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1949-03-10 第5回国会 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 6号 公式Web版

  1. 昭和二十四年三月十日(木曜日)    午前十時二十八分開会   ―――――――――――――   本日の会議に付した事件 ○引揚者厚生対策に関する件(右件に  関し証人の証言あり)   ―――――――――――――
  2. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それではこれより在外同胞引揚に関する特別委員会を開催いたします。本日は梁瀬美智子氏の証人喚問を行います。初めに宣誓をいたさせます。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕    宣誓書   良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 梁瀬美智子
  3. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 皆さんにお諮りいたしますが、どういう形式で喚問いたしますか。
  4. 北條秀一

    ○北條秀一君 それは証人梁瀬さんから直ちに梁瀬さんの身分についてのことを述べて頂いて、後梁瀬さんがどういうふうにして満州から本國に帰られたか、その経過について詳細に承わつて、その後で質疑應答を進めて行つたらどうか、そういうふうに考えます。
  5. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 只今の北委員の意見で皆さん御異議ないでしようか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  6. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それではそういうふうに進めたいと思います。  それでは証人梁瀬美智子さんに先ずその身分そしてどういう経過で満州まで行かれ、そしてそれから中共からどういう径路で通つて來られたかを御報告願います。先ずお名前は何んとおつしやいますか。
  7. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 梁瀬美智子です。
  8. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 生年月日は。
  9. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 大正十五年六月一日。
  10. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 現住所は。
  11. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 長崎縣松浦郡福江町。
  12. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 本籍は。
  13. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 本籍も同じです。
  14. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 本籍と現住所は同じですね、それから学歴はどうですか。
  15. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 女学校を四年で日赤の方に行つたのです。
  16. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) どこの女学校ですか。
  17. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 長崎縣です。
  18. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 縣立ですか。
  19. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 縣立です。
  20. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 何んという女学校ですか。
  21. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ただ縣立女学校になつております。
  22. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それはどこにありますか。
  23. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 長崎市にあります。
  24. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それから看護婦になつたわけですね、それで看護婦にはいつなつたのですか。
  25. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 昭和十八年三月十九日に満州の方に應召になつて行きました。
  26. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 満州に行つたのはいつですか。
  27. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 昭和十八年三月十六日です。
  28. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それから先は御自分で経過を述べて頂きましよう。
  29. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 昭和十八年三月十八日私はハルピン一四一部隊の七部隊に入隊いたしました。それから日赤看護婦として、見習看護婦として入隊したのです。昭和二十八年八月十六日まで同七部隊病院で勤務しておりました。同年八月二十四日ソ連軍進駐、それからソ連軍が二十年の十二月引揚げて、その次に中共軍に引渡されたのです。牡丹江で一ケ月、ハルピン第一後方病院三ヶ月、チヤムス一ヶ月です。
  30. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) ちよつとゆつくり……。
  31. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 牡丹江一ヶ月、ハルピン三ヶ月、チヤムス一ヶ月、それからハルピンへ引返した。そこで二十二年五月まで勤務、二十二年五月から延吉の方に來たのです。延吉はやはり後方病院ですが、一年一ケ月おりました。
  32. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 二十二年五月ですか。
  33. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ。二十三年七月の六日まで延吉の病院で勤務しておつたのです。ハルピンで二十二年十二月一日まで勤務していました。
  34. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) ハルピンに三度行かれたわけですね。
  35. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ、そうです。昭和二十三年十二月十一日ハルピン出発。通つて來た径路をずうつと言うのでしようか。
  36. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 通つた径路を一つ簡單にお述べして頂きたいと思います。
  37. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 昭和二十年からですか。
  38. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 最後に……。
  39. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 大体日附は分りましたから、どういう状況の中をどういうふうにあなたが通つて來たかですね。分り易く説明して頂きたいわけです。
  40. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 二十年の八月十五日に終戰が分つたのですけれども、八月二十四日ソ連軍が入つて來たのです。ソ連が入つて來てそのまま自分たはソ連軍の捕虜となつたのです。捕虜となつて、第一陸軍病院だつたのですが、ソ連病院という名前に変りました。ソ連病院なんですけれども、そこに日本の兵隊さんを收容しておつたのです。昭和二十一年の六月までそこに日本の兵隊さんをみておつたのです。二十年の十二月にソ連軍の兵隊さんが引揚げたあとに自分たちは八路軍の病院になつた、中共軍の病院に、そこで中共軍の病院になつたのですけれども、その当時はまだ中共軍も戰争していなかつたので、日本の兵隊さんをみておつたのです。二十一年の七月から九月にかけて内地帰還の時に、そこの第一陸軍病院の患者さんは日本の方に引揚げてしまいました。その後はずつと患者さんもおらなかつたために、政治教育を教わつておりました。
  41. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) もう少し続けて下さい。
  42. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 二十一年八月より二十二年の五月頃までずつと患者さんがおらなくて、向うに残つておつた患護婦同士は、皆中共軍の政治下ので教育を受けたのです。五月、六月頃から段々負傷兵も出て來たために、各方面に派遣されてしまつたのです。その後牡丹江、ハルピン、チヤムスというふうに轉々と病院を患者護送のために廻つたのです。
  43. 北條秀一

    ○北條秀一君 梁瀬さんにお話し願いたいのですが、今の話をずつと、二十三年の十二月にハルピンを出発してから、日本に帰られたまでのことを話して貰つて、それが済んだとあであなたが思う通りに感想といいますか、感想を述べて頂くというようにして頂きたいと思いますが、先ず日本に帰るまでの径路を先に話して頂きたいと思います。
  44. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 昭和二十三年十二月一日ハルピンから自分ちは來る時は五十二名の患者さんの護送という意味で自分は來たのです。その中で大体自分たちは元山から丁度船に乘る予定で來たのですけれども、その船が密航船であつたために、元山から乘ることができなかつた。十二月の一日に向うを出たけれども、元山に約一ヶ月間待ちました。待つておつたのですけれでも、船が來ないので、二三人の同士から、それは朝鮮人の同士です。朝鮮人の同士から聞くと、三十八度線を渡つたら日本に帰れるというようなことをお聞きしたのです。それが確実に、向うへ渡つて果して日本に帰れるか、帰れないかという問題で、誰が三十八度線を越していく人はおらないかというような、五十名の中で問題が出たのです。その中で誰も向うの方に三十八度線はとても死ぬという覚悟で渡らないと渡れないのです。誰も行く人がおらない。その中で自分は患者護送というのでついて來たものであるし、二人程行くという人が出たのです。自分と高橋さんという人が、元山から三十八度線をずつと、平壌を渡つて、平壌から海州、沙里院というところまで來ました。沙里院で内務所の方へ渡つて、内務所で証明貰うのに一週間かかつたのです。その内務所で、何しに三十八度線を渡るのかというのです、そこで自分たちは、こうこうして元山から渡る筈だつたのです、船が來ないために、三十八度線を渡つたら船があるというので連絡に行きますというようなことをいつて、そこで証明をとつて貰つたのです。北鮮の海州といつたら三十八度線に近いところです。そこで自分たち海州まで來て、案内者の人に一人前一万円づつ出して案内して貰つたのです。三十八度線を夜中の三時頃ですか、三十八度線を二人で渡つた、途中高橋さんという人は、軍隊の靴を穿いて行つたために、丁度雪が二、三日前から降つておつた関係上、半分道に來たときに倒れてしまつたのです。倒れたというのは病氣で倒れたのじやなくして、足が豆が一ぱいできて動けなくなつてしまつた。案内者の知つておる部落に泊めて頂いたのです。自分一人だけ案内の人に連れられて三十八度線を越えたのが夜中の三時半頃だつたのです。そこで以南に入つたのです。以南も羅津でなくしてその一番最初渡つたところの部落、名前は何ですが、以南に自分たちは案内者の人と二人が到着したのです。それから自分は京城まで行きました。京城まで行つて、京城の市内務所の方に行つて、自分たちはこうこうして來たのだといつたのです。向うの方で一番最初、お前はスパイだからというように怪しまれたのです。いろいろ事情を話して、自分たちスパイなんかしない、こうこうして日本人の方を連れて來ておるのだけれども、一ヶ月待つたが船がない。南鮮から通つて來た同士に聞くと日本に行く船があるというので、自分たちその連絡に來たのですといつて、そこで一週間ほどいろいろ調べられたのです。調べられて、そんならというので日本の方は、京城の内務所で一週間目に証明貰つたのです。証明貰つても、又元山に引返す途中に、その前の前の日から毎日のように内乱が起つていた。丁度自分は京城から一番最初の部落に入つて來たのです。來たときに丁度その晩に襲撃があつて、こつちの方の警察官が百何名殺されたといつて警察の前にずらつと棺樋に入れて並べておつたようです。そのために自分は元山に帰ることが、向うで許してくれなかつた。どうしても、こう内乱が起つているのだから、あなたが行かなくてもこつちから連絡してやりますから、あなたは京城へ帰つて、そうして釜山に行つたら船があるから、先に釜山にいうようにといつてどうしても渡してくれない。そうして自分は仕方なしに釜山の方へ引返して來たのです。そういう径路で通つて來て釜山で約二十四、五日間船の來るのを待つておりました。それと同時に元山にいる同士が今日も來ないか、今日も來ないかと待つておつたのですが、到頭自分たちの後には來なかつたのです。自分たちは釜山から二月の三日にぽごた丸に乗つて四日に佐世保に着きました。
  45. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 どうでしよう。今の梁瀬さんのお話になつている合間々々にちよつと聞いた方がよろしいかと思いますが、よろしうございますか。
  46. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 聞いた方がはつきりするでしよう。
  47. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 梁瀬さんにちよつとお尋ねしますが、元山を出られまして、勿論三十八度線を越えられて京城に行かれて、それから釜山から船に乗られるまでの間の行程は乗物はどういう乗物を……、或いはお歩きになつたのですか。
  48. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ずつと船でなくして汽車があるのです。ただ三十八度線だけが船もなにもない。日本の数で三里くらいあるかないか……。
  49. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 もう一つお尋ねしますが、証明書を頂かれたり、或いはその途上々々で高橋さんと一緒にお調べになられたりなんかした場合の、調べられる相手の方はどういう方ですか。
  50. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 思うに内務所といつたら警察署になつています。
  51. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 朝鮮の方ですか。
  52. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  53. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 それから看護婦として附添に來られた方、その五十数名というのは皆日本人の方ですか。
  54. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 日本人の方です。
  55. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 全部日本人ですか。
  56. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  57. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 高橋さんは男ですか、女ですか。
  58. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 女の方です。
  59. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 もう一つお伺いしますが、その間の、出られます間の食事とか或いは金とかいうものはどういうふうに御所持になつたり、食事をされたんでしようか。
  60. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 向うを出て來るときに北鮮の金で一万七千円貰つたのです。
  61. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 一万七千円貰われた、それはどこから……。
  62. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 中共軍の方から貰つたのです。
  63. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 中共軍の方から一万七千円頂かれた……。
  64. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 北鮮の金です。
  65. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 北鮮の金をね。
  66. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それが北鮮まではよかつたのですが、今度そのうち……、二人の案内の人には十分お金も與えることができた。お金も沢山余つたのですが、北鮮から南鮮に來るとお金を全然換えてくれないのです。もう日本人だということが分つたら、南鮮の方へ來ると各部落各市、町に収容所があるのです。その収容所に入つて日本人の方だけは面倒を見てやるというふうにしておりました。
  67. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 もう一つお伺いしますが、食事は金を拂つて食事をされたんですか或いは向うの官憲が食事を給與されたのですか。
  68. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 食事はお金は一銭も拂いません。
  69. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 そうすると食事の内容は簡單でよろしうございますから、どういうような食事をとられましたか。
  70. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 御飯は白米 両方とも北鮮も南鮮も御飯は白米です。
  71. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 その量は十分に。
  72. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 十分でした。
  73. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 もう一つ三十八度線を越えられる際、証明書をお出しになつて、そうしてその間は徒歩で帰られたのですか。或いはその間に監視人が附いて、そうして一方の官憲に渡されたのですか。
  74. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 証明があつたから堂々と渡つて來られるようなものですけれども、向うの方ではずつと山のてつぺんに警備兵が立つているのです。日本人だということが分つたら別にうるさくない筈ですが、日本人かどこの人か分らないためにどんどん襲撃するそうです。そのために盡は全然渡れない。警備兵が寢た間に三十八度線をずつと奧の方から越えて來るというような工合でした。
  75. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 すると夜祕かに越えられたのですか。
  76. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  77. 天田勝正

    ○天田勝正君 まず元山というが、それは東海岸ですね。
  78. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  79. 天田勝正

    ○天田勝正君 東海岸の元山におられて三十八度線を越えるには安邊を通つて普通來ると思いますが、最短距離は三十八度線を越えさえすれば自由が得られると思うならば、安邊を越えて南へ出なければならぬと普通思うのです。ところがそれを平壤を廻つて海州に出たということになると、普通平山線を通つてあすこは鉄道なんかでも相当山の中で、普通でも通りにくい所です。これをどうして西海岸まで廻らなければならなかつたか、どういう事情ですか。
  80. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) その事情は今言つたように自分たちはずつと奉天、新京の方を廻つて來たのが早いということを聞いたのですけれども、その方面は今全然渡れないのです。大体元山から船で直接日本に渡る予定だつたのです。元山の証明がずつと海州まで出して呉れたのです。そのために自分たちはそこはどういう道か分らないのですけれども、元山の内務所の指導の下でずつと廻つてきたのです。
  81. 天田勝正

    ○天田勝正君 元山の内務所が京城の方へ行けと……。
  82. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ、成るたけ危くない所を通るのだつたらという意味で出して呉れたのです。
  83. 天田勝正

    ○天田勝正君 そこまでは徒歩で行かれたのですか、高山線は鉄道……。
  84. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ずつと鉄道ですね。
  85. 天田勝正

    ○天田勝正君 それで元山や京城に行つた場合の宿所ですが、元山の宿舍というのは、ちやんと送還するための收容所がきちんと整つているわけですか。
  86. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 元山の方では共産地区と連絡の下でちやんと宿をとつて置いて呉れたのです。元山旅館といつて大きな旅館で泊らして貰つた。南鮮の方に來るとそうじやなくて收容所というような所で泊つたのです。
  87. 天田勝正

    ○天田勝正君 それじや南鮮はさつき淺岡委員が聞かれたように、ただで全部出されたということが分つたのですか、北鮮の宿に泊つた場合は、そのときはどうですか。
  88. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それはそれだけの旅費が皆出ております。
  89. 天田勝正

    ○天田勝正君 それは一万七千円ですか。
  90. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) その中から拂うのですが……。
  91. 天田勝正

    ○天田勝正君 一泊どのくらいですか。
  92. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 百円です。
  93. 天田勝正

    ○天田勝正君 それでさつき証明書があつても、而も山上の監視所から襲撃を受けた。だから夜中通るのだというこういうことなんですが、通過するときにはいずれも監視所があると思いますけれども、そうすると山上の監視所というのは、通行路における監視所で信用をしていないということになるわけですか。
  94. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは例えば眞直ぐ行つたら早道でもずつと大廻りして廻るのです。だからこつちの方にはずつと一軒一軒に警備兵が立つているのです。こつちの方から來ると所々にしか警備兵が立つていない。
  95. 天田勝正

    ○天田勝正君 そうするとそういう径路を通つて來るならば、証明書がなくても通れるわけですね。
  96. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうですね。
  97. 天田勝正

    ○天田勝正君 証明書というものは何の効果もないように聞いておつたのですけれども、その証明書があつてその証明書で通路の警察に見せて通るのではないのですか。
  98. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうじやないのです。その証明書というのは南鮮に渡つてからの証明書です。
  99. 天田勝正

    ○天田勝正君 通れるということを許可している証明じやないのですね。
  100. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 証明書は何ですけれども、自分たちははつきりした事情も分らなかつたために、案内者という人に頼んだのです。案内者が見つかつたら五年間、十年間の懲役になるのです。
  101. 天田勝正

    ○天田勝正君 どうもそこが僕には分らない。
  102. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) どういうふうにいたしますか、梁瀬さんの報告を一應承つて質問に移りますか。
  103. 天田勝正

    ○天田勝正君 非常に話が早過ぎるので途中でそういう経過を聞いた方が聞きいいですが……。
  104. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それは質問として質問すべきですが、経過報告はこれで打切りにしますか。
  105. 北條秀一

    ○北條秀一君 その経過報告の中で、これは梁瀬さんに事情を聞きますと、ハルピンを渡つて、五十二名の患者輸送という名目でハルピンを出発されたのでしよう。
  106. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  107. 北條秀一

    ○北條秀一君 その五十二名は何人が男で何人が女であつたかということと、その人がずつと元山まで來るのに五十二名が一緒に來られ、あなた以外の方は何人向うに残られたか、その中で何名があなたと一緒に帰つて來られたか、そういうことについて述べて頂きたいと思います。
  108. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 五十二名の方はみんな元山まで來たのです。來たのですけれども……。
  109. 北條秀一

    ○北條秀一君 五十二名はあなたも入れて五十二名ですね。
  110. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。その中に殆んど胸部疾患の方とか、前線に行つて怪我された方は、自分たち六、七名で輸送をして來たのです。
  111. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) ちよつと委員の方にお諮りいたしますが、質問が全般に亘つていろいろの点を質問されて纏りがつかないので、質問を時期時期に区切つてしたら如何かと思います。先ず第一にどういう径路でハルピンから出るまでの事情を先ず聽いて……。
  112. 北條秀一

    ○北條秀一君 今の五十二名の話をしますが……。
  113. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それはその中で……、それを聽いて、径路を聽いて、それから向うの在留同胞の状況を聽くというように整備したいと思います。そうして今ハルピンの中共の中にいて、それから出る径路ですね。出る径路、今言われたように何人で、誰がどこに行つておられたか、こういうふうに集約して聽いて頂きたいと思います。  それから途中でちよつと妙ですが、梁瀬さんに御注意いたしますが、委員会の証人喚問というのは、先程お読みのように宣誓書の手続をとつておりますので、証言が誤りがありますと、所罰規定がありますことは勿論のことでありますから、間違いなく正確のところをお述べ頂きたいと思います。  それでハルピンから出られたのは何人ですか。
  114. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 五十二名です。
  115. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それで男の方は何人ですか。
  116. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 二名だけです。
  117. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 男は二名ですね。女の方は何名ですか。
  118. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 五十二名から二名引くから五十名です。
  119. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 病氣の方は何人ですか。
  120. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 殆んど病人です。六人だけ附添いで、六人の方も胸部疾患の方が帰えられたのです。
  121. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 六人は病人ですか。
  122. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 六人が附添えとして來たのです。
  123. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 女の人ですか、男の方ですか。男は二名とも病人ですね。
  124. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。胸部疾患の方です。
  125. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 六名だけが附添えですね。
  126. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 六名の附添えは胸部疾患を侵されている。
  127. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) あなたはよそで以て、お帰りになつたのが三十二名と言われておりますが、どちらが本当ですか。
  128. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 三十二名というのは、それは一番最初あすこに揚つたのですが、新聞記者の方が私から何も聽かずにそういうことを話して來ているのです。自分としては三十二名ということは言つていない筈なんです。
  129. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それから半分程が病人で、半分程は向うで成績優秀と認められた看護婦の人が帰えられたということを言われているようですが、これは新聞でなくて佐世保の援護局でおつしやつているようですが、これは今の話だと……。
  130. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは自分は言い落したのですが、その患者の中でも全然動けない人という人より胸部疾患の方です。その胸部疾患の方は日本に行つたら治るという人が半分以上おつたのです。そういう方はまだ向うに沢山いらつしやるんです。いらつしやるんですけれども、向うは思想上に関してとてもうるさいのです。その中でみんな帰りたい人は沢山おられるもので、選挙みたいにして帰す人を決めたわけなんです。その病人の中でも、大体誰を帰したらいいかということになつて、まあ病氣でもこの人たちを帰したらいいんじやないかということで、みんなが選挙して帰したわけなんです。それで同じ一つの病院から帰していません、殆んど各病院から……、一つうるさいのは、北鮮と南鮮に來てからうるさいのです。元氣な人達だけ帰すということはできないから、病氣の人でも成績優秀な人を中に入れて帰すと言われて帰つて來たのです。
  131. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) あなたは身体がどこか悪かつたんですか。
  132. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 別に私は悪くありません。
  133. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) そうすると、あなたのように全然悪くない人は何人ですか。
  134. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 全然悪くない人は三名ほどです。
  135. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 女の人が三名……。
  136. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあそうです。高橋さんという人と自分と細川という人です。
  137. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 高橋さんと細川さんですね。そしてどういうわけでその三人が選ばれたわけですか。
  138. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) まあどういうわけということもないのですけれども、それもみんな選挙の下で帰されたのです。その選挙についても五つのあれがあります。思想、学習、工作、作風、日常生活というような五つのあれがあるのです。その五つ、それによつて選挙みたいなのがあるのです。その選挙の結果、病氣の人でも日本に帰つたらこの人はよくなるから、優秀な人をという意味で帰されて來たのです。
  139. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それではあなたはそういうふうに成績優秀なんで、毛沢東より賞状三回だか貰つたということを話されたことがありますが、それは本当ですか。
  140. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 自分は貰つておりません。
  141. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) あなたは貰つてないのですか。
  142. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。でも、私と一緒に帰つて來られた方は貰つています。
  143. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 誰が貰つていますか。
  144. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 高橋さんという人です。
  145. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 高橋何という名前ですか。
  146. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 高橋よし江さんです。
  147. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) いくつですか。
  148. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 二十七です。
  149. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 細川さんの名前は。
  150. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 細川さんは自分たちの病院から來ておりませんから、細川さんという名は知つておりますけれども、名前ははつきり分りません。
  151. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 思想がむずかしいとか、やかましいとかいうことはどういう意味ですか。
  152. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) つまり思想がむずかしいというのは、途中の思想がむずかしいというと、中共から出る場合の思想のことですね。
  153. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) まあ思想と言いますと、向うで教育を……、大体終戰前の思想というものは、全然捨ててしまつて、新らしい思想に入れ変えてしまうということです。例えば共産思想を徹底的に自分たちは植えつけられているんです。その中に反動的なことを吐くというのが、やつぱり思想の中に入るためにそういうために思想というものを……。
  154. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 もう一点、先程一万七千円ほどの旅費を支給されたと言いますが、五十二名の皆さんが全部含めて一万七千円ですか。あなたお一人で一万七千円ですか。
  155. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは、一人々々です。
  156. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 お尋ねします。その一万七千円という金の値打を、日本の金の値段に比べると、いろいろ調べてみるというと、一万七千円あなたがお貰いになつたのでも、その当時は鉛筆が一本一万円しておつたわけでしよう。
  157. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは北鮮の金で一万七千円と言つている筈ですけれども……。
  158. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 それで、鉛筆はその頃小一万円、タオルが三万円、万年ペンが三十六万円、古い背廣が百万円と言つておるが……。
  159. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは満州の物價であつて、又北鮮とは全然違います。
  160. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 そうすると、大体一万七千円ぐらいというのは、日本の値段にすれば、大体どのくらいのものに当るというふうに常識上解釈されておりますか。
  161. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) まあ六万円にはなるんじやないかと、自分の考では思つております。
  162. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 日本の金にしたらね。
  163. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  164. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 その六万円の金に相当する一万七千円というと、三年半に亘つて働いたその最後の俸給という意味か、或いはただの、帰つて來る最終の旅費の心組みであつたんですか、どうですか。
  165. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは終戰からまあ現在三十二年の十二月までの勤務中に、いろいろ配給ものを貰つています。向うで貰つた配給ものというものは、自分のものは全然持つて來れないんです。それを置いて來たために、衣服代とか、まあ三年間のを貰つた大体のものを北鮮に來て買うというために貰つたのです。
  166. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 そうすると、その間にお手当というものは頂かなかつたね。
  167. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええそうです。
  168. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 ああそう。そうすると、約四年間に、あなた方が大変働かれたところの收入というわけだね。
  169. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  170. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 そうしてあなた方があちらでお使いになつておりました分の物というのは、満州の日本軍が沢山持つておつたね。その物ですか、別に中共軍が新たに造つておつたところの物資を頂いたのですか。
  171. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは新らしく造つた物資です。
  172. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) ちよつと矢野委員に御注意いたしますが、そういう在留邦人の待遇に関することは後に纒めて、現在はハルピンからどうして出て來たかということに集中して聞いて頂きたいと思います。
  173. 北條秀一

    ○北條秀一君 それでは五十二名の方が帰られた径路は分りましたが、結局三名だけ日本に帰られたわけですね。
  174. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) いえ、二名だけです。今話したように、誰も行く人がおらなかつたのです。三十八度線を越して、……。高橋さんという人と自分と二人だけ帰つたんです。その高橋さんは編上靴を履いておつたために……。
  175. 北條秀一

    ○北條秀一君 分りました。高橋さんとあなたは日本の帰られてから、連絡はありませんか。
  176. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 連絡はありません。
  177. 北條秀一

    ○北條秀一君 全然ない……。
  178. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 高橋さんは現在まだ三十八度線の中途の所におるんです。果してその人も日本に帰つて來ているか、帰つて來てないか、自分にははつきり分りません。
  179. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) そうすると、ハルピンからどうして出て來たかということは、これで完了していいですか。
  180. 北條秀一

    ○北條秀一君 もう一つ附加えて……。金のことは分りましたが、荷物を持つて來られたかどうかということと、それからもう一つハルピンを出られるときに、北鮮の金を貰つたということですが、ハルピンから北鮮に入るまでの旅費は、これは自分の金を持つておられたのですか。
  181. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) いえ、そうでないんです。皆向うで貰つたんです。
  182. 北條秀一

    ○北條秀一君 そうすると、一万七千円の金は、北鮮の金ではないんですか。
  183. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 北鮮は南陽で……。羅津までは中國共産党員の本部があるんです。日共本部というのが……。そこで貰つたんです。連絡の下で呉れたんじやないかと思うんです。
  184. 北條秀一

    ○北條秀一君 ハルピンから南陽までは汽車で行かれたんですか。
  185. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ、ずつと汽車です。
  186. 北條秀一

    ○北條秀一君 その間は只であつたわけですね。
  187. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあそうです。
  188. 北條秀一

    ○北條秀一君 汽車の中の食事は……。
  189. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 食事は、向うからお金を五万円ぐらいを、約三日間ぐらいの予定で貰つているんです。食事は二日間ぐらいの食事を用意をして來ておつたんです。
  190. 北條秀一

    ○北條秀一君 荷物は持つておられたんですか。
  191. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 荷物は制限されて沢山持てません。
  192. 北條秀一

    ○北條秀一君 どんなものを持つて帰りましたか。
  193. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 冬衣一着、一揃いですね、冬だつたら。夏は二揃い持つて出られます。毛布が二枚ということになつております。シヤツ類は二、三点は持つて來られました。全然買つたものなんかは持つて來られません。
  194. 北條秀一

    ○北條秀一君 ではその持たれた荷物は、日本に持つてお帰りになりましたか。
  195. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 元山に來る予定で持つて來たんですけれども、自分たち三十八度線を渡るために自分は何にも持つて來ておりません。
  196. 北條秀一

    ○北條秀一君 その荷物は途中で段々と処分された……。
  197. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは三十八度線を渡るために、又引帰すつもりだつたんです。そのために自分は何にも……ただ着ておるままで來たんです。
  198. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) ちよつと伺いすが、ハルピンを出るとき中共の政府から何か訓話か何かありましたか。何か別れに際して言葉が何かありましたか。
  199. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 別にありません。
  200. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 何の指示もないで、誰から帰るんだと言い渡されたんですか。
  201. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 別に帰るからといつてそういう指示はないんです。
  202. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 併し幾らかの旅費を頂いたでしよう。それは誰から貰つたんですか。
  203. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは政治局の方から貰つたんです。まあ政府ですね。例えば日本共産党員の方があすこにいらついやいます。そういう方から頂いたんです。直接日本共産党員の方から貰つたんではなくして、あすこの又代表者とか、いろいろな方から貰いました。帰つて來るときも全然指導というあれじやなかつたんですけれども、日本に帰つても病氣を治して、一生懸命に人民のために戰つて呉れというようなことは言われました。
  204. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 大体ハルピンから出る径路はそれでよろしうございますか……それでは今度途中について御質問願いたいと思います。ハルピンを出発して内地に來るまでの途中について……。
  205. 穗積眞六郎

    ○穗積眞六郎君 南鮮に入られましてから、京城にも釜山にも收容所がございますか。
  206. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) みんなあります。
  207. 穗積眞六郎

    ○穗積眞六郎君 收容所はどんな所でございますか。
  208. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 北鮮の方にはありません。
  209. 穗積眞六郎

    ○穗積眞六郎君 京城、釜山の收容所はどういうふうなところですか。建物とか……。
  210. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 京城はとてもいい建物だつたんですけれども、又釜山の方に來ますと、元の連絡船が着いておりますね、あすこの何か物入れ場みたいなところにずつと莚を敷いておつたんです。
  211. 穗積眞六郎

    ○穗積眞六郎君 外に日本人はおりましたか。
  212. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) いらつしやいませんでした。
  213. 天田勝正

    ○天田勝正君 折角委員長が整理されたんですから、今度はハルピンから出て元山まで來ると、こう限定して、その間に、要するにどういうふうに通つと來たか、汽車の中の宿泊はどういうふうであつたか、そういうふうに限定して一つ整理して貰いたい。
  214. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それでは委員の方はハルピンから元山までのところで……。
  215. 北條秀一

    ○北條秀一君 先ず最初にハルピンから元山までの主立つたところの経過地点を言つて貰いたい、そうしないと分らないから……。
  216. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) ハルピンから元山まで主立つたどういう町を通つて來ましたか。
  217. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ハルピンから汽車に乘つて牡丹江に來たんです。牡丹江から……。
  218. 北條秀一

    ○北條秀一君 汽車に乘つて來た、それをはつきりして頂きたい、ハルピンから牡丹江まで、牡丹江からどこまでは汽車というふうに言つて頂きたいと思います。
  219. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) ハルピンから牡丹江まで汽車で何時間くらいかかるんですか。
  220. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はつきりしたことは分りませんが、大体二日間くらいで來ました。牡丹江から図們までが約一日半ぐらいでないかと思います。それもはつきりした日にちはわかりません。
  221. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) これも汽車ですか。
  222. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ずつと汽車です。
  223. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 牡丹江で一回乘換えるんですか。
  224. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 牡丹江で一回乘換えて図們へ來ます。
  225. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) ここで泊つたんですか。
  226. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 牡丹江では泊りません。すぐ汽車に乘つたんです。
  227. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それから図們ですね。
  228. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 図們からの一般の人は汽車に乘れないんですけれども、軍関係で帰つて來た人は図們から南陽まで汽車があります。南陽といつたらもう朝鮮になるんです。
  229. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 図們が滿州で、南陽が朝鮮ですね。
  230. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。南陽でお金なんか貰うために二日間泊つたんです。
  231. 北條秀一

    ○北條秀一君 南陽で北鮮の金一万七千円を貰つたんですね。
  232. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  233. 北條秀一

    ○北條秀一君 南陽というのは國境ですか。
  234. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 國境です。図們と南陽の間が國境になつております。図們江といつて橋があるんですけれども、中國の方からずつと汽車が通つていて、船は客船なんかはありません。貨物船でした。
  235. 北條秀一

    ○北條秀一君 南陽から……。
  236. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 南陽から元山へずつと汽車です。
  237. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それは何日ぐらいかかりますか。
  238. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 三日間ぐらいかかりました。元山で一ケ月と三日ぐらい待つておつたんです。
  239. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それから元山から……。
  240. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 元山から自分と高橋さんという人だけが平壤経由で海州まで出て來たんです。
  241. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それから三十八度線を越えたわけですね。
  242. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  243. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) そうするとハルピンから牡丹江までについて質問して下さい。
  244. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 その機関車を動かしている人は日本人ですか、向うの人ですか。
  245. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 朝鮮の人です。
  246. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 全部……。
  247. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  248. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 車掌さんは……。
  249. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 図們からは皆朝鮮の人だつたんです。
  250. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 図們からは……。
  251. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 図們から先は中國人もいらつしやつたし朝鮮人もいらつしやつたし……。
  252. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 日本人で、汽車そのものや駅々なんかを覗いて見て、駅の職員なんかで、この人は日本人だと思われるような人はいないですか。
  253. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ちよつと見受けられませんでした。
  254. 北條秀一

    ○北條秀一君 今の一般人は乘車できないという話だつたんですが、これは図們と南陽間だけですか。
  255. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  256. 北條秀一

    ○北條秀一君 他の列車には一般人が乘つている……。
  257. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 軍関係の方でないとそこに乘して呉れないんです。
  258. 北條秀一

    ○北條秀一君 ハルピンからずつとですか。
  259. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  260. 北條秀一

    ○北條秀一君 ずつと……。
  261. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ずつと……証明があれば乘せます。証明があつても軍関係以外の方は乘せません。
  262. 北條秀一

    ○北條秀一君 一般人はそこを歩いて渡つているわけですね。
  263. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それも二つに分れておりますが、証明があつたら橋を渡れます。日本人の方には絶対に証明を出して呉れないというようなことを聞いております。何か特別の引揚か、又はいろいろの事情がないとそれの証明を出して貰えない、証明を出して貰つたら橋を渡れるんです。証明がなかつたら海を……海といつても河ですけれども、その河を渡つて來るそうです。
  264. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 それからあなたは戰前のハルピンの街を御覽になつたことがありましたか。
  265. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) あります。
  266. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 そうするとその御経驗からすれば、こちらの日本に引揚のときに、ハルピンを御出発のときのハルピンの樣相と戰前のハルピンと同じ姿でしたか、何か特別に非常に変つておりましたところがありましたか。建物とか市街とか、破壊されているような所をお氣ずきになりましたか。
  267. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 特別に変つておるというような所はちよつと見受けられませんでした。
  268. 北條秀一

    ○北條秀一君 それではお伺いしますが、ハルピンを出るときに政治局員から食糧と五万円の金を貰つて出られたわけですか。南陽に行かれたときにはハルピンの中共軍から北鮮の共産軍に対して証明書か何か持つて行かれたんですね。
  269. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 証明が出ているんです。
  270. 北條秀一

    ○北條秀一君 その証明を見せて一万七千円を又そこで貰つたわけですね。
  271. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです、それは政府の方からちやんとそれを貰う証明書を貰うのです。それを日共本部の方に持つて行つて貰うのです。
  272. 北條秀一

    ○北條秀一君 それでは次に伺いますが、まだ残つている日本人のことについてあなたが今知つておられるだけ教えて頂きたいと思うのですが……ハルピン、牡丹江、図們、南陽……。
  273. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 御注意しますが、途中のことに質問を先ず集中して、残留日本人の状況は後ということに……。もう一つ伺いますが、ハルピンから図們まで中國内の汽車は一般の中國人は切符を買うだけで乘せるのじやないですか。証明書が要るのですか。
  274. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 証明が要ります。
  275. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 中國人でも……。
  276. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  277. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 どうですか。その汽車で來るときに夜とか何とか襲撃されたり何かするような危險はなかつたですか。
  278. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 全然そういう危險はありません。
  279. 北條秀一

    ○北條秀一君 牡丹江に來られたときに、牡丹江から佳木斯に行く鉄道は動いておつたのですか。それは知りませんか。
  280. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 牡丹江から自分たち図們に行つたのです。
  281. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 向うの鉄道のことについては聞きませんでしたか。
  282. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 鉄道はどこでも通つているというようなことは知つています。
  283. 北條秀一

    ○北條秀一君 汽車は石炭を焚いておつたか、薪を焚いておつたか、そういう点は氣付きませんでしたか。
  284. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ずつと石炭を焚いておりました。
  285. 北條秀一

    ○北條秀一君 列車は何輛くらい繋いでおりましたか。あなたの列車は。
  286. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 図們から南陽までですか。
  287. 北條秀一

    ○北條秀一君 いや、ハルピンから牡丹江に行くその列車は何輛くらい繋いでおりましたか。
  288. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 相当長かつたですけれどもはつきり分りません。
  289. 北條秀一

    ○北條秀一君 長い列車で、荷物は沢山積んでおりましたか。
  290. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 荷物は客車ですから積めません。
  291. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) そうすると大体ハルピンから元山までの間について、質問はもうありませんか。
  292. 天田勝正

    ○天田勝正君 ハルピンから図們までどのくらい時間かかりましたか。
  293. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はつきりした日にちは分りませんけれども三日くらいだと思うのです。
  294. 天田勝正

    ○天田勝正君 元山に何日に着いたのですか。
  295. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 元山に着いたのは……。(「それは聞いたよ」と呼ぶ者あり)
  296. 天田勝正

    ○天田勝正君 それじやよろしうございます。
  297. 北條秀一

    ○北條秀一君 梁瀬さんにお伺いしますが、ずつとハルピンから元山まで來られた汽車ですね。駅でいろいろなものを乘つている人に賣つておつたのでしようか。
  298. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ、賣つております。
  299. 北條秀一

    ○北條秀一君 どんなものを賣つておりましてか。食い物は……。
  300. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ハルピンとか中國の方どは例えば中國で食べるような饅頭とかいろいろな……何でも賣つています。
  301. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 イーメンポーなんかまだ駅はちやんと健在でありましたですか。
  302. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) あります。
  303. 北條秀一

    ○北條秀一君 何でも賣つたのですが、あなたは買いましたか。
  304. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 買いました。
  305. 北條秀一

    ○北條秀一君 饅頭一つどれくらいしましたか。
  306. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 饅頭一つ私が來るとき千円だつたです。
  307. 北條秀一

    ○北條秀一君 朝鮮と満州とでは物價はどちらか高いと思われましたか。
  308. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ずつと満州の方が高いです。
  309. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 満州のお金は何ですか。中共の幣貨ですか。法幣ですか。
  310. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 東北銀行になつています。
  311. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 東北銀行券ですね。
  312. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ、十万円が一番上で千円が一番下です。
  313. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 千円札ですね。
  314. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ、これくらいの幅でこのくらいの大きさのものです。
  315. 北條秀一

    ○北條秀一君 印刷は非常に立派ですか。
  316. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  317. 北條秀一

    ○北條秀一君 紙はどうですか。
  318. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 紙はとても悪いです。
  319. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 それから、前に看護しておられましたから敏感に氣付くと思うですがね。生水を殆んど白城子辺りのものなら別ですが、その他の地方の水は飲めないのですが、ハルピンからずつと牡丹江を経て図們に行き、南陽から元山までの間の飲料水の供給はどういうふうになさいましたか。
  320. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは各駅々々でお茶を賣つております。
  321. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 瓶に入れて賣つておりますか、土瓶ですか。
  322. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 自分は水筒に買つて……向うじや瓶なんかに入れて賣つておりません。藥罐に入れて持つて來るのです。
  323. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それではハルピンから元山までは大体これで御質問を終了したようですが、元山では一ヶ月と三日だか泊られたようですが、これは初めからそういう予定だつたのですか。何かの手違いでそういうふうになつたのですか。
  324. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 元山は二、三日の予定で遅くとも五日くらいで乘れるという予定で來たのです。
  325. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 何で。
  326. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 船で。それが途中で密航船であつたために捉まつたのです。予定が狂つてしまつたのです。それで私たち一ヶ月以上、まあ何か日本の船が來るだろうというので待つておつたのです。日本の船が來なくても釜山まで行く船が來たらと待つておつたのですがなかなか來なかつたのです。日本の船が來たのだそううですけれども、荷物を積む船であつて乘せて貰えなかつたのです。
  327. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 そうすると元山の一ヶ月と三日間いらつしやつたというのはどういう場所ですか。
  328. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは元收容所をしておりました。海の近くでした。
  329. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 そうするとそれはそこのお役所の收容所ですか。
  330. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええそうです。
  331. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 そこの食費とか何とか只でしたか。
  332. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ只です。
  333. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 それは三食供給しましたか。
  334. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  335. 北條秀一

    ○北條秀一君 梁瀬さんにお伺いします。元山に一月もおられます間に日本人にお会いになつたかどうですか。
  336. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 日本人の方に三人程お会いしました。それは或る大きい工場の技師――技術者か何かの方と思うのです。朝鮮でも一番高い一級給料を貰つておるというような方です。
  337. 北條秀一

    ○北條秀一君 その日本人から何かこと付けはありませんでしたか。実は日本に早く帰りたいとか。
  338. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 別にこと付けはなかつたのですね。その方のお話では日本に帰るよりも朝鮮におつて朝鮮の人よりもよい待遇を受けているから帰らない方がいいというようなことを言つておられます。
  339. 北條秀一

    ○北條秀一君 その日本人は家族と一諸ですか。
  340. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ家族も……。
  341. 北條秀一

    ○北條秀一君 あなたは元山におられていろいろなことを見られたと思いますが、それで言葉は日本語で通じましたか。
  342. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。日本語です。
  343. 北條秀一

    ○北條秀一君 朝鮮人の話した場合にも……。
  344. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。    〔「議事進行」と呼ぶ者あり〕
  345. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それでは大体元山まで質問がないようですから……。
  346. 天田勝正

    ○天田勝正君 食違いがあるのです。つよつとお聞きしますが、先程質問しましたら元山におるときは一万七千円で元山旅館に泊つたとこういうふうに聞いたのですが、南鮮の方に來れば全部收容所があるのだとこういうふうに聞いたのですが、今聞くと役所の……。
  347. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは元山と釜山と間違つたのだと思うのですけれども、前のお話は元山のお話をして、今のお話は釜山の話をしたのです。釜山と元山と間違つていました。
  348. 天田勝正

    ○天田勝正君 釜山だろう、間違いですね。矢野委員のお聞きしたのは、元山に一ヶ月おられる間どういう所に收容されたかと聞いたら……。
  349. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは旅館にです。
  350. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) そこでは日本語が通じましたか。
  351. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ、通じました。
  352. 穗積眞六郎

    ○穗積眞六郎君 今の技師なんかに会われたのも元山ですね。
  353. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  354. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) ただ收容所が違つただれですね。
  355. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 私の質問の対してお答えになつたのは、釜山の收容所というだけで、元山では元山旅館で、その他のお話しになつたのは、大体全部同じですね。
  356. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それでは議事進行いたしまして、元山から一應帰れなくなつたので、梁瀬さんと二人の方が平壤まで行かれたわけですね。その点の御質問ありませんか。
  357. 天田勝正

    ○天田勝正君 朝鮮の方でそうして出掛ける場合に、汽車に乘るのは自由ですか。
  358. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) やはり証明が要ります。
  359. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それから北鮮から南鮮に渡るというところについて質問ありませんか。南鮮に入つてからの事情は必要ありませんか。
  360. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 元山から釜山までいらつしやつたところで汽車が止まつたりしましたか。ずつと直行なすつたのですか。
  361. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 元山から、平壤で乘換えるのです。海州まで行く汽車ですね。海州からは汽車がないのです。海州から三十八度線まで三里程歩くのです。そこだけは汽車がなくてあとはずつと……。
  362. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 海州から汽車に乘つて、その次に止まつた所はどこですか。
  363. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 海州からちよつと行つた部落に、鎌鶏という大きい港があるのです。そこから……。
  364. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 一々そんな名前は要らんから、結局海州から京城にいらつしたのですね。
  365. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  366. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 そうすると、京城では汽車が止まりましたか、一泊か何か。
  367. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  368. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 一泊して、檢査か何か受けられましたか。
  369. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 別に檢査はありません。ただ証明だけです。
  370. 北條秀一

    ○北條秀一君 鎌難から京城まで汽車賃は拂つたのですか。
  371. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 汽車賃は拂いません。
  372. 北條秀一

    ○北條秀一君 南鮮ではお金が北鮮と違つたと思うのですが……。
  373. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 違います。
  374. 北條秀一

    ○北條秀一君 南鮮で京城から釜山まで出て來られる途中の金はどこで手に入れられたのですか。
  375. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは北鮮までお金があつたのですが、南鮮に入つたらお金は一銭もないのです。直ぐ内務所かどこかに行くのです。行くと、日本人だと分ると無料で日本まで帰すということになつているそうです。
  376. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 どうですか、北鮮と南鮮の待遇はいずれがよかつたですか。
  377. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 自分の考えでは、人に対しての親切ということは、言葉遺いですね、それは北鮮の方がずつとよかつたです。北鮮では、汽車のお金でも買物でも自分のお金で出すのです。南鮮に來ると、お金は持つておつても、汽車のお金でも買物でも出して呉れたのです。とつても南鮮の方は親切にして呉れました。
  378. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 北鮮は自分の金で自由に買えるんでしよう。南鮮では、お金は通用するものをお持ちにならんから、皆内務所か何かで日本人ならば只で帰すというので、食糧でも何でも向うが支給するわけですね。
  379. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  380. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 そうすると、その支給するときのいろいろな待遇の様子はどうでしたか。
  381. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 南鮮の方がずつとよかつたです。
  382. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 委員長どうでしよう。大体釜山へ出られるまでの経緯というものは、もう一時間有余に亘つておりますから、議事進行を一つ。
  383. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) そうすると、その次は在留邦人の状況をお伺いしたいと思います。先に在留邦人の大体推定のところを梁瀬さんにお伺いしますが、あなたの知つておられるところでは、満州に大体日本人はどのくらいおられますか。
  384. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 一般に言つたら分らないのですけれども、去年の十一月に民週日報に載つておつたのでは、看護婦だけでも二万二千六百人から残つておるというようなことが新聞に出ておりました。あとの方は自分には想像つきません。
  385. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 併し、おりますか。
  386. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) いらつしやいます。軍医さんたちはもう殆んど残つていらつしやるのではないかと思うのです。軍医さん又は衞生兵。
  387. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 軍医とか衞生兵でなくて、軍人としている人おりますか。
  388. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ハルピンの方に、引揚済んだ五日か六日目に奥の開拓團から來られた方が六百人程残つております。その方たちは、ハルピン会館という大きい建物があるのです。そこに殆んどいらつしやつたのですけれども、とても苦しい生活をしておるのを自分は見て來ました。希望で残られた方が大分ハルピンにはいらつしやるようです。
  389. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 その看護婦は、結局自分で私は看護婦になりたいと言つて行く人と、それからそこの地区なら地区で割当てて來て、まだ娘さんであるとか若い奥さんであるとかいうような人たちが、結局籖を引いたり相談したりして徴発されたのですね。あなたの看護婦さんの仲間で、どういうふうなことで或る部隊に連れて行かれたか、その様子を話して見て下さい。
  390. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) つまり今の看護婦の中で、前から看護婦をしておられた方、そうでない人、何人くらいおつて、それがどういうわけで看護婦になつたか。
  391. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 分りました。日赤、陸看は、皆ソ連軍の捕虜になつて引渡されたのです。そのまま残されてしまつたのです。一般の看護婦さんとか若い方なんかは、徴用みたいに皆連れて來られたのです。二十一年の五月頃からどんどん看護婦じやない一般の人を、見習附添看というのですか、そういう意味で見習看護婦にするのだと言つて連れて行かれた方が大体いらつしやいます。二万二千というのも、正看の看護婦は一万くらいで、あとは皆一般病院の看護婦さんとか、又は普通の看護婦として残された方なんです。
  392. 北條秀一

    ○北條秀一君 ハルピンに二万二千残つておるということは、新聞に発表されておるので分りましたが……。
  393. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 看護婦は、ハルピンだけではなくして、全満の看護婦です。
  394. 北條秀一

    ○北條秀一君 一般の日本人のことについてお伺いしたいのですが、一般日本人というものはどのくらい残つておつたか。元山は分りましたが、ハルピン、牡丹江、図們、南陽、この四つの所について日本人がどれだけ残つておつたか。
  395. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それもはつきりした数字は言えないですが、大体見たり聞いたりしたことをお話ししますけれども、ハルピンの方に残つておる方が六百人程いらつしやるそうです。自分も事実見て來ました。牡丹江の方にもやはり百人程残つていらつしやるのではないかと思います。図們の方には、去年の七月帰られたので、元氣な方が五十人か、百人に足りないのではないかと思います。それは一般の方です。延吉の方に去年までは二、三人いらつしやつたそうですけれども、去年の七月大概病氣の人は帰つてしまつたので、今のところ組織全体として二百人足らずの人が残つておるのではないかと思います。
  396. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 あなたの耳にこういうことが入らなかつたですか。通化とかその他の山奥に日本の兵隊さんたちがまだ立籠つておるとか、残つておるというようなことは一つもお耳に入らなかたのですか。
  397. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 全然そういうことは聞いておりません。
  398. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 南陽ではどうですか。
  399. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 日本の方は一人もいらつしやいません。
  400. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 羅津はどうですか。
  401. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 羅津にもいらつしやいません。
  402. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 図們、延吉、或いはハルピンとかいろいろ言われましたが、一体満州に日本人がどのくらいおられるか。これは勿論あなたみたいな女性の方も、或いは曽ての軍医の方も、或いは一般邦人の方、或いは技術者で残つておる人、そういうふうで、俗に中共地区と言いますか、或いは満州地区と言いますか、そうしたところにどのくらい残つておるかということをお聞きになつたことはございませんか。例えば十二、三万残つておるとか、十二万残つておるとか……。
  403. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はつきりしたあれは分りませんですけれども、まだ五、六万は残つておるのじやないかと思うのです。
  404. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 五、六万は残つておる、そういうふうにしよつちゆう聞かれるわけですね。
  405. 北條秀一

    ○北條秀一君 帰つて來られる途中の日本人の状態についてのあなたの考えは分りましたが、ハルピンを立たれて朝鮮の釜山に來られる途中長い間かかつていますが、日本人に会われたのはどことどこですか。
  406. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 自分は京城で会いました。京城でもお会いしたのですけれども、それは嫁に行つた方とお会いしたのです。元山で会つた方は技術者として……。
  407. 北條秀一

    ○北條秀一君 元山は三人ですか。
  408. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 元山では三名程お会いしたのです。
  409. 北條秀一

    ○北條秀一君 その他は牡丹江でも図們でも南陽でも日本人にはお会いにならなかつたのですか。
  410. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 牡丹江で会いました。牡丹江で会つた方は医務官の課長です。
  411. 北條秀一

    ○北條秀一君 それではお伺いしますが、牡丹江とか図們とかいう鉄道関係に元の満鉄社員は残つていなかつたのですか。
  412. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それははつきり分りません。
  413. 北條秀一

    ○北條秀一君 それは会いもしなかつたし、聞きもしなかつたのですか。
  414. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  415. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 あなたの仲間に長野縣出身で十八、九歳と思いますが、大内さんという、看護婦に徴用された方は見なかつたですか。
  416. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それはどちらの方で徴用された方ですか。
  417. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 あれは牡丹江です。
  418. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 大内さんという方はいらつしたのですけれども、十九ぐらいの方でなくして二十七、八の方でしたらお会いしましたが、若い方は……。
  419. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 それでは満州では中國共産党の中に日本人の党員がおつたわけですが、北鮮の政府には、政治の方には日本人はいなかつたでしようか。
  420. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) おりませんでした。
  421. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 おるということも聞きませんでしたか。
  422. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  423. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 ちよつとお尋ねしますが、あなたが元山を出られるまでの間は、大体お聞きいたしたのですが、この病院においでになるとき、初めは日本人を看護されたのですが、さつきのお話ですと、ずつと終い頃は中國の人も看護なさつたというのですが、そうした事実はどうですか。
  424. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは中共側の方ですね。自分たちは日本人の兵隊さんを看たというのは、昭和二十年の八月以前の負傷者を看たのです。その方をずつと看ただけであつて、今度は中共地区に行つてからは、一番多いところで一万近くからの兵隊……。
  425. 北條秀一

    ○北條秀一君 それは中共の兵隊ですか。
  426. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは中共の兵隊です。
  427. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 そうすると初めソ連の捕虜になつたその当時は若干日本の人たちを看護されておつたわけでしよう。
  428. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  429. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 それで今度捕虜になつて、ソ連兵が引揚げたあと、中共軍にあなたは渡されたのでしよう。
  430. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  431. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 その後はどうなのですか。
  432. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) その後もずつと……二十一年の七月引揚げるまで日本の兵隊さんを看ておりました。
  433. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 そうすると中共の兵隊さんなり、或いは一般の人を看護されたということは余りないわけですね。
  434. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) いや、ずつと二十二年の二月、三月ごろからぼつぼつ入つて來たのです。方々の部落又は町なんかで内乱が起りまして、そうしてその負傷兵を看たのです。二十二年の半ば頃からどんどん入つて來ました。
  435. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 そうすると、二十三年の十二月に帰られるまでその間は殆んど中共の兵隊さんばかりを看護されたわけですね。
  436. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  437. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 その数は多かつたですか。
  438. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はつきり分りませんけれども、自分たちの病院だけでも一万から入れるような病院です。そこの病院に殆んど一杯で、入り切れない場合もありました。それで両方の患者さんを入れておりました。
  439. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 分りました。
  440. 北條秀一

    ○北條秀一君 先にも新聞の話が出たですが、その新聞はどういう名前の新聞でしようか。日本人の新聞ですね。
  441. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 民週日報といつて、日本人同士だけで発行した新聞なのです。
  442. 北條秀一

    ○北條秀一君 それは毎日発行されておるのですか。
  443. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 一週間に一回くらいじやないかと思います。
  444. 北條秀一

    ○北條秀一君 それからハルピンに六百人程日本人がおつたようですが、この日本人は自由に往き來はできたのでしようか。
  445. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ、自由にできました。
  446. 北條秀一

    ○北條秀一君 開拓團が六百人ばかりハルピン会館におつたといいますが、これは管理されておつたのでしようか。
  447. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 管理という意味じやなくして、そこに收容されているのです。收容というのは政府の方で見て呉れるのではなくして、自分たちの六百人の中で三百人程の元氣な人がおつた、その三百人の人があとの三百人を養つて行くというふうにして……。
  448. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 行動は自由なわけですね。
  449. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  450. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 町を通つたり買物をしたり、そういうことは自由なわけですね。
  451. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。自由に歩けるわけです。
  452. 北條秀一

    ○北條秀一君 それではお伺いしますが、残つている日本人は、日本の様子がみんな知りたかつたと思うのです。同時に又日本に手紙を出したいという希望を持つておつたと思うのですが、それについて中國共産党の政治局の方では、手紙を出すことについて今禁止しておるのですが、それについてあなたのお考えはありませんか。例えば日本人が中國共産軍の政治局に、日本に手紙を出すことを許して呉れというようなお願いをしたというふうなことはありますか。
  453. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そういうことはお聞きしたことはありませんですけれども、みんな日本に手紙を出したいということは言つておりました。特にハルピンに残つておられる六百名の方なんかはお蒲團を持つた方つて一人もいらつしやいません。みんな眞綿衣を二、三枚配給を貰つて、それを被つて著て寝ている。そうしてそのお部屋は、このくらいのお部屋ですけれども、三十人又は四十人入つています。冬でも全然石炭なんかないのです。その眞綿衣にくるまつて著のみ著のままで寝るという状態を約二年、三年は続けているのじやないかと思うのです。食べるものでも一番そこの人たちが悪いのです。
  454. 北條秀一

    ○北條秀一君 手紙を出したいというのはみんなが希望しているのですが、あなたが帰られるときには、この手紙を持つて行つて呉れということを頼むのは人情ですけれども、誰からも頼まれませんでしたか。
  455. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そこの方たちからは頼まれません。私は行かなかつたです。自分の病院の看護婦同士からは頼まれたのです。約二、三十通の手紙を預かつたのですけれども、それも持つて來ることはできませんでした。
  456. 北條秀一

    ○北條秀一君 それはどこでとられましたか。
  457. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは全然書いたものなんか……又新聞でも雑誌でも全然持つて來られないのです。
  458. 北條秀一

    ○北條秀一君 それはハルピンを出るときに……。
  459. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) いや南陽で……。
  460. 北條秀一

    ○北條秀一君 南陽で二、三十通の手紙を沒收されたわけですか。
  461. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ、そうです。
  462. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 眞綿衣の中に何も入れないのですか。あのままの眞綿ですか。
  463. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  464. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 凍傷なんかになる者はありませんか。
  465. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 凍傷、それは、外に出るときはいろいろな恰好で出ておるのですけれども、殆んど十人おつたら、働く人は四人といつたぐらいの割合です。そういうあれです。六人の人が四人の人を見て行かなければいけないということだから、生活がとても苦しい。そのために、幹部の方が十何名かが、政府の方に申込んだらしい。申込んだのに対して、政府の方では、監獄のようなものの中に入つたかどうか私は知りませんけれども、去年の十一月に留置場に入つたということは新聞に出ております。それは内地帰還かなんかの運動をなさつたのじやないかと思います。
  466. 北條秀一

    ○北條秀一君 お尋ねしますが、南陽であなたの友達の手紙を全部没收されたのですが、満州では持つて行くことを許して呉れたのに、南陽では、南陽に関係のない手紙をなぜそう没收されたか。それについてお考えはありませんか。
  467. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは自分個人で持つて來た。向うでは、一切のテキスト又は書いた物は持つて來ることはできないと言われた。
  468. 北條秀一

    ○北條秀一君 どんな物でも……。
  469. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。自分は手紙ぐらいはいいだろうと思つていたけれども、リユツクの下に入れて持つて來たのです。向うの方で檢査をされて……。
  470. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 その六百人の人、今死を待つ人がそのうち六割ぐらいあるのですけれども、そういう人をあなたの四ヶ年間の尊い体験を通して、あなただけの考えで、こういう手を打つたら日本に帰すことができる、こういう方法を打つたらどうかというお氣持から、その在ハルビン日本人の救出の何か考えはありませんか。よく考えて下さい。
  471. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) まあ、そこの人たちは技術者として残されたわけでもなんでもなくて、本当に船さえあつたら帰れるのです。だから日本から相当或る程度の運動をして呉れないと、いつまでも帰れないのじやないかと思います。
  472. 天田勝正

    ○天田勝正君 その六百人の人たちの悲惨な状態に分つておりますけれども、これは留め置いているのではなくて、要するに船やなんかがないから帰れないとその人たちは信じておるのですか。
  473. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  474. 天田勝正

    ○天田勝正君 あなたたちもそう思つておりましたか。
  475. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 私たちもそう思つております。自分たちは技術者として残されたのですからそうですけれども、この六百人、この延吉方面に残されておる人たちは、どつちかといつたら直ぐ軍隊の後に入られたので、衣類なんかは十分にあつたのです。一人に毛布なんかも六枚か七枚又、蒲團なんかも沢山持つております。一番困つておるのはハルピンの人です。
  476. 天田勝正

    ○天田勝正君 この際それらの人たちが、自主的にやらなければならんし、帰つても來られないのに帰還運動をやつたというだけで主謀者が留置された。こういうことはあなたもお聞きですから分つたと思うが、どういう帰還運動をしたらいかんというのですか。分りませんか。
  477. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは自分もはつきり分らないのですけれども、それは、二十二、三年頃から、向うに残つておられる日本人に対して、政治学者があるのです。そうして本当に自分たちが自分という個人を考えていなかつたら、どこで勤務してもいいというあれになつてしまう。ただ帰るという氣持を起すということは、やはりまだまだ反動的な言葉じやないかと思います。そのために……。
  478. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それは、軍に徴用されておる人たちの何でしよう。今聞いているのは、ハルピンのは、何も向うの政府の仕事をしていないのでしよう。
  479. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 政府の仕事をしていない者でも、一般残つている方はどんどん教育しております。やはりその組織の中には、いろいろ共産党員の方がいらつしやいます。あそこには、町なら町に、民衆学校であるとか、又はいろいろな学校が設けられております。そこで月曜日とか、火曜日とかいうものは、民衆学校に行つて、政治学とか、又はいろいろの学習を習う。それで残されているだけでなくして、もう現在のところでは、一般の方でも、学習をどんどんしております。
  480. 天田勝正

    ○天田勝正君 分りました。それでその人たちは、一般の人でも、政治学習が進んで、要するにさつきあなたの言つたところの、成績がよいということになれば、帰れるわけですか。
  481. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは自分で分りません。いや、その方たちは、日本から船さえ持つて行つたら帰れるのではないかと、自分の考えで思つております。
  482. 天田勝正

    ○天田勝正君 それであなたたちの立場で、さつきの思想的な五つの項目がありまして、その五つの項目が成績がよくなれば帰られると、恰かも帰れるのが褒美のごとくなつているわけですか、ところが向うは、政治教育やなんかの場合は、この教育が、又この國が天國だというような教え方をするわけでしよう。当然。
  483. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  484. 天田勝正

    ○天田勝正君 そうすると、天國にいるのが、褒美に、要するに地獄の方へ帰すということはけたいなことを言うという理屈ですが、それを何の無理もなしに、聞いている人は押し付けられるから聞いているが、教える方は、それを何と説明するかという……。
  485. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 天國とか地獄とかいうようなことでなくして、本当に自分たちは、今まで日本の政治というものも、全然私なんかには、そういうこともはつきり分らないですけれども、一番最初は、共産党というもの、それからよくその政治というものを習つて來ると、今までの日本の政治というものは間違つておつたんではないかと思います。本当に自分一個人というものを考えないで、自分たちは人民のために闘うんだという氣持で、私たちはみんなが闘爭して來た。そのために、そういう氣持になつたら、どこで働いても、耕作するのは同じだという意味になるので、帰つて來るということはみんなは思つていない。だからその地獄とか極樂とかいうことは、自分一個人のことであつて、本当に自分たちは、幸福の世界を造り上げたら、それでこそ始めて極樂に行くんじやないかと思います。
  486. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 さつき政府からも徴用されていない六百の方が最も悲惨だとおつしやたことですね。
  487. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  488. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 そうしますと、今のようなお話から行くと、そうした人たちがどんどん政治学習をして行けば、幸福になられると思われますか。
  489. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 自分たちは、たとえそれが幾ら学習をしても、それはみんなの決心一つだと思います。だから一人々々のあれではできないですから、本当に團結することであつて、やはりその政治を作るその基礎というものがなかつたら作れないと思います。
  490. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) ちよつと伺いますが、その看護婦の方々の生活状況はどうなんでしようか。待遇は、食べ物とか着物とか。
  491. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 待遇は、内地よりもずつと今のところいい。軍関係はとても待遇がいいです。
  492. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) とてもというような形容でなくて、どのくらいですか。主食は十分にありますか。
  493. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 十分です。
  494. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) おかずはありますか。
  495. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) あります。
  496. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) どういう物を食べさせますか。
  497. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) おかずは、日本じや食べられないような、日常みんな支那料理です。衣服も一年三回、夏が二着と冬が一着、それにオーバーからなんか、みんな附きます。
  498. 天田勝正

    ○天田勝正君 ちよつと天國地獄論を……。
  499. 木下源吾

    ○木下源吾君 今の発言で、給料やなんかを。
  500. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 今の、看護婦さんは、給料は貰えないのですか。全然お小遺も何もないのですか。
  501. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それはお小遣はあります。
  502. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) どのくらい貰いますか。
  503. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 一級から六級に分れています。で、大体看護婦の方は三級から四級になつております。三級ぐらいで一万五千円から一万円ぐらいまでまあ看護婦は貰います。
  504. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それは一月分ですか。
  505. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ、そうです。日本の金にすると百五十円か百円ぐらいにしかならいのです。
  506. 木下源吾

    ○木下源吾君 今の金で……。
  507. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 何も買えないですね。
  508. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) でも何も買う必要はないのです。皆配給になります。
  509. 木下源吾

    ○木下源吾君 病院では患者はどういう人たちですか。
  510. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 主に前線で怪我された方です。
  511. 木下源吾

    ○木下源吾君 ああ軍の……そうしてあなたたちだけが看護婦しておつて、向うの人は……。
  512. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) いや、中國からも集まつております。
  513. 木下源吾

    ○木下源吾君 それから梁瀬証人にお尋ねするのだが、帰りたいという氣持は皆一緒ですね。
  514. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ、あります。
  515. 木下源吾

    ○木下源吾君 そこで帰る方法について何か皆で相談でもしておつたのですか。
  516. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) いや、昭和二十一年二十二年度頃までは、皆どんなふうにしたら帰れるかということを口に出しておつたのです。段々自分たちに政治の行き方というものが分つて來たら、そういう特に軍関係におる方は帰りたいということは全然口に出さないのです。本当に自分たちはもう全世界が幸福になつてから堂々と帰るのだということを殆んどの看護婦は言つております。
  517. 木下源吾

    ○木下源吾君 そこで何ですか。そうすると向うでも帰すというようなことについては、何というか、言わないのですか。
  518. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) まあ一番最初は、その入るときの約束としては満州國全体が解放されてから……。
  519. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 満州國ですか。中國ですか。
  520. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 中共ですね……だからどういう範囲なんですかね。
  521. 木下源吾

    ○木下源吾君 そうすると何ですか。こういうことになるのじやないかね。段々教育をされて、そうしてその人たちが日本に帰つても、そういう教育の方針で日本で活動ができるようになつたらば帰す、帰るがいいと、こういう氣持を皆持つておつたのですね。
  522. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) まあ持つていないとも言えないですけれども、そういう氣持より、本当に自分たちは新らしい社会を造るのだという氣持でやつておるのですね。
  523. 木下源吾

    ○木下源吾君 いや、新らしい社会はよろしいが、ですから日本に帰つても向うで何か任務を與えられて一口に言えば……そうしてそういうふうになつてからならば自由に帰す、帰るがいいというような氣持を持つておつたのですか。
  524. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 持つておりません。
  525. 木下源吾

    ○木下源吾君 それで今こちらから何さか手を打てば、向うへ何か響くような感じがしますか。何か手を打つたらば、日本の方でね。そうすれば向うから帰して貰えるような、まう何というか、向うに何かあてがありますか。あなたのお考えで……。
  526. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは軍関係の方にですか。
  527. 木下源吾

    ○木下源吾君 軍でも……まあどこか私らに分らんので聞いておるのです。
  528. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 一般の方だつたら日本の方で相当運動して下さつたら帰れると思うのです。
  529. 木下源吾

    ○木下源吾君 運動の方法は先は一体どこに運動したらいいか……ラジオで放送だけしておつていいのですか。
  530. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ラジオで放送しておつても、帰國の運動というものはモスクワの方に入るから不可能じやないと自分は思いますが、とにかく日本の方でも一日も早く一人でも日本の方へ引揚げさしたいという氣持があつたら何か向うへの船を出すとか、又はそれに対して何か條件をつけるとかいうふうにしないと帰れないのじやないかと思います。
  531. 木下源吾

    ○木下源吾君 そうすると、迎いの船というと正式には元山切りより……それから先は……。
  532. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 元山でも羅津、清津、その方面まで行くと思うのです。
  533. 木下源吾

    ○木下源吾君 そうしたらこの帰るとき元山から船に乘つて……。
  534. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 違います。釜山からです。
  535. 木下源吾

    ○木下源吾君 元山で船に、お金を出せば乘れるという話があつたのじやないですか。
  536. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは捉まつてしまつたのです。途中で……。
  537. 木下源吾

    ○木下源吾君 捉まつてしまつたのだが、今船をそこへやればと言うが、やつたつて捉まつてしまえば……。
  538. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) いや、それはそこの間にはちやんと日本の政府と朝鮮の政府と連絡をとらないとできないと思うのです。
  539. 木下源吾

    ○木下源吾君 こちらで連絡をとりますね。朝鮮でも南鮮でもとれるだけとる。とるが向うからとる連絡はどうしてつけたらいいのです。
  540. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは向うの共産党員の方のお話を聞きますと、幾ら日本の方に運動しても、今のところは船がちよつと來ない。それで船さえ來たら帰すというようなことを聞いたこともあるのです。
  541. 木下源吾

    ○木下源吾君 そうすると、相手は日本の共産党の人たちだね。こちらからいろいろ連絡するのは……。
  542. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうと思いますけれども……。
  543. 木下源吾

    ○木下源吾君 ただ船だけやつても向うから來なければ乘せて來られないでしよう。
  544. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 軍関係の方はちよつと不可能だと思うのですけれども、一般のハルピンとか延吉とかゐそういうところに残つておられる方は、船さえ持つて行つたら帰して貰えるのじやないかと思います。
  545. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それから梁瀬君に伺いますが、看護婦さんたちが若し帰つてしまえば、向うの病院は非常に困るわけですね。それに対して何か看護婦は帰つても困らないような準備を向うでしていますか。
  546. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは日本の看護婦さんにしても、本当に眞から自分から愛國人民戰線に鬪うのだという氣持は半分以上の方があるのです。だから日本から船を迎えに行つても自分たちはもう少しどつちか見通しがつくまでは帰らないという方がきつとおられると思うのです。
  547. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 先程木下先生がお尋ねになつた件なのですけれども、船が日本から迎えに行つたら帰れるのだ。これは日本の政府と、それから韓國の政府との話合いということが根本でしようけれども、そうしたことは別として、日本から船があるのだ。例えばソ連地区から帰る。或いは樺太から帰る。そうした面に対してはもう三十ばい以上の船がいつでも用意してあるのだ。或いは凍つたときにはそれを砕く砕氷船まで用意してあるのだというようなことをあなたは向うにいるときは、お聞きになつたことは勿論ないでしよう。
  548. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ。
  549. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 それではこつちへ帰られてからそういうふうなことをお聞きになつたことはありますか。
  550. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 聞きました。
  551. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 そうすると今あなたはお迎えに行く船はあり余つているのだということをよく御認識ですね。
  552. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ。
  553. 木下源吾

    ○木下源吾君 そこでさつきの続きなんですが、軍関係は別として、延吉辺りに何万かの人がそういうところにおる。
  554. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 百人です。
  555. 木下源吾

    ○木下源吾君 そういう人にどうしたら連絡がつくと思われますか。
  556. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは個人には連絡はつかないと思うのです。一番連絡のとり易いのは延吉の方です。延吉じなやくてもどこの政府にでも、こういうふうにして日本人の方が残つておるということを聞きましたから連れに來ましたというふうに政府の方に連絡すれば、きつと政府の方が、日本の方に連絡すると思うのです。政府の方は残つている人に対しては帰す帰さんということは絶対言つておりません。
  557. 木下源吾

    ○木下源吾君 向うの政府というのは中共政府ですか。
  558. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええそうです。
  559. 木下源吾

    ○木下源吾君 中共政府とこちらとの連絡がつかんのではないか。つかないから聞いておるんです。中共という政府と日本との連絡がつかないのです。今までの蒋介石、南京の政府とは連絡はどこでもつく。今は南京政府と中共とが戰爭しているんでしよう。それで連絡がつかない。こちらと中共の連絡がつかないんです。それをあなたは今までつくと思つておられるかも知れんけれども、そうじやないのです。これをつかせたいからで、だからそれを今聞いているんです。どこかで何とかそれをつかせる工夫がないものかと、みんな始終心配しているのです。
  560. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 自分一個人の考えですけれども、とにかく日本じやなくして中國に渡らないと連絡ができないと思うんです。だから私たちは、元山へ行つて、元山まで行つたら中國本部というのがあります。元山に中國日共本部というのがあるんです。
  561. 木下源吾

    ○木下源吾君 中國の日共本部ですか。
  562. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええそうです。そこに連絡したら日本人のおるところはどこでも分るんです。
  563. 木下源吾

    ○木下源吾君 場所は元山ですね。
  564. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええそうです。
  565. 木下源吾

    ○木下源吾君 そこへ行くとつまり向うへ連絡……向うの機関があるわけなんですね。
  566. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええそうです。だからまあ私は船を持つて行つて、そして中國なら中國に誰か連絡に行くというふうにした方が一番早いんじやないかと思います。
  567. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 皆さんにお諮りいたしますが、十二時を過ぎて参りましたが、今の木下さんの非常に注意されている質問ですが、一緒に來ておる日和佐という人が、相当の資料を持つているわけなんです。それでどういうようにいたしますか。続けてお聽きして、梁瀬さんからその前に話して頂きますか。
  568. 木下源吾

    ○木下源吾君 もう少し時間がかかると思うから、後でもいいと思うのです。
  569. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) そうすると休憩して午後からいたしますか。
  570. 北條秀一

    ○北條秀一君 証人の話は速記を取つてやつているわけですから、補足的な説明、質疑應答は懇談にでもしたらいい。
  571. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それは勿論懇談のときになるわけですが、ただ非常に資料を持つているらしいので……。
  572. 北條秀一

    ○北條秀一君 だから改めて喚問したら……。
  573. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 今委員長が、自分勝手な議事進行の動議を出しているが、今の委員長の動議をどうしますか。
  574. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 矢野委員に御注意しますが、発言は少し言葉をお愼みになつてよろしいと思うのです。自分勝手な、子供に物を言うような、委員長に対して会議の型式でないということは、反省を求めるもんです。反省を求めます。
  575. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 反省します。
  576. 木下源吾

    ○木下源吾君 私は只今質問しておつたのですが、もう少し行けば私は明瞭になる。
  577. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それじやもう少しこれを続けて、お晝の休憩にしますか。    〔「賛成」と呼ぶ者あり〕
  578. 木下源吾

    ○木下源吾君 元山は北鮮ですね。
  579. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  580. 木下源吾

    ○木下源吾君 そうすると、あなたが元山から南の方へ來るときも、相当に苦労されたんでしよう。
  581. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ええ。
  582. 木下源吾

    ○木下源吾君 そういうような、こつちの船が元山まで行くのもやはり相当苦労しなければいかんと思うのです。北鮮と南鮮と違うのですから……。そこで元山まで船が行けば、向うは來られると思つておりますか、元山辺りの人は……。
  583. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) これは自分は元山でも南鮮でも聞いたんですけれども、それは日本人はとにかく日本に帰るのが当り前であつて、ここが通り路になつておるんだ。だからいつでも通すということは聞いたんです。これも政府関係の方から聞いたんですが……。だから、やはり或る程度日本と朝鮮の政府が連絡を取つたら、帰して貰えるのでないかと思うのです。
  584. 木下源吾

    ○木下源吾君 あなたが今度帰るときに、南と北の國境があつたでしよう。
  585. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  586. 木下源吾

    ○木下源吾君 そこの所では、ただ密航でやつて來たのか、正式に話合いで來たのか。
  587. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 密航です。
  588. 木下源吾

    ○木下源吾君 密航でなければ來らない。
  589. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それはそういう正式のあれじやないから、來られないわけですね。でも、日本と朝鮮の連絡の下でしたら堂々と來れるのですけれども、個人ではちよつと來れないのでないか。
  590. 天田勝正

    ○天田勝正君 証人の証言が時々変る。あなたはさつき証明を持つて來たと言い、今度は密航だと言う。密航じやないでしよう。
  591. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 証明というのは、中國から乘るという証明です。ですから、ここから來る船じやないのです。ただ朝鮮でなくして、中國から來る人を日本に帰すという船の証明であつて、その船がお金渡して乘せる船であつたから、途中で捉まつた。その証明というのは船まで堂々と乘る証明でない。
  592. 木下源吾

    ○木下源吾君 私のは大体分りました。
  593. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 中國から日本に帰つていいという証明を持つて來たんですね。
  594. 天田勝正

    ○天田勝正君 たまたま元山で出航した船が密航船であつたというなら分る。北鮮から南鮮に移るのに密航でなければ來れませんかいう木下委員の質問に対して、それは密航だと言つたから、それはさつきと違うと言つたんです。
  595. 木下源吾

    ○木下源吾君 日本政府と北の政府と言いますか、それが了解つくかつかないかということを見通しを、現在やつて來られておるからお聞きしておるわけで、それがつきさえすれば、元山まで船を堂々とやれる。そういう点で今お聞きしたわけです。
  596. 北條秀一

    ○北條秀一君 大体質問は済んだようですが(「まだある」と呼ぶ者あり)最後に私のお聞きしたいのは、この釜山を出発するときに、密航船に乘られるときに……密航船に乘られたんでしよう。
  597. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 密航船には乘つておりません。釜山を出るときに……。(「元山」と呼ぶ者あり)
  598. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 終戰の当時殆んど開拓團の小父さんたちは應召したわけで、その後には奧さんが何人かの子供を抱きながら、開拓團の廣い土地を耕しておる。その旦那さんたちが殆んど帰ることができないようになつてしまつて、シベリアに連れて行かれておる。あの開拓團の大部分のお嫁さん、あの遺家族なんかはどういうようになつておられるか。あなたは長い間のあちらの御経驗でお話を聞かれたり、或いは御推定になつておる感じは如何ですか。
  599. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そういう開拓團の方は殆んど二十一月七月に引揚げてしまつておる筈です。引揚げて來ない方はハルピンにまだ六百名残つておる中に入つておるのです。奧の方におられる方は十人に四人くらいは、襲撃されて殺された方もいらつしやるし、病氣で亡くなつた方もいらつしやるのです。
  600. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 滿州の方々のお嫁さんとしてもそのまま残らざるを得ない方々があるのですか。
  601. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 沢山おります。自分の記憶だけでも二万人以上……。
  602. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 二万人以上の日本の婦人たちが滿州のお嫁さんになつておるわけですね。速記を止めて……。
  603. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) ちよつと速記を止めて。    〔速記中止〕
  604. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 速記を始めて。
  605. 矢野酉雄

    ○矢野酉雄君 それで私の質問を終ります。
  606. 天田勝正

    ○天田勝正君 先つき六百名の方の生活が非常に悲惨である一方、あなた方が政治教育を受けて、その政治教育を実践することが幸福であるということになつておるのですが、それでどうして同胞がそう悲惨なのに片方は給與を受けて全部配給で金が要らないという生活をしておつて、又食物も日本で食えないような給與を受けながら、助けたいという氣持が起きないのは不思議だと思いますが、それはどういうわけですか。それらの人々が政治教育を守らないから、まあ極端にいえば外道だから構わないという考え方ですか。
  607. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そういうあれではないですが、自分たち現在残つておる人たちにはそういう氣持は起るのですけれども、そこまで行けないのです。
  608. 天田勝正

    ○天田勝正君 持つておるが、許可しないのですか。
  609. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 許可しないわけでもないですけれども、まだそこまで自分たちとして助けて行くというところまでは、自分たちの生活が裕かでないということもいえると思います。
  610. 天田勝正

    ○天田勝正君 裕かでない……。
  611. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ、一つは六百名の中には半分以上は働ける人はまだおるのですが、又怠ける人が相当多いわけなんです。自分たちはいつ日本に帰れるか分らないし、働いても日本には金も持つて行けないし、どうせここに置いて行くんだ、そういう嫌な氣持を持つておられる方がいらつしやるんです。そのために積極的に働く人は皆んなのために働くし、又心の間違つておる人はそういうふうにずるけるといつたために、皆んなが團結というものがないからそういう生活に陷つているんではないかと自分は思つています。
  612. 天田勝正

    ○天田勝正君 從つてそれを助けても何にもならん、こういうことになるんですか。
  613. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 何もならないということもないですが、そこまでは軍に入つている人は行けないのです。
  614. 天田勝正

    ○天田勝正君 第二に中共とソ連と引継をやつた関係から見まして、中共側からソ連には幾らでも連絡がとれるのですか。
  615. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ。
  616. 天田勝正

    ○天田勝正君 そうすると、シベリヤからは幾らでも、先つきもあなたが承知しておられるように碎氷船も用意されておる船が余つておる、シベリヤの方へ廻して、要するに中共の方が一般人はどんどん還えすという方針さえ決まればそつちを通して還えし得るということは想像されておるわけですか。
  617. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それもずつとラジオでも聞いております。
  618. 天田勝正

    ○天田勝正君 中共の方へ連絡が日本からつかないでも、ソ連さえ連絡がつけば、要するに中共さえその意志があれば還えせるわけですか。
  619. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  620. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 ちよつとお尋ねいたしますが、滿州地区ですね、中共地区と北鮮地区とそれから南鮮地区ですね、その汽車はいずれがよろしうございますか。
  621. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 北鮮が一番よかつたと思います。
  622. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 それからこれは今あなたも御存じのように日本は保障占領下において独立していないですから、勝手にわきの國と交渉できないですね、これはもうマツカーサー司令部を通じてやるよう以外にないですね、仮に元山なら元山にマツカーサー司令部がお許しになつて、そうして船をどんどん廻すというようなことが決まつた場合におきましてね、勿論それが決まればラジオを通じて中共地区或いは北鮮地区におる人たちにも分りましよう。
  623. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 分ると思います。
  624. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 そうした場合にどんどん中共地区の人たちが、当事者が人を還えして呉れるようなふうな氣持がありますか、ありませんか。
  625. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 現在のところ自分としては技術者の人は不可能だと思います。
  626. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 技術者の人は不可能ですか、その他の方々はどうですか。
  627. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) その他の方々は還えして貰えると思いますが……。
  628. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 それでは船を元山なら元山に廻して頂くというようなことを、日本の國民なり政府なりが司令部にお願いする、そうして司令部はそれをお許しになるということになれば見通しがつくわけですね。
  629. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 自分一個人の考えでは見通しはつきます。
  630. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 先程中共地区に残つておる人たちが五、六万人あるように自分は聞き及んでおるとおつしやいましたが、その五、六万人の同胞は、これはどういうふうな人ですか、そういうことは分りませんか。
  631. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 主に軍関係ですね。
  632. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 そうすると、私共が聞きますには、十二、三万の人、或いは十四万に近い人が中共地区に残つておるのだということを聞かされるのですが、そういうようなことはあなたは向うにおいでになつたときにお聞きになつたことはありませんか。
  633. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 大概私は方々の病院を廻つて、大きい病院は殆んどという程廻つたのですが、そこではちやんとハルピンならハルピンで日本人がどのくらいおるということを一年に一回か二回新聞に載つける、その結果まあ聞いた話が五、六万おるだろうというような……その滿人、中國人の妻になつておるその方たちを入れてそのくらいおるというように聞きました。
  634. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 それは中國人、或いは滿人の方々の夫人になつておる方も入れて五、六万人ということですか。
  635. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) そうです。
  636. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 そうするとその五、六万人おるということをお聞きになるのは日本人の方から聞くことが多いのですが。
  637. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それは日本人からです。
  638. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 或いは滿人の方なり、言うの中共の方々から、或いは朝鮮の人から、日本人はこれくらいおるぞということをお聞きになつたことはなかつたですか。
  639. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) ありません。
  640. 木下源吾

    ○木下源吾君 二つだけ……。一つはね、あなたは日本に還つて來て見て……、何年か日本にいなかつたわけですね……、還つて來て見てどういうように感じましたかね。日本が家も何も本当になくなつてしまつている、食うものもない、そういうようなことを、例をいえば、そういうようなことを向うでいろいろ聞かされたり、想像したりしたことが、日本の実際とはどれだけ合つておつたか、その感じを話してみて貰いたいのが一つ、もう一つはあつちでは主として日本共産党があなたを教育したわけですね、そうでしよう。
  641. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 両方から……。
  642. 木下源吾

    ○木下源吾君 両方から教育された。今度還るときに何か任務を與えたかどうか、その三十人か五十人かの人が任務を與えたかどうか、その二つ。
  643. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 自分が一番日本に還つて來て、向うで考えていることと、又こつちへ還つて來てからの感想は、向うにおるときはまだまだ日本という国はこんなに発達していないと思いました。物貨もいろいろな物もこんなにあるとは思つていなかつた。一番感じたのは、宗教というものが一番先に倒れているだろうと思つたのです。その宗教がまあ前よりよく発達しているということは一番主に考えられたのであります。
  644. 木下源吾

    ○木下源吾君 その外に……。もう一つは、先つきあなたの言うた共産党で、向うで教育を受けて、教育というか、いろいろ何しておつて、日本へ還つたらばお前たちは何かどうするとか、こうするとか……。來るときには皆と一緒になつて還つて來たのでしよう。
  645. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) はあ、別に自分たち何十名か還つたのですが、共産党の方から日本に行つてこういうことをやれというようなことは絶対に指導を受けて参りません。ただ自分たちが、本当に自分ということを捨ててしまつて、そうして闘爭して呉れというようなことは、その日に言われなくてもずつと前から言われておりました。
  646. 北條秀一

    ○北條秀一君 証人の梁瀬美智子さんにお伺いいたしますが、あなたの御心境、現在日本に還つて來てからのあなたの氣持を聽きたい、満州にまだ沢山の人が残つているのですが、その中の軍の仕事をしている人は比較的安定した生活をしておつて、他の人は全く悲惨な生活をしていることはよく分りましたが、あなたは滿州に残つている人を一日も早く日本に還えすようにしたいと考えますか。
  647. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 自分の考えでは本当に一日も早く軍関係の方はそういう氣持もありますけれども、主に苦労なすつている人を一日も早く救つてあげたいという氣持であります。
  648. 北條秀一

    ○北條秀一君 軍関係の方もそうだというように言いましたが、軍関係に働いている人たちも一日も早く還えして上げたいという考えですか。
  649. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 自分の氣持としては、同じ日本人同志であれば還えしたいという氣持はあります。私の今の氣持としては、たとえどこで勤務しても同じなんだし、又向うでは本当に人民のために闘つている兵隊さんたちを看護しているわけなんです。今のところ日本の看護婦、お医者さんたちを皆んなこちらに連れて來ると、向こう方が困るということになつてしまうのであります。そうすると自分たちの希望通りの道に進めないということになつてしまうのじやないかと思います。だから私の氣持としては本当に全世界が独立されて、そうしてどこにでも行けるようになつて來るまで、そこで勤務して貰うし、又自分も日本に上つて闘爭して行きたいという氣持です。
  650. 伊東隆治

    ○伊東隆治君 梁瀬美智子さんの御家族の状態を一つ伺つて置きたいと思います。
  651. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 私の家は職人なんです。職人ですけれども父は亡くなつて、昭和二十一年に亡くなたつのです。自分の父は大体二十一、二才の頃から天理教という宗教に入つているのです。そのために父は全然天理教一方の宗教に入つて、家庭は本当に悲惨で、兄弟も多かつたのです。そういうために自分たちはとても苦労な生活を通つて來たのです。今度還つて來るまでは、自分に十人の兄弟がおるのに、二人の兄は奈良の方の天理教の学校に行つていますけれども、自分たちの家は職業という点で貧しい生活ではあるし、学校も卒業できなかつたのです。そのために自分は日赤の方に志願して行つたのです。今度還つて來てからも、自分が満州におるときも、本当に自分というものを捨ててしまつて、自分は一労働者となつて闘爭して行くという氣持で還つて來たのです。還つて來て見ると、自分の家庭が天理教という宗教であるし、姉やら又兄も皆天理教の教師としてずつと布教して歩いておるのです。そのために自分の現在向うを教わつて來た思想に本当に反対して進むということも現在のところ迷つております。
  652. 伊東隆治

    ○伊東隆治君 お母さんはおいでになりますか。
  653. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 母はおります。
  654. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 大体今の御心境よく分りました。尚御家族の状態も分りましたが、これは一言でよろしいのですが、あなたが向うにおいでになつた当時と、こつちへ還つて來た今の心境と、なかなかむずかしい問題かも知れませんが、やはり還つた方がよかつたと思われたのでしようか、或いは向うにおつた方がよかつたと思われたでしようか。
  655. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) 私の今の氣持としてはもう少し向うで学習して來た方がよかつたと思います。
  656. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 大体このくらいで質問はいいでしようか。
  657. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 今、あなたがもう少し向うで学習しておつた方がよかつたということになりますと、今中共地区にあなたは五、六万おると言われた、日本の内地の人は十二、三万おるというふうに常識になつておるのですね、そうするとこの十二、三万の家庭の人を入れると殆んど百万近い人が一刻も早く還えして頂きたいということで、血書もされれば大勢の五百人近いにが集團的に断食をされる、或いはいろいろな北海道から九州の廃まで都市といわず村といわず一日も早く還えして頂きたいという叫びが、実に悲痛な叫びであり、悲痛な祈りとなつておるのです。ところが今、美智子さんおつしやいましたが、いや私は還つて來たけれども、向うでもう少し勉強しておつた方がよかつた方がよかつたんでというようなお言葉を伺いますと、逆の結果大きなものが生れて來るのですね、そんな点をあなたお含みになつてどうこうということは別問題といたしまして、併し向うにお出でになつておられる人は一應やはり還りたいという氣持は一つぱいなんでしよう。
  658. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) それはあります。自分はもう少し向うで学習して來たいという氣持は本当に何万の中から自分たち少数の人が還えされた、まあそれもあるし、本当にまだまだ自分という理想が学習の浅いためにふらふらだという氣持が中には入つております。
  659. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 それはあなたが向うから看護の附添として還えされるときに、あなたのお友達や何か、あなた還ることになつてよろしうございますねというふうに羨しがられませんでしたか。
  660. 梁瀬美智子

    ○證人(梁瀬美智子君) いや、それはそういうことは絶対言いませんでした。ただ自分たちはまだまだ中共地区において本当に愛國人民戰線のために闘うから、あなたも日本に還つて闘つて呉れというような、本当にお互いがどこにおつても團結して通つて行きましよう、それだけのことだつたのです。
  661. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) 大体このくらいでよろしうございましようか。そうすると午後の喚問は必要はないでしようか、これで終つたことにしてよろしうございましようか。
  662. 淺岡信夫

    ○淺岡信夫君 よろしゆうございます。
  663. 星野芳樹

    ○理事(星野芳樹君) それでは在外同胞引揚に関する特別委員会の本日の会議はこれを以て終了いたします。    午後零時三十九分散会  出席者は左の通り。    理事            天田 勝正君            淺岡 信夫君            星野 芳樹君    委員            木下 源吾君            伊東 隆治君            小畑 哲夫君            木内キヤウ君            北條 秀一君            穗積眞六郎君            矢野 酉雄君   証人            梁瀬美智子君