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1970-12-18 第64回国会 参議院 公職選挙法改正に関する特別委員会 4号 公式Web版

  1. 昭和四十五年十二月十八日(金曜日)    午前十時八分開会     ―――――――――――――    委員の異動  十二月十八日     辞任         補欠選任      山本敬三郎君     谷口 慶吉君     ―――――――――――――   出席者は左のとおり。     委員長         井川 伊平君     理 事                 高橋文五郎君                 柳田桃太郎君                 林  虎雄君                 多田 省吾君     委 員                 大竹平八郎君                 塩見 俊二君                 谷口 慶吉君                 中山 太郎君                 平島 敏夫君                 宮崎 正雄君                 渡辺一太郎君                 松本 賢一君                 安永 英雄君                 横川 正市君                 中尾 辰義君                 向井 長年君                 岩間 正男君    国務大臣        自 治 大 臣  秋田 大助君    政府委員        警察庁刑事局長  高橋 敬治君        自治省行政局選        挙部長      中村 啓一君    事務局側        常任委員会専門        員        鈴木  武君    参考人        都道府県選挙管        理委員会連合会        会長       安藤 真一君        東京大学教授   京極 純一君        専修大学教授   木下 広居君        名古屋大学教授  長谷川正安君        民主社会主義協        会事務局次長   渡辺年之助君     ―――――――――――――   本日の会議に付した案件 ○公職選挙法の一部を改正する法律案内閣提  出、衆議院送付) ○地方公共団体議会議員及び長の選挙期日等  の臨時特例に関する法律案内閣提出、衆議院 送付) ○公職選挙法の改正反対に関する請願(第六九一  号) ○継続調査要求に関する件     ―――――――――――――
  2. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ただいまから公職選挙法改正に関する特別委員会を開会いたします。  公職選挙法の一部を改正する法律案を議題といたします。  本日は、本法律案につきまして参考人の方々から御意見を伺います。  参考人の方々には本日お忙しいところを御出席いただき、まことにありがとうございます。これより参考人の方々の御意見を伺うのでありますが、初めにお一人十五分程度でお述べをいただき、続いて委員の質問にお答えを願うことにいたしております。御了承願います。  それでは、安藤参考人にまずお願いを申し上げます。
  3. 安藤真一

    ○参考人(安藤真一君) 本日は参考人としてお呼び出し願いましてまことにありがとうございました。私の考えておりますことを申し上げることができますことは私の光栄だと存じております。  公職選挙法の一部改正の問題でございますが、これは一部改正になりますもとの改正ができまして、昨年の暮れの衆議院議員の選挙で初めてこれが行なわれたわけであります。その後各地の知事選挙で同じくそれが行なわれたのでございまするが、その代表的のものとしましては、京都の府知事選挙でこの問題を私ども見てまいりました。さような私の体験からひとつ申し上げたいと思います。  最初、昨年の衆議院のときのことでございまするが、これは第一に申し上げたいことは、これは選挙中に選挙活動をさせよう、各党その他に選挙活動をさせようということが目的のようでございまするが、その選挙活動は自然に、各党派から候補者が出ておりまするが、その公認候補の方のために選挙運動をされることと政治活動をされることがどうもはっきりした区別がつかないで、いつの間にか選挙運動になっておるのではないかと私どもの目には映るのでございます。そういう経験をいたしたのでございまするが、そこでその規則の内容がはたしていまのままでいいのかどうかということに疑問を持ちましたことは、やはり政治活動が選挙運動のような形になって出てきますると、各党派で一人候補者を出しておられるところと、二人以上出しておられるところと二通りあります。そうすると、一人候補者を出しておられるところは選挙運動が政治活動と一致して非常に有利だと思えるのでございまするが、二人以上お出しになっておるところは何だかそこがぼけてきます、どの候補者を支持しておるのか、どの候補者のためにおやりになっておるのかということがはっきりわかりませんので、何らかそこで不公平が出てくるのじゃないかというような気持ちがいたします。  それからさらに、今日の公職選挙法の制度ではやはり無所属の議員というものが認められております。政党公認の方はその政党の活動によりまして非常に利益を受けるということが考えられますのに、無所属議員のほうではそういうことがないものですから、これは非常に気の毒ではないかというような感じがいたします。そういうことで何らかそこに不公平があるのではないか、こういうふうなことが考えられたのでございます。私どものように選挙の執行をいたしております者から、どこまでも選挙のことですから公平になされなければならない、また私どもも公平に見て当たらなければならない、さらに候補者の間に不公平の点が見られるということは何だか気になるのでございます。そういう点でどうかというふうなことを考えたのでございまするが、その後に京都の府知事選挙がある。その府知事の選挙を私見に参ったのでございまするが、そのときの私の印象は、十五人、二十人が一団になってビラ、シンボル・マークなどを各戸に配って歩いておられる状況にぶつかりました。二度ばかりそういう状況にぶつかりましたが、あとで聞きますと、それはビラとかシンボル・マークを各戸に持って回って、そこで、あんたのほうの家の門にあるいは家の前にこれを張ってもらいたいということを頼んで回るんだということを伺いました。選挙で一番悪いのは、何としても買収供応が悪いと思いますが、そのほかには暴力が悪い、さらにまた威力を用いてはならない、こういうふうに考えておりまするが、それを頼みに回られるほうの方は、自分で威力を用いるというような考えは毛頭ないということはよくわかるのでございますけれども、家におる人としましては、あるいは主人はもうすでに出かけたあとで奥さんだけがおるというようなところへ十四、五人で一緒に来てこれを表に張ってくれ、こう言って頼まれますと、それは張りたくないという気持ちがかりにあったとしてもそれを表現することは非常にむずかしいのじゃないかと思います。だから、その奥さんとしては、何かこう、威力を感じておられるのではないかというようなことが考えられるのでございます。そういうふうになってまいりますと、どうもこの制度はよくないのじゃないかというふうに考えるわけでございます。さらに、この京都の選挙が終わりましたあとで、各新聞がいろいろそれを、その京都府知事選挙を批判しておりまするが、ここに私の持っておりますのはその新聞の一枚でございます。何新聞か、ちょっと書いておりませんのでわかりませんけれども、こういうふうに書いております。「京都府知事選挙で蜷川、柴田両陣営が使ったカネは合わせて二億円に上ることが、京都府、市選管への届け出で明らかになった。実際には十億円以上のカネが動いており、届け出はほんの一部に過ぎないとの見方も出ている。」こういうふうな新聞の書き方でございました。これは、非常に大きな金が動いたと、使われたということでございます。私ども、選挙を執行いたしております者としましては、どこまでも理想選挙の実現ということが目的でございますが、理想選挙の実現といいましても、これは抽象的でございますけれども、やや具体的に言いますれば、金のかからぬきれいな選挙ということでございます。なるべく金のかからない選挙をやりたい、そうしてきれいな選挙をやりたい、これがまず私ども管理執行をいたしておる者の気持ちでございます。ところが、この新聞にありますように、二億円の金を両陣営で使われた、しかも実際には十億円以上が動いておるのじゃないか、こういうことになったのでは、これは全く理想選挙、私どもの考えております選挙と著しく反することに相なります。そういう意味で、こういうことでいいのであろうか、こういうふうに実は私は考えておるわけでございます。したがって、私の考えといたしましては、かような法律の改正が出たためにこういうことに相なったのだから、これが悪いということがわかれば、もうすぐにこれをおやめになるということがいいのじゃないか、こういうふうに考えておりましたが、今度はその一部改正の問題が国会に上程されておるらしいのでございまするが、まずその著しい悪いところを是正して、もう一度やってみよう、こういうことがその趣旨であろうと思います。したがって、その悪い趣旨といいますのは、金をたくさん使うことじゃないか、非常に大胆に使われること、あるいは戸別にそれが持って回られること、そのためにやはりその家の人が威圧を受ける、こういうような点が非常に悪いのじゃないかと思います。したがって、この問題は、どこまでもこれを取り除いて昔の形の選挙に戻すということが一番理想なんじゃないか、いいんじゃないか、こういうふうに私は考えておるわけでございます。  以上でございます。
  4. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ありがとうございました。  次に、京極純一参考人にお願いいたします。
  5. 京極純一

    ○参考人(京極純一君) 京極でございます。  今回の公職選挙法の一部を改正する法律案につきましては、実は、資料をいただきましたのが昨夜なもので、十分なことは申し上げられないんでありますが、要点だけ簡単に申し上げたいと思います。  第一に、この改正案の中に賛成していい部分があるということであります。それは四十六条の二で、たとえば記号式投票を地方公共団体の長だけでなく、地方公共団体の議会の議員にも広げるということになるわけでありますが、選挙が、つまり候補者の名前を自筆しなければならないというのはある時代のきまりでありまして、記号でけっこうでありますし、もちろん機械で投票してけっこうでありますから、いままでよりも記号式投票の機会をふやしていく、そういうことは開票事務が楽になる、正確になる、早くなるという意味で賛成であります。  次に第四十九条の部分でありますが、いままでの不在投票の条件の一つが市町村の区域の外で業務、職務に従事をするということであったわけですが、御存じのように、市町村が広くなっておりますので、投票区の区域の外で職務、業務に従事する者まで不在投票してよいというふうに実質的な要件を拡大をする、それから手続の面では不在理由の証明を省略するということになっておるわけであります。この二点におきましては、これは有権者の側で投票したいという意欲があっても万やむを得ず棄権をするという、そういうケースを少なくするわけでありまして、有権者の権利を守るという意味で賛成できるわけであります。  なお、この法律案の中に条文整理と申しますか、たとえば番号をつけかえるとか、指定都市というふうに字を入れかえるとか、そういう改正がございまして、これはもう賛成、反対抜きにして、当然であろうかと思っております。これが大体賛成の部分であります。  次に、私として意見がある部分というふうに申し上げたいことがございます。それはまとめて申し上げますと、百四十六条、二百一条の五、二百一条の六、二百一条の十四。要点を申し上げますと、シンボル・マークをポスターの形で使用することを制限をする、ビラを頒布することを制限をする、立て札、立て看板その他でシンボル・マークを使用することを制限をする、それから機関紙誌の頒布について六カ月制限というものを設ける、そういうことになっておるわけであります。先ほど安藤先生からお話がございましたように、四月の京都府知事選挙におきましてシンボル・マーク公害と申しますか、ビラ公害という印象が、選挙関係の方々は別にいたしまして、有権者のほうに実際あったということは、これは私も聞いております。現地で見たわけではありませんが、いろいろな友人などからビラ公害と申しますか、そういう一種の公害だということは聞いております。しかし、私の意見を申しますと、そういうことは、つまりそういう公害を有権者に及ぼしましたならば、有権者のほうがそんな政党に投票してやるものかということになるわけでありまして、つまり、その政党にとってマイナスに長期的にはなるわけであります。したがいまして、おのずとすたれるということにまかせておいていいという感じがいたしまして、あえて法律の改正をもって取り締まる必要はないのではないかという感じがいたします。しかしながら、当事者は政党でありますから、各政党の間に意思の交換なり疎通がありまして、それで以上のような形で法的に制限なさるといわれることでありますならば、これはまあ、そうでございますかと申し上げるほかないということになるわけであります。御存じのように、この法案はすでに衆議院を通過いたしておりまして、各政党間の意思の交流ないし疎通の事情いかんに関しては十分の事情をわれわれは察知することができるわけであります。しかしながら、当事者同士の意思の交流、疎通があれば、そしてそういうふうに事が運ぶなら当事者の問題であると申し上げましても、一つ問題がございまして、それは、機関紙誌の頒布制限が六カ月という条項があるわけですが、全く仮定の話といたしまして、新しい政党がこれから登場をする、これはいろんな場合があるわけでありますが、現在の国会に議席をお持ちの五政党以外のところから新しい政党が登場をする、あるいは五政党の間に何と申しますか、離合集散と申しますか、政党が分裂をする、あるいはそれぞれの政党が合併をするというふうにして、新しい政党が登場いたしました場合、つまり新党の登場の場合には、六カ月以内に選挙がございますと、この法律ですと機関紙誌は演説会場以外では頒布できない。逆に申しますと、選挙の予想される六カ月以前に新しい政党をつくるか、あるいは離合集散と申しますか、合併なり、分裂をなさるというふうにお考えになればいいわけでありますから、これは当人、当事者のことであると申し上げれば済むことでありますが、現在の国会に議席を持たない人々の間で新しい政党が出る問題につきましては、必ずしも公平とは言いがたい、そういう印象がいたします。  私の個人の意見を次いで申し上げますと、私は、日本の議会政治のためには、選挙を取り締まるというものの考え方は決してためにならないという考え方でありまして、現実的には選挙は全く自由であるべきである。現金によって投票を買収する以外は最大限度自由にしてよろしい。ですから、公職選挙法第十三章、十四章、十四章の二、十四章の三、十六章というものは、大幅に簡素化し、削減し、削ってよいという考えであります。とりあえず以上のような次第でありまして、当事者の間でまあまあということであれば、当事者以外の者が何と申し上げることもないのではあるまいかという感じもいたします。  以上で終わります。
  6. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ありがとうございました。  次に、木下参考人にお願いいたします。
  7. 木下広居

    ○参考人(木下広居君) 私は木下でございます。私はもちろん選挙というものに関係したことはございませんし、選挙運動というものも全然経験がございませんので、ただいまから申し上げますことも、これはどうも事実に非常に遠い、ずれている、あるいはあまりに理想主義的である、日本の選挙の現実とはかみ合わない、というような御批評があると思います。しかし、平素考えておりますことを今度の選挙法改正の法案に関連いたしまして簡単に意見を申し上げます。  まず、選挙というものはいかにあるべきか、これはもう御承知のとおりでありまして、選挙というのはできるだけ自由に伸び伸びと、楽しく、明るく正しいものじゃなくちゃいけない。諸外国の例を見ましても、選挙当日というものはお祭りであります。非常に楽しいです。ところが、日本の選挙はちっとも楽しくないです。これがまず大きな問題であろうと思うのです。それからまた選挙におきましては、日本では地盤、看板、カバンなどと申しまして、政策以外のことで争うということがいままでの習慣であります。私はあくまで政党の政策というもので競争なさるということが選挙の一番大事なことではないかと思います。それで、日本の選挙は、さっき京極さんがおっしゃいましたように、警察による取り締まり選挙ということが非常に大きなウエートを持っていると思うのです。私はこれはもうそろそろおやめになったほうがいいんじゃないか、つまり、選挙というものは人民が自主的にやることでありまして、お互いに正しく、明るくやろう、絶対に法律違反の選挙運動はやめようというふうに戒め合いまして、いよいよ正しくない不法な選挙をする人がございましたら、たとえば選挙の結果当選した人が不正をやりましたならば、落選した候補者が当選した候補者を告発すべきである、そして裁判に持ち込んで当選無効に追い込むべきである、私はそう思っております。で、先進諸国におきましても警察というものは選挙に関係ありません。だんだん、まあ大体百年ぐらい前から選挙が正しく行なわれるようになりましたのは、もっぱらその不正をやった当選者を告発するという、そういう裁判によってだんだん選挙がきれいになったと思います。日本でもやはりそういう過程を通らなければ選挙はよくならないんじゃないかと。警察の取り締まりということになりますと、これはどうも少し失礼かもしれませんけれども、警察というところは非常に忙しいところです。どろぼうもつかまえなきゃいかぬし、交通整理もしなきゃいけない。選挙になりまして、この複雑な非常に大きな選挙違反の取り締まりなんていうことを警察がやるということは、これはもう非常に手一ぱいのところにそれ以上に大事な仕事が加わるんでありまして、警察としましてはなるべくこれを簡単に、なるべく早くまあノルマと思われるぐらいの検挙をやってしまう、選挙期間中でも初めのころに、一つの市ならば何百人、大きなところならば何千人検挙いたしまして、これでノルマは達成された、これからはあまり奮闘しなくてもいいというふうにお考えになるのは、私は当然なことだと思うんです。そういたしますと、買収とか供応とか、法定選挙費用超過とか、こういうふうに人からきらわれるような、また非常に証拠をあげるのにむずかしいような調査というのはなるべくおやりにならぬ。形式的な、ビラの枚数であるとか選挙演説の回数であるとか、あるいはさっきも問題になりましたシンボル・マークを押えるとか、あるいは機関紙の種類を制限するとかあるいは六カ月制限であるとか、そういうものを押えるのが一番楽です。ノルマにすぐ達することができます。これはもう人情として私は当然のことだと思う。そういたしますと、そういうことでノルマをかせぎまして、大事な買収とか供応とか、法定選挙費用超過なんというものは、これはなるべくきらわれますからさわらないほうがいいということになるのは当然のことだろうと思うんです。でありますから、今度のこういうふうな以前に戻るような、せっかくある程度選挙が自由になったのをもう一ぺん前に戻すというようなことをなさいますと、いよいよもって悪質な選挙違反というものはそのままほうっておかれる傾向になるんじゃないかと、そういうことをおそれるわけであります。大体この、お上から監督されなきゃ選挙も正しくできないなんということでは、これは民主国家の国民としては恥ずかしいわけでありまして、選挙の自主というもの、自分で自分たちで戒め合って正しくやる、お上の監督を受けないというふうに持っていきたいのであります。  それからもう一つは、選挙法というものはこれは大事な法律でありますから、法律の安定性というものがなくちゃいけないと思うんです。一たん改正なすったら、京都の選挙のようにたった一ぺんの、一度の失敗によりまして、この法律が改正されてから一年もたたないうちにもう一ぺん改正して前に戻すというようなことは、これは人民が納得しないんじゃないかと思うんです。やっぱり人民が納得した上で法律の改正が行なわれるんじゃないか、もう少し慎重に時間をかせいでおやりになるほうがいいと思います。しかし、この改正は、先ほど京極さんがおっしゃいましたように、記号式をもう少し広げるとか、あるいは不在者投票の手続を簡単にするとか、そういうところはもちろん賛成でございますけれども、警察が証拠をそろえてつかまえやすい、検挙しやすいようなこういう規定が復活いたしますと、どうしても悪質の選挙違反というものが閑却されるおそれが十分あるということを私は強調したいのでございます。  要するに、それではいまの腐敗選挙、不正選挙をほっておいていいのかという御質問があるかもしれませんが、やはり先ほども申しましたように、政策と政策の競争である、政党と政党との政策の、いずれの政党が、どの政党が一番政策によって民衆を説得する力があるか、その競争でありますから、不正を行なった候補者を出した政党が、政党支部が、負けたほうの候補者のいる政党から訴えられる、それによって有罪の判決があったら、当選した候補者は当選無効になる、こういう手紙を日本でも御採用になることを私は希望いたします。長年の習慣でありますから急にこういうことをすることはむずかしいという御意見のあることは承知いたしておりますけれども、諸外国の例で見ますと、どうしてもこういう手続によって腐敗選挙が根絶された、それ以外の手続によっては百年河清ということが外国でも言われておりまして、思い切ってこういうふうな裁判によって当選無効を決定するということがあれば、必ず選挙違反はなくなるのじゃないかと思います。あくまで私は警察取り締まりという形の現在の選挙法のやり方、これには反対いたします。それで、先ほども皆さんおっしゃいましたように、買収、供応、法定選挙費用超過以外は全部自由にしてしまう、それによって初めて明朗な、楽しい選挙が行なわれる。日本では実に選挙が陰惨でございます。運動員というものは候補者を守る、候補者の秘密を警察から守るということに一生懸命でありまして、もし警察でどろを吐くようなことになりますと、自殺を強要されたり、あるいは候補者があぶなくなりますと、自分が進んで自殺する人が出るわけです。総選挙ごとに何人かの自殺者が出る、これは日本の特徴でありまして、先進国には見られないところであります。こういう陰惨な選挙をやめて、楽しい国民的な行事になるように、そういうふうに持っていっていただきたい、これが私の希望でありまして、残念ながら今度の改正については私は大体反対でございます。  以上でございます。
  8. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ありがとうございました。  次に、長谷川参考人にお願いいたします。
  9. 長谷川正安

    ○参考人(長谷川正安君) 私は大学で憲法を専門に勉強しているものですから、日本の憲法の立場から、また一人の法律家として、この改正案に意見を述べさせていただきたいと思います。三つ問題がございます。  一つは、いままでの京極、木下両参考人とほとんど同じ意見ですが、選挙活動の自由という問題です。で、これは御承知のように、現在の憲法では、公務員を選定、罷免するのは国民固有の権利であるというふうにいわゆる参政権の権利が憲法十五条で認められております。しかし、この参政権なるものが具体的にどう実現しているかということは、公職選挙法で選挙資格なり選挙運動についてどうきめているかということにかかわるわけでありまして、私は公職選挙法というのは事実上憲法に匹敵するような重要な法律であるというふうに考えております。幸い日本では、選挙資格については明治二十三年に第一回の選挙が行なわれたときに、有権者は人口の一%、四十万ぐらいしかおりませんでしたけれども、今日では、幸い六〇%以上の、要するに人口の半数以上が有権者になっているという、いわゆる普通選挙が実現し、この点ではヨーロッパの進んだ資本主義国と同じあるいはそれ以上であると思います。ところが、残念なことに、日本の第一回の選挙以来の例を見てみますと、選挙資格が拡大するに従って選挙運動がきびしく制限されるという一般的な傾向があるように思われます。たとえば、一番いい例は、大正十四年に男子普通選挙が実現した際に、選挙法を変えて世界じゅう例のない戸別訪問の禁止ということを日本でやりました。で、ほとんどそのときの、審議会がございまして、そこで審議した結果、戸別訪問禁止するのはいけないという結論が出ているにもかかわらず、あえて戸別訪問の禁止をするというような、要するに選挙権が拡大したときに選挙運動を制限するということが行なわれましたし、また、どうも新しい憲法のもとでも、そういう傾向がいままであったような気がいたします。そういう観点で見ますと、私は今度の改正は、せっかく選挙資格を拡大して国民固有の権利を十分実現していながら、その実態において、ヨーロッパの進んだ資本主義国ではほとんど考えられないような運動の制限を加えている。非常に、まあいままでの日本の選挙の扱い方、その流れの上に乗っていると言えばそれまでですけれども、どうも悪い傾向がまた復活しているように思われます。そういう意味で、私は、選挙運動あるいは選挙活動あるいは選挙中の政治活動の自由ということを憲法の原理に照らして、もう一度考え直していただきたいというのが第一点です。  それから第二の点は、私は法律家として意見を述べたいんですが、この選挙法の改正の個別的問題点について一、二触れますと、改正の法文の内容がきわめてあいまいであります。常識的にはわかるけれども、法律家にはよくわからない点が若干あります。で、それはたとえば、この政治活動用のビラを、国会の場合には三種類とか、あるいは地方選挙の場合に二種類に制限するということが新たに設けられておりますけれども、一体ビラの種類というのはどういうことなのか。一体大きさが違えば種類が違うのか、色が違えば種類が違うのか、あるいは文の内容が違えば種類が違うのか、考えられることは、およそ選挙をやったことのおありの方すらビラの種類というのは何だというふうに言われて、お答えできる方が私はいるかどうか疑問だと思います。要するに、こういうわからない規定をつくっておけば取り締まりは自由だということです。つかまえてもいいし、つかまえなくてもいい。あとは裁判所におまかせするということになるだろうと思うのです。それからもう一つその例をあげますと、たとえばこの改正案ではシンボル・マークの規制をやっております。要するに、シンボル・マークを表示するものを掲示することを制限しています。しかし、シンボル・マークを表示するものを掲示するといっても、たとえばシンボル・マークをバッジとして胸につけたらどうなるのか、ゼッケンとして背中にしょったらどうなるのか、腹巻きにしておなかに巻いたらどうなるのか。およそこの法文からはどこまでよくてどこまで悪いのか、要するに、シンボル・マークを規制したいという立案者の気持ちはわかるが、客観的にそのことが法律としてどういう意味を持つかということは非常にあいまいであります。こういう選挙運動というものが民主主義の社会においては原則として自由であるというたてまえならば、こういうわけのわからない妙な規制のしかたをするということは、私は何といいますか、大げさに言えば罪刑法定主義の原則に反するし、取り締まりということは、およそ原則としてやるので、選挙は不自由なんだという立場に立つならばこういう規定もまた理由があるかもしれません。しかし私はそうは思いません。  これは問題点がちょっと違いますが、もう一つ改正の内容に触れますと、確認団体の機関紙誌を六カ月という期限をつけて頒布の自由を制限しているということ。これもなぜ一体この確認団体の機関紙誌を六カ月という期間を設けたのか、どうも立案の合理的な理由みたいなものが私にはよくわかりません。ただこの参考人として御依頼を受けたのが突然で、郵便事情が悪くて資料が私のところに届かないということで、私の不勉強なところもございますので、その点は御容赦願いたいのでありますが、どうも立案の、意図はわかりますけれども、理由がはっきりしない点がございます。そういう幾つかの個別的な問題点を見ますと、もう少し法律としては練り直すというか、趣旨説明を明確にするというか、そういう点が非常に必要ではないかという感じが私はけさちょっと見ただけでも感じた点がございました。  それから第三の点でございますが、実は私は愛知県に住んでおりまして、愛知県ではさっそく来年の一月告示で二月に知事の選挙がございます。この知事の選挙を具体的に私がイメージを浮かべながら、この法案が通ったら一体どういうことになるだろうかということを考えてみますと、まず第一に考えられるのは、先ほど京都の知事選のことが例にあげられました。ビラ公害ということを参考人の方が申しましたけれども、私に言わせますと、この前の愛知県知事の選挙は、すなわちいまの知事が当選したわけですけれども、投票率が何%だったかというと三七%です。京都の選挙は七〇%をこえているはずです。要するに、愛知県のこの前の知事選と京都の知事選を比べると、何と愛知県では半分以下の低調な選挙をやっているのであります。私に言わせれば、ビラの公害があるかどうかはともかくとして、少なくとも愛知県の場合には、三七%の選挙なんというのはおよそ選挙とは考えられない。こういうもので選ばれても、三七%の一〇〇%を取ったとしても過半数に達してない、選挙の形をなしていないと思います。これの原因がどこにあるかというと、幾つかあると思いますが、一つの理由は、選挙運動がやるたび違っておりまして、選挙運動をやっている人が自分のやっていることが違法かどうかわからないという人がある。それに参加しようとする国民が、うっかり参加したら、この前はよかったけれども今度は引っかかるかもしれない。電話一本だれかにかけるのに、候補者の名前を、法律によって、たとえば自分が学校の先生なら職場を追われるかもしれない。その他要するに、選挙に参加しにくいようにしにくいように、こういう法を変えるということ自体にかなり選挙を低調にしている大きな原因があると思います。それは公職選挙法の、六法全書を見ますとわかりますが、毎年改正を取っかえ引っかえやっている。その中で選挙運動を不自由にしていることが、やりにくくしていることが、少なくとも愛知県では選挙を低調にしている原因だろうと思うのです。  したがって、今度もしこういう規制をつくったら、三七%が一体どこまで下がっていくのか。なくなれば官選になってしまうわけですけれども、どうも私は問題があるのじゃないかという気がします。  それからもう一つ。第二の愛知県の場合の例でいいますと、具体的にいいますと、今度の選挙は、現職の知事と、それから社会党と共産党が統一して、いわゆる革新統一候補というのを出して、これが先ごろきまって、この二人の決選になります。これは愛知県だけではありませんけれども、現職の知事は大体選挙運動を始めるのがものすごく早く、立候補の届け出は半年以上前にやっています。ところが、革新のほうの統一候補というのは、どこに責任があるかわかりませんけれども、告示ぎりぎりにならないときまらない。そこまでもんでいるのが普通です。そうなると、確認団体というのは、その場合には、現職の知事の支援団体というのは昔々からできておりまして、これは六カ月前といってもひっかからないような、こういう性格のものですね。また、先ほど新しい政党と言いましたけれども、政党に限らず、新しく何か政治運動をやろうとすれば、これが確認団体として選挙のときに機関紙が不自由にさせられる。現職が強いということはよく言われますけれども、それにお手伝いするような規制をなぜこういう法律でやらなければならないのか。私はかなり問題があると思うのです。ですから、政党の問題もありますけれども、私は新しい政治運動が起これるような、そういう政治の新しい動きを法律で押えるようなことはすべきではないんじゃないかという気がいたします。特に私の住んでいる県のことを考えると、この法律は一方に味方するための法律だとしか考えられない。  最後につけ加えておきますと、一体私がいま言いましたように、具体的な事実関係ということが、この法案をつくるにあたっての前提になっている事実認識というものがかなり問題だと思うのです。しかし、そういう場合に、一体この法案は、政府に選挙制度審議会という審議会がありますけれども、そこにかけて一体どのくらい専門家の方に考えてもらってつくったものなのか非常に疑問のような気がします。これは正確かどうかわかりませんけれども、私のちょっと伺ったところでは、選挙制度審議会にかけていないということのようです。かけてもいままで選挙制度審議会できまったことで尊重されたことはありませんから、もうかける必要がないという御認識であればまた別ですけれども、そうでなければ、なぜこういう法案をつくるときに事実関係をよく調べてつくらないのか、この点も私は疑問であります。  先ほど京極さんから述べられたように、若干の改正点があることは私も認めるのにやぶさかではありませんけれども、全体として見れば、この法案は非常に内容が不備だし、それから政治的な意図が露骨であるし、特に私が愛知県に住んでいて、今度行なわれる選挙のことを考えると、いかにもそれに当てつけていまの政権を担当している人がつくりたくなるような、そういう案だというふうな感じがいたしますので、私はこれには反対です。
  10. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ありがとうございました。  次に、渡辺参考人にお願いいたします。
  11. 渡辺年之助

    ○参考人(渡辺年之助君) 渡辺でございます。私は、普通選挙の実施以来きわめて最近まで、大小幾多の選挙に直接間接に関係してまいりました。そうしてその間に、わが国の政治の変遷をも見てまいりました。こうした経験から、私はいま参議院で御審議願っております公職選挙法の一部改正に関する法律案に賛成をいたすものでございます。  そこで私は、なぜこの法律案に賛成するかということについて意見を申し述べさしていただきたいと存じますが、一言にして言えば、最近の選挙は、衆参両院をはじめ首長及び地方選挙に至るまでお金があまりにかかり過ぎるということでございます。私は、議会制民主主義の健全な発達のためには、このような傾向は断じて好ましいものではないと信ずるのであります。  この法律案は、政党及び確認団体の選挙期間中における政治活動に制限を加えようというのがその眼目だと思います。私は、政党の行なう政治活動や選挙運動に対してむやみと制限をしたり、あるいは重箱の隅をほじくるような罰則を設けることには本来、賛成ではございません。しかしながら、今度の改正点につきましては、ことしの四月行なわれました京都の府知事選挙や先般行なわれました兵庫県知事の選挙の実情にかんがみまして、この程度の制限は、これらの選挙戦を経験した地域の一般有権者の声であるばかりでなく、選挙の公正を期するためにも必要であり、やむを得ないものだと信じます。  新聞紙の伝えるところによりますと、京都の府知事選挙では、一日百万枚にものぼる文書が配られ、朝晩二回にわたって各戸に四、五枚ずつのビラが配られたということであります。また配られたビラやパンフレットは三百種類、千数百万枚、赤ちゃんも入れた京都府民一人当たり十三枚ずつになる計算だといわれております。そればかりでなく、一個五十円もするというバッジが三十万個、張られたシンボル・マークは二軒に一軒の割合というのですから、たいへんな数であります。また、兵庫県の知事選挙でも、二千五百万枚のビラが配られたということでございます。それも政策宣伝などならまだよいのでありますけれども、その大部分がデマや中傷の文書が多く、いたずらに有権者を惑わすのみであったというのでありますから、言語道断と言わなければなりません。これでは選挙区の人々が選挙公害だと非難するのも当然でございます。  さらに大事なことは、このようなことが無制限に行なわれては、選挙にばく大な金がかかることになり、財力があるか、または金づくりのうまい者しか立候補できないということになります。それでは選挙の公正が期せられないばかりではなく、ひいては政治が金によって動かされるという結果になりかねません。もし、そうなったのでは、自由化というたてまえを生かすことによって、選挙という実体を殺してしまうことになると思います。  このように申しますと、政党や確認団体の政治活動と、候補者の行なう選挙活動とは別個なものであるという御意見があろうかと存じます。私も、理念としてはそのとおりだと思いますけれども、実際問題として、選挙期間中、その区域において行なわれた政党及び確認団体の政治活動は、候補者の行なう選挙運動と区別することのできないのが実情であります。したがって、いまのままでは選挙文書の制限は全く無意味であると言わなければなりません。  私は、この機会に申し上げたいのでありますが、政党は大いに日常活動を活発に全国各地で展開していただいたらよろしいと思います。しかし、もし、選挙が行なわれるということになりましたときには、その地域において選挙期間中は、選挙運動にまぎらわしいような、いわゆる政治活動は一時停止をして、それぞれいままで行なってきた日常活動の成果に期待し、静かに有権者の審判を待つということができないものだろうかということであります。  私は、議会制民主主義を支持するものの立場から最も重要と思うことは、国民の議会政治に対する信頼感ということであります。そのためには、大多数国民をしあわせにするよい政治が行なわれなければならないことは言うまでもありませんが、同時に、議会政治の基本ともいうべき選挙が、あくまでも公正に、そしてばく大な金がかかるといったことのないような、そういう選挙が行なわれるのでなければならぬと思います。今度の改正案に対しまして、一部では、自由化の後退ではないかとか、あるいは朝令暮改に過ぎはしないかという意見もあるように聞いております。しかし、私は、自由化したことが選挙の公正をそこなうような行き過ぎがあらわれたとしたら、最小限その部分だけ改正するのもまた必要であり、やむを得ないことだと思います。私は、ここにお見えになっております木下教授の「イギリスの議会」という著書をかつて読んだことがございますが、それによっていろいろ教えられることが多かったのであります。木下教授は、その本の中で「自由で正しい選挙」という項目をおつくりになりまして、その最初にこう書いておられます。「選挙制度の歴史を見れば、イギリス人の政治的天才がいちばんよくわかる。この制度の根本になっている部分は、もちろん世界の模範であって、健全なものであるが、永年の経験に照らして少しずつ接木したり、切ったりして来ている。」、そしてなお次のように続けて書いておられるのであります。「新調の服を注文するようなやり方ではなく、注意深く調べて、たしかにいけなくなったところだけを直してゆく。」、そしてまた次のようにも述べておられます。「そのためには、すっきりしない姿になっても仕方がないとする。これで、改革は終りだということがない。どんな改革にも必ず見落しがある。かくれていた小さい欠点が、しばらく経つと、重大な問題になって来るものである。」、こう書いておられるのであります。私は、この木下教授の文書に全く同感であります。朝令暮改ないしは試行錯誤の感もないではありませんが、選挙法は、先ほど木下あるいは長谷川両先生も言われたように、重要な法律でございます。しかし憲法とは違います。したがって、木下教授のお書きになっているように、注意深く調べ、確かにいけなくなったところだけでも直すべきだと信ずるのであります。また、木下教授は、現在のイギリスでは、買収という観念すらないといわれている、こういうことも書いておられますが、御承知のように、イギリスでも、昔は選挙界の腐敗がはなはだしいものがございましたが、選挙違反に対する罰則や選挙費用に対する制限の強化などを行なって、一方、政治教育を徹底あるいは浸透せしめたことによって、今日のような自由で正しい選挙が行なわれるようになったといわれております。私は、日本においても自由で正しい選挙のもとでりっぱな議会制民主主義を育成していくために、ときには後退と思われるようなこともがまんしなければならないときがあると存ずるのであります。  以上で私の意見を終わります。
  12. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ありがとうございました。参考人の方々の御意見陳述は、これにて一応終了いたしました。  これより参考人に対する質疑を行ないます。御質疑のある方は、順次御発言を願います。
  13. 松本賢一

    ○松本賢一君 御質問を申し上げたいと思います。私、社会党の松本でございます。  いま、諸先生からいろいろお話を聞きましたが、今度の法律に対する直接の問題もございますが、これも現実の問題としてきょう可決されてしまうことになるわけでございまして、いまさらあんまりそのことで時間を、せっかく先生方にお目にかかった時間をとりたくないので、もっと。プリミティブな質問と申しますか、あるいはもっと言えば根本問題と申しますか、そういう問題について主として大学の先生方にお教えを願いたいと思います。学生にものを教えてやるようなつもりでお答えをいただきたいと思います。どの先生がどういう御専門かということはよく知りませんので、私の質問に対して最も適切なお答えをどの先生からでもいただければ、どなたでもけっこうでございますので、ひとつお答えをいただきたいと思います。  一つの問題は、私政党人でございますけれども、いつも何となく割り切れない気持ちを持っておりますのは、個人と政党の問題です。私は日本国憲法というものが、これは社会党はもう憲法を絶対支持しておりますから当然なことですけれども、私個人としてもいまの日本国憲法が好きでございます。非常にいい憲法だと思っております。それには非常に個人というものを大事にしていると思うのです。ところが実際に政治をやりますと、政党が個人を縛ってしまっていることが非常に多いので、そういう点いつも割り切れない気持ちでおるのですけれども、こういう点について選挙法を考える場合にも、政党と個人とがたとえば選挙運動をやる場合に政党は非常に有利であるけれども個人は非常に不利であるというような選挙法はどうもそれでいいのかという気持ちが私どもするわけです。そういう点についての御意見がおありの先生のお話を承りたいと思います。  それからもう一つの問題は、今度の選挙法の改正の動機といいますか、いろいろありましょうけれども、やっぱり金の問題になってくると思うのです。自由にしたのはいいけれども、自由に何もかもああやられたのじゃ、たとえば京都の選挙の例が出ておりましたが、京都の選挙みたいにむやみに金を使っていろんなことをやられたのじゃかなわぬということで、結局ある程度縛らねばいけないのじゃないかという意見になってきたのだろうと思うので、その金の問題をどうしてうまくコントロールしていったらいいかということについて例の政治資金規正法というものが出てああいう状態でもう全然お話にならない、野たれ死にをしてしまったわけでございますけれども、そういうものとの関係で金の問題と選挙とをどういうふうに考えていくかという問題もあろうし、もう一つの考え方として金が相当かかることはわかってきた問題だから、候補者に金を使わさないで国が選挙運動を全面的に――いわゆる選挙公営という問題ですが、国ができるだけ金をたくさん使って選挙候補者には金をなるべく、どんな貧乏な人でも選挙ができるようにというような考え方で進むのがいいのじゃないかということも考えてみるわけです。私どもも選挙公営の範囲をもっと広げるべきだという主張を常にしておるわけですけれども、これがたとえばシンボル・マークの問題やビラの問題いろいろ出ておりましたけれども、こういうものを選挙公営、国の費用でもって全部肩がわりをして無制限にやるわけにいかないからどうしても制限する、そしてもうそれ以外のものは一切禁止して目に触れたら必ずそれは違反だというようなことをはたしてやっていいことなのかどうかというような、こういう疑問も持つわけなんです。そういう点について常々御研究になっておられる先生方に御意見がおありでございましたら、ほんとうに教えていただきたいと思うわけでございます。私ども常に選挙法というものを考えながら、いつもわからないで模索するだけでおるわけでございますので、そういう点ひとつお教えをいただきたいと思います。  それからもう一つ、次の問題は、これはもう選挙制度審議会等でもいつも論議されておる選挙区制の問題でございます。小選挙区制がはたしていいのかどうかというような問題あるいは比例代表制をとるのがいいのか悪いのか、比例代表制についてはこれはまた政党と個人との関係もまた問題として出てくると思いますが、そういう問題等についてお聞かせをいただきたいと思います。  それからえらいたくさんになりますけれども、もう一つ、選挙運動、これが一番卑近な問題になると思いますが、現在の選挙法では事前運動というものを縛っております。これが非常に批判の対象になる。特に現職有利という意味で事前運動を縛ることが批判のあれになっておりますが、選挙運動の自由ということからいえば、事前運動等はもうどんどんやったほうがいいんじゃないかと私ども考えるわけでございますけれども、特に選挙運動の中のいろいろな問題の中で、事前運動ということについての御意見をお聞かせをいただきたいと思います。一応それだけ御質問いたしたいと思います。よろしくお願いいたします。どの先生にというわけに私どもまいりませんので、ひとつ適当に御答弁をいただきたいと思います。
  14. 京極純一

    ○参考人(京極純一君) ただいまの松本先生のお話でございますが、こういうふうに申し上げたらどうかと思います。議会政治は御承知のように、議会政治家による政治であるわけです。議会政治家による政治というのは、必ず政界というものをつくります。つまり、議会政治は政党による政治であるというのが基本の特徴であると思います。したがいまして、選挙と申しますものも、政権を担当する政党を選定するというのが選挙の基本の役割りである。しかしながら、他方で、選挙は民意を表現をするという反面の役割りも持っているのでありますから、教室の講義で申しますときには、学生には、選挙は多数党と少数党を選ぶことであるというふうに説明しております。個人が個人としていかに有能な方でありましても、参議院はそういう伝統をお持ちの場所でございますけれども、国政を担当するということには必ずしも適当でない、これらの議会制の制度上の趣旨がそうなっていると思います。  第二の選挙の費用につきましては、私はもちろん、ものにより事によりましては、公営ということは決して悪くないことと思いますが、原則として選挙は自営と申しますか、選挙をなさる方の創意くふうによって自由になすったほうがよろしい。政治ですから選挙の費用を規制をするというふうな考え方、法定選挙費用という考え方は私は意見としては反対であります。国民が選挙のためにめいめい自分の支持する政党に献金をしまして、そういう有権者が現在少ないことは事実でありますが、浄財を持ち寄りましてそれによって創意くふうをこらしてお金を使って選挙をする、それでいいというふうに考えます。で、これ以上お金を使ってはならないなどということを言う一段高い立場に立つ人は、国民のほかにはあり得ない、国民が自分たちでお金を出してやることである、そういうふうに考えております。したがいまして、政治資金を規制をするということにつきましては、国民の基本的人権といいますか、政治活動の自由に対する重大なる制限のおそれがある場合があるであろうというふうに考えております。  それから第三番目の区制につきましてでありますが、先ほど申し上げましたように、議会制の中で選挙というものが政権担当をする政党を選び、その意味で安定政権、安定内閣、安定総理をつくるということであるということを強調いたしますならば、小選挙区、衆議院の場合一人区というのが最も適当でありますし、かつ御承知のように、議会制がそのまま育ってまいりましたイギリスやアメリカでは一人区を採用いたしております。しかしながら、選挙が民意を表現をする、何と申しますか、たとえて申しますと、社会の中の気圧をはかる圧力計であるというふうに考えますならば、比例代表制というのが民意を表現をしあるいは民意を測定をするメーターとして適当であるということになります。しかしながら、フランスがしょっちゅう引用される例になりますが、いわゆる小党分立ということになりまして、八カ月に一回政権担当政党がかわり、総理大臣がかわるということになりますと、国民にとりましても必ずしもしあわせでないことも起こるわけであります。でありますから、おそらく日本では、衆議院の場合、三人区、四人区、五人区という中間的な、かなりの程度に比例代表にも近づかないような程度に、一人区にも近い創意くふうでやってきたのだろうと思いますが、三人区、四人区、五人区、三通りあることは私は適当ではない。一通りにそろえたほうが選挙としては公平であろう、ゲームのルールとしては公平ではないかというふうに考えております。  第四番目の選挙運動の事前運動の禁止という問題でありますが、私は、事前運動の禁止に対しては、もちろん最初に申し上げましたように、全く無意味なことだと考えております。現職の方であろうと現職でなかろうと、議会制ある限り、一年三百六十五日、一日二十四時間、すべて事前運動であり、選挙運動であるのが、議会政治のほんとうの姿であろうと思いますから、事前運動禁止の規定などというものは削除されたほうが適当であろうというふうに考えております。
  15. 木下広居

    ○参考人(木下広居君) いま京極参考人がおっしゃいましたこと、大体私も賛成なんでありますが、それに関連しまして少しお答えしたいと思います。  私の意見では、政党というものが議員の言動を縛るのがいけないのじゃないかというような先ほどの先生の御意見でございます。これは国によって違うようでありまして、イギリスのようなところでは、政党は議員の意見の表明あるいは表決の場合の票を拘束しております。もしこれに従いませんと、幹部に反抗している、あるいは除名になる場合もあるかもしれませんのです。ところが、アメリカのような大統領制の場合には、議院内閣制と違いまして、議院内閣制というのは内閣を選んで、内閣を維持していくという役割りがあるわけです。ですから、政党が分裂しましたりあるいは投票の統制ができませんと、内閣があぶなくなりますから、どうしても議員の言動につきましてはある程度の統制を加えなくちゃいけない。ところが、大統領制度のもとにおきましては、政党に属する議員というものは全然自由でありまして、たとえば一つの法案について、民主党は賛成が半分、反対が半分、共和党のほうも賛成が半分で反対が半分というふうに、そういうふうに割れる場合がしばしばございます。たとえば、商業、工業の盛んなところから来ている議員は、党派にかかわらず、また出身の州にかかわらず、関税法については同一の態度をとる、あるいは農業地帯のほうでは党派にかかわらずすべて同じ行動をとるというようなことがございまして、党の拘束というのは非常にゆるいのです。これはやはり国によって違うのじゃないかと思うのです。日本の場合は、議院内閣制をとっておりますから、どうしてもやはりイギリス流に、ある程度まで党というものが結束を固めませんと、内閣を維持する、支持していくことはできませんです。もちろん、たとえばイギリスなんかでも、労働党内閣の五年間に、労働党左派が幹部に対して十三回も反乱を起こしたあるいはスエズ問題で何十人の保守党員がイーデンに反抗したとか、いろんな例がございまして、必ずしも無理をして拘束しているわけではございませんです。決して反乱分子があってもそんなに気にいたしませんです。日本では少し締めつけが不必要にきびし過ぎるんじゃないかという感じは私は持っております。  それから公営選挙の問題でありますが、あまり各候補者が方々からお金を集めてきて、ふんだんにお金を使うのがいけないから、ですから法定選挙費用というのを銀行に預けて、そこから支払いの必要が生じた場合には小切手で支払うようにしたらどうだなんていう意見もございます。それからまた、秘書とか運動員というのもお金で雇いまして、そうして運動するのもこれも不公平である、やはり金をたくさん持っているほうが有利である。ですから、選挙管理委員会というようなものが、各候補者についてどこで演説をやるというスケジュールをつくりまして、その演説だけを許す、ほかは一切運動は許さない、そういう案もあるようであります。しかし、こういたしますと、なるほど公平にはまいりますけれども、先ほども申しましたように、警察の取り締まりというものがいよいよ厳重になります。ほとんど警察国家的なことになるんじゃないか、警察官の姿を見たら候補者も関係者もみんな逃げ隠れするようになる。私はある警察署長に、選挙のときにこういうことを聞きました。大体選挙法に違反した人で検挙されるのは氷山の一角ぐらいですかと申しましたら、いや、それならいいんですけれども、そんなにたくさんはいままで検挙できません、気の毒で検挙できません、九牛の一毛でしょうかなんて言っておられた。こういうおことばが出るところを見ますと、選挙違反をやった人で検挙されるのは非常に少数であるということがわかる。そうすると、実際の取り締まりの目的も達してないんじゃないか、現在は。それが今度は公営選挙になりまして、いよいよ無理やりに監督を厳重にするということになりますと、民主主義的な自由というものがほとんどなくなってしまうんじゃないか、選挙が先ほど申しましたように、非常に陰惨なものになってしまうんじゃないかと思うのであります。これはやはり根本的に、私は民主主義的な選挙というものの方針に相反するんじゃないかと思うのです。  それから政治資金の規制でありますけれども、現在あまりに財界から政界――政党にも派閥にも各個人の後援会にもたくさんお金が流れるから、これでお金がだぶついて、選挙が腐敗するんだという議論があります。アメリカがやはり一九〇七年から、団体の寄付は一切いけないという法律をつくって、それがだんだん今日に及んでおりますけれども、一年間に一人の市民が五千ドルまでしか政治に献金できない、三千ドルからは税金がつくということに今日ではなっているわけであります。そして各人の寄付というのはだんだん零細化してきまして、たとえばこの間のニューヨーク市長の選挙では、一人が二十五セントを寄付する――九十円を寄付するという運動、二十五セント運動というのが起こり、あるいはニクソン大統領に対して、一ドル運動あるいは十ドル運動――演説会の入り口で十ドル払いまして、中で一ドルのごちそうがありまして、九ドルは候補者に寄付してしまうというような、そういう形の零細な寄付が何百万人、何千万人の人で行なわれておるわけであります。大量の寄付がある会社からあるいはある銀行から寄付があるということは、アメリカではほとんどもう法律の制限もございまして、姿を消したようであります。日本もやはりこういうふうな形になっていくのが将来の行き方ではないかと、私は考えるわけであります。ですから公営選挙ということも、よほど慎重に考えなきゃいかぬと思うのです。  それからまた、事前運動でありますが、これは禁止したって実際おやりになるのです。そして取り締まろうとしましても、取り締まる方法がありませんです。もしお金の使い方を制限するならば、選挙期間中ぐらいのことでありまして、あまりひどい場合には、さっき申しましたように、告発して裁判に持っていくという方法しか私はないじゃないかと、そういうふうに考えております。  それからまた、選挙区について一言申し上げたいのは、小選挙区制度というのは、二大政党がございまして、その勢力が大体平均しております場合には、非常にうまくいくわけです。大体両方の政党が総得票数においてあまり違いがない、しかし、当選者は相当に開いておる、それが小選挙区の特徴であります。ただ小選挙区制度の場合は、第三党以下がほとんどなくなってしまいます。イギリスの自由党は第三党でありますが、七人か八人しか毎回当選いたしませんです。そういうことを考えますと、現在の日本の野党が多党化している状態におきましては、野党がほとんど全滅してしまうというおそれがあるわけであります。小選挙区制度と比例代表制をかみ合わす、半々にかみ合わすというのは、西独のやり方なんかをやはり参考にしなきゃいけないんじゃないかと考えます。  以上であります。
  16. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ありがとうございました。長谷川参考人にお願いします。
  17. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) いままでの先生方の御意見とダブらない点だけ私の意見を申さしていただきたいと思います。  第一の点は、いまの憲法では、松本さんがおっしゃったように、個人主義の原則というのが原則として主張されているわけであります。しかし、政党の問題は、結社の自由の問題でありまして、憲法のたてまえとしては、個人政党が矛盾したり対立したりするということはあり得ない。それは要するに政党加入する自由があり、支持する自由があり、また政党の中で意見が一致しているものが同じ方向に政治活動をする、意見が違えばやめればいいという、簡単に言ってしまえば、そういう原則で民主的に運営されているとすれば、政党個人の矛盾対立という問題もないし、また、その政党基礎にして議会が運営されるということは個人基礎にして議会が運営されるということと同じだというふうにたてまえはできていると思うんです。しかし、現実にはそうなっていないことがたくさんある、そこに問題がおありだろうと思うんですが、それには私はいまの日本の政党がほんとうに私がいま言ったようなたてまえを満足させるような運用をやっているかどうかという政党自身の問題が一つあると思います。  それからもう一つの問題は、政党も含めて政治というものについて日本のマスコミもそうですし、教育もそうですし、法律の内容もそうですけれども、大体日本の場合には、政治というものが出てきた場合には、禁止の対象になる場合に出てくるんで、奨励するために政治ということばや政党というものが出てくることは非常に少ないんですね、法律でもそうですけれども。そういう法律や宣伝や教育の中で育てられてきた多くの人たちというものは、政党というものは何か自分たちと違う団体で、特殊な団体で、たてまえとしては政党基礎にしなければ議会運営できないのに、感情としてはまた一般的な常識としては、政党というものは個人議会の間にはさまって何かそこでじゃましているみたいな印象を持っている方が多いと思うんです。これはやはり憲法のたてまえが実現しないような日常的ないろいろな社会のあり方に私は問題があるように思います。  それから第二の点ですけれども、金の問題なんですが、私の経験では、私はパリに二年いたことがあるんですが、その選挙を何回か見ていますが、選挙が始まると、政党員は戸別訪問をやって自分の政党の趣旨を訴えて、賛同してくれる人からいわゆるカンパを取って歩くわけですね。フランス人郵便配達が来てもチップを出しますけれども、政党人間が来たらちゃんと金を払うんですね。そして私が言いたいのは、金の問題は出どころの問題なんであって、こういう一人一人の国民選挙に積極的に参加する形で出すような金を制限する理由というのは何もないんじゃないかという気がいたします。また使い方も問題ですけれども、私は、日本で金が問題になるときは、何かどこかに金をたくさん持っている人がいて、そこから出てくる金の規制だけが問題になる。しかし、一人一人が選挙に積極的に参加するために、先ほど木下さんのお話もありましたが、金を出す場合に、それが大量になったって、それは非常に好ましいことなんであって、要するに金を問題にするときには私は出どころを問題にする必要があるんじゃないかという気がいたします。  それから選挙公営の問題については、あくまで自由選挙活動に対して国が援助をするというのがたてまえであって、その限りでは私は望ましいと思いますけれども、何か選挙を国がやるんだという印象を与えるようなやり方は、私はあまり望ましくない。なぜとなれば、国と抽象的に言いますけれども、現実には先ほどの政党基礎にして政治をやっているわけですから、国というのは政党内閣のことをさしているわけですから、したがって、自民党の内閣のときと共産党内閣のときと社会党の内閣のときに、一体同じ選挙運営をおやりになる自信があるかどうか、私は自信の問題じゃなくて、客観的に同じ選挙はやれないと思うんです。ですから、そういう意味で、あくまで国は技術的な援助をするだけであって、選挙公営の名をかりて選挙運動そのものを制限するような傾向がもし少しでもあれば、それは私は望ましくないと思います。  それから次の問題として選挙区制の問題ですけれども、私も木下さんと同じで、日本の場合には、多数政党制の現状からいって、小選挙区制はあまり望ましくないというふうに考えておりますが、いま一番大きな問題は、先ほどどなたかちょっと触れましたが、定数を是正するという問題。この問題については、実に選挙区によって投票者数なり当選者が獲得する票の非常な差というものがある、農村の票と都会の票では、ほとんどその倍以上の価値の差があるというのが現状です。で、この点は先ほど参考人の方からイギリス選挙区のことをお話しになりましたけれども、イギリスの一八三二年の選挙法改正で、それ以前に行なわれていた腐敗選挙が非常に減ったのは、私の見るところでは、日本流にいえば定数是正の問題で、要するに、人間もいないようなところからその土地を持っている人間が金で議員が選べた、そういう選挙をなくして、新らしくできた都市、そこの人口比例するようにいわゆる選挙区を変えたあるいは定数を是正した、そういう問題があって初めてイギリス選挙というものはそこからだんだん公正な選挙がやれるようになってきたんじゃないかというふうに私は思っているんです。したがって、決して取り締まりをきびしくしたから選挙がうまくいくようになったんじゃなくて、合理的な選挙をやる基礎がこの三二年の改正で確立した。私はいまの日本の問題でも、選挙制度審議会でもたしかもう早くからこれは提案があると思うのですけれども、全く終戦直後につくった定数でもっていまだに選挙をやっているというようなことは、合理性がもう今日では少なくなっているような気がいたします。  で、最後に事前運動の問題については、私は選挙運動というものは、およそ自由政党基礎にして政治活動として行われるのが一番基礎だというふうに思いますから、いわゆる事前運動というような概念をつくってみても、私は実際にも実効がないし、選挙の民主的な運営というたてまえからいえば望ましくない、もっと自由にやらせる、そしてそういう自由政治活動を前提にした上で選挙期間中にどうするかということをそれにつけ加えて考えるべきではないか、選挙期間中にはおよそ政治運動というものはとめてしまうといういまの選挙のやり方というものは、最初に言いましたように、公職選挙法もまた何か腹の中では政党なり政治というものを悪として見ているような、そういうにおいが感ぜられて私にはしかたがないわけです。
  18. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ありがとうございました。  松本さん、時間わずかでございますが。
  19. 松本賢一

    ○松本賢一君 あまり時間ありませんので、簡単にもう一点お聞きをしますから、簡単にひとつお答えをいただきたいと思います。  政党と個人の問題ですけれども、私のことばがちょっと悪かったと思うので、政党の内部の問題を言っているのではないので、政党は条件つきで加入するのですから、内部でどう縛られようと、これはしようがないということも言えるので、それは内部の問題は内部の問題でいろいろとありますけれども、それは別問題として、私が聞きたいのは、特に選挙法の問題とからんで、どうも政党に有利で個人に不利な選挙法というように改正の方向がだんだん進んでいくんじゃないか、特に比例代表制なんというものも、いままで考えられておる比例代表制では、個人が選挙運動できなくなってしまうんじゃないかといったような、政党をつくらなければならないようなことになるんじゃないかというようなことがあって、それはいかにもどうも私どもの考え方からすると、ちょっと納得がいきかねる、そういう気持ちがしますので、その点もう一ぺんひとつ御説明いただきたいと思います。  それから選挙公営の問題ですが、これは私ども選挙する場合に、たいへん金がなくて――選挙運動が自由である、どんなことをやってもいいということは賛成なんです、趣旨としては賛成なんだけれども、さてそれじゃおまえ何をやってもいいということになっても、金がなかったら何にもできないということが実情なんで、だから何やってもいいということを相当大幅に国が肩がわりをするという考え方、つまり貧乏人でも選挙は一人前にやれるということを、つまり縛るんではなくて、金の援助を、立候補する立候補者に対して国が選挙運動の援助をするという意味での公営ですね、そういうものはもっと大幅にやっていいんじゃないかということを考えているわけなんです。そういう点についてひとつ御意見を。それから事前運動については、これは選挙は何をやってもいいということの中で、特に新しく出る人、それで政党に加盟してない人という者が、これははっきりもう私は選挙に立つんだということを名のりをあげてやらなければ、これは運動にならないんで、そういう意味での事前運動といいますか、そういうことを取り上げてみたわけなんで、これは必ずしもたいした問題じゃないといえばそういうことなんで、選挙運動が自由になれば何でもできるわけですから、そういうことでございますので、時間もあまりないようでございますから、簡単に御説明をいただきたいと思います。
  20. 京極純一

    ○参考人(京極純一君) 松本先生のお話の第一点は、比例代表制になった場合に、リストが提示されて、政党にまるをつける形で投票をする。したがって、有権者に提示されるリストのつくり方に問題があるというお話だと思います。これは比例代表制になりますと、そのときの政党の内部の幹部なり主流派によってリストがつくられるのでありますから、どうしても政党の中での有利、不利が出ることはやむを得ないと思います。そして、それが有権者の側の個人選択ということと一致しないということも起こり得ると思います。それが比例代表制、強制リスト制の比例代表制の場合の基本の難点の一つだと私は思います。その意味では個人名を投票するという制度にすぐれた点が、少なくとも有権者の選択に直結できるという有利な点があると思っております。ですから比例代表制に個人選択をどうかみ合わせるかということをくふうしなければいけないんじゃないでしょうか、もし比例代表制にする場合は。  第二点、時間がないようでございますが、選挙費用を公営にする、いまのお話ははっきり申しますと国庫で支出をする。つまり具体的に申しますと、大蔵省の主計官が、今度の衆議院選挙には候補者一人当たり何十万支出するということを査定をするということを具体的に意味すると思いますが、私は、選挙を官僚なり役人なり、同じことばでありますが、そういう人たちがコントロールするというのは、これは私、議会政治として最も考えられないことじゃないかというふうに思います。
  21. 松本賢一

    ○松本賢一君 私の言っておるのはそういうことではございません。個人で予算を取るということじゃなくて。
  22. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 他の参考人御意見。
  23. 木下広居

    ○参考人(木下広居君) 簡単に補足させていただきますが、松本先生のおっしゃったのは、いまの選挙では政党のほうに便宜になるような規定になっていて、個人たる候補者は不利じゃないか、それが問題だというようなお話じゃないかと思うんですがね。そういうことはちょっと私は意見が違うんですけれども、だんだん将来は、政党本位の選挙にならなければいけないし、またなるんだろうと思います。いままでは個人で後援会をつくって、自分で方々からお金を集めてきて、運動員も雇って自分で選挙する。つまり純粋な私営選挙です。これはもう衰えてまいりまして、とても財政的にも間に合わないと思うんです。ですから選挙の費用は政党が負担する、具体的にはその選挙区にあるところの政党の支部が財政的に負担をする。したがって、候補者個人は原則として全然お金が要らないというのがほんとうじゃないかと思うんです。そうすると政党に有利で、個人には不利だという、そういう問題は全然起こらない。まあ先進国等におきましては、ほとんど無所属議員というのはありません。政党が選挙のやり方についても、また資金についても全責任を負ってやっているわけです。ですから候補者はちっとも心配がないわけです。それからこの公営選挙について国家が援助したらどうだというお話でございますけれども、これもやはり弊害があるんで、だれを一体候補者と認めるか。だれでもかれでも立候補しさえすれば国庫からある程度の援助があるということはとても考えられないことです。
  24. 松本賢一

    ○松本賢一君 そういう意味で言ったんじゃない。
  25. 木下広居

    ○参考人(木下広居君) どうも誤解して失礼いたしました。
  26. 長谷川正安

    ○参考人(長谷川正安君) 一点だけ。選挙の公営について、私はあくまで選挙を援助すべきものとしては認めるべきだ、そのためにはいまやっている公営の内容というのは非常に貧困だから、それを充実して、このようにテレビが発達したときなら立候補した者にかなり妙な者がかりにいても、かなりひんぱんにNHKなら無料で出させる。それから新聞を利用するとか、ラジオを利用するとか、そういう意味で立ち合い演説会というような固定された形だけじゃなくて、いまのもっと国民に率直に訴えるような方法はどんどん使ってもいいんじゃないかという気がするんです。その場合には、やはりいまのマスコミというのは、かりに私的企業でも社会的な役割りが強いわけですから、私はそういう意味で選挙公営の内容をいまよりももっと充実させるという意味では賛成で、これは先ほど松本さんが言われた御趣旨は、決して官僚や役人がこの中に、内容にタッチしてくるという意味では全然ないと思うんです。そういう点でしたら、その点は賛成したいと思います。
  27. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ありがとうございました。
  28. 多田省吾

    ○多田省吾君 私は、公明党の多田でございます。私たちは少数政党のため非常に時間が制限されまして、残念ながら十何分しか持ち時間がございませんので、本日は五人の参考人の方に全部お尋ねしたいのでございますが、やはり限られてしまうようで非常に申しわけないと思います。お忙しいところせっかくおいでくださって、またいろいろ貴重な参考意見を拝聴したわけでございますので、ほんとうはもっといろいろ時間をかけて質問したいんですが、非常に残念でございます。  また、安藤先生にまだ質問がございませんので、御質問いたしますけれども、先ほど安藤先生は、京都において非常にお金がかかったのじゃないか、こうおっしゃいました。私はそういう政治活動、政策活動のためのお金というのはたいしたことはないと思うのです。むしろ買収、供応のお金というものがひどいんじゃないか、こう思うのです。それで安藤先生は、都道府県選挙管理委員会連合会会長もやっていらっしゃるし、今度第六次、第七次の選挙制度審議会の委員でもございますのでよく御存じだと思いますが、この前行なわれた茨城の県会選挙におきましても、もうすでに投票日の前に十一名ほど逮捕されておるわけです。ほとんど買収です。ある候補のごときは候補者が逮捕されておる。また買収の現行犯として千円札を入れた封筒が八百枚も押収されておる、それだけでも八十万円。そのほか一票五千円とうわさされておる、それはほとんど残念ながら革新系の候補が立っておりませんので、保守系同士の争いの中で行なわれた選挙、そして選挙が終わったところが二十人ばかりまた逮捕されておる、ほとんど買収。茨城県議会選挙は御存じのように、黒い霧解散で議長の選挙にからんで五百万円の買収が行なわれたというようなことで、八年前に黒い霧解散が行なわれた選挙でございますが、今回もやはり黒い霧議員が九人も出まして、非常に残念な姿を見せておるわけです。ですから私は、安藤先生もおっしゃっておる買収を禁示するような、そういう方向にむしろお金のかからない選挙というなら進むべきだ、このように思うわけでございます。どうお考えになるか。  もう一点は、今度の法改正にあたって、自治大臣のお話では、意識調査してないんです。それから参議院の公職選挙法改正に関する特別委員会のメンバーで京都に現地調査に行ったときにも、各界の代表が自由にして明朗濶達な選挙へ移行するための一つの過程として前向きにもっとみんなとらえておりまして、その報告でも、今回の選挙においてはその性格が開放的で、買収、供応などは一件もなく、有権者の自覚を高め、政治意識を向上させたと、このように評価しているわけです。これはもう選挙管理委員会の方だってそう言っているわけなんですね。それだのに一方的に政府案というものは、自由化を制限するような法案を出しているんですね。安藤先生も御存じかと思いますが、もう一つのほうの統一選挙臨時特例法案というものが出されました。その中に、埼玉県の県会議員の候補を一人ふやすという案が加えられているわけなんですね。これは非常におかしな法案でございまして、与党の自民党からも反対が出てそれは削られてしまった。これも自民党のある有力な一総務でもある代議士がやはりごり押しをして入れたんだということです。だから私はそういう面から見て、この統一選挙臨時特例法案につきましても結局党利党略の法案じゃないか、こう思うわけです。ですから公職選挙法改正のこの法案につきましても、どうも与党のかってな党利党略のための改悪案じゃないか、このように私たちは言わざるを得ない。それは証拠は幾つもありますけれども時間がありませんので申し上げられませんが、しかも第五次選挙制度審議会の答申によって昨年改正が行なわれたばかりなのに、第七次選挙制度審議会にもこれは第六次にもかけないでもう改正する、改悪するということは非常におかしいことではないかと、こう思うわけでございます。この点を安藤先生はどうお考えになるか、簡単でけっこうですから。
  29. 安藤真一

    ○参考人(安藤真一君) ただいま多田先生からのお話に対してお答えいたします。  多田先生は私どもと同じように、審議会の委員でしかも先輩ですからよく御存じなんで、私申し上げるということはどうかと思いますが、時間がありませんので一ただいま買収、供応の問題が茨城の問題が出ましてはなはだけしからぬとおっしゃいましたが、私は選挙の中で何といっても一番悪いのは買収、供応だと考えております。買収、供応だけは何とかしてこれを選挙の世界から追放したい、このために何とかの方法を考えなきゃいかぬじゃないかと思っております。そうして、いろいろこれまで考えましたところによりましては、結局、公職選挙法の改正によって買収、供応を追放するということを考えざるを得ないと、こういうふうな結論に到達しまして、公職選挙法の改正案を私のほうでは私なりにそういうものを考えております。これちょっと時間がかかりますので、もし時間があったらあとで申し上げます。  次の、現在の法案、政府のほうで提案になっております提案に賛成か反対か、こういうことのようでございますが、これは私は賛成でございます。と申しますのは、何としてもこの間の京都の選挙を見まして、これでは困ると、どうしてもこんなことではいかぬのだと、こういうふうに考えております。おっしゃるとおり京都では買収、供応はなかったんじゃないかというふうな印象を受けております。京都で買収、供応がなかったということは、あの両陣営が、候補者両陣営の選挙団体が、後援団体が非常にたくさんのお金を使われましたことだけは事実のとおり違いないんだと思います。そういうふうに金を使われたんで買収や供応などもその中に含まれてしまったんで、買収供応の独立した事件ではない、こういうような感じもするんです。もう非常にたくさん金が使われたためにそういう小さいものは吹っ飛んでしまったのじゃないか、こういうふうな気もいたすわけでございます。そういうことで、とにかく現在の選挙中に政治活動をするということはどうももう一つ私どもとしましては感心しない、なるべくそれをやめていただきたいということが私の願いでございます。
  30. 多田省吾

    ○多田省吾君 第七次選挙制度審議会委員になられた方でも、私は安藤先生あるいは染野さん以外の方はほとんどみんなこの法案に反対だと、このように聞いているわけです。  また、第五次選挙制度審議会のメンバーであられた木下先生にお尋ねしたいのでございますが、第五次選挙制度審議会の答申には、「政党本位の選挙においては、言論、文書による選挙運動は、選挙運動のもっとも本来的なものとして選挙運動が公正に行なわれるための最小限度の規制を除き、自由化すべきこと」と、このようにありまして、また具体的にもいろいろ提案があったわけでございます。で、昨年の六月におきましてその一部を取り入れて若干の自由化をしたにすぎないわけでございます。その若干の自由化したものすら今回は後退さしているわけです。非常にこれは遺憾だと思うのです。ですから第一点は、先生に、この第五次選挙制度来議会のこの政党活動の自由化についての空気ですね、そういったものもお聞かせ願いたいし、また、私たちは、政党討論会とか立ち会い演説会のテレビによる徹底的な実施とか、第三者主催の演説会、座談会あるいは戸別訪問はもう全部これは自由化していただきたいけれども、特に政党の戸別訪問くらいはいますぐでも許していいんじゃないか、あるいは文書、言論の自由化をさらにもっと徹底させるということ、これを今回さらに進めるものだったならばこれはいいと思うのですよ。いままでの日本の選挙法の歴史というものは全部この政党活動の自由というものを束縛する方向できたわけです。ですからそれを自由化する方向で、先生のおっしゃるような選挙はお祭りである、自由濶達であり楽しいものであるべきである、そういう趣旨に私は沿うのじゃないかと、こう思いますが、いかがですか。  それから第二点は、私も先ほど渡辺参考人がおっしゃったように、先生の「イギリス議会」という本を何べんも読みまして非常に感激した者でございますが、特にあの買収、供応選挙をなくすために腐敗防止法、あるいは高等裁判所に選挙裁判官二名をつくって、そしてもう二週間ほどで買収候補は当選してももうこれを落選せしめている、しかもかわりの当選人をきめるというようなやり方、こういった買収、供応の選挙を是正する方面なら私はどんどんどんどんと法改正もよろしいのじゃないかと、このように思いますけれども、残念ながらいまの改正案というものが毎年行なわれておりますけれども、規制する方向ばかりに法改正が行なわれて、しかも買収、供応選挙に対しましては、参議院選挙等におきましてはやっと――いわゆる買収候補が本人にもかかわるような違反を犯して、そして最高裁判所によっていわゆる罪になった、それが七年かかったと。ですからもう二回目の選挙にもうその本人が当選していたというような、およそ考えられないような事態も日本においては起こっておるわけでございます。こういった点を考えまして、私は買収、供応選挙をなくす方向の改正案はどんどんすべきでありますけれども、このような政党活動の自由化あるいは政策活動の自由化を束縛するような改悪案は一切なすべきではない、このように考えるわけでございますが、この点についてさらに明確にひとつ御意見を拝聴したい。
  31. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 木下参考人にお願いします。
  32. 木下広居

    ○参考人(木下広居君) 時間の関係で簡単に申し上げます。  私、第五次選挙制度審議会におきまして、戸別訪問を自由化するということを繰り返し繰り返し主張いたしました。しかし、これに対しましては、自民党の特別委員の一部から、それは先進国ならいいけれども、日本ではとてもだめだと。戸別訪問をするという名目で実は買収して歩くからいけないんだというようなお話がございました。非常に残念である。アメリカでもイギリスでもフランスでもドイツでも戸別訪問ということが、これが選挙運動のおもなものであります。それで、運動員なりあるいは候補者が選挙民と直接議論いたしまして、自分の政策を納得してもらう。納得してもらったら投票してくれる。全然応接間には上げませんし、水一ぱい飲ませませんです。全くきれいなものです。こういうことは、私は日本でもできると思うんです。それを過去のイメージが残っていて、直接選挙民と接触させるならば必ず買収が行なわれる。そういうことで、こういう戸別訪問という一番大事な政治教育の機会を日本ではのがしているわけです。それから政党活動でもそうです。もうあらゆる政党活動というものが私は自由でなければいけない。日本だけです、こういうものを制限しているのは。たとえば演説の回数の制限をするとか、あるいはビラの枚数とか、あるいはあらゆる制限を加えている。これは結局、警察がこれを取り締まりまして、任意に検挙している。だれを検挙するか、どういうときに検挙するか、そういうことはもう警察が任意に決定することです。ですから警察というものを人民が非常におびえて、こわがっているんです、選挙のときには特に。これは私は後進国家の姿だろうと思うんです。そのためにかえって買収、供応というものはお留守になってしまう。こういう調査は非常に力を入れてなさらないという結果になっておりますから、ぜひともこの警察の取り締まりあるいは政党活動の制限というものは一切撤廃していただくという方向に、徐々にでありましても進めていただきたいと思うんです。その点で今度の改正案は逆行している、時代錯誤であると私は考えている次第であります。
  33. 岩間正男

    ○岩間正男君 共産党の岩間です。時間がございませんのでまとめてお聞きいたしたいと思うんです。  まず第一に安藤参考人にお伺いしますが、ビラ、バッジシンボル・マーク、こういうもので非常に京都の選挙は行き過ぎがあった。こういうお話で、この法案は必要だというふうなことをさっきお述べになったんですが、まああなたは都道府県の選管の連合会長でもございますから、さらにまた第七次選挙制度審議会の委員もされ、そういうお役目柄当然その後も京都の選挙をお調べになっていらっしゃるんだろうと思うんですね。これはどういうふうになっていますか。まあ、この六月に当委員会の調査班が参りまして、各党から全部これは参りました。その報告書が当委員会に報告されているわけですね。その報告書を私たち読んだわけですけれども、その報告書によりますと、ほとんどこの参考人は、この選挙は騒がしいところもあったが非常に選挙意識の高揚に役立った。ことに農村婦人の選挙意識の高揚というのはすばらしいものがあった。そして明るかった。こういうふうに言っているわけです。当委員会の結論としても、この選挙は非常に明るくて、買収供応――先ほどお話しのように、買収、供応は一つもなかった。さらに有権者意識も非常に高揚した。選挙意識が高まった。こういうことを当委員会としても、これは結論的に報告されている。私はまあそういう中で、実はその後それなら、あれから八カ月たっているが、どういうふうに京都は動いているのか。ここが非常にこの法案と関連して必要だというふうに考えているわけです。  ところが最近、十二月十一日でございますから、これはもうごらんになったと思いますが、毎日新聞の記者がスクープをしているわけですね。このスクープの中で京都の選挙について次のように言っているんです。「京都府の場合。十一月末までに計二十の地方選挙があったが、買収事件として検挙されたケースは一件もない。府選管は「金で票を買う時代は終わった」と誇らかにいうが、同知事選でみるように保守革新の対決がするどく、組織をあげて戦う選挙となると買収、供応のたぐいは、うわさが流れただけで、決定的な敗因につながるようだ。」こういうように京都の選挙管理委員会はこれは語っているわけですね。そうしますと、あの選挙はいろいろ行き過ぎとかなんとか言われましたが、たいへん選挙の本筋の方向に前向きの姿勢をとって、しかも望ましい方向に動いておるのだというふうにこれは考えざるを得ないと思うのです。この点をどういうふうに把握しておられますか。この点を先ほどのお話とあわせましてお聞きをいたしたい。  それから第二には、渡辺参考人にこれはお聞きしたいと思うのであります。これはまあ金がかかる、非常に金がかかるということが問題になった。しかし、まあ先ほどから話がありますように、まあ結局金がかかる。その原因というのは買収、供応だ。しかも買収、供応ほど選挙にとってこれは悪質な犯罪はないと、こういうふうに思うのです。結局今度のビラとか演説回数とかこういうものを制限しますと、当然これは横道のほうに流れて、買収、供応のほうに金が動く。ある意味ではですね、これはやはり自由化の方向にちょっと動いてみたがどうもうまくなかった。それでまたもとのほうに戻ってしまって、そうして買収、供応が根深くこれはやはり行なわれておりますよ、依然として。これは政治資金を見ればわかること。この前の選挙を見ましてもこれはもう公式に流れた金だけでも三十数億円だ。実際はこの五倍か六倍、そういう金が流れておる。法定選挙費用を何倍もこれは上回っておる。そうして実はこの三百以上の議席というのはこれは取られている。その背景というのは非常にあると思うのですね。そうしますと私は、むしろさっきの京都のこの結果、この毎日新聞の記者のスクープとも関連して、ほんとうにこの金のかからない方向に持っていくには、やはり選挙自由化、そうしてほんとうに意識が高揚して、みながそれに積極的に参加していく方向こそがこれは望ましいんじゃないか。だからこの法案が非常に制限の方向にまた後退しております。こういうことになれば、あなたの御趣旨にもこれは合わない。結局これは金がかかる。そういうふうな方向だと思いますが、この点についてどうお考えになりますか、お聞きをしたいと思います。  それから第三には木下参考人にお伺いいたすんでありますが……。
  34. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ちょっといま……。
  35. 岩間正男

    ○岩間正男君 それでは長谷川参考人にお伺いいたします。まあビラの問題について先ほどお話がございましたが、これは法律的にはどうもよくわからない。常識的にはビラを制限するというようなものですけれども、実際にこれは実行の面ではたいへんだというお話がございました。第一に大きさがどうなる、それから活字の大きさは一体どうなる。しかも数量には制限がないわけですね。そうしますというと、結局一地方だけでは刷ることができないというようなこと。そうすれば東京で刷って九州で刷って大阪で刷るということが起こる。そうすると、選管としてこれを一体一つのビラだかどうだかということを判断することは、これはたいへんな仕事になる。確認のことが先ほどございませんでしたが、確認の面から見たら行政上たいへんなものになると思うのですね。しかももう内容についてどういうふうにこういうものをほんとうに確認していくのか。これはたいへんな問題が起こってくると思います。それからもう一つの問題でも、この三種類のビラを使ったあとに、今度茨城の選挙でもたいへんなことが起こっておるんですけれども、とんでもないところから黒い霧が、全く発行人の不明のようなビラが大量に出される。京都でもそういうことがございました。これは京都でハイジャックの問題がありました直後に、この赤軍派というのは共産党の別派だというような、そういうようなことを田中幹事長によって宣伝されて、しかも大量のビラがまかれた、そういうことが、幸いあのときは中盤戦で起こったからこれに反撃もできた、ところが今度の場合は、それが起こった場合には手が出ない。これはどういうふうにしてこのようなビラを、しかもこれは地裁でも仮執行を命じてこのビラを差し押えざるを得ない、告訴によって、こういう結果になった。この反社会的な事実というものをどういうふうに押えるかというと、これは今度のやり方では絶対そういう方法はない。もう一つは、政策論議をやってこれに対してまたかみ合う、またこれに対して出す、そこにこそ政策の発展があり政治意識の高揚がある。ここが、だいぶ選挙戦というのは、これは政治運動の中で最大の機会だと、こういわれているのです。民主主義を真に大きく前進させる最大の機会だと言われているわけです。そういうふうに使わなければ、選挙というものはこれは意味がないだろうと私たちは考えておるわけです。そういう点からしますと、非常に、これは印刷するにしても何ヵ月前かに刷らなければなりません。かりに一千万枚もまくということになると、参議院選挙なんか全国にまくわけですから、同じものを三種類しか、中央で刷ったのしかまくことができない。そうしますと、地域政策という問題がございます。これは民主主義の原則からいえば当然地域の要求を取り上げてそれにこたえる、そしてその中でほんとうにやはり地域との結びつきというのは絶対に必要だと思う。これがないということになればこれはたいへんなやはり選挙はから回りすると、政治はから回りすると――そういうほうをねらっているのならいざ知らず、これは私はたいへんなこの点は問題だと思います。ですから、これについて当然まあ憲法の精神を実現するために最大のこれは公選法というのはそういう意味では重大な問題だと、議会制民主主義の中では全く重大だというお話がございましたが、この具体的な姿は、今度の法案ではこのビラや機関紙のこういう規制にはっきりあらわれているのじゃないかと思います。この点をお聞かせ願いたい。  それから第四には木下参考人にお伺いするのでありますが、アメリカやそれから西欧の例について先ほど来お話がございました。こういうようなビラとか演説回数制限が全然ない、こういうお話でございました。全くこれは当然私たちはその道を行かなければならぬ、こう考えているわけですが、しかし、そういうことによって何か弊害が実際起こっているのか、私はこの法案を検討する上において――この自由化はいわば第一歩を踏み出したわけです。これは朝日新聞の社説なんかはっきりいっております。とにかく半歩踏み出したばかりでまだ一年もたたないんじゃないか。それから引き返してそういう今度の朝令暮改的な改正をやるということは国会の権威にもかかわる、こういうことは全く反対だといって朝日新聞だけでなく、毎日も、それからこれは東京新聞も、読売も、大新聞はみんなこれは反対しておるのです。そういう点から考えますと、私たちはこの問題を決定するのに、このような諸外国の例というのは非常に参考になると思いますので、この点についてお聞かせ願いたいと思います。  非常に時間が少ないものですからまとめて各先生にお伺いして申しわけございませんが、よろしくお知らせを願いたい。この点についてよろしくお願いいたします。
  36. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 参考人の皆さま、時間が御承知のような関係になっていますので、どうぞお含みの上、適当によろしくお願い申し上げたいと思います。
  37. 木下広居

    ○参考人(木下広居君) もう時間をかけませんですが、いま岩間先生の御質問の中で演説回数を制限しない、アメリカやイギリスのやり方は弊害が何かあるかとおっしゃいましたが、全然ございませんです。
  38. 安藤真一

    ○参考人(安藤真一君) 先ほども申し上げましたのですが、実はこれは時間がありませんから長くよう言いませんけれども、選挙の自由、それから政党本位の選挙、こういうことが最近の問題になっておりまして、だんだんそれが常識化しております。私もそれはそうだと思いまするが、選挙の自由が常識のようになりましたことには私どもの責任があると、私は実は考えております。それは選挙のたびごとにどうもあれもいかぬ、これもいかぬというようなことを言い出すのは、私どもの団体なんでございます。そういうことが漸次法制化して、今日の公職選挙法ができておると思います。だからしてそれを選挙の自由という名でそれをすぽっと一度に開放しようということは、私どもはどうもよう賛成いたしません。ただ一つ一つ、どうも規制をこの規制はどうだろう、これは解除していいかというふうな問題になって、初めてそこでそれは解除してもいいとか悪いとかいう判断がしたいというわけでございます。したがって、選挙を自由にするという意味で、抜本的の改正ということにはどうも私は賛成できないのであります。私どものこの選挙管理、執行に立ち会っておる者としましては、私だけでなくみんなそういうふうに考えておるのだろうと、私さように考えております。
  39. 渡辺年之助

    ○参考人(渡辺年之助君) 私に対する御質問は、おまえは金がかかり過ぎると言ったが、もし金をかけないようにすると現実に買収や供応に金がかかっておるのだから、文書活動を制限したらかえってそのほうに金がよけいかかって、かえって選挙が腐敗するのじゃないか、おまえの言うことは逆じゃないかというように聞こえたのでありますが、私は第一に金がかかり過ぎるということは、先ほども申し上げましたように、財力や資力の十分ある者でなければ戦えないということになるわけでございますから、その意味において選挙の公正を欠く結果になるということが、私の金がかかり過ぎることに対する反対の第一なんです。  第二は、その結果は、国民が議会政治に対して不信感を持つようになることをおそれるのです。これが私の第二のあれです。  それからもう一つは、先ほど何か規制をすると取り締まりが強化されて選挙が非常に暗くなる、自由にしておくとお祭りみたいになって非常に明朗になる、こういうお話がございましたが、私は金をかけなくとも明るい選挙はできると思うのであります。私事を申し上げてはなはだ恐縮なんでありますが、かつて戦前のことでありますけれども、私は安部磯雄先生の選挙事務長を命ぜられて、当時千円で選挙をやれ、当時はやはり九千円くらいが法定費用でございましたけれども、大体当時われわれが既成政党と言っていた方面では法定費用の十倍くらいお使いになって当選しておられました。当時の無産政党の諸君でも、法定費用の二倍は使わなければ当選しなかったのです。そのとき選挙を千円でやれといわれまして、困りましていろいろ計算しましたが、どうしてもやはり千五百円はかかるので、千五百円を了承してもらって選挙をやりました。決して暗黒な選挙ではなく、非常に明るい明朗な選挙で、ちゃんと千四百何十円であげました。だから私は、何も金をかけなければ暗くなるというような、金さえたくさん使えば明るい選挙になるというものではない。金を使わなくとも、選挙のやり方をお互いにもう少しお考えになったら幾らでも明るい選挙はやれるのだと思うのです。  それから文書活動は、差しつかえはもちろんないでしょう。私も先ほどあまり規制することは賛成ではないと申し上げましたが、そのとおりでありますが、岩間先生は京都の成果だとおっしゃいましたが、そういう点も確かにあったと思います。しかし、当時の私ここに新聞を持っておりますが、新聞報道によりますと、全く情報公害、選挙公害だと新聞は伝えておりますし、府民の声としてそれを伝えているのです。だからやはりこういうことにはいい半面もあったかもしらぬが、悪いことが多かったからやはり考慮をしなければならぬのではないかと思うのです。  以上をもって、私のあれにかえます。
  40. 長谷川正安

    ○参考人(長谷川正安君) 私に御質問のあった点で申しますと、私は、ビラの種類を二つあるいは三つに制限するということについては、先ほど申しましたように、制限すること自体に問題があるのと、制限することが非常に困難だということの先ほど意見で述べましたが、その結果こういう事態が、私は法律家として予想されるのですけれども、起こるんじゃないかと思います。  一つは、自治大臣なり地方の選管にこれは届け出制になっておりますけれども、届け出をめぐって、一体この届け出というのはどういう意味を持っているのかということが必ず問題になると思います。これはいままでほかで届け出制になっているものでもって、届け出制というのは置いてくればいいんだというふうには決して日本の行政機関では実施しておりません。必ずそのときに内容なりその他いろいろな諸般のことが問題になります。ですから届け出制というところで必ず問題が起こるであろう。  それからもう一つは、こういうふうに制限しておきますと、まじめに法律どおりに選挙をやろうとする人は一番迷惑を受けて、先ほどちょっとお触れになりましたけれども、必ず怪文書かあるいは怪しげなビラがたくさん出るだろうと思います。それは予想でして、私は自分で出すつもりはございませんけれども、必ずそういうものが出てくる。そうすると、そういうものは取り締まりに非常に時間がかかるし実際には取り締まりができない。そうすると結局はまじめにやっている者だけがばかを見て、怪しげな文書を初めから出すつもりで文書を出している人間が結局は選挙民に一番言いたいことを言うという結果になるのではないかと思う。ですから、こういう法律は一見すると、何か種類を制限していわゆる先ほどの公害をなくしたというふうに印象を与えるかもしれませんけれども、あれを公害と感ずるかどうかは、あれは選挙戦ですから負けた人は公害だと思うでしょうし、勝った人はあれがいいと思うし、そんな政党に属して選挙をやった人の評価というものは私はあんまり当てにならない。私はむしろ結果として何が出ているかということが問題なんで、それは先ほど私が言った愛知県の三十何%に比べて七十何%という、少なくとも府民が選挙に関心を持って投票所に行ったという事実が私は非常に大切だと思うし、それであれば、今度選挙をおやりになる場合にも怪文書が出てみんなが投票所に行くのがこわくなるような選挙にはしてほしくないというのが私の感じでございます。必ずそういうことが起こる、これは予測でまことに申しわけありませんけれども、その責任はこの法律をつくった人にあると思います。
  41. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) これにて参考人に対する質疑を終了いたします。  参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多忙中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。本案審査のため貴重な御意見をお伺いすることができましたことを厚くお礼申し上げます。なお、時間の都合等にて御不満の点も多々あったと思いますが、御寛容のほどお願いを申し上げます。ありがとうございました。  これにて休憩いたします。    午後零時二十三分休憩      ―――――・―――――    午後一時四十分開会
  42. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ただいまから公職選挙法改正に関する特別委員会を再開いたします。  まず委員の異動について報告いたします。  本日、山本敬三郎君が委員を辞任され、その補欠として谷口慶吉君が選任されました。     ―――――――――――――
  43. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 公職選挙法の一部を改正する法律案及び地方公共団体の議会の議員及び長の選挙期日等の臨時特例に関する法律案を一括議題とし、これより質疑を行ないます。御質疑のある方は、順次御発言を願います。
  44. 横川正市

    ○横川正市君 午前中、参考人の方々の意見を取りまとめて聞いてみますと、従前の改正までの、審議会の経過を経てその取りまとめをした段階までのいろいろな論議と、ほぼその内容を一にしておったように承知をいたしたわけであります。したがって、一昨日も私質問をいたしましたように、まず第一は、この法改正に持ってくるまでの間に、具体的には経験少ない、いわゆる改正法の施行されてからまだ日の浅い段階で一つか二つの例を中心とした改正案というものは、いかにも今日の改正が無理であるという、そういう印象を非常に強くいたしたわけであります。そういう中にも、私ども非常に心配いたしますことは、これに規定されている条文の文言が、どうにでもとれる解釈規定で、そういう点が多々指摘をされているわけであります。そういうあいまいな字句を残しておくことは、これは言ってみますと、ルーズになる反面、きわめてきびしい解釈に基づいて必要以上の取り締まりが行なわれるという、非常に幅の広い結果になるわけでありまして、これを条文上見て、ただ良識的にこういうことなんだなと、こういうふうに理解しては非常に危険が伴うというような問題が多々出てきておるわけであります。その中で、先般いろいろ論議をいたしまして、ある程度部長のほうからも答弁のされました点は重複を避けますが、一、二関連をして質問をいたしますので、これは明確にしておいていただきたいと思います。  まだペンディングになっております問題は、公に認められたビラを頒布するのに、戸をあけて頒布をしたら戸別訪問かどうか、戸をあけただけですね。それから、戸をあけてこのビラを読んでくださいという時点が戸別訪問か。これは明確にされておりませんので、相手側が出てこないで、戸をあけて入れました段階では戸別訪問は成立しない、いわゆる意思を伝えておりませんので戸別訪問とは考えない、こういうふうに私は考えますけれども、これは一切戸をあけた時点から戸別訪問と判断するかどうか。これはどうですか。見解として明らかにしていただけませんか。いままでの条文からいけば、戸をあけてビラを入れたことが戸別訪問というふうに解釈されておるようですけれども、私はその時点はまだ戸別訪問は成立しないで、相手側から、何でしょうかと言って出てきて、ビラを手渡して、よろしく見てくださいとか、よく読んでくださいとか、こういった時点から戸別訪問の一つの要件が成立すると判断をいたしますが、これは取り締まり当局の一つの範疇にも該当することですから、これは明らかにしていただきたい。これが第一点であります。  それから第二点目は、一昨日でだいぶ明らかになりましたが、一つは、種類を「三種類」としたが、枚数を制限をしなかったという問題があります。ことに指摘されたのは、「三種類」の種類は一体何か。色別なのか、内容別なのかですね。それとも形別なのか。いろいろな、種類の選択の方法というものはたくさんあるわけですが、一体種類とは何か、これをはっきりしておいていただきたいというふうに思います。そうしませんと、三種類ということは、たとえば選挙が一日から始まって、三日ごろにある程度の頒布をしました、十日ごろに頒布をいたしました、二十日ごろに頒布をいたしましたという、いわゆる三回に分けて全枚数が頒布されるというものでは私はないと思います。随時、持ち出しの人的な要素とか、あるいは印刷の都合とか、あるいはその地域の選挙の事情とか、いろいろに区分けをされて頒布をされてくるだろうと思うのです。そういうふうな点で、枚数を制限しておりませんから、何回配られても、あるいは一軒に何枚いきましても、これは問題ないと思いますが、種類別というのはこれはどういう問題になっておるのか。この点一つ明らかにしておいていただきたい。こういうふうに思います。  それから選挙費用の問題ですが、一体、新国調の結果から非常にアンバランスが生まれてくることが考えられます。たとえばいままで法定費用幾らであったものが、人口増によって幾らになるという意味での選挙費用の問題が一つあります。もう一つは、物価の値上がりに伴うところの法定費用というものが、当然これは増額されてくるという問題もあります。さらには、法定費用をきめておいて、その届け出をした額よりか、その選挙を中心として使われた、いわゆる確認団体、あるいは政党の費用が数倍あるいは数十倍に増額されるという問題について、これは費用としては妥当な費用かどうか、こういう問題があるわけです。法定上は、車一台しか使われておらないのに、その期間に集中して数十台の車が出てくるというのは、これはいまの選挙費用も同じでありますけれども、法の私は矛盾であろうというふうに思うわけです。これを妥当な形にするための考え方というものがあっていいと思うのですが、その点まで今度は第七次の問題としてひとつ提起されるかどうか、これはいろいろあるわけですね。この前も申し上げましたけれども、ビラの問題では地方紙が通常十万とか十五万しか刷っておらないのに、一時期に数十万刷って頒布されるが、これは一体いわゆる拡張のための一部増刷をした新聞と見なすのか、それとも選挙のための、非合法を合法化した便法と見なすのか。これは違反なのか、違反でないのか。こういう問題があると思うのです。それから、この前赤澤自治大臣にも私質問いたしましたが、たとえば日比谷公会堂で演説会をするのを、これを二十三区、三多摩を含めて、くまなく張られているあの事前活動は、これは一体何に、政党活動に該当するのか、それとも全く選挙のための運動としてこれをとらえるのか、この点も全く野放図にされております。結果的にいいますと、金のある者は全く制限なしに運動ができるが、金のない者はその運動ができないという、そういう意味での不公平というものは存在しないかどうか、こんな点はどうするのかという問題等、現行、いわば解釈としてはどう取ったらいいのかというあいまいな字句や、一切の行なった行動についても、きわめて私どもとしては公正な、公平な選挙運動を阻害するような事実や、こういうものがたくさんあるわけですが、それの取り扱いについてはどういうふうにしていくか。これは私どもとしては非常に重要な問題ですので、どう取り扱うかを明らかにしていただきたいと思います。で、私は、要は政党間がお互いに話し合って、これらの問題が公正な、しかも妥当なことで、抜けがけやら何かをしないでやられるということは、これは一番望むべきことですが、現状それはおそらく不可能なことだろうと思います。ですから、そういう不可能なことを可能にする範疇ですね、良識的にその範疇は、私は第七次の選挙制度審議会で十分論議すべき問題ではないだろうか。こういうふうに思いますので、この点の事務当局との検討をお願いをいたしたい、かように思います。  質問の最後の項目は、この改正の中に不在者投票に伴うところの取り扱いが手続上簡素化されたということになっております。先般も申し上げましたが、在外に在住する人たちの公民権は一体どうやって守るのかという問題があるわけですが、これは今度は触れられておらないようです。しかし、国内にあって一時的に所得を得る場所を変えたという、そういうやむにやまざる事情の人については、これは最大の便宜をはかって投票の権利というものは守るべきだと、かように思いますが、これについての自治省としての手続といいますか、法文からいえば、これは条例になるのか、政令になるのか、その点の緩和策、手続上の簡素化、この点をどうされるかですね、明らかにしていただきたい、かように思います。さらに重ねて質問するかもわかりませんが、質問の項目は以上でございます。
  45. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) 横川先生から七点にわたってお話がございましたが、お話にございましたように、今回提案をいたしておりますような政党活動にかかわる問題については、ほんとうは政党間のお話し合いで協定をされていくのが望ましいのではないかという御指摘につきましては、私どもも問題のあるいは本質としては仰せのとおりかと存じます。しかし、現状におきましては、やはり単なる協定ということよりも、法律という形でそれを明らかにすべきだということに関係者の御意向が落ちつきましたので、今回提案をいたしたような次第なのでございます。で、まず第一点にお話のありました点は、政治活動用ビラの頒布の問題でございますが、これは今回の改正とは直接かかわるところではございませんが、かねてから横川先生が御指摘をされ、私どももお教えを受けまして、関係方面とも連絡をとって従来研究をしてきたところでございます。で、各戸に政治活動用ビラを配るという場合に、どういう段階になれば戸別訪問という規制の制約を受けるかという点でございますが、先日も申し上げましたように、各戸の郵便受けに配布をして回るとか、あるいは街頭で通行人に手渡すとか、あるいは新聞その他で各戸に折り込み配布をするというような点は、当然に戸別訪問という形には当たらない。戸別訪問というためには、やはり各戸に訪問をいたしまして、先ほど先生から、戸をあけるだけでそのビラの頒布が戸別訪問になるのかという仰せでありましたが、私ども取り締まり当局と思想統一をしておりますのは、各戸に訪問をし、居住者に面接を求めて配布をするというのが戸別訪問にきわめて当たるおそれが多いということで、統一見解といたしておるわけでございます。したがいまして、ただ戸をあけてさっと投げ入れていったというだけでは、いわゆる戸別訪問という構成要件に当たるとは言いかねると存じます。これは何回かにわたって横川委員から御指摘を受けたところに基づいて、重ねて取り締まり当局と思想統一した結果であります。  第二点にお話のありましたのは、今回提案しております改正法の構成要件に直接かかる問題でありますが、今回、政治活動用ビラの選挙運動期間中だけの問題でありますが、その頒布につきまして種類の限定が設けられることになったわけでございます。そこでどういうスタンダードで一種類とか二種類とかという種類をきめるのかということでございますが、これにつきまして私どもは、そもそも政治活動用ビラの頒布について種類の点で限度を設けるのがいいかどうかという点につきましても大いに議論のあったところでありまして、むしろ頒布のやり方を研究したほうが、いわゆる大量物量作戦というような形で枚数の制限のない形よりも好ましいのじゃないかという議論も横川先生仰せのように確かにあったところであります。しかし、結論としては、枚数ということになりますと、またその確認ということがたいへんなことになりますので、ひとつ種類の制限でいこう。種類というものにはやはり内容と、それから表現形式の同一であるかどうかという点で判断をしようということに皆さん方のお話が大体まとまったように存じておりますので、事務当局といたしましてもそういう立法過程の経緯も尊重いたしまして、関係方面と連絡をとって対応していきたいと存じております。したがいまして、内容並びに表現の形式の同一性を論ずるわけでありますので、横川先生からお話がありましたが、用紙が違ったらどうだ、あるいは印刷の色が違ったらどうだ、あるいは若干大きさが違ったらどうだという点につきましては、ビラの同一性に影響を与えるものではないというふうに考えてよろしいのじゃないかと思っているわけでございます。  三番目にお話のありましたのは、現在の公選法できめております法定選挙費用の問題であります。これにつきましては、お話しのように、新しい国勢調査人口も出てまいることではありますが、したがって、それと関連するところが多分にあるわけでありますが、現在の法定費用につきましては、いわゆる有権者数を基準にいたしているわけであります。そこでお話にもありましたが、その後におきまする物価の推移もございますし、また、有権者の動きというものもある程度流動的であるわけでありますので、そういう点を考え合わせまして適当な機会に選挙運動費用について御検討いただくということにつきましては、私ども具体的に研究を開始しなければならないというふうに存じているわけであります。  それから、それに関連をしていろいろお話のありました、政党が選挙の際に関して使われる費用についての現状のあり方の御批判、これは私どもも横川先生と問題意識におきまして共通いたす面がかなりございます。また、私どもと申しますよりは、実は今回の改正案を具体的に関係者の間で御論議をいただきました際にも、横川先生御指摘のように、問題は単に十日とか二十日という選挙運動期間中の問題よりは、その前に、あるいはそれに接近をして選挙運動期間中に入らない有効な時期に、非常にたくさん車が動員をされたり、あるいは機関紙という形でたいへんな文書がまかれるという事態がございます。したがって、むしろ問題は、単に選挙運動期間中に限らないで、選挙運動期間が正式にオープンする前の、いわゆる選挙にある程度近づいた時期におきまする政治活動のあり方についても問題ではないかという議論はございました。ございましたが、いろいろその点については、横川先生も仰せのように、むしろ本質的に政党の平生のあり方というようなことにかかわる大事な問題でありますので、これは急いで結論を出すということではなしに、あるいは近く発足をする審議会等でほんとうの政党のあり方というようなものをめぐっての議論にまかしてはいかがだろうかというふうな形になったと存じておるわけでございます。  したがいまして、先ほどお話のありましたように、私どもは、事務当局といたしましても、第七次選挙制度審議会では、そういう政党活動につきましてのこれからの好ましいあり方というような点については、ぜひ御論議をいただきたい課題の一つであるというふうに存じます。積極的に、資料その他につきましても、整えられるものは整えて御検討をわずらわしたいものだというふうに考えておるところでございます。  最後にお話のありましたのは、不在者投票の問題でございまして、これにつきましては、今回かなり思い切っていままでの不在者投票の手続を簡素化をいたしたいということで御提案を申し上げておるところでございます。その詳細につきましては、また必要がありましたらあらためて申し上げることといたしまして、特に横川先生からかねて宿題として言われておりました在外居留の日本人、これらの方々の投票権の行使の確保の問題につきまして、現在の検討段階はどうかということでございますが、私どもも御指摘のとおり、やはり現在投票制度でかかえております一つの宿題であると思っております。これの隘路は、一つは、海外にずっと行っていらっしゃるわけでありますので、いわゆる生活の本拠というものが外国にあって日本にないということから、いまの制度では選挙人名簿に登録のしようがないという点がございます。もう一つは、具体的に不在者投票をやる場所、施設あるいは管理者をどうすべきかという点がございます。しかし、この点については、私どもは現在前向きな形で検討をすべきだということで議論をいたしておるところでありまして、たとえば名簿の登録地は東京なら東京に法律上推定をして、そういう一種の生活の本拠はない、したがって、日本に住所はないけれども、選挙権はあるというような形の制度化というような点を考えるとすれば可能であろうかと思っております。  また、投票のやり方等につきましては、在外公館というようなものをどこまで利用できるものか。これらにつきましても、積極的に関係方面とお打ち合わせをして対処をしたい。  まあいずれ、これらの点につきましては、立法形式までお尋ねがございましたが、そこまでまだ詰めてはおりませんが、いずれにしましても問題はぜひ解決をしたいという方向で対処さしていただきたいというふうに存じておるわけでございます。
  46. 横川正市

    ○横川正市君 不在者投票の手続の簡素化の、これは政令ですか、取扱いとしては。そうしてその公布はこの法律が成立したら施行された日に同時に出されるわけですか。その点どうですか。
  47. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) 不在者投票の簡素化の具体的な手続は、仰せのように政令でやらしていただきたいと思っております。今回それに必要な政令委任の法律上の手当てを改正案としてはお願いをいたしておるわけでございます。  具体的に直したいと思っております第一点は、いまの不在者投票は、いわゆる証明書制度をとっておりますので、どこかへ旅行をする場合にも、必ず町村長の証明書がないと、旅行をするという事実が挙証されない。したがって、不在者投票用紙の交付ができないという仕組みになっております。それらはやはりいかにも、現在の社会情勢において、いかに不在者投票は当日投票の例外とはいえ煩瑣あるいは複雑に過ぎるのではないかと存じまして、それらの証明書を宣誓書という形に切りかえさしていただきたいというのが一つであります。  それからいま一つは、特に最近出かせぎ等で、かなり生活の本拠でありますところから遠くに離れて、しかも長期に働きに出られるという例がありますので、それらの方々が容易に不在者投票ができますような道を講じたいというのが内容でございます。  で、これらの政令につきましては、法律と同時に施行をいたすような形にお願いをしたいというふうに存じておるわけでございますので、私どものお願いとしましては、この改正法がきょう通していただけるといたしますれば、できるだけ早い機会に公布をしまして、そうしてそれから三十日を経過した日から施行になる、政令の施行もそれに一カ月を経過した日から施行になる。政令の施行もそれに合わせるような運びにお願いをしたいというふうに思っておるわけでございます。
  48. 横川正市

    横川正市君 最後に、この前、京都の視察をいたしましたときに、いろいろ要望として出されておりました一番最後に、選挙のために使った費用を、これを本人の支出として認めて、税の額でこれをひとつ考慮してもらえるような処置はとれないかという、そういう趣旨の陳情がありました。これはいろいろな意味で、一体公正な妥当な要望かどうかもまだ私どもはよく検討はいたしておりませんが、取り扱いとして、自治省ではこれに関連して何らかの検討をしたことがありますか。それとも全然手がけておりませんか。それをお聞きをいたしたい。
  49. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) ただいまお話の問題は、実は大蔵省国税当局でもかねて問題にしておるところでありまして、いわゆる政治家の必要経費というような面をめぐっての課税上の問題かと存じます。その面につきましては、私どもも、まあ国税庁から御相談を受けて、私どもの感じておるところを御連絡をするというような形で、従来主体的には大蔵省のほうで御研究をいただいておるところでございます。
  50. 横川正市

    ○横川正市君 最後に大臣に、私はこの今度のきめられた幾つかの改正の内容の中で、一番大切なことは、形式犯は罰せないということは、形式犯でなわつきを出さない、これが趣旨であり、そのことは選挙を明朗化する効果とそれから取り締まり当局の介入を許さないということと、さらには当局の重点的な捜査にこのことが数の上で障害にならない。こういったことがいろいろ論議をされました。また、先進国ではすでに実施をされているのだから、そこで今回この規制をしたら、かつては選挙違反としてあげられたものは連呼行為であった。ところが、連呼行為が取り締まりの対象からはずれますと取り締まり案件が激減をする。こういう例があります。さらにまた、この文書の問題でも、先回の改正で私はある程度この数は減少したんではないかというふうに思います。この改正によって再び形式犯が選挙違反案件として多数を占める。そういうことで取り締まりをするということは本来の行き方からすれば非常に逆な傾向になるだろうと思うのですが、この点では形式犯としての取り扱いについてきわめて私は慎重を要することではないか。すなわち午前中にもいろいろ論議がありましたが、取り締まり当局の判断いかんによって何でもないようなことでも事件にさせられて、そしてまあいわば違反取り締まりの対象とされる、あるいは人命まで落とすようなことになる。これは非常につまらないことじゃないか、この改正は言ってみれば非常に出たところだけをちょっと改正しようという趣旨だと、こういうのならそれに伴ってこの罰則の問題その他については、全く軽くこれを取り扱う注意というくらいな程度のものにするというようなことがあって、実は自由化の方向に支障なしにこれを行なえる。こういうことになるんではないかと思うのですが、どうも条文がきめられますと、当局の判断に待つという部面が一二〇%生きてくるという、それだけではどうもやはり全体の趣旨としては賛成は全くしかねる、何としてもこれは阻止しなきゃいかぬということになるわけですが、そういう点から選挙管理のたてまえ、あるいは解釈、あるいはその取り扱い、これについてどうお考えか、もう全く取り締まり当局にまかせて条例だけつくりゃいいということなのか、私はまあ注意程度のものではないかと思うのですけれども、その点はどうでしょうか。
  51. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) 政治活動ないしその中における選挙運動、これが自由の原則によるべきであるのは当然でございますが、同時にその自由という中に、中にと申しますか、随伴いたしましてこれらの活動、運動がやはり自由濶達に、選挙をする人もまた投票をする方も互いに民意が伸び伸びと暢達されることが必要であろうと思います。この意味におきまして、ただいま先生御指摘の問題は、十分考慮を要する問題であろうと存じます。私考えますのに、この法改正の趣旨を、ほんとうの趣旨はどうなろうと自由に関することだからいいんだという、こういうわけにはまいりませんと思いますが、守るべき点は守らなければなりませんが、語弊があるかもしれませんが、いたずらに枝葉末節にとらわれまして、これが法解釈が本旨を変えて損ずるというような結果になってはもちろん法の意図に反するわけだから、この点につきましては、やはりただいま先生から御指摘が二、三ございましたが、文字の意味する概念を明確にいたしまして、いやしくもこの解釈をめぐって問題を起こさないように、さらに精査いたしまして、これらの点につきましては関係方面とよく連絡をとり、かつまたこれが周知徹底を期しまして、明朗濶達な自由な選挙の行なわれまするよう十分注意をいたしたいと存じます。
  52. 多田省吾

    ○多田省吾君 私は最初に、統一地方選挙の臨時特例法案にちなんで地方選挙の公営の拡大についてお尋ねいたします。  この前の茨城県議会の例もございますが、掲示板それから公報、それから立ち会い演説会、この三つにつきまして茨城県議会の選挙におきましては、全部公営にいたしまして、特に立ち会い演説会等におきましては、衆議院選挙に劣らぬ非常に活気ある満員の姿を呈したわけでありまして、そして地方の県議会におきましても、こういう三つとも公営にしたい、統一地方選挙においても公営にしたほうがよろしいという要求が強くございます。ところが、従来統一地方選挙の場合は、政令でこの三つのうちのどれか一種類を公営にしてもよろしいというような政令を出すということを通例としております。それではやはり公営に対する強い希望に対して水をさす結果にもなりますので、私は統一地方選挙の場合も、この掲示板あるいは公報、立ち会い演説会、この三つは公営化したほうがよろしい、このように思うわけでございますが、自治大臣はどうお考えになりますか。また、今度の統一選挙に際しまして、私のいま言ったような方向でやるということをお認めになりませんか。
  53. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) 地方選挙につきましてもぜひ公営を拡充をしていきたいという点につきましては、ただいま多田先生から仰せになりましたと同じような考えに私どもも立っておるわけでございます。現在公営制度は、知事選挙につきましては法定の制度になっておりますが、他の地方選挙につきましてはいわゆる任意制になっております。そこで私どもはぜひそれぞれの府県市町村に、御事情はあろうけれども踏み切って、できるだけ公営を多く採用をするように要請をいたしております。私どもの現在の調べによりますと、この任意制公営はかなり多くとられていくことになるだろうと思っております。一般的には多田先生の仰せのように、ぜひ任意制公営をどんどん採用してもらうという形にしていきたいと思っております。ただ選挙運動期間が、たとえば来年四月の場合についても、都道府県会議員の選挙は、従来の十五日から十二日に短縮するというような面もありまして、それぞれ都道府県では難渋をしておるようでありますので、そういう府県の事情もいろいろ聞き、あるいは必要であればやりやすいような形で、公営制度をさらに研究をするというような配慮も十分今後尽くしてみたいと思っておるところであります。  なお、多田先生からお話のありましたいま一つの問題は、政令指定都市の地域にかかります選挙の場合でありますが、この場合は都道府県知事、都道府県議会議員のほかに、政令市の首長、政令市の市会議員の、この四つの選挙が同日になるということになりますと、法定の公営のほかにかなり盛りだくさんに任意制の公営を採用するということは事実上むずかしいようでございます。そこで、そういう特殊なところに限りましては、公営の種数はある程度押えざるを得ないと思いますが、一般的には多田先生の仰せのように、ぜひ任意制公営を拡充をしていき、あるいは任意制公営をどんどん採用をしていくという方向で対処をさせていただきたいと思っているわけであります。
  54. 多田省吾

    ○多田省吾君 ですから、政令都市の場合も、政令でどれか一種類ときめるんじゃなしに、自由にさしたらよろしいんじゃないか。規定するのじゃなしに、どうしてもできない都市は、その都市の自由な判断でそれをやめてもよろしいでしょうけれども、少なくとも、自治省でそう言う以上は、その拡大の方向に行政指導もしていくんだとおっしゃっている以上は、この政令都市の選挙においても三つともできるように、その余地を残しておくことが大事じゃないですか。
  55. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) 多田先生の御論旨の存するところは、全く仰せのとおりであります。問題は、選挙管理の能力が可能かどうかにかかっております。私どもは、ぜひこれを踏み切るような形で関係の向きに相談はしたいと存じておりますが、やはり、いまの公営制度の仕組みのままで数多くやれということにつきましては、先ほど申し上げましたような若干の難点もいろいろ話しを聞いてみますとあるようであります。したがいまして、私どもは、そういう意味で任意制公営のやり方の検討とからんで宿題にさせていただきたいというふうに存じております。
  56. 多田省吾

    ○多田省吾君 まあ宿題とおっしゃいますが、ぜひ、やはり公営を拡大する方向でこれは検討をお願いしたいと思います。  次に、この公職選挙法改正案に入りますけれども、午前中の五人の参考人の方の御意見発表がありましたが、その大半の、大部分の意見というものは、どうしてもこの買収選挙あるいは供応選挙というようなものは、これはもう当然なくしていかなければならない。しかしながら、選挙のいわゆる政党活動の自由化、あるいは政策活動の自由化については、思いきり自由化を進めて、そうして明るい、また楽しい、濶達なる選挙にしたほうがよろしいのじゃないか。また、イギリスとか、アメリカとか、欧米の選挙におきましても、戸別訪問を禁止したり、政党活動を禁止したりするような、また規制したりするようなものは全然ないわけです。これは日本だけに限られた特徴でございます。で、ある参考人も、外国の例にもかんがみまして、こういった政党活動を自由化しても弊害は外国でもほとんどないのだ、こういう意見もございました。で、わが国の選挙運動を見ましても、大正十四年の普通選挙法実施以来、選挙運動が非常にきびしくなったのですが、昭和九年にさらに制限強化の改正が行なわれております。昭和二十年に一度自由化への大改正が行なわれたものの、そのあとは昭和二十二年あるいは二十五年、二十七年の公選法改正によって政党活動がますますきびしい規制が加えられております。まあそういった日本の選挙の現状というものは、非常に嘆かわしいものがあるわけです。で、私たちは、規制するならば買収選挙を規制するという意味で、もうイギリスのように、高等裁判所に二人の選挙裁判官を設けて、当選した人といえども買収あるいは法定選挙費用を上回るような選挙費を使って当選した場合は、その裁判所において裁判がきわめてすみやかに行なわれ、ほとんど二週間ぐらいでその当選が無効になるというような姿で、次の候補が当選する、こういう姿がイギリスの例なんかにもあるわけでございまして、また非常にきびしい腐敗防止法等が一八八四年ですか、そのころから適用されているわけであります。そういった方向には少しも取り組まないで、そうして有権者が一番聞きたいと思っている政策とかあるいは政党の宣伝とか、そういったことを逆に制限しようとしているということは、これはもうある学者が言っておりましたけれども、日本の選挙法を外国の人に説明するときに非常に恥ずかしい思いをすると、こう言っておるわけです。日本はまだそんな政党活動を不自由にするような規制をして、しかも文書活動で逮捕者が出ておる、そうして選挙のたびに非常におびえたような姿をしている、まさにこれは世界広しといえども日本だけに限られた嘆かわしい現象でございます。  そういった観点から質問をいたしますけれども、特に午前中の参考人の意見の中にも、まず第一に、これは第七次選挙制度審議会委員になられた東大教授の京極さんの指摘でございますけれども、あの機関紙の六カ月の問題につきましても、もしこれじゃあ新しい政党が誕生したりあるいは現在政界再編成というようなことも論ぜられておりますけれども、それにかかわらず結局もし政党の離合集散というようなことがあった場合は、六カ月たたない場合は、全然、政党の機関紙においていわゆる差別が出てまいります。こういったことは、自治大臣が自由の原則は保持するのだとおっしゃっておりますけれども、自由の原則を保持していくならば、いわゆる選挙の態様ですね、たとえばチラシ、ビラなんかの配り方とか、あるいはポスターの掲示のしかただとか、そういう態様において少しぐらいこれは変わったとしても、これは自由の原則は保持していると思いますけれども、全然機関紙におきましても、この六カ月たったかたたないかということによって、いま現在政党に対する考え方というものが何もはっきりした定義もないわけですから、その六カ月たっているかたっていないかということによって大きな差別ができてしまうということにもなりかねません。ですから、京極参考人も、政党の離合集散なんかの場合は、総選挙や通常選挙のことを考えて再編成が行なわれるようにしなければならないのじゃないか、それはそれでいいけれども、特に新しい政党ができるような可能性がある場合は非常に不公平ではないか、公平の原則を侵しているのじゃないか、こういうことをはっきり申されているわけです。私も非常に同感です。こういった点で自由の原則を踏みにじり、公平の原則すら侵している、こういう機関紙六カ月の問題、これを大臣はどう考えますか。
  57. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) これを文字をあとから見ますと、確かに御批評のような点が言えるかと思います。しかしまた、法律はその文字をもって動いていくのであるということも考慮されるわけであります。これが立案の趣旨は、やはりむしろこれを取りはずすことによる、また、草創の政党あるいは確認団体の叢生続出によるいろいろ弊害というものも考慮に加えまして、その間のいろいろ公平を考えまして、このような規定が関係者のいろいろ御相談のもとで生まれた次第であります。一部お説のような点は考えられますけれども、これができました本旨はそこではない。自由の原則を侵そうというよりは、むしろ公平の原則の確保にこの条文の規定の本旨があるということをひとつ御了解願いたいと思うのでございます。
  58. 多田省吾

    ○多田省吾君 大臣のおっしゃることはよくわからないのですが、六カ月たっているかたっていないかによって機関紙が非常に差別がされるわけです。これは公平の原則を侵していることではありませんか。大臣は反対のことをおっしゃる。これはおかしいです。それから結局こういう改正案ができますと、かえって六カ月前、その前からの事前運動を助長する結果になるじゃありませんか。こういったことも非常に不合理です。それから共同推薦のような場合は、六カ月前からきまっている場合はむしろ少なくて、それ以後に多いわけです。そういった場合に、やはり無所属で立候補するような場合は、それを支持する場合に、どうしても機関紙が出せなくなってしまう。もうはっきりした政治活動の規制でございます。こういった不合理なものですよ。先ほどの私の質問にまだ大臣ははっきり答えていらっしゃらないと思う。自由の原則を保持するというのならば、こういった態様ならいざしらず、機関紙をはっきり六カ月たったかたたないかによって区別してしまうようなことは、これは審議会にもかけなければならない問題だと思う。大変化ですよ。それさえしないでこういったことを急いで立法化するということは非常に問題がある。この点はどう考えますか。
  59. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) この機関紙誌の発行については、現状の規定、平素やっておる従来の例によるということが法の本旨でございます。おのおの政党の従来の例によりましていろいろの態様がございます。むしろこの平生の態様、これを維持することが平静で公明な選挙を維持するゆえんという一つの考え方が基礎にございます。そこでこの六カ月の制限がなしに選挙のごとに確認団体ができますれば、これはやはりあらゆる態様に応じて発行するということになりまして行き過ぎのもとになるということになろうかと思いますので、平素の態様を維持していくということの公平上から新しい政治確認団体についてはこういう措置をとらざるを得なかった、こういう関係者の合意が成立をした、こういうところであろうと思うのでございまして、その意味においてひとつ御了解を願いたいと思うのでございます。
  60. 多田省吾

    ○多田省吾君 これは絶対了解できませんけれども、次に問題になるのは、一昨日も申し上げたのでございますが、二百一条の五の解釈におきまして、「これらの掲示又は頒布には、それぞれ、ポスター、立札若しくは看板の類又はビラで、政党その他の政治団体のシンボル・マークを表示するものの掲示又は頒布を含む。」云々とこのようにあるわけでございますが、この場合、このポスターの中にポスターに類するものは含まれていないわけです。ビラの場合は、ビラに「類する文書図画を含む」と、このようにあります。ところが、ポスターに類するものの中で立て札とか看板のたぐいに該当しないものも当然考えられるわけです。一昨日は、選挙部長は、ワッペンとかあるいは記章とか、こういったものには幾らシンボル・マークをつけても、無尽蔵につけてもよろしいのだというようなことをおっしゃったのですけれども、それならお尋ねしますが、たとえば旗とかのぼりとかのれんとか、これは一体立て札や看板のたぐいに該当するのですか。これは当然こういったものはポスターにはならない、紙で張りつけるものじゃありませんから。まず具体的にこのことをひとつはっきりおっしゃってください。
  61. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) 今回提案をしております二百一条の五の改正内容につきましては、多田先生から仰せのように、シンボル・マークにつきましては、ポスター、それから立て札もしくは看板の類またはビラで、政党のシンボル・マークを表示するものは、これをそれぞれ、政治活動用のポスターなり、立て札もしくは看板の類なり、ビラに含めてまいりますということにいたしておるわけであります。そこで多田先生からお話のありましたワッペンでありますとかあるいはバッジ、これにつきましては、私どもはポスターには当たらないし、また、立て札、看板の類にも当たらない文書図画であると存じます。したがいまして、いわゆるワッペン、バッジ等につきましては、今回の改正によって別段従来と変わることはないわけでございます。あるいは先日幾らおつけになってもけっこうですと申し上げましたのは、別段今回それを変えたという趣旨ではないということを強調し過ぎるあまりに使いました表現でございまして、あるいは無尽蔵というふうにお聞き取りをいただいて、ほかの面で誤解を招くようなことがあったとすればたいへん恐縮でございますが、いずれにしましても、バッジ、ワッペンにつきましては、いままでと全く同じように考えてしかるべきであろうというたてまえに立って今回の改正提案をいたしております。それから横断幕でありますとか懸垂幕、これは従来からも警察と思想統一をしてさように考えておるのでありまするが、その使用の目的でありますとか態様から考えまして、これは実質的に立て札、看板と同様の種類のものだと考えておりますので、そこで横断幕なり懸垂幕というようなものは、立て札もしくは看板の類に入る。そういう意味でここに、立て札、看板につきましては、特に類のものも含むということにいたしまして、横断幕、懸垂幕等は、立て札、看板の類の制限のワクの中でシンボル・マークをつけて掲示をしていただくようにしていただきたいというふうに存じておるわけであります。
  62. 多田省吾

    ○多田省吾君 一昨日お尋ねした懸垂幕、横断幕につきましては、私は政治活動と選挙活動の際はこれをはっきり区別があるわけですから、その点を指摘したのでありますが、そういった趣旨をとられないで回答なさったように思いますので、これは非常に私も不満でございました。しかし、いま私が質問したのはその問題ではないのです。具体的に旗とか、のぼりとか、のれんということでお尋ねしたわけです。懸垂幕、横断幕についてお尋ねしたわけではありません。旗でも紙の旗、布の旗、いろいろございます。それから、のぼり、のれん、こういったものはどうなさるのかということをお尋ねしたのです。
  63. 中村啓一

    政府委員(中村啓一君) 旗と申しましても、その態様によりまして必ずしも一様に申し上げにくいのでございますが、ごく小さなもので、いわゆるバッジ的なものとして衣服に着用をするというような場合には、これはもとより今回規制の対象に入る種類のものではないかと存じますが、かなり大きなものであって、立て札等に類するような効果を持つようなものは、立て札なり看板の類としてそのワク内でお願いをしなきゃいけないというふうに存じます。
  64. 多田省吾

    ○多田省吾君 そういうはっきりしない判断でもって法律をつくるから、そういう答弁になるんですよ。もうおとといお尋ねしたシンボル・マークの定義だって非常におかしいのです。そういう自治省や取り締まり当局のかってな判断で、だれもわからないような、それをかってに判断して取り締まるというようなことでもされますとこれはたいへんな問題です。そこで、法律案にあるんですから、それじゃここではっきりポスターというのはどういうものがポスターなのか、それから立て札、看板というものはどういうものが立て札、看板なのか、そして立て札や看板に類するものはどういうものなのかはっきり定義してもらわないと困りますね。そのほかにも中間物のようなものがたくさんあるわけです。いま言った旗とか、のぼりとか、のれんとか、ここではっきりしてもらいたいのです。ポスター、立て札、看板、この定義、または立て札、看板のたぐいの定義、これをはっきりしてください。
  65. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) 多田先生からたいへんおしかりを受けて恐縮をいたしますが、今回お願いしておりますポスターの概念あるいは立て札、看板の類の概念につきましては特に従来と変わったことをやろうとか、変わったふうにお願いをしようということではございません。したがいまして、ポスターというのはいわゆる文書図画であって、一定の場所に固定して掲示して用いることを常例とするものといたしております。それから立て札、看板は、同じく文書図画であって、これは移動して用いられることを常例とするものというふうに考えております。移動可能であるということを立て札、看板については着目をして考えておるところであります。
  66. 多田省吾

    ○多田省吾君 じゃ、その定義に従って、先ほど申し上げましたような紙の旗とか、布の旗とか、あるいはのぼりの類、のれんの類、こういったものがはっきりいまの定義からこういうものに入るんだということはどうですか。
  67. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) 先ほど申し上げましたように、旗につきましては、これは旗の態様によりますけれども、一般的には立て札、看板と同じような効用を持つものが多いと存じます。したがいまして、立て札、看板の類に入る場合が多いというふうに考えております。
  68. 多田省吾

    ○多田省吾君 ですからね、前からそのようにきめられているんだと申されますけれども、そうじゃないんですよ。このシンボル・マークの規制も今回が初めてじゃありませんか。そのシンボル・マークがポスターや立て札、看板の類に入れられるかどうかということの大きな問題なんです。また新しい問題です、これは。そして旗とか、のぼりとか、のれんとか、こういったものがどっちに入るんだということも、これはもう選挙をやる者の側あるいは有権者の方々が随意にシンボル・マーク等をきめてやる場合には、これは大きな問題になるんです。だからお尋ねしている。いまのような御答弁では絶対納得できない。  時間もないそうですから、最後に一問だけ自治大臣にお尋ねしておきたい。一昨日も申し上げたんですけれども、この改悪案はあくまでも与党の常利党略のためにつくられたものであると言わざるを得ないわけです。有権者の立場に立った選挙法の改正という面はどこにもない。大体昨年の総選挙におきまして、公明選挙連盟がことしの二月に棄権した理由ということで、いろいろ世論調査をやった。一昨日も申し上げましたが、その中で、棄権した中で、政策がわからないから棄権したというのが五・三%、関心なしというのが一一・七%、めんどうだからというのが七・七%、選挙ではよくならないというのが一・九%、私一人ぐらいしなくてもよいというのが四・五%、合わせて三一・一%、他に用があったというのが三六・一%、合わせてこういったたぐいが六七・二%、ほとんど棄権した人間の三分の二は、もし政党なりあるいは政策なり、この活動の自由化が進んで、そして政策もよくわかった、また選挙の重要性もよくわかった、また他に用があるけれどもこういう大事な選挙だから投票しに行こう、こういう姿になればこういった棄権は全部なくなるわけです。ですから、ほんとうに有権者の立場に立った選挙法の改正であるならば、政党活動、政策活動を自由化するのが当然であって、いままでよりもなお一そう政策や政党の宣伝がよく行き届かない、よくわからないという姿では棄権がますます激増するではありませんか。そういった点から考えて、ほんとうに大臣がはっきりと有権者の立場に立った改正案だと言い切れるかどうかですね、私はそう言えないと思う。その点を明確にひとつお答え願いたい。
  69. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) いろいろ見方もあり、考え方もあろうかと存じます。しかしながら、私は、今回の改正は、世論に聞き、また関係者と経験者等の御意見を十分拝聴をいたしましてその大勢によったところでございまして、たとえばビラ等の種類の制限等々をいろいろ御批評がございますが、全体といたしまして、機関紙あり、三種類に及ぶ種類については制限のような形を呈しておりますが、枚数において、またこれが頒布の態様において制限がない。このほか政党に許されたいろいろの選挙活動がございます。これらを総合し、これらの活用によりまして選挙する人もまた投票をする人のためにも十分政策なり、候補者の考えを徹底さすには私は十分ではなかろうかと存じます。また、そういう合意のもとにこの結論をまとめた次第でございまして、決してこれは自由を束縛するものではない。むしろその精神にのっとり、公平にして冷静な選挙の行なわれる道を講じたものと確信をする次第であります。
  70. 多田省吾

    ○多田省吾君 私は、いまの大臣のお話に絶対納得できない。自由を束縛したんじゃないと。態様を少し変えたくらいなら納得できますけれども、本質を変えて自由を束縛しない、したんじゃない、こういう言い方はないと思います。  具体的に、もう一点だけお尋ねいたしますけれども、これは午前中の参考人の方の御意見もあったんですけれども、まあビラが三種類もしくは二種類に制限されてこれを選管に届け出をするということになっておるんですけれども、結局届け出をしたものと同じビラだというんですけれども、色が違う場合もありましょう。活字の組みかえもしてよろしいんじゃないかという考えもあるでしょう。また、大きさが印刷の関係で違ってくる場合もありましょう。そういったことをどこで判断なさるのですか。同種類といいますけれども、はっきりした基準を、ほんとうはもう自治大臣のほうから提案理由の説明の中に言わなくちゃいけない問題ですよ。これ、全然もうお話がなくて、そして取り締まりだけを強化するような行き方は、私は非常に遺憾だと思います。どの程度までは同種類、どの程度までがまた少し色とか態様とか違っても許されるのか、はっきりこれは示してほしい。
  71. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) ビラの種類の点につきましては、多田先生から仰せのように、立法論としてのいろんな御議論があることも十分理解はいたしますが、いろんな議論の経緯をたどりまして種類の限定ということになった次第でございまして、その際、種類に落ちつくまでにもいろんな議論の経緯がありましたが、そういう経緯も参酌をいたし、また今回提案をいたしております法制の中で、これをどう理解していくかということは、お話しのようにたいへん大事なことでありまして、私どもは、かねて関係の向きと思想の統一等をやっております。で、結論としましては、先ほど横川先生にも申し上げたところではありますが、内容と、それから表現の形式が同一であることを要するというふうに運用をいたしたいと存じます。したがいまして、印刷の用紙が違うとかあるいは印刷によって若干インクが違うとかあるいはある程度大きさが違うとか、そういうのはいわゆる同一種類という要件のワクの中にあるであろうというふうに存じます。しかもこれは政党のいわばおとりきめによって種類の限定をおやりになるところでありますので、それぞれの政党から記号をつけていただきまして、選管に届け出をしていただくようにいたしたいと存じております。その記号はもとより、お届けになります政治団体が適宜にお考えになっておつけいただけばよろしい。いずれにいたしましても頒布をされますビラにつきましては、政党がおきめになった記号によって同一種類が担保をできるような形にお願いをしたいと思っております。で、届け出を受けました私どもあるいは都道府県の選挙管理委員会としては、それがそれぞれ第一線の機関に十分わかるように連絡その他の措置は慎重にとりたいというふうに存じているわけであります。
  72. 向井長年

    ○向井長年君 私は本法案に、まあやむを得ず、現状、賛成する立場でございます。そういう立場から基本的に選挙は、あるいは選挙運動は自由でなければならぬ。こういうことを私は思うわけなんです。ところが、現状、有権者と申しますか、あるいは選挙運動員というか、こういう中で、まだ政治意識が十分ではないというような点もあるわけです。そういう中から何らかの規制あるいは限界があろうかと思うのですが、しかし、こういう問題について根本問的に選挙で、自由を奪っていくということは、これはいけないということじゃないかと思うのです。この点についてまずやはり基本的な問題あるいはまた現状においてやむを得ないということを、どういう中からこの法案を出してきたのか、そういう問題を私は聞きたい。
  73. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) 向井先生御説のとおりでございまして、政治活動運動、選挙の際もそれが自由であることが、しこうして同時に公正に行なわれることが民主主義の健全にしてまた自由な発達のために最も必要であることは申すまでもございません。ただ、自由と申しましても、それならば野放図に全部されていいか。もちろん自由の原則でございますから、されてもいいという議論も立ちますけれども、無益なことは関係者の合意によりまして、十分自由の目的を達せられることは、なだなことはやめようということがある限りにおきましては、その点は決して自由の原則に反するものではない。今回の法の改正は、そういう趣旨によってでき上がったものである。こういう私どもは解釈をいたす次第でございます。
  74. 向井長年

    ○向井長年君 この政治活動というか、選挙運動とは、これは非常に密接不可分の問題であると思うのです。実際は違ってもですね。この区分というものは、非常にできがたいような状態になっている、こう私は思うのですよ。そこで、特に従来の選挙で見られたように、いわゆるアジビラ、ある党、ある候補に対する一つの目的を持ったアジビラ、それに対する反発ビラ、こういう問題が過去においてたびたびあったように私は見るわけです。これはやはり政治活動ですか、選挙運動でしたか、その点どういうようにこれを解釈されるかお聞きしたい。
  75. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) 向井先生お話しのように、政治活動と選挙運動という概念は微妙にからんでおる問題でありますが、その詳細はまた別途申し上げることにさせていただきたいと思います。  それで、問題のまた今回提案をしておりますところの、いわゆる政治活動用のビラにつきましては、これはいわゆる政策の普及宣伝のためにお使いをいただくものでありますので、候補者の名前は一切出してはいけないものでございます。そういう意味合いで、いわゆるアジビラというようなことで、候補の名前が出ておりますれば、それは今回あるいは従来もさようでございますけれども、政治活動用ビラの範囲を逸脱をするものであると存じます。
  76. 向井長年

    ○向井長年君 そこで、実は先般横川委員の質問に関連して私は申し上げましたが、基本的に先ほど申しました選挙は自由でなければならぬ、しかし、現状においていろいろな規制がある。特に百三十八条の問題について、これは私はまだ明確に釈然といたしておりません。この立法精神というものをあくまでも候補者をよく知ってもらうこと、あるいはまた政策を知っていただくもの、選挙民に十分理解してもらう、こういう立場でいろいろ行動をするわけですよね。ところが、先ほど申しますように、この禁止規定というものは立法精神をあくまでも不正な形が行なわれやすいという、言うなれば、金品の自由、こういう問題がここにあるがために、大きな目的として禁止している。しからば、そういう形じゃなくて、そういうものじゃなくて、公の場所において、公といいますか、一戸の家じゃなくて、そういう中でやられることは私はいいんではなかろうか、これこそがほんとうの選挙の自由ではなかろうか。政策を知ってもらう、あるいはまたこの人の人となりを知ってもらう、主張を知ってもらう、あるいは政党のいわゆる政策を知ってもらう、こういう問題に対して選挙民に十分理解せしめるような行動は、演説会もあれば、街頭演説もあり、あるいは立ち会い演説もあるわけですから、それをもっと詳しくあるいはまた親切にやるということをこれにひっかけるということは私はおかしいと思うのです。そういう点について立法精神をはき違えていると、現状の取り締まりは、こう思うのです。この点いかがです。
  77. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) いわゆる政治活動用のビラを戸別に配布をするという点について、戸別訪問との関連で、特に向井先生は先日も戸別訪問という規定が禁止規定として設けられた立法経緯にも徴して御議論があったところであります。私どもも本質的な御論議としては特に異論はないところでありますが、現在のところ、この戸別訪問に関する百三十八条の規定は、その後、先般もちょっと申し上げたかと思いますが、若干当初の立法経緯からとにかく戸別に運動して回ることは困るというような理由の内容のものが付加されてきたように存じます。百三十八条第二項が設けられまして、いかなる方法をもってするを問わず、選挙運動のためには戸別に回ってはいかぬというようなことまで入ってまいりまして、立法の経緯が若干ずれてきたように思われます。しかし、先生のお話しのように、選挙の際には、特に政党の政策が浸透をする、そのための手段は極力確保すべきだというようなことでありますので、そういう面につきまして、現行法の足らない面について事務的にも検討の余地がある面については今後十分検討したいと思います。ただ、向井先生が仰せになりましたのは、戸別に政治活動用ビラを持って回ることについての先般の御論議であるといたしますと、これにつきましては、実は先ほども申し上げましたが、各戸に行きまして郵便受けに入れましたり、あるいは新聞に折り込みで入れる、これは一向にいま禁止はされておりません。ただ、各戸訪問をして、戸をあけるだけではなしに、居住者に面接を求めて、そうして渡すということになりますと、本質論としては御議論はあるかと思いますけれども、現在の戸別訪問に関する構成要件に該当する場合がはなはだ多いわけでございます。そういう意味で、私どもは解釈論としては、若干いま申し上げた点について、これを改めるというわけにはまいらないと思いますけれども、将来の立法論としては十分に拝聴しておかなきゃいかぬと思っておるわけであります。
  78. 向井長年

    ○向井長年君 これは解釈論ですよ。大体法律というものはすべて一つの目的があってつくられているわけなんです。その目的を拡大解釈することはいけないんですよ。はっきり言うならば、公明選挙あるいは自由でなければならぬというのが基本であるわけですよ。そこで、間違ったことをする行為の諸君がいる現状において、それをやはり監視しなければいかぬわけですから、正しい意味でやるやつについては、私も当然これは拡大解釈してはならぬということだと思うのです。公明選挙であればこれが親切じゃありませんか。国民に対して、被選挙権者に対して非常に親切なやり方をしようとするやつまでこれはやはり拡大解釈して禁止することはいけない、こう私は思うんですよ。たとえば党のいわゆる政策ビラあるいは新聞、こういうものをほうり込むことはいいといっても、ほうり込むよりも説明するほうがいいでしょう。親切でしょう。そうでしょう。あるいはこういう候補者が出ておりますよと、この人の人となりはこうですよということを選挙民に対して説明することはかえって親切じゃありませんか。そうでしょう。しかし、それをしようとして戸別に入ると疑わしい行為があるから、また、できやすいからこれはやめよう、こういうことになっていると思う、この法律精神は。そうでしょう。そうであるとするならば、もっとこれは具体的に言うならば、「こんにちは」と言ってあけて奥さんに玄関先に出てもらって、人が見えるところでこうこうですよといって運動することはちっとも差しつかえないと思うんですよ、この法律からいって。それまでいけませんか。戸別に入るのではなくて、「こんにちは奥さん」と言って出てもらって、あるいは「御主人」と言って出てもらって、玄関口で人の見えるところでこうこうですよと言って運動員が十分な選挙運動を行なう、あるいは政策の説明をする、これは選挙違反にならぬと思うという解釈はいかがでしょうか。
  79. 中村啓一

    政府委員(中村啓一君) 政治なり選挙のあり方という面についての向井先生の御所論には全く同感なわけでございます。で、先ほども申し上げておりますが、この戸別訪問に関する百三十八条には第二項という規定が設けられまして、これは先生十分御案内だと思いますが、あとから入った規定でありますけれども、「いかなる方法をもってするを問わず、選挙運動のため、戸別に、演説会の開催若しくは演説を行うことについて告知をする行為又は特定の候補者の氏名若しくは政党その他の政治団体の名称を言いあるく行為は、前項に規定する禁止行為に該当するものとみなす。」、こういう規定が入ったのでございます。そこで本来の政策活動のあり方としては、向井先生のお説のとおりでありますけれども、それぞれの家に行って家族を呼び出してということになりますと、やはりこの規定が形の上で働くことになります。で、従来ともこの戸別訪問につきましては、判例もあるわけでありますけれども、やはり呼び出すことも戸別に訪問をするという概念の中に入るんだということでもありまして、現在の法制のもとでは、非常に立法論としては私も問題があるのではないかとも存じますけれども、百三十八条二項というものがあります以上は、先ほども申し上げましたような運用にならざるを得ないのではないかと思いますが、しかし、なお先生の御意思の存するところについて、今後のあり方をめぐっての検討という点については私自身も十分勉強したいと思います。
  80. 向井長年

    ○向井長年君 この法律の精神、第二項の精神もあわせまして非常にわずらわしさがつきまとうということがそういう中に入っていると思う。しかし、そういうことをちゅうちょしてはいけないと思うのだ、この法律を改正するなら。私はなぜこの法律改正を政府は出さぬかと思う。やはりこの際、この場合は選挙の自由という立場から、一方においては行き過ぎは規制しなければいかぬ。これは当然かと思いますよ。また、これは当然正しく幅を広げなければならぬという問題については、またそういう問題についてなぜ今回一緒に改正案を出さなかったか、私はこう思う。したがって、その立法精神はあくまでもそれである。次にわずらわしさ、運動員が各戸を回るわずらわしさということがつきまとう、それはやはり選挙民も迷惑である、そういう立場も若干懸念すると思うのだが、これは公正な選挙が違反行為的な行動ではないと、こういう立場で考えるならば、先ほど冒頭に申しましたように選挙の公正な自由、こういう立場から考えるならば、自治省のほうでも規制するだけが能じゃないと思うのですよ。やはり正しく自由にやらせるというほうもこの中で検討されて、できるならば今回この改正法案をなぜ出さぬかと、こう私は言いたいくらいです。まあそれはいま部長が言われるように、将来検討したいというのだから、検討していただいて、一日も早く公正な選挙がされるために努力されんことを私は強く要望いたしまして、質問終わります。
  81. 岩間正男

    ○岩間正男君 一昨日に続いて質問を申し上げたいと思うのですが、私は、今度の改正法案が出されたのは、京都の知事選に行き過ぎがあったので、これを規制する、こういうことを自治大臣は言われたのですね。そこで私はこの前十一月六日の当委員会で、それなら具体的事実は何かという点で次の点を質問しました。第一に、目に余るビラ合戦ということを言っているけれども、その火ぶたを切ったのは柴田派ではないか。第二には、三月十八日の告示までに柴田派の「京都を明るくする会」から十数種類のビラ、機関紙が出されて、「若い京都」が一号から三号まで各五十万枚その他がまかれた。第三には、それが警察の承認のもとに各戸に配布された、そういうことがある。第四は、その内容が「京都は、これでよいのか!!蜷川府政、独裁と暴政の二十年」あるいは「蜷川はんはこわい人どすワ」あるいは「〃暗黒〃と〃恐怖〃の二十年間」など、政策とは無関係な民主府政と共産党に対する中傷と誹謗に終始したものである。これに対して対抗上蜷川派の「民主府政をすすめる会」がそのデマを打ち破り、真実を明らかにするために立ち上がったのはずっと後のことなんです。こういうことについて私は具体的な例をあげて、一々これは自治大臣にただしたところが、あなたはこれに対して、「いろいろの事実の時と前後等、まあ私は存じません」と答えておることが速記録に明らかになっております。これを一昨日ただしましたところが、そのとおりでございますとお答えになったことを、これは自治大臣も選挙部長もそうであった。つまり京都の実態については何ら具体的に知らなかったということを二度までこれは確認されたわけであります。そういうふうになりますと、私は、いやしくもこれは法律を改正するんです、ですから、どうしたって事実とそれから科学的な調査の上に立たなければこれはいかぬと思う。ほんとうに事実を把握する、そうしてこれを分析して、その上に立って正しい方針を打ち出すんではなかったら、何の意味もないどころか、かえって有害だとこう言わざるを得ないのです。それで私はそういうようなことについて、結局そういうことを何らやらないで、しかも法案を出してきたというのは、全くこれは京都の行き過ぎということは口実であって、実際はそれが単なる口実で、党利党略が実際はねらいである、こういうことを私は証明していると思う。事実はそうです。そう言わざるを得ない、何も知らなくて行き過ぎだと言ったんですから。そうしてこれはやっている。これは明白でしょう。この点については、もう私は確認を求めるそういう必要もないぐらいの問題だと。  さらに、まあ今度のビラの制限、それから機関紙の制限、これが非常に大きな焦点になるわけです。そういう中で京都のあのハイジャック当時のデマ宣伝につきまして、こういう事態が三種類のビラをまいたあとに起こった場合にどういうふうに対抗する、そしてこのデマを徹底的に紛砕する、真実を選挙民に伝える、そうして誤りのない判断のもとに当然これは一票が投ぜられる、そういう道を保証するということが重要だ。したがって、その方法について、この選挙法がまかり通れば、そういうことは実際できなくなってくる。そこでどういう方法があるのですかというふうに私はお聞きしたのでございます。これはお教えを願いたい。私は寡聞にしてその具体的な方法わかりませんので、これを自治大臣に具体的にお教えを願いたいと思う。そういう場合に、どうしたら一体そのようなデマを紛砕して真実を明らかにすることができるか、これは総理大臣にもこの前、聞いたんですが、何らお教えがなかったので、自治大臣にお願いしたいと思う。いかがですか。
  82. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) その点は現行法でもあらゆる場合を想定いたしましてその事実があったわけですし、この点を改正しなくても同じ問題はずっとあるわけです。しかしながら、これを改正したによってむしろ防戦の機会を封ぜられたじゃなかろうかという御所論でございます。私は法はそういう場合を予想しているものでなく、何が有効なる方法になるか、まことに私もそのお問いに対して的確な答弁する道を存じませんが、しかし、ビラのほかに機関紙の配布も許されておる、したがいまして、そういうことを相手方がするかもしれないという十分な予想をもちまして時間的にいろいろな対策を考慮いたしますならば、それに対処する道は、これはしいて申し上げますれば、絶無ではないのではなかろうか、はなはだ申し上げかねますが、やり得る道はあるのではなかろうか、こういうふうにも考えられる次第でございます。
  83. 岩間正男

    ○岩間正男君 絶無でないと言うから、その絶無でないのをお聞きをしているわけです。これはこの前もそういう答弁。十一月六日の答弁にこう言っている。これは私速記を読んでみます。「そういう悪質なデマは、従来の公職選挙法からも当然許さるべきものではありません。」と言って、田中幹事長のハイジャックに対するデマをあなたははっきり否定された。そこでその悪質なデマを認めた上に立って、さらにかりそめにそういうことが今後あったといたしますと、それに対する反発の機会を失わしめるようなことは毛頭考えておりません、また機会を失わしめるような制限のしかたであってはいかないと思います、と。ところが実際は、具体的にビラを封鎖して手も足も出ないですから、やろうたってやりようがない。三種類出しちゃったら方法がないわけでしょう。それに対してあなたは思います思いますと言うけれども、思いますという具体的な方法については何もおっしゃらない。それはやり方によりまして十分そういう場合についても、文書合戦が過度にならない範囲において反発する機会が許される方法が当然考えられてしかるべきであります、と。これはあなた当然考えるのがしかるべきなんです。そして具体的にそういう用がなされないとすれば、これはたいへんなことになる。ところがいまお話しのように、そういう方法があるはずでございますと言うが、これはお教えいただけない。これはどういうわけでしょう。ほんとうにあるんですかないんですか、もう一ぺんお聞きします。
  84. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) これはまあ、具体的事情に即していよいよそういうことをするとすれば、差し迫った最後のときになって相手方がもう三種類出しちゃった、自分のほうは他方の側に立ってかりにやるにしたって二種類だ、最後の一種類だ、やるべからざるものをやろうという場合を想定されておると思うのです。そうすると、もう相手方は出しちゃったからないじゃないか、それに反駁する機会がないじゃないか、こういうことだと思うんです。そうじゃないんですか。
  85. 岩間正男

    ○岩間正男君 そうじゃないですよ。私のほうはもう三つ出しちゃった、ところがどこからか黒いものが出たんです。手がないじゃないですか。そうでしょう。そのときどうされるかと聞いているんです。もう一回出させるんですか。あなたのことばでいえば四回許すと、こういうことになるんですか。そうじゃないんですか。
  86. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) そうしますと、相手方も三種類出した、お互いに三種類出した、またどっかから知らないものが出てきた、これは防ぎようがないじゃないか、こういう場合もある、お説のとおりでございます。それに対しましては、やはり機関紙発行の問題がないわけではないように思います、そういうチャンスが。したがいまして、これを防ぎ得る道はないわけではない、こういうふうに考えられます。   〔委員長退席、理事高橋文五郎君着席〕
  87. 岩間正男

    ○岩間正男君 それが大切なんで、これを具体的におっしゃっていただかなければ不安でこの法案通せないですよ、われわれ通そうったって。相手は一種類だとか二種類だとか、そんなことはわかりません。とにかく一方では三種類出しちゃった、手も足も出ない、そういう段階で黒いものがだんと出れば……。ここに例があるじゃないですか。「地婦連の名でニセ推薦。茨城県議選。怪文書まかれる。「何とも大胆不敵」幹部連カンカン。十一日午後三時ごろ、東京都港区芝公園四号地にある地婦連の事務所に封書七十五通が返送されてきた。心当りがないので不審に思いながら事務局員が開いてみると、内容は「…茨城県北が生んだ〇〇先生ほど本会のため御協力をいただいた方はありません。…できるだけ多くの婦人の方々の御支援を〇〇先生にお与え下さいますよう御願いいたしたく存じます…」こういう文書が出されている。ところが、実際は地婦連は全然知らない。地婦連の会長をはじめ非常に憤っている。こういう場合に、これは全くのうそだということをはっきりやはり反駁できるまさに正当防衛であります。この正当防衛の手段を奪ってしまって、そうしてそのあとにこのような黒い、全く悪質な、ためにするデマ、宣伝というものが、しかも名前も書かないでやってきたというのがいままでの例じゃないですか。ほとんどこの例の連続じゃないですか、これに対してどう対処するかということが少なくともこの選挙法の、民主主義を守るためにこれは必要な手段じゃないですか。ちゃんとそういう道があって初めてそれに対して政策論議が、それを粉砕する当然のことが行なわれる。ところがこの手は封じられちゃった、そういう形の中で何が起こると思いますか。私はこの前も申しましたけれども、そこで、はしなくも大村清一国務大臣が昭和二十一年に参議院選挙法を提案いたした。この中でこういうことを言っている。「煩雑な取締制限を設けますことは、選挙をなんとなく近づきがたいものと致し、その明朗濶達性を失はしめるのみならず、かえってこれに対抗する新たな脱法的措置を誘発するような結果となる」。だからどんどん黒いものがこれでまさに横行するということになる。その中には、むろんこれは買収、供応もその一環として入っておる。この黒い手の暗黒にまかせますか。われわれの民主主義をまかせますか。   〔理事高橋文五郎君退席、委員長着席〕 その対決を迫られておるのがまさにこの法案だということを私は力説しておる。これが焦点ですよ、この法案の。あなたは、あるはずでございますと、まるでよそごとのようにおっしゃっておられますが、あなた自身がここで質問されて、自治大臣として明確にこれをお示しになって納得させる、私だけでなく、ほんとうに国民を納得させる、少なくともここにおられる同僚の議員を納得きせる、そうして法案の通過に努力をされるというのが当然の任務だと思う。ところが、あるはずでございますと言うが、どこにあるのですか。あなたの答弁はないということを明白に物語っておるじゃないですか、どうなんです。この点明白にお答え願いたい。
  88. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) 表現が多少妥当を欠いたかもしれません。しかし、機関紙を発行する道があると申し上げておる次第でございます。
  89. 岩間正男

    ○岩間正男君 機関紙といいましても、確認団体の機関紙は、御承知のように、六カ月前に、そうして継続的に――確認団体からできて継続的に発行したものでなければだめでしょう。そうでなければ選挙というときにまけない。そうすると、この前行なわれたように、大量のものがまかれておる。あのハイジャックのときにはばく大なものです。これをお調べになっておるのですか。選管で調べておるのでしょうか、どうですか。少なくとも部長はこれは調べなければ話にならないわけですが、調べていますか。ハイジャックのときにビラがどのくらいまかれていますか。
  90. 中村啓一

    ○政府委員(中村啓一君) お示しのビラが出ましたことは承知をしておりますが、枚数については承知いたしておりません。
  91. 岩間正男

    ○岩間正男君 これは全く話になりませんよ。大量なビラですよ。舞鶴地区――共産党の地区委員会がこれを告訴した。地裁の舞鶴支部に告訴した。これを取り上げて地裁は仮処分でこのビラを押えたわけなんです。そうでしょう。ですから、全くこれはそういうところは野放し……話にならないと私は思うのです。この問題は、この法案の中で、まさにこれは焦点なんです。そうして具体的にこれについては何らの手段が講ぜられていない。そこで、これに対するはっきりした答弁をいただけない。あるはずでございますと、まるでよそごとのように言っておる。あなたがこれを明確にする以外にこの法案の方向というものを示すことはできないのだと私は思います。  次に移りますけれども、次にお伺いしたいのは、先ほどの午前中の参考人のお話を伺いますと、この中でこういうことが出てまいります。一つは、ずいぶん広範に反対しておるわけです。この前あげたように、朝日、読売、毎日、東京新聞がみな社説を掲げて反対しておる。それから第五次審議会の人たちの九〇%が反対しておる。それから民主団体、労働者、総評、地評、それから憲法会議、安保反対の国民会議、婦人会議、こういうところはみな反対しておる。そういう中で、しかも警察が反対しておる、こういうことが明らかになっておる。なぜ警察が反対しておるか。木下広居専修大教授は先ほどこう述べられた。警察の取り締まりの問題でございますが、警察はどろぼうをつかまえる、あるいは交通の取り締まりのために手一ぱいです。そこに選挙の取り締まりが起こったのではたいへんだ。しかし、警察は成績をあげなくちゃならない。何せノルマでございますから、帳面に何件と書くということは、これは警官の成績になっておるわけでございます。一件もこういうものがないのを私たちはいい警官だと思うけれども、たくさんこういうものをでっち上げた警官はいいことになる。何件逮捕しなければならぬという成績主義の現在でございますから、結局ビラを使う。買収、供応は非常に複雑で、暗黒で、やみの中をもぐっていきますから捕捉しがたい。一番いいのはビラとか機関紙とか、こういうところを押えてノルマを達成すると、あとはあまり買収のほうはやらない、こういうことを言われました。こういう事態になるのですが、どうなんです。こういう制限というものは全くまずいと思うのですが、先ほど民社党の向井議員の質問もされたわけですね。これなんかも、その論理を進めていけば、完全自由化すればいいわけです。世界に例のない戸別訪問の制限なんて、撤廃してしまえばなにも心配することは出ない、要らないわけですね。ところが、そういうものを残しておいて――あなたいないときにちょっと話しましたけれども、専修の先生は、ほんとうは制限撤廃にあれは賛成なんです――ところが、全面的にこれを撤廃してしまえばいいのに、そうしないで、ちょっとしたおかしなところだけ残しておくから、そうして一方ではビラの規制をやるから、これは全く矛盾している、混乱しているのです。取り締まる方法も警察を悩ましている、こういうことなんです。だから警官も反対しているという問題が現実に起こってきたのです。これはどう思いますか。秋田自治大臣にお伺いします。
  92. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) 私は、しばしば申しておりますとおり、この法律案は自由の原則を侵すものではないと思っております。取り締まり上の問題につきましては、警察側の方の御意見だというお話ですが、大学教授の、――警察側の意向をそんたくされての御意見のように伺いました。それは御意見で、御自由でございます。
  93. 岩間正男

    ○岩間正男君 ビラの問題、先ほどから出ました。この問題についても、これは長谷川名古屋教授からの話がございました。これはビラの話はいま、内容と表現の形式だというようなことばで抽象的におっしゃった。しかし、具体的に問題になってくるのは実体なんです。どのくらい大きい、大きさですね、これは規制するのですか。これは書いてないのだ。活字の大きさはどうなる。号数はどういう号数になる。紙の色はどうなんです。印刷するところはどうなんです。たとえば自民党が、四百人のこれは衆議院の候補者を立候補させた。これは東京だけではとても刷り切れない。二千万、三千万というビラになるというと、そういうことになります。そうすれば、これは鹿児島でも刷らなければならない、広島でも新たに刷らなければならない、こういうことが起こってくる。北海道でも刷らなければならない。東京だけではできない。こういう事態、実際にそういう事態が起こります。それを集めて、これが同じものかどうかということを、一々何ですか、内容、表現、これでやっていきますか。これやっていたら、何日かかるのだ。そうしてこのビラというのは、三千万なら三千万のビラというのは、どういうふうにして対処するのか。これに対処する人員が何ぼ要るのです。いまの選管でこれができますか。そうして、しかも内容が正しいか正しくないか、そういうものを実際調べるとなれば、やはり内容についての検閲の問題になる。こういうことはどうなんです。この問題が一点。  もう一つは、地方地域政策については何ら触れることはできない。全国的な、もうほんとに三種類のビラしか出せない。そうすると、いろいろな問題が起こっているでしょう。とにかくこれは田子の浦のヘドロの問題が起こっている。これは地域住民の命がけの問題なんです。この問題に触れないで、選挙をすることができますか。これが第二点。  第三点は、この政策ビラというのは、政策を論議するのです。政策論議というのは決して一ところにとどまるものではありません。相手が出す。これに対抗する。またこれを反駁する。そうしてこそほんとうに真実というものが明らかになる。そうして不正腐敗、きたないもの、正しくないもの、どの政党政策がすぐれているか、どの政党政策はことばはきれいだが、実際は実質面において全くのごまかしがあるか、これを明白にすることができるというのは、全く論議の中に起こってくるわけです。だから私ははっきり申し上げたい。これは斎藤隆夫氏がそう言っています。二十三年の改正制限選挙法に対して――これは終戦後であります。これに対してはっきり反対している。選挙時におけるこの高揚ぐらい国民政治意識を前進させるときはないのだ。いろいろな政治運動はあるが、この選挙期間という、一カ月なら一カ月に限定されたその期間でほんとうに政策論議は深まり、国民意識は高まる。正しいものは正しい、黒は黒、白は白、はっきりしてくる。そうして行く方向というものを明確にする。これに参加するのは当然の権利であり、これを知る権利、また知らせる権利というのは当然の権利である。この権利を奪っておいて、どのような日本の一体政治の発展、民主主義の発展というものを考えるか。  私は大臣にお伺いしたいのです。この選挙がよかったか悪かったかということの判断は、何でされますか。どうなんです。あなたたちの表現によるというと、京都では行き過ぎがあったという。これがあなたたちの今度の法案提出のただ一つの理由なんです。ところがこの京都では、先ほどから繰り返しておりますように、当委員会の委員及び各党の代表参加されて、六月に現地の視察をされた。そこでは、全くあの選挙は、やかましいところもあった、ビラも多かった、しかしビラなんか読みたくなければ読まなくてもいい、しかし、あれで非常に政策の討論会が始まり、ことに婦人の間ではかつてないほど、ことに農村婦人においてはすばらしい選挙の高揚が始まった。そうして当委員会もはっきりこの結論をここに付しているのです。ここにあるでしょう。これはお読みいただいたのですか。自治大臣、お読みいただかなくちゃ、国会の正式機関が行って、あそこでちゃんとやったのですから。その中ではっきり出ている。
  94. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 岩間君、注意いたします。質疑は要点にしぼってください。
  95. 岩間正男

    ○岩間正男君 だからそういう問題と、もう一つは、京都では、そのあと最近まで二十件ほど地方選挙が行なわれたが、ここでは一件も買収、供応がなかった。検察庁をわずらわした者は一件もなかった。また京都の選管は、これに対しましてはっきりと、金で一票を買う時代は過ぎた。そうしてほんとうに保守革新の組織をあげての対決のときには、買収があったといううわさだけでも当落に深い関係が出てくる。これはまさに民主選挙を進めるためには、絶対にこれは必要な条件ではないか。私はこう考えますというと、どういう点で一体選挙法をいじるのか。形やら、そういう局部的な意見で、世論でこれは見てはならぬと思うのですが、いかがでしょう。この点お伺いいたします。
  96. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) 種類等の同一性確認の問題につきましては、先ほど選挙部長から申し上げてあるとおりでございます。いろいろの事例を考慮されますと、はなはだ複雑のように考えられるかもしれませんが、それにはそれにやはり事務的な利便を考慮いたしまして、種類に、先ほども選挙部長から申されたとおり、記号を付し、ビラでございますから、その内容の同一性、表現の大体の同一性を確認するのでございますから、そう問題は起こるはずはない。これに対して検閲というような心配は私はないと思います。  地域政策が論ぜられないうらみはないかという点でございますが、しかしこの点につきましては、やはり機関紙等、その他の表現をもって、方法をもって候補者の所論を申し述べる機会がございますので、全体のあんばいをおのずからこの機構の中に考えられていくであろうと思うのでありまして、政策論議につきましても同様でございまして、決して自治省が自分の恣意からこれらの結論をまとめたわけではございません。いろいろ関係者等の御意見も承りまして、大体の意見をまとめたところでございまして、決してわれわれの恣意に出ていないという点をひとつ御了解願いたいと存ずるのでございます。
  97. 林虎雄

    ○林虎雄君 私は、選挙運動の取り締まりの方針について、一点だけお伺いをいたしたいと思います。  先ほど横川委員から選挙運動の取り締まりにつきまして質疑があったわけでありますが、単なる形式的な、枝葉末節にあまりこだわらないで、買収であるとか供応であるとか悪質なものに対して重点を置くべきであるという意味の質問に対しまして、大臣は、おおむねそのように考えているという答弁があったと承知いたしておりますが、選挙は言うまでもなく、あくまで自由で公正でなければなりませんし、また、取り締まりそのものについてもそのとおりであるべきであると思います。従前は自治大臣が国家公安委員長を兼ねられておられましたが、現在では別になっておる、したがって、直接取り締まりをするところの警察当局と自治省、自治大臣との意思の統一といいますか、取り締まり方針について大小ともに意思の統一が必要であると思いますが、その点どういう方向でお考えになっておりますか、承りたい。
  98. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) 定期的にあるいは必要に応じまして随時お話をし、かつひんぱんには事務当局を通じて連絡をせしめ、その結果を聞いておるところでございます。
  99. 林虎雄

    ○林虎雄君 ただ私が懸念といたしますところは、取り締まり当局の取り締まりについて、これはややもすれば差別がつけられるおそれはないだろうか。人間のことでありますから絶対ということもないわけですけれども、差別のないように十分に気をつけて当たられることが必要であると思います。ただ、御承知のように、各地における選挙等を見ましても、激烈な選挙になるほどエキサイトしてまいりまして、その当落が――二人の候補が争った場合と仮定をして当落がほとんどわからないような場合もあろうかと思います。そういう際には勝たんがためにいろいろなデマや中傷が行なわれる、あるいは警察当局に投書が行なわれる、それが真実もあり真実でないのもあろうと思いますが、この点について細心の注意が必要であると思います。で、そういう場合に、この取り締まり当局が投書等によって、簡単とは言いませんけれども、投書等によってこれを取り上げられて、故意であるないにかかわらず、何々派が大量違反が発生したというような発表が投票の直前あたりに行なわれますと、その影響というものは決定的になるおそれがある、こういうことは公正とは言い得ないと思います。ですから、確かに大きな悪質違反があった場合は別といたしまして、そうでない場合には、投票直前に対する取り締まりというものはよほど慎重でなければ公正な選挙にはならないと、このように思うわけでありまして、この点について大臣並びに警察庁の刑事局長さんお見えでございますから、お答えをいただきたいと思うわけであります。もし、いま申し上げたように、投票直前にそのような発表があれば、新聞等は大きく取り上げます。取り上げると、それは勝負の岐路を決定的なものにする可能性がある、結果的には重大な選挙干渉のようなことになると思うわけであります。でありますから、これは当然のことではありますけれども、大臣のお考え、並びに警察当局がこうした激烈な選挙になった場合に対する取り締まりについて、中央における考え方は統一されておりましても、ややもすると第一線に立つ警察官等の考え違いや、あるいは主観的な意図によって行なわれるということのないようにすることが必要であろうと思いますが、大臣の御所信を承り、並びに警察当局のお考えを承りたいと思います。
  100. 秋田大助

    ○国務大臣(秋田大助君) 取り締まりの方針に関する重要な問題でございまして、公的立場においての私の考え方を申し述べることは遠慮をさしていただきたいと思いますが、個人的に申しますならば、先生と私は大体において同意見でございます。
  101. 高橋敬治

    ○政府委員(高橋敬治君) 従来から警察といたしましては、厳正公平、不偏不党というのが選挙取り締まりの基本的な立場でございます。それを貫いた取り締まりを実施しているつもりでございます。御指摘のありましたような、非常に選挙が激烈になって、その際にデマあるいは投書、中傷というものが非常に乱れ飛ぶことは間々非常にございます。われわれとしてもお話しのように、そういう場合の選別といいますか、そういうものについては細心の注意を払ってやる。ただ一片の投書があるからすぐにどうするこうするというようなことは、第一線としてもいたさないように十分に指導をやっております。もちろん私どもは、選挙取り締まりの公示、あるいは告示の期間の前から、いろいろの点の情報収集もやっておりますし、そういう情報ともにらみ合わせて、そういう現実のデマり、中傷なり、投書なりというものをいかに評価していくかというのが一つの取り締まりの技術的な問題であろうかと思います。それから投票直前に非常に大きな検挙をやるとか、あるいは発表をやるというようなお話もございましたが、私の承知している限りでは、投票の直前にそういう発表を警察がやったという事例はまずなかろうと思います。投票の直前につきましては、私どもとしては特に慎重にこれを扱う、実際の事件の摘発自身についても、きわめて慎重に扱っているつもりでございます。なお、選挙につきましては、強制捜査はもちろん警察本部長の直接の指揮事件でございまして、本部長の直接の許可がなければ強制捜査はやらないという仕組みにも相なっておりますし、また、全国にわたる問題につきましては、警察庁としましても、いろいろの質疑に応じ、あるいは相談に応じまして、全国的にでこぼこの生じないように、取り締まりが大体同じような基準で行なわれているということを目途に、いろいろ調整もやっているところでございますが、今後ともそういう点につきましては、お話のございましたように、細心に細心を重ねまして、十分なる取り締まりをやってまいりたいと思っております。
  102. 林虎雄

    ○林虎雄君 御承知のとおり、来年は、統一地方選挙、参議院選挙等、たくさんの選挙が行なわれる予定でありますだけに、公正な選挙が行なわれるように細心の配慮をもって当たっていただきたいと思います。特に警察当局においては、第一線によくその点を徹底さしていただきまして、そうして明朗な選挙が行なわれるように強く希望をいたしまして、質問を終わります。
  103. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 他に御発言もなければ、両案に対する質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  104. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 御異議ないと認めます。  それでは、これより公職選挙法の一部を改正する法律案の討論に入ります。御意見のある方は、賛否を明らかにしてお述べ願います。
  105. 林虎雄

    ○林虎雄君 私は、日本社会党を代表して、本改正案に反対をするものであります。  政党の政治活動自由の確保は、憲法上の原則でありまして、単なる形式論、技術論をもって左右してはならないものであります。この政府・与党の改正案が世論の支持を得られない原因は、わが国の選挙制度における制限禁止の実態、警察取り締まりの選挙腐敗と汚職に満ちた選挙から選挙運動を自由化し、政党本位、政策中心の明朗濶達なものにしようとする真実の叫びに、一片の技術論をもって対処しようとしているからであります。しかも自由化はこの緒についたばかりであり、各地に盛り上がる住民意識に水をかけようとしているからであります。  本改正案の基本的考え方について、自由の原則の範囲内における選挙運動との公正確保のために調和をはかる措置であると言われましたが、それならば政治活動の態様についての不正の対象が限られるべきであります。  改正案は、たとえば機関紙、ビラの頒布の態様についてでなく、機関紙、ビラそのものに制限を加えていると認めざるを得ないのであります。この場合においては自由の原則の侵犯でありまして、わが国選挙制度のあり方におけるこれまでの経過から考えます場合、やはり後退であると断ぜざるを得ません。選挙運動自由化の原則は、前向きに長い目で育成すべきであって、一時の現象から直ちに選挙制度そのもののあり方を左右するがごとき改正措置は慎しむべきであります。  以上、基本的な考え方について反対意見を述べて討論を終わります。
  106. 高橋文五郎

    ○高橋文五郎君 私は、自由民主党を代表して、本改正案に賛成の意を表するものであります。  政党その他の政治団体の政治活動が、本来何ものにも制約されず、自由でなければならないことは申すまでもありません。しかしながら、選挙の期間中においては、政治活動はそのまま選挙運動にわたる一面があり、他面において選挙運動にわたらない政治活動があっても、政党政治が発達し、その活動が徹底すればするほど、政治活動と選挙運動との態様は類似性を帯びてくるのが現実の姿であることは何人も否定することができないでしょう。この意味において、たとえばビラの洪水は巨額の経費を必要とし、それ自体金のかからない理想選挙のルールをこわし、法のたてまえを失わせるものとなります。  本改正案は、選挙の公正確保、政治活動の自由の原則の範囲内において、選挙運動にわたらない政治活動についても、両者の調整をはかろうとするものでありまして、最近の選挙の実態に即した合理的な措置であると考えます。政府におきましては、かかる対症療法的にとどまることなく、進んで政党本位の選挙の実現に積極的に取り組まれることを希望して、賛成討論といたします。
  107. 多田省吾

    ○多田省吾君 私は、公明党を代表いたしまして、本案について反対討論を行なうものでございます。  政党の政治活動が何ものにも制約されず、自由でなければならないことは申すまでもないことであります。選挙期間中においては、なお一そうこのことは強調しなければなりません。しかしながら、今回の改悪は政治の実態を無視して、確認団体の機関紙について区別を設けたり、言論、表現の自由を侵して、政策宣伝のためのビラの種類を制限し、さらに有権者の政治意識に基づくシンボル・マークについて制限を加えるのみならず、政治活動の規制を受ける選挙の種類を現行よりも拡大しているのでございます。これは明らかに政治活動の態様を変えるにとどまらず、政治活動の自由を本質的に制限する暴挙でございます。しかも今回の改悪にあたっては意識調査も全然やっておらない。また審議会にも全然かけないでこういう改悪をやっていることは、まことに遺憾と申さなければなりません。しかも、選挙は主権者たる有権者本位の選挙であるべきであります。昨年の総選挙におきましても、棄権した理由の大部分は、やはり政策徹底が行なわれていない。政策がわからない。こういった点にあることは公明選挙連盟の二月の調査でもはっきりしております。私たちはあくまでも有権者本位の選挙を主張いたします。もし金のかからない選挙を与党が言うならば、なぜ政治資金規正法を早く改正しないのか。あるいは買収選挙を強力に取り締まる法案をなぜつくらないのか。このように言えるわけでございます。私たちは、行き過ぎを手直しするといって、こういった後退した改悪に根本から反対するものでございます。今回の改正を意図した政府・与党の反省を強く望んで、私の反対討論を終わります。
  108. 向井長年

    ○向井長年君 私は、民社党代表いたしまして、本案に賛成の意見を述べます。  選挙基本的に公正にして自由でなければならぬ。これは原則でございます。しかし、現状は政治に対する全面的なこの意識の不十分あるいは選挙活動の弊害等もあり、現段階においてはやむを得ないものとして賛成いたします。しかし、今後少なくとも選挙法の是正、改正というものが根本的に必要であろうかと思います。これは政府におかれましては十分再検討を強く要望いたしまして、賛成討論を終わります。
  109. 岩間正男

    ○岩間正男君 私は日本共産党を代表して、公職選挙法の一部を改正する法律案に反対するものです。  まず第一に、こういう形でこの法案が通ることは望ましいことではないと思います。われわれ共産党は委員長に対しまして、一昨々日次のような要望書を提出したのであります。第一には参考人を呼ぶこと。第二は事の性質上、徹底的に審議を尽くすこと。  第一の問題について、参考人を呼ばれたその点については、委員長に敬意を表したいと思うのでありますが、第二の問題につきましては、たとえばわれわれ共産党は五時間の審議時間をお願いしましたが、これがいまのように実際は最初の予定よりもまだ時間の余裕のある段階で打ち切られたという形でこの法案が通ることは望ましくないと思います。まず私はこの反対の理由として、次の三つをあげたい。  第一に、当然これは第五次審議会の答申によって、選挙の自由化のために一年前に改正されたばかりのこれは法案です。朝日新聞の反対の社説によりますと、半歩踏み出したばかりでまた逆行するのか、まさにそのような形で、当然これはその意味では審議会にかけなければならない。ところが、これは審議会にもかけられないで出された法案である点が第一点であります。  第二には、世論に聞いておると言っておりますが、この世論の内容は、一昨日の当委員会の質問ではっきりした。つまり結局は突き詰めてみますというと、これは衆議院の公職選挙法特別委員会の三党の理事の間でそういう話し合いができたから、それでかけるんだということに尽きるようであります。先ほど申し上げましたように、広範な朝日新聞、毎日、読売その他の新聞の反対、さらにまた民主団体の反対、あるいは第五次選挙制度審議会委員のこれに対する反対意見、さらにまた午前中開かれました参考人の陳述でも、これに対する広範な世論は、このようなやり方に対して反対していることを示しております。しかるになぜ一体こういうものが出されたのか。絶対にこの点は国民は了承できない問題であると思います。  第三に、京都の行き過ぎということを言って、これを是正するのが本法案を提出する理由だということを自治大臣は何回も説明されました。先ほどの論議でも明らかになったように、京都がなぜあのような一体事態を引き起こしたか。それについては何ら京都の実態を知らなかったということは自治大臣も事務当局もはっきりこれに対して答弁されておる実情を見れば明らかです。したがって、京都の選挙の行き過ぎ是正というのは口実であり、これを口実として実は別な目的で党利党略の立場からこのような法案が出されたことは明らかであります。このような形で議会制民主主義の根本を決定する法案が出されていいのかどうか。これははっきり国民が批判する問題であり、われわれは絶対に賛成することはできません。  なぜこういうことをそんならしたのでしょうか。これはこの法律案が憲法と民主主義の理念に照らしてきわめて問題があるのです。  日本国憲法第二十一条は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と規定しています。民主主義の基礎である基本的人権を尊重するというたてまえからも、また主権者である国民が、自由な意思に基づいて政治、経済、文化などのもろもろの活動に直接参加し、行動することを保障するという民主主義のたてまえからも、これは当然のことであり、常にきびしく守られなければならない問題であります。特に国民の主権の代表的な発揚の場である選挙においては、国民の意向を正確、公正に反映させるために表現の自由が最大限に保障されなければならないことは、言うまでもないことであります。議会制民主主義を前提とする政党政治は、国民の多数の支持を獲得するためにはあくまでも諸政党の政策論争を中心に展開さるべきであります。どの政党の政策が国民多数の利益を代表し、活動しているか、そしてその政策と実践を有権者の国民が十分に批判して正しい投票を行なうかは選挙の根幹に関する重大問題であり、まさに民主主義の生命ともいうべきものであります。そのためには選挙における政党活動の自由、なかんずく政党が自己の政策を国民に対して自由に宣伝、啓蒙、伝達する自由が保障されることが絶対に必要な条件であります。もしこの自由が抑圧ないし重大な制限を受けるならば、政策論争中心の政治、ひいては議会制民主主義が危機にさらされることは明らかであります。しかるに今回の改正案は、政党政治の根幹にかかわる選挙時における政党活動、特に政策宣伝の自由を大幅に規制をしようとするものであります。現行の公職選挙法は、文書、言論などによる正当な選挙運動、政治活動を不当に制限、抑圧するものとして世論のきびしい批判を受け、第五次選挙制度審議会でも、政治活動の大幅自由化が論議せられ、昨年の六十一国会は、世論の力を背景に自民党も賛成して、ビラの頒布の自由化など若干の制限緩和を実現したばかりなのでございます。それからわずか一年を経過した今日、政府・自民党は昨年緩和したものをもとに戻すだけでなく、さらにきびしく制限を加えようとしているのであります。しかも政府・自民党のこれらのたくらみが、さきの京都府知事選挙における自民党など三党連合の敗北の原因が、昨年の公選法改正による政党の政策宣伝活動の自由化にあったとするきわめて党利党略的な立場から出されたものであり、絶対に容認できないのであります。ことにこのような動機には身近な問題が一つあると思います。先般の新聞にこういうことが書かれておりました。それは死せる川島副総裁生ける公選法を走らすというのであります。これは京都における敗北を再び東京でしない、こういう一体現実的な――目先のこういう目的があるのではないか、ことに川島前副総裁は今度の東京都知事選のこれは事務長であられるということを聞いておるときに、このことばは単なることばでないだろうと思います。そうしてその背景には、佐藤四選後におけるまさにアメリカの核戦略体制の中に日本を全く否認するような、そういう反動体制をつくるねらいがないとはだれが言い切れるでしょう。私はこういう点からこのような法案に賛成することはできません。  次に、法案の具体的内容について簡単に触れたいと思います。  まず第一は、ビラの規制の問題であります。昨年の法改正で、自由化されたビラの頒布は、今回の改正によって国会議員の選挙ではわずか三種類に、知事、市長、都道府県議会議員、指定都市議会議員の選挙では二種に制限されるのであります。ビラの頒布を極度に制限することによって、必要のつど状況に応じて頒布するというビラ本来の存在意義を全く失わせると同時に、選挙民からは政策の判断の材料を奪うものであります。その上、京都知事選挙に見られたような反動側のデマ文書に対する有効な反撃の機会を封じ込め、逆に怪文書の横行に拍車をかけるものであることは明らかであります。さらにこれら二ないし三種類に制限されたビラは、事前に届け出の義務を負わされており、実質的な検閲に道を開くものであり、加えて捜査機関による届け出制ビラとの同一性調査と称する検閲と介入を容易にするものであり、その判定をさらに複雑多岐とするものであります。  第二に、機関紙誌の発行の規制の問題であります。今回の改正は、六カ月に満たない確認団体は、たとえ機関紙誌を発行したとしても、それは政談演説会の会場だけでしか頒布することができなくなり、政党やその他の政治団体の生命ともいうべき機関紙誌による言論活動を著しく制限するものであります。これはとりわけ知事や市長の統一候補の選挙における選挙活動を大幅に制約するものであり、これこそ民主勢力の推す首長の進出をおそれ、それを押えるための政府・自民党の全くの党利党略的な措置といわねばなりません。  第三は、都道府県及び指定都市の議会の議員選挙の政治活動の規制の問題であります。すでに現行法でも、国会議員選挙では一定数の候補者を持たない政党または政治団体は確認団体になれず、本来自由であるべき政治活動が事実上凍結されているが、今回の改正は、この不当な規定をさらに都道府県及び指定都市の議会の議員選挙にまで拡大し、その上国会議員選挙以上にきびしい規制を行なおうとするものであり、政党法制定への道を開くおそれもなしとしません。  以上見てきたように、今回の法改正は、政府がしばしば繰り返し答弁をしているいわゆる政党活動の自由化の方法での規制などというしろものではなく、議会制民主主義の根幹をまっこうから踏みにじるものであります。  われわれは、そのような不当なやり方をするのがいま自治省に課せられた任務ではなくて、まさに多年の公約である政治資金規正法を即刻国会に出すこと、または参議院定数是正のこれは緊迫したこの問題を解決するために努力されることが当然だと思います。  以上あげた理由によりまして、私はこの法案に絶対に反対するものであります。
  110. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 他に御意見もなければ、討論は終局したものと認めて御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  111. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 御異議ないと認めます。  それでは、これより採決に入ります。  公職選挙法の一部を改正する法律案を問題に供します。本案に賛成の方の挙手を願います。   〔賛成者挙手〕
  112. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 挙手多数と認めます。よって、本案は多数をもって可決すべきものと決定いたしました。  次に、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙期日等の臨時特例に関する法律案の討論に入ります。御意見のある方は、賛否を明らかにしてお述べを願います。――別に御意見もなければ、討論は終局したものと認めて御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  113. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 御異議ないと認めます。  それでは、これより採決に入ります。  地方公共団体の議会の議員及び長の選挙期日等の臨時特例に関する法律案を問題に供します。本案に賛成の方の挙手を願います。   〔賛成者挙手〕
  114. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって可決すべきものと決定いたしました。  なお、両案に対する審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  115. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ―――――――――――――
  116. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 次に、請願の審査を行ないます。  第六九一号公職選挙法の改正反対に関する請願を議題といたします。  先刻理事会において協議いたしましたものについて、専門員から簡単に報告いたさせます。
  117. 鈴木武

    ○専門員(鈴木武君) 理事会の審査の結果を御報告いたします。  第六九一号、公職選挙法の改正反対に関する請願、本件請願は、たただいま審査いたしました公職選挙法の一部を改正する法律案につきまして、その成立を阻止せられたいという趣旨のものでございます。従来、法案審査中のものと同一の請願につきましては留保とする取り扱いとなっておりますので、本件は留保と決定いたしました。  以上報告申し上げます。
  118. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) ただいまの報告どおり保留とすることに御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  119. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ―――――――――――――
  120. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 次に、継続調査要求に関する件についておはかりいたします。  公職選挙法改正に関する調査につきましては、閉会中もなお調査を継続することとし、本件の継続調査要求書を議長に提出したいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  121. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。  なお、要求書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  122. 井川伊平

    ○委員長(井川伊平君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。  これにて散会いたします。    午後四時十三分散会      ―――――・―――――