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1955-06-30 第22回国会 参議院 決算委員会 23号 公式Web版

  1. 昭和三十年六月三十日(木曜日)    午後一時四十一分開会   ―――――――――――――    委員の異動 六月二十九日委員久保等君辞任につ き、その補欠として亀田得治君を議長 において指名した。   ―――――――――――――  出席者は左の通り。    委員長     山田 節男君    理事            青柳 秀夫君            谷口彌三郎君            岡  三郎君            中川 幸平君            石川 清一君    委員            大谷 瑩潤君            西川彌平治君            白井  勇君            白波瀬米吉君            長島 銀藏君            飯島連次郎君            島村 軍次君            三浦 辰雄君            大倉 精一君            亀田 得治君            近藤 信一君            木島 虎藏君            市川 房枝君   政府委員    農林大臣官房会    計課長     武田 誠三君   事務局側    常任委員会専門    員       池田 修藏君   説明員    大蔵省主計局司    計課長     柳沢 英蔵君    農林省農地局建    設部長     桜井 志郎君    会計検査院事務    総局検査第三局    長       小峰 保栄君   参考人    和歌山県御坊市    長       菅原 清六君    和歌山県農地部    長       小川 文良君    和歌山県御坊市    農林課主事   芝 友三郎君   ―――――――――――――   本日の会議に付した案件 ○昭和二十八年度一般会計歳入歳出決  算(内閣提出) ○昭和二十八年度特別会計歳入歳出決  算(内閣提出) ○昭和二十八年度政府関係機関決算報  告書(内閣提出)  (昭和二十八年度決算中公共事業に  対する国津補助金、国庫負担金の経  理に関する件)   ―――――――――――――
  2. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) ただいまから第二十三回決算委員会を開会いたします。  昭和二十八年度一般会計歳入歳出決算、  昭和二十八年度特別会計歳入歳出決算並びに昭和二十八年度政府関係機関決算報告書  を議題といたします。  本日は去る六月二十七日の委員会に引き続き公共事業に対する国庫補助金、国庫負担金の経理に関し参考人から説明を聴取いたします。本日参考人として御出席の方は、和歌山県農地部長小川文良君並びに同県御坊市長管原清六君であります。なお、農林省からは、武田会計課長、桜井建設部長、大塚災害復旧課長が見えております。なお、会計検査院側は小峰検査第三局長が間もなく出席することになっております。  本日は参考人として和歌山県の小川農地部長並びに御坊市長の管原君には遠路御出席を得まして、感謝にたえません。今回両君を参考人としてお呼びしましたのは、目下われわれが審議しておりまする昭和二十八年度の決算報告書の中におきまして、補助金関係の問題につきまして批難事項として指摘せられておりまする御坊市の昭和二十七年七月の大水害に基く災害復旧の問題に関しまして、会計検査院の早期検査において設計過大であったという批難を受けておるのであります。この件に関しまして当時の事情を現地の両君からお伺いし、なお、農林省並びに検査に当りました会計検査院側の意見等もあわせて聴取いたすためにおいで願ったのであります。そういうわけでありまするから、われわれ当決算委員会の参考となるべき事項を率直にお述べ願えれば幸甚に存ずるわけであります。なお、本日は別に時間を制限いたしませんけれども、要点を明確に御説明願いたいと存じます。  ちょっと参考人の方にお伺いしますが、小川農地部長の本籍地、それから現職におつきになった年月日並びに前職をお伺いしたいと思います。
  3. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) 私は、生れは鹿児島県でございますが、原籍は東京都新宿区内藤町一番地でございます。戦地に七年おりまして、終戦後当時の在職地の富山県庁に帰りまして、二十一年に長野県の耕地課長に赴任いたしまして、約三年間長野県にお世話になりまして、二十四年の春現在の和歌山県の農地部長になって参りまして、昨年農林部長を兼務いたしまして現在に至っております。
  4. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) 次に菅原御坊市長にお伺いしたいと存じますが、芦原君の市長に御就任の年月日並びにその前職、なおあわせて芦原君は以前地方公共団体の役員等、市町村会議員を含めて、そういうところにお務めになったことがありますかどうか、御説明を願いたいと思います。
  5. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 私の生れ故郷は宮城県でありますが、ただいま本籍を和歌山県の和歌山市に移しております。終戦後は食糧公団の支局長などをやりまして、また輸出組合連合会の会長などもやりまして、二十六年の十月に町長に就任し、二十八年の四月に町村合併等によりまして市長をいたしておるのであります。
  6. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) これから参考人の方にお伺いしまする件は、検査報告の百九十三ページの(3)に出ておりまする件でありまして、和歌山県日高郡御坊町が申請した二十八年度災の農地災害復旧工事、工事費査定額一億五千八百三十四万二千円、うち昭和二十八年度国庫補助金の一億四千二百五十万七千円についてであります。  まず和歌山県御坊市長菅原清六君からの御説明を求めます。
  7. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 先ほど申し上げました二十八年の四月に市長と申しましたのは、二十九年の誤りでありますので、訂正さしていただきたいと思います。  ただいまの問題につきまして申し上げますのでありますが、当時の概況を申し上げますことの方が何がしかの参考になると存じますので、かいつまんで申し上げたいと思います。  二十七年の例の災害でありますが、私当時町長に就任いたしまして半年くらいのときでございまして、山では七百ミリくらいの雨だと申しておりましたが、非常に短時間に降ったために山が押し流された格好になりまして、立木あるいは古い木の株等が一挙に流れて参ったのであります。もちろん土砂等も一緒に、山ごし流されてきたといった感じでありました。従って、途中の橋という橋はそのような立木のために全部押し流されまして、一番下流にあります御坊町に入ったのであります。その前後の観察によりますと、大体堤防から一メーター以上、五尺くらいまでの温水をしておった、堤防を水が越えておったといわれております。またしばらくしてから見ても、堤防等の存在がわからないくらい水が入って参ったのであります。そうして私の附近の町を流れております川が二つありますが、一つは流程四十里と申しております日高川であります。これが私の地帯で三カ所、それから西川という別な川で三カ所、合計六カ所が一挙に決壊いたしまして、約三十分くらいの間に全町が埋没いたしたのでございます。で、当時の町といたしまして戸数約四千くらいでありますが、一番軽いところで床上一メーターくらいから最もひどいところになりますと、二階に届く程度の水でありました。従って大体軒下程度に及ぶ戸数がそのうちの七〇%を占めておったのであります。従いまして水が非常に早かったことと、そうして今申し上げましたようなことのために、一戸も御坊町の中で水害の被害を受けない戸数がないわけでございます。商品も当時の計算によりますと、十五、六億の被害を受けたであろうと申されております。人間の死亡いたしましたのが約百名近いのであります。それから家畜等もことごとくこの災害のために失われておりますし、そのようなことが一日続いて、翌日からまた四、五日の細雨がびしょびしょ降っておりました。これが当時の状況であります。従って私なとも市役所――ただいまの市役所でありますが、出て丁度上のポケットがぬれる程度のときに避難をしたのであります。そうして見ておりますうちに、避難いたしました大ていの書類が全部目の先で埋没いたして、流れてしまったのでありまして、最後に戸籍簿を一冊くらいずつ持って、ようやく命からがら逃げたのでありますが、自来四日間、私もただ一つの握り飯を食っただけで、そのぬれた姿でがんばっておったのであります。  それから私たちはこの水害の問題に取っ組んで参ったのでありますが、先に申し上げましたように、埋没いたしました戸数が全戸数の七〇%程度でありまして、それから流失いたしました戸数が約一千戸に近いのであります。そうして私も五日くらいたったときには、まだしかばねの処理に困っておりました。もうだんだんに爛熟するといいますか、腐っていく、ぐじゃぐじゃになっていくしかばねの処理に実に困り果てたのであります。一週間くらいたちましたときに、ようやく隣りの町にしかばねを舟で運んで土葬いたしたというような状況でありました。そのあとの姿と申しますと、町の中には当時二、三日間は腰ぎりといいいますか、実にひどい泥でありましたし、一週間くらいたちましたときにも、全市、もとの御坊町の全部が名状することのできないような、そのような臭い泥で埋まったのであります。私たちもその前後いかにすべきかについて、現地で苦労して参ったのでありますが、持って参りました握り飯あるいは軸パンが――ようやく孤立無援から救われましたのが三日目でありますが、その食糧を町かどまで持って参りましたころには、略奪されて、町民の過半数にはほとんど一週間くらいの間食物をとれない、そういう惨状を呈しておったのであります。また何とかして幹線をぶち抜きたい、治安の関係から申しましても、また食糧の運搬等から申しましても支障がありましたので、幹線を町のまん中に一本だけ抜きたいというので、総動員してその幹線抜き工事をいたしたのでありますけれども、遂にその問題も三週間くらいかかってようやく一本の道路を開通することができた、こういう状況でありました。ことに当時こちらの方でも、ともすると内灘のような状態になるのじゃないかという御心配をいただいたようでありますが、私もその間にありまして、全く悪戦苦闘を続けて参りました。治安の確保に最も私たちそのときに苦慮いたしたのであります。そのようにして約一カ月間くらいは配給すべき食糧等も略奪しされる、そういう状況でありましたし、又配給台帳等も全部失っておりますので、私たちといたしましては、こういう書類の作成等につきましても、県下の随所の応援を得て、とりあえず、そのような書類を作った、そういう状況でありました。本日も私の随行に参っておりますが、当時の農務関係の係をいたしておりますものが、わずかに女の子あるいは若い青年を相手にして当時の配給等を片手にひっしょいながら、片方では農地の問題等につきまして、あるいは県庁から、あるいはその他の関係から、急速に書類の提出方をお話があったのでありますが、何分先に申し上げたような状況下にありまして、泥の中に立ってまさにぼう然自失するような、そういう格好であったのであります。歯ぎしりかみながら実は鞭撻し続けまして、その書類を提出さしていただいたのでありますが、そういう状況下にありましたので、あるいは皆様方に御迷惑をわずらわすような、そういう結果があったと存じますけれども、現状はかような状況下に作成させていただきましたので、御了承いただきたいと存ずるわけであります。
  8. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) 次に、小川和歌山県農地部長の説明を求めます。
  9. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) 去る二十八年の七月十八日突如和歌山県に襲来いたしましたあの未曽有の大災害につきましては、その直後全国の皆様方、なお、海外の多数の方々から手厚い救助の手を差し伸べていただきました。ただいま御坊市長からお話のありましたように、あの混乱状態をよく切り抜けまして、人心の安定をはかることができましたことを厚くお礼を申し上げる次第でございます。  その後御坊町の農地復旧につきましての当面の責任者でございます不肖私がその指導監督が不十分なために、国事に非常にお忙しい皆様方のお手をわずらわしましたことを、私心からお詫びを申し上げる次第でございます。  なお、本日は国会議事堂におきまして、九千万国民の名におきまして、皆様方から和歌山県の将来の災害復旧につきましていろいろ御指導をいただき、今日これから皆様方から数々の災害についての将来のあり方についてお教えいただきます事柄は私の肝に深く銘じまして、これから県庁の関係職員はもちろんのこと、直接の災害復旧の責任者でございますところの市町村長の頭に徹底的にこれをたたき込みまして、将来立派な農地の復旧をいたしまして、私どもの技術的な良心に訴えまして、将来立派な災害復旧をいたすことによりまして、国民に対する無言の言葉といたしたい所存でございますので、その点何とぞよろしく御了承をお願いいたしたいと思います。  災害の状況につきましては、ただいま市長からこまごまと御説明があったのでありますが、私も県の立場におきまして補足的に一言申し述べさしていただきたいと思います。  当時の災害は、和歌山県でも体験したことのない未曽有の大災害でございまして、御坊町といたしましては、死者、行方不明合計いたしまして二十六名でございます。負傷者が九百九十一名、なお、日高川筋におきましては死者、行方不明合計二百三十三名、負傷者が一千八百七十五名と相なっております。罹災戸数はただいまのお話しの約四千戸でございまして、これは御坊町のほとんど全戸数でございます。罹災者が一万六千四百二十四名という県の調べに相なっております。こういう大災害でございましたので、もちろん交通は杜絶いたしますし、通信は杜絶いたしまして、県との連絡もほとんどつかなかったというほどでございまして、辛うじて海に面しておる和歌山県といたしましては、機帆船によりまして県との連絡を辛うじて保ったという状況であったわけでございます。このように多数の死亡者を出し、また罹災者を出しました関係で、衣類と食糧は不足を来たし、また悪疫が流行いたしまして、薬品も欠乏いたしたのでございまして、その間町の中全部に土砂が流入いたしまして、民心の安定ということにつきましては、町はもちろんのこと、県といたしましても非常にこの問題について腐心をいたしたわけでございます。そこで県の職員は、まず地方事務所の職員が、技術者も事務員も全員をあげて、御坊町のこの食糧とか衣類の配給、並びに薬品の配給、町の方々の面倒をみてあげました関係上、この復旧工事にはほとんど手が伸びなかったという状況でございまして、私も災害直後現地に参ったのでありますが、県の出先きの職員もほとんど災害を受けて、住むに家もないという状態であったのでございますが、私は当時職員を叱咤激励いたしまして、県の公僕として県民に尽すのはこの際であるということで、自分の家は犠牲にして、ほとんど全部地方事務所に立てこもって救済事業に当るということで、その方面の救済事業、被害の調査に当ったわけでございます。  その後、県の技術者だけはすぐこれが復旧計画を立てなければなりませんので、やっと一週間後の七月二十三日から災害の調査にかかったのでございます。国に対しましては八月の十日に県下の復旧計画書をまとめまして提出いたしました。農林省と大蔵省から係官が八月十一日、約一カ月目に査定に参りまして、県下の査定に着手したわけでございます。こういった状況で、異状な災害でございましたので、災害直後この復旧の計画に携わることができなかったという関係で、国に災害復旧の計画書を提出するまでには約十八日間しかなかった。その間にこの膨大な調査をし設計をしてまとめました関係もございまして、十分にこれの設計ができなかったということはまことに遺憾に存じておる次第でございます。御坊市の災害の復旧につきましては、県といたしましては、そういった状況で手が足りませんでしたので、農林省のごあっせんによりまして、七月二十六日から八月十五日まで近畿各府県から技術者の応援を求めまして、三十四名きていただきまして、その技術者の応援を得まして、さしあたりの災害復旧の計画をとりまとめたのでございます。農地の復旧につきましては、県から被害の状況を視察いたしまして、市の、当時の町に復旧の計画をしていただいた。それを県においてとりまとめて、国に提出したということに相なっておるわけでございます。  簡単に補足的に一応御説明を終らしていただきます。
  10. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) 管原市長さん地図か何かお持ちになっておりませんか。
  11. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) 私、控えに一部持っております。
  12. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) それでちょっと説明願いたいのですが、各委員に、排土の問題。
  13. 島村軍次

    ○島村軍次君 ただいまの、被害の程度の御説明をわれわれ委員会でお聞きしているのではないので、排土の問題について設計なりあるいはどういう方法でやって、そして設計とどういう点で食い違った、こういうことを聞きたかったのですが、今のは当時の被害状況だけです。それではわかりませんから、その点を一つ農地部長からはっきり御説明願いたいのです。
  14. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) 各委員から質問に入る前に、今島村委員の言われたような、御説明がほしいわけです。それに基いて各委員から質問が出るだろうと思います。地図は小さくてもかまいませんから、各委員に概略、排土の復旧、農地とか住宅地とか概略でようございますから、ちょっとさして御説明願いたいと思います。
  15. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) ちょっと図面が小さいのですが、図面によって。この色を塗ってありますところが御坊市付近の農地の災害地であります。これが日高川、これが西川。日高川と西川との間に大体御坊市が囲まれております。これは海になっております。日高川の川口の右岸が当時の御坊町です。この色を塗ってありますのは、地区を七地区に分けまして、色によって分けてございます。当初二十五万八千立米の土を排土して、事業費一億五千八百万円でございます。この排土の計画は、これは先ほど御説明申し上げましたように、農地の復旧につきましては、各市町村においてやっていただく、そこでこの復旧の当初の計画は御坊町でやっていただいたのであります。当時この地区に、査定の結果、二十五万八千立米ですが、この土砂を排土する計画といたしまして、排土量を研究いたしたわけでございますが、農地復旧は、普通は原則といたしまして原形復旧、これが農地災害復旧の原則に相なっておるのであります。しかしこれは原則でございまして、その特別な地区の事情によって、これが変ってくるわけでございますが、そういうことで当時は先ほど御説明申し上げましたように、非常に日数がないのと手が不足で十分は検討はできなかったということと、いろいろな計画が、この復旧に関連した計画も何も手につかなかったという実情でございまして、町といたしましては、この町内に入りました膨大な土量でございますが、これを復旧する計画でさえも立てずに、当時は山積みしてあった、いつまでも山積みしてあったという状況で、農地の復旧の、土量をどう排除するかということは、もちろん計画が立たなかったわけでございます。そこで原形復旧でもありますし、相当の土が入りましたのでこれをまず排除するという計画を町じゃ立てまして、これから大体距離が千七百メーターでございますが、この地区から九万五千九十七立米の土は、この川岸に排土した。それからこの災害の、こっちが上流でございますが、この上流の災害のひどかったところから、御坊からここに集めまして一万六千二百二十五立米の土を排除する、この二カ所が排土の地点であったわけであります。これは合計いたしまして、約二十五万八千立米の排土計画に相なっております。以上であります。
  16. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) それでは各委員から御質疑をお願いいたします。
  17. 島村軍次

    ○島村軍次君 私は当時、参議院の方からお見舞いに参りましたので、町長さんにもお目にかかっておるのであります。当時の惨状は私はよく存じております。そういう前提から考えまして、被害の当時の皆様のあの惨状に対しましては、今でもまことにお気の毒であり、かつ当局の非常なお骨折りであったことに対してはあらためて敬意を表する次第であります。そこでお伺いいたしたいと思いますのは、二十八年の七月の災害で、会計検査院の調べたのが翌年の五月二十五日です。この御回答によって見まするというと、その検査の建前に従って実地と詳細な検討の結果ということでありますが、それまで土の排除はされなかったはずはないと思うのですがね。その関係がちょっとはっきりわからんと思うのです。私から特に申し上げておきますが、別にわれわれは皆さんにお答えを願うことに対して検察的な考え方で申し上げておるのじゃないということを前提にし、当時の事情をここまでこういうふうな指摘のあった問題に対して、その後の情勢を、土地排除に関する情勢を経過的に御説明願えばおのずからわかってくるのじゃないかと思うのです。それが第一点です。  それからなかなか土の排除というような問題は一応設計としてもできますが、なかなか事実問題としますれば、たとえば泥というものが全く役に立たんというものもありましょうし、それからまた泥の捨て場所にも困るというのもありましょうし、それから田地によっては、その泥はかえってあったために、将来客土にもかわるような役割をなすものもある。従ってその適当な泥の入ったのは、その年の収穫が多かったものもあろう、しかし御坊町の災害は大きな木が流れてどこがどこだかわからなんだということも、私は実地を拝見しておりますが、この土砂の排除についていま少し詳しくといいますか、期間的にその情勢をお話し願う、こういうふうにお願いすればよくわかるのじゃないかと思います。  それから農地部長にあわせて伺っておきたいと思いますのは、この設計はむろん農地部の方でやられたのだろうと思います。町長さんはその設計に従ってあの非常な混乱のときですから、判を押してお出しになったというようなことであったのじゃなかったかと想像するわけです。そこでこの会計検査院の結果によって初めてその設計変更を考えられたのか、あるいはその中間において何か措置をとられましたのか、こういう点の経過を一つ聞かしていただきたいと思います。
  18. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) 島村委員の第一問に関して、先ほど管原市長から当時の状況をつぶさに御説明があったのですが、ああいうどさくさのときですから、もちろん混乱の極に達しておったが、今のこういう設計をするについても誰がやったのか、そうして今島村君の言われたような今日までの、会計検査院から指摘されるまでの経過を一つ御説明願いたいと思うのです。
  19. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 当時の状況につきましては、先ほど申し上げましたように全く混乱のさ中に当初のああいう設計等をいたしたのであります。一番最初に出しましたのが七月十八日に災害を受けまして、八月十日までに書類の提出を求められたのでありますことは、前段に申し上げた通りでございます。それから八月二十四日に査定を受けまして、そうしてその次にさらに一月二十二日に会計検査院の査定が参ったということであります。で、私の方は、一番最初に全く泥の中に入り込んでおります私たちの状況から御想像いただけると思いますが、町内の庭あるいは室内その他に入っております泥とべたべたにぬれ去ったたくさんのそういう商品その他の家財道具、畳一切そういうものを排除する場所に実は非常に難渋しておったのであります。従って農地の問題につきましては、大へん申しかねますけれども、一部の係にまかした形で見送らざるを得なかった、こういう現状であります。そうして今申し上げたように八月十日に書類を出して、そうして八月二十四日に一回の査定を受けて、一月二十二日に会計検査院のまた査定を大蔵省関係等と一緒に受けたということで、そういうことでありまして、一番最初には私たちも、その泥の掃き場に全く困り果てて河川敷なりあるいはその他に放り出す以外にないということで、あっちこっちやったのであります。その後査定を受け、査定を受けております間に、ずいぶん時日はたっておりますけれども、片方の自分の家の改修であるとか、住居の心配であるとか、一切のそのような、さいなまれた住民の立ち上りのために時間を取られて、そうした方面の仕事にはあまり手を伸ばし得なかった、こういう状況に記憶いたしておるのであります。
  20. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) 先ほどの島村委員の質問に関連いたしまして、小川農地部長の説明を求めます。
  21. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) お答えいたします。御坊町の農地復旧の設計につきましては先刻申し上げましたように、県の職員といたしましても、あまり災害が膨大でございまして、とても手が足らないということでございましたので、近畿から三十四名の応援の技術者も得たのでありますが、その後北海道東北からも三十数名の応援を得ております。また昨年は十カ月にわたりまして中国、四国から五十数名の農地関係の技術者の応援を求めまして、着々復旧を進めておるわけでございます。そういうことでございますので、農地の復旧につきましては、区画整理を伴うものは県で設計をいたしました。単なる農地原形復旧につきましては御坊町に設計していただいて、それを県に提出していただいたわけでございます。  それから会計検査院が検査に来るまで、県はこの計画に対してどういうふうな検討をしたかという御質問だったと存ずるのでございますが、この設計書の申請をいたしましたのが八月の十日でございます。農林省の査定を受けましたのが八月の十七日から八月の二十七日まで、その後県におきまして――その前に、一言申し上げたのですが、査定が終りますと、計画に移る前に県で実施設計を立てます。また町村にお願いして実施設計を立てていただいて、これを県で検討いたします。必ず実施設計を立てるわけでございます。この地区も十月に町において再検討をしていただいて、その設計書を県において申請いたしまして、結局一億三百二十七万三千円の実施設計書に相なっております。その後会計検査院がおいでになりまして、事前の調査をなされたわけでございます。
  22. 島村軍次

    ○島村軍次君 そうしますと、最初の設計は町長はまあ非常に混乱の時代であったから、よく知らなかったが、係の農務課ですか、農務課の人が設計をして申請をした、こういうことですね。
  23. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) そうです。
  24. 島村軍次

    ○島村軍次君 これは農地の復旧ですから、建設庁の関係と農地復旧と両方あったと思う。なかなか限界がむずかしいところがあったと思いますが、そういう問題に関する調整というような問題は町長としてはどういうふうにお考えになっておるのですか。
  25. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) ほとんど当時町の排土というものに専念しておりましたのですが、その町の方の排土の問題はとにかく町の中のあき地というあき地には全部とにかく出そう、それからそのごく近くのそうしたあき地というものをことごとく、今後はともかくとして、さしあたりは入れよう。それから川に近いところのそういう地域などにつきましては河川敷なんかに排除したというようなことで、当時つじつまを合してやったわけであります。従って先般の農地などに関連してこの排土をどうということじゃなしに、町の中のあちこちのあき地というものをことごとく動員したというのが当時の状況でありました。
  26. 三浦辰雄

    ○三浦辰雄君 今関連してお尋ねするのですが、私はさっきから疑問に思っておるのは、これは一体農地の改良でやられたのですが、この程度の堆積、堆土であれば、これは特別措置法の施行令昭和二十八年十一月三十日政令第三百六十八号、この第四条によって私は全額国庫負担すべき性質のものであったのじゃなかろうか、こういうふうに根本的に私は疑問を持つのですが、これについてはどうですか。これはむしろ第四条のところには、堆積土砂の程度としてその程度をうたってあるのです。そうして現に一反歩当りこれを修正されて、そうしてできた五千五百万円というようなこの数字を百十三町歩七反からかりに三町何ぼを引いて割ってみても、一反歩当り五万円の結果を得ておる。このことはあの早々の間で当時の町長さん今の市長さんが、その当時の空気をよく映してお話になったが、早々の間では非常に困難の中であるとは言いながら、私は監督官庁としては、この設計というものはいわゆる見積り過大であったという部分はこれは問題の外でありますが、その適正にと申しますか、会計検査院の御注意によって再調査をされた結果の査定においても、これは私は全額国庫負担すべき性質のものであったのだ、こういうふうに私は思う。この点については今関連して根本の問題があるように思うので聞きたいのです。
  27. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) これはまず農林省の桜井建設部長かあるいは大塚災害復旧課長か、見解はどうですか、現地査定をやっておりますから。
  28. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) 御質問に多少余分なことを申し上げて恐縮でございますが、八月の十七日から二十七日まで農林省の出先機関の京都農地事務局が査定に出ております。和歌山県のこの七月十七日の災害に関する申請の総件数が七千八百八件、その申請件数に対して農林省の机上査定と現地査定を合せまして、一応査定を通したものが六千九百五十四の件数になっております。そのうち実地否定をやりましたものが九百三十六件、この程度しか遺憾ながら実査ができなかったのでございますが、木地区は実査ができませんで、机上査定をやった地区になっております。  それから今三浦委員の御指摘の点でございますが、結果的に見ましてただいまの査定額五千五百万円余り、こういうことと、面積その他から考え合せますと、堆土法に該当する前後に相なっておるような状態でございますが、当時の状態といたしましては、もっとひどい状態のものが熊本を中心として多数ございました関係等もあり、特別に堆土のひどかったところは、県によっては県営事業として取り上げてやっております。そういうひどいところにこの政令を適用してやっておりますけれど、本件については適用いたしません。
  29. 三浦辰雄

    ○三浦辰雄君 それはこの政令というものを早く出せ、早く出せというのに、あの当時出なくて、やっさもっさを盛んに続けた結果、この堆土に関する政令というのは、今申し上げたように十一月の三十日の号外で出ている。十一月の三十日、十一月の末ですよ。あなたの方の最初の査定というものは、ここに書いてあるように四月十八日、その後も何とか机上ながらも関係の事務当局としては他の振り合い等との関係があって、いろいろお調べになったろうが、要するに机上査定、あの当時万やむを得ない、それを問題にしなくても、会計検査院がお調べになって、そうしていよいよといってきて照会があったのが、二月の二十四日です。そうしてあなたの方で回答したのが五月の二十五日です。となれば、すでにこれはもうれっきとしたこれに関する政令があるのですね。しかもましてや一億五千万ですか、当初の規模から言ったって、相当にこれは大きいのでありますから、この際三町何がしというものは経費であるということで、かりに抜いても、これは堂々これに五万円というものに結果からいっても当るし、その前の第四条第二項の初めの前段、こういうものからいってもこれは当っておるのです。それを県営でやる場合はこうであり、いわゆる県営直営でやらない場合はこうである、こういうことによって区別をなさったということは、これは行政の運用じゃないのですか。ちょっとその点をお聞きしたい。
  30. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) 私の言葉が多少足らなかった点もございますが、県営であるから排土の政令を適用したという意味ではございませんでしたので、特別に堆土等の激甚なところを県がおおむね県営で、つまり比較的に県営でやったものがより激甚であるというところに通ずるわけでございます。それからそれじゃあこの地区をなぜ十分の十の補助の適用をしなかったかということに相なるわけでありますが、丁度すれすれの限界に近いということが一つと、排土に関する予算がなかなか大蔵省との交渉で十分獲得できなかったという現実とにらみ合せまして、十分の九、通常の高率補助を適用したということでございます。
  31. 三浦辰雄

    ○三浦辰雄君 今のような農林省と私とのやり取りのような話を当時の町長さんは県からそういうことをお聞きになったのですか。つまりあなたの方で主張されれば全額国庫補助でやられる性格のものなんです。これはあなたがその当時この堆土排除に関する補正予算においてのワクが必ずしも満足する程度にうまくいかなかったので、復旧を何とか間に合う程度までにやらなければならぬということから、あなたの方は一割のよけいな負担を県に出した、こういうことで市町村の方の関係も御一任になったわけですか。こういう全額負担で堂々やれる程度の甚大なる堆土の被害を受けておるあなたの方は、これは政令が明らかになっているのですから、当然これはまるまるやってくれ、そうじゃなくたって大被害を受けている町としては、容易じゃないのだから、当然法律政令で定まっている基準の中にあるのだから十割補助でやってもらいたい。まるまる国の金でやってもらいたいのだということを、おそらく係の人は言ったのかとも思うのだけれども、そのことは一体町長さん御存じなかったのですか。
  32. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 今の問題でありますが、先ほど来申し上げておりますように、私はそれから約三カ月混迷の中に、渦の中に入っておりましたので、詳細知悉いたしておらぬのであります。ただ当時県営にするか、また町営にするかという問題につきましては、だいぶん農業委員会等でおっしゃったわけでありますが、結局町営でやろうということで、当時町営でやることになったのでありまして、そのへんの関係につきましては、詳しく実は承知いたしておらぬのであります。
  33. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) 菅原市長にお伺いいたしますが、あなた当時設計なさった者が随行に来ておるようにおっしゃったのですが、そうじゃないのですか。
  34. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 来ております。
  35. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) それじゃ今の萱原市長さんの御説明のできない点を随行の方が御説明できれば、簡単に納得いくように御説明願いたい。各位にお諮りしますが、随行の方に説明を聴取することに御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  36. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) それじゃさように決定をいたします。  それでは御坊市の農林課の主事の芝友三郎君に説明を求めます。
  37. 芝友三郎

    ○参考人(芝友三郎君) 私、御坊市の農林課の農地関係をやっております芝でございます。  ただいま市長さんに御質問ございました高率補助の適用の問題でございますが、当時私どもも現地のことあるいは設計等に忙殺されておりまして、県あるいは郡の方からそういう適用のあるということは御指示もいただいておりませんし、私どもの勉強が足らなかった次第でありますが、存じておりませんでした。
  38. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) 知らなかったのですね。
  39. 芝友三郎

    ○参考人(芝友三郎君) はい。
  40. 三浦辰雄

    ○三浦辰雄君 そうすれば、これは会計検査院の方にお伺いしなければならぬのですが、御承知の政令の第四条で、堆積土砂の程度というものは非常にやかましくて、その当時は盛んに……、各政令はずいぶんやかましかったけれども、ことにこの堆積土砂というのは一番面倒であった。それでこの四条を読んでもいいのでありますが、その二項のところに、「たい積土砂の程度」ということをうたった第四条第二項に「一の市町村の区域内に存する農地及び前条第一号に掲げる農業用施設の一又は二以上の上におおむね二十町歩以上の区域にわたって一団をなしてたい積したでい上等で機械を使用して排除することが適当と認められるもの又は農地及び前条第一号に掲げる農業用施設の上にたい積したでい土等でその排除費が一反当り五万円をこえるもの」といって、結局あの法律の施行について堆積土砂の程度ということを規定しているのです、政令で。これは十一月三十日に出している。そこでこれは一億五千万などということになれば、もちろん大した反当りの金になりますが、あなたの方の御注意によって査定された結果も割ってみると五万円を越えているという格好なんです。これは当時の設計でありますが、とにかくかかっている。そういうことは会計検査院としてお気づきになったかどうかという、この一点をお聞きしたいのです。
  41. 小峰保栄

    ○説明員(小峰保栄君) この査定調査は私ども実は和歌山県を第一発にやったわけであります。二十九年一月二十二日に御坊に行ったわけでありますが、北九州はその次にやったわけであります。当時は御承知のように排土法という目新らしい法律でありまして、適用上も非常に疑問のある法律ができたばかりという状態であったわけであります。私どもその調査に参ります前は、実は関係法規全部印刷して、それの解説まで作りまして、その上で行ったわけでありまして、決してこれは排土法を知らなかったわけではないのでありますが、排土法の適用というのは非常にむずかしい、大体この排土法は御承知のように熊本が白川の泥土によって埋まったというのが契機にできた都市災害の、都市の土砂を排除するというのが最初のねらいでできた法律であります。その後に農地が加わり、さらに港湾のしゅんせつ土砂まで加わってしまったという経緯のある法律でありまして、予算も実はあまりはっきり年末頃はまだいたしていないという状態であったものと記憶しておりますが、そういう法律にかけてぐずぐずしていて少しでも補助を余計もらうのがいいか、あるいはもう大体従来の法律の特例としてはっきりきまっている、法律施行も出ておりまして、九割ではあるが、それによって早く査定を受けて工事に着手する方がいいかということになると、これは地元としてはあとの方をおとりになるのではないかもしれないというお話でしたが、かりに御存知になっても、あとの方で、早くとにかく百姓ができる、県としてもそういうことは御指導されたようでありますが、どちらがいいかという点になると、相当にこれは迷わされる問題じゃなかったかと思うのであります。排土法の法律は一般に知られていなかったということと、それから本件のような場合には排土法の適用もあるが、農地復旧の特例である九割の補助率の適用もある両方のケースであります。どちらをとるかということは、私どもとしてとやかく言う筋ではないのでありますが、結局比較的コンクリートになっておりました九割の方をおとりになった、予算もこちらが多かったわけでありますが、排土法は主として建設省が予算をとるということになっておりましたので、これに農林省が割り込むというとおかしいですが、こういうのはなかなか事実問題として骨が折れたろうと思います。熊本県の県営事業の大きいのは、たとえば下の方、御存知のように農地復旧においても限度がありまして、下の方は何センチまでは特例によるが、その上の方の農地復旧の特例によれない分、除外されてしまう分は、排土法による、こういう複雑な処理をしたものもこの排土法でありますが、当時会計検査院は決してこれを知らないで調査に行ったわけじゃないのであります。どうぞそのように御了承を願います。
  42. 三浦辰雄

    ○三浦辰雄君 法律が制定早々のことでありますが、これはただ単にそういうひどい被害を受けたということになってしまったのかもしれませんが、ちょっと会計検査院に聞きたいのであります。だんだんこうやって参りますと、二重査定だとかそれからあるいはいわゆる見積り過大、あるいはその対象にならないようなところまで一応とにかく申請し、それに対して原局が査定している。それで今度のあのときのやり方であれば、その地域の市町村あるいは県という行政区域を単位として、最初のいわゆる査定額、被害の査定額の合計が、そこの町村あるいは県の基準財政収入をたしか越えるところは、この高率適用というようなことにたしかしたと思うのでありますが、そのあとになって会計検査院がいわゆる二十六条ですか、で行って、いわゆる事前検査というものをおやりになって、だいぶ大きく方々でそれらの数字をお直しになった、お直しになった結果、高率適用をする資格が、初めの原局査定、各省査定の合計額においてはあったけれども、あなたの方が行っていろいろと御調査した結果、これも当らない、これは少し過大、これは一体対象にならないのじゃないかといったようなことによる削除の結果、それらの資格というものを失ったような例があるかという点を一つお聞きしたいのと、かりに――これはかりのことだから何だけれども、かりにそういったようなことによって資格が失われ、従って告示の線が、各町村に告示がありますが、その線が取り消しをしなければならぬといったような状態になったとすれば、その工事に対して高率適用をしたということは、一体事前取り消しにならなければならぬという措置のようにも思うのだが、その点はどういうふうに考えられるか、それを一つ。
  43. 小峰保栄

    ○説明員(小峰保栄君) 私どもの方で査定調査をやりましたのが二十八年災害を対象にして二十九年の一月からやっているわけであります。二十九年は御承知のように特例法が出まして九割ということで、今の高率適用の問題と関係ないわけであります。高率適用の問題は六割五分までにあるわけであります。それで六割五分で、先ほどの基準財政というようなものを越えるような分につきましては率が上るわけであります。それで二十九年災のこの特例法の適用がないわけでありますから、御質問のような疑いが出るのでありますが、この補助率を幾らにきめるかというのは、前年一年の災害を集計いたしましてから、基準財政との割合がきまるおけであります。それで個々の事業主体につきまして補助率がきまりますのは翌年の早くて三月、こういうようなことになっておるのでありまして、私どもの方はそういう関係もございますから、早期調査は一月からおそくも四月中には切り上げてしまう、そうして私どもが照会いたしますのは、補助金では一応照会できないわけであります。そこで工事費で照会した上で、それの適用を農林省なり何なりにしていただくと、こういうふうに取扱っておるのでありまして、今までのところではまだ御疑問のような問題は起きていないおけであります。
  44. 島村軍次

    ○島村軍次君 だいぶ時間も私だけ取って恐縮ですから、簡単に承わりますが、その後事実問題としては全部復旧しているのですか、その点を一つ伺いたい。
  45. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 全体から申しますと、八割七分くらい今できておるだろうと、そう申しております。むずかしいところ、複雑なところが一部残っております。
  46. 島村軍次

    ○島村軍次君 そこで現在やっている復旧費は、再査定の結果、五千五百一万円と、こうなっているわけですね。これは市長さんでも農地部長でもけっこうです。
  47. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) その通りです。
  48. 島村軍次

    ○島村軍次君 そうすると、それに対する国庫補助について今どういうふうになっておりますか、すでにおもらいになっているのですか。
  49. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) 二十八年度で、工事費千六百二十三万六千円に対して、補助金が千四百六十一万二千四百円出ております。二十九年度では、工事費八百七十万四千円、補助金七百八十三万円三千六百円、以上合計二千四百九十四万円に対しまして、二千二百四十四万六千円、これだけが支出済みでございます。
  50. 島村軍次

    ○島村軍次君 そうすると、これは県を通じて助成された経費ですか、あるいは農林省直接やられたのですか。
  51. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) 二十八年度までは形式的に直接補助になっております。実際問題は、もちろん県を通していくわけであります。それから二十九年度に法律改正になりまして、間接補助になりまして、県に一括補助金を交付するということになっておりますので、その県に交付された補助金の中から、今申し上げたように県が二十九年度に七百八十三万三千幾らというものを御坊町に交付しておると、こういうことでございます。
  52. 島村軍次

    ○島村軍次君 そこで、これは参議院の決算委員会で皆さんにお集りを願って、こうしてお聞きしておるということは、補助金に関しての全体を通じていろいろ問題があったのでお聞きしておるわけです。そこでこれは国民に対しても、御坊町の問題をお聞きしている以上は、はっきり結末がこうなったのだということは、われわれ委員会を通じて発表すべき筋合いのものだと思うのです。従いまして、最初の予定はこうだったと、しかし今では五千五百万円の査定が済んだと、それからあとの問題については申請をして、この範囲内において助成金をもらうという予定で今進行中であるかどうかと、こういうことをはっきり御答弁を願いたいと思いますが、いかがですか。
  53. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 今農林省からお話のありましたように、二千二百四十四万六千円は確かにいただいております。残ります金額につきましてはただいま仕越しをしておるのであります。御承知のように、私の町も災害以来実に困窮をいたしておりまして、赤字財政におきましては人後に落ちない、そういう状況にあるわけであります。従って、この残金等につきましても、実は支払い能力を持っておりませんから、しょっちゅうそういう関係の者から請求を受けております。三十年度になりましてから、ようやく四百万円の金を仕越金の分として出しておりますが、それ以外の金につきましては、実に機会あるごとにそういう連中と折衝いたしておりますけれども、現在の状況といたしましては、いかんともしがたいので、歯を食いしばって、それぞれ辛抱しておると、こういう状況であります。
  54. 島村軍次

    ○島村軍次君 それでは簡単に承わりますと、あとの残額については請求がある、工事は八割七分済んだ、それで工事執行者から請求があるから四百万円ばかり出した、しかしあとの残額についてはまだ未交付だと、もちろんこれは国庫の補助の関係もありましょう。そこで、その点はわかりましたが、これは全額国庫補助ではないのですから、市としても負担金をお出しにならなければならぬわけですが、その点は一体どうなんですか。露骨に申しますと、これは自分で自力でやった部分もあろうと思うわけです。だから、農家から出資した労力でお払らいになったものをもって負担金にお充てになるというような方法を講じておられますかどうか。
  55. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 農家の現況はもちろんそういう負担にたえる状況にはなっておらぬと思います。従って、私たちのところで、ただいま一割につきましては、例の起債に仰いでおります。起債以外の問題につきましては、これまた非常に困難して、実はまだ押し問答をやったりしておると、こういう関係であります。
  56. 島村軍次

    ○島村軍次君 会計検査院は、この問題は二十九年の一月にお調べになってから、その後はお調べになったかどうかということと、それからもう一つはその後の措置について農林省から回答を求められたかどうか、この点をお聞きしたいと思う。
  57. 小峰保栄

    ○説明員(小峰保栄君) 昨年は事後検査、事前調査をいたしまして早々のことでございますし、御坊には行っておりません。今年は行く計画になっておりまして、これからおじゃまして事後検査をやるということで予定をいたしております。特に農林省とその後の処置についてお打合せをする必要はございませんので、それは別にやっておりません。
  58. 岡三郎

    ○岡三郎君 本件については、設計が過大と認められたものの中で指摘されておるわけです。しかし、実情を聞いてみるというと町長として、現在の市長として非常に御努力になったこともよくわかったのですが、結局こういうふうな大災害のときには、えてしてまあ火事泥式な問題が多く起ってくる、失礼ですがね。そういう点で数多くの問題が指摘されておるわけなんです。しかしその点はわれわれとしては市長として厳重に今後問題があるたびに、たとえどのような問題があるとしても、国費をもらうという点については、でき得る限り一そう気をつけてもらいたいと思うわけなんです。そういう点で、この指摘をされた点はやむを得ないと思うのですが、しかし一応減額になって、今、島村委員が聞いたように五千五百万円の査定ですね、それで現在の仕事がどのように完成しているかわかりませんが、八割七分程度の工事量であるということになってくるというと、またさらに二千二百四十四万何がしの補助金しか来ないということになるというと、これは逆に従来われわれが審議してきた例から考えて、ちょっと災害地区に情けないというか、かわいそうな気がするのです、この問題については逆に。で、過大設計をしたということについては、県当局あるいは市当局については、やはり相当そういうふうな設計をしたということは、まあかりにですよ、どういう問題があったとしても、これはいいとは言えぬと思う。その結果、会計検査院から指摘されて、早期検査でこうなったんだが、現実はやはり災害というものは住民にとって非常に、これは大変なことなんで、町長のみならず、全町一丸となってこれは復旧してもらわなければならぬ。そうなれば、これは農林当局としてはえらいところに金をくれて、こういうところに金をくれぬということは片手落ちもはなはだしいと私は思うのだが、この点について桜井建設部長はどういうふうに考えるか、ちょっと聞いておきたいと思う。
  59. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) 二十八年災害に対しまして、二十九年度末までの全国平均でありますが、査定額に対する国の補助金の支出済みが約、たしか三六%程度になっております、平均値で申しますと。その数字から一つ御推定をいただきたいということが一つでございます。それから二十九年度は、先ほど申し上げましたように二十九年度以降は一括県に補助金を交付いたしまして、県がその事業の緊急性に即応いたしまして、県知事の考え方によってそれぞれの地区に補助金を交付する、この二点を御承知いただきたいと思います。
  60. 岡三郎

    ○岡三郎君 そうするというと、また不公平もはなはだしい。たとえばこの間の船が沈没もしていないのに、これはあんたの省の関係でないけれども、沈没したといって三百五十万円だか六十万円だか持って行ったきりまだ返していない。まあ災害というものはえらいところまで災害を及ぼしているというふうに考えたのだけれども、三六%はそれはいいですよ。しかし取り立てるべきものが一ぱいあるじゃないですか、ここに。そうして、みてやらなければならぬところにはみてやれないで、こういうことでは災害は復旧せぬですな、実際は。そして三〇%程度だといって、これは九割の補助金でしょう、そうじゃないですか。そうするというと、看板に偽わりありの最たるものじゃないですか。これはやむを得ないのですか、これで。どうなんです。正直にやったものはばかみるじゃないですか。
  61. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) 今の問題は補助率は九割ということでございます。これは念を押すまでもないと思いますが、ただ国の予算の実績から申しますと、一つの災害、たとえば二十七年災とか、二十六年災とか二十八年災とか、その災害が完全に片づくまで、過去の例を申し上げますと、五年かかっておる、はなはだ遺憾でございますけれども、おおむね五年かかっておる。従って二十八年災に対しまして二十八年、二十九年と二カ年かかりまして、査定全額に対しまして三六%程度しか、遺憾でございますけれども、補助金の支払いができておらない、こういうことでございます。
  62. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) この際、発言を許していただきたいと思います。  ただいま御坊市長から相当御坊市の農地復旧が進捗しているというお話を承わったのであり、また県もそれを確認しておるわけでありますが、ただいま農林省からもお話がありましたように、大体農地復旧の補助金が和歌山県に対しまして三割ぐらいしか来ておりません。大体の復旧費が現在査定を受けておりますのは百三十億でございます。ところが町村工事の農地の復旧は六割以上進捗しておりますという県の調査に相なっております。そこで御坊市の方が相当仕事が進んで、市長さんはここに御列席でございまして、帰りましたら残りの補助金がもらえるのじゃないかということをお感じになっておるかと思うのですが、(笑声)これは県といたしましても、国の補助金がそういった状況で三〇%内外しか来ておりません。ところが県全体が六〇%以上もできておるという状況でございますが、県全体として考えます場合には、とてもこの御坊町の補助金をことし来年ではお渡しすることができるかどうかということを非常に心配しておるわけでございます。そこで災害の当初に国は五・三・二の比率において補助金を交付してやるという確約をいたしまして、地元農民はそれを信頼いたしまして、私ども県に強くその補助金の交付を要望して参りました。しかし私どもといたしましては、国の、ことに農林省の予算のワクも存じておりますので、そう無理に和歌山県だけに補助金をいただくというわけにも参りませんので、その板ばさみになって非常に困っておる実情でございます。そういうことでございますので、ただいま御坊町に対して非常な御同情をいただいて、私ども非常に感謝しておるわけでありますが、農林省からも県の知事の責任において払うのだというお話でございますが、国からのいただく補助金がまことに少くなりまして、御希望通りにいかないのを非常に残念に思っておるわけであります。その点は特に皆さんの御協力をお願いいたしたいと思います。
  63. 岡三郎

    ○岡三郎君 どうも農地部長先廻りして言いわけめいたことをやったのだが、それはなければ出せぬのは当り前の話だ。ただし問題は、仕事の進捗しておる状況に応じて当然補助金というものは払われておると私は思うわけです。そういう点で、御坊町の方がわざわざおいでになって批難されるというので、非常につらく考えて来たと思うが、決算委員会というのは、何も検察庁でなし、鬼でないので、是は是として、非は非として、われわれがここでやるのが決算なんですから、そういうふうな点から考えるというと、今までわれわれが審査した件というものは、無軌道のような点が非常に多いわけなんですが、これは設計過大で、その点は御坊市長にも責任を感じてもらわなければならぬし、県の方の農地部の方にも感じてもらわなければならぬが、しかし実際減額査定を受けて、まあ五年かかるとしても、それならば月に幾らやるという見当がつかなければ、下の方は仕事をするにしても払えないということになれば、何ともお手上げするよりほかないということになると思うのです、実際問題として。ですから、払うときめたものは払わなければならぬとおもいます。そのかわりインチキして取ったものは、早く取り返さなければならないと思います。ところが当然取り返すべきものを取り返さないで、やるべき金はやらない、こんなことでは国の行政ができるわけはないと私は思うのですが、どうですか、農林省の方は。
  64. 武田誠三

    ○政府委員(武田誠三君) 御指摘の通り、返納をしていただくべきものは確実に早く返納していただくということがなければならないと存じます。今日までたくさんのいろいろな不当事項その他で返納を命じておりますものが、必ずしも円滑にかつ早く返納を見ておらないという状態は、私どもとして非常に遺憾に存じております。今後におきましてはより以上そういう方面に私どもも気をつけまして、厳重な督促をいたしまして、返納金が早く国庫に納まりますように努力いたしたいと思います。同時に、災害復旧の補助金なら補助金を最も効率的に使って行けるというように持って参りますために、どうしても事前の実地検森、実地査定というものを現在以上に広げて行くということが、補助金を効率的に流すことができるということに相なって参ると思いますので、この面にもわれわれといたしましては、できるだけの力を注いで参りたい、かように思っております。
  65. 岡三郎

    ○岡三郎君 今の会計課長の返事では、私は回答にならんと思います。この決算報告書にもあるように、まあ災害のときだから手不足でやむを得ないと言えばやむを得ないけれども、農林省関係は机上査定が多い。机上査定が多いから、たまたま検査院が行ったところが見つかって、と言うと語弊があるが、ひどくしぼられるということに現実にはなって来ていると思う。ですから、現実は水増しされている部面が相当に多い。そこでわれわれも早う取り立ていと言っても、何%ここの決算報告に出ているかということを考えるというと、一面においてはそうぎゅうぎゅうと取り立てるということも、この部面だけではかわいそうだという点も考えられるけれども、しかし全体の予算の効率的使用から言えば、過大設計したことは悪いといって減額をしてですよ、そうして法規に照らしてこれだけのものをやる、しかも工事が相当進捗しているということになったら、その工事の進捗している所に対しては、何とか先に見てやるということにならなければ、災害復旧にならないじゃないですか。実際問題として、金が行かなければできないように地方財政は窮乏しているということもおわかりのことだと思うわけです。それは今ここでいろいろなことを言う必要はないと思う。だから、現実に即応するように農林省の方で手を打って行けるかどうかということなんです、私の聞いているのは。もっと具体的に言えば、和歌山県だけではなくして、他の工事の進捗しているような所には、ある程度むりしても金を出して、そのかわりに極端に悪いというか、いいかげんなことをやった所からは、情状酌量する余地のない所からは金でもとって、そうして国費の円滑なる運営をやってもらわなければ、復旧にならんと思うのですがね。どうでしょうか。
  66. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) ただいまのお話、御指摘の通りだと思います。ただ現実の問題といたしまして、過般概要調査しました結果、ただいまの御坊町のお話のような仕越し工事、でき過ぎ工事が、工事費で全国約百五億出ておる、こういう状態が一方にございます。それからただいま参議院で御審議願っておる農地関係の災害復旧の予算案が百二十九億でございます。百五億は工事費でございますし、百二十九億というのは経費でございます。その間に若干のもちろん相違はございますが、こういう現実に当面いたしておりますので、私どもといたしましても、もちろんおっしゃるように、取り立てるべき分は一刻もすみやかに取り立てて国庫に納めなければならんということは当然でございますし、片方、補助の関係を申し上げますと、以上のような状態でございますので、でき過ぎておるもの全部にすみやかに充てるということについては、各県知事が県に割り当てた中で極力そういう考慮をいたすこととは存じますが、現実の問題としては相当やはりその中に困難はあるということを考えております。
  67. 岡三郎

    ○岡三郎君 そのでき過ぎているということはどういうことなんです。私の常識から言えば、これは五カ年というものは一応めどとして立てるけれども、今のように年々歳々災害が来るのに、五年という年月を費して復旧するということは、常識的ではないと思う。ただし、予算その他の関係から一応そういうふうにめどを立てられるということもやむを得ない点もあるとしても、すみやかに復旧するということが災害に対する第一眼目であるし、その場合において国費を有効に厳正に使用するということも重ねて重要なことと思うのですがね。でき過ぎということになったら、あんた、五年間の中に計画してちゃんとやらなきゃいかんのですか。その点はどうなんです。でき過ぎという点について。
  68. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) 私どもは通常でき過ぎという言葉を使っておりますが、それは国の経費を通り越して、先ほど御坊市長が言った仕越し工事ということと同じ意味でございます。
  69. 石川清一

    ○石川清一君 御坊市長にお尋ねしたいのですが、お答えは簡単でよろしゅうございますし、またその点についてはおいでになっておる係の方からでもよろしいのでありますが、区画整理等もおそらくここではなされたと思っております。それでこの工事は個々の農民の責任でどこまでも個々でおやりになったのか、それとも復旧組合というようなものを作って、それが政治的に補助あるいは一時の資金の借り入れ等を行なって今日まで来ておるのか、その補助金の分配は、その農地を持っておる人の団体でしたのか、あるいは町の立てておる計画に基いて補助金をお払いになったのか、そういう復旧の事業の実態をお聞きをしたいと思います。それと、災害を受けた耕地は合併をしない前の町の何%に当っておるのか、またこの耕地の中で家屋あるいは厩舎等も流失をして、耕地だけの復旧に専念できない農家がどれだけあるのか、こういうようなまず実態をお聞きいたしたいと思います。
  70. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) ただいまお尋ねのありました問題でありますが、経営は町の直営でいたしたのであります。ただし、さっきも農地部長からお話がありましたように、七つの集団に分けまして、そうしてその集団に委託をした形をとっております。だから、それぞれの分けたグループにそれぞれの責任を持ってもらいまして、それをやって参ったおけであります。それから総面積につきましては、全部と申し上げた方がいいと思います。もう一つ最後に専念云々の問題がありましたけれども、大体最も深刻に被害を受けた住居その他の被害を受けた者がその大部分を占めております。従って専念するというよりも、まず自分の生命を守ることが当時最も喫緊であった。その後あちこちの住宅に仮住まいをするような者も相当できて、だいぶおくれて実は着工いたしたのであります。その後精励しまして先ほど申し上げたような程度の復旧を見ております。
  71. 石川清一

    ○石川清一君 それでは今日まで一時の借入金等をお借りをしたことがありますか。それともまた町が保証をして借りたことがあるかどうか。またあとに残っておる工事は補助金の来るのを見返りにして現金を握ってからするのか、それとも八分五厘ほど復興したと言われますが、それについては補助金が来るのいかんにかかわらず、遅れても本年中に終るという決心か、また百十町歩の農地は耕作ができておるのか、あるいは収穫が現在災害を受ける前のどの程度に復旧しているか。生産高はどのくらいに回復しているか。大まかでよろしいですから……。
  72. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) ただいまの問題でありますが、借り入れの問題につきましては二つの方法をとっておりまして、一つは市の方が保証して農家個々に借りさした便法をとったのがあります。また町がただいま四百万ぐらいの金を出しておるのは、町で借りて仕越しの分に出しておる、この程度であります。もちろん当初はつなぎ資金等でお世話になったのでありまするが、自後の問題につきましては、そういうケースをとっております。それから復旧をいたしております面積でありますが、百町歩近い分量が復旧いたしまして、そうして残った分量につきましては盛んに私たちも督励をいたしておりますし、また集団の彼らもこつこつ進めておりますから、その金の有無によらずやるであろうという考え方を持っております。それからもう一つは昨年度あたりの収穫でありますが、先ほどお話しのありましたあの土粒は非常に微粒で、当初そばをまきましても、観葉を作りましてもほとんどできなかったのであります。昨年また本年とできたものから作付をさしておりますが、あるいは六割、あるいは七割程度までこぎつけておるものが相当あろうかと思います。
  73. 石川清一

    ○石川清一君 もう少しお尋ねしますが、それでは今日までその農地を放棄してほかに転居した人があるかどうか。ほかへ、もうこれは見込みがないといいまして立ちのいてかわった人、あるいは権利を譲ってかわった人があるかどうか、それから町はこの土地に固定資産税を今までかけておるかどうか、またこれからどういう形で賦課しようと考えておるのかお尋ねします。
  74. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 災害を機会に転住するというようなことはほとんどありませんでした。やはり誰もがそのたんぼを復旧してやろうという愛着を持ってやっております。それからもう一つ固定資産税の問題でありますが、これは当年度もちろん全額減免、次年度の昨年もほとんどこの分量に対しては課税しておりません。しかし本年度あたりから何がしかの課税をしようということで多少の徴収をやる見込みであります。
  75. 石川清一

    ○石川清一君 会計検査院にお尋ねしますが、問題になっているこの和歌山県の御坊町の農地の復旧の実態は今お聞きした通りで私は間違いないと思います。今度査定に、査定といいますか、峻工検定といいますか、参りますときに、いわゆる国費を投じて復旧をした実態が、そこの住民のほんとうの生産力、土地の生産力を回復し、いわゆる農業再生産のできるような形にいっておるかどうかというようなことを、これからもお調べになるか、今までお調べになったことがあるかどうか、お尋ねをいたします。
  76. 小峰保栄

    ○説明員(小峰保栄君) 今年御坊におじゃまする予定と先ほど申し上げましたが、こういう例は案外たくさんございますし、今度は否定ではございませんし、今の八割何ぼおやりになったという実績の方が果して設計通りにやっていたかどうかというのを拝見するわけであります。設計通りにやっておるかどうか、あるいは工事の出来高が不足しておるかどうか、こういう点に重点を置くわけであります。私どもといたしましては、幾ら収穫したか、そういうところまではなかなか実際問題としても及び難いというのが実情でございます。
  77. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) 石川君簡単に願います。
  78. 石川清一

    ○石川清一君 この間も建設省の、利根川の浚渫工事に建設省の現地の事務所が会計検査院のお叱りを受けて一歩退ったようでありますが、こういうような実際机上で計算をしても非常に困難だと言われるような条件のところを、何かもとの、百姓が税務署かなんか代官に押えられるような形で、こういうように思い切って査定を引き下げたというところに、私はやはり問題点があると思う。やはり理論的に考えても、実際その土地に応じたような形でやはり査定に、あるいは調査には対処すべきだ、あとになって少くなって困ったり、いろいろなお困りになっておる点が、実際私は現われておるんじゃないか、こういうように感じるんですが、これはやはりお出しになったこのままで、これで十分だ、けっこうだ、満足だというお考えを今も持っておりますか。これは御坊市長さんにお尋ねするのでありますが、もう査定を受けてから、またいろいろ復旧してみるというと、大分そのときと情勢が変っておる。やはりあのときもう少しはっきり調査をして頑張るべきであったというようにお考えになっておるかどうかそれをお尋ねします。これで終ります。
  79. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) ただいまの問題でありますが、私たちの方から申しますと、あるいは当初出しました問題が何がしかの過大であったかもしれないと思います。それはしかし先ほど申し上げたような環境のもとにありましてやったことでありますが、自来査定をしばしば受けたのでありますけれども、その間にきめられた数字はもう絶対だというそういう考え方でいわばやってきたわけであります。それでこの査定が決定いたしましたときに、私の方の農業委員会が一斉に退職をされたのであります。その問題につきましても、何とか私たちも説得もし、この災害の状況に立ち上がれる意欲を培養して実は頑張って参ったわけでございます。
  80. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 私はきわめて簡単にお尋ねしたいと思います。設計は誰がしたのですか。
  81. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 私の方の設計は先ほどのような環境のさ中にありまして、先ほど代弁いたしました者がいたしたわけであります。
  82. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 それは町の吏員ですか。
  83. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 先ほど申しましたように私の方の農務の係りをしております主事でございます。それが県の御指導によって当初急いで提出した、これだけであります。
  84. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 県のどういう人が指導したのですか。
  85. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) 御坊町の設計につきましては、ただいま市長のお話がありましたように、御坊市の吏員が設計したのでございまして、それを県の出先でございますところの、現在御坊市にあります地方事務所の農地課の技術員がこれを調査いたしまして設計書を決定いたしたわけであります。
  86. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 そうすると町の吏員というのはそういう土木に経験のある、つまり技術者ですか。
  87. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) それは大した経験は持ち合しておりませんが、いわば農務に関する全般を扱っておるのであります。もちろん専門家ではございません。
  88. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 つまりどういう学校を出た方ですか。
  89. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 農林学校を出ております。そして朝鮮等のそういう関係を回って参っております。そういう経歴でございます。
  90. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 そうすると、土木とかあるいは土地改良とか、そういう事務を担当して、測量とか、そういうことの経験のある人ですか。
  91. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 大した経験は持ち合わしておらぬと思いますが、いわば町村の、広く浅くやっておる程度のそういう技術でございます。
  92. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 そうすると、これを指導した地方事務所の農地課の職員というのは、こういうことを専門に担当しておる技術職員ですか。
  93. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) 県の職員は農業土木の専門の旧制大学、昔の専門学校を出た職員ばかりでございます。この職員が現在工事の指導並びに設計、その審査をいたしております。
  94. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 その設計には幾日かかりましたか。
  95. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) 私当初に申し上げましたように、災害が七月十八日でございますが、いろいろ救済事業に全員が携わりました関係上、技術者も復旧事業に着手ができない。七日目にやっと技術職員だけは、いつまでもほうっておいちゃ復旧計画はできない。農林省に計画を進達しなければ査定をしてもらえない。査定をしてもらえなければ補助金がもらえないということで、特に技術職員だけはこの雑務からはずしまして、先ほど申しましたように、七日目にやっと調査、設計をし、また町村の指導を始めました。設計は農林省の指示に基きまして、八月の十日に提出ということになっておりますので、十八日間の間に日高郡だけで約三十億の設計をいたしたのであります。県下ではもっと膨大な設計でありますが、そういった事情で非常に日数がなかった。でありますから、先ほど申し上げましたように、まず近畿の各府県から三十余名の技術者を農林省に懇請をして応援を求めた次第であります。
  96. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 そうすると、査定した堀尾技官というのはどういう技術者ですか。
  97. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) 農林省の出先機関の京都農地事務局の災害復旧課の技官でございます。
  98. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 この御坊町の査定を含めてどのくらいこの日に査定しておるのですか、同一の期間に。
  99. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) 二十八年八月十七日から八月二十七日まで十一日の間に、一日平均実査十二件、机上査定で八十八件であります。
  100. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 それからせっかくこういう急いで設計をして、しかも査定も机上査定である。これは非常に状況が急を要してなかなか念が入れられなかったという当時の状況はわかりますが、それにしても県あるいは京都農地事務局等の設計なり査定の人たちというものは専門家がやっておる。それを会計検査院のこれも照会によって設計過大という判定がついたのに対して、これを認めるのにどのくらいの経緯をとったのか、これは会計検査院の小峰局長に伺いますが、照会を発してから相手方が会計検査院の判定に別に抵抗なしにすみやかに服従したのか、それとも大いに抵抗をして、そしてやり合った結果、どのくらいの時間を経過して、こういうことになったのか、この経過を承わりたい。
  101. 小峰保栄

    ○説明員(小峰保栄君) 最初に和歌山県に参りましたとき、和歌山県は非常に査定が多かったのであります。御参考に申し上げますと、和歌山県は百六十四億、北九州四県で、北九州もずいぶんひどかったのでありますが、北九州四県で百五十九億、北九州四県より和歌山県一県の方が多い、こういうことがわかりまして、どうもというので、まず調べようというので行ったわけであります。それでこれなども最初私たちが参りましたときに一億五千八百万円、現地に参りましていろいろな計算をいたしましたところ、一番からい線では千二百万円に落ちた。一億五千八百万円が千二百万円に、これはどうもいろいろな計算、たとえば泥をどこまで運ぶとかいうことも問題になりますが、町営住宅などに使っております。それで一番からい計算が千二百万円になった。私どもとして千二百万円程度まで減少するのだが、右に対する貴見、それから今後の処置、こういう照会を出したのであります。千二百万円が結局五千五百万円、これは県の三回目なんですが、おやりになった結果の結論であります。私どもとしては県がそうおっしゃるのを五千五百万円そっくりのんだと申しますか、査定権限は農林省がお持ちになっておりますから、私どもとしてかりに一応の計算をして千二百万円になっても、これはあまり突っぱるべき地位にはないのでありますから、これは農林省の査定額を私どもとしては容認するのが当然であります。千二百万円が結局五千五百万円になったのであります。決して私どもとしてきつい線を押し付ける。先ほど石川さんが利根川の例をお引きになりましたが、あれも私どもとして言わしていただけば申し上げることは幾らでもあるのでありますが、本件についても決して私どもの計算したからい線を押し付けるというようなことは絶対しないのでありまして、千二百万円が五千五百万円に上ったということで、一つ御了承願いたいのであります。一億五千八百万円も私どもが参りましたときに、これは一億三百万円に落ちていたのであります。これは私どもにはおっしゃっていただかないので、一億五千八百万円を基本に私どもとしては調査せざるを得なかった、これが実情でありまして、一億三百万円に落ちたということは、先ほどちょっと県の農地部長がお話になりましたから、私からも押し上げたわけであります。
  102. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 大体私が聞かんとすることはわかりましたが、そうすると、結局つまり最後的の責任というものは、これは要するに会計検査院の設計過大であるという判定は、私ども経過は一応わかります。そもそも設計した第一の町当局の設計者というものは、技術的に経験その他が足りない。これを指導、援助したのは県側で、査定したのは農林省である。しかも三回にわたる経緯を経て、会計検査院の一番厳格な査定で千二百万円がむしろ五千五百万円になった。こういうことであって、そうすると、農林省並びに県当局とされては、五千五百万円という会計検査院の最後の判定はしごく妥当であり、もうこれ以上何とも言う余地のない、承服すべきこれは判定であるということで、十分了承、しておられるのですね、査定の責任のある農林省は……。
  103. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) その通りでございます。
  104. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 県側はどうですか。
  105. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) 町の設計に対して、農林省で査定をしていただき、また会計検査院から査定をしていただいて、これでやれるということでありますので、県といたしましては、これによって進めております。
  106. 飯島連次郎

    ○飯島連次郎君 私どもが農地に関し、あるいは建設に関しては、しばしばこういう問題に逢着するのですが、どうも責任を追及してみると、その責任の所在というものが、ややもすると分散して、ぼかされがちなんです。私は、やはりこの問題に関しては、責任は、これは町当局はなかなか、それぞれ専門の技術者がおるとは考えられないので、やはり第一の責任というのは現地の指導に当った地方事務所なり県側にある。それから第二には、これらの査定をした、やはり農林省当局に大いに責任がある。こういうことはひとりこの御坊町に限らないので、これをしさいに点検すれば、他にたくさんあると思う。こういうことを、これはひとり御坊町だけに限った問題ではありませんが、一つ今後は県当局で、出先の地方事務所なりあるいは県の農地部の本部なり、これらで、そもそもの設計をされる場合に、非常に今回は忙しかったということで、非常に無理であると思いますけれども、それは、やはり折角の技術の職員を有しておる出先の機関で、十分一つ指導していただいて、設計を誤まらないようにしていただきたい。それから、いつも決算委員会で問題になる、つまり机上査定が多過ぎる、特に農林省に関しては実地を見ることがきわめて少くて、机上査定が多い。これは査定をする件数が多過ぎるということも、これは理由にいつもあげられておりますけれども、それにしても千二百万円と一億数千万円というような開きが多過ぎる、こういう査定がいかに机上といえども、私はそうルーズにされて、いかに農林省の査定が権威がないものであるかということを、これは天下に暴露しているようなものです。こういうことでは、私は農林土木の全くこれは権威に関する問題である、少くとも国の機関において査定をする以上は、こういう点に今後は十分の注意をしていただくと同時に、慎重を期せられんことを私は要望いたします。  町当局に対しましては、私は非常にしっかりした技術陣を持っておいでにならない、しかも災害の第一線の一番痛手を受けた町当局とされては、私は必ずしも作為なり故意に出発しておるとは考えたくない。しかしやはりこういうことは再びないとは限りませんので、今回のことを一つ十分体されて、そして私もこの災害復旧が一日も早く、そして町民の方々が希望されるように、乏しい金ではありますけれども、最善の成果が上るように、一つ新しい市長さんとしては努力されんことを要望いたします。
  107. 島村軍次

    ○島村軍次君 関連して。農林省が査定された時分に、実地調査をその後されたかどうか。最初の方は机上査定、その後実地にされたかどうかということと、それから、机上査定のときには、大蔵省の当局が見えておるのでありますが、大蔵省は財務局が必ず立ち会うということになっておりますが、その時分に立ち会われたかどうか。それからこの御坊町の問題に対して大蔵省の財務当局の人が立ち会って何か意見を呈せられたかどうか。これは、もしわからなければ、あとからでもけっこうです。将来の参考にしたい。
  108. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) 最初の机上査定のときに、私あとで間違いがあれば訂正さしていただきますが、たしか三班編成で行ったはずでございます。そのときに財務局から一班だけ同行した、従ってこの机上査定に確かに財務局が立ち会ったかどうかは、ただいまのところ私の調べにはございません。それから会計検査院が調査をされて過大設計だと、こういう指摘がありましたのちに、京都の農地事務局から現地へ行きまして査定調査をやっております。
  109. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) 大蔵省の柳沢司計課長、何かこれについて答弁がございますか。
  110. 柳沢英蔵

    ○説明員(柳沢英蔵君) ただいま農林省の方からお話がありましたように、大蔵省としましては、予算編成の立場からいたしまして、主として経済効果の面、それからいわゆる災害復旧の原形復旧を原則とするという線から言いまして、いわゆる便乗工事、それから改良工事の排除という意味におきまして、立会をいたしておるのでありますが、人員等の関係から、財務局の査定班に全部立会させるという段階にはなかなか立ちいたっておらないわけでありますが、和歌山の場合におきましても、ただいま申し上げましたように、近畿財務局の方からできる限り応援をさせておるような状況であります。御坊町の問題につきましては、ちょっと私、記憶いたしておりませんので、立ち会いしておらんのではないかと、こういう気がいたします。
  111. 島村軍次

    ○島村軍次君 大蔵省の人員にも制限あるし、かつまた、こういうふうな机上の査定ということに対して、大蔵省は、少くとも予算編成の立場から、もっと権威のある御調査ができるならともかく、手が足らんということになれば中途半端になると思うのです。将来機構上についてはわれわれは意見を持っておりますが、この点に対しては、財務局の現在この点を扱っておる人員はどのくらいありますか。
  112. 柳沢英蔵

    ○説明員(柳沢英蔵君) だいぶ充実いたしまして、現在のところ定員といたしまして七百二十九名でございます。おいおい充実させておりますので、現在のところいわゆる立会事務に従事する者は五百五、六十名程度おるわけであります。
  113. 西川彌平治

    ○西川彌平治君 一つだけ伺っておきますが、ただいまお話を承わりますと、最初の設計が一億五千万円で、それから査定をいたしまして一億三百万円になり、あるいは五千五百万円になった、それから会計検査院の査定は千二百万円だと、こういうふうに、全く数字から考えてみると、われわれ技術屋が考えた場合に想像のつかないような開きがあるのでありますが、こういうことは、土木関係等においては、精密な、われわれのような機械屋ではとうてい考えられないことでありますけれども、あまりにも査定の開きがあるのでありますから、こういうことは技術屋の技術の軽重を問われる一つの大きな問題だと私は思っておる。たとえて申しますと、われわれ機械室が一つのものをこれを幾らでできるということを話し合った場合において、それが一つは一億だし、一つは千二百万円だというような、そんなばかげた数字は絶対に出ないのであります。そういうときにおいては、技術屋は全く無価値な技術屋だということをわれわれは一つ烙印を押しておることがあるのであります。農林省におきまして、一体さような、めちゃな数字が出るということは、どういうところに原因があるのでありますか。またその技術屋に対してさような、あまりにも隔たりのあるところの設計を、見積りをするというようなことに対しまして、注意か、あるいは戒告でもするか、何かそのようなことをする制度はないのでありますか、伺っておきたい。
  114. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) ただいまの御指摘の点ごもっともでございますが、査定のつどに対象にしておる土量が全然違うという点があるわけでございます。最初第一に基本的な問題からいいますと、私どもが期待しておることは、県の技術者が計画設計を立てるというのが当然であるという考え方を持っておるのでありますけれども、この場合においては、とうてい県の手が回らなかった。従っていわば技術者といえないような町の勧業係の方が計画を立てられたというところに、第一の出発点として間違いがあったと思います。そこでその場合に、扱う土量としての対象土量が、二十五万七千立米というものが対象になっておるという点がございます。最後に、県の設計に対する農林省の査定の対象土量が七万八千六百七十立米に落ちてきておる、こういう点を御了解いただきたいと思います。
  115. 青柳秀夫

    ○青柳秀夫君 簡単に御質問申し上げますが、この会計検査院からの報告によりますと、たびたびお話が出ておりますが、査定額というのが一億五千八百万円で、会計検査院の実地の査定において五千五百万円に減額され、結局一億三百万円というのが過大見積りである、約二倍といいますか、それだけのものが、この会計検査院の指摘がなければ、あるいはどうなったかわからんというような不安を一応いだくわけでございます。これは先ほどから市長さんなりの当時の災害における御苦心の点等から拝察すれば、相当事情はよくわかるのでありますけれども、その点を離れて、ただこれだけを見ますると、いかにも、ほかの委員もおっしゃいましたが、非常にこの査定というものがずさんであって、とうてい信用できない、こう思いまするので、私の伺いたいのは、もしもこの会計検査院の査定がなかったとしたら、一体、県のほうでは、この事案についてどういう措置をとられておったか、また農林省はどういうふうにやっておられたか、これを伺いたい。これは仮定の問題でありますけれども、私のお尋ねするのは、やはり一億五千八百万円という査定で最後までいってしまうものであるか、あるいは途中で、やはり会計検査院が見られたと同じように、五千五百万円程度のところに落ちつく結果が得られるものか、その点を伺いたいのであります。
  116. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) お答えいたします。会計検査院の指摘がなければ、県はこれをごまかすつもりだったかというお話であったと思うのでありますが、最初申し上げましたように、町から設計が出て参りまして、それを県で査定いたしました結果、一億三百万という数字が出たのであります。これは排土量が二十五万七千立米です。当時はその排土は、ほかに利用する予定がなかったのです。でありますからして県といたしましても、町の申請、説明に基いて二十五万七千立米の土は日高川筋に捨てるより方法がつかなかった、そういうふうに設計者は申請したわけであります。しかしながらその後、隣の地区に県営の工事をやっておりますが、この県営の地区は同じくここ以上に災害を受けているのです。上流ですから……。そこの土がありませんので、客土をしなければならない、ここの県営地区の客土は天地返しと申しまして、下の方には、しんの土がありますので、上の方が一部排土されまして、土砂が入っておりますが、その下には耕土になる土があるわけです。これは一応県でもボーリング・ステッキで試験したのですが、大体この地区は土量がとれるという見通しがつきまして、天地返しをして、上部にたまった土砂を下の方のいい土とひっくり返して、耕地を復旧する、これはほかから持ってくるより非常に安くつくのです。そういう設計を県は立てたのです。ところが年が明けまして、一月ごろぼつぼつ仕事が進捗いたしまして、その天地返しをやってみましたところ、大正十年にこの地区は、今回ほどの災害ではないのですが、相当大きい災害を受けています。そのときに農家は何メートルかに筋掘りをいたしまして、大きい穴を掘って、そこへ悪い土砂を埋めて、下のいい土をもって耕地を作っておる。すなわち私が先ほど申しました天地返しをいたしておる。ですから県の計画は、天地返しによって下の方から耕地を得ることができなかったのです。で、それが先ほど申しましたように二十九年一月にそういうことが県営でわかったのです。県営地区といたしましては、御坊町の地区に排土がたくさんありますので、これを一つ分けてもらいたいということを御坊町に申し出をしておるのです。その後に会計検査院が二月に参りまして、農林省から査定を受けたわけであります。たまたまその時期に御坊町といたしましても、町営住宅――だんだん民生が安定いたして参りまして、町としても落ち着いて参りましたので、災害対策をぼつぼつ立てるようになって、町の住宅と、それから堤防とか県道とかその他いろんな工事に土量が要るということになりまして、この御坊町にたまった土を使うという問題が具体的に現われてきたわけであります。そこへたまたま会計検査院がおいでになりますし、また農林省の出先機関の方からも、検査院の命令によりまして、県の一億三百万の設計を基礎にいたしまして、最後の実地の査定が始まったわけであります。それで、先ほど申しましたように、県営地区からも相当な土が欲しいという申し込みを町にもやってありますので、町といたしまして本、県の方に県営の事務所がございますので、御坊町の県営事務所に問い合わせて、二万立米の土が欲しいというので土量が決定したわけであります。そこで二十五万七千立米を日高川に捨てる予定になっておった土量から、そういう県営に持ってゆく二万立米の土量を差し引きまして、また町の方々で使います土量を差し引きまして、結局検査院の査定の結果として七万八千立米が完全に不用な土量である、これは日高川に捨ててもよろしいということで設計した金額は五千五百万でございまして、まあ過大設計ということもございますが、むちゃくちゃに過大設計をしたのではないのでございまして、当時の設計をしたときは、二十五万立米の土はどこへも持っていきようがなかった、御坊町内に入りましたあの膨大な土でさえも、町ではもてあましたような状態でございますので、ましてこの次でありますところのたんぼの中に入った土をどうしようということには思いがまだ及ばなかったという状況でありまして、県といたしましても、監督者といたしましても、また町といたしましても、この土量をごまかして工事を過大にしようという考えは毛頭なかったのでございまして、その点につきましては十分御了承願いたいと思います。でありますから、上尾が縮小したということと、運搬距離、そういった問題から査定額が五千五百万円になったのでありまして、そうむちゃくちゃな過大設計をしたとお叱りを受けても、私どもはそれを甘んじて受けるわけでございますが、そういった事情でございますので、これは隠しだてのないほんとうの実情でございますので、その点を御了承願いたいのであります。  なお一言申し上げたいことは、やれば一千二百万でもやれるというお話しでございますが、私ども、もらう方といたしましては、できるだけいい復旧をしていただきたい。町としても、復旧していただく立場からいえば、もっともだと思うのです。卑近な例を申しますと、品物を買うにも、普通の品物もあります。デパートに参りますと、特価品もあります。(青柳秀夫君「わかりました。簡単でよろしゅうございます」と述ぶ)そういう点で御了承願います。
  117. 青柳秀夫

    ○青柳秀夫君 私、農林省からも伺いたいのですが、いま一言でございますが、たまたま御坊市のごときは会計検査院の査定があって、この事件がとにかく発見されて参りましたが、私の憂えるのは、非常にこういうことは全国的に多いのでありまして、もしもこういうことが他にあるのが発見されない場合、農林省の査定というものもこれは一例でありますけれども、非常な予算を査定しておる。それがそのまま査定通りに補助が行ってしまうようでは、非常に国費も乱費されますし、他との権衡も失するわけです。そういう意味におきまして、今の質問をしたわけでございますが、他にこういう事例があるかどうかということを、まだ会計検査院では実地の検査をされないけれども、こういう事例があるじゃないかという、その点についての御意見を会計検査院と農林省に伺いたいと思うのです。
  118. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) この問題を、非常に問題を簡単にして考えてみますと、最初、町の計画を立てた人が、御坊町の災害復旧及び御坊町周辺の災害復旧の総合的な考え方というものは全然頭になかった。とにかく農地の泥さえ捨てればいい、こういう考え方で計画を立てた。ところが、今和歌山の小川部長が言いましたように、その後復興が漸次進むにつれまして、捨てるべき泥が他に利用されるということが漸次全体の復興計画として出てきたがゆえに、捨てる泥が七万幾らに減ってきた、こういう状態であると思います。従って、もし検査院の事前調査がなかったならば、この問題は発見されずに済んだかどうかという問題になるわけでございますが、県が、先ほども私が申し上げたように、町の吏員が設計計画を立てるということだけでは、当然正当な設計もできないと思いますので、当然その間に県の技術員が入って、正当な設計をし、もしくは町のあまり上手でない設計を十分検討していく段階にあると思います。その段階においてこうした問題が当然発見されていく、かように考えられるわけでございます。  それから一般的にこうした問題があるかないかという問題でありますが、これはあります。といいますのは、会計検査院が二十八年災害に対して、昨年の一月から四月までかかって相当広範囲にいわゆる事前調査をされた、その結果、いろいろ便乗なり何なりというものが発見された、こういうような状態にかんがみまして、農林省の方といたしましても、大蔵省と交渉いたしまして、二十九年の二月に特別に再査定旅費を大蔵省からもらって、検査院がやっておると同じようなことを他の地区に再査定を始めたわけであります。二十へ年にも金をもらったし、二十九年にも再査定旅費をもらって、現在でも引き続いているわけでありますが、その過程において、机上査定で一応そうしたものの中に、こういうものを若干を含めて、便乗なり過大なりというものを発見しております。それはどんどん整理をいたしております。
  119. 小峰保栄

    ○説明員(小峰保栄君) 設計過大が多いかどうかという点でありますが、それは私ども従来の、二十七年度までの検査報告に、相当たくさん事後検査の結果発見いたします設計過大というのを計算しております。一番多いのは、やはり運搬距離の問題であります。机上の査定でおやりになって、あとになって参りますとわからなくなってしまうのが多いのです。川に捨てましたと、こう言われてしまいますと、どのくらい取って、どのくらいその川に捨てたかわからない、こういうようなものも非常に多かったわけであります。その中からはっきりわかりました分だけを検査報告で避難事項として二十七年度まで計算したのです。どうも事後検査をしてみますと、やはりこの種のものは、先に事前調査をやった方が正確に事態がわかるのではないかということが、昨年大災害を控えまして査定調査をやってみようということになった一つの原因なのでございます。やってみますと、農林省だけで四十五億も出てしまった、農林省だけを私どもが見まして。先ほど申し上げましたように、照会を出しまして、御意見を聞いて、県なり農林省の方へ設計をやり直していただいて、そしてそれは妥当、妥当というより、私どもとしても最大限までこれを見るということでやりまして、なおかつ四十五億という金額が出てしまったわけであります。八十七億のうち四十五億、半分以上が設計過大、こういう結果になるのでありまして、これは先ほど余り違い過ぎるじゃ、ないかという御疑問がございましたが、御坊の例で申しますと、車で二千メートル運ぶ、半みち、半みち泥を捨てに運ぶというものもあったのですが、こういうものを、そしてこれはお気づきと思いますが、排土の査定が一億五千八百万円、百十何町歩であります。一反歩当り十四万円になるのです。今は補償なんかで大分高くなりまして、一反歩十四万円くらいでは余り驚ろかなくなりましたが、二十八年当時は、十四万円では新しい農地が買えるじゃないかというような高い金になっておるのです。これは一反歩当りの復旧費は五万円であります、この辺が、大体全国的に見まして平均して申しますと、大体五万円くらいが普通のところであります。一反歩十三万円、十四万円というのは、何としても高いじゃないか。そういうことをしなければいかぬというのは、いっそのこと無理に原形復旧して、たんぼに復旧しないでも、ここに入った土は相当いい土であります。少しくらい上っても、水上りに不自由しても、無理にとらんでもいいのです。いわゆる亜土でありまして、非常に耕土に適したいい土が入っているのでありまして、そういうものまでとって、車に積んで二千メートル、五百メートル持っていって、日高川の河川敷に捨てなくてもいいじゃないか、むしろ地区内に若干残したらどうだろうという観点から申しますと、千二百万円になってしまう。石貨店で特価品を買うというむちゃなものではないのでありまして、運搬距離が非常に長く見てあるという点に問題が一番多かったのであります。それ以外、五千万ほどは八月当時はわからなかった。中には県営工事に流用可能である、県営住宅に流用可能だ、こういう事態があって、これはすでに県の方で約五千万円減らしておったのであります。私どもは一億三百万ほどにして調べました結果、五千五百万円というところに落ち着いた、計算のしようによれば、地区内排土というものを十分に御活用になれば千二百万円まで落ちてしまう、こういうことになったわけでございまして、これは機械の製作という種類のものとは大へん違う点もございますので、この辺一つ御了承願いたいのであります。
  120. 白波瀬米吉

    ○白波瀬米吉君 御坊市長にちょっと伺いますが、何にしてもいろいろ理由は今日になって付けられたことでありましょうが、しかし何にしても一億以上の設計のもとにいわゆる復旧に着手される、そうしてその後において今五千万円くらいにその実際がなった。そこで、あなたの立場なり、あるいは御坊市の方の考えられておられるような復旧が、今度検査院の査定された金額で十分復旧ができるのですか。
  121. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 先ほど申し上げましたように、当時は農業委員会等の総辞職などもありました。だいぶ混乱したのでありますが、さっきも出ておりましたように、大正十年に相当に災害を受けた経験があります。そのときには、ただいまのような災害復旧費というものをいただかなくて復旧したのです。今回の場合はこのように非常に補助等もいただいておるのだからというようなことが結局全体を制しまして、とにかく、しゃにむにやろうということでやって参ったわけであります。従って賃金等につきましては低賃金になるということになりますか、そのようなことでしんぼうしつつ参った、こういうことでございます。
  122. 市川房枝

    ○市川房枝君 御坊市長にちょっとお尋ねしたいのですが、災害が発生してから、国庫の補助の申請あるいは査定、いろいろな段階によって補助金が交付されることになるのでありますが、その間にそれぞれいろいろな方面からの現地調査にお見えになる人たちがある。そういう人に対して、何とかいいますか、一応のまあ儀礼的な会合といいますか、何かもなすっておるのじゃないかと思いますが、あるいは市長初め市会議員その他有力者の方が県庁に、あるいはまあ農林省といいますか、中央の方に補助金のことについて幾たびか上京もなさっておるのじゃないかと思います。そういう費用、つまりこの補助金をもらいますために市当局としてお使いになりました費用は一体どのくらいお使いになったかどうか。これは私、ほかの場合に実はよく聞いておるのですが、それはその地方の市町村が中央から補助金を得るために何度も上京し、いろいろ御努力なさる。そのためには相当金が要る。しかし、かりにまあ、五百万円補助金をもらうとすれば、そのうち半分いわゆる招待会に使ったって二百五十万円もうかるのじゃないか、こういうことを市町村長が市町村民に対しておっしゃっておる。こういうようなお話も耳にいたしておるわけなんです。そういうわけで、一体相当お金をお使いになっているに違いないとは思うのですか、これは最近の自治庁の調査で、やはり中央への陳情のための地方議会の議員の方たちの費用が非常に多いということを指摘しております。もし伺えましたら、その額を伺いたいと思うのです。それから、その費用は、市の予算として一体どこからどういう名目で御支出になっておるものか。それからまた、ついでに会計検査院の方にお伺いしたいのですが、今、補助金の中から、そういういわゆる運動費といいますか、接待費といいますか。そういうことにどの程度金が使われているか、あるいはそういう、使われることが、ある程度は仕方がないのかもしれませんけれども、どういうふうにお考えになっておりますか。それをお二人からちょっと伺いたいと思います。
  123. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) ただいまのお尋ねでありますが、もちろん数字等につきましては詳しく申し上げかねるのでございます。と申しますのは、今記憶しておりません。ただ私は非常に不精で、あまり県にも出て参りませんし、また国の方へも出て参りません。農林省の皆さん方にも、また京都の農地事務局にも、実は一遍もおじゃましておらないのであります。そういう関係で、今のような御指摘の問題につきましては、私のところは、非常に、何と申しますか、切り詰めたと申しましょうか、そういう形でやっておるつもりでおります。この問題と少し関連して実は申し上げたいと思いますが、昨夜私の方へ文書が届きまして、実はこの問題は和歌山で非常に大きく取り上げられておるのであります。その新聞の中には、私の写真まで出して、今問題になっておるわけであります。で、全部の新聞とは申しませんけれども、私の知っておる限りにおきましては、七つの新聞に出ておりますのは、どうも菅原御坊市長が補助金をもらって乱脈な使い方をしておる。また、今、補助金の問題について決算委員から追及を受けるということになった、それから不当工事のやり玉に上った。「ごまかされた国庫補助金」というようなことで、前日はNHKの放送にもありましたし、翌日は一斉に新聞に出ておるのであります。私は非常に引き締めて冗費を使わないように議会の連中にもやらしておるのであります。何か御坊市長が、端的に言いますと、国の金をこのようにごまかしておる。ある新聞によりますと、国庫補助を一億四千二百万円二十八年度にもらって、そのうちの九千三百万円を御坊市長処置に困って今弱っておるのだという書きっぷりの新聞も出ておるのであります。しかも、和歌山県日高郡御坊町の私の名前までを大ていの新聞に書き出されて、非常に有名になっておるのでありますが、私の町は御承知のように非常に喧騒な町であります。考え方におきましても非常にちぐはぐな、いろいろな考え方を持っておる市民であります。今回、出所につきましては知る由もありませんけれども、何かどろぼうをしておる。国費を取り上げてこのようにしているということが一せいに書き出されておりまして、私自身も非常に当惑しておる次第であります。昨日同封されておりました手紙の中にも、市長があれだけの金を隠匿しておるのだ、だから来たら一つ糾明してやるのだというようなことでありました。日ごろまことにまじめに、こまかいことで、われわれを締めておるにかかわらず、そういうようなことをしでかしておるというような同封の手紙が、妻から実は来ておるのであります。そういうような関係等もありますが、私はただいまの問題につきましては、極力実は締めて、まことに不精な、まことに行き届かない市長として、ただいままで参っております。そういうことは私のところでは非常に少いことじゃないかと思っております。
  124. 市川房枝

    ○市川房枝君 数字はあとでおわかりになったらおっしゃっていただきたい。
  125. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) もしありましても、それは交際費あるいは出張旅費という一般会計に計上したもののうちから支出さしていただいておると思います。
  126. 小峰保栄

    ○説明員(小峰保栄君) この補助金が無事に事業主体に全額届いておるかどうか、この点でありますが、私どもいろいろなうわさは聞くのでありますが、私どもが検査した限りにおきましては、国から出ました補助金、特に公共事業に関する補助金が全額事業主体に届いておることは、これは事実であります。ただ、まれに県あたりが設計監督費という名目で五%なり七%なり、はねる場合がありますが、これは一応は全額事業主体に届いた上で寄付を受ける、こういうような形になっておるのでありまして、形式的には全額確実に届いておると申し上げられます。  それから補助金を獲得するための経費でありますが、これは別途の経費は出ているわけであります。これは決して絶無とは私は申し上げられないと思うのでありますが、これは今もお話がございましたように、旅費、それから交際費というものが、町なり村の一般経費としてございます。これが相当の額に上っているということは、そして私どもとしては、むしろ全部合せますと意外に大きいというような額に上っているということは、たとえば自治庁の出しております地方財政白書、これなんかの計数をごらん願いますと、それから国の一般会計でどのくらい出しているかということをお調べ下さいますれば、すぐわかるのでありまして、大体大まかに申し上げますと、旅費は国の一般会計と府県が大体同額であります。百億前後であります。それから交際費は国は少い。二十八年度の決算で申しますと、三億五、六千万の国の一般会計の交際費でございます。これは各省の交際費と称します金額を全部合せてそのくらいでございます。それから府県が、私の記憶に間違いなければ、五億見当だと思っております。それから市町村は、これは、けたが違うのでありまして、四十億台でしたか三十億台でしたかになっております。今申し上げましたのは交際費であります。旅費は、市町村のは、ちょっと私はっきりしたのは覚えておりませんが、国の半分以上は旅費を使ったように記憶いたしております。これは、地方財政白書をごらん願えばすぐわかることでありまするが、私ども、狭い市町村や府県が、国の一般会計と同じくらい、五割あるいは五、六割の旅費を使うというような点に、相当いろんな問題があるのではないだろうかと、これは推察でおそれ入りますが、そんな気が私としては、しているわけであります。
  127. 市川房枝

    ○市川房枝君 会計検査院に重ねてお伺いしますが、そういう莫大な費用が、市町村あるいは府県で交際費あるいは旅費というような名目の中で使われている、そういう結果が、こういう災害等の、まあ、あるいは災害以外にも補助金というものはたくさんありますが、その補助費の決定の場合に多少効果を与えているとお思いになりますかどうか、それをちょっと伺いたいと思います。
  128. 小峰保栄

    ○説明員(小峰保栄君) どうもこれは非常にむずかしい御質問でございまして、私としては、その当事者でもございませんし、はたで見て、ただいろいろな話を聞いているだけでございまして、どうも何ともお答えいたしかねる次第でございます。
  129. 中川幸平

    ○中川幸平君 御坊市長にちょっとお尋ねいたします。  今菅原さんも言われた通りに、補助金が少くなっても仕方がないということで一生懸命に復旧しているというお話で、けっこうですが、まだ八割五分ぐらいの竣工で、全部竣工しておらぬような話であったが、そんなに、ひまがかかるのですか。補助金が下ってこないから工事をおくらしておるのか、それともやはり一生懸命に復旧にかかっておりつつ八割五分しかできておらぬというのですか。そういう点をちょっとお伺いしたいと思います。
  130. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) それはもちろんその補助金が入ってこないということも相当大きな理由になっておると思います。  もう一つは、何と申しますか、困難な場所が、まあ今までやってきて、一挙に大部分をやってきたのでありますけれども、一部そのような地帯については、少し昨今熱意を落しているのじゃないか、こう思っております。それで、私たちといたしましても、盛んに督励をしておりますが、そういうことのために多少昨今情熱を失っているのじゃないか、こういう解釈をいたしております。
  131. 中川幸平

    ○中川幸平君 桜井部長にお伺いしますが、その災害の程度にもよりますけれども、耕地の復旧にそう何年もかかる災害というのはなかろうと思うのですね。まあ、市長が言われたごとく、一部分おくれる点もありましょうけれども、大部分は二カ年くらいで復旧できるのが普通の常識ではないかと思うのですけれども、これは補助金の払いを何かできぬものですか。
  132. 桜井志郎

    ○説明員(桜井志郎君) 災害を受けた場合において、居住が全然やられなかった、宅地とかというものが全然やられなかった、ただ生産の場である農地だけがやられたというような場合には、今おっしゃいますように、比較的早くいろいろな金策をして復旧するのが常道のようでございます。ただこの場合には、先ほどお話があったように、居住もほとんどやられた、川もこわれた、いろいろ生活の根拠がくしゃくしゃになってしまった、こういう状態から推察いたしますと、あるいは家を建てるとか、あるいは川の復旧で労賃をとっておっておくれたとか、いろいろな要素のために、普通する場合に比べておくれておるのじゃなかろうかと推察をいたします。  補助金がおくれておる場合にどうするかという問題でございますが、御承知の農林漁業特別金融公庫、これからも融資を受けるという方法もございますし、あるいは中金あたりから一時のつなぎ資金を受けるという方法もございますが、中金の利率は割合商い、それで補助がおくれるのに見合わして、通常、組合等で努力をなさいますのは、やはり農林漁業特別金融公庫の資金の融通を受けるということが通常とられる方法でございますが、ただこれも額が相当、つまり何と申しましょうか、希望と融通し得る額とに相当開きがございますので、なかなか思うようには行っておらない、しかし、そういう方法はある、こういうことでございます。
  133. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) だいぶ時間もたったようでございますが、最後に私から一つ御質問いたしたいと思います。  小川農地部長にお伺いしますが、和歌山県には、災害復旧において、建設省、あるいは農林省等から補助金が多額……二十八年度災についてはたくさんくるわけでありますが、その中で、いわゆるほかの県では、県の予算面に現われない、県の出納長が保管しておる金があるのが通例だということですが、和歌山にも雑務金制度というのがあるのですか。予算面に現われない農林土木、あるいは建設省関係のそういう金があるかどうか、御存じならば御説明を願いたいと思います。
  134. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) それは会計の問題でございますが、内容は私よく存じませんので、はっきりお答えできないと思います。
  135. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) 雑務金というのはあるかないか、御存じありませんか。出納長で保管して、県の予算面に現われない、今のような補助金でありますとか、工事をまたやれば、お金を本省に返さないで、一応県の方に保留しておくという、そういう金が今までのあなたの農地部関係ですか、そういう金は扱われてないのですか。
  136. 小川文良

    ○参考人(小川文良君) 私の関係の方にはないと思います。
  137. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) それから菅原御坊市長にお伺いしますが、ただいまの御説明で、陳情運動等についても、非常に、じみにやっていらっしゃる、こういうお話でありましたが、御坊市におきましては、これは市長の交際費、あるいは機密費としまして正当に予算に組まれる金以外は、市長として自由になるお金は一文もないのか、あるいはあるのか、この点をお伺いしたい。
  138. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) 今とっておりません。交際費として計上しただけです。
  139. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) ほかにあなたの自由になる金は一又もないわけですか。
  140. 菅原清六

    ○参考人(菅原清六君) ありません。
  141. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) それから、これは農林省に、むしろこれは要求になりますが、先ほど来、委員からの御質問にありました二十八年度、二十九年度にかけて、あるいはその以前からでもよろしゅうございますが、還付命令、いわゆる補助金でもってこういう設計が過大であった、あるいは疎漏工事であった、こういうようなことから補助金の還付命令を出しておる金額が、たとえば昭和二十九年度三月三十一日で総体で幾らあるのか、そうしてその中で回収がどのくらいできたか、これは一つ農林省の最後の審議の場合に一つ資料にしたいと思いますから、なるべく早期にこの問題の資料を当委員会にお出し願いたいと思います。  それでは大体質問は尽きたものと認めて御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  142. 山田節男

    ○委員長(山田節男君) それでは異議ないものと認めます。  本日は、菅原御坊市長並びに小川和歌山県農地部長の御両君が、わざわざ本委員会のために、御多忙中にもかかわらず、しかも遠路、また伺いますと、菅原御坊市長には何か御不幸があったように承わっております。にもかかわらず、まげて本委員会に御出席願ったことは、ことに私どもとして深く感謝する次第であります。今まで各委員からいろいろ御質疑の経過からお考えになってもおわかりになることと存じますが、この案件は会計検査院の早期検査によって発見された一つの事案であります。実際の国損はないのであります。しかしながら、われわれ決算委員会としまして、会計検査院の決算報告に基いていわゆる不当不正事項の審査の過程におきまして、この報告事項の中にこの事案が出ておるのであります。われわれは先ほど来、他の委員からも御指摘になったように、われわれは検察官ではないのであります。今日、国民に代って、会計検査に対し、政府に対しまして、政治的見地から責任を追及し、また不正なあるいは不当なる支出に対しましてこれを是正するというのは、今日、国会、ことに国会におきまする決算委員会のみがこれをなし得る任務であります。かような見地から御両君の御出席を願ったのでありますが、顧みますると、昭和二十八年の七月二十七、八日の未曽有の大水害がありましたときに、当国会におきましても衆参両議院に水害対策特別委員会が開かれました。当時、知事も見え、御坊の町長もお見えになったと私は記憶いたしますが、かような未曽有な水害の中にありまして、これが復興のために極度の混乱があったということは、もとよりわれわれ十分認識いたしております。かような間に起った事案に対しまして、われわれがここにその究明をあえてするという気持ちも、私は御両君に対して十分一つ御了察願いたいと思います。先ほど来承わりますると、ことに御坊市長は、ラジオあるいは新聞等において、今回のわれわれがお呼びしたことに対しまして非常な誤解が流布されておるやに聞くのであります。この点はまことに私どももお気の毒に存ずるのでありまするけれども、本日、菅原市長並びに小川農地部長のいろいろ陳述された結果は、今回の会議録に詳細に速記として残っておるわけであります。これをまた御両君によりましては御便宜な方法において頒布できましょうし、また、そういうような誤まった行動があることに対しまして、当委員会としてもできるだけこれが是正につきましては責任をもってすることにやぶさかでないということを、私はここに本委員会を代表して言明いたします。かような事情からいたしまして、御両君の御出席をわずらわしたわけであります。われわれはあくまで国民の立場から、この事案は不幸中の幸いであったと思います。また、この事案は、単に一和歌山県の御坊市の問題としてでなく、国家全体としての立場から、こういうようなことが再び、いかに困難のある場合にも、国費を使うという場合に、あくまでも冷静に科学的に企画的にしなくてはならんというのが、私は本委員会の委員諸君のこれは総意であろうと存じます。かような意味合いから、長時間御両君からきわめて詳細な事実を述べていただきまして、われわれはこれを貴重な参考といたしまして、今後の予算の執行があくまで効果的、適正であることに努力いたしたいと存ずるのであります。重ねて菅原御坊市長並びに小川和歌山県農地部長の今日の御出席に対しまして、深く感謝の意を表する次第であります。  それではこれにて、この委員会におきまする合計七件の参考人の陳述聴取を終りたいと存じます。なおこの会議が終りまして、今まで聴取いたしました事件について、今後の処置等につきまして、会計検査院当局それから事務総長並びに関係局長が全部出席されます。それから奥野参議院法制局長も出席願って、懇談的に御協議いただきたいと思います。なお、その他の一、二の案件につきましても御相談申し上げたいことがございますので、この散会後約五分ばかり休憩いたしまして、本会議も始まっておりますので……、幸い多数お集まり願った機会でございますから、きわめて短時間懇談会を開きたいと思いますので、このまま席にお残りになるようにお願い申し上げます。  それでは本日の決算委員会はこれをもって散会いたします。    午後四時三十八分散会