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1949-05-14 第5回国会 参議院 文部委員会 14号 公式Web版

  1. 昭和二十四年五月十四日(土曜日)    午後一時四十九分開会   ―――――――――――――   本日の会議に付した事件 ○教育職員免許法案(内閣送付) ○教育職員免許法施行法案(内閣送付)  (右二案に関し証人の証言あり) ○職員安定法の一部を改正する法律案  に関する件   ―――――――――――――
  2. 岩間正男

    ○理事(岩間正男君) それでは只今から委員会を開会いたします。最初に今日のこの公聽会を開くに当りまして、簡單に御挨拶申上げたいと思います。証人の諸君には御多忙中のところわざわざお集りを頂きまして、今度新らしく作られますところのこの免許法案に対しまして、十分な御意見を承りたいと思うのであります。各界からの代表者の方がお見え下すつたのでありますが、その関係される面におきまして、十分に率直な腹藏のない御意見を反映して頂きまして、法案審議のために利するところあれば非常に幸いだと思うのでございます。実は正式の公聽会を持つ時間がないために、こういうような証人喚問というような形で今日の会が持たれたのでございますが、その実際の面は、公聽会と同じような性格のものでございますから、そういうようなつもりでどうぞ皆樣の十分な意見を御開陳願いたいと思います。尚形式上の問題でありますが、各証人の方に只今お手許に配りましたところの宣誓書を御朗讀頂きまして、それに御署名を願いたいと思うのであります。それでは只今からお願いします。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕    宣 誓 書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 澁谷 徳雄    宣 誓 書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 石山 脩平    宣 誓 書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 江口 泰助    宣 誓 書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 今村  彰    宣 誓 書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 金本東次郎    宣 誓 書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 古谷 史映
  3. 岩間正男

    ○理事(岩間正男君) 有難うございました。尚時間でございますが、大体一人十五分ぐらいの範囲でやつて頂きたいのでございます。では只今から始めたいと思います。最初に東京都立の立川教育委員会の事務局の学務部長をやつておられる澁谷徳雄君にお願いいたします。
  4. 澁谷徳雄

    ○証人(澁谷徳雄君) 簡單に、私実は現場に携わつております事務屋ですから、その角度で簡單に申上げたいと思います。実はまだ法案を細大漏さず研究しておりませんが、その前提でお話いたします。実は新学制ができましてから約三年になるんですけれども、いろいろ外の方法、制度ができましたが、教員の資格とか免許に関するものは遅れておりまして、その面から行きますと、今回これができますことは、私共現場におります者にとつても、非常に安定感ができまして、新教育の面からいつても一段とよろしいと思います。実は私共現場におります者は一日も早くこういうものができて欲しいということを感じておりました次第でございます。  この法案全般につきましては、大体から見まして妥当なものじやないかと考えております。ただ事務的な細かい点で二、三氣のついた点を申上げたいと思います。細かいことで恐縮でございますが、この教育職員免許法案の第二條の二でございますが、免許に関する所轄廰の問題でございます。これは公立の学校とか或いは國立学校の職員につきましては都道府縣の教育委員会、私立学校につきましては都道府縣の知事になつております。これは現在の私立学校行政と公立学校行政の建前からこういうふうになつておるんだろうと思います。  それからこれに関係して免許状を授與する授與権者でございます。これは第五條の二項です。ここでやつぱり私立学校の授與権者は都道府縣知事、それから一般の公立学校は都道府縣の教育委員会と、こういうことになつておりますが、私はこの教員の免許に関してはやはり一元的であつた方がいいのじやないかと考えております。こういうふうに同じ府縣内にあつて授與権者と所轄廰が違つておつた場合に、基準なり何なりが二元的になりはしないか、而もこれは同じ効力を持つものですから、できればこういうものは一元化した方がいいのではないかと考えます。併しこれは今の行政の建前からどうしてもそうでなければならない場合は、何か事務的な一元化されるような方法を講ぜられた方が妥当ではないか、こういう考えを持つております。  それから五ページの免許状の(種類)というところで第三項「普通免許状は、一級及び二級とする。」こういうことになつております。一級と二級に分れておりますが、これはこの法案全体の建前からして妥当なものとは考えますが、將來いわゆる教員の職階制というものができた場合に、そういうものと矛盾しないように考えて頂きたい、これは現場職員にとつては相当の関心を持つておるところだと思います。  それから七ページの六項でございますが、いわゆる中等学校以上の学校は、今度は学科担当の免許状ということになりますが、私共現場におりますと、これで教員の免許状が学科相当ということになりますと、現在の教員について相当事務的な困難が起るのではないかと思います。法案の建前としては当然こうあるべきであつて、こういうふうになることが望ましいとは思いますが、併し現実の問題としてこれをやつた場合に、各学校では教員の科目に相当する者が適正に配置できるかどうか、こういう問題が起りはしないかと思うのです。その点は十分お考えになつて頂きたいと思います。  それから十一ページの免許状の効力の三項で、臨時免許状はこの免許状を授與したときから一年以内、つまりこれは助教諭のようなものに適用になるのですが、これは一年になつていますが、一年ではちよつと短か過ぎるのじやないかと思います。東京の場合は助教諭のような者は非常に少くて、大体全体の一割二分くらいに当つておりますが、それでも島嶼とか山間僻地があるのですから、これは一年に限るということは、実際学校として(河野正夫君「三年以内ということになつております」と述ぶ)三年でございますが、三年なら大体結構だと思います。ただ一年になりますと、現実の問題としてはむずかしいのじやないか、これは成るべくやはり二年なり三年なりにして頂きたいと思うのです。  それから最後に第二十一條の罰則のことでございますが、一の、授與する場合に第五條の規定に違反しますと、やはり免許状を授與した者が罰を受けなければならんことですけれども、これは事実問題としてなかなか授與する場合に発見が困難じやないかと思うのです。これは警察とか何とかいうことですと非常に分り易いのですけれども、ただ教育委員会なんかで事務を取扱つておるものが一々これが発見できるかどうか、非常にやりにくい点じやないかと思います。以上甚だ事務的な問題で恐縮でございますが、簡單に意見を申上げました。
  5. 岩間正男

    ○理事(岩間正男君) 次に東京文理科大学教授石山脩平君にお願いします。
  6. 石山脩平

    ○証人(石山脩平君) 私の立場は主としてこれから教育職がにつこうとする、或いはつくかも知れないと予定されておる学生を教育するものの立場、それを主として自分の立場としまして、その点から特に関心を持つています四つの点について関想を申上げたいと思います。  第一は免状授與に関する問題でして、第五條の六号に当る、免許状を授與されない場合の一つの重大な項目であります。これはすでに傳えられたところでも相当に関心を引いておりますし、一部の学生の間には或る種の動きも見えるようであります。これが相当になりましたわけは、曾て治安維持法が惡用された記憶がある。それから又この法案が今提出されました現下の政局なり、或いは内外の情勢について、青年学徒が敏感に何ものかを連想する。そういうふうなことからこの條項についてはセンセーシヨンといいますか、そういうふうなものがあり得るし、現に多少あるように私は感じておるのであります。併しこうした過去及び現在の特殊事情ということから離れまして、これは一般的に原理的に見た場合には、これは当然こういう條項があつて然るべきだと私は思います。つまり法治國家としての國民の通念でもあり、特に全体の奉仕者という公務員の立場が教員職員に関してもここに適用されたわけであるし、更に國家公務員法でないところの公立、私立の教員も同じ意味でこういうような拘束を受けるために、立法技術的にこういうものが取られて來たと解釈される。そういう点に関する限り当然何ら差支ないと思います。ただ併しこれが先程の特殊の連想と申しましたが、そういうことが將來にも持越されまして、今後これが惡用され非常な惡い結果を生みやしないかという心配が当然出て來て、それで一種のセンセーションというようなことを起すのではなかろうかと思います。そこで問題はこれからの見通しということになりまして、非常に主観的なものになると思いますが、いわゆるこの当局者が、この場合授與権者或いはその背後にあるいろいろな当局者が、いわゆるファッショ的な傾向を露骨に持つて來れば、当然これは解釈の仕様によつて惡用される虞れがある。併しその反対ならば安心して然るべきである。どつちかという見通しでありますが、私はやはり一時の波といいますか、表徴としては多少の動きはあちこちあるかも知れませんが、大局から全体として素直に見通した場合に、私はむしろ樂観的な見通しを持つております。つまり曾てのにがにがしい経驗は確かに我々の記憶に残つておりますが、だから同じ失敗を繰返すということでなく、逆にその記憶があればこそ我々は曾ての失敗を警戒するだけの用意ができておるし、將來の若し人達もそういうふうに警戒して貰いたい。つまり曾て失敗したときの情勢と、これから我々が現に今作りつつある、これから作ろうとする情勢とは、大分違うものがあり。少くとも國会なり、教育委員会なり、地方長官なりが民主的な基盤に立つてできて來るわけであつて、又國民の常識としてもこの大きな戰爭の失敗を強く胸にこたえておりますので、そういうことから出発して將來を予想した場合に、恐らくこれは非常な監視と注目の下に置かれて、曾てのような惡用ということがないような努力が相当拂われると私は信じております。その意味で私はこれを困るとか惡用される可能性が多いとかいうようには考えない。  尚教職員という特殊な身分、これは私としては少し言い過ぎかも知れませんが、教育に関する仕事に当る人達が一体自分達が團体の結成や加入に関してぎりぎりのところ、どういうところまで限界を持つておるか、どこから先が行過ぎであつて、どこまでがいいのであるかということについて、これは相当はつきりとつまり暴力を以て破壞することを企てるという意味のところが正当はつきり示されておりまして、つまり暴力革命の意圖を持つた秘密結社的な性格がここに出ておるのでありまして、そうでない限りは決してこの法によつて処罰される、或いは免許状をやらないということにならん筈なんで、つまり教職員諸君が自分達の職責、立場から見て、どこまでが自分達に許された限界で、どこから先が越えてならないものであるかということをはつきり自覚すると同時に、從つて又その正しい限界内にあるに拘わらず不当な圧迫があつた場合には、やはり法律を楯に取つて抗議し抵抗することができるわけでありまして、そういう意味合で言葉は甚だ拙いけれども、教職員のそういつた方面における自覚認識を促し、一種の教職員の教育の機会にもなるかというような、そういう意味合で、甚だ樂天的に過ぎるかも知れませんけれども、この條文を惡いとは思つておらないのであります。むしろ当然必要なことだと思つております。  第二の点は、取上げに関する條文でありまして、十一條にありますが、故意の法令違反とか或いは教職員にふさわしからん非行とかこういうこと、これもむしろ常識的な法文でありまして、常識を現したと見ていいと思います。併しこれは現し方としては先きの五條六号以上に曖昧であります。現し方自身が常識的でありまして非常に曖昧であり、從つてこれも亦適用の仕方が惡いと甚だ危險なものがあると思います。從來教職員の身分についていろいろ忌むべきことができた場合に、はつきりと法規によらずして、漠然とデマが飛んで父兄がかれこれ言う、同僚が何か告げ口をする。それでいつの間にか事実が曖昧のうちに、校長の立場が困るとか、或いは本人の面目上今更このままおれんとか妙な曖昧の中に重要な身分が処理された場合が多いと思うのです。それに対してこの法律化された文章がどれほどの價値を持つかということでありますが、全然無價値ではないと思う。むしろ從來曖昧な空氣の中で処理されたことが、少くもこの法律に照じて処理されることになる、その意味で一種のよりどころがある。併しよりどころとなるべき法律自身がさつき申したように可なり漠然たる表現でありますから、依然としてその危險性が伴うわけです。從いまして十一條に関する限り私は甚だこれは困つたものだと実は思つたのでありますが、果してその次の十二條をよく読んで見ますと今申したような危險に対する防止の手順、條項が相当こまかに規定されておる。この規定がこのままいいかどうかということについては、私專門家でありませんで細かな技術は分りませんけれども、ともあれ或る具体的なケースが起きてこの法に照らして扱われる場合に、それが不当な場合にはここにありますように公開の口頭審理或いは証人或いはその事実その他いろいろな質料の提供というような、いろんな手段手法が認められているのでありまして、これによつと從來さつき申したような曖昧な処理をされたことが、公然とした場所において正確な証人なり事実審理に基いて判断されるという、そういう一つのはつきりした途ができたわけだと思うのであります。このこと自身が又教職員に対する一種の民主的なやり方というものが保障されて來たように思う。私その意味でこの十一條、十二條、両方合せて見てやはりこれは当然だし危險も十分防ぎ得るというふうに考えます。  第三に申上げたいことは、先程澁谷さんからもお触れになりましたが、一級二級という差別、或いはもつと言えば仮免許、普通免許臨免というような一種の差別、この差別等級というようなこと、これもやはりこれから教職につく者としては一種の関心事だと思うのであります。これは実は從來といえどもいろんな差別がある。これなどと比べてどつちが複雜か簡單かということは明確には私まだ比較して見ませんが、外観から見ていろんな新らしい言葉があるために非常に複雜なように見えますけれども、内容はまあ割合單純なものじやないか。而も狙うところはいわゆる一級の普通が狙いであつて、できればそこに全部行けば申し分ないわけである。それによつて立法の根本目的たる教職員の資質の向上ということが目指されるわけでありまして、そのレベルを高める意味からいえばその最高の等級がむしろ普通になるべきである。そんなことを言つても実際問題としては今困難でありますので、いわば現実の必要から止むを得ずそんな二級というものができ、或いは又仮というようなものも必要になつて來まして、これは全く現実の必要と理想の狙いとの両方から、いわば止むを得ず出て來た差別であり等級であるように思うのです。ただこれについて將來教師になろうとする者が氣にするのは、大学を出ただけでは俺はまだ高等学校へ行つたら一級になれない。まだあの先生は二級だ、あの先生は怠けておつていつまでも一級になれないと、こういうことを生徒自身が考えたり、そういう意味から教師自身の評價をするようになると甚だまずい。ところがこれはそういう心配もないとは言われませんが、將來の私の貧しい経驗から申しましても、一体教師の官等とかいうようなことは殆んど兒童生徒には無関心であつたといつていい。それはいわば國家がそれを扱う便宜上裏からこの尺度で計つておつたのでありまして、表からつまり教育の実践そのものにおいては、兒童生徒は何ら感じないし、又教師も、兒童生徒に接する限りにおいては、その等級というようなことを徴章してつけたり鼻にかけたりするものでありませんから、全然それは意味のないというようりも、問題にならなかつた。というのはよい教師であればある程自分でも実は等級など忘れちやつて、必要があつて事務室で聞かなければ分らないような、これが本当のいい教師であつたのです。これを考えますと背後から國家の必要から抑えておる現実が、表に子供に対する関係において出て來るということは、出て來ないような方策が十分立て得るし、又教師のこれに対する態度、出て來ないようになるのが理想だと思う。この意味でこれは事務的といいますか、そういう意味でこれはこのままで結構であると思います。実際の癌として憂えられている点は今申したような眞の教育実践の具体的な姿から私は想像して、これはそう氣にする程の弊害はない。何でも是認するようで甚だ申訳ありませんが、私は以上三点に関して原案は私流の解釈によつて別に難点はないと思う。  ただ第四に申上げたいことは、これは難点というよりも注文でありますが、主としてこの大学において教職課程を修めさせて、そうして或る資格を得させるわけでありますが、教職課程に関する單位の要求であります。小学校二十五、中学校、高等学校二十、実習を含めてとありまして、この單位の新らしい計算と從來実際に免許状を與える場合に、大学辺りでやつておつた講義の分量などと比べて見て、その分量自身においてはそんなに苛酷な要求ではない。幾らか從來よりか重くなつている。これは資質の向上から見て当然と思いますけれども、そうひど過ぎる程重くはない。ただ問題はこの細かい内容を省令で規定されます場合にどういうものを置かれるか。課目を非常に沢山並べられてこれを小きざみに片つ端から取らなくちやいけない、その合計が二十幾つになると、つまり種類を多くして、それを今すぐ要求されますと、いわゆる教員養成を主とする大学においては大体間に合うと思いますが、当分の間はそうでない大学は教育学科、教育学部を持つておつて教職課程をかろうじて満たそうという場合に、実際の講座の内容、つまり講義の内容としましてはそんなに沢山の種類をいきなり揃えることはできないのであります。ですからこの内容につきましては若し決められます場合に、そういう教員養成を主としない大学で尚且教職課程を持ちたいという場合をも考慮されまして、これを具体的にお考えになつて沢山の課目を並べても取り方については、融通がきくように、これは永久でなくて当分の間融通がきき得るような決め方をして頂きたい。そうしなければ今日國立大学を急に沢山作つて、而もその教職に関する何かを置けというような注文を一方でしておるわけですから、その内容自身に無理がある。それで却つてごまかしのようなことになる虞れもある。やはり実情に即してそれは融通できるようなふうに省令の方を規定されたらいいかと思うのです。まあ私は要するに大局から見て素直な解釈という点に重きを置いて、自分もそう考えますし、学生達にもそういう意味で説明をしたいと思つておるのであります。以上であります。
  7. 岩間正男

    ○理事(岩間正男君) 次に小学校の立場から長崎市伊良林小学校教諭江口泰助君にお願いします。
  8. 江口泰助

    ○証人(江口泰助君) 私は十数年教育の現場におりまして、実際の面で私の周りに発生したところのいろいろな事柄から考えまして、特に具体的に申しますと、いわゆる我々は教員仲間が卑屈な因循な氣持を持つようになつた最大の原因は、封建的な支配制度、封建的な教育行政制度の中において教員がそういうふうに歪められておつたということは爭えない事実なんであります。私は私の周りの現実に幾多のそういうふうな事例を知つております。その風習その感じは、今戰爭がすんで、民主主義だといわれる今でさえ、やはり教員の心の中には強い一つの支配力となつて残つておるわけであります。そういう観点から見たときに、私は希望的な観測で以て、この法律を是とするわけには行かない点があるわけなんであります。でその点につきまして私申上げます。  今言いましたような現状から申上げまして私は先ず第十一條を上げて見たいと思うのであります。この十一條は免許状を有する者が、法令の規定に違反し、そこまではともかくとしまして、「教育職員たるにふさわしくない非行があつて、その情状が重いと認められたときは……免許状を取り上げることができる。」とこうなつておりますが、それからその次には、現に職にある者については、懲戒免職の処分を受け、その情状が重いと認められるときに取上げる、こうなつておりますけれども、私はこの点につきましては、非常に異議があるわけなんであります。で私が今申しましたように、視学或いは教育行政官という者に対して、もつと手近かでいいますと学校長というような者に対して、教員がその自主性を失つて隷属感を持つて接しておるときに、今でも現にそれはあるわけなんです、その中で私はこういうふうなその判断のしようによつてはどうでも取れるような語句を以て、法律の中で規定しておるということがうなずけないのであります。これは教員の道徳性に任せて、或いは監督者の考えに任せてやるような一般の処分とはこれは違うわけであります。法律の中に明らかにはつきりと規定して、而もそれに対しては免許状を取上げる、免許状の取上げ規定ということは、これは教員の正に致命傷に当るわけなんです。教員は免許状を持つてをればこそ、生存して行くんです。その生存して行くのは免許状に頼つておる。その生存権まで奪うところの免許状褫奪のその條件の中に、如何ようにでも解釈できるよう語句を抽象的に入れておるということは、私共現場に十数年生活して來まして、私の身の周りにあるところの現実のいろいろな問題を思い浮べて見たときに、こういうふうな語句があつたがために、一方的な解釈によつて処断された者が沢山あるわけなんです。で現実に私は経驗した点から見て、この点は考慮して頂かなければならない、全然削除すべきであるとは申しませんけれども曖昧な、判断するところの権限を持つた人の判断のしようによつては、どうでも取れるようなところに入れて貰いたくない。今石山先生のお話にもありましたけれども、これはときの権力者の判断、日本が軍國時代にあつたときには、軍閥の判断によつて治安維持法や、警察犯処罰令が惡用されたわけです。この現実は、いつ如何なる場合にも惡用される。教育に自由を與え、自治を與えるというようなことは、教権を確立するということは、はつきりと誰でも考えておることでありながら、こういう法文の中に入れるときには、その点を思い浮べずして、ときの権力者に自由が蹂躙されるような曖昧な語句を入れるということは、私はとても納得できません。これは取つても差支えないことなんだ。取つても差支ないことであるならば、こういうような曖昧なことは私は削除すべきであると考えております。  それからそれに関連いたしまして、十二條に、授與権者が免許状を有する者に対して処分を行うときには、説明書を交付したり、口頭審査をするようになつておりますけれども、これは実におかしな形であると私は考えております。例えば教育委員会が私の免許状を褫奪しようとするときには、一ケ月前に私に対して説明書を交附する。その説明書の作成は教育委員会が持つておるわけであります。教育委員会又はその下にあり事務局の人達の判断によつて、私から褫奪しようというところの理由書を作るわけなんであります。ところがそれに対して反証を出した場合、その反証の判定並びに説明書、反証つき混ぜたところの最後的判定を、その説明書を作るところの教育委員会、授與権者に與えておるということは民主的でないと考えておる。この点につきましては、国家公務員法によるああいうなうな審査の仕方も考えられましようが、これは事前審査を規定しておる。この事前審査には賛成します、非常に賛成でありますが、その審査権者を授與権者にしておるところに、もう少し考慮を要するところがあるはしないかと考えております。  それからその次に、第十四條に参りまして、教育職員が第五條第一項第三号、第四号若しくは第六号、ここまではどうにか、若し第三号、第四号、第六号があるとするならば、そこまではうなずけるわけですが、先刻十一條について私が述べましたように、十一條の中に、曖昧な教職員としてふさわしくない非行があつた場合、こう書いておるわけであります。そのふさわしくない非行があつた場合に、所轄廳が、これを授與権者に報告しなければならないということ、そうするとこれは教職員としての非行の範囲が曖昧であります。その曖昧な判定に基いて、それを一々授與権者に報告するということは、私は正に教職員に対する憲兵制度の非行であるとしか考えられない。私はこの立案者のお考の中には、どういう基本的な考えがあるかも知れませんが、とにかくもう少し一應教育も人間にならして頂きたい。人間性を失つたところの、初めから型に嵌つたところの、いわゆる霞を喰つて生きておる人間だという印判を、人間性を忘却してそういうふうなタイプを與えるというところに、私は教育の破壞の悲劇があつたわけだと思う。それでそういうふうな基本的な考えからいつて、もう少し人間性を教員にも與えて頂きたい。私々日常に所轄廳に睨まれ、非行があつたならば報告するぞという法律に規定された脅迫を以て我々は迫られなければならない。我々もやはり酒を呑みたいわ、酒を呑んで醉ぱらつて道端に轉がつておつた場合、これは教員として非行であるといつて判定されて免許状を剥奪されたのでは、これは生存権を脅されることになる。そういう曖昧な語句のことを基にしたこういうことについては、私は賛成できません。  それから所轄廳とありますけれども、この所轄廳というものの解釈は、どういうようなものであるかということは、所轄廳は、一番初めの第二條でもたかにありましたけれども、この所轄廳の解釈が非常に、又幅がある。これは一應市町村の教育委員会かとも思われますけれども、今御承知の通り、労働組合法の第二條によつて、校長も教員と同じような組合に入ることができないというようなことが、若し將來できたとしますならば、正に校長は使用者の利益を代表するところの行政権の一部を付託されたものになる。そのときに我々の校長までも我々を憲兵的に監視する役目となつたならば我々としては安んじて教育に携つて行くことはできません。そういうふうなところが残らないような形に、何らかの処置を講じて頂きたい、こう考えております。  それから最後に一つ申上げますが、石山先生もお述べになつておられたようでありますが、校長の免許状は普通一級免許状を取つた上に校長免許を取れば校長免許状を與えられるわけであります。この校長免許状には小、中、高の差別はないわけであります。ところがその校長の免許状を貰うまでの間の普通免許状には明らかに小学校、中学校、高等学校の差別がある。そうしますと小学校の教員を二十年間して校長の免許を取つた場合に、その校長は免状は高等学校や中学校の校長になれるけれども、形においては……。現実において小学校の校長にしかなれないというような現実が生れて來ることは明らかである。そうするというと、校長の免許状は理想的には小、中、高を通じておるに拘わらず、現実にはやはりどうしても今まで自分が生活していたところの学校の校長だけにしかなれないというようなことが、私は生ずるのじやないかと考えているわけであります。そういう点から考えまして、折角立派な校長の融通性を設けているのでしたならば、私は小学校でございますけれども、せめて小学校、中学校、或いは中学校と高等学校、或いは小学校と幼稚園というようなところには、融通つくような資格を取るような、大学における学習の單位制度を技術的に操作できないものであろうかということは、これは非常に立案者は專門的な立場から考えてどうしても單位の融通をおつけになれなかつたかと思いますが、もう少しやはり幅をつけて頂く方が、私はいわゆる從來の教員の臭味、小学校、中学校、高等学校の先生のタイプ、師範学校の先生のタイプ、臭味というようなものがとれて、幅廣い数養ができるのじやないか、こう考えております。その点の融通性を考慮して頂けないものだろうかと思います。  その次に今度は免許状に関連しまして、免許状に一級、二級、仮、臨時とありますけれども、私はこれは國家が事務的な都合でとおつしやられていたようでありますけれども、私はこれは現場におつた人から考えますというと、重大でないということはありません。これは昔は下駄箱までも先生の俸給順によるところの序列が設けられておつたわけであります。そうして生徒は高学年になると下駄箱の序列を見て誰先生は誰先生より月給が高い、誰先生より下だというようなことが現実にあつた。それは観念的に美しい師弟の間の教育愛を思い浮べて、或いはそういうふうな希望的な観測、希望的な判定で以て割切つて行つたならば、そういうことは考えられないけれども、やはり物心のつくところの高学年とか今の新制中学の生徒になりますと、確かにそれはあります。特にそれを持ち帰つたときに父兄が、今度來たところの先生は二級の先生じやないかというようなことも言いましようし、一学級は一級の先生が持つている、二学級は仮免許の先生が持つている、だから家の子供は二学級にはやらない。一学級の先生に何とかということは現実にある。その父兄の話が子供に傳わつてみた場合に、子供の心理にいかなる影響を及ぼすかということを考えて頂きたい。これは現実にある問題であります。それから今は成る程ありませんが、教員の序列の中には、あの俸級表でも何でも頭から校長から教頭から順をとつております。それが教員の中においてさえもそういうふうな感じがあつたわけなんです。年取つた檢定上りの先生が若い師範学校出の先生や大学出の先生から見て俸給が安い。而も序列が下に書かれているとこれは非常に不満である。やはり教員も人間なんですからね。教員の中でさえそういうような感じは可なりある。今ではそういうようなことはさつぱり取除かれております。大分取除かれているだろうと思う。私がタツチする限りは俸給順とか序列順というものは小学校では考えておりません。これは学年担当順は考えられております。そういうようなことは私は非常にいい傾向だと思います。これは旧來の弊を教員自身が察知しまして、感じまして、一切そういう弊を取除いて、今では私自身でそういう差別をつけないように、つとめて努力しているわけであります。そういう点から先刻もお話が出ておりました將來の職階制ということから考えて、果して教員に職階制が妥当であるかどうか、この点はまだ未解決の問題で、恐らく文部省当局のお方でも教員に如何なる形で職階制を設けるべきかということは、相手が生きた人間を取扱うところの教育者に対するそういうような段階制というものは、非常にこれを苦慮されていると思う。そういう点から考えても私は今早急に一級、二級、仮というような段階を設けるということには肯けないものがある。けれども大学一年卒業した者、二年卒業した者、或いは檢定の者を段階を追つて與えて行かなければならんとおつしやるならばそれは何とか他に方法がある。私は將來そういうような大学一年、二年でもいいというような一つの抜け道を講じておくことはこれを切換えをする施行法の場合だつたら肯けるかも知れませんが、この根本法の、本則法に頭からそういう一つの抜け道を、「たが」を緩めておいて規定しておくということが私はどうしても納得が行きません。だから何とか移行措置とか或いは施行規則の上ではそういう途はあるとしても、將來立派な教員養成制度の上から養成されたるところの教員だけは普通一本で大きく打出して、教員の素質の向上と、どうしてもぎりぎりここまで行かなければ教育はさせないというようなところまで持つて行つて頂けないだろうかということを考えております。以上わざわざ申すに当らないことを申上げましたが、それだけ申上げたおきます。
  9. 岩間正男

    ○理事(岩間正男君) 次は中学校の立場から、愛媛縣宇摩郡三島中学校教員今村彰さんにお願いします。
  10. 今村彰

    ○証人(今村彰君) 今村です。私が今から申上げたいと思いますのは、この法案の中で一番惡いと思うところ、一番いけないと思うところ、そこが第五條の第四号と第六号、特に第六号でございますが、第六号には三つの点から申上げたいと思います。第一点は特に第六号が憲法を冒涜している。一体暴力を以て政府を顛覆させるような政党が現存しているのか。今の政党法でそういう政党を認めているかどうか、この起案者、提案している政府の諸君は一体どういうことを連想して第六号を入れているのか。そういうように非常に疑義を持つわけです。これを素直に読んで見ても基本的人権を剥奪するようにできている。政党に例をとりましても、全く反対に政策の異なるところの二つの政党は熾烈な抗爭を行うということは、これは当を得た当然なことなんです。そういう場合に抗爭してそうしてよく我々過去において見るように、反動政党が最も陰險で巧妙にやり相手を圧迫するやり方は、相手を煽動して暴力化さして却つて誘発することによつてそういう既成事実を作つた上に、がつんとこういうふうに覆滅してしまう、こういうやり方が我々としては連想できるわけです。大体暴力行爲をやるとか暴力によつて政府を顛覆させるということはこの免許法案の書くべき筋合のものでない。一体そういうこと自体は、そういう政党なり團体なりというものは、現在の憲法においては存在が許されないわけなんです。それを敢てここに入れたということは明らかに憲法を冒涜するものである。或いは基本的人権を侵害すると言わざるを得ないのであります。私は恐らくこれを提案しておる狙いははつきりと我我教職員の政治的な自由を奪う、教育の自由というものを拘束する、そういうことが狙いだとこう率直に認めざるを得ないのであります。前に或る証人が証言した中に全体の奉仕者である以上、相当の拘束なり何なりがあるということは当然である。こういうふうに言われましたが、私は当然公共の福祉或いは全体の奉仕者といえども、憲法で保障されたその基本的人権をも奪われるように法律があつては、決してこれは公共の福祉にならない、一体公共の福祉というものは我々の基本的な人権を奪つてどこに公共の福祉があるかということを申上げたいのであります。明らかにそういう観点に立ちましても、これの狙つておるところは教育を昔のような翼賛会教育なり、或いは反動化させる、こういう狙いが多分にある。そういう点で絶対にこの條項は抹殺しなければならんと思う。  第三番目にこれを若し通過させた場合、一体どうなるか。これは民主的な文部委員の各位に篤と現在の情勢を知つて頂きたいのですが、現在学生諸君が切なる抗議のストライキを実行しておる。或いは五十万の教職員諸君もやがて二十日から飯坂で全國大会をもつて、このことに対して絶対反対の鬪爭を行うことを中央執行委員会ですでに決定しておるのである。こういうような直接このことに関連のある諸君が総意を挙げてこれに反対し、そういう不必要な、何というか紛爭が起りつつある情勢下において、敢てこのことを強行するようなことがあれば、これは非常に憂慮すべき事態になるのではないかと思う。そういう観点を御承知頂きまして、この第六号に関する限りは絶対に抹殺して頂きたい。で尚第四号の「禁こ以上の刑に処せられた者」に免許状を出さない。これも抹殺して頂きたい。これが一旦刑を終えた者を、それに対しても尚且つ彼らが基本的人権を與えない、こういうことになる。尚百歩を讓りましても、学校教育法の第九條の第二号の中に体刑六年の刑に処せられた者はなれないとある、それよりももつとこれは締めつけておる。そういうわけで第四号、第六号に関しましてはこれを抹殺して頂きたいと思うのであります。專門家である文部委員の各位には、この條項が明らかに基本的人権を蹂躪した、新たな反動化ということを招來する條文であるということはよくお分りと思いますので、是非お願いしたいと思うのです。私の今申上げましたこの二つの項目は私ばかりでなくて、私の同僚である日本教職員組合の五十万の諸君の正式の機関においても私の主張を入れて、このことの抹殺に全面的に賛意を表しているわけであります。非常に簡單でございますが、私はこの法案の中のどう考えても最も惡いという点を指摘いたしまして、これを抹殺して頂くように御意見を申上げたわけであります。
  11. 岩間正男

    ○理事(岩間正男君) 次に高等学校の立場から宮城縣古川町古川高等学校の教諭金本東次郎君お願いいたします。
  12. 金本東次郎

    ○証人(金本東次郎君) この免許法は可なり合理的に或いは科学的なというような立場に立つているといわれておりますが、むしろ私の考え方としては余りにも神経質的になつておると、こういうふうに考えます。如何にも教員の資質を向上させて教育能率を上げるということは誰しも望まないものはないのであります。從つてその措置をとるということは当然考うべきでありまするが、先程江口君からお話がありましたような教員の從來の考えからして、若しこれが誤つて教員に使われますならば、一級、仮より、二級がいい、そんなふうに変るというふうになりまして、自分の身分とか資格とかいうことに教員が專念します。氣をとられるようになつて大事な教育にとかくの隙が出ては困る、こういうことを考えるわけであります。從つてこの制度そのものを生かすために、当局ではこれらの事柄を單に教員にだけその努力を求めないで、政府或いは行政官廳ですか、それがそのカバーを十分にやるべきであるというふうに考えます。現在の教育の情勢から考えましても、折角できた六・三制のような新学制でもいろいろ法律を理想的に作る、その作ることは誰でもできることなんです、はつきり……。最も理想的な法律は最もたやすくでき上る。併し現実のそれに伴わないときは、その理想的法律は却つて有害で、この点において教員の資質の向上在いは保持のために、種々の設備というものは当局は十分考えるべきである。これを御審議になる場合にも附帶決議なり、当局のはつきりした意向を確めて御審議願いたいと、こういうふうに考えるわけであります。  それから養護教育に関連することでありますが、養護教諭の資質も相当向上というものを狙つております。例えば甲種看護婦の免許状或いは乙種看護婦の免許状であるとか、それが前提になつて、而もそれが更に一ケ年文部省のいわゆる規定するところの教員としての教育を受けなければならない、これも結構であり理想であります。併し現実に養護教諭に対する政府のやり方はどうかということを考えましても、これは全く理想である。現に現実の養護教諭の養成機関というものは九校である。それ以外の点は私立の病院であるとか、そういうところに大体行かれる恰好になつて、甚だ養護教諭の養成は成り立つておらん。現に今年の養護教諭養成機関に対する政府の予算は皆無であるといわれております。そうすると、こういう一方理想的なものを作りながら、実際では裏付けを全然しない。誰が一体その責任をとるということになりますと、大きな問題が出て來ます。從つてこの点につきましても御審議なさる場合には十分に裏付けということを考えて頂きたい。我々は飽くまでも養護教育、養護教諭の質の向上勿論望むところであります。その裏付けを望むわけであります。  それからこれも関連しますが、一旦奉職している、現職についている者が子供達を相手にしながら、自分の勉強をするということはこれは容易なことではない。子供を教える勉強は勿論よいのですけれども、明日の教科のために、明後日の教科のためにする勉強、或いは今日子供達と一緒にやることはよいが、それ以上の上廻つたところの大学程度或いは大学における程度の高いものをやろうということは、相当困難でありますにも拘わらず、この法律の中には取得單位の数が甚だ多いのじやないか。例えば一年間十單位取らなければいけない。一年間十單位は一番短い時間で百五十時間、一年間子供を相手にしながら百五十時間も、いろいろな向上のためにあれをするということは容易なことでない。從つてこの点はもう少し軽くして然るべきだ、その代り外のものにおいて、それをカバーする施設をするのが行政官もすべきであり、政府もやるべきことである、こういうふうに考えます。  それから罰則規定でありますが、さつきも言つたのでありますが、免許状がなければ教育職員になれない、又学科でいいますと相当数の免許状がなければその職につけないということになつております。違反すると相当重い罰則が規定されておる、これも考えなければならんと思います。免許状というものは單なる手続規定の事務的なものと考えていいのでありまして、そこえこういう大きな面も苛酷に過ぎるような罰則規定を入れておるということに対してはどうも賛成しかねます。この点で罰則規定は全部とはいわず、二十二條のごときは当然削除して然るべきであると思います。  それから先程江口君からも聞きましたが、教育委員のこの面との関係が、教育のいろいろな点に相当影響することは、これは言うまでもないことでありますが、その際にわざわざこの第五條その他にあるような該当事項があつた場合或いはその他処罰するような條件と認めた場合に、学校又は都道府縣の授與権者に報告しなければならないという一つの條文を入れることは実にこれは危險である。こういう條文がなくとも、教員の一挙手一投足というものは、結局御承知のように社会的に当然批判の的になるのであり、決して隱れておるものではない、從つて監察的な制度、法律的な制度で規定することは止めて貰いたい。この点は削除をして貰いたい。それからこれはちよつと問題を外れるかと思いますが、現在教員の志望者、志願者というものは甚だ少い。或いは現に二十三年の師範学校の入学などを見ても、殆んど定員に満たない、二次、三次の募集をしておるところはざらにある。これでは如何に理想的な免許状を作つても、そこへ入り込む者がすでにこういう状態であれば推して知るべき教員の素質にならざるを得ないのであります。これは帰するところ教員の生活状態なり或いは社会的に教員に対する見方なりというものに対して、もう少し深い認識を以て見なければならん。それをただ一片の免許状の法律をきつくすることによつて、そういうものを作つて行くということを如何にも面白くない、この点も考慮していいと思います。  それから最後にこの法律の中に流れておりまするものを見ますと、事務官僚の方に、より有利な面が可なりある。現に実際の例といたしまして、この免許法の三十頁でありますが、教育長の仮免許状というところに、その資格として「官公廳又は私立学校における教育事務に関する職」に勤めた者は五年で仮免許状が貰えるようになつておる。これは一般には教育長の仮免許状は教員の一級免許状でなければならんというこの條項であります。官公廳の教育事務に関する職、或いは私立学校における教育事務に関する職、これは何ら定義がないのであります。例えば官公廳でいうならば課長であるか部長であるか、私立学校であればどういうものを意味するか、要するに教育事務に関する職であり管理する立場にあるということは一應肯けますけれども、これだけの條項で以て教員の一級、而もこれはやはり五年教育しなければならんものと同じにして、第二段を空白にしてやつておるというようなのがこれはいい例でありまして、全体に流れておるところのものに可なりそういう官僚の優位性がある。教育長とか校長とかいう者は、我々の考えでは事務的な手腕や或いは才腕も必要かも知れませんが、現実にはやはり教育者として教育の道に特に携つておる人がそれぞれ就任すべきである。又門戸開放廣く機会を與えるという意味からすれば、私は勿論こういうものもいいかも知れませんが、そうすれば教員の場合にもそれを拡げて、もつと公平な立場でやらなければならん。先程申しました通りこの中に流れておりますところの事務官僚の優位性というものが一つの流れとしてありますから、その点を十分に御審議頂きたい。我々は曾て教育委員会法の問題にぶつかつたときにも、やはりあの中にその当時の事務官僚がそのまま引継いで入るということに対して、絶対に反対したのでありますが、如何せん、これはやはりそのまま通つた。こういう制度は將來に禍根を残します。この点について十分御審議して頂きたいと思います。他は前者或いは江口君の述べたところに全面的に賛成する者であります。簡單でありますがこれで私の話を終ります。
  13. 岩間正男

    ○理事(岩間正男君) 次に特殊学校の立場から東京都立聾学校教諭古谷史映君にお願いいたします。
  14. 古谷史映

    ○証人(古谷史映君) 私は特殊学校の教員としての立場から申上げるので、以下申上げることはただ特殊学校のことに関してだけでありますが、併しその他の全般の教員の免許法のことについては、只今まで申された前五者の方とおのおのその考えを同じにするのでありますから、その点別に言わないから特殊学校の教員はそういうことを感じないであろうとこういうふうな考え違いをなさらないようにお願いいたします。  特殊学校の面についてはこの教育職員免許法の十四頁の十七條に「盲学校ろう学校又は養護学校の高等部において、特殊の教科の教授を担任する」云云ということが書いてあります。併しながら現在全國に盲学校七十五校、ろう学校七十六校ありますが、これらの学校の悉くが高等部まで全部設置しているとは言えないのであります。併しながら御承知でもありましようが、盲学校ろう学校の教育に関する限りは彼らを職業的に陶冶して、学校を卒業するときには、たとえ中等部を出るときにおいてもその職業教育を或る点まで授けて、自活できるような立場に置いてやらなくちやいけないというのが、現在までの乃至は今後においてもそうだと思いますが、そういう強い欲求の下に彼らを教育しておるのであります。そうなりますると高等部においてだけ、例えば理髪科の先生とか、或いは竹細工の先生とか、或いはその他特別の職業科に関する教員については、高等部においてだけ、こういう措置をされるのでは足りないのでありまして、「中学部及び高等部において」とこういうふうに是非御訂正が願いたいと思います。  それから施行法の十頁の第三條に「前條の表の第二十二号及び第二十三号の規定により、盲学校又はろう学校の教員の免許状の授與を受けた者については、当分の間」という言葉が載つておるのでありますが、現在までのろう学校並びに盲学校の教員養成機関その他の制度から考えまして、それらのものが現在の日本全國の盲学校ろう学校の教員の主体をなしておる関係上、この「当分の間」というのが入つておる限りは、日本の盲教育或いはろう教育はこの免許法が適用されるにおいては、非常に不安な状態に置かれて教育が低下するかも知れないということを私はここに強調して、参議院の皆樣方の注意を特に喚起いたしたいと思います。勿論法律には「当分の間」といつて、三十年も或いは四十年もが、当分の間であつた例がなきにしもあらずですが、併しながら現実に現在職に就いている者からいいますと、この当分の間ということがあることによつて、自分達が近き將來において非常に不安な状態に陷れられるということを想像することは、これはそれらの人の身になつてみれば直ちに分ることではないかと思います。現在の職についている教員を優遇しようというこの立案された方達の意向については、我々も十分了解するのでありますが、併しながらこの当分の間という字は、そういう意味においても是非取つて頂きたい。後にいろいろ優遇されておりますけれども、この当分の間ということがあるために、非常な不安を全國のろう盲学校教員に與えることは、私がここでしやべる必要がないと思います。  以上二点は文章上に現れている面から申上げたのでありますが、最後に一つだけ申上げて、御審議の御参考に供したいと思います。それは現在のろう学校、盲学校が、殊に私はろう学校の関係でありまして、普通教育に約六ケ年、その後特殊教育に十四、五ケ年籍を置いておりまして、約二十ケ年の教育経驗を有し、それらの諸君の間に入つていろいろな接触をしている者で、先程來申上げていらつしやる各学校の先生方の、普通教育の面においても一應の理解は持つているつもりでありますが、ろう学校、盲学校へ在職して一番不愉快に感じることは何であるかと申しますと、これはただ單に私一人の不愉快さではなくて、現在のろう学校、盲学校の教員諸君がすべてそういうふうに感じていることなのであります。そのことは我々の組織している機関を通じて、すでに意思表示もされていることでありますから、御承知の方は御存じかも存じませんが、とにかく特殊教育というものと、普通教育というものとは非常に違いがあるということ、これは特殊教育者である私が申上げると、我田引水のようにおとりになるかも知れませんが、私は普通教育にも五、六ケ年の経驗を持つておりますので、決してそういう我田引水的なものの考え方、言い方をしているのではありません。現在のろう学校、盲学校の教育が、余りに進まない一つの原因としまして、我々はこういうことを考えざるを得ないのであります。それは皆樣方は校長というものは別に教育の内容について触れるものでないから、特殊教育の出身者、経驗者、乃至は研究した人でなくてもいいのだ、校長は他の行政面に手腕のある者を持つて來べきだということが、現在あちこちの府縣においとも言われているのであります。併しながら新らしい校長が例えばろう学校へ來た場合に、そのろう学校の子供にものを言わせて、我々と同じ話の言葉を使つて、我々と同じ思想、感情を交流させるようにする、それらを称して交話法と申しておりますが、その交話法を呑み込んで、聾唖の子供の言う片言のようなその言葉が十分に分り、又その素人の校長がその聾唖の子供に分らせるようなお話の仕方をするには、少くとも二、三ケ年どうしてもかかるのであります。その間その教頭なり、或いは職員なりは、その校長に特殊教育を理解させるために非常な努力を拂わなければならん。そのためにその学校のその他の面におけるすべてのものが停止すると申上げれば、聊か過言のようにも聞えますが、私はこのことは敢て過言ではないと思います。それらのことがあちこちの学校に事実として巻き起つている。そのために我々全國の同僚は糾合しまして、校長は素人から入れないで、例えば普通学校の教員、或いは縣廳の視学とか、そういう者が多く校長になつていたのでありますが、そういう人達は入れないで、現職の教員の中から優秀な者を選んで校長にして呉れという要望を、昭和十七年以來叫び続けて参つているのであります。そのことがこの教員免許法の中には何ら盛られていない。而も教員においてはそのことを強く要求しているのであります。普通の小学校の免状を持つているものの上にプラス・アルファーの特殊教育をしてろう学校の教員にする、或いは高等学校の教員の免状を持つているものの上にプラス・アルファーして、然る後にろう学校の高等部の教員にする、こういうふうに考えられているのであります。私共はこのことに関しましては全面的に文部省の立案に対して賛成するものであります。併しながらもう一つ上における面においては、教育行政に携つている文部省の方々には、我々特殊教育に携つている現場の者の心理、この現場の教育の向上という面はお分りにならないと存じます。そういう面においては私は我田引水では絶対にないことを、ここに良心の名において申上げて、この点を深く考慮に入れて、参議院の文部委員の方々の御審議に採入れて頂きたいと思います。  そのことともう一つ今から申上げることとの間には矛盾があるのですが、皆樣方の非常な御盡力によつて昭和二十三年より、我々の先輩が三十年來叫び続けて來ました日本の特殊教育は、漸くにして世界並に義務制が実施されるようになりました。而も昨年度乃至は昭和二十四年度における全國の状態を見ますと、どの学校においても、二学級乃至三学級ずつ現在までよりも学級を増加しなければならない状態に立至つております。これは甚だ教員不足の折柄非常に苦しいことでありますが、これこそ嬉しい悲鳴というべきでしよう。このことについては我々特殊教育に携つている者として、ここにいらつしやる皆樣方に心の底から感謝申上げたいと思います。こうした時期でありますから、理想としては今まで申上げましたような普通教育の免状にプラス・アルファーしたものを特殊教育における教員の免状にされることに全面的に賛成すると共に、ここ当分の間だけは、小学校乃至中学校の免状を持つている人は、直ぐ樣ろう学校或いは盲学校の教員になることができるように、この義務制が実施された去年、今年、來年、その次、一應このろう学校の教員養成が確立いたしますまでは、そういう面については何らか便宜の措置が取られますように、そうしなければ、先程申されたように、立派なものを作つたけれども、このろう盲教育の義務制の実施は、この教員の不足しているときに間に合わないということになります。この理想と現実とをうまく免許法の中に、或いは施行法の中に織込んで頂きたい。現在他の小学校、中学校においては首切りということで問題になつておりますが、ろう学校、盲学校においては非常に教員が不足しておりまして、この点については相当数入れなければならない状態になつております。こういうことを十分御勘案下さいまして、当分の間はプラス・アルファーしない教員もろう学校、盲学校の教員になれるというように御措置願いたいと思います。  最後に、先程東京都の澁谷部長が申されましたが、これが誤植であつて……三年であればよろしいのですが、ここらの間についてはちよつと申上げると、抽象的でお分りにならないと思いますが、免許法の十一頁の九條第三項に「臨時免許状は、免許状を授與したときから三年以内において、」いうことが載つておりますが、これが幸いにして誤植でなくて三年ならばよろしいが、若し何らかの間違いで、一年が正しいので、一年がこの法案として出された原案があるといたしますならば、澁谷部長の御提案に対して、私は特殊学校の立場から、全面的に懇願してどうしても三年以上にして頂かなくちやいけない、こういうことを強調して、誠に失礼な私の発言を終りにいたします。(拍手)
  15. 岩間正男

    ○理事(岩間正男君) 一應各証人の証言が終りましたから、質問を続行したいと思います。
  16. 河野正夫

    ○河野正夫君 江口さんに伺いますが、先程の事前審査はよろしいですけれども、審査権者が授與権者と同じになつているのはいかん、こういうのは大変御参考になる御意見ですが、それで十二條の問題ですね、これは何とか公平な審査をするような機関を設けたらいいというような御意見はありませんですか。何かそういう案でも……
  17. 江口泰助

    ○江口証人 事前審査にして頂きたいうことは申上げた通りです。この機関につきましては、この授與権者がそれを審査するというのがまずいのでありまして、他に何か審査の機関に臨時に設けるような措置でも取つて頂ければと考えておるわけです。その審査の機関も又一方的な人達ばかりではいけませんですから、民主的に各方面の人達を入れるというような形に取つて頂いたらと考えております。授與権者が免許状を取上げるというようなことはそんなに沢山ないと思つておりますので、臨時的なものでいいのではないか。但し臨時に設置する場合には、こうこうこういうような形として、こういうように大まかに構成くらいはしておきまして、あとは或いは教育委員会規則か、或いは文部省令あたりで出してもいいとは考えております。
  18. 河野正夫

    ○河野正夫君 それと関連があるのですか、あなたは触れなかつたのだけれども、この檢定というものですね、教育職員の檢定というような問題、これは授與権者が行うことになつておりますね、これなども昔のあの教員檢定などの場合は檢定委員会などがあつたかと思いますが、何かそういつたものを必要といるというお考えはないのですか。
  19. 江口泰助

    ○江口証人 檢定制度につきましても、これ原案にありませんでしたから私申上げませんでしたが、できますれば檢定は特に今後多うございましようから、委員会なんか或いは現場の教員とか、或いは教員廰の事務員とか、或いは教員養成施設の学校の先生達などというものから構成したものを、これで檢定委員会を作つておくということは必要だろうと考えております。
  20. 河野正夫

    ○河野正夫君 石山先生にちよつと伺いたいのですが、今度と只今までのとは違うので、今度の大学ですけれども、大学で別表に示されておるような單位が可なり多いと思います。これらについては多う過ぎるというようなことはないんですか。つまり学生はおのおの專攻を持つておるわけですね。その上に教職、教養というのでしようか、普通免状は小学校の方は三十六もある。專門科目はそれ以上に負担があるのですから、四年間に学生がそれだけ取れ得る見込みはありますか、大学当局として……。先程もちよつと触れて融通を持たせてやるというお話はありましたけれども、現実の法案通りでは極めて困難であるとか、やつてやれなくはないとか、そのお見込みを……
  21. 石山脩平

    ○石山証人 單位の計算の仕方、それで私も概算したのですが、現在までよりも少し重いようです。少しというと漠然としたものですが、そこの私が融通と言つた意味は教職科に関するいろいろなコースを挙げますその中に、一般教養の方を兼ねるものもありますし、それから種類によつては專門單位の方でも教職とダブルのものもある。そういう場合に純然たる区別を設けて、教職は全然プラスのものであると考えないで、外のこれに属するものをも教職に数えることができようということが一つの融通の意味、もう一つは教職関係としてこの科目を挙げましても、その中におのずから学校の施設やそれから学生の興味や能力によつて比較的樂に修められるものと、非常に困難なものとあります。その場合に沢山入つておつても、その中の僅かを選べばいいという融通を持して頂ければ実際に修める学生の負担としてはその辺で幾らか融通がつくのではないか。そういう意味の融通、両方考えればそんなにむずかしくないだろうと思うのです。ところが併し先程申しましたように、教員養成を主として狙つておる学校については、今のような融通をしなくとも表向きから公然とできるような十分な設備を設け、又学生にも要求すべきだと思うのです。そうでないものについては今のような融通を設けて当分の間多少軽くする。そういうようなことで大体私は行けそうに思うのですがね。
  22. 河野正夫

    ○河野正夫君 昔は御承知の通り、各それぞれの大学の規則、学則ですか、そういうもので文部省令によるそれによつて各学校ごとに講座、單位といいますか、その單位の数え方は今とは違いますけれども、それぞれこういうような單位を修めれば、こういう教員免許状を渡せるということになつておる。私共本当の審査が済んでおらないので、只今文部省に尋ねようと思つて尋ねておらんですが、まあこの法律面だけで言うと、ただ單位数が並べてあるだけで、而も各学校、各学生からいつてもおのおの選べる余地があつて大変よいが、具体的に、例えばこういう学科目、社会科なら社会科という免状を貰うために、高等学校の教員免状を貰うためには、大学でどういうコースをとり得るかということを模範的な一つの例と考える必要があろうかと思うのですが、それについて実際の御意見を伺いたいのです。
  23. 石山脩平

    ○石山証人 それにつきましては、大学基準委員会がありまして、その基準委員会の方で丁度專門課程についてそういう内容を決めると同じように、教職課程につきましてもスタンダードを決めることがあります。それはまだ大体草案は進行しておりますが、これが正式に決まらないと動けないものですから、今立案中なんですが、それを御覧願いましてその上で……
  24. 藤田芳雄

    ○藤田芳雄君 今丁度單位の問題になりましたが、私も実はその点がちよつと疑問なんで、例えば小学校なり中学校の方で一級普通免許状を持つ者は学士の称号を有するというのですから、多分大学の一、二、三、四を終了した者と思いますが、それが單位数からいいまして、一般教養科目が三十六、教科に関するものが二十四、教職に関するものが二十五、これは小学校ですが、中学校の方になりますというと、甲三十、乙が十八、それを二級の方と比べるとそこに差が出て來る。その差の單位というものが多分前の基礎資格の中に「大学に二年以上在学し」というようなものがありますから、大学は二年のうちにこれだけの單位を含む学科があると思う。それといわゆる三、四年に受けるところの一般教科なり教職に関する科目の單位と重複するものがあると思うが、全然それは別なものかという問題であります。
  25. 石山脩平

    ○石山証人 その辺は私は分らないのですが、むしろどうでしよう、文部省で原案があるのですから、そちらから答えて貰つた方がいいと思います。
  26. 岩間正男

    ○理事(岩間正男君) その問題はあとにします。
  27. 若木勝藏

    ○若木勝藏君 澁谷さんにお伺いします。実際取扱の経驗から旧免許状を持つている者の切替ですね。そういう点につきまして何かお考えがありましたら……
  28. 澁谷徳雄

    ○澁谷証人 切替の方は施行法の方に詳しく出ておりますが、大体としてそんなに現職の教員が不利にならないと思います。さつき申上げた通り私まだよく目を通しておりませんが、一番問題になりますことは、現職の教員に不利になつておらんと思いますが、どうせこういう制度ができましたのですから、將來に向つて資質向上の面から相当考えなければならんと思います。併し今まで免許というのは非常にばらばらでして、沢山の系統があります。そういつたものを持つた人が今現職の教員になつております。だから制度の違つたことによつて切替が余り不利益な取扱を受けることは氣の毒だと思います。併しこれで見ますと大体妥当じやないかと思います。
  29. 河野正夫

    ○河野正夫君 澁谷さんと江口さんのお二方に伺いますが、一級、二級は澁谷さんは職階制を予想してやれというのですが、こちらの審査が済んでおらんので原案の一級、二級を作つた趣旨はなく分らないけれども、今日いうところの職階制というものは、実は最初にアメリカから導入せられた職階制の概念と、現在人事院で考えておるそれとは大違いになつておる。要するに職務の分類というようなことを職階制というふうにいつておるようであります。だからそうだとすると澁谷さんのおつしやつたような職階制と予想してそれを決めるということは如何かと思いますが、その点はまだ一級、二級の観念がはつきりしてないので、質問も的を外れるかも知れませんが、要するに職階制を予想してやるという場合には一級、二級というものはどういうふうな構想を持つかという点を澁谷さんに伺います。  それから江口さんだつたと思いますが、職階制のことをおつしやつたと思いましたが、こういう一級、二級なんという区別をなくしてしまつて、職階制というものは免許法ということは全然無関係にしてしまうことの御意見ではなかつたかといいますが、そう理解してよろしうございますか。
  30. 江口泰助

    ○江口証人 そうでございます。免許状の一級、二級が將來海の物とも山の物とも分らない教員の職階制の問題が將來くつつけられる恐れもあるというわけです。それで一應これは切離す意味からというよりも、必ずしもこれとくつつけるという意味じやないのであります。
  31. 澁谷徳雄

    ○澁谷証人 只今の御質問でございますが、職階制は私は將來教員の方がどう決まるか、詳細は存じておりません。併し若し一級、二級の免許状に関するものが職階制に取入れられるようなことになれば、その場合は適切な方向に織込んで貰いたい、こういう考えを持つております。
  32. 岩間正男

    ○理事(岩間正男君) それでは外に御質問もないようですから、今日の委員会はこれで終にいたしたいと思います。  最後に証人の諸君に御挨拶申上げたいと思いますが、この法案審議のために非常に御多忙のところお出で頂きまして、各方面からそれぞれ関係するところの有益な御意見を披瀝して頂きましたことは、本法案の審議のために今後非常に利益されるところが多いと思うのでございます。この会を終るに当りまして厚く御礼申上げたいと思います。五分間程休憩したいと思います。    午後三時二十六分休憩    ―――――・―――――    午後三時五十一分開会
  33. 田中耕太郎

    ○委員長(田中耕太郎君) 休憩前に引続きまして委員会を開会いたします。
  34. 岩間正男

    ○岩間正男君 私は過般通過しました職業安定法の一部改正法案に関連しまして文部省並びに労働省の緊急質問をしたいと思うのであります。これは我我としてはその以前から持つておりまして、当然この委員会もさつきの改正法案が上程される前に問題にしたいというふうに思つておつたのでありますが、何せ文部委員会が非常に多くの案件を持つておりまして、なかなかその機会を得なかつたのであります。それともう一つは非常に政府の法案の提出の仕方が関毅になつてからどんどん出されて、そういうふうな隙間も與えないということがこの問題を十分に討議することができない一つの原因じやなかつたかと思うのであります。そこで問題の要点に入りたいと思いますが、この改正案によりますと、從來学校を卒業したところの、これは主に大学、高專の諸君になると思いますが、職業の紹介の場合、これは職業安定所を通じなければそのような職業の紹介ができない。それは非常に規実において不便であるから、從つてこれは労働省側の或いは学校側の要求がある場合とは、今まで職業安定所でやつておつたような仕事を行える、こういうような改正が一番中心点のようであります。そこで問題はこの法案が通過してしまつたので、当然今後はこれの施行の面において我々文部委員としましてはこの点を質しておかなければならんというような面があるのですが、その大きな問題となるところは、先ず第一にこれが学校職員の労働強化にならないか。つまりこの案の狙いはいろいろありましようけれども、先ず一つ推測されるところは、職業安定所が非常に現在十分な機能を果していない。もつと数も多く殖やさなければならん。そうしてそれと共にどんどんとこのような求職の要求を満たすような態勢が労働行政の中にとられておれば、これは学校の手を煩さなくても迅速且つ円滑にそれができるのであるが、残念ながら現在の職業安定所というのは非常にまばらで、從つてそこに頼むことが面倒であり、又学校当局との連絡も十分に今まてとられていなかつた。それを一應補うための臨時的な措置というふうに見られるのであります。併し果してこれが恒久的なやり方であるかどうか、つまり労働省の行政が十分に職業安定の面において行われていない。それを補うために学校を当てとしてこれを相当に恒久化しようという考えであるか、それとも一時的に現在の不完全なものを何とか学校に対して補わせるという意図であるか、これは労働省側から伺つて見たいと思うのであります。この点を明らかにしたい。  なぜこういうことを言うかというと、これは学校におきましてはこういうような仕事の移管ということが、戰爭前に非常に行われておつた。これは職員紹介だけでなく、学生関係、学校関係ということで以て、小学校、中学校、高等学校の実情を見ますと、いろいろのものが持込まれて、あらゆる関係から、もう職員に対するところの労働量というものを考えないで、便利で、そして全國的に組織が取れるような態勢からなんでも持込まれて來て、そのために本職の学校の方の仕事は疎そかになつて、そして向うから求められたところの統計を作つて出すとか、いろいろなものを募集するとか、寄附金を集めるとか、そういうような仕事の方に非常に煩瑣な煩いをしておる面があるのであります。從つてこのような労働強化が原因となつて、今後の教育活動が完全に行かないというようなことが起るとすれば、これはまずい、こういう点も考えまして、このような学校の労働強化を緩和するような仕事に対して、こちらから希望を言いますれば、早く労働省の職業安定機構というものを完全にして学校から引揚ぐべきじやないか、こういうふうに考えるわけであります。  それからこれは文部省の方に伺いたいのでありますが、この結果どういうことが起るかといいますと、よく戰爭前に勤労動員体制というものが行われて、そしてそれは学校長に委ねられた。そして学校長は部下の教員を指揮監督して、学生達をそういうようなところに振向けていつた。こういうようなものが直ぐこの法案によつて復活するというのではありませんけれども、そういうような態勢の方に逆戻りすることを憂います。そしてその結果どういうことになるかといいますと、やはり校長権というものが学生を支配する権限を大きくする。つまり現実の社会情勢におきますと失業者が非常に起つておる。殊に政府のこの度の集中生産の強化によつて政府自身が発表しておる数字だけでも相当の失業者は見られる。而も現実に我々の調査による、これは潜在、顯在合せて実に夥しいところの、政府発表の五、六倍になるところの失業者が出る。こういうようなことで非常に学生の就職難というものは起りつつある、こういう現実であります。そういうようなときに当然これは競爭が起る。そうしますと学生を選択して振向けるということが起つて來る。その結果どうしても学生の校長或いは教員に対するところの態度というものが、自由を束縛されるというようなことが起つて來るのではないか。つまり校長なり教員なりは、これに対しまして、ともすると自分の好きな生徒、そういう者をば優先的にこれを就職させる。嫌いな生徒は後廻しというようなことが起つて來る。これは現に東大の看護婦さん達の厚生寮においても大体このようなことが起つて、ハンガー・ストライキのような事件が起つたのであります。更にさような問題だけでなしに、これは一つの思想的な傾向というものを制限をするようになつて來る。或いは思想的傾向が非常に急進的だ、或いはあれは穏当じやないというような條件の下に、やはり就職條件を左右されるということが起るのではないか。これはこのような体制、現在各大学において学生課などが、復活されている。又一方におきましては内閣官房次長か長官かの通牒だと思いますが、そういう通牒によつて相当学内体制が保安條例的なものに強化されておるという現状がある。それから学生自治会というものが学校自治会というものに切替えられている。そして学生の自治に対する動き、そういうような自主的な活動というものが非常に統制され、そして学校当局によつて左右されるというような体制に切替えられつつある。こういうものと関係が結んで参りまして学生課あたりのこれが就職に対する権威を握るということによつて、学生の就職が脅かされるという実状が起るとすれば、これは由々しき問題であります。從つてこういうことに対して文部省はこの法案施行によつてどのような一体体制をとつておられるか。こういうことを伺いたいと思うのであります。先ず最初労働省並びに文部当局の意見を、その二つについて伺いたいと思います。
  35. 江下孝

    ○説明員(江下孝君) 只今御質問がありました学校のこの職業紹介に関しまする職業安定法の改正でございまするが、御承知のように今回の改正は二つの行き方を示しております。一つの行き方と申しますのは、学校が職業安定所の協力機関といたしまして、職業安定所の業務の一部を分担するという行き方でございます。この場合におきましては、学校が職業安定所の一つの機構の中に入り込んで職業紹介を行う、こういうことになるわけでございます。今一つの行き方といたしましては、学校が無料の職業紹介事業を行うことができるということでございまして、この場合におきましては、学校も一般の民間の無料の職業紹介事業を行うものと同樣な規正を受けるわけでございます。後者の場合におきましては、從來は労働大臣の許可を必要といたしておつたのでございましたが、今回は届出によつて行うことができる。こういうふうな改正をいたしたのでございます。そういたしましてこの両者とも実は本案の改正案の二十五條の三の第一項に示しておりますように、「学校の長の同意を得て、又は学校の長の要請により、」ということでございます。それから後の方のものも、学校が届出をすることができるというふうに規定いたしておりまして、この点につきましては、学校が職業安定事業を行う行わないは、これは学校の自由であるという立前になつております。そこで私共職業行政に從事する者といたしましては、職業安定所というものが、勿論これは学校卒業者でありましようと、学生学徒でありましようと、少くとも職業問題におきまする限りは、公共職業安定所を規準といたしまして、職業安定の事業を行わしめるということが勿論本則であると存じております。併しながら学校というものは勿論その年度に短長はございますけれども、親しく学校の先生教職員が学生生徒と交わりをされまして、そしてその学生生徒等の人柄なり特質等を十分把握しておられるのでございます。從つて職業安定所が学生生徒或いは学校新規卒業者の職業紹介をいたします場合には、必ず学校と少くとも緊密な連絡をとることが必要でございます。又職業の指導等につきましても、学校の意見を十分取り入れることが必要であろうと存じております。今回の改正はそういう点を狙いといたしまして、学校が若し要請しました場合、或いは同意がありました場合においては、学校の力で職業紹介までするという点まで認めております。この点につきまして、將來ともこういう構想でおるのかという御質問でございました。で、私共はその時代の機構の変遷によりまして、若干の厚薄はあると思いますけれども、学校が職業紹介の事業に、先程申しましたような意味で関與する、或いは関與せしめると、学校にこういうようなことは、國の施策としては必要ではないかと存じております。  それから学校の労働強化の問題でございますが、この点につきましては実は御承知の通り從來も学校に相当事実上私共御協力をまあ願つておつたのでございますが、今までは法的な根拠がないために、いろいろ紛糾を來した例もございましたので、今回法的にこの点を整理しましたのでございます。尚二十五條の三の第五項を見ますと公共職業安定所長は学校の行う職業紹介事業に対しまして、経済上の援助を與えることができるということを規定をいたしております。本年度の予算におきましては学校で職業紹介を行います際に、求人表職表等が必要でございます。そういう点につきましては、できるだけ本年度におきましても援助いたしたいと考えております。併しながら現下の財政状態におきましては、なかなか十分な援助とまでは参らないのでございますが、この点につきましては將來十分な骨を折りまして、学校に大きな負担とならないようにいたしたいと、こう考えております。
  36. 剱木亨弘

    ○政府委員(剱木亨弘君) 只今の御質問の中で文部省に対する関係の分をお答え申上げます。学校が職業紹介を行いまするのは、單なる職業紹介という意味ではないのでございまして、学校の種類によつて多少の差等がございますが、一面学校教育の中に職業指導ということは切り離せない問題でございまして、職業指導と又職業紹介ということも、嚴密には切り離せない面がございますので、学生生徒の性格、能力、その他習得しました技術等に関連しまして、適正なる職業を紹介いたしますことは、一面学校の教育的な見地からいつても義務でもあると考えるのでございます。從つてこの学生及び卒業者の職業紹介につきましては、職業安定所と十分なる緊密なる連絡をいたしまして、最も適正なる職業紹介を行うということが必要と考えるのでございます。それで今回のような法律案の制定を見たと考えるのでございます。從つてこの学校内におきまして職業紹介をいたします場合におきましても、全くこれは学生なり卒業者の自由意思によりまして、職業斡旋の申込をいたしました者に対して、学校がこれに職業紹介をいたすという建前になるのでございますから、昔行われましたような勤労動員と言つたような面、恐らくそういうことが起り得ることは現在想像もできない点でございます。尚この取扱につきましては、勿論学校で行います場合にその職業紹介については、できるだけ教育的な考慮を以てこれを行うべきでありまして、その人の思想とか操行でありますとかいうような面につきましては、全く中立的な立場で、私見を狹まないで教育的に学校がこれを取扱うべきであり、又そこに学校のこの事業を行う大きな理由があると考えるのでございまして、今申されましたような弊害は起り得ないと思いますし、又起らないように学校当局において十分努めて頂く必要があると考えるのでございます。
  37. 岩間正男

    ○岩間正男君 結局今の二点が私は心配なので、この法案については事前であつたら相当この点に対する修正を願いたいと思つておつたくらいでございますが、通過した後でありますから、重ねて今の條項を強く要望して置きたいと思うのであります。とにかく労働強化がこれが本則になつて、そうして段々この態勢が強化されて、これによつて学校の関係者の労働強化が起らないように十分な配慮を労働省はすべきであるということ。それから文部省の方ではこれによるいろいろな統制、それからこれが逆に惡用されて生徒の自由の彈圧にならないように、この点について十分な指導をやることが必要じやないか。時間ですから私の意見はこのくらいに止めたいと思います。
  38. 田中耕太郎

    ○委員長(田中耕太郎君) それではこの問題につきましてはこの程度にしておきます。今日の委員会はこれを以て散会いたします。    午後四時十五分散会  出席者は左の通り。    委員長     田中耕太郎君    理事            若木 勝藏君            松野 喜内君            木内キヤウ君            岩間 正男君    委員            梅津 錦一君            河野 正夫君            左藤 義詮君            大隈 信幸君            梅原 眞隆君            堀越 儀郎君            山本 勇造君            鈴木 憲一君            藤田 芳雄君   政府委員    文部事務官    (文部省学校教    育局次長)   剱木 亨弘君    文部事務官    (教科書局長) 稻田 清助君   証人    東京都立川委員    会事務局学務部    長       澁谷 徳雄君    東京文理科大学    教授      石山 脩平君    長野市伊良林小    学校教諭    江口 泰助君    愛媛縣宇摩郡三    島中学校教諭  今村  彰君    宮城縣古川町古   川高等学校教諭  金本東次郎君    東京都立聾学校    教諭      古谷 史映君   説明員    労働事務官    (職業安定局庶    務課長)    江下  孝君