辺はいかがですか。
  27. 長谷部恭男

    ○参考人(長谷部恭男君) どうもありがとうございました。  先ほど私が御紹介しましたのはジェレミー・ベンサム、功利主義の哲学者ですけれども、彼の立場からすると主権というのはそういったものとして理解ができるということでございまして、功利主義というのは、御案内のとおり、何が正しい政治の在り方かというものの物差しは唯一であって、それは社会全体の幸福を最大化しているかしていないかで、その社会全体の幸福が最大化されているために必要なこととして何があるかというと、その一つとして、その当該社会の社会生活のルールというものを決める人がだれなのかというのがみんなに分かるような形であらかじめ決まっていることがとても重要なのだというのが、これがベンサムの議論でございます。  先生御指摘のとおり、では、その社会というものの規模とか広がりというものをどう考えていけばいいのかというのは、このベンサムの議論自体からは実は論理的には出てまいりません。ベンサム自身が言っているのは、これは事実として現に決まっているものだということですので、ある意味では事実は当為をしているということであろうかと思います。  ただ、このベンサムの議論をきっかけとして、例えばの話でございますけれども、現在の都道府県の規模とか広がりでは当該地域に住んでいる人々の社会生活のルール設定として余り効率的ではない、余りにも区々として分かれ過ぎているということを、多くの人々がそういう判断をなさるということでございましたら、それをもう少し広い道州という単位をつくりまして、その単位で社会生活のルールを基本的に決めていくというのはあり得る物の考え方であろうかなと、そういうふうに考えます。
  28. 魚住裕一郎

    ○魚住裕一郎君 それでは、長谷部先生、もう一つお願いをしたいんですけれども、先生最後の方で、日本国憲法上も一定事項は地方に留保されているというふうに考えているというふうに、そういう趣旨でおっしゃったと思っておりますけれども、地方と国の役割とか分権とかを考えた場合に、地方じゃなくて国に留保しておかなきゃいけない事務あるいは権限は一体憲法上どういうふうに考えるのか、あるいは道州制を導入するに当たって憲法の限界みたいなものもあるのか、そういったところを簡潔に御教示いただきたいと思います。
  29. 長谷部恭男

    参考人長谷部恭男君) 先生御指摘の点も、そういった考え方も可能性としてはあり得るという指摘をしたつもりでございますが、現在のオーソドックスな憲法学ないし公法学の考え方からいたしますと、中央政府がどのような役割を担うか、そして地方公共団体がどのような役割を果たすべきかというのは、やはり中央政府法律が決めるものであるという、そういう考え方に基本的には立っているはずでございます。  ただ、先ほど可能性として示しましたのは、憲法上の概念としてございます地方自治の本旨に沿った法律でなくてはならないのであると。といたしますと、そこに地方公共団体が果たすべき憲法が想定している固有の役割というものがあるという議論も成り立ち得ないわけではございません。  その際の基礎付け、何がそういった固有の事項になるのかというものを基礎付ける議論として様々なものが考えられます。一つは、これはヨーロッパ起源ですけれども、サブシディアリティープリンシプル、これは日本語では補完性の原理とか補充性の原理と言われるものでございますけれども、要するに身近なところ、身近な問題についてはまず身近な共同体なり、それはもう別に公共団体である必要はございません、地縁団体であることもあり得ますし、あるいは人々の結社であることもあり得ますけれども、そういったものがまず身近なものを解決をしていく、それで解決をし切れないものについては、それよりももっと大きな規模、枠組みの団体がそれを解決をしていくと、そういった考え方でございますけれども、そういった考え方を取っていった上で最後に残るもの、例えば外交なり防衛なり、あるいは国全体として統一的な市場をつくるための市場基本的なルールというものは、これは決まっていないと経済活動に大変な支障が生じますので、そういったものはやはり国に残すべきであると、これが一つの物の考え方としてはあり得るところかと思います。
  30. 魚住裕一郎

    魚住裕一郎君 続きまして、東国原参考人にお願いしたいんでございますが、非常に刺激的な御意見をいただいて、確かにそうだなと思うようなところはいっぱいございますけれども、今お話させていただいた道州制なんでございますけれども、この現政権になって、どうも道州制という言葉が消えてきたといいますか、今年の二月にいわゆる道州制ビジョン懇というのが廃止されました、これは。それで、この間、佐賀の古川知事と話したときに、いやあれは無期限の中止でしょう、廃止じゃないでしょうというような御認識だったんですね。だけど、九州は、県知事というお立場でございましたけれども、九州としては道州制やる気十分ですよというようなおっしゃりようであったわけでございますが、今県知事として一生懸命、本当に気付かせ屋みたいなこともおっしゃりながら取り組んでいるとともに、やはり国全体の形にも影響はあるわけでございますけれども、東国原参考人としては道州制に対してはどのようなスタンスでおいでになるのか、お示しをいただきたいと思います。
  31. 東国原英夫

    参考人東国原英夫君) ありがとうございます。  先ほど来議論になっています地方分権という流れ、国から権限や財源、あるいは細かいことを言うと義務付けや枠付けを地方に移譲するとなりますと、受皿として、例えば具体的に言うと河川道路港湾あるいは農地等々を権限、財源、義務付け・枠付け等々を移管されますと、これは市町村単位ではとても受けられません。県単位でも非常に厳しい部分も出てきます。例えば、国道や河川というのは他府県にまたがっておりますので。そういった権限移譲の受皿としては、やはり広域連合、広域自治体、あるいは都道府県合併、そういったものがイメージされます。あるいは、行政機関の共同設置や密な連携、こういったものを進めていきますと、それらが深化したところに恐らく道州制あるいは連邦制といった議論になっていくんではないかなと思います。  枠を最初から決めるのではなく、地域住民の方たちが財源、権限、あるいは幾多のそういった義務付け・枠付け等を移管されるときに、地方がやりやすいような行政体というのを構築していった結果、より広域的なものになっていくんではないかと。それが先ほど御指摘の道州制であるとか広域自治体、連合といった形になっていかざるを得ない、それが地方分権化の流れだと私は考えております。
  32. 魚住裕一郎

    魚住裕一郎君 続きまして熊谷参考人にお願いをしたいのでございますが。  先ほど全国の議員の数のお話されておりました。ただ、参考人御自身、市議会議員の御出身でございますが、要するに地方分権とか地域主権とかいった場合、権限とか財源がやっぱりポイントになるわけであって、それに対する首長さんなりが、またやっぱり議会のチェック機能が非常に大事じゃないのかと。  そして、熊谷参考人自身、前市長の不祥事というか収賄事件で、こんな事態の中で選挙になってこられたわけでございますし、また夕張の件もあって、先ほど早期健全化という話も出てきましたけれども、やはり一方で、議会もしっかりしたもので議長と本来的には共同して地域を盛り上げていくというのが必要かと思っているわけでございますが、今般、地方議員数の定数の上限みたいな部分を削りますよみたいな形になっているわけでございますが、熊谷参考人としてはこの議会のチェック機能、御自身が市議会議員であったことも含めまして、その強化という観点についてどのようにお考えでございましょうか。
  33. 熊谷俊人

    参考人熊谷俊人君) 御質問いただき、ありがとうございます。  まさに、私もつい前まで地方議員をやっておりましたので、この地方議会のチェックの役割というのは非常に重要だというふうに思っています。  地方議会の役割が大きく私は変化してきていると思っていまして、今までは大きな経済成長の中で予算がどんどん増えていくと。その増えていくパイというものをどういうふうに分け与えるかというところで地方議員の役割があったと思うんですね。なので、どちらかというと、そういう利益団体とか地域代表の人たちが多くやってきて、ここにそういう橋を造るべきだという、それは私は今までの時代の流れとしては決して間違っていなかったんだというふうに思います。ただ、これからの時代というのはどこも大体予算というのは大きく増えていきませんので、そういう意味においては、新たな行政需要に対応するためには、今までの事務事業をどういうふうに削ったり、無駄を削減していくかということが非常に役割として重要になってくると思います。  ですので、確かに今までは、どちらかというとそういうチェック機能としての地方議会の役割というのは余り強くなかったかと思いますけれども、これからの時代の中の地方議会の役割というのは、そういうチェック機能がどうしても強くならざるを得ない。私はそういうふうな方がどんどん選ばれてくると思います。特に、我々、私も含めて、最近の当選される議員の傾向というのはどちらかというとそういう傾向がやはり強うございますので、私は十分に今後はそういうチェック機能の強化が地方議会においてどんどんなされていくんじゃないかというふうに見ております。
  34. 魚住裕一郎

    魚住裕一郎君 昔の名望政治家ではなくて、かなり専門性を持った者でなきゃいけないなと私も考えております。  時間が来ました。八木先生、時間がなくなって大変恐縮でございます。ありがとうございました。
  35. 山下芳生

    山下芳生君 日本共産党山下芳生です。  東国原知事にまず伺いたいと思います。  先ほどの御答弁の中で、地方分権地域主権を進めて権限、財源を地方に移管するとなると受皿が必要だ、それは現在の市町村単位ではなかなか難しいと、どうしても広域化、合併、あるいは県単位での合併などなど、そして道州制と。  そういうことになりますと、私、非常に心配しますのは、地域主権地方分権といって地域住民により様々な行政サービスが行き届くようなイメージが一方でありながら、広域化や合併が更に進むとなりますと、この間、平成の大合併でいろんなところへ行きますけれども、例えば中山間地の役場がなくなって大変目配りがなくなったと。また、そういうふうに合併しないで頑張っているところは、過疎の村であっても、その地域資源を生かしてどうやって地域が維持できるか、子供が産み育てられるか、そこで一生懸命役場の職員さん中心になって住民と知恵と力を合わせて頑張っていると。  それが、地方分権地域主権が進めばそういう機能が崩れていくということが必然であるとすると、これは非常に危惧するんですが、その辺り、どうこの矛盾をお考えでしょうか。
  36. 東国原英夫

    参考人東国原英夫君) ありがとうございます。  九三年に衆参両議院決議がありまして、地方分権を推進していくと。二〇〇〇年から地方分権一括法施行されまして、機関委任事務等が法定受託事務になる、そういった流れの中で地方分権というものは進められてきた。これは、国の行財政改革の一つでもあったと私は思うんですね。国もスリム化しなきゃいけない、効率化しなきゃいけない、地方もそうしてください。  また、今後、少子高齢、人口減の中で地方行政はどういった形を取るべきなのか。また、市町村の枠というのが、アバウト百年ぐらい前のまだ交通あるいはインフラとかそういったものが十分でなかったときの線引きですね。それが大分スピード化されて、あるいはIT化されて交流というものが広域でなされるようになってきた、あるいは行政サービスが広域になってきたということでの合併だったと思うんです。  ただ、あの合併に関しては評価が分かれるところで、またその検証というのはまだ尚早かなと思っております。合併した方がよかったのか、しない方がよかったのかという検証は今後また継続されていかなければいけないと。  御指摘のように、合併してしまうと役場が遠くなったり、あるいは水道料金等々が高いところに設定されたりとか、様々な不便、あるいは、役場が合併されたことによって、今まで身近な人間が役場にいたのに、中央から来ますからどうも実情を知らない人たちが役場にいるとか、親近感がないとか、そういう不安感というのはあると思うんですが、今後ますます少子高齢、人口減、あるいはサービスの広域化が進みますと、スケールメリットというのをやはり重要視するべきではないかなと、これが一つです。  そして、それと、地方分権化の中で権限や財源が移譲されますと、やはりある程度の財政規模、自治体規模を持っていないと政策立案能力とかあるいはチェック機能とかいうものが非常に減退するという危惧もありますので、ある程度の自治体規模というのは必要だと思っております、これは分権化の中でですね。  その近接性、一番住民に近い住民サービスは住民の一番近いところで意思決定されてサービス給付がされるんだということを基本に考えますと、基礎自治体の役割というのは非常に重要になってくる。行財政改革をやると同時に、これは矛盾しているんですけれども、やると同時に、住民サービスの質は落とさないように、かつ改革をしていかなきゃいけないという今の非常に難しい現状です。それは全体、国もそうですが、地方もパイがこれ以上伸びづらい、パイが、今までよりは成長が余り望めない中で、あるいは住民サービスというものが質が変わってくる中で行われなきゃいけない行政体の改革だと思っております。  ですから、結論を申しますと、合併はどうも上からの指示、命令で行われた嫌いがある。我々は、県としては、自主的にしてください、地域住民の方に自主的にお願いしますと言ったんですが、地域は、それはもう右往左往、もめたり、禍根を残したりもしているところもあります、実際。ですから、これが良かったか悪かったかというのは、一概には現時点では言えない。  ただ、してしまいましたから、今後離れるわけにはいかないので、この合併を有意義なものにするためには、地域住民の方たちが、自分たちの町づくり、地域づくり、社会づくりは自分たちでどうやるんだということを考える契機にしていただいて、この合併をより良いものにしていく方向で我々自治体は考えていかないと、これを後ろ向きに考えて、やっぱり失敗だったね、どうしようでは、もうあり得ない。ですから、このスケールメリット、そして地域住民の意識を醸成する、自治体に対する意識を醸成するというポジティブな考え方で私は自治体運営をやっていくべきじゃないかなと考えておるところです。
  37. 山下芳生

    山下芳生君 ありがとうございました。  地域主権改革の名によって権限、財源が移譲されるという、これは言わば、そういう国で大方針を決めたら地方がその受皿にならんがために合併せざるを得ないと、これもやっぱり形を変えた上からの合併の押し付けになりかねない、そうなってはまずいなというふうに私はちょっと感じているんです。  長谷部参考人に伺いたいと思います。  先生は、第二十八次地方制度調査会の委員でもございました。そのとき道州制の在り方について答申をされておりますけれども、地方分権改革とか地域主権改革を進めていけばおのずと道州制の導入に向かわざるを得ないのかどうか、その辺り、いかがでしょうか。
  38. 長谷部恭男

    参考人長谷部恭男君) どうもありがとうございました。  道州制に向かうことが論理必然であるとまで私は考えておりません。地方分権の枠、規模がいかなるものであるかということは先ほどの魚住先生へのお答えとも重なるところがございますけれども、まずは当該地域の人々が、この規模のものであるべきだという何らかの文化的なあるいは社会的な認識というものが共有されている必要がやはりあるだろうと思いますし、それが単に共有されているというだけではなくて、やはり的確な認識である必要があると思います。  ですから、道州制というものが適切な地方分権の規模であるという答えを出すためには、本当にそういった社会的な認識が共有されているのか、そしてそういった社会的な認識というのは本当に的確なものであるのかというところの判断がまずは必要になってくるだろうと考えております。
  39. 山下芳生

    山下芳生君 ありがとうございます。  続きまして、引き続き長谷部参考人に伺いたいと思います。  地域主権改革一括法では、義務付け・枠付けの見直しの第一弾として、これまで国が定めていた児童福祉施設の最低基準をなくして都道府県条例委任するとなっております。児童福祉法に基づいて厚生労働大臣が定めていた最低基準というのは、私は憲法二十五条で規定された健康文化的な最低限度の生活と同一の思想ではないかと考えますが、先生の御所見はいかがでしょうか。
  40. 長谷部恭男

    ○参考人(長谷部恭男君) どうもありがとうございます。  確かに理念の点では関連をしている事柄であろうかと思いますが、これまた御案内のとおり、憲法二十五条で言っているところの健康で文化的な最低限度の生活というものにつきましては、少なくとも従来の判例等のオーソドックスな考え方でございますと、その判断にもある程度の幅があり得ると。仮に、ここがそういった最低の基準であるということがある程度まではっきりするといたしましても、それを実現する手段としては実は様々な手段があり得るのであるということだと思います。  そういった従来のオーソドックスな考え方を前提とする限りでは、必ずしも中央政府が一律に基準を、これこそがそれであるという唯一の基準を定めなければ憲法とそごを来すということには必ずしもならないのではないかというふうに考えております。
  41. 山下芳生

    ○山下芳生君 東国原知事にまた伺いたいと思いますけれども、レジュメの中に、国は本来やるべき仕事に特化すべきだと。先ほどのお話の中では、その特化すべき仕事というのは、外交、防衛、金融、経済ということをおっしゃいました。私は、あれっと思ったんですけれども。  例えば子供について、やっぱり子供というのはまさに国の未来だと思うんです。その子供が、たとえ東京で生まれ育っている子供であろうと、大阪であろうと宮崎であろうと、健やかに成長、発達することをやはりこの国として社会として保障していくというのはすごく大事なことであって、今の最低基準というのは私は最低であって、保育所の面積とか人員の配置基準というのは外国と比べたら物すごく低いですよね。これはまさに最低基準です。地方がそれにもっと創意工夫して上乗せするとか、もっといい環境を提供するために努力するとか、そういうことは今でもできるんですが、国がそれをなくして全部地方に丸投げしますよというのでは、逆に国の責任がなくなってしまうんじゃないかと。  国は国として、最低ここは国としてどの地域の子供たちにも保障する、その上で地方がまた創意工夫してより良いものを、地域に合った環境を提供するというふうに両方ないとまずいんじゃないかなというふうに感じるんですが、知事、いかがでしょうか。
  42. 東国原英夫

    ○参考人(東国原英夫君) 教育の問題というのは非常に難しいと思います。御指摘のように、そのバランスというのは非常に重要かと思います。  分権化の中で教育をどう考えるか。例えば、これぐらいの基準、学習要領でもいいですが、これぐらいの学力、体力あるいは創造力、応用力の基準を設けて、これは最低、ナショナルミニマムですね、これを基準を決めるのは国だと私は思っています。ただ、そこにどう強化していく、色づけしていく、あるいは肉付けしていくかというのは地方の自治体の仕事だと。特に小中学生は基礎自治体の教育の在り方というのが非常に色濃く反映されます。  この国が一番これからやらなきゃいけないことは教育の強化です。二番じゃいけないんですよ。一番であるべきだと思う。少なくとも僕は一番を目指すべきだと思います。この国家が第一に教育を掲げ、そして人的資源、人材の育成を掲げ、産業の育成を掲げていかなきゃいけないと思うんですね。指針で申しますと、国が最低限を指針を出して、それに地方地方の独自色を出していくというのは地方にお任せするというような役割分担と、税財源、またこれもそうですが、交付税等のやり取りもそれをもってしなければいけないと思います。  どうも国は地方を疑っている節がありまして、地方に任したら地方、本当に統一化できるのか。例えば、三位一体改革のときの国庫補助金の問題がありましたですね、義務教育の。あのとき、地方が統一化できなかったんですね、意見を。ほら見たことかと、やっぱり国がやらなきゃいけないじゃないかという話になったんです。あの状態は良くないと思うんですね。  だから、地方も受皿をきちっとして、地方も理念を持って、特に教育なんかには理念を持って、競争することによって全体の、国レベルの教育レベルあるいは水準を上げていくというような政策を是非お願いしたいと。地方も教育に関しては責任を持たなきゃいけないと思いますので、そのバランス感覚はお互い国と地方の協議の場で話し合えるような、そういった体制をつくっていただきたい、そう思います。
  43. 山下芳生

    山下芳生君 終わります。
  44. 又市征治

    又市征治君 社民党の又市です。  今日は四人の参考人の先生方、どうもありがとうございます。私が最後ですが、まず初めに、長谷部、八木両先生にお伺いをしておきたいと思います。  既に当委員会でも指摘をされているんですが、今回の地域主権改革のための関係法律整備法によって、保育などにおいて国の定めている最低基準が撤廃されるのではないか、その結果、よほど補助金でも強化しない限り自治体財政難を理由にそうしたナショナルミニマムをどんどん切り下げて、あるいは地域主権の名の下に劣悪なサービスになっていくのではないのか、こういう懸念とか危惧があちこち出されております。  一方では、そのようなサービスを低下させた首長というのは住民から批判が高まって淘汰されるんだという、こういう主張もあるんですが、しかし、そうなるまでには時間の差があるわけでありまして、その間に当事者たる子供高齢者やあるいは障害者というのは損害を受ける、被害を受ける、場合によっては命が危険にさらされるということさえもないとは言えない。それを事前に防ぐシステムとして国の最低基準というのが文字どおりナショナルミニマムとしても意義があるだろうと、こう思うんですが、この国の基準財政措置の低下を契機としたこういう自治体サービスの切下げというのは、ほかにも就学援助の切下げであるとか消費者相談員の配置などでもこれはあったわけです。子ども手当に伴って不要となる旧児童手当自治体負担分について何に使うべきかと、こういう問題も生じてきます。  つまり、ナショナルミニマムによる縛りの度合いとそれを下回る自治体の独自基準が自治あるいは地域主権という名で許されるのかどうか、これは自明のことだろうと思いますが、お二方、先生方から御意見を伺っておきたいと思います。  長谷部先生、どうぞ。
  45. 長谷部恭男

    参考人長谷部恭男君) どうもありがとうございました。  先ほどのお答えと若干重なるところがあるかと存じますが、少なくとも憲法との関係で申しますと、たとえナショナルミニマムというものが想定できるといたしましても、それについてはやはりかなりの判断の幅があり得るというのがもう少なくとも従来のオーソドックスな物の考え方でございましたし、かつ、そういったある程度の幅の中でそのミニマム、スタンダードなものが考えられるといたしましても、それをどのような手法で、どのような手順で実現をしていくかについてはいろいろな裁量の幅があり得るというのが、これがやはり従来の伝統的な物の考え方であったかと存じます。  そういった物の考え方を前提といたしますと、その一定の枠の、ある程度のスタンダードを想定をした上で、具体的な基準については各地方公共団体に任せると。そのことによってその地域の住民の方々の意向や考え方というものを反映させていくというのは一つあり得る考え方でございまして、私、憲法が専門ですので憲法からどうなのかということで申しますと、少なくとも直ちに憲法との関係でそごを生ずるものではないというふうに理解をしております。
  46. 八木秀次

    参考人八木秀次君) ここでは、私の意見を述べるというよりも、先ほど最初の十五分間の中で使いました資料の中に、四ページ目でありますけれども、私が勉強させていただいた原田尚彦先生の本の中で、これを引用している部分でありますが、中央政府地方政府対等並存論はいささかとっぴなイデオロギー的憲法解釈と言わざるを得ないと。最後であります。我々は、観念論に惑わされることなく、地方行政の実体を熟視し、日常的な実践を通じ憲法の枠内で地方自治の本旨に即した地方制度の形成、運用に努めていかなければならないと。私はこれに尽きていると思います。  地域主権という言葉がここで言うその観念論であり、これによって逆に国民生活に不都合が生じるということがあるならば、それはその立場に立つべきではないというふうに考えております。
  47. 又市征治

    又市征治君 それでは次に、熊谷、東国原参考人にお伺いをしたいと思います。  法案にある国と地方との協議の場というのが以前から必要が叫ばれてまいりまして、当然のことなんですが、現実には、分権推進委員会解散後、国によって逆の立法措置が進められてきたという、こういう批判が実はあります。  例えば、早稲田大学の佐藤英善教授の調べによりますと、地方分権一括法成立後、初心を忘れたかのような法令の改正が平然と行われていると、こう言って旧法時代の機関委任事務、現行の法定受託事務を挙げておられるわけですが、当初百九十二本の法律があったけれども、その後三十六本増加して、十二、三本廃止されたが、差引き二十三本増加している、地方分権推進計画に掲げられたメルクマールに照らしてその可否を検討すべきであり、また地方と協議が行われてしかるべきであった、こう述べられているわけですが、端的な例でいえば、定額給付金なんかのああいうのもみんな法定受託事務で、仕事が増えていったわけですよね。そういうものが随分増えたと。  佐藤教授が言っておられるのは、地方分権推進委員会解散後、自治拡充の観点から監視やチェックを行う制度的な体制を講じてこなかったことにあるのではないのかということで、今回はそれをむしろこの機会に法定をすべきだ、こういう御意見のようですけれども、こうした法定受託事務など、地域主権と言いながら、一方でこうやって法律がどんどん増えてくる、こういう問題について自治の現場においでになるお二方からそれぞれお伺いをしたいと思います。
  48. 熊谷俊人

    参考人熊谷俊人君) 確かに、そういう意味では、分権と言っているその一方で新たに分権に逆行するようなものが生まれているのも一つの事実だと思います。  今回、この国と地方の協議の場が一体どこまでの役割担うのかというのは本当にまだ分からないと思うんですね、全員が。この運用の中で一体どれだけ不断のチェック機能がここで果たされるのかということについて、これは、そうはいいながらも前向きに評価すべき方向性ですから我々も当然賛同するわけですけれども、それが結局、先ほどおっしゃったような問題点が事前に協議されるのかどうなのかに私は尽きてくると思うんですね。  私が冒頭の陳述のときに参議院の中に地方首長の兼務を認めたらどうだという話をしたのは、結局のところは、国と地方の協議の場においても不十分な事例が出るのではないかという懸念がどうしても地方側にはあるんですね。ですので、参議院なりまさに法案を審議するそこに常時地方の声を発出することができ、また国民なり、衆議院もそういう声をダイレクトに受けながら法案の審議をリアルタイムにできるような仕組みの方が望ましいのではないかという観点から申し上げました。  ですので、おっしゃったような指摘は、まさにこの国と地方の協議の場がどのような役割を果たすのかに大いに関係してくる話だというふうに私は思っています。
  49. 東国原英夫

    参考人東国原英夫君) ありがとうございます。  これはもう地方の、僕は知事職を仰せ付かっていますので、全国知事会、これはもう十数年前からこういう地方と国の協議の場のリクエストはしていたわけでありまして、それに準じて前政権下でも国と地方の協議の場というのはありました。それが、法的担保というのが今回されるのではないかということでありますが。  先ほどちょっと申しましたけれども、地方六団体といっても、この意思統一化、合意形成というのは非常に難しい中、あるいは同じ全国知事会の中でも、都市部の都道府県といわゆる人口減あるいは財政的な弱体化した自治体地方公共団体とは意見がなかなか一致できない、合意形成ができないという状況の中で、どういった協議の場になっていくのかというのが非常に私は懸念されております。  一つは法的担保がないということ。そして、尊重義務が課せられたんですが、総理大臣に対しては尊重義務が課せられていない、参加議員だけということでありますので、その辺も法的にはもう一つ不備ではないかなと。本当に地方の意見というのが聞いていただけるのか。例えば今回の子ども手当の問題でしたね。子ども手当児童手当をそのまま続けるかどうかというのは、勝手にもう国に決められた、地方が発言も何もできなかったという、ああいったことが今後是正されることを期待します。  そして、機関委任事務ですが、法定受託事務になったんですが、それが地方議会では議決事件になってないんですね。そういったこともありまして、まだまだ地方議会に対する、国と地方というのは対等でもないですし、権限が移譲、法的に言えばですね、されているのではないと。  ただ、我々自治体としては、地方議会地方分権の中で非常に重要な、つまり市民から直接選挙で選ばれていますから、市民代表として議会が非常に果たす役割が今後重要になってくると思いますので、そういったものを踏まえながら法体制、法整備の仕方あるいは地方議会の在り方を考えていかなきゃいけないと付け加えておきます。  以上です。
  50. 又市征治

    又市征治君 ありがとうございました。  今問題になりましたこの国と地方との協議機関の問題、今度の法案の第三条で、地方行政財政、税制その他に関する重要事項について協議すると、こうなっているわけですが、今おっしゃったように、幾つか明確でないということがあります。  私も、実はここ数回この総務委員会で、この協議のテーマとして、地方財政の分野では最低限地方交付税地方財政計画を対象にすべきだ、これは協議の場できちっとそれを上げるべきだと、こんなふうに主張をしてまいりました。  その理由は首長さんならもう御推察だと思いますけれども、地方交付税は昔から需要算定の不透明さが指摘をされて、特に近年五兆円も削られるという、こういう事態があって、予算が組めないという悲鳴を上げる自治体が続出したわけですよね。また、交付税削減とこれは表裏一体を成すわけですが、国が地方財政計画において地方歳出をピークから九兆円も切り下げる。自治体はそれに縛られてどんどん財政規模を縮減をさせてきたという、こういう流れにあります。  こうした旧政権の政策地方経済社会の疲弊を生んだというのは明らかなわけでありまして、そこで今、この国と地方の協議機関を設けるのであれば、地方交付税基本と地財計画の基本は最低限協議機関においては合意すべき中身なんだと、こういうふうに求めていくべきではないか、あるいは我々もそのことを法定すべきじゃないかと、こう思うんですが、その点についてお二方の御意見をお伺いしたいと思います。
  51. 東国原英夫

    参考人東国原英夫君) 御指摘のとおりだと思います。地方交付税は、財源確保、特に我々財政的に基盤の脆弱なところ、あるいは市町村等にとっては、交付税の財源確保と調整機能というのは非常に重要です。ですから、私は交付税は地方共有財産として共有税といったものにするべきだということを申し上げたんであって、これを強化していくために国の、結局は交付税というのはその時々の政権で決まっていくものなんですね、ですから、これは慎重に地方の意見を聞いて、真摯な話合い等々がなされなきゃいけないと私も考えております。  それと、地財計画も同じくそうです。地財計画の総枠を決めるときに、もうその段階から協議の場、俎上にのせるべきだと。ほかにも、地方消費税あるいは法定率の見直し、交付税だったら特別交付税、特に、の在り方、そのシステム、そういったものはこの地方と国の協議の場できちんと議論されなければいけないと思っております。
  52. 熊谷俊人

    参考人熊谷俊人君) 私も、まさにこここそが議論の対象にならなければならないというふうに思っています。  やはり、我々が財政運営をしていく中において、地方交付税及び地方財政計画がどうであるかというのはもう死活問題でありますので、特に、我々は最近複数年度の中での財政計画というのを中期的な中でやっていかなければならない時代になっている中で、この地方交付税地方財政計画という一番重要なところがどうなるか毎年分からないということで、いつもいつもぎりぎりになってこうですと言われて、そこの中での組替えなりを毎回毎回やっていかなければならない。これは非常に問題ではないかというふうに思っていますので、私はこういう場で、いずれにしても複数年度において地方財政計画の枠を決めていくことをしない限り、やはり最後はしわ寄せが地方に来ちゃうということになると思いますので、おっしゃったとおり、ここは十分な議論が私はなされるべきだと思っています。
  53. 又市征治

    又市征治君 四人の先生方、どうもありがとうございました。  終わります。
  54. 佐藤泰介

    ○委員長(佐藤泰介君) 参考人に対する質疑はこの程度といたします。  参考人の方々には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。委員会代表して厚くお礼を申し上げます。(拍手)  次回は明十六日金曜日午後一時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。    午後零時十五分散会