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1993-06-02 第126回国会 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 3号 公式Web版

  1. 平成五年六月二日(水曜日)    午前十時二十四分開会     ―――――――――――――   出席者は左のとおり。     委員長         大浜 方栄君     理 事                 板垣  正君                 坪井 一宇君                 三石 久江君                 風間  昶君     委 員                 伊江 朝雄君                 大木  浩君                 佐藤 泰三君                 柳川 覺治君                 喜岡  淳君                 北村 哲男君                 菅野 久光君                 鈴木 和美君                 肥田美代子君                 高桑 栄松君                 井上  計君                 市川 正一君                 池田  治君                 喜屋武眞榮君    国務大臣        国 務 大 臣        (北海道開発庁        長官)        (沖縄開発庁長        官)       北  修二君    政府委員        北方対策本部審        議官       上村 知昭君        沖縄開発庁総務        局長       永山 喜緑君        沖縄開発庁振興        局長       渡辺  明君        外務省アジア局        長        池田  維君        外務省北米局長  佐藤 行雄君        外務省欧亜局長  野村 一成君    事務局側        第一特別調査室        長        下田 和夫君    説明員        防衛施設施設        部施設取得第一        課長       小浜 貞勝君        厚生省年金局年        金課長      中村 秀一君        運輸省航空局監        理部国際航空課        長        藤野 公孝君        海上保安庁警備        救難部警備第二        課長       陶山 高志君     ―――――――――――――   本日の会議に付した案件 ○沖縄及び北方問題に関しての対策樹立に関する  調査  (八重山地域におけるマラリア問題に関する件  )  (第四十四回全国植樹祭に関する件)  (東シナ海における沖縄の漁船等への発砲事件  に関する件)  (北方領土隣接地域振興に関する件)  (北方領土とのビザなし相互交流に関する件)  (対日医療支援に関する件)  (サハリンとの定期航空路開設に関する件)  (厚生年金格差是正問題に関する件)  (戦時遭難船舶問題に関する件)  (米軍嘉手納弾薬庫隣接の残地補償に関する件  )  (つぶれ地問題に関する件)  (沖縄の農業振興に関する件)  (県道一〇四号越え射撃訓練に関する件)     ―――――――――――――
  2. 大浜方栄

    ○委員長(大浜方栄君) ただいまから沖縄及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。  沖縄及び北方問題に関しての対策樹立に関する調査を議題とし、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。
  3. 肥田美代子

    ○肥田美代子君 私は、真珠湾攻撃の年に生まれまして、終戦のときは四歳でございました。戦争の恐ろしさについてはほとんど記憶のないまま大人になりました。恥ずかしいことですが、私たち本土の人間には想像だにできない地獄絵が沖縄で展開されたことすらまるで他人ごとのように単に知識としてだけ持っておりまして、それ以上の強い関心を示すこともなく過ごしてまいりました。しかし、今二十一世紀まであと数年を残すときになって、私たちの世紀のツケを後世に残すことだけは避けなければならない、そう強く思う者の一人でございます。  そこで、今なお解決されていない沖縄の厚生年金の格差是正問題、それから八重山のマラリア問題は私たち国民一人一人が自分のこととして考えなければならない大きな、そして何よりも急がなければならないテーマだと思うわけです。きょうは限られた時間を私はマラリア問題に限って取り上げさせていただきたいと思います。  そこで、お尋ねします。八重山のマラリア問題については、今さらここで私が申し上げるまでもなく、我が党の上原議員を初め多くの先輩方が繰り返し委員会で質問されており、その概要については周知いたしているところでございます。  昨年二月、三省庁によるマラリア問題連絡会議が設置され、この懸案のテーマもいよいよ動き出すかと大きな期待を寄せたわけでございますが、改めてこの連絡会議の設立の趣旨、それから審議の経過、今後の予定などについてお尋ねしたいと思います。
  4. 永山喜緑

    ○政府委員(永山喜緑君) お答えいたします。  マラリア連絡会議は、総理府それから厚生省、これらと御相談いたしまして、昨年の二月二十五日に、さきの大戦時における沖縄県八重山地域のマラリア問題について情報の連絡、意見の交換等を行うことを目的として設置されたものでございます。  この連絡会議は、昨年四月に第一回の会議を開催して以来、本年二月までに計四回ほど開催してございます。昨年九月の第三回会議では、県が行いましたマラリア犠牲者の実態調査結果、こういったものの概要について沖縄県から聴取をいたしました。また、本年二月の第四回会議では、関係省庁でこの調査結果について意見交換等を行ったところでございます。  この問題は非常に難しい問題ではございますが、当庁といたしましては、沖縄県が行った調査結果を踏まえ、引き続きこの連絡会議において意見交換を行う、あわせて今後沖縄県からさらに事情聴取を行うことを予定しているところでございます。
  5. 肥田美代子

    ○肥田美代子君 一年の間に四回というのは、私は甚だ少ないと思うんですけれど、この会議の行方を遺族の方たちはじっと見守っていらっしゃる。そういうお気持ちを考えますと、一年に四回、一生懸命なさっていらしたことは認めておりますけれども、やはり少ないんじゃないかと思います。  その会議の内容については沖縄県の方々に逐一報告していただいておりますでしょうか。
  6. 永山喜緑

    ○政府委員(永山喜緑君) 先ほど申し上げましたように四回ほどやったわけですが、沖縄県から聴取しましたマラリア犠牲者の実態調査結果、これについてはいろいろな意見、考え方等が中に入っておりまして、またマラリアによって死亡した時期あるいはどの地域がとか、あるいは軍命によるものとかよらないものとか、いろんな要素が複雑に入り組んでおります。こういったものについて関係省庁で検討、分析し、連絡会議として疑問点を抽出して、それを県に回答をお願いする、こういうような段階で鋭意やっているところでございます。
  7. 肥田美代子

    ○肥田美代子君 お願いでございますが、本当に皆さん心配していらっしゃいますので、皆さんの心を思うならば、逐次そういうことを報告していただきたいと思うわけです。  それから、今会議の概要についてお話しいただきましたけれども、その中で県から報告書が参っているということも伺いました。確かに膨大なものだということも漏れ聞いておりますけれど、その内容についてここで簡潔に、それから正確に御説明いただければありがたいと思います。
  8. 永山喜緑

    ○政府委員(永山喜緑君) お答えいたします。  先生御指摘のように大変複雑で難しい問題ですが、昨年九月の第三回マラリア連絡会議で、沖縄県が行ったマラリア犠牲者の実態調査結果、これらについての概要を聴取したことは先ほど申し上げたとおりでございます。この沖縄県の調査結果報告は、概略以下のようなものでございます。  簡単に御説明したいと思いますが、一つは、戦時中それから戦後に八重山地域においてマラリアが集中的に発生し、そのために三千余名の住民が死亡したと。それから二点目は、集団的なマラリア罹患の第一の原因はマラリア有病地帯への強制退去と長期滞在にあったこと。それから三点目は、八重山住民が有病地域への退去命令に応じたのは軍民一体の精神に基づく作戦協力の一環であったと見るべきであること。以上のことから、これらの八重山地域のマラリアによる死亡者は戦地における戦闘協力者の戦病死者と見るべきで、その遺族に対する行政措置が講じられるべきであること等の内容になってございます。
  9. 肥田美代子

    ○肥田美代子君 伺っておりますと、これはやはり国の責任においてきちんと処置すべきことだと私は信じておりますけれど、これまで国は一度も調査をされなかったですよね。どうですか、まず結論ありきというんじゃなくて、県がやっているからというんじゃなくて、国もやはりきちんとした調査をなさるべきじゃないかと私は思うんですけれど、いかがでしょうか。
  10. 永山喜緑

    ○政府委員(永山喜緑君) お答えします。  先生御指摘のように、国もやるべきではないかという御議論もございます。ただ、先ほど来申し上げておりますように大変中身が複雑多岐にわたる内容になってございまして、これまで沖縄県が種々の角度から数多くの資料に当たり、調査を実施してきております。また、死亡者の遺族等を対象としたアンケート調査、これも実施してございます。これらの調査結果について、沖縄県から事情を聞きながら関係省庁の連絡会議において意見交換を鋭意やっているところでございます。目下のところ政府として調査をする考えは持っていないところでございます。ただ、さきの大戦時に八重山地域においてこのようなマラリアが流行し、多数の方々が犠牲になられたことに対し心の痛む思いをしながら検討しているところでございます。
  11. 肥田美代子

    ○肥田美代子君 やはりせめて証人の方々が生きていらっしゃるときに現地に足を運び、本当に現地の生の声を聞いていただくことが私は今とても大切なことだと思います。  それで、遺族会の方々が七月十二日に国に直接交渉に来られるというふうに聞いておりますけれど、いらっしゃる中で識名清さんは八十二歳です。こういう高齢の方たちが皆さんいらっしゃるわけですけれども、この方々に国はよもや冷たい対応はなさらないと私は信じておりますが、皆さんどういう対応をしていただくか、ここでお述べいただければありがたいと思います。
  12. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) ただいまのお話でございますが、マラリア犠牲者の援護会から陳情についてはまだ正式に申し入れを受けていないわけでございます。今先生からお聞きをいたしたところでございます。正式に申し入れがあれば、沖縄開発庁といたしましてはお話を伺いたい、かように存じております。
  13. 肥田美代子

    ○肥田美代子君 今、正式に申し入れがないとおっしゃいましたけれども、じゃ恐らく事務上の行き違いだと思いますが、ぜひ長官に私は生の声を一度聞いていただきたい。もう彼ら彼女たちには後はないということを私はつくづく思うわけでございますけれども、いかがでございましょうか。
  14. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) さきの大戦における八重山地域のマラリア問題については、戦後四十数年を経過いたしておるわけでございます。ただいま局長からお話し申し上げましたように、当時の状況や遺族の実態がまだ明らかでない、そういう事情にあるわけでございます。  この問題は非常に難しい問題でありまして、昨年二月、総理府あるいは沖縄開発庁及び厚生省による連絡会議を設けたところでございまして、この連絡会議で沖縄からも事情を聴取いたしまして意見交換を行っていると承知いたしております。  当庁としては、今後とも関係省庁との意見交換に努めてまいりたい、かように存じますが、ただいまのお話については正式に申し入れがあった段階で日程を勘案いたしまして判断をいたしたい。私としてはお聞きをいたしたい、かように考えておるところでございます。
  15. 肥田美代子

    ○肥田美代子君 どうぞぜひよろしくお願いいたします。  西表島では「忘勿石ハテルマシキナ」と刻まれた文字がございますけれど、これはやはり学校の校長先生がマラリアの犠牲になった子供たちとか住民たちへの本当に深い思いを込めて刻んだというふうに伺っております。  厚生省は、八重山のマラリア問題については援護法の対象とはならないと一貫しておっしゃっていらっしゃいますけれど、これで果たして私たちの戦後責任が果たせるのかなと私は疑問に思います。それで対馬丸遭難事件を思い出すわけですけれども、これもやはり援護法が適用できないというもう長い長い議論の末、ついに年金方式で遺族に償われております。私はやろうと思えばやれると思うんですね。  それで、昨年、宮澤総理は、県民への償いをもって事に当たるべきだとしながら、高い政治レベルの問題であると答えておられます。伊江長官も、その年の三月二十六日の当委員会で、政治判断の領域に入ると総理が言われたことを踏まえて、政治家としてあるいは閣僚として心に抱いていきたい、そういうふうに答えていらっしゃいます。それから北長官は、我が党の上原康助議員との会談で、援護法以外の何らかの措置を考えた方が話が進むのではと発言されたとも聞いております。  私は、この政治家たちのお言葉、大変ありがたいと思います。この発言を踏まえて、長官、今後どんなお気持ちで年老いた遺族たちが最後の力を振り絞って訴えることに対処していかれるのかお聞かせいただきたいんですが、よもやそういうことはないと思いますけれど、役人が書かれた答弁でお答えしていただきたくないんです。長官の本当の心からのお言葉でもって聞かせてください。お願いいたします。
  16. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) 先日、石垣島に行ってまいりましたし、また石垣島の市長あるいは八重山関係の町村長さんがお集まりになりまして、このマラリアの問題は大変時間がかかっておりますが、何とか解決をしてほしいとの要望があり、また総務局長が説明したような経過がある。しかし、御案内のように今各省で鋭意検討して解決しよう、こういうことでございますから、私は前向きでやはりこれには対応すべきだ、かように申し上げておるところでございます。  総理が申し上げております高度な政治的云々、その総理の気持ちは十分私も理解をするわけでございまして、ぜひこの問題については前向きで配慮しなきゃならぬ、こういうように私は決意をいたしておるところでございます。  役所の中でも皆さんにはしっかりやってくれよ、かように激励をいたしておるところでございます。よろしく御支援のほどをお願い申し上げたいと思います。
  17. 肥田美代子

    ○肥田美代子君 ありがとうございます。  今の長官の言葉、もう一度念を押させていただきますけれど、宮澤総理が高い政治レベルの問題であるとそうおっしゃったことについては、長官は全く賛成だと。しかし、じゃ長官もまた高い政治レベルの問題であるとしてやっていただくのかどうか、その込もう少しきちんとお答えくださいませんか。
  18. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) 総理と私は気持ちは同じである、こういうように理解をいたしておるわけでございます。  それじゃ、気持ちがそうならどういうように対応するのか、こういうことでございますが、それは先ほど局長からお話をされたように、総理府あるいは厚生省さらに開発庁、いろいろ担当が鋭意努力をしておるわけでございまして、法的な問題あるいはその他いろいろの問題があると思うんです。それらを解決して結論を出さなければならぬ、かように思っております。その結論を出すときに、この問題が解決できればというときには高度な政治力を発揮しなきゃならぬ。ある程度の方向が明らかにならないうちにいきなりぽんとというわけにはいきませんので、その点はしっかりやってくれ、こう申し上げておるわけでございますし、あわせてある程度の方向が出たときには総理が高度の政治判断をする、そういうことになるのではないだろうか。最善を尽くしたい、かように存じます。
  19. 肥田美代子

    ○肥田美代子君 ありがとうございます。これは私たち今生きている者一人一人の心にしっかりととめてやっていくべき問題でございますので、ぜひよろしくお願いします。  終わります。
  20. 板垣正

    ○板垣正君 私は、まず開発庁長官にお伺いいたします。  去る四月二十三日から四日間にわたりまして天皇皇后両陛下には沖縄を御訪問になり、第四十四回植樹祭の御参列ということでございましたが、それに先立って二十三日にはまず国立墓苑に御参拝になり、戦没者の霊を弔い、また平和祈念堂におきまして県下遺族の代表に対し大変優渥なるお言葉をいただき、かつ二十五日の植樹祭は、かつてあの戦禍によりまして荒れ果てたあの糸満の地区において改めて沖縄復帰二十年、この記念の意味も込めての植樹祭が行われましたことは大変意義深いことであったと思います。特に、亡き昭和天皇には、ぜひ沖縄には伺わなければ、参りたい、こういう思いを最後まで抱かれながら、ついにそのお気持ちを達することができなかった。これは沖縄県民の方々も多くその日の来るのを待っておられたのではなかろうか。そういう意味合いにおきまして、沖縄開発庁長官におかれても大変感慨深いものがあられたと思うのでございます。  このことにつきましての長官のお気持ち、あるいはそれを踏まえて今後沖縄の開発等に取り組まれるお気持ちについて承りたいと思います。
  21. 北修二

    国務大臣(北修二君) さきの大戦で県土が焦土化した沖縄において、天皇皇后両陛下をお迎えして全国植樹祭が開催されましたことはまことに意義深いことである。また、我々開発庁といたしましてはそれらの準備をいろいろしておりまして、陛下の御出席のこの植樹祭がぜひ成功されることを非常に祈念いたしておったところでございます。  そして、あの植樹祭が陛下をお迎えして盛会に開催されたわけでございます。陛下のお心がもう体じゅうにあらわれておったんではないだろうか、県民の皆さんはそれをお見受けして、あるいは陛下のお言葉を聞かれて非常に感銘深きものがあったのではないか、大成功であったと非常に喜んでおるところでございます。  また、戦没者の遺族にお言葉をかけられたほか、県内の福祉施設も視察されましたが、両陛下の沖縄に対する深い思い入れと県民の心からの歓迎とが相まって非常に実り多い御訪問であったと考えておるわけでございます。  沖縄開発庁としては非常に喜んでおる、かように御理解いただければ幸いだ、かように存じます。
  22. 板垣正

    ○板垣正君 ありがとうございました。  この深い意義を踏まえまして、今後さらなる沖縄の御発展と沖縄県民の皆様方のさらなる御精進、お幸せを心から祈念いたしたいと思うわけでございます。  次に、五月十一日の夜、尖閣列島の沖合で長崎県の漁船が国籍不明船に追跡され不法銃撃を受けた、こういう事件について、まずその概要をお伺いします。海上保安庁お見えですね。
  23. 陶山高志

    ○説明員(陶山高志君) 本年五月十一日の深夜に沖縄県の宮古島北方の公海上において発生しました第八十八大漁丸への発砲事件について、海上保安庁が第八十八大漁丸から事情聴取した結果は次のとおりでございます。  五月十一日午後十時五十四分ごろ、同船が沖縄県宮古島の北方約二百海里の公海上で魚群探査のため航走中に、約百トンぐらいの不審船にサーチライトで照射を受けながら徐々に接近されました。船間距離が約十メーターほどになったところでこれを逃れようとしまして、ジグザグ航走で航走を開始しました。同船は、この不審船に追跡されながら、午後十一時ごろ発砲を受けました。その後、断続的に発砲を受けるとともに、一時はこの不審船の乗組員が第八十八大漁丸に乗り込もうとする動きもありましたが、十二日の午前一時ごろには不審船は徐々に同船から離れていきました。  不審船の特徴については、夜間、相手船からサーチライトを照射されてよく見えなかったために詳細は不明でございます。  さらに、被害状況について調査した結果、船体に三十カ所の弾痕を確認しましたが、乗組員の生命、身体には異常はありませんでした。  本事件につきまして、海上保安庁がとりました措置は次のとおりでございます。  同日午後十時五十六分ごろ、この第八十八大漁丸の僚船でございます第一大漁丸からの事件発生情報を入手しました第十一管区海上保安本部では、配備中の巡視船二隻及び那覇航空基地から航空機一機を急行させました。十二日の午前一時三十分ごろ、航空機が第八十八大漁丸と会合し、午前三時までの間に不審船の捜索を行いましたが、不審船は発見できませんでした。巡視船二隻は、十二日の午前四時十分、午前七時ちょうどにそれぞれ現場に到着し、巡視船搭載のヘリコプターによりまして不審船の捜索を実施しましたが、同様に発見に至りませんでした。  第八十八大漁丸への発砲事件に関しまして、事実関係の調査を外交ルートを通じまして中国側に依頼したところ、中国側からは中国公船によるものではないと判断しているとの回答があった旨の連絡を受けています。
  24. 板垣正

    ○板垣正君 ただいま御報告をいただいたとおりに、公海上においてこうしたまさに海賊船もどきの振る舞いが公然と行われておる。沖縄の新聞にも報道されておりますけれども、逃げることだけで精いっぱい、恐怖を語るということで、この問題は今回だけの問題でないことは御承知のとおりであります。一昨年来六十数件でしょう、わかっているだけでも。こういう公海上において平和な漁民の生命が脅かされるような、こういう事態が反復しておるという事態は、これは容易ならざることであります。  これについて、外交当局としてはどういう態度で折衝をしておられるか伺いたい。
  25. 池田維

    ○政府委員(池田維君) お答え申し上げます。  東シナ海におきます我が国の船舶に対しますこのような発砲とか乗船等の事件につきましては、これまで外務省といたしましても、外務大臣レベルを含めまして、いろんなレベルで中国側に対して極めて強い関心と憂慮の念を示しておりまして、この問題に対する重大性を強調いたしてまいりました。そして、事件の発生のたびごとに海上保安庁と連絡をとりまして、まず中国側に事実関係の照会を行うということをやってきたわけでございます。そして、このような事件が中国側の公の船によって行われたものであるということが確認されましたときには、我が方から強い抗議の表明をいたしまして、今後の再発防止のための徹底した措置をとるようにという申し入れをしたわけでございます。  ただいま御指摘のありました五月十一日の件につきましては、まず海上保安庁からそのような連絡を受けまして、直ちに外交ルートを通じまして中国側に事実関係を照会いたしました。それに対して中国政府から、この件については海軍、税関及び公安当局で調査を行ったけれども、該当する中国の公船はいないという回答があったわけでございます。しかしながら、ただいま板垣先生が御指摘になられましたように、この二、三年来このような事件が起こっているということで、これが我が方にとって、特に漁民の方々にとって大変重大な問題であるという深刻さというものは中国側に申し入れをしてきたわけでございます。  それで、ことしの二月に、海上保安庁が中心になりまして、日中の取り締まり当局間の協議というものを行いまして、その場で今後定期的にこういったものをお互いの当局間で協議していくためのチャネルをつくるべきではないかという話し合いを行ったわけでございます。  そして先般、五月二十九日でございますが、日中の外相協議が東京で行われました。そのときに武藤外務大臣の方から、日本側が本件を非常に重視している、そして漁民の間で大変深刻な問題になっているということをるる伝えまして、迅速にこの問題を処理する必要があるということを伝えたわけでございます。それに対しまして銭其シン外相の方からは、自分たちとしてもできるだけ早くそういう当局間の協議を行いたいという対応がありました。そのときに、中国側としても最近海賊船による被害が出てきているということを言っておりました。  いずれにしましても、我が方からはできるだけ早く、今月中にその定期協議を行いたいという申し入れを武藤大臣の方から行われまして、それに対して銭其シン外相の方からはできるだけ早く開催するということに同意しますということで、具体的な日時は決まっておりませんが、今月内にも当局者間の協議を行うという運びになったわけでございます。
  26. 板垣正

    ○板垣正君 この問題は、九一年には十四件、昨年が三十四件、私のあれでは本年十六件目ですか、延べ六十四件こういう事件が起こっておりますが、今言われた中国側があれ拡中国の公船でしたと認めたのは何件ですか。
  27. 池田維

    ○政府委員(池田維君) 中国側が認めましたのは三件でございます。
  28. 板垣正

    ○板垣正君 その三件は、海上保安庁の船が努力をされて、本年の一月十四日と二月四日の二回、不審船を追っかけ回して捕まえて、明らかに中国の税関なり保安関係のいわば公船なんです。沖縄の方々が生活を脅かされながら、そういう不審船、あれは中国の船だというもうそれは周知の事実になっておったけれども、中国側はこういうことについてはナシのつぶて。海上保安庁が現場を押さえた。武装した公安員等が乗り込んで、密輸取り締まりの名目ですけれども、それで初めて認めたわけですね。一体こういう対応に中国側の誠意が感じられるか。また、我が方の姿勢に問題はないのか。  今回の場合も、海上保安庁の船は出たけれども、間に合わなくて捕まえられない。私は、やはり海上保安庁なり我が国のそういう危機管理体制に非常な不備があるのではないのか。やはりそうした際には少なくとも最大限努力をしてそういう不審船と称する船を捕まえる、こういうことがまず肝要じゃないかと思うんです。共同で密輸船、そういうものを取り締まりましょうというようななまぬるい対応では、現に既成事実化して次々とこうした事件が後を絶たない。  こういう点について、どうですか、海上保安庁は今の危機管理体制において、現場は必ず捕まえるという体制はとれますか。
  29. 陶山高志

    ○説明員(陶山高志君) 海上保安庁では、事件の発生の防止と迅速な対応を図るために巡視船及び航空機を配備して警戒に当たっています。  現時点におきます配備の状況について申し上げますと、巡視船については他の管区本部からの応援派遣を行い、ヘリコプター搭載型巡視船を含む四隻を事件発生海域に常時配備するとともに、航空機につきましては那覇及び石垣航空基地から随時哨戒に当たらせております。万一事件が発生した場合は、配備の巡視船、航空機等を現場に急行させ、日本船舶の保護、事案の調査、確認を行っております。  今後とも、引き続きましてこのような巡視船の配備体制及び航空機の哨戒体制を維持し、さらに東シナ海を通航する船舶に対しましては国旗の常時掲揚、巡視船との通信連絡の確保、漁船の集団操業等の指導を行っていく所存でございます。  また、一連の不審船による事件の背景には中国における密輸の取り締まりの強化という事情があると言われていますことから、このような不審船事件の再発を防ぐためには巡視船等の増強配備のみならず、中国において密輸取り締まりに際しては国際ルールに準拠することが徹底されること、さらに日中の取り締まり機関の連携協力体制が早急に確立されることが肝要であると考えられております。
  30. 板垣正

    ○板垣正君 長官にも最後に。  沖縄の漁民が非常に不安に駆られて、あそこにはもう行かないと。これは沖縄県だけじゃない。最近、あの近海七県の代表が、漁協の方や県の代表が関係省庁に何とか安全にやれるようにという申し入れもあったと聞いておりまするけれども、もうあそこには近づかない、東シナ海におけるいわゆる海上の権益、こうしたものに対する中国側の意図を疑うような動きが現にいろいろあるわけです。  そういう中で、やはりきちんとした我が国の国益、国民の安全を守っていかなきゃならない、そういうことにつきまして担当の長官としての御見解を承って終わりたいと思います。
  31. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) ただいま海上保安庁あるいは外務省からお話がございましたとおり、まことに重大な問題と私は大きな関心を持っておるわけでございます。  本件につきましては、沖縄開発庁といたしましてはこれまでも関係省庁と連絡をとっており、今お話がありましたとおり日中間の今後の対策について協議が行われると聞いておるわけでございます。関係省庁において所要の安全対策が図られているものと承知しておりますが、今後とも船舶の安全のため関係省庁との連絡を密にいたしまして対応していきたい。板垣委員のおっしゃるように、不安定なところで漁業を営むということはできませんので、毅然とした姿勢で対応しなければならぬ、かように考えておるところでございます。
  32. 板垣正

    ○板垣正君 よろしくお願いします。終わります。
  33. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 私は、北方領土関連のことを伺いたいと思います。  北方領土のビザなし交流が二年目を迎えまして、これを踏まえて、北海道開発庁としては北方領土隣接地域の安定振興をどのように考えているのか、北長官にお伺いしたいと思います。
  34. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) 北海道開発庁といたしましては、北方領土問題が未解決であることから、その望ましい地域社会としての発展を阻害されている北方領土の隣接地域、根室市一市と四町を安定した地域社会として形成するため、二期にわたる隣接地域安定振興計画に基づきまして諸般の政策を積極的に推進してきたところでございます。これまでも、計画を踏まえて中標津空港の滑走路延長、重要港湾の根室港の整備、標津のサーモン科学館あるいは根室の総合文化会館の整備などを促進し、隣接地域の安定振興に努めてきたところでございます。  現在、北海道知事が作成した第三期隣接地域安定振興計画案を関係省庁と協議しているところであり、間もなく、間もなくというのはもう近いということでございます。二、三日中にと、こう思いますが、この計画を承認する予定でございます。  この計画において、平成四年からこの地域を中心として行われているビザなし交流の進展など、新しい動きに対応いたしまして、新たに国際化に対応する地域づくりを掲げて根室港や検疫体制などの整備を進めているところであります。今後ともビザなし交流というか、四島との交流に万全を期してまいりたい、かように考えておるところでございます。
  35. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 そのビザなし交流は、本年は二回ずつ、日本、ロシア双方から行われておりますが、数日前の新聞によりますと、日本側というのは北海道外居住の元島民が参加をした。ロシア側の方は現島民が今度は東京にやってきたということで、東京はと言ったんだったか忘れましたが、日本はかな、夢の国だと言ったと書いていますね。そのようなことを踏まえまして、ことしの参加者の反応というものにどんな変化が見られたのか。これは総務庁に伺いたいと思います。  また、ロシア側の方は原則として集団行動をとらせているというか、集団行動であるということでありますし、また夜間外出を禁止しているというふうなやはり制限がいろいろあるようでありますけれども、相互理解ということを深めるためにはこれらの制限をもう少し緩和する、より自由な行動を保障した方がいいのではないかと思いますが、これは外務省に伺いたいと思います。
  36. 野村一成

    ○政府委員(野村一成君) 特に最初の点、ロシア側の参加者のその後の反応でございますけれども、御案内のとおり去年向こうから四回、それからこちらから三回の相互訪問がございました。基本的には、この北方四島の交流というのは、北方四島が我が国固有の領土であるという大前提、さらにはそういう大前提から、法的な枠組みをつくるにしましても我が国の立場を害さないというのが当然の大前提になっておるわけでございます。そういう中で、やはり向こうの現に住んでおるロシア住民が持っている誤解とか不安とかを解消する、あるいは日本についての理解を進めるということが長い目で見ますとやはり我が国にとっても得策であるということでございまして、私ども、訪問の終わりの段階で聴取した反応からいたしますと、今申しましたような目的は一応達成しているというふうに判断しております。  それから、行動制限の問題でございますけれども、冒頭に申しましたように、何分法的な我が国の立場を害さないということになりますと、それは若干敷衍申し上げますと、やはり我が国の固有の領土である以上は先方の官権のもとに我が国の国民が服するということがあってはならないというのが基本的な立場でございます。そういうことからいたしまして、先方との間で現実に現地で問題を起こさないということが私どもの一番の関心事でございまして、これは特に北方四島の交流についてはそういう点があるわけでございますけれども、先方とよく日程なんかにつきましても話し合った上で決めていっているというのが実態でございます。この点は相互の交流についても一般的に言える点でございます。
  37. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 なかなか国際問題というのは難しいようでありますけれども、相互理解を深めるということをひとつ積極的にまた考えて検討していただきたい、こんなふうに思います。  次に、私はロシアへの人道的援助について質問をしたいと思います。  エリツィン・ロシア大統領がたびたび訪日を延期いたしまして、今や領土問題交渉というのは五里霧中の状態に戻ったのではないかというふうに見られる状況であります。しかし、一方で我々としては日本、ロシア間の交流を通じて何らかの打開を講じていくということも必要ではないかと思うんです。私は、私の経験というのは医学的な立場という意味でございますけれども、私の経験を踏まえて二、三質問をしたいと思います。  私は、九一年の二月十一日、ちょうど一昨年でありますが、サハリン友好訪問団に参加をいたしまして、三日間ユジノサハリンスクに参りました。このときは友好議員連盟、それから北海道は知事を含めまして道関係者、それから民間団体、こういう方々が参ったわけでございます。現地視察をいたしました。それから、二つの分科会に分かれまして、一つは医療に関する分科会、これは私が日本側の座長をさせていただきました。先方はフィラコフ州副知事が相手というか、向こうの座長でございましたが、我々の方は十名、先方は三十名ということで、非常に熱意を持って分科会の話が進んだわけです。これを見て、一言にして言えば非常に医療水準が低いということがはっきり見受けられました。  そこで、要望が非常に多いのでございますけれども、一々お話しすると皆さん、なるほど、そんなところかと思われるかと思いますが、結論的にいえば適切な医療を受けられないロシア国民に対して医療の支援をするということは人道的立場でけだし当然であるという大前提が一つございます。  ところで、特に先方から強く要望されたものの一つを御紹介しますと、人工透析の機械が欲しい、サハリン全体で一台しかないというのでびっくり仰天いたしました。日本ではちょっとしたところは二台も三台も持っております。それで、最低限度二台は送ってくれ、特に小児科用をという話でございました。私も後でいろいろ調べてみましたが、値段としては数百万円の範囲で、そんなに高いものではないのでありますけれども、人工透析機を送れば全部済むというものじゃないということでありまして、簡単に説明しますと、まず一台の機械で二十人の患者さんを処理できる。一人一人、ケースケースで違うんですが、それに対応して管理をしたりいろいろなことをやっていくわけでございまして、これには高度なテクニック、技術が要るということであります。したがいまして、二十人の患者を扱うだけで、一つのチームというのはドクターが一人、看護婦三人、技師が四人、これだけが要る。しかも、この人たちにトレーニングをいたしますと、日本では技師で二年、看護婦で三年でございますが、まあレベルが違いますので、いろいろと日本の専門家に聞いてみますと、最低半年から一年のトレーニングが要る。間違うと命にかかわりますので、やっぱり半年から一年のトレーニングが要る。私は札幌に帰りましてからトレーニングの受け入れ場所を一応根回しいたしてみましたが、北大、札幌医大、旭川医大、三大学は喜んで引き受けるということでございました。北海道医師会も全面的に協力をするというふうなところまではまいりました。  ところで、今言ったように機器を送ればいいというのではなくて、スタッフのトレーニングが要る。それから連続的に部品を交換するとか溶液を取りかえていくとか、ケースケースによって内容を少しずつ変えていくということがあるようでありますので、非常に高度なテクニックと同時に溶液等々の医療部品その他の経常的、日常的な交換が要るわけでございまして、これは大変なことだなと思ったんですが、以上のようなことは報告会で私は私の立場で医療分科会の報告をいたしましたけれども、その後のことはどうなったのか、外務省、御存じでしょうか。
  38. 野村一成

    ○政府委員(野村一成君) 今、対日支援のことに言及ございましたですけれども、私どもいわゆるG7諸国等と国際協調という枠組みの中で対日支援に取り組んではおりますが、やはり領土問題を解決して平和条約を締結する、そのことによって完全な正常化を図るというのが我が国の対ロ外交の最重点課題でございますので、そのことを申し上げました上で今の御質問にお答えさせていただきたいと思います。  特に医療協力につきましては、例えば去年の十月に一億ドルの人道支援ということで実施いたしておりますけれども、その約七割が医療あるいは医薬品とか医療機器の供与ということに充てられておりますので、ロシアに対する人道支援といいます場合に医療の面における協力というのが非常に大きな立場を占めております。御指摘の人工透析装置につきましても、実は今実施しております方式がいわゆるマネタイゼーションという方式でございまして、食料品なんかを特定の店で売りまして、そこから得た基金を積み上げて、さらにそれを社会的弱者に使うという方式でございますが、その中で今現に先方の方から特に医療機器の依頼が多くございます。その中で、今申しましたマネタイゼーションの枠組みの中の売上金を例えば小児病院の人工透析機材の購入に充てるという計画が現実に出ております。  したがいまして、これは基本的には、今先生御指摘ございましたようにやはり現地のニーズに合致しているということでございますので、それを認めていくという方向で考えたいと思います。その他、いろいろな形の現地のニーズに医療の面でよく見きわめました上で適切な対処をしていくというのが基本的な考え方でございます。
  39. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 今ロシア側の要望の七割ぐらいが医療に関係があるというんで、やっぱり大変大事なことであるし、これは効果はもう歴然とわかるわけでございまして、もう文句なく感謝されるものであろうと思います。  例えばやけどのことで、ユジノサハヅシスク在住のコンスタンチン君という三歳の男の子が九〇年の八月に大やけどをして日本に参ったわけですが、これは体表面の八割がやけどだというんですから普通はだめですよね。もうだめなんですけれども、私も奇跡的に助かったなと思うんですが、札幌医大で四回皮膚移植の手術をやったようでありますけれども、とにかく助かったということはもう大変な日本の医学の技術を示したことと同時に、非常に感謝されたと思うんです。同じ十月にアレクセイ君というウラジオストク在住の五歳の坊やが新潟市の病院で同じようなやけどの治療を受けておるということであります。  北海道ではこのコンスタンチン坊やのために約一億の義援金が集まりまして、それが北海道・ロシア極東医療交流基金として現在残っている。北海道、道というのは道庁ですね。道が一千万円出したというので一億一千万円で、大ざっぱに言うと二千万円くらいが使われて、残った九千万円はそのまま基金として今残っているということで、医療交流に使おうということでございまして、私なんか大変よかったと思っております。  こういう医療援助というのは、今医薬品等の話はございましたが、問題は医薬品というよりもやっぱりテクニックの方が重要で、そうすると医療の技術交流というか研修というか、そういうことをどうしても考えなければならない。しかも、人工透析に限って言いますと、私初めてわかったんですが、透析をしている病院にはメーカー、医薬品会社が毎日のように御用聞きに、簡単に言えば御用聞きに行っているんですよ、そうしないと間に合わないということで。  そうすると、例えばサハリンを重点に考えますと、子供になぜ人工透析機を要求、要望したかというと、子供は急性腎炎を起こしやすい。その急性腎炎が急性腎不全になると尿毒症を起こす。この尿毒症で死ぬかもしれないのを、人工透析でそれを耐えているときに腎臓の機能が回復するということで、確実に死から救うことができるというので非常に重要な治療の方法でございます。  こういうことを考えますと、合目的的という言い方は悪いですけれども、極めて人道的なものであり、なおかつ非常に感謝をされる。それがいろいろな意味で、領土は直接言いたくはございませんが、そういうことでも大変それだけの影響力があると私は思うんです。  ところで、最後の質問は、コンスタンチン君がどういう形で札幌に入ったかというと、ビザがない、それからもう一つは輸送機関がございませんから、海上保安庁の航空機を使ったということで、まことに超法規的な措置でコンスタンチン君を札幌に運んだということでございますが、これを考えますと、相互交流という中でやはり海と空の航路が非常に重要である。殊に、経済交流ですとこれは海でしょうが、医療交流になりますと今言ったように緊急を要したり、あるいは毎日のように即指示を出すとか相談を受けるとか、今はファクスもありますからやろうと思えばいろいろなことができるわけですけれども、いずれにしても毎日のような交流が要るから定期航空路の開設というのがやはり必要なのではないか。これは、ことしの三月二十六日、三石久江理事の御質問で答弁が出ております。私もそれは読みましたけれども、その後どうなっているのか、その辺のことについてお伺いをして、私の質問を終わりたいと思います。
  40. 藤野公孝

    ○説明員(藤野公孝君) 先生の今お尋ねの北海道-サハリン間におきます定期航空路の開設につきましてお答え申し上げます。  北海道―サハリン間の定期航空路につきましては、昨年、平成四年十一月に行われました日本とロシアとの間の航空当局間協議におきまして、函館-ユジノサハリンスク路線を開設する、及び回路線におきましてロシア、日本双方週二便飛ばすということで合意がなされております。  しかしながら、具体的に運航することが予想されておりますロシア側におきまして、いつどのような形で何便飛ばすかといったような具体的な運航計画等が現時点においてはまだちょっと具体化しておりませんので、明確なことは現時点においては申し上げられませんけれども、一般論といたしまして、回路線を開設する場合に運航計画の具体化あるいは函館空港におきますCIQ等の体制整備、こういうことを諸般の状況を見きわめながら今後必要な諸手続を進めてまいりたい、こういうふうに考えております。
  41. 井上計

    ○井上計君 沖縄の戦後処理問題、いろいろと解決されたものもたくさんありますけれども、しかし今なおまた残っておる問題、幾つかの課題があるわけであります。  申すまでもありませんけれども、我が国でただ一つ沖縄県の人たちが地上戦闘という大変大きな被害をこうむられました。また、戦後も約二十七年間アメリカの占領下にあって大変御苦労されました。本土がこのように早く復興したその一つの大きな原因は、沖縄の人たちがアメリカの占領下で大変御苦労されたという犠牲の上にある、こういうふうな認識を従来から私は持っておるわけであります。したがって、現在残っておる戦後処理問題、いろいろありますが、それらの問題をやはり大所高所から考えて、できるだけ速やかに解決をしていかなくちゃいかぬ。従来からそのことを主張し、またお願いをしております。  そこで、一点お伺いしたいと思うのでありますが、厚生年金格差問題であります。  確かに、やむを得ぬ、無理からぬというようなこともありますけれども、しかしやはりこの沖縄の厚生年金格差問題については法の平等、公正という面からしても速やかにこれを解決、処理していかなくてはいけない、かように考えますが、現在どのようになっておるのか、どういうふうに進んでおるのか。先般来、沖縄開発庁、厚生省あるいは内閣内政審議室等が中心になって沖縄県との間でいろいろと協議をしていただいているようでありますが、現在の状況あるいは今後の見通し等について、厚生省からきょうお越しいただいていますがお答えをいただきたい、かように思います。
  42. 中村秀一

    ○説明員(中村秀一君) ただいま先生からお話のございました沖縄の厚生年金問題につきまして、背景、検討状況、今後の見通しということでございますので、お答え申し上げます。  沖縄の厚生年金につきましては、本土復帰前の昭和四十五年に沖縄の厚生年金制度がスタートいたしておりますが、本土と比較いたしますと、本土の現行の厚生年金法は昭和二十九年に全面改正さております。そういったことと比較いたしましても、加入期間が沖縄の方は相当短くなっている、こういう問題がございます。厚生年金の額の算定に当たりましては加入期間が大きな要素になりますので、この沖縄の方の加入期間が短いということは確かに沖縄の方の厚生年金の額に大きな格差があるという状況になっております。  このため、そもそも沖縄の厚生年金につきましては、昭和四十七年の本土復帰時及び平成二年におきまして格差是正のための措置を講じてきたところでございますが、まだなおその格差是正が不十分であるということで、本土復帰二十周年に当たる昨年、前からその声はあったわけですが、大変御要望が強くなされてきたと。こういうことを踏まえまして、先生からもお話がありましたように、昨年五月に内閣内政審議室、沖縄開発庁並びに厚生省から成る沖縄の厚生年金に関する諸問題についての関係省庁検討会を設置し、これには毎回沖縄県の方からも尚副知事においでいただいて政府として検討してまいったところでございます。  検討会の方では、当初、沖縄県からの御要望が物事のスタートでございましたので、沖縄県からの御要望について検討をさせていただきました。沖縄県のその際の御要望は、本土の厚生年金の全面改正が行われた昭和二十九年までさかのぼって、いわば遡及して厚生年金法の適用ができないか、こういう御要望でございました。そしてまた、事業主負担分という問題もございますが、これについては国が負担できないか、これが沖縄県の御要望の骨格でございました。  この点につきまして、その政府の検討会でまず沖縄県の御要望について検討させていただいたわけですが、年金制度というのはそもそもさかのぼって適用するということができない制度でございますというような制度上の問題。また、昭和二十九年からそれぞれの方が勤務され、毎月のお給料がどのぐらいだったのか、これが厚生年金の運営の基礎になりますけれども、そういったことが実際上その記録が保存されているか、証明が可能であるかという実務上の問題。それから、厚生年金保険料は労使折半で負担していただくのが原則でございますが、そういったことについて御要望にあるような事業主負担分について国が肩がわりするということについて合理的と考えられるかと。このようないろんな議論がございまして、この御要望をもとに制度化を展望することは大変難しい、したがって沖縄県の方におかれましても実務面や費用負担面も考慮した新たな御提案をしていただきたい、こういうことを昨年の十月に政府の検討会で整理させていただいたところでございます。  その後、沖縄県の方とは三省庁事務ベルでの協議もずっと継続してまいりまして、ことしの三月に入りまして、三月二十九日にまた政府の検討会を開かせていただいたわけですが、沖縄県の尚副知事の方から新たな御提案を出していただいております。  これは、いろいろございますが、基本的には、平成二年に特例措置を講じておりますけれども、その特例措置を講じた人の範囲を、平成二年の特例措置では昭和四十五年当時四十一歳以上の方に対して格差是正措置を講じたわけですが、その範囲をうんと拡大できないか、昭和四十五年当時二十歳以上の方に拡大できないかというような適用拡大の範囲の問題。それから、平成二年のような特例措置、さかのぼるということではなくて保険料の追納を行うというような格好で処理できないかといった問題。それから、雇用の証明、事業主負担については、これは必要になるわけでございますが、沖縄県としても現在県内で経営者協会の方々などとも打ち合わせる必要があるので、この証明の問題、これは事業主にお願いしなきゃならないわけです。それから、事業主負担の問題については県内でも引き続き検討したいということで検討中であるけれども、沖縄県のこの新しい提案をもとに検討会の方でも検討していただけないか、こういう御提案がありました。  私どもといたしましては、県みずからもおっしゃっておりますように、事業主負担の問題でございますとか雇用期間の証明の問題とか、県の方でも引き続き検討する、さらに詰める点があるということも踏まえながら県の方でも検討していただくとともに、私ども新しい提案が政府の関係省庁検討会の検討の素材になると考えまして、実務レベルも含めまして沖縄県の新たな提案、県内の御調整も進めでいただきながら、私どももこの沖縄県の新たな提案をもとに今後沖縄の厚生年金の格差是正問題について解決を図ってまいりたい、こういう方向で取り組んでおるところでございます。
  43. 井上計

    ○井上計君 鋭意御努力をいただいているということについてはかねがね確聞しておりますし、また今の御説明でよくわかりました。いろいろと問題があろうと思います。ただしかし、端的に言って、先ほども申し上げましたし、また十分御承知のようにいろんな面で大変な犠牲を払ってもらっているわけでありますから、そこのところは制度、超法規的なことでまた政治的な配慮も必要であろう、こう思います。  特に、事業主の証明等の問題、負担の問題でありますが、昭和四十四年、これは復帰二、三年前の時点で五人以上の事業所が約七千事業所あったのが平成三年の調査では二千事業所に減っておる。これは本土では全く考えられないような大変な減りようですね。本土では逆に事業所はふえています。これは復帰に伴い、また復帰後の沖縄のいわば産業界の大変な混乱と変化、変革、特に中小企業がもう圧倒的に減っているわけです。これは、本土事業所の沖縄進出ということについても中小企業の廃業が随分と多かったことは承知しておりますけれども、それらを考慮して速やかにこの問題が解決できるように格段のまた御努力をひとつ、これは厚生省だけじゃありませんで、開発庁もぜひまたお願いをいたしたい、かように思います。  先ほど高桑委員からロシアに対する人道支援の問題についていろいろとお話がありました。率直に申し上げまして、これは私個人の意見でありますけれども、あれだけ好きほうだい、勝手ほうだい、そうして大変ないわば残虐行為、横暴行為を行い、なおかつ今でも我が国の固有の領土である北方四島の返還をあのようなかたくなな態度でやっているロシアに対しても人道的な見地から支援をしなくてはいけないのか。これはわかりますけれども、そのために今度の補正予算でも四百十一億円という対日支援の予算が計上されておる。あるいはODAの海外援助についても、国際協調の面からやむを得ないけれども、随分とそういうものがされておるのに、沖縄の戦後処理についてもっと国が面倒を見てもいいではないかというのが、私個人の意見だけではなくて、これは国民的な感情としてもあると思うんです。そういう面についてもぜひ御検討、御配慮をいただきたい、こう思います。  そこで最後に、大臣がどういうお考えであるのか、今後この問題でどういう取り組みをしていただくのかお伺いしたいと思います。厚生省にはぜひひとつ沖縄県の方にいわば県の新提案等に基づいての今度は回答を出してもらって、早くこの問題が解決できるように積極的にひとつ沖縄県の方にも働きかけをしていただきたい、このことをお願いいたします。
  44. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) ただいま厚生省からお話がございましたとおりでございまして、昭和四十七年、そのときに四十一歳以上については例えば十四年で二十年と同じにします。あるいは平成二年でございましたか、そのときには五十一歳以上の人は四年で十五年と一緒にします。権利をそういうふうに計算します。こういうことに相なって二度の大改革を行ったわけでございます。その後、今お話がありました二十九年にさかのぼって、こういうお話でございました。今内部で鋭意検討をすると同時に、事業主の負担をどうするかというので沖縄県としても我々のできる範囲は何とか努力をしようということで、今県の方で鋭意努力をしていただいておるわけでございます。それらの答えが出てくるであろう、かように思っておるわけでございまして、これは前向きに対応しようじゃないか。  先日も厚生大臣と、この問題を早く解決したいかどうか、こういういろいろ話をしておるわけでございますが、来年は御案内のように再計算の年でもございますので、それらを契機に前向きで何とか解決しなきゃならぬなと、二人の話ではそういうことでやっておるわけでございまして、事務的には事務でやっておりますけれども、解決しなきゃならぬ、かように決意をいたしておるところでございます。御期待に沿い得るのではないだろうか、かように考えております。  ここまで言ってはならぬぞということになっておるんですが、ありのまま申し上げておきます。
  45. 井上計

    ○井上計君 ありがとうございました。
  46. 市川正一

    ○市川正一君 昨年の沖縄振興開発特別措置法の審議において、私もマラリア問題、年金問題などのいわゆる戦後処理問題に対して政府が解決に乗り出すべきであるということをただしました。宮澤総理並びに当時の伊江長官も沖縄県と関係省庁との連絡会議で話し合って詰めていきたい、こう答弁をなさったのでありますが、先ほど来のやりとりを伺っても、現実にはまだ進展を見ておりません。私は、長官が今決意を述べられましたけれども、誠実な取り組みと努力、同時に早期の具体的解決を改めて率直に要望いたしておきたいと思います。  同時に、戦後処理問題として年金、マラリアとともに残されている重要課題として戦時遭難船舶問題があります。戦時中、沖縄県民を乗せた多くの船が米国艦船の攻撃に遭って多数犠牲者を出しております。沖縄県の調査だけでも犠牲となった船舶の数は三十二隻に及んでおりますが、しかし軍の機密ということで戦後四十七年たった今日においても、遺族への補償措置をとっている学童疎開船のあの対馬丸問題、これを除けば事故の概要や犠牲者の名簿などその全容がほとんど未解明のままになっております。  私は、昨年の三月二十六日の本委員会でその対策を沖縄開発庁に求めましたが、総務局長は突然のことなので答弁を差し控えさせていただきたい、こう答えよりました。あれからもう一年余りたちました。どのように具体的対応をその後なさっているのか、まず伺いたいと思います。
  47. 永山喜緑

    ○政府委員(永山喜緑君) 昨年の三月二十六日のこの委員会で、先生からただいま御指摘の御質問があったということは承知してございます。戦時遭難船舶、この問題につきましては当庁といたしましてその具体的な内容は承知しておりませんが、これまでの経緯から、沖縄だけに特有の問題ではなくて全国的な問題と思われます。当庁としても、この問題の対応についてお答えできる立場にないというふうに考えてございます。また、この問題に対して、近年沖縄県から国に対して要望等が出されているというようには聞いておりません。  以上でございます。
  48. 市川正一

    ○市川正一君 一年前は突然やったと言って逃げよったけれども、きょうは突然やないですよ。  それで、聞きたいのは、承知してないと言うけれども、この戦時遭難船事件というのが存在しているのかしていないのか、認めるのか否定するのか、それをはっきりしてほしい。
  49. 永山喜緑

    ○政府委員(永山喜緑君) いろいろな資料によりますと、いわゆる戦時遭難船舶、遭難した船舶が存在するということの資料については、それは承知してございます。それは沖縄県だけではなくて全国的にそういうものが存在しているということは承知してございます。
  50. 市川正一

    ○市川正一君 沖縄にそれが悲劇的に集中しているんですよ。あなたも知っているように対馬丸事件、疎開学童が千四百八十四人死んでいるんですよ。昭和十八年からずっと見てみても、嘉義丸、湖南丸、そして二十年三月の開城丸、いずれも三百二十一名、七百六十七名、二百二十二名、一覧表がここにあります。そして、今わかっているだけで三十二隻、四千四百十五人が犠牲になっているんです。これはたまたまそういう事故があったんじゃなしに、すべて国、日本軍から強制的に疎開命令が出されて、アメリカの潜水艦によって撃沈された。しかし、その実態は今まで日本軍によって厳しく箝口令がしかれておったんです。また、米軍によっても押さえられて隠されていたんです。しかし、今日、沖縄県当局は米潜水艦の航行日誌あるいは沈没状況の記録などの資料を入手しております。次第に明らかになってきている。  問題は、遺族の人々も事実を知ったのは八三年、今から十年前なんです、そういう事情のもとに。ですから、これらの船舶はいずれも軍に徴用されたものであるから、実態の解明は遺族の人がやるんじゃなしに、第一義的には国に責任があるというのはこれは当然の理じゃないですか。あなたも厚生省がどこがと言うんじゃなく、国に責任があるということはお認めでしょう、あなたにやれとは必ずしも直ちには言わぬけれども。
  51. 永山喜緑

    ○政府委員(永山喜緑君) ただいま先生から戦時遭難船舶の中で対馬丸の問題ですとか、あるいはその他の船舶等についていろいろ御説明がございました。  対馬丸遭難学童遺族に対する補償につきましては、これは閣議決定等も踏まえてその学童の遺族に対して対応しているところでございます。また、その他の船舶につきましても軍と公務との関係とかといったものをいろいろ検討する中で補償されている部分とそうでない部分とがございます。先生おっしゃるのは、そのそうでない部分についていろいろとおっしゃっていることと存じます。この問題につきましては、問題の性質上、先ほど申し上げましたように全国的な話でもございまして、当庁として対応できる立場にないというふうに考えておりますので、何分よろしくお願いしたいと思います。
  52. 市川正一

    ○市川正一君 よろしくという余計なこと言う必要ない。私が言っているのは、沖縄というのは国内で唯一の地上戦の戦場地になったところだ。ですから、それは戦闘員とか非戦闘員といった、あなた今軍とか公務とか言ったけれども、子供たちも含めてこの戦争の犠牲者じゃないですか。  私は、先日那覇市で遺族会の我如古称通さんという方にお会いしました。この方は今百二歳です。奥さんのツルさんは八十八歳です。生きている間に息子の骨を拾いたい、真相を解明してほしい、そういう悲痛な訴えを私はじかに聞いてきました。遺族もだんだん高齢化しているんです。一刻も早い措置が求められます。  そこで、長官に伺いたいのは、遺族会が要請している幾つかの項目がありますが、特に国家補償の前提ともなるべき緊急の課題、私は二つあると思うんです。一つは、遭難船の事故報告や乗船名簿の調査など実相の解明です。もう一つは、遺骨収集などのそういう処理です。これについて沖縄県とも連携をとっていただいて対処なさるべきだと思うんですが、長官の決意をお伺いいたしたい。
  53. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) さきの大戦で乗船した船舶が米軍によって撃沈されて亡くなられた方々に対してまことにお気の毒なことだ、かように考えておるところでございます。  今いろいろお話がございました。局長からもお話をいたしたわけでございますが、対馬丸につきましては、御承知のようにあれは学徒が避難をするということで乗船をされ、閣議決定もいたしておるところでございます。国が直接そういうものに対応したものについてはきちっと対応しよう、こうなっておるわけでございます。  今の市川先生のお話につきましては、具体的にそういう確認をしていない、こういうように表があるぞとおっしゃっておるわけでございますが、全国には約三千隻ぐらいの実は沈没船があるようにお聞きをいたしておるわけでございます。これらにどう対応するか。国の責任にすべきだ、かようにお話がございましたが、今局長からお話をいたしましたとおりどの省庁もその担当ではないということに相なっておりまして、お気持ちはよくわかりますけれども、今後検討しなければならぬのではないか。今私の方で、開発庁で取り上げて云々ということは考えていないわけでございます。
  54. 市川正一

    ○市川正一君 私が言いたいのは、年金問題でもマラリア問題でも沖縄開発庁が県民や関係者のその願いを酌んで積極的にイニシアチブをとったらばこそ問題が俎上に上ってきたんです。  同じように、この戦時遭難船舶問題も軍の作戦や徴用に基づいて行われたことは、これはもう疑いのない明白な事実じゃないですか。そして、沖縄の場合には学童や御婦人の方も含めて、お年寄りの方も含めて、いわば戦闘員、非戦闘員にかかわらず全部疎開ということで強制的に連れ出されて、そして被害を受けているんですよ。やはり私はそういう意味ではどの省庁がということでなしに、沖縄県民のこの犠牲に対して開発庁がマラリアや年金と同じように積極的イニシアチブをとるべきである。長官御自身シベリア抑留した戦後の体験を御存じじゃないですか。そういう戦後問題を体験している長官がそんなに水臭いことを言うべきじゃないということを、私はもう時間がないので強調をして、板垣先生もそのお一人である、そういうことを言って次の問題に移ります。  五月二十四日の沖縄タイムスによりますと、米軍の嘉手納弾薬庫を隔てて存在している沖縄市の嶽山原について、防衛施設庁は二年前に打ち切った残地補償を遡及して再開するということが報道されています。地図はここにあります。  まず伺いたいのは、嶽山原の残地補償についで、二年前に打ち切った理由は跡地利用計画が実現可能であったからなんでしょうか。また、今回遡及し再開するに当たって沖縄市の跡地利用計画の断念を前提としているのではないんですねということを私はだめ押ししたいんですが、イエスかノーか、簡潔に。
  55. 小浜貞勝

    ○説明員(小浜貞勝君) 御説明申し上げます。  御指摘の沖縄市有地につきましては、米軍へ提供しております嘉手納弾薬庫地区に隣接する土地でございますが、同施設が存在するために進入道路が確保できず、いわゆる袋地状となっておりまして、同土地の利用が不可能となっておりますため、米軍に施設区域として提供いたしました昭和四十七年度以降、平成二年度まで毎年度残地補償を行ってきたものでございます。  しかしながら、平成三年二月、沖縄市から那覇防衛施設局に対しまして同土地を公園、緑地等の整備計画用地として利用を図る旨の意向が示されましたことから、同局といたしましてはその推移を見ることとしまして、平成三年度の補償につきましては同市にも御通知の上、保留していたものでありまして、当庁といたしましては当時において既に利用計画実現の可能性がなかったものとは考えてございません。  その後、平成五年一月に至りまして、沖縄市は那覇防衛施設局に対しまして、同計画の具体化について検討を進めた結果、同計画は進入路の確保等の問題もあることから、将来において利用を図ることを予定したものであり、現状において利用が可能であるとしたものではない旨の見解を示すとともに、補償の再開を要請してまいりましたことから、同局では諸事情を検討の上補償を再開することとしたものでございまして、市が利用計画そのものを断念することが補償再開の前提条件となったものではございません。
  56. 市川正一

    ○市川正一君 一番最後のところが大事なんで、そこはしかと確認しておきます。  私は、この経過をずっと見てみると、利用計画を立てると補償を保留するというんじゃ、利用計画を立てるなという圧力以外の何物でもないことになると思うんです。そうでないということを今伺って地元の人も安心したと思うんですけれども、なおやっぱり事情をはっきり詰めたいのは、獄山原というのは御承知だと思いますが、地層が山原層と南部層が入り組んだ地域で、北部、中南部の動植物が同時的に生息する貴重な自然地域です。沖縄市はこの獄山原地域を市民及び青少年の野外研修レクリエーションの場として整備することを基本政策として明らかにしたわけです。補償を担保に利用計画の断念をもし迫るというようなことであるならば、これはまさに横暴な態度として許せません。市有地の自主的な計画に口を挟むそんな権限は政府には本来ないはずです。今後は獄山原地区の利用が実現するまでは補償を続けていくということに相なると思いますが、間違いございませんですね。
  57. 小浜貞勝

    ○説明員(小浜貞勝君) 御説明申し上げます。  先ほど申し上げましたように、この土地につきましては、平成三年二月に沖縄市から那覇防衛施設局に対しまして同土地の公園、緑地等の整備計画用地として利用を図る旨の意向がありましたことから、同局はその推移を見守ることとして平成三年度の補償について同市にも通知の上で保留していたものでございまして、私どもとしましては利用計画の実現に対して圧力を加えたこととは考えておりません。  それから、今後は、沖縄市から当該土地の利用計画につきまして具体策の提示等がありますれば、その状況等を十分検討いたしまして、補償の要否等につきましても適正に対応を決めてまいりたいと考えております。
  58. 市川正一

    ○市川正一君 最後ですが、ここに御承知の基地の地図がありますけれども、嘉手納弾薬庫地区内に既存の道路がございまして、それを開放ないしは共同使用できれば獄山原地区の有効活用がすぐにもできるわけです、御承知だと思いますが。ですから、沖縄市は九一年の七月にアメリカに対しても直接行って要請しております。私は、そういう経過を見てみると、沖縄市の市民生活向上のための要望実現のためにも、基地の縮小、整理、撤退を望む県民の立場からしても、そういう利用計画が実現できるように引き続き米軍に対して粘り強く交渉をなさることが政府のとるべき態度であると思うんですが、そのために積極的な努力を尽くされることを要請し、決意を求めまして質問を終わらせていただきます。いかがでしょうか。
  59. 小浜貞勝

    ○説明員(小浜貞勝君) ただいまお話いただきました件につきましては、実は私の所管でございませんで、私が責任を持ってお答えできる立場にございませんので、その点は御了承いただきたいと思います。先生の今お話のありましたことは帰りまして上司にも伝えたいと思います。
  60. 市川正一

    ○市川正一君 終わります。
  61. 池田治

    ○池田治君 私も厚生年金格差是正問題に取り組もうと思っておりましたが、先ほど井上議員の方が詳細に質問されて、また北長官の懇切な御説明もございましたので、私は省略させていただきますけれども、ぜひ早急に実現できるよう要望をしておきます。  次に、つぶれ地問題でございます。  この問題は、昭和六十年十二月六日に当委員会で伊江先生が質問をなさっております。そしてまた、六十二年五月十三日の予算委員会では隣の喜屋武先生も取り上げられておりますが、いずれも六、七年前のことでございまして、随分たちましたけれども、それから以後つぶれ地問題の解決というものは進んできたんでしょうか。  もともとこのつぶれ地というのは、他人の私的所有権公権力で一方的に奪っているという形式になっておりますので、ただ補償だけでなくて、ほっておけば損害賠償問題もできるものだと思っておりますが、当時のつぶれ地として問題になったやつの何%ぐらいが解決したか、お教えを願いたいと思います。
  62. 渡辺明

    ○政府委員(渡辺明君) つぶれ地問題についてのお尋ねでございますが、このつぶれ地の処理につきましては、御承知のように復帰対策要綱その他による基本方針に基づきまして、国道、県道の買収を昭和四十七年度に開始いたしますとともに、幹線市町村道の買収につきましては昭和五十四年度に開始いたしてございます。以後、早期完了を目標といたしまして毎年重点的に予算の配分を行ってまいったところでございます。  その結果、国県道につきましては、全体計画に対しまして平成四年度末現在約九三%、これは面積比でございますが、これを完了することになりまして、本年度におきましては、前年度に引き続きまして残事業の処理を鋭意進めることといたしておるところでございます。  また、幹線市町村道につきましては、昭和六十二年度におきましてその他市町村道の一部を幹線市町村道に格上げしたものを含めまして、これまた平成四年度末現在約九三%を完了することになりまして、本年度におきましても鋭意その促進を図ることとしておるところでございます。  今後の計画につきましては、国県道また幹線市町村道のつぶれ地処理につきましては、居所不明でございますとか相続未済等、いわゆる残件の処理が中心となっておるわけでございまして、今後は引き続き鋭意事業の推進を図って早い時期に完了させるように努力をしてまいりたい、このように考えておるわけでございます。  なお、その他市町村道のつぶれ地の処理につきましては、関係省庁間の協議に基づきまして、昭和六十二年度におきましてその他市町村道の一部を幹線市町村道への格上げを行いまして、国庫補助対象といたしますと同時に、残るその他市町村道のつぶれ地につきましては所要の地方財政措置を講ずることとされたところでございます。これによりまして、昭和六十三年度より残るその他市町村道につきましても計画的な買収が進められている、このように聞いておるところでございます。
  63. 池田治

    ○池田治君 九三%も御解決をなさったということは大変御苦労だったと思いますが、問題は残りの七%ですか、これについて鋭意努力をいたしますとおっしゃいますけれども、相続の未解決とか行方不明とか登記簿がないとか、こういう人たちを鋭意解決するといってもなかなか鋭意にならないんじゃないかと思いますが、これはどういうことをお考えになっておりますか。
  64. 渡辺明

    ○政府委員(渡辺明君) 確かに先生の御指摘のとおり、残りの七%につきましてなかなか難しい案件が残っておるという状況でございますけれども、県並びに関係市町村の努力によりましてできるだけ早期にこの問題が解決するように鋭意取り組んでおるというふうに承っておるところでございます。
  65. 池田治

    ○池田治君 関係市町村の御努力もさることながら、私的所有権というのは勝手に奪われないものなんですね。そいつを公権力が勝手にとっていった。そして、今後はまた改めて印鑑証明もらって、同意をもらって、そして国の名義にするなり賃貸し料を取るなりした契約を結んで解決するということだろうと思いますが、行方不明者とか相続未解決の問題は、相続の問題はお互いが話し合えば解決できますけれども、行方不明者については市町村といえどもなかなか勝手なことはできない、こういう難点があろうかと思います。  奄美群島の二町では、ダムを建設する際に行方不明の人の登記簿謄本を上げてきて、これを町の滞納処分にかけて強制買収をしてしまった。こういうことが、勝手に登記簿謄本を改ざんしたということで公正証書不実記載罪で町長さんが逮捕された、こういう事件も四、五年前にございました。こういうように、ダムをつくるにも道路をつくるにもなかなか今は私的所有権を勝手にとれないというところに開発庁も御苦労なさっていると思いますが、これ何とか七%の解決していかなければ、長くなればなるほど問題が起きてくると思います。  昨年の、九二年の八月十三日の沖縄タイムスを読みますと、那覇市ではつぶれ地の地主会が、つぶれ地の解決までの間に十何年かたっている、その間は勝手に公共用地として使われたんだから賃貸料をよこせと要求したというのが載っておりますが、このことも、勝手に人の土地を使っていたわけですから、その間の賃料をよこせと言われてもまた法的にはいたし方ない問題じゃなかろうか、こう考えますけれども、開発庁はどう考えておられますか。
  66. 渡辺明

    ○政府委員(渡辺明君) 沖縄県の市町村道つぶれ地地主会連合会、この連合会が買い上げられる前の市町村道未買収道路用地の使用料といいますものを支払うように沖縄県に対し要請いたしましたことは承知をしておるところでございます。  県は、これに対しまして、賃借料支払いが行われていない道路敷地につきましては、将来買い上げ補償が行われるまでの間無償で使用することについての承諾を得た、こういう経緯があることから使用貸借と認識しておるということが第一点。また、市町村道つぶれ地の使用料の問題につきましては、基本的にはその道路の管理者である市町村が対応すべき問題であると考えている旨回答しておる、このように聞いておるところでございます。  開発庁といたしましても、今御説明申し上げましたような考え方で関係者の理解が得られることを期待しておるところでございます。
  67. 池田治

    ○池田治君 所有権者の同意があれば賃料を払う必要はないと思いますけれども、同意がなければ本来は使用料なり賃貸料なりをやっぱり払わなくちゃいけない、こういう性質のものであろうかと思いますので、今後の取り扱いはこの点にも注意をしていただきたい、かように念願しておきます。  次に、農業問題でございますが、沖縄県の第三次振興開発計画が二年目に入りました。この計画では、沖縄県の農業は亜熱帯の地域の特性を生かしてサトウキビや野菜、花卉、果樹、牛肉等の生産が多様に展開されておりまして、供給産地として一定の評価をされている反面、台風や干ばつが多い気候や市場から離れているなどの悪条件が加わって、農業基盤の整備や農業技術の開発、普及の立ちおくれなどもありまして、生産は不安定、そして依然として低い生産状況にある、こう伺っております。  北長官は農業には極めて見識が高い方だと伺っておりますが、また長官は四月下旬に糸満市のサトウキビ機械化モデル展覧会ですか、この御視察もなさっておりますので、沖縄の今後の農業振興がどうあるべきかということについて、まずお伺いをいたします。
  68. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) 沖縄は我が国の唯一の亜熱帯性の気候地帯でございまして、この特性を生かして農業の発展を期していきたい。  具体的には、ただいまお話がありましたように、約七割近くはサトウキビであるわけでございます。サトウキビの基盤整備に鋭意努力をして生産性の高い環境をつくっていきたい、かように考えておるのと同時に、冬と春の野菜は本土は枯渇してまいりますので、ぜひこれを沖縄から供給させることが適切ではないだろうかと。花卉あるいは熱帯果樹、それに草地、畜産、これは年じゅう草が生えていますのでもう放牧で一切できるわけでございます。非常に有利性に富んでおるわけでございまして、ぜひそういう基盤をつくって、そして農業振興をしたい。  私は、今お話がありましたようにそういう経験者でございますものですから、農業振興については一つの哲学というか、そういうものを持っておる。ぜひ沖縄の農業を振興したいと熱望に燃えておるわけでございまして、今後とも第三次開発計画の中で努力をしていこうと。  そして、開発庁としては今ダムを次々つくっておるわけでございまして、今ダムは十五に新しく三つ、十八ぐらい予定しておるわけですが、その中にも地下ダムも随分できておりますし、水の貯水量につきましても全部を合わせると七千万トン以上を今確保できるように相なり、農地の約三分の一はかん水ができるように相なってきたわけでございます。基盤整備に伴いまして生産性が相当上がってくる、かように思って期待をいたしておるところでございます。  それから、サトウキビにつきましてはモデルの集団農場を視察してまいりました。これにつきましては、オーストラリアから入ってまいりました機械がございます。日常あそこはサトウキビの葉を全部手であれしますので労力が非常にかかるわけでございます。これを機械で一遍にできますので、大変な合理化ができる。しかし、圃場がきちっとしてないと、一反とか二反の一軒一軒というわけにいきませんので、みんな全部連なって圃場整備をするということになると大きな成果を上げることができる、かように考えておるわけでございまして、その成果については今後とも期待をしたい、かように考えておる。また、単収を上げると同時に、糖分取引等を来年からやりまして農家の所得を拡大していきたいものだ、かように考えておるとこうでございます。
  69. 池田治

    ○池田治君 私も強くそのことを期待しておりますが、ところが昨年はサトウキビの生産量は戦後最低であったとも伺っております。圃場整備をしてどんどん進めていけば立派なサトウキビはできると思いますが、今のままでいきますと収穫面積の減少、働き手の高齢化ということも加わりまして、農家の意識がサトウキビから離れていきつつあるというのも現実じゃないかと思います。そして、それに連なりまして製糖工場の統廃合、こういう問題も出てまいります。これもキビの生産が停滞すれば当然生産量を上げるわけにまいりませんので、工場閉鎖ということにつながろうかと思っております。  そこで、これらの問題はどうお考えになっているかと同時にキビの買い取り価格、この問題をどう対処されるかという問題をお尋ねしたいんです。  今、砂糖は外国から輸入すれば、キューバ糖なんか安く入りますから沖縄のサトウキビなんか要りませんよ。沖縄をなぜ守るかといえば、結局沖縄の生産量というのは、北海道の一部のてん菜と沖縄のキビというのが日本の砂糖資源の大きな問題でございますので、この資源を守るために政府も何らかの形で補助金を出しておられるんですが、今後この買い取り価格をどういう形で進めていかれるのかも重ねてお尋ねを申し上げます。
  70. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) サトウキビの現状については、昭和六十二年ぐらいがピークかと思いますが、百七十万トン近くとったわけでございますけれども、現在は百十万トンで非常に減少してきた。  そこで、これからどういうように振興していくか、こういうことですが、先ほど申し上げましたように圃場整備あるいは機械化いたしまして生産性を上げると同時に合理化をしていきたい。たまたま製糖工場は五つあるんです。本島の南部に三つ、北部に二つ、こういうことで全体で五つあるんです。これで昨年は十六億ぐらい赤字を出したと思います。したがって、ぜひ合理化してもらいたい、工場も五つを二つぐらいにしてはどうかということで現地でもそういうお話があるわけでございます。ただ、農業団体がちょうど真ん中にありまして両工場にまたがるわけでございます。松田という中央会の会長さんは私の親友でございますが、ぜひ合理化に努力をしてもらいたいと。ところが、各単協が反対の決議をしたそうでございます。やはり生産者と工場は一体でありますので、どちらが悪くなっても困るわけでございますから、ぜひ合理化に努力をしてもらおうと。開発庁あるいは農水省等も協力をして、行政指導というと悪うございますが、ぜひ工場の合理化をさせていきたい、かように思っておるわけでございます。  砂糖につきましては、御案内のように日本の砂糖の消費は三百六十万トンぐらいでございましたが、今は百万トン減りまして二百六十万トン。それで、北海道の砂糖が約六十万トンないし六十五万トン、それからサトウキビは二十三万トン前後かと思います。異性化糖等もございますので、それらを合わせると国内は三分の一強に相なりましょうか。しかし、沖縄のサトウキビは諸外国と比較して非常に高価に相なっていますが、やはり生産者の所得を確保していく、こういう上からは今後も努力をしていきたい。  どのくらい補助しているかというと、価格は実は三分の二は補助金でございます。三分の一が市価でございます。しかし、あの沖縄でございますから、苦労された、戦後焦土化したところでございますし、ぜひ今後も守っていきたい、かように考えておるところでございます。ぜひまた御支援のほどをお願い申し上げたいと思います。
  71. 池田治

    ○池田治君 時間がまいりました。ありがとうございました。
  72. 喜屋武眞榮

    ○喜屋武眞榮君 戦後四十八年、復帰二十一年、沖縄問題といえば基地問題に尽きるわけです。基地問題といえばアメリカとの関係に尽きるわけでございます。  ところで、各委員からの熱烈な質問に対して北長官は、前向きで受けとめて問題解決に努力する、前向きということをたびたびおっしゃいました。これは当然といえば当然でありますけれども、非常に力のこもった前向きのお言葉であったことに私は限りない期待と敬意を表する次第でございます。  長官、そして関係者の皆さん、戦後四十八年、復帰二十一年、本当にもう長かりし戦後、復帰と、こう言わざるを得ない県民の心を、いつぞや申し上げました県民の祖国に対する心からの願いは小指の痛みは全身の痛みであるということを知ってもらいたいということを幾たびか私は叫びました。このことをお忘れでないとするならば、日本の総理を初め関係者が常にこの小指の痛みは全身の痛みであるということを我と我が胸に手を当てていただくならば、私は沖縄問題はもっともっと前進しておると思います。  沖縄と同じ運命に立たされたドイツ、イタリー、同じ敗戦の憂き目に遭ったその国々は今どうなっておるか。国民に対する国としての一切の義務、そして法的に裏づけてちゃんと補償されておることを思うときに、経済大国云々と日本は言われるわけでありますが、一体それでいいのか、私はここで改めて叫ばざるを得ません。  どうか北長官、経済大国日本、これが沖縄問題を解決することによってのみ前進があり、そして経済大国が生活大国に結びついてまいると思いますけれども、まず長官の御意思をいま一度確かめてみたいと思いますが、いかがですか。
  73. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) 喜屋武さんの沖縄に対するお気持ちは十分理解をするわけでございます。  小指云々というお話がありましたが、体はどこが痛くても全身にこたえるものでございまして、その気持ちは、私は沖縄の担当長官に相なりまして何としても沖縄を私のこの任期中にできるものは最善を尽くしたい、こんな気持ちであるわけでございます。言うまでもなく、国あるいは地方も同じでございますが、県民もおのおのともに努力をして沖縄の振興に最善を尽くすことが大事でないだろうか、私の気持ちはかように思っておるところでございます。
  74. 喜屋武眞榮

    ○喜屋武眞榮君 ありがとうございました。  喜屋武からしますと、北長官に対しては何でも話せる北長官、何でも聞いてくださる北長官です。どうかそのよしみで、何でもという内容、歩どまりが予想以上に充実強化されますことを私はこいねがいます。よろしくお願いいたしたいと思います。  そこで、最初にお聞きしたいと思いましたのは、第三次振計の推進に当たっての基本姿勢の問題もお聞きしたかったんですが、そのことについては今までの委員諸公の質疑の中で長官の決意は十分述べられたと私は受けとめております。  また、沖縄県の農林水産業の振興についても、その道のいわゆる農政通の北長官だと私はずっと今日まで敬意を表してまいった次第でありますので、このこともまた裏づけたいと思うのであります。農政通の北長官、どうかひとつ恵まれざる沖縄の諸問題を今度こそひとつ行政のお立場からより広くより深く前進させていただくことを心からお願いいたします。  本年の四月六日だったと思いますが、衆議院の沖縄及び北方問題に関する特別委員会におきまして、外務省北米局長の佐藤さんの御答弁の中で、米軍内部において県道一〇四号線越えの射撃訓練の富士演習場への移転を検討しているというスタックポール・アメリカ海兵隊司令官の発言に関する新聞報道に注目してアメリカ側に確かめたところ、そういう検討はしているということは事実であると認めた上で、ただ経費の問題とかいろいろあって、まだ右か左は決めていないようであるが、この点には我々も注目をして、こういう点も含めてまた議論を進めてまいりたいと衆議院で答えていらっしゃるんですね。  日米安保条約において日本が米国に基地を提供する条約上の義務を負担しているということは、法理論上は認められるといたしましても、条約上の義務として提供する米軍基地の七五%を、四十七の都道府県がある中で、沖縄県一県にだけ押しつけでいるという点は、まさに内政上の不平等、不公平の問題であります。このゆがみは外務省の対米外交姿勢の卑屈さ、従属性に起因しているものだと私は常に申しておるわけであります。したがいまして、沖縄での米軍演習を国内のほかの場所に移転するということは、これは本心からすると、米軍基地付与の立場からは最善の策ではないが、内政のひずみを正し、国民の生命の危険をより軽減するという立場に立っては次善の策として是認するものであるわけでありますが、このような観点に立って、この問題は経費の問題も含めて、政府は危険きわまりない一〇四号線越えの砲撃演習をやめさせる方向へ持っていってもらいたいと私は考えております。北米局長の見解をお聞きしたいと思います。いかがですか。
  75. 佐藤行雄

    ○政府委員(佐藤行雄君) 二つの点に分けてお答えを申し上げたいと思います。  一〇四号線の問題でございますが、この間、ただいま御引用いただきました答弁をいたしたとおりでございまして、いろいろな場で伺っておりまして、我々といたしましても沖縄県民の方々が県道の一〇四号線越えの演習について非常に大きな不安感を持っておられることは承知しております。そういう意味で、それがほかへ移転することができればそれにこしたことはないと思っているわけであります。条約上の建前から、演習そのものをやめろということはなかなか言えない点でありますことは申し上げざるを得ないわけでありますけれども、同時に県民の方の公共の安全、さらには安心感を高めるという見地からどういう調整がとれるかということは考えているわけでありますが、今御指摘のありましたスタックポール司令官のこの間の発言もありまして、意見を聞いてアメリカと調整していきたいと思っているところであります。  ただ、残念ながら四月から今日までの間でまだアメリカ側の部内の検討が進んでいないようでございまして、一つは新しい政権ができて、人の問題もあり、また予算の見直しということもあるという事情もあるかと思います。いずれにせよ、この間も申し上げましたように、この問題は我々としても大いに注目をして努力してまいりたいと思います。  それからもう一つは、先ほどお触れになりました沖縄の基地一般の問題でございますが、我々も米軍基地の多くの部分が沖縄にあるということは日ごろ心苦しく思っているところでございまして、できる限り整理統合を図りたいと思っているわけであります。そういう意味で、昨年の沖縄返還二十周年を機にこれを一層進めることをアメリカ側と話し合ったところでありますが、残念ながら、その後政権の交代、人ががらっと変わるということがございましたものですから作業は少しおくれておりますけれども、今後とも整理統合を進めるという方向で努力してまいりたいと思っております。
  76. 喜屋武眞榮

    ○喜屋武眞榮君 いろいろお尋ねしたい問題を用意しておりますが、到底時間が許しませんので、もう一問だけに絞って申し上げたいと思います。  最後に長官にお聞きしたいんですが、長官は最近沖縄に二、三度おいでくださいました。その中で植樹祭にもいらっしゃいましたね。その植樹祭も含めて、沖縄にいらっしゃった御感想をまとめて県民に訴える、あるいは望む、あるいは喜屋武にまた謹言する、直言してくださる、こういう親しみの気持ちで、御遠慮のない総括をお聞かせ願えればありがたいと思いますが、よろしくお願いします。
  77. 北修二

    ○国務大臣(北修二君) 今回の植樹祭につきましては、沖縄での全国の植樹祭でございまして、沖縄を通じて全国に林業の振興が図られれば、地球環境の一環として大きな植樹祭の事業であったと、私はかように考えておるわけでございます。  あわせて、沖縄の林業の問題でまいりますと、やはり沖縄の森林はまだ非常におくれておりますので、林道をつくったり、あるいは環境づくりにさらに努力をしていかなければならぬなと、私はかように考えておるところでございます。  そして、陛下が沖縄に行かれるというので、いろいろ現地でもお話がございまして、我々心配しておりましたが、陛下がおいでになって、陛下のお気持ちというか、非常にお優しい心が県民全体に御理解いただけたのではないかな、こういう私は感じを持っておるわけでございます。陛下が戦後初めて行かれたわけですね、皇太子のときには五度行かれているわけですが。あの盛況を見て、ああよかったな、ますます沖縄県の発展に期さなければならぬな、こういうような私の気持ちでございます。  陛下からは、直接お隣で植樹をしたり、これからの沖縄の問題は何ですかと、こういうように一々お聞きをちょうだいいたしまして、お答えをいたしたわけでございますが、やはり米軍の基地の問題あるいは水の問題、そして沖縄というところは第二次産業がなかなか進まない。これは本土との距離がある、あるいは歴史の中にも中国や南方との交流によって沖縄の第二次産業というものが発展してきたんだ。しかし、今は環境が余り恵まれない。この問題が私は沖縄の発展のために非常に大事な問題だ、陛下にさように申し上げたわけです。しっかりやってくださいよと、かように陛下から私にお言葉がございました。  さらに、陛下は首里城について、立派にできましたね、私も大変関心を持って見学させていただきました、見せていただきましたと。私は、ありがとうございましたと、かように申し上げたわけでございます。  今回の植樹祭については、そういう意味でお互いに理解ができ、今後さらに沖縄の発展に期さなければならぬ、かような気持ちでおるわけでございます。よろしくまた御指導のほどをお願い申し上げます。
  78. 大浜方栄

    ○委員長(大浜方栄君) 本調査に対する質疑はこの程度にとどめます。  本日はこれにて散会いたします。    午後零時三十二分散会      ―――――・―――――