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1948-07-16 第2回国会 参議院 司法委員会眞木事件に関する小委員会 閉1号 公式Web版

  1. 昭和二十三年七月十六日(金曜日)   ――――――――――――― 昭和二十三年六月四日(金曜日)司法 委員長において、左の通り小委員を選 定した。            鬼丸 義齊君            大野 幸一君           大野木秀次郎君            松井 道夫君            宮城タマヨ君 六月十日(木曜日)小委員長互選の結 果左の通り決定した。            鬼丸 義齊君   委員の異動 六月二十六日(土曜日)司法委員長に おいて、小委員を左の通り追加選定し た。            鈴木 安孝君           池田七郎兵衞君   委員の異動 七月四日(日曜日)小委員長鬼丸義齊 君辞任につき、互選の結果鈴木安孝君 を選定した。   ―――――――――――――  本日の会議に付した事件 ○眞木事件に関する調査の件   ―――――――――――――    午前十時四十三分開会
  2. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 只今より小委員会を開会いたします。裁判官刑事事件等不当処理の調査委員会眞木事件に関する小委員会を開催します。先ずこの事件の檢察側の証人の檢事の櫻井さんのおいでを願つたのでありますから、証人としてお尋ねすることに致します。証人としての宜誓をお願い致します。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行つた〕    宣誓書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 櫻井 福美
  3. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 櫻井さんの御姓名は。
  4. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 櫻井福美と申します。
  5. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 今は東京地方裁判所……
  6. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 東京地方檢警察廳檢事でありす。
  7. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 年齢は。
  8. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 三十七歳。
  9. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 今日おいでを願つたのは、眞木康年の事件についてのことでありますが、眞木康年に関する恐喝刑事事件の主任としてお働きになりましたか。
  10. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) その通りであります。
  11. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 当事件の起訴になりましたのは、昭和二十二年十二月二十四日のようでありますが、その通りですか。
  12. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) そうであります。
  13. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その前十二月十二日に逮捕になつて、同月の十五日に勾留状が発せられて、即時勾留されて警視廳に拘置されておつたわけですね。
  14. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) はあ。
  15. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 更に翌二十三年の一月二十九日に銃砲等所持禁止令違反という犯罪によつて起訴になつておりますね。
  16. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) はあ。
  17. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その事件の起訴後の裁判官はどなたですか。
  18. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 東京地方裁判所判事久永正勝と申します。
  19. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 第一回の公判は今年の一月二十四日、第二回公判が二月四日、第三回公判は同月二十一日、第四回の公判が同月二十四日という順序になつております。その間に眞木の弁護人の方から勾留の執行停止について願い出があつたようですが、その理由はどういう理由ですか。
  20. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) その理由は眞木康年が高血圧である。併せて痔疾もあるという点と、妻のキヨの心臓病であるというようなことから短期間でいいから執行停止にして貰いたいという弁護人からの口頭の申出がありました。その後日時は忘れましたが、書面で裁判所から正式の執行停止の申請書が参りました。
  21. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それに対して判事の方からあなたの意見を求められたようですが。
  22. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) そうであります。
  23. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そのときの御意見は。
  24. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 勾留の執行停止をするのは、現段階は不相当であるという意見を附して裁判所に返還いたしました。
  25. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 当時診断書を添えてというその診断書は誰が診断したのですか。
  26. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 正確なことは私失念いたしましたが、眞木康年については警視廳の桑原という医師の高血圧症の診断書、それと服部甚平という医師の痔疾の診断書がついておつたと記憶します。更に妻のキヨに対しては服部甚平の診断書がついておりましたと記憶しております。
  27. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 桑原医師の診断書には高血圧は百九十から二百までの血圧であるというような診断書のようですが、それに対してあなたの御意見は……。この高血圧症では執行を停止する理由にならないというのは……。
  28. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 私といたしましてはその程度の高血圧症では、若し警視廳の留置場において適当でないと認めれば、東京拘置所に移監いたしまして、そこには病監がございますから、病監において収容治療させれば十分であると考えたのであります。
  29. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの方でそういう御意見であつたに拘わらず裁判所は執行停止するのは適当だと認めて執行を停止したようですね。
  30. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) そうであります。
  31. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) この執行停止は期間を定めてあつたようでありますが……。
  32. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 一月二十九日に二月十日までの勾留の執行を停止する旨の裁判所の決定がございました。
  33. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 丁度第二回公判期日というのは二月十日、執行停止の最終の日ですが、この日の公判における眞木の健康状態はどうですか。
  34. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 私は午前中の公判に立合つたのでありますが、その公判では別段公判の審理に堪えられないような状態でなかつたようであります。偶然でございまするが、私が晝食をすませまして檢察廳には新館と旧館がございまするが、私の勤務しておるところは新館でありまするが、新館から旧館へ何かの用事がございまして参つたのでありまして、その途中に弁護士会館が三つならんでおりまするが、その弁護士会館の前で自動車が止つておりまして、弁護人或いは親戚の方に抱えられて眞木康年が自動車に乘せられるところに丁度私が行き合わしたのであります。それで事情を聞いて見ますと卒倒したのだ、それで午後の公判は延期して貰いたい、直ちに服部診療所に連れ戻すというようなことを聞きまして、その程度の状況は私現に知つております。
  35. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それで午後の公判は延期になつたのですか。
  36. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 延期になりました。
  37. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それから服部医院にあなたおいでになつた、その事情はどういうわけですか。
  38. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) これは二月十日が執行停止の満了でございますので、而も慥かその日だと思いますが、弁護人から執行停止の延期の申請が出ておつたということを裁判所から聞いたと思います。更に執行停止をすべきかどうか、という点につきまして服部医師だけでは適当ではないと思料しましたので、裁判所に要請いたしまして判事ともども浅草に参りまして、加藤というちよつと名前は失念しましたが、加藤という町医者に頼んで服部診療所に行つて貰つて、眞木康年の診察をいたしたのであります。その結果は血圧の何でも百二十でございましたか、決して高血圧の状況ではない、而も養後極めて良好であるというような趣旨の診断があつたのであります。そこで執行停止の延期申請に対しましては不相当の意見を附して裁判所は二月十一日に決定いたしまして二月十一日の紀元節の日に東京拘置所に收監いたしました。
  39. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その執行停止を延期して、続行して貰いたいというのには妻の病氣は理由にならなかつたのですか。
  40. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) これは記憶がございませんが、多分眞木康年本人の診断書が附いておつたのではないかと記憶いたします。
  41. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 十日は服部病院に行かれた時には眞木夫妻がその病院に入院しておつたことは御承知ですね。
  42. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) それはその通りです。併し私は職務上、眞木康年の入院している場所に行くことは妥当でないというように考えましたので外で待つていました。
  43. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 服部医師にはお聞きになりませんでしたか。
  44. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) は。
  45. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 服部医者にですね。
  46. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 会いませんでした。
  47. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 会わないのですか。
  48. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) はい。
  49. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 執行停止を解いて東京拘置所に行つてからは眞木の健康状態はどうですか。
  50. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) さような事情があつたものですから、東京拘置所の医師に特に依頼いたしまして、できることならば毎日血圧を計つて貰つたり、又その他の健康については特段の留意を願いたいというように申出でまして、多分その後十日か二週間ぐらいは毎日診察いたしまして、その結果の報告を求めておつたと思いまするが、その後血圧は全然高血圧と認められるような血圧には達しなかつたようであります。
  51. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 十日の午前中公判が終つて休憩中に卒倒したというので、今のお話にように自動車で服部病院に行つたのですが、その卒倒というようなことは、何か執行停止を延期して貰いたいというような意味で構えてやつたようなことの疑いがなかつたのですか。
  52. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) まあそれは技術的な問題でございまするから、我々素人には分りませんが、鼻血が出ておつたというような状況から、必ずしも執行停止の延期をせんがためにさような作爲をしたものとは認められないと思います。
  53. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 執行停止を延期して貰いたいというので、なにの方らか服部の診断書を添えて弁講士の方から延期を願いましたときに、添付した診断書について実際と副わない点があるというようなことで、今服部は刑事事件になつているそうですね。
  54. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) そうであります。
  55. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その事件は今どういうふうになつているのですか。
  56. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) これは二月二十三日に東京地方裁判所に診断書虚僞記載という罪名で公判請求いたしまして、すでに事実審理並びに証拠調を終了いたしまして、本月の二十四日に求刑と弁護士の弁論があることになつております。
  57. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その服部の事件において、何か特に診断書に病状を重くして記載して、執行停止になるように記載して貰いたいということを眞木若しくは眞木の家族から服部に頼んだというようなことは現れておりませんか。
  58. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 眞相はどうか分りませんが、少くとも捜査面においてはさような事実はございません。出て参りません。
  59. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 次はこの第二回目の執行停止について伺いますが、第二回目に執行停止をするようになりました執行停止申請の理由はどういう理由ですか。
  60. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 東京都から新鋭大衆党と眞木康年の財産を個別的に、確かこれは期限が切つてございまして、その期限の日にちは忘れましたが、何月何日までに別個に申告しろと、若しその期日までに申告がなければ、眞木康年に個人の財産を全部新鋭大衆党の財産と看做して沒收するというような通告書が参つておつたのであります。それにつきまして弁護人からも話がございましたし、又正式の執行停止の申請書が裁判所から参つたのであります。そこで私は考えましたが、眞木康年の犯罪のために妻子までも直ちに生活に困るというようなことでは可哀想であるというような点からいろいろ考えまして、一週間程度で大体の調査ができるのではないかというふうに考えまして、最長期七日間の勾留執行停止を相当と認めるという意見を附けて裁判所に返還したのであります。
  61. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) これに対して裁判所はあなたの七日間という執行停止期間でなく二十間の執行停止の決定をしたようですね。
  62. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) はあ、さようでございます。
  63. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その後更に執行停止期間の延長を願つたようですが……。
  64. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) その第一回の二十日の執行停止が満了になるのが五月五日でございまして、五月六日に執行する段取になつておつたのでありますが、当日になりまして更に十九日間延長になつたという通知が裁判所からございましたので、そのまま執行を延期したのであります。
  65. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 檢察廳の方では眞木の調査期間が長くなるというようなことについて、果してそういう延長、長く掛かるものかどうかということについて調査をされたことはございませんか。
  66. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 積極的な調査はいたしませんが、ただ数字を出すだけでは駄目なんで、例えば金の支拂先きに対してはそこから領收書を貰う、さような形式的な証拠を全部挙げなければならないので非常に手間取つているということは弁護人か或いは眞木康年本人から聞いたように記憶しております。
  67. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 最初五月五日までの期間で執行停止をすることに決定になつたのが尚十九日延長するについては裁判所の方からは檢事の意見を求められたのですか。
  68. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) それは参りませんでした。これは普通は延期申請につきましても檢事の意見を聞くのが取例でありまするが、法律的には必ずしも聞かなければならないということが書いてないので、その場合には意見を求めには参りませんでした。
  69. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 正式でなく、内輪でも交渉がなかつたですか。
  70. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 何にもございません。
  71. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 併し慣例ではそういう場合にもいつも意見は求められているのですね。
  72. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 求められているのが通例であります。
  73. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 通例ですね。
  74. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) はあ。
  75. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) この眞木の整理調査というようなことは眞木の党首である解散された新鋭大衆党の財産と更生会という方の財産と眞木個人の財産の区別がはつきりしない。それを一々調査しなければ眞木の家族個人の財産も接收される虞れがあるというようなことが、まあその理由で執行停止になつたようですが、その後の財産状態の取調べというようなことはあなたの方ではおやりになりませんか。
  76. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 新鋭大衆党とか、戰災者更生会とかの財産の問題につきまして、横領とか背任とかいつたような犯罪事実があるのではないかというような見地から、警視廳を指揮いたしまして捜査を続けたのでありまするが、何分にも戰災者更生会の会計を担当しておりました眞木康年の兄の眞木大助という者がありまするが、これが眞木康年が檢挙になつて当時から姿を消しまして今日まで行方不明なので、形式的には多少の帳簿の穴がございまするけれども、それが犯罪になるかどうかということを見極めるだけの証拠がないために、ただ大体のアウトラインを調べただけでそのままになつております。
  77. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) この事件の裁判所の審理の経過というのは別に遅延しておるようなことはなかつたのですか。
  78. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) この眞木康年に対しまする控訴事実は恐喝と拳銃の所持という二つの簡單な事実でございまするが、眞木康年は公判ではこの事実を全面的に、全面的と申しまするか大部分の事実を否認しておるのであります。そのために多数の証人を公判廷において取調べなければ妥当な裁判を下すことができないというような見地から、この種の事件では珍らしく多くの証人を喚問したのであります。さような関係から約十回くらいの公判廷を開廷しまして審理を進ためのであつて、別にこの審理の遅延について裁判所の怠慢があつたとはいえないように考えられるのであります。
  79. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木事件の檢察側と申しますか、若しくは警察等の搜査中に眞木若しくは眞木の一味の者から搜査官に向つて威圧を加えたというようなこと、このために管轄は浅草だけれども特に警視廳で搜査をしたというようなことがなかつたのですか。
  80. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 搜査中並びに裁判中にもさような外部からの威圧といつたようなものは全然ございません。ただ陳情には一、二回参つたように思います。
  81. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 公判延における証人調等に、その証人の供述に対して、眞木の一味の者が特に圧迫を加えるというような模樣は見られなかつたですか。
  82. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 少くとも公判延においては、さような傾向は全然ございません。ただ多くの証人が眞木康年の自宅附近の居住者又は新鋭大衆党に加入しておつた者でありまするから、公判延以外においてどのようなことがあつたか、それは私には分りません。
  83. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 停止決定についての、あなたの御意見は、大体七日ということの御意見でありましたが、その七日で大体停止の目的を達せられる、その期間内でいろいろな整理ができるんだというようなことを見込まれたについての、特に理由がございますか。
  84. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) これが非常に大きな政党であるとか、或は大会社であつて、帳簿が非常に厖大であるというならば、一週間や十日では到底不可能ではないかと考えられまするが、殆んど眞木個人の私的な政党である新鋭大衆党又小さな戰災者の集りである更生会というようなものでございますれば、一週間一生懸命に調査すれば、十分できるのではないかと考えたからであります。計数的な根拠で七日間というものを決めたんではありません。
  85. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 事件には関係はないようですけれども、新鋭大衆党という政党の実体について、調査されたことはありませんか。
  86. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 眞木康年が新鋭大衆党の党首であるという点から、新鋭大衆党というものはどんな政策、綱領を持つており、どんな活動をしたのかという程度の、簡單なことは私調べておりまするが、何と申しまするか、その新鋭大衆党の政治的な解剖と申しますか、さようなことは私たち檢察官の管轄外でもあり、またさようなものを解剖することは、戰時中の特高警察的なものになる嫌いがあるので、強いて詳細な調査はいたしませんでした。それで、私の知つた範囲内の新鋭大衆党というものは、要するに日本共産党を打倒するんだということが第一のスローガンになつているんであります。それでは何故に共産党を打倒しなければならないかという点になりますると、現在の戰後の産業復興を妨害するのは共産党である。從つて祖國を救うためには共産党を撲滅する以外には途がないということになつておるようであります。党員の数でございまするが、これは正式な党員は確か今ちよつと数字は忘れましたが、数百名、その外にシンパサイザアーが数千名あるということは、本人が申しておりました。政治活動といたしましては時折演説会を催し、或いは反共産党の……、何と申しますか、言論による反共産党の運動というようなものが考えられたのであります。
  87. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木の財産の程度は。
  88. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) ちよつと私その財産は忘れましたが、個人の財産としましては現在眞木が住まつておる家屋、その他に個人の預金というものは余りなかつたように記憶しております。
  89. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 新鋭大衆党の維持その他に要する費用というものは何処から出るのでありますか。
  90. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 党員が多少の党費を納付していた。更にシンパサイザーから多少の寄附金があつたという程度の党費しかないと思います。
  91. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 党員というのはどういう人なんです。
  92. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 党員の性格を全部調査したわけではございませんが、大体において形式的には反共産党的な意識を持つておる者、現実の党員はインテリゲンチアではなくて、労働者階級が多かつたように思います。
  93. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) シンパの主なる者は誰ですか。
  94. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) ちよつと失念いたしました。名前は確か聞いていないと思います。眞木本人に言わせれば可なり知名な者もあるというようなことを言つておりましたが、名前は聞いておりません。
  95. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 新鋭大衆党の裏に何か從來の政党がこの新鋭大衆党を支持しておるようなことはなかつたでしようか。
  96. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 現在の政党でございますか。
  97. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) はあ。
  98. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 眞木康年が一時自由党に加入しておつた関係で、自由党が支持していたのではないかという懸念もあるのでありまするが、直接の結び付きはないようであります。單に眞木康年が自由党におつただけの関係しかないように思われます。
  99. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 新鋭大衆党が政治的の温床だというようなことについての何か答えることはございませんか。
  100. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 私自身の、これは個人の考えですが、余りに新鋭大衆党というものが世間が過大評價し過ぎるという嫌いがあるように思われるのであります。ましてや地下勢力の存在自体も見えるのではございませんし、地下政府的なものとの関連も私の知る限りではないように考えます。
  101. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 委員の方で何か御質問があつたら……。
  102. 大野幸一

    ○大野幸一君 本件があなたの担任事件としておやりになる際に、これは單に一つの刑事事件としての考えでお取扱いになつたか。それを具体的に言えば、何らか特別的な心境というか、重大に取扱うようにというような意味で、個人的に、或いは暗示的に上司の方からそういう指図でもあつたのでしようか。別にそれはなくて、單に刑事事件として取扱うだけの、当時の檢察廳の空氣はどうでしたか。
  103. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) これは卒直に申上げますると、單なる刑事事件というよりも、それは刑事事件には間違いないのですが、苟くも新鋭大衆党と称する政党の党首でありまするし、而も右翼団体的な性格を持つておる政党であるからというような点から、一般の市井の犯罪事件を搜査する以上に愼重な搜査をいたしました。
  104. 大野幸一

    ○大野幸一君 次に保釈に対する檢察廳の意見ですが、この意見の中に相当若しくは不相当とお書きになる、その外に從來は、然るべくとか、許可すべからざるものと認むと、こういうふうにお書きになつておつたような從來の慣例ですが、今もそういう慣例になつておりますかどうか。
  105. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) これはその各檢事の個人的なことなんでありますが、私は概ね相当或いは不相当という意見を卒直に付けております。
  106. 大野幸一

    ○大野幸一君 從來大抵檢事側からは相当という意見を付けられる場合でも付けない。而もそれが客観的な場合に相当のような場合でも、例えば第一回の公判が済んで、そうしてもう誰が見ても保釈してもいい場合でも、從來は檢察官側としては相当の意見を述べなかつたのが、まあ從來の実相であるようでしたのですが、そうなると不相当という意見が非常に幅が廣いので、裁判所が檢事側の不相当という意見を、余りそう強く感じないでおるというような嫌いが從來までにはなかつたのでしようか。從來と今と非常に違つておりますか、如何でございましようか。
  107. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 今おつしやつたような傾向はございますし、又現在でもあると思います。それは実は檢察廳と裁判所との立場の相違から、例えば保釈になりまして、公判日に被告人を呼んでも出頭しない。行方が不明になつておるという場合には、必ず檢察廳にその調査方を依頼して來るのであります。そうしますと檢察廳では所轄の警察署に依頼する、ところが発見できないというような事情で、今日までそのために檢察廳、並びに警察廳はどのくらい苦労しておるか知れないのであります。さような関係で保釈の求権に対する不相当であるという意見は何と申しまするか、外部から見ますると少し強いように感ぜられる点があると思います。
  108. 大野幸一

    ○大野幸一君 次にこの檢察廳から起訴を受けられるとそれが、現在では地方裁判所の会議部と單独部とに分かれて審議されるわけですが伊その会議部と單独部とに分けて行うというようなことに対して、檢察廳側としては別に希望する意見は法律的でないでしようが判例として残されていないのですか。
  109. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 全然申上げません。
  110. 大野幸一

    ○大野幸一君 そうするとそれを單独にやるか、会議部でやるかは專ら裁判所の專権にやつておるわけですね。
  111. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) そうであります。
  112. 大野幸一

    ○大野幸一君 こういう意見について檢察廳側でも相当愼重にやられたのですが、本件を後から考えて見ればこれは会議部でやらなければならなかつたのではないかと考えますが、檢察廳側の意見としてはどうですか。
  113. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 裁判所との都合もございますので、例えば事件というのは裁判所におきましては十部なら十部という部に行くのであります。それで十部の会議部で審議するか、單独で審議するかということは十部の裁判官が決めるのであります。例えば十部の会議部において非常に面倒な事件が係属しておる。そのために会議部で審議するのが妥当ではあるけれども、事実の面から到底不可能であるというような場合には單独部に審理させて置くというふうに聞いております。この場合も恐らくそうでないかと思います。
  114. 大野幸一

    ○大野幸一君 最後に先程檢察廳側に威迫的な態度を被告人側の方から來なかつたが、ただ一、二陳情というお話があつたのでありますが、その陳情にはどういう人が参りましたのですか。
  115. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 陳情には戰災者更生会の会員が連署でなるべく御寛大に願いたいという上申書のようなものを持つて参りました。又一方、これは皆投書でございまするが、嚴重に処罰して貰いたいという投書も数通参つておるのです。
  116. 松井道夫

    ○松井道夫君 先程特に愼重な態度をとつてこの事件を処理せられたように述べられたのでありますが、愼重というのはどういう意味ですか……。特に愼重な処理をしたというのはどういうふうな点に重点をおいて愼重にやられたのですか。
  117. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 檢察の方面におきまして愼重と申しますのは、証拠の蒐集が愼重である。 であるように考えております。例えば始末書一本で済むものを更に檢事が喚んで聽いて見るというようなことを我々が愼重と申しております。
  118. 松井道夫

    ○松井道夫君 特に団体に対する、政党に対するという事件であるので政党に対して不当な干渉してはならん、そういつたような意味で愼重にやられたようなことはございませんか。
  119. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 確かその当時は新鋭大衆党は解散を命ぜられておつたと思いまするから、別にさようなことはそれ程深く考えませんが、私としましては先程も申上げたように特高警察的な檢察は排撃しなければならないという見地から、その政党の思想動向がどうの、或いは政治活動がどうのという問題は故意に私聞かないようにしておるのであります。
  120. 松井道夫

    ○松井道夫君 それから先程右翼団体的性格を持つておるということを述べられておるのですが、これはどういう点から判断せられたのですか。
  121. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 右翼団体という言葉そのものが明瞭でないのでありますが、少くとも反共産主義的な政党であるというような点から私は右翼という言葉を通俗的な意味に言つたに過ぎないのであります。
  122. 松井道夫

    ○松井道夫君 反共産党というものが沢山あるのですが、普通右翼団体というと單に反共産党ということの外に、何か戰時中にあつたような專制的な、或いは暴力的な、或いは國粹的な、そんなような諸傾向を持つておる団体を一般に戰後右翼団体と言つておつたように思うのですが、そういつた意味の右翼団体の系統は看取されなかつたのですか。
  123. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 私共の捜査の面からはさような面は全然出て参りません。
  124. 松井道夫

    ○松井道夫君 この大衆党員の大塚廣男、佐々間隆太郎というものが聽濤克巳という共産党と密接に関係ありと見られておる人を傷つけた事件がありますね、その事件にはあなたは少しも関係ないのですか。
  125. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 私は全然タッチしておりません。
  126. 松井道夫

    ○松井道夫君 併しこういつた暴力を多少でも是認するというような傾向は、眞木の言動その他から感じられませんでしたか。
  127. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 社会においてはどのような言動があつたか知りませんが、捜査或いは裁判においてはさようなことを言つたことはございません。
  128. 松井道夫

    ○松井道夫君 じや、この新鋭大衆党は暴力を肯定しているもののように考えられますか、どうですか。
  129. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) そうではないと思います。
  130. 松井道夫

    ○松井道夫君 そうではない……。それから眞木の政治的の交友と言いますか、眞木がよく出入りしておつたというような政治家を御承知ございませんか。
  131. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 知名な政治家にはないと思います。ただ反共産主義的な団体が全國にあつたようでございまするが、これとは或いは書面かなんかで連絡はあつたかもしれません。
  132. 松井道夫

    ○松井道夫君 こういう連絡があつたかもしらんということは、眞木の言動その他から判断されたのですか。何か根拠は……。
  133. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 言動ではなくて、昨年の十二月十四日に宮城前廣場でありまするか、そこで全國の反共産主義的な団体が集合しまして大会を開くというようなことがございましたから、勿論連絡がなければさような団体が集合するわけはないと思います。さような点から連絡があつたということが考えられます。
  134. 松井道夫

    ○松井道夫君 眞木の団体が今の大会を多少指導したような形があるのですか。
  135. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 新鋭大衆党が中心となつて……。
  136. 松井道夫

    ○松井道夫君 中心となつて……。
  137. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 全國の反共産的な団体を集合しましてやつた、かように思います。
  138. 松井道夫

    ○松井道夫君 それから先頃更生会の会計関係その他で横領、背任ということが考えられたと言うておられましたが、これは眞木大助が姿を現わすというようなことであれば、続けて捜査なさる御意向はあるのですか。
  139. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 眞木大助が現われれば財産関係についての捜査を進めます。犯罪になるかならないかは分りませんが、一応捜査は進めます。
  140. 松井道夫

    ○松井道夫君 東京都の方面では大助の所在が概ね明らかであるというようなことを述べておられる向きもあるようなんですが、その点は如何でしようか。
  141. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 数日前、一週間ぐらい前になりますか、この所在捜査については法務廳の民事局で進めておりまするが、一週間前頃の報告によりますと全然不明であるというように申しております。
  142. 松井道夫

    ○松井道夫君 所在は分つても直ちに逮捕できるかどうか、その辺は如何でしようか。
  143. 櫻井福美

    ○証人(櫻井福美君) 逮捕状を発するだけの嫌疑事実は全然ございません。
  144. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それではこれであなたの方は止めて下さい。    〔証人上平正治君証人席に著く〕
  145. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それでは委員会において調査の証人としてお尋ねしますから、先ず宣誓をやつて下さい。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕    宣誓書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 上平 正治
  146. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 姓名は上平正治ですね。
  147. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 上平 正治。
  148. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 年齢は。
  149. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 四十七才。
  150. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 住居は。
  151. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 杉並区天沼二丁目三百六十四番地。
  152. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 職業は。
  153. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 東京都民生局長。
  154. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 浅草東本願寺内に戰災者更生会というのがありますね。
  155. 上平正治

    ○証人(上平正治君) はあ。
  156. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その会の現在の会長は誰ですか。
  157. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 現在は戰災者更生会の会長はちよつとはつきりいたしませんが、今は区役出が直接管理している筈でございます。
  158. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木康年と厚生会との関係は。
  159. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 曾てその会の会長であつたことを承知いたしております。
  160. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) この更生会というのはどういう組織なんですか。
  161. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それは終戰後非常に東京の都内の事情が混乱いたしましたときに、民間人が相当積極的にこの社会事業の方面に進出いたしまして、あつちこつちでボランテイーヤーが出て参りまして、例えば小学校の壊れた所へ自分が一つ積極的に戰災者或いは引揚者を收容いたしまして、自発的に活動をやつたのがあつちこつちにできたのでありますが、その一つであります。
  162. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その更生会は最初から眞木が組織したのですか。
  163. 上平正治

    ○証人(上平正治君) そうでないです。私は民生局長になりましたのは昭和二十一年九月二日でありまして、それ以前からこの更生会というものがありまして、最初は眞木康年でない筈であります。
  164. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 更生会の会員というのは何人くらいですか。
  165. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 更生人の会員でございますか、それは私ちよつと分りません。
  166. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 役員は。
  167. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 役員ですか、役員もどの程度の役員を持つておりますかちよつとはつきりいたしませんが。
  168. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 都の民生局というものはこの更生会と、現在でなく康年が会長をしておつた時代ですね、そのときの更生会と民生局と関係はどうなんですか。
  169. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それは生活保護法によりまして、昭和二十一年の十月から生活保護法が実施されたのでありまするが、そのときから生活保護法による保護施設として認可をしたものです。
  170. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その以前は。
  171. 上平正治

    ○証人(上平正治君) その以前は都の民生局の外郭団体といたしまして、財団法人の東京都更生事業協会という団体があるのでありまするが、それに民生局の事業を代行させておりました、戰災後の浮浪者や戰災者の收容について、東京都更生事業協会に民生局が事業の代行をさせておつたのですが、その更生事業協会からこの更生会の方へ更に委託をしておりました。
  172. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 都の方で更生会に対して、金銭、物質その他そういうもので更生会の施設に対して、援助を与えたことがあるのですね。
  173. 上平正治

    ○証人(上平正治君) ええ、それは只今申しました委託関係で間接的に向うへ補助金が行つておりますし、それから又生活保護法の保護施設になりましてからも、これは当然法律による扶助金が出ておる筈であります。
  174. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 保護法の実施後と実施前の援助数量とかいうものは分りませんか。
  175. 上平正治

    ○証人(上平正治君) こちらの援助の程度でありますか。それは保護法実施の以前は戰時災害保護法というものがございまして、それに準じた扶助金が行つております。保護法実施の後は、これは保護法によります規定の扶助金が行つておる筈であります。これは可なり変つて來ております。時間的に段々と増額されて参りましたから。
  176. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その全体の総額の調べのようなものは分つておりますか。
  177. 上平正治

    ○証人(上平正治君) これはその施設がいろいろ問題になりました前後から、私の方の職員が参りまして、極めて不完全な資料ではございまするが、とにかく利用できるだけの資料を調べまして、調査の結果一応文書にいたしまして、檢察当局の方へも出しましたし、ちやんと文書になつておりますから、若しお入用でございましたら、私の方から一つ別途提出いたしたいと思います。
  178. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 戰災者更生会に対する調査報告書というので出ておりますね、これはあなたの方で出されたのですか。
  179. 上平正治

    ○証人(上平正治君) さようでございます。
  180. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その更生会に收容しておつた人員は何名くらいですか。
  181. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 恐らく百人前後だろうと思いますが、はつきりしたことはその書類に出ておるだろうと思います。
  182. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 昭和二十一年の十二月の二十六日に戰災者更生会の代表者の眞木康年というのから、生活保護法による保護施設を認可して呉れという申請が出ておりましたね、それに基いて認可して、その後はこの規定による保護をしておつたということになるのですか。
  183. 上平正治

    ○証人(上平正治君) そういうわけでございます。
  184. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) この更生会の実際活動しておる状況はどんなものですか。
  185. 上平正治

    ○証人(上平正治君) これはつまり私の方で大体浅草を中心にいたしまして浮浪者が非常に沢山現在でもおるわけでございますが、そういつたものを集めまして、それを或いは直営の施設、或いは委託施設に收容さして保護を与えておるわけでありますが、つまり浮浪者を收容いたしましてそれに生活をさせ、或いは職業指導をさせる、適当なつまり保護を与える、こういう趣旨の施設でございます。大体そういつた趣旨によりまして然るべくやつて行つただろうと思うのであります。
  186. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 民生局の方でその眞木が実際どういうようにやつておるかという実情を監査をしたことがありますか。
  187. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それは終戰直後から、つまり昭和二十年に終戰になりましてから一年或いは一年半くらいの間はなかなかそこまで手が届かないのでありまして、まあこの眞木康年君の会などにいたしましても、むしろ國なり都の手が伸びない中に自然発生的に或る程度の形ができて來まして、それをこちらでその社会的事実をこちらで以て承認をして、そうして或る程度の法的な基礎を与えた、こういう関係になつておるわけであります。なかなか十分な監査というふうなものは当時はできにくかつたのであります。併しながらその後八軍の方からもいろいろそういつたことについて警告も來ますし、それやこれやで段々社会情勢は穏やかに落着いて参りましてから、段々と最近に至りましてその監査といいますか、そういつたものが緒に著いて参りまして、殊に昨年頃は江東三区の水害などもありまして大体私の方の民生局の主管課が保護課でありますが、保護課が主として災害の救助の仕事をやつておるというようなことがありましたために、いろいろなそうした関係で十分監督監査の手が具体的には伸びなかつたのでありますが、結局昨年の十一月に監査員制度というものを保護課の中に拵えまして、それが初めて組織的な監査をやりましたのが去年の十一月であります。それまでは我々は勿論視察にも参りますし、或いは被收容者の頭数を調べるというようなことはこれは職員が随時行きましてやつておつたのでありますが、併し組織的な監査というものはそうして今申しましたようにいろいろな事情のためになかなか手が届かなくなつて、二十二年の十一月の終りに初めて手を着けました。更に二十三年の一月になりまして、これは眞木の問題が新聞に出ました以後でありますが、相当精密な監査をやつております。
  188. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) この監査の結果厚生会に交付した配給品が会員に渡つておらない。で、他の方に横流しをされたというようなことを発見せられたことがあります。
  189. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 発見したかとおつしやるのですか。それは帳簿などは極めて不整備でありまして、その監査の結果につきましては、私只今記憶いたしておりますのは、どうも十分な監査はできなかつた。併しまあ十分ではないが、とにかく一応分るだけ一つ拵えて置けということを私が職員に命じたのでありますが、まあそういつた事情でありますから、物品などもこちらの期待通りに正確に行き届けてなかつたろうということは想像されますが、併しどの程度にそれが横流しをされたか。或いは各本人に行き渡らなかつたというふうなことについては具体的に私はつきり記憶いたしておりません。
  190. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 厚生会では生活保護法によつて收容者に対する食事の供給をしておるのですね。そういうものに対する金額、その経費を以て收容者に食事を与えるというようなことになつていますか。又交付された金額を全部使わずに、幾らか余しておるというようなことはなかつたでしようか。
  191. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それは私共の調査の結果は、先程申上げました報告書に出ておるのでありまして、それを一つ御覺頂くより、私から申上げる今記憶はないのであります。
  192. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 配給品を幹部が使用したとかいうようなことはありませんか。
  193. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それも一つ報告書を御覺頂くより……。
  194. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 分りませんか。
  195. 上平正治

    ○証人(上平正治君) はあ。
  196. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 民生局の方で、厚生会に自動車を貸与しておるのですね、それはどういう関係なんですか。
  197. 上平正治

    ○証人(上平正治君) どういうわけかと……。
  198. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ええ。
  199. 上平正治

    ○証人(上平正治君) これは実は私が局長になる前のことでありまして、当時の事情は若し必要でございましたら、当時の所管の係長が只今の指導課長をやつておりますが、今日もここへ参つておりますから、そちらの方からでもお聞き願えば正確なことは分るかと思います。一応私も書類の上で見ておるだけで、余り具体的には事情を承知しないのです。
  200. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木のやつておる厚生会と、他の方でやつてる厚生会がありますね。
  201. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 同じような団体でございますか。類似団体……。
  202. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その類似団体と眞木のやつておる厚生会とで、幾らか眞木のやつておる方は優遇したというようなことはありませんか。
  203. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それは全然ございません。ない筈でございますね。むしろ事実としては、あすこが、或いは御存じだと思いますけれども、本願寺の地下室でやつておりまして、一番粗末なものでございますね。
  204. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木が恐喝事件のために拘禁されてある時に、あなたの方から昭和二十三年五月二十五日附で、主任判事の久永氏に向つて上申書というのを出しておりますね。
  205. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 出しました。
  206. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) これはどういう関係なんですか。
  207. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それは五月二十五日の午後二時頃だつたと思いますが、まだはつきり記憶いたしておりますが、私の所に眞木自身が來まして、実はもう、弁護士からだという話でありましたが、今日もうすぐに保釈の期間が切れるのだが、若し民生局の方から一つ証明書というか、上申書を貰えばこれが延長されるのだが、一つ出して呉れないか、どういうわけかというと、私の方から檢察当局のお求めに応ずるためにいろいろ帳簿を調べておつたり、計算書を作つておつたのですが、眞木をもう少し外に出しておつて協力させなければならんと、こういう事情があるのだと、こういうことなんです。それで私は実は余り細かく、どの程度に計算事務が進捗しておるか、どの程度に眞木の協力を得なければ、そうした書類の作成がむずかしいものだからということは全然知らんものですから、それで保護課長を呼びまして、どういう事情かと聞こうと思つたのですが、丁度保護課長は民生大会がありまして、第八軍の人と一緒とそこに行つておつたということが分つたものですから、そこで眞木に、君が若しその証明書というか上申書を必要とするなら、直接保護課長に会つて、保護課長がどうしても君を外に出しておつて呉れということであれば、僕が証明しようということを眞木に言いました。ところが眞木がすぐに保護課長の所に行つたらしいのですね。そうして帰つて來ましたら係員の方から保護課長の鉛筆書きで書いた書面を私の所に持つて参りました。どうしてももう少し出して置いた方が便利だからと、こういつた意味の保護課長の書面がありましたから、それなら出してやれというので、判を捺したわけです。
  208. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その時に來て話したのは眞木自身ですか。
  209. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 眞木自身です。
  210. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 実際の内容は保護課長に聞かなければ……。あなたは保護課長の言うことをそのまま鵜呑みにして、それを出したと、こういうわけですな。
  211. 上平正治

    ○証人(上平正治君) どういう程度に眞木を必要とするかということは、私は分りませんでしたから、保護課長の自筆でちやんと書いて頂きましたから、それによつて私は判断したわけです。
  212. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 厚生会と眞木自身がやつておる新鋭大衆党というのがありますね。
  213. 上平正治

    ○証人(上平正治君) はあ。
  214. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その党の会計なり支出、そういうものは厚生会の金円、金を党の方に流用したり、そういうようなことについてあなたの方で調査されたことがありますか。
  215. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それは恐らく私の方としては調査したことはなかろうと思いますね。私自身実は新鋭大衆党の存在ということをはつきりしなかつたものですから……。
  216. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 厚生会の計算を明らかにするためには眞木でなければどうしてもいけないというような事情ですか、厚生会の会計の財産整理等については眞木自身でなければこの整理ができないというような事情であつたかどうですか。
  217. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それは先程の上申書を出すについてですか。
  218. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 上申書を出すばかりでなく、その前からですね、眞木自身を必要としたかどうか。
  219. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それはですね、係長が実は帳簿や何か調べて行かなければ、具体的にどういう事情になつておる。どの程度に進んでおる。眞木がいなければ書類が分らんかどうかということについては、私としてははつきり分りません。
  220. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 主に眞木と厚生会との調査をしておつたというのは、保護課なんですか。
  221. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 保護課、保護係です。
  222. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 保護係ね、厚生会の会計をしておつた眞木の兄弟ですね、それの行方は分りませんか。
  223. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 全然知りません。
  224. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木に貸出した自動車というのはトラツクとそれから小型の自動車と二台のようですね。これも詳細なることはあなた分らない。
  225. 上平正治

    ○証人(上平正治君) はい。
  226. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 同じ厚生会にあるようなこういう自動車など貸し与えておるのがありますか。
  227. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 外の団体ですか。
  228. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ええ。
  229. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 一、二ある筈でございます。
  230. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ぢや委員の方お尋ねありませんか。
  231. 大野幸一

    ○大野幸一君 あなたは二十一年九月二日に局長におなりになつて。眞木が厚生会の会長になつたのはあなたの就任後ですか。
  232. 上平正治

    ○証人(上平正治君) ちよつと私はつきりましせんが、よろしうございますか資料を見まして。
  233. 大野幸一

    ○大野幸一君 見てもいいです。
  234. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 眞木が会長になりましたのは二十一年四月三日となつております。
  235. 大野幸一

    ○大野幸一君 役所の取扱いとして会長という人格はこういう社会事業をやらせるために、重大なる調査事項であるということは言つておるんでしようね、そうでしような。    〔証人うなずく〕
  236. 大野幸一

    ○大野幸一君 そこで眞木氏についてその人物経歴というようなものは調査されたでしようか。されないでしようか。
  237. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それはこの二十一年の四月当時は丁度私もまだ就任いたしておりませんし、よく分りませんが、大体は先程申上げました通り終戰後の混乱に積極的に乘り出して來た民間人の既成事実を基礎といたしまして、後で私の方が承認をした、こういつた事情がまあ客観的の事情だつたのでありますから、そういうことから考えまして、私は十分な且つ具体的な調査はしなかつたかとも思います。
  238. 大野幸一

    ○大野幸一君 他に政党とこういう社会事業を兼ねておるというような人で、東京都からいわゆる、東京都の関係で補助しておるような人がありますか。
  239. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それは今記憶いたしておりますのは宮東孝行氏という人がありますが、これは昭和寮というものを経営しております。これは私共の関係施設になつております。これは届出はしておるか分りませんが、政治的のパンフレツとを出したりなんかしております。それから栗田久男君というのはこれは日の基社会事業団というものをやつております。これは東京都長の選挙の当時田川候補の応援とか何かやつております。果してはつきりいたしました政党というものを結成しておりますか、どうかはつきりいたしません。
  240. 大野幸一

    ○大野幸一君 その後のあなたが就任いたされてからね、動きによつて新鋭大衆党というのはやはりあれは右翼団体的傾向の、右翼思想的傾向の持主ということは感じておりませんでしたか。
  241. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それは実は私眞木自身にも殆んど会わないのです。会議のとき確か一回はつきり記憶があるのですが、そういつた連中も殆んど私として面識がないわけです。まあ課長或いはせいぜい係長あたりといろいろ物を頼んだり折衝をしておる、新鋭大衆党の存在を私実は新聞へ出まして初めて私知つたわけなんです。
  242. 大野幸一

    ○大野幸一君 こういう厚生会と東京都とが関係がありますと、しばしば打合会とか懇談会というものを、会の幹部と都の職員との間に行われることがあるでしよう。
  243. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それはあるのです。
  244. 大野幸一

    ○大野幸一君 それは公然と行われておるのですか。
  245. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それは役所でですね、施設の管理者の会議です。
  246. 大野幸一

    ○大野幸一君 そういうときにやはり若干饗応するのですか。
  247. 上平正治

    ○証人(上平正治君) 饗応といつて、それはもうお茶も出るか出んくらいのものです。
  248. 大野幸一

    ○大野幸一君 それから最後にですね、この報告書に福利金という字が使つてありますが、福利金の点はどういうものですか。
  249. 上平正治

    ○証人(上平正治君) それもですね、私よく今まで知らないのでありますが、この資料によりますと眞木が自分のところに收容した者から、お互いに相互救済的な用途に当てるために、まあ自発的に出す。役所の金と別途にお互いに出そう、こういう金だと思います。
  250. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それじや尋問を終ります。    〔証人黒川義雄君証人席に著く〕
  251. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それでは証人としてお尋ねいたしますから、宣誓をして下さい。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 黒川 義雄
  252. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 黒川何とおつしやいます。
  253. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) 黒川義雄です。
  254. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 年齢は……。
  255. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) 四十三歳。
  256. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 住居は……。
  257. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) 豊島区千同時一丁目三十番地。
  258. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 職業は……。
  259. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) 東京都民生局兒童課長。
  260. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 今上平さんを調べた時にお聞きでしようが、この眞木康年の会長である戰災者更生会に東京都の方から自動車を貸し与えておりますね。
  261. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) はあ。
  262. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その事情を話して下さい。
  263. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) 戰災者更生会に貸しました自動車「くろがね」号という小型の乘用車、丁度ジープの中型のようなもので、それから今一台は貨物自動車、二台であります。最初の「くろがね」号の方を貸しました顛末からお話いたしたいと思うのです。終戰の年の昭和二十年十月二十七日に浮浪者対策のために初めて民生局の厚生課に保護係というものが新設されまして、私は係長になつたのであります。その当時都内に行路病人或いは行路死亡人が非常に殖えて参りました。私の記憶では二十年の十一月頃だと思いますが、GHQのPHWのモルトン少佐という方が主として行路病人及び死亡人関係の仕事を担当しておられました。その人の提唱によりまして、都の、現在は衛生課になつておりますが、当時民生局の医務課長或いは私、或いはそれから東京都の医師会長、その他医療関係の人が十五、六名、神田の日本医師会館に呼ばれまして、私はアメリカの事情はよく存じませんが、向うでは行路病人或いは死亡人が出ました場合には、その死因を調査して、これを公表する。そうして都民に対して伝染病その他についての不安を持たせないようにするということが行われているようであります。それを日本において実施したいというようなお話がありました。趣旨は非常に結構でありますが、それで決まりましたのは先ず第一に榮養失調或いは伝染病の疑によつて死亡した死分につきましては從來警察医がただ檢証するだけで、あと処置をしたのでありますが、これを死体解剖に付してそうして死因を究明するということが決まりました。で、もうすぐに、その会見から、殆んど一週間も余裕がなかつたと思います。十一月二十三日からそれを実施するように申されました。私共はそれが非常に困難であることは承知しておつたのでありますが、当時進駐軍のそういつた注意といいますか、勧告というものは、一種の命令的に我々取つておりましたが、万難を排して実行するということを決意したわけであります。ただ実際問題としまして、我々が死体を運搬すべき自動車等の搬送用具等も持ち合わしておりません。それでそのとき警視廳の方へお願いしたわけであります。警視廳の保安部長が西村さん、その後どつかの知事になりましたが、西村さんでありました。話しましたところ、警視廳の方で救急車があるだろう、それを貸して呉れと言いましたところ十二台あつたが全部燒けて一台しかないから、それじや外の方の車を廻そうということで、当時目黒の十七部隊に車或いはトラックが何十台か置いてありました。そのうち「くろがね」号同型のものを三台貸すからということで私共も引取りに強つたのであります。引取を指定されました日にこちらの牽引車が故障しましたために、翌日当時の保護係の沢田という主事が現地に行きましたところ、二台は全然修理不能で、使用不可能の状態でありましたので、一台だけ引取つた。しかし、これも修理しなければ使用に堪えないということで直ちに……、現在十七部隊の跡には目黒厚生寮という浮浪者の收容施設になつておりますが、そこに菅沼という今自動車の修理工場をやつている人に修理を頼んで、一方私共は止むを得ませんので荷車或いは牛車等を使つてそういう死体を東大の医学部の法医学の教室の死体解剖室に運んだのであります。その車が翌年の二月頃に漸く修理できたのでありますが、試運転というような形で民生局で使つておりました。そのうちこの仕事が四月一日から、新年度から厚生課でやるものでなく、医務課でやることになりまして、仕事が移管になりましたので、同時に都の方でも本格的に予算が決まりまして、そういつたいろいろな準備が整つて参りましたので、この車がそういつた仕事のために不用になつたのであります。ただ当時、大体終戰の年の十月二十五日に第一回の上野駅の一斎收容を始めましてから、頻繁にやつておつたのでありますが、一応大きな收容をやつておつても、上野附近には尚多数の浮浪者がありまして、常時そういう人を搬送するために必要であるということから、実は私共の方が直接倉庫でもあればそういうものをそこへ置いたのでありますが、止むを得ません。下谷区役所に保管させようと思いましたが、向うでは適当な場所がないということだつたのです。できるだけ上野に近い施設だということで、東本願寺の地下室に戰災者厚生会がありましたので、そこへ備え付けて、半ば強要というくらいの意味合で、正式に貨したということでなく、強要という意味合を以て当初は配置したのであります。戰災者更生会は浮浪者の收容については非常に協力的であつたということと、いま一つは施設として不完全でありまして、その前年の何月頃でありましたか、冬の眞つ最中でも鉄筋コンクリートの上に莚を敷いている状態でありました。芦田総理大臣も、当時厚生大臣であすこにお見えになりまして、この世に地獄と言われて、都下の新聞に大きく書かれたこともあつたのであります。そういう状態でありまして、一時あすこに保護する病人その他の処置をあすこでしまして、恒久的施設に移すというようなわけで、恒久的施設の外に、一時的な保護所という意味も含ましたわけでありましたから、特に車が必要だというわけで、あすこに配置したのであります。ところがこの車は非常に故障度が多くてあまり活用できませんし、又多数の人員の食糧運搬或いは病人の搬送等につきまして、到底不十分であるので、その後重ねて警視廳に依頼しまして貨物自動車の貨付を受けて、これを配置したわけであります。小型自動車は事実上使えないような状態にありましたので、実は私共昨年これを送還して貰おうということを、内部で話合つておつた状態であります。そういうわけでこの車を配置しましたので、外にも貨物自動車につきましては、他の施設にも大体一台ずつ貸してあります。ただそういうわけがありましたので、あすこだけ小型の自動車が一台余分に貸出されたようなことになつておりますが、他にも上野近辺には忍ヶ岡の更生会館というものがありまして、あすこには公園前の霊柩車を借りまして、これも一台余分に、そういつた搬送用のために常備しておいたのであります。これは公園課の方で必要が生じましたので、返還して貰いまして、現在は公園課の方に私共の方から更に返却したようなわけであります。そういつたわけで車を貸したようなわけであります。
  264. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 「くろがね」号というのが、今あなたの話したので、あとの貨物自動車が行けば、これは歸つて來ていいわけなんですね。
  265. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) あとのが行けば前のが歸つて來ていいというわけですか。
  266. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ええ、そうなんでしよう。
  267. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) ええ、果して二台運んであつたかどうか、私共は貨物自動車は、こういつた数百人の集団生活をするところですから、配給ものを取るとか或は都にいろいろなものを取りに來るとか、その前にも実は都営の乘合自動車を借りまして、各施設から病人を搬送して各病院に連れて行くとかいうこともしておりましたが、そういつた方面も、そういつた特殊の環境にあつた人を乘せるということから、段々民生局の方も喜ばなくなつたから、そういつた便もなくなつたので、私共としては、上野近辺のそういう特殊な場所に対する施設として、やはり一台ぐらいあの浜辺に共用の車を置いておきたいというわけですから、貨物自動車が行つたからこちらが全然不用になつたとは考えておりませんでした。
  268. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 今これはどうなつておりますか。現在そのままになつておりますか。
  269. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) 現在は特殊財産管理課の方で、解散団体に指定されたものですから、そちらの方で管理しておられると思います。
  270. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それまでの間は眞木個人が乘り廻しておつたんじやないですか。
  271. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) 眞木自身が役所に「くろがね」号で乘つて來たというのは、私見たことはございません。眞木自身は、私が見ましたのは、何か赤く塗つた立派な乘用車、フォードか何かに乘つておつたのは見たことがありますが……。
  272. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木に対しては、特別にあなたの方で取扱を優遇してやつたというような形になつておりませんか。
  273. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) そういうことはございませんです。先つきお話しましたように、本願寺の地下室というものが、施設としてもう全く不十分なものでありまして、一日も早く撤去しなくちやいかんということを、我々常に念頭に置いておつたのでありますが、併しあすこが他の方に比べて施設が惡いから外の方で埋合せをするとか、償いをしてやるとかいうことは、別にやつておりませんでした。
  274. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木の方から強硬に何かこの取扱について文句をいうたり、脅かすといつたようなことをされたことはないのですか。
  275. 黒川義雄

    ○証人(黒川義雄君) 文句はちよいちよい、これはもう眞木に限らず、外から聞きましたけれども、眞木は一応役所などに來て、我々に話をする場合には、一応筋の通る話をして行う人でした。そう無理難題を吹掛けるとか、不合理な話をするというようなことはしない人です。実は警視廳などでも私が脅迫されたかどうかということも聞かれたのでありますが、眞木氏からは別にそういう脅迫とか、そういつた威迫は受けませんでしたが、要するに当時東京都自身が、或は國自身がこういつた浮浪者の救済といつたことにつきまして、非常に施設等については備えがなかつたものでありますから、その場合なども、養育院なども殆んど施設が大半燒失しましたから、先程局長が申しましたように、自然発生的に町のいろんな人が、こういつた施設をどんどん作つて行つたわけであります。まあそれは我々が意識的に仕事を代行して貰つたというのでなくて、そういう人に委託せざるを得ないような、又そういつた即成事実を承認して、合法化して行くというふうな方策を採つたわけであります。眞木氏自身のは、先にお話しましたように、あの本願寺の地下室というものは、十二月の末になりましてから、コンクリートの上に莚を敷いて寝ておつたというような状態ですから、こういつた点について、東京都はもつと積極的に施設を整備しなくちやいかんじやないかというようなことは、私共だけでなく、都長官のところへ行つても言われたようであります。或は又その後、四月、五月の食糧欠配の当時で、宮城前でそういつた大会があつたり、民生委員大会で食糧輸入懇請の大会があつたりしましたが、そういつたときも、今晩の飯がないということで、私のところに來られて、是非何とかして呉れというような話で、一緒に食糧営団に交渉に行つたことがありますが、別に威迫的な言動を示されたことは、私自身として、これは主観的な問題でありますが、そう感じてはおりません。
  276. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) どなたか外に御質問の方がありますか……。それじやこれで休憩しまして、午後一時半から再開いたします。    午前零時三十七分休憩    ―――――・―――――    午後一時五十分開会
  277. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それじや休憩前に引続きまして、小委員会を開会いたします。先ず証人の富田滋さんにお尋ねいたします。尋問に先だつて宣誓を命じます。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕    宣誓書  良心に從つて眞実を述べ何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 富田  滋
  278. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 宣誓の上ですから尋問の事項について間違つた陳述がありますと処分になりますから。  姓名は何とおつしやいますか。
  279. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 富田滋と申します。
  280. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 年齢は。
  281. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 四十二歳、数え年です。
  282. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 住所は。
  283. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 東京都大田区雪ヶ谷町五五七番地。
  284. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 職業は。
  285. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 東京都総務部特殊財産管理課長、東京都事務吏員でございます。
  286. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木康年という人と……。新鋭大衆党の党首をしておつた眞木とは何時から御存じですか。
  287. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 眞木とは新鋭大衆党が解散になりまして、公務上の関係で前後二回程あつたわけです。その時期はずつと後でして、一度は眞木が保釈になつて出ました時に、東京都に訪ねて参りました時と、それから保釈の期限が切れて又入所します多分直前だつたと思いますが、その時に訪ねて來た時でございます。
  288. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 新鋭大衆党の解散後資産の整理とかいうようなことは、あなたの所管事務になつておりますか。
  289. 富田滋

    ○証人(富田滋君) はあ、さようでございます。私共の所管は大体そうなんでございますが、御承知のように勅令第百一号の三條の規定にあるのですが、解散団体の財産を接收保管をするということが私の所管でございます。
  290. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それに関連して、あなたの方から解散になつたについての資産の整理を命令したわけですね。
  291. 富田滋

    ○証人(富田滋君) さようでございます。
  292. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 第一にどういうふうに取計られたのですか。
  293. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 私の方のまあ職務内容でございますけれども、解散の告示が当該の官廳から出ました場合は、まあ直ちにその団体の財産の移動禁止をするのであります。そうして財産を調査いたしまして、接收すべきものを接收して、そうして接收財産を保管をする。そういう順序でございます。尚接收しました財産の中、現金とか、預貯金のようなものは、日本銀行の連合軍最高司令官当座に拂込、又解散団体の債権がありました時はこれを取立てるという仕事もあるのでございます。新鋭大衆党につきましては債権の取立てのようなことはございませんでした。
  294. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その財産の調査のようなことは……。当時眞木が警視廳に拘留されておりましたね。
  295. 富田滋

    ○証人(富田滋君) はあ。
  296. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木の不在中でも事務所等で資産の調査というようなことはあなたの方でなされたのですね。
  297. 富田滋

    ○証人(富田滋君) そうでございます。眞木がおるといないに拘わらず、その党の事務所或いはその関係者につきまして、私の方で積極的にこの調査をやつたわけであります。
  298. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 主にその調査に大衆党の方で立会つたりした人は誰ですか。
  299. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 私直接やつたのじやないのですが、報告によりますと、中川勝太というのが主として立会つたように聞いております。その人は党の党務委員であります。
  300. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その調査の結果、党の資産等について調べられたことはどういうことですか。書類を御覽になつてよいのです。
  301. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 党の財産の状況でございますか。
  302. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ええ。
  303. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 接收された動産もございますが、これを一々申しましようか。目録がありますが……。
  304. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 目録全体でなくてもいいのです、大体で。目録がありましたら、そのままここへ出して貰いましよう。
  305. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 接收したのは擴声器とか、椅子とか、謄写版とか、その他事務用品、電熱器がありました。現金四百十円、こういうものが接收されまして、尚仮接收ですが、はつきりしないために、一応仮接收しましたものが銀行預金大体七万円足らずの金であります。六万九千なにがしであります。それで新橋にあります建物の権利金の二十一万円、こういうようなものは仮接收いたしました。目録は出しておきましよう。
  306. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 銀行預金は誰の名義になつておりました。
  307. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 銀行預金は眞木康年というものと眞木康弘、子供の康弘名義の預金があつたのであります。
  308. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木の妻の眞木キヨというのはありませんか。
  309. 富田滋

    ○証人(富田滋君) キヨのはございません。取引銀行も三菱銀行の雷門支店だけでありました。
  310. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その際戰災者更生会という方の関係について調べましたか。
  311. 富田滋

    ○証人(富田滋君) はあ。新鋭大衆党の財産がはつきりしないので、眞木個人の財産と党の財産と、それから又眞木が会長をしておりました戰災者更生会の財産等の区分が殆んどないので、殆んどが眞木個人の名義の預金の中に含まれておるような関係にあります。そのために戰災者更生会の財産状態も一応調べる必要が起つたのであります。
  312. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その調査のためには眞木が勾留のために不在であつた事情から、調査に困難なようなことがありましたか。
  313. 富田滋

    ○証人(富田滋君) とにかくそういうような問題の状態でありましたので、而も眞木が一切のそういう経理事務は人委せというよりも、自分でやつていたというような事情が分つておるものですから、眞木がいれば非常に便利だとは思いました。事実調査には非常な困難を感じましたことは、その通りでございます。
  314. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そのことについて檢察廳なり地方裁判所の方へ、都の方から眞木の不在のために調査ができないから、眞木の勾留の執行を停止することを希望するような連絡をとつたことはありますか。
  315. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 全然ございません。又暗示を与えたこともございません。
  316. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その際都の方から自動車二台更生会の方で借りておつたというようなことは分つておりましたか。
  317. 富田滋

    ○証人(富田滋君) はあ、それは調べまして分りました。
  318. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その事情は、更生会ではその自動車をどういうことに使用するために借受けたのですか。
  319. 富田滋

    ○証人(富田滋君) これは民生局が貸したものですから、私の方から民生局長宛てにそういう事情を報告して貰いたいという依頼もしましたし、直接係員も行つて調べたのですが、民生局の報告によつて知る程度でございまして、当時終戰後、非常に仕事の関係でどうしても借りたいというようなことから、貸したということは言つておりました。別に民生局でもそれを疑つたような形もないので、物資の運搬とか或いは行路死亡人の運搬用に使わせていたということを申しておりました。
  320. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 更生会に貸渡した二台の外に、眞木が個人として乘用車を拂下げて貰つたという事情はお聽きですか。
  321. 富田滋

    ○証人(富田滋君) はあそれも承知いたしております。
  322. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その事情は……。
  323. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 事情は眞木の口述書で述べてあるのですが、その使用目的は別に言つておりませんでしたが、普通乘用車を警視廳から拂下げを受けて、確か六百円かで東京自動車販賣株式会社ですか、そこに金を納めて会のものにしたということを言つております。その程度しか私達は分りません。
  324. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは大衆党とは関係ないのですか。
  325. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 戰災者更生会用にしたということだけです。
  326. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 更生会の方ですか。
  327. 富田滋

    ○証人(富田滋君) はあ。
  328. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの方の取調べでは眞木の個人財産になつておりますか、又は更生会のものになつておりますか。
  329. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 戰災者更生会の資産になつております。
  330. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そういう拂下げについて、又は貸渡しについて都の民生局等に対して、眞木が威迫をしてその措置をとつて貰つたということはなかつたのですか。
  331. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 聞いておりません。
  332. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 又民生局の方が特に眞木に対して特別な取扱いをしたというようなことは感じられませんでしたか。
  333. 富田滋

    ○証人(富田滋君) そういう感じもありませんでございます。又私の方のそうした事情は主管外ですから、別に特別な調査もございませんでした。
  334. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 解散命令後この整理事務の処置について総司令部の方との関係などについて御承知のことはありませんか。
  335. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 総司令部との関係は私の方は專らGHQのCPCとの関係を持つておるのであります。いろいろこの新鋭大衆党の財産の接收につきましては常に連絡をいたしましていろいろ指示も受けてやつておつたのであります。何かそれについて具体的なことを申上げる必要はございますか。
  336. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 具体的なことは分りますか。
  337. 富田滋

    ○証人(富田滋君) はあ、例えば二十三年の一月の七日にCPCのハーシュという担当官の呼出に応じまして、私と当時内事局の久保事務官と呼ばれて参つたのでございます。そのときに大衆党の接收経過の説明を求められまして、GHQとしても相当関心を持つておるから十分に愼重にやつて貰いたいということを言われましたし、尚一月九日には内事局から新鋭大衆党財産についての調査の中間報告書を出すようにと命ぜられました。それから二十三年の二月三日にCPCにアインホルンさんという方が高山監察官と御一緒に私のところに参りまして、眞木康年と康弘名議の預金について私の部屋で調がございました。その後アインホルンさんは三回程私のところに見えましていろいろと大衆党の関係につきまして資料を調べられたり持ち帰られて調べられたりされたことがございます。それから二十三年の四月の八日にCPCから呼出がございましたので私と民生局の御小柴保護課長と一緒に参りまして、そのときに新鋭大衆党と戰災者再生会との関係は非常に一体的な関係にあるらしいということと、それから戰災者更生会の財産関係についてどんな状態であるか報告して貰いたいということをいわれました。それから尚その際に眞木の実兄に当る堀切の所在が分らないけれども、その後どうなつておるかということ、それから康弘名義の預金はどういうふうに処置するか、第三番目には自動車の問題はどうするか、四番目には新橋の事務所の権利金の措置はどうするかということについて調査報告を出すようにということを命ぜられたことがございます。その報告書は二十三年の五月の二十日のCPCのハーシュ氏の手許に提出をいたしました。大体以上がCPCとの交渉経過でございます。
  338. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その調査のために眞木を出所せしめて、いわゆる釈放することがどうしてもなければならない事情でしたか。
  339. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 私の方は別にそうとは考えておりません。先程申上げましたように、別に保釈をして貰いたいというような希望を外に言つたこともございませんような次第で、いなければいないで我々が自主的な調査をして報告を出そう。そういう覚悟でありました。ただ不便は感じましたけれども、そういう意味で保釈を懇望するようなことは全然なかつたのです。
  340. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 結局監理課の方の職権で、この調査というものに対する認定とか、そういうものはあなたの方で眞木に拘わらず認定ができるのですね。
  341. 富田滋

    ○証人(富田滋君) そうでございます。事実の認定は東京都廳がやる権限があるのですが、実際は私共の仕事は法務廳の方で監督しておりまして、接收の程度であるかないかということも一応監督される立場にあり、法務廳とは絶えずこの問題につきましていろいろな指示を受け、想談をしてやつて参つておるのです。
  342. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうすると、そのために眞木の勾留を解いて貰いたいというようなことの希望を持つておつたというわけでもないのですね。あなたの方としては……。
  343. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 内心は持つていたけれども、それは具体的に現わしたことはないのです。おれば非常に都合がいいとは思つただけでございます。
  344. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その後眞木が執行停止になつて出ましたから、出てから後相当な期間整理もやつたようですが、その結果はどういうふうになつておりますか。
  345. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 結果は、私達は非常に期待をしたのですが、眞木自身のいろいろな口実はありましたけれども、これを証拠立てる意味のものが何も出て來なかつたので、眞木としては、非常に世の中が変つて、どうも自分にそういうような証拠を出して呉れる人があるわけなんだけれども、こう落ちぶれたら誰も出して呉れんということを最後の日に言つておりましたけれども、結局眞木の言つておることを証明する具体的なものは何も出て來なかつたのです。
  346. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 新橋の方の事務所の権利金の問的ですね。
  347. 富田滋

    ○証人(富田滋君) はあ、そうでございます。
  348. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その権利金はあなたの方の調べでは何処から出た金であるかということは分りますか。
  349. 富田滋

    ○証人(富田滋君) これは推定でございますけれども、戰災者更生会の都からの交付金や、その他何と申しますか、戰災者更生会の中で取立てていたような福利金のようなもの、そういうものが一応眞木個人の用金に入つておるという想定があるのです。從つてそういうような金が流用されて使われたのじやないかというふうに私達は想像したのでございます。
  350. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木の妻キヨの財産というものはどれ程であつたか分りますか。
  351. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 眞木は非常に、長持を十幾つ持つて來たとか申しまして、非常に奧さんが前夫から貰つた財産だと言つてましたのですが、現金にしても二、三十万円、その他衣類だとか骨董品だとか相当持つて自分のところへ來たのだというようなことを言つておりました。それで眞木がもと住んでおりました春日町に鈴木という差配人がございますが、それに就きまして係員が調べまして、又彼の口述を取つて参つたのですが、それによりますと、可なり裕福な所からお嫁さんを迎えた。近所隣りもそうだということを言つておりましたから、まあ可なり持つておつたのではないかと想像されるのであります。具体的にこれを証明する材料はございませんが……、そういうような……。
  352. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの方で調査したときには、そういう骨董品のような物、或いは衣類のような物は現存しておつたのですか。
  353. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 現存しておりましたか。さあ。何か疎開をして、新潟ですか、そつちの方に疎開をして、持つて行つたということを言つておりました。御承知のように、私の方の仕事は檢察権とか警察權というものはございませんし、無断でどんどん家宅捜索するというような權利はございませんが、党の方には参つて調査をいたしましたが、居室の方には行つておりませんので、よく存じておりません。
  354. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 本年の四月十二日に管理課長であるあなたの名議を以て、眞木康年の妻眞木キヨに宛てた「財産調査書提出について」という書面がございますね。
  355. 富田滋

    ○証人(富田滋君) まあ。
  356. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) これはどういう関係で。
  357. 富田滋

    ○証人(富田滋君) それは眞木康年が居りませんから、まあ奥さんならば相当眞木の個人財産のことに御存じだろうというわけで、奥さんにその調べをお願いしたわれです。外に他意はないのでございます。
  358. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 調査するについてこういう紹介をして貰いたいといつたようなことをあなたの方に申出て、それからそれを出いたのではありませんか。
  359. 富田滋

    ○証人(富田滋君) そうじやございません。
  360. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの方が氣附で、眞木が不在でも妻なら分るだろとういう意味で。
  361. 富田滋

    ○証人(富田滋君) さようでございます。眞木康年宛にはこの行にも出しましたけれども、彼が居ないためですか、返事がなかつたのです。それは結局第二回の催促になるわけですが、眞木が居りませんので、妻に宛てて出したのです。
  362. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その眞木康年に宛てて出したのは、やはり眞木の住所に出したのですか。拘禁された方ではなく。
  363. 富田滋

    ○証人(富田滋君) そうではございません。浅草の方の住所です。
  364. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの方で見られたときは、この調査は大体眞木が帰つて來て調査をすれば、日子は何日ぐらいで調査ができるだろうと思つておられましたか。
  365. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 私の方はもう一週間も経てばいいのじやないかと思つておりました。
  366. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 一週間ね。
  367. 富田滋

    ○証人(富田滋君) それで四月十九日初めて來ましたときに眞木に要求しましたのです。一週間以内に出して貰いたいと言つたのですが、結局いろいろな証拠を集めるのに一週間以内ではできないというので延期を申出て來たものですから、まあ止むを得ず延びていたわけです。私の方の見込みは一週間あれば具体的の資料も出ると思つておつたのです。
  368. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) この調査は全部終つたことになつておりますか。
  369. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 終つたことになつております。
  370. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 結了したわけですか。
  371. 富田滋

    ○証人(富田滋君) はい、大衆党のことにつきましては終つたことになつております。
  372. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 厚生会の方はどうです。
  373. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 厚生会は現在調査中であります。
  374. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) これはいつ頃まで掛かりますか。
  375. 富田滋

    ○証人(富田滋君) これも厚生会の書類が非常に不完全でございまして、主として東京都の交付金の問題だものですから、民生局にいろいろと調査を頼んでおる。私共勿論一緒にやつておるわけです。まあ二月以内に大体一般の解散団体の調査報告は出すことになつておりますから、その範囲で完了するように努力はしております。
  376. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大衆党の方の計算の結了した日というのはいつになつておりますか、調査の終つた日は。
  377. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 五月二十四日CPCに新鋭大衆党の報告書を提出した日を以て完了したのであります。
  378. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 結局は新橋事務所の権利金、眞木康弘の預金、春日町の授産場の建物、眞木康年の預金、それから借受けの自動車二台、更に拂い下げた自動車、これが大衆党のものでなく、厚生会の財産の方の整理に入つておりますか。
  379. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 新鋭大衆党の財産にも例えば眞木康年の預金の一部は当然入るべきものと想定されるので、それが一部入つておりまするし、それから自動車の件は所属は戰災者厚生会ですが、新鋭大衆党の標札を自動車に附けていたという点で、新鋭大衆党が支配をした財産として接收をしました。
  380. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) これは警視廳で拂下げを受けたものですね。
  381. 富田滋

    ○証人(富田滋君) そればかりじやございません。全部……。
  382. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 全部ですか。
  383. 富田滋

    ○証人(富田滋君) はい。
  384. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それから……。
  385. 富田滋

    ○証人(富田滋君) それから眞木康弘名義の預金、これは一応党の財産と認定するわけに行きませんで、私共初め個人の財産というような考えでございましたのですが、彼の個人收入というものの元が分りませんものですから、と同時に戰災者厚生会の都からの助成交付金に相当黒字があるような結果になつておりまして、それが眞木康年自身の預金に入つておるようなふうに想定されるし、これも戰災者厚生会の財産の一部というように考えております。子供の方の預金、それから授産場の方はこれは当然戰災者厚生会の財産、その外に何かございませんか。
  386. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 新橋事務所の件。
  387. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 新橋事務所、これもその目的が新鋭大衆党の事務所に使うというようなことを中川勝太だけですが、そういうような意思があつたらしいということを表現しておりますので、この方の権利金は新鋭大衆党の財産と思われるのですけれども、一応その使途が戰災者更生会の金の方から出たと考えられるものですから戰災者更生会の資産の中に入れるつもりであります。
  388. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 康弘の預金の分は、一部は……。
  389. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 康弘の預金につきましては、これは戰災者更生会の方の金を廻したのではないかと、そういうふうに考えております。
  390. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうするとこれは全部更生会のものと認めておるのですね。
  391. 富田滋

    ○証人(富田滋君) そうです。
  392. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) これは六万幾ら……。
  393. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 四万一千です。
  394. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 本人の分は……。
  395. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 康年の分につきましては一部は党の資金等が支配した財産というわけで六万幾ら、それは党の財産の方に入れてあるのです。
  396. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 結局康年名義の分は全部じやないのですか…、全部大衆党……。
  397. 富田滋

    ○証人(富田滋君) そうです全額が六万九千円です。それを全部大衆党の資産として入れたわけです。
  398. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 何かお尋ねがありませんか。
  399. 大野幸一

    ○大野幸一君 あなたの方へ弁護士が來たときはございませんか。
  400. 富田滋

    ○証人(富田滋君) はあございます。高木さんとおつしやる眞木さんの弁護人の方が出所します一週間ぐらい前、四月の十三日か私の方へ参りまして例の財源に当てた個人財産調、そのために今度出て來ることになつたが、それまで一つ待つて貰いたいということを言つて参りました。一回だけ見えました。
  401. 大野幸一

    ○大野幸一君 出ることはそのときはもう確定していたのですね。
  402. 富田滋

    ○証人(富田滋君) ええ、確定だらうと思います。私の方へは出ることになつたからと申しておりました。
  403. 松井道夫

    ○松井道夫君 アルヴァート・S・アインフオルン、御承知ですか、その方はどういう関係があつたのですか。
  404. 富田滋

    ○証人(富田滋君) CPCのどういう部局にいた方ですか、私は存じないのですけれども、私達がしよつちゆう折衝しております部におられた方です。別に何と申しますか、新鋭大衆党の財産を調べることを担当したというようなことで、私も深くどういう方であるかは知りません。
  405. 松井道夫

    ○松井道夫君 とにかくこの新鋭大衆党の財産整理に関係しておつた方ですか……。
  406. 富田滋

    ○証人(富田滋君) そうでございます。そう言つちや失礼ですが、下調べをされた方と思います。
  407. 松井道夫

    ○松井道夫君 この方が眞木康年の刑事事件の関係で、眞木康年が拘束されているので、財産整理の調査が遅れているというようなことについてお話をされておつたことがありませんでしたか。
  408. 富田滋

    ○証人(富田滋君) 私は聞いておりません。
  409. 松井道夫

    ○松井道夫君 この方に対してあなたの方から、今のような関係で、調査が遅れて困るというようなことを話されたことはございませんか。
  410. 富田滋

    ○証人(富田滋君) ございません。極めて簡單で、アインフオルンさんは最初に來たときは康年と康弘の名義の預金の明細書をこれを何か調べておりました。これを貸して呉れと言つて翌日返しに來ました。今度戰災者更生会の経理簿を貸して呉れと云つて直ぐ帰つて行つた、そんな程度でありまして、特別の話をしたことはないのであります。
  411. 松井道夫

    ○松井道夫君 ちよつと先程述べられたと思いますけれども、司令部の関係で今あなたの関係ですね。その所管の部はCPCですか。
  412. 富田滋

    ○証人(富田滋君) そうでございます。
  413. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それじや用済みですから御苦労樣。    〔証人服部甚平君証人席に着く〕
  414. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 当委員会で服部さんを証人としてお尋ねしますから、宣誓を命じます。この宣誓書をお読みになつて。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕    宣誓書  良心に從つて眞実を述べ何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 服部 甚平
  415. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 御承知のように宣誓の上で事実に違つた陳述があつたり、承知しておることは隠したりしますと、そのことで刑事上の制裁がございますから御承知願います。  服部甚平さんとおつしやいますか。
  416. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  417. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 年齢は。
  418. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 五十七才。
  419. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 住所は。
  420. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 私は二ヶ所になつておりまして、住所と診察所とあります。
  421. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 住所の方は。
  422. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 確京都台東区上根岸町百十一番地。
  423. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 職業は医者ですね。
  424. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  425. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) いつから医者になつておられましたか。開業されたのはいつからですか。
  426. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 大正十一年ぐらいだつたと思います。
  427. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 最初から開業医ですか。
  428. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  429. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 学校は。
  430. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 千葉医学專門学校。
  431. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 千葉医学專門校を卒業されたのはいつですか。
  432. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 大正四年。
  433. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それから開業までは。
  434. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 研究室におりましたが、大体日本郵船の船医をやつておりました。それから大正九年に罷めまして、その後慶応医科大学で研究いたして開業いたしたしました。
  435. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 專門の方は。
  436. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 産婦人科であります。
  437. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木康年というのは御承知ですね。
  438. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) はあ知つております。
  439. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それはいつから知つておられますか。
  440. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 知つておりますのは昨年の夏頃じやないかと思います。
  441. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) どういう事情で。
  442. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは風邪か、胃腸でしたか。何か藥をやつた覚えがあります。その程度でございます。
  443. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは診療所に來て診察されたのですか。
  444. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それはよく覚えておりません。來たのか、行つたのかよく覚えておりません。
  445. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 当人の妻のキヨは。
  446. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) キヨさんは昨年の夏頃やはり私にかかつたと思います。
  447. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) キヨの罹かつたのは何の病氣です。
  448. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 腎臓炎とそれから梅毒でありました。
  449. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その後眞木が事件のために警視廳の方に拘禁されたということはいつ分りました。
  450. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 書類がございますが、書類を見てよろしゆうございますか。ちよつと待つて下さい。一月の十六日であります。
  451. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) どういうことで覚えられたのですか。
  452. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 眞木キヨから眞木康年が警視廳に留置されておるので、非常に体が弱つているから、行つて診て呉れないかという相談を受けました。それで私は多忙ですから、ちよつと行きにくいと一時断りました。ところが是非行つて呉れというので自動車を廻して來まして、何でも午前十時か十一時でしたか、はつきり覚えておりませんが、一月十六日に警視廳に行つて診ました。
  453. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そのときの容態は。
  454. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) そのときの容態は、別段用意もして行きませんでして、普通の往診のつもりで参りまして、どんな様子か体が衰弱しているという話でしたから、それを診るために参りましたので診察いたしましたところが、非常に顔だとか皮膚だとか貧血のように蒼白く見えました。それから本人が痔が惡いということを私に申されました。それじや痔が惡ければ一つ診ましようというので、そこの警部さんの前でお尻を出して痔を診ました。そうしたら確かに痔があります。もうその程度で診察を終えました。
  455. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そのときは血圧は計つてみませんでしたか。
  456. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 計りません。
  457. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大体そのときの診察ではどう診られたのですか。非常に身体が衰弱しておるとか、惡いとかいうように診られたのですか。
  458. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 非常に惡いと診ました。
  459. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木の身体は不断知つておられるから警視廳へ行つて診られたときには、大分惡いというように感ぜられたのですか。
  460. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 自分で診ればやはり衰弱している、いわゆる健康体と比較しまして、衰弱していると診ました。
  461. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そのときは帰えられてから診断書を貰いたいというようなことはありませんでしたか。
  462. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ありました。眞木キヨと思いましたが、私もよく覚えておりませんが、帰つてから診断書を、見た通りのことを書いて來て呉れという依頼があつたように記憶しておりまして、警視廳で私は書きました。
  463. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 警視廳で書いたのですか……。
  464. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 警視廳で書きました。
  465. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは眞木がそういう依頼をして、眞木の要求によつて書いてやつたのですね。そこで渡して來たのですか。
  466. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) そこで渡しました。
  467. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その診断書というのは、裁判所の方へ何かそういう病状であるからということで、それを出すためにあなたから要求したわけですか。
  468. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それはよく私はそういうことを考えておりませんでした。何でも書いて呉れという依頼があつたからそのときは書きました。
  469. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その後又診訪書を書いたことはありませんか。
  470. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 書きました。
  471. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それはいつですか。
  472. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 診断書を書きましたのは、多分二日か三日じやないかと記憶しておりますが……、二月二日に書いております。
  473. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 前のは一月十六日ですか。
  474. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  475. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの警視廳に行かれたときですね。
  476. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  477. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月二日ですね。
  478. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 二月二日に書いております。
  479. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それからその次は。
  480. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 二月の九日附で出しております。
  481. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 又二月十日にも書きましたね。
  482. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 十日にも書いております。
  483. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月の二日附は、このときにはもう眞木は執行停止になつて家へ帰つてからですね。
  484. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) そようでございます。
  485. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その診断はどこで爲されたのですか。
  486. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 眞木の家でいたしました。
  487. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その際は血圧を計つてみられましたか。
  488. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 計りました。
  489. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 血圧はどんなものでしたか。
  490. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 一月三十一日に計りました。そのときは家へ帰つてから私が診たのが始めてです。そのときに血圧は二百ありました。
  491. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 一月三十一日ですね。
  492. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) はあ。
  493. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月二日は。
  494. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 一日、二日はやはり八、九十あつたかと思います。
  495. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 百八、九十ですね。
  496. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) はあ。三日の日も計りました。
  497. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 三日はどうですか。
  498. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 三日は二百くらいです。
  499. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木はあなたの病院に入院いたしましたのはいつですか。
  500. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 入院は四日です。
  501. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) これはどうしても入院して療治するような状態……大体入院治療というと、相当病氣の重いようなときに入院すると思いますが、そういうことであなたから入院を勧められたというなことでもありましたか。
  502. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ありません。私が入院を勧めません。
  503. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木の方から入院さして貰いたいという希望が出たわけですね。
  504. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  505. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 同時に妻のキヨも入院したのですね。
  506. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  507. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) これはどういう病状であつたのですか。
  508. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 眞木キヨは腎臓が惡いのと、それから神経衰弱に非常にかかつておりました。
  509. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その程度は。
  510. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 程度は非常にうるさい程騒ぐくらいの程度です。一日に二回も三回も來て呉れというくらいの程度です。つまり心臓が止つてしまうとか、頭が割れそうだと言うので往診を求められました。
  511. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうしてあなたが診察するというと、やはりそのうるさくあなたにお願いするような病状であつたのですか。一体病に弱いとかいうような性質の人があるのですが……。
  512. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 昨年の夏非常な腎臓炎がありましたのです。それで慢性の腎臟炎が眞木キヨにはある、それでそれを私はよく知つております。それから昨年の暮でしたか、やはり梅毒反応を調べましたときにも、梅毒はありました。それで駆梅療法をしようとしても、腎臟炎がありました関係上できなかつた、そういう体質は私は知つておりますし、それから非常に不眠症を起しておるのと、それから時々脈をとつて見ると結滯をいたしました。脈が止まつてしまうような場合もある。それは死んで止まるのじやない、結滯という、こういう状態がありましたから、私は安靜にするように命じました。よく眠むるように命じました。心配をしないように命じました。そういう程度の私は注意を与えました。
  513. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは眞木キヨに対してですね。
  514. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 眞木キヨに対してです。
  515. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) キヨの入院もあなたの方から入院した方がよろしいということでなく、やはり入院させて呉れという希望があつたから拒まずに入院さしたということですね。
  516. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  517. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 両名共そうなんですね。
  518. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) そうなんでございます。
  519. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 非常に病が重くて診療のために自宅から通つて來ることができないというような意味でのことでなくして、本人方の希望もあるからして入院さしたということですね。
  520. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。ただ病の重いとか軽いとかいうことは、入院とは又別のものです。
  521. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月二日の診断書は、これは眞木の方からどういう必要で書いて貰いたいといつたような、何か頼みがあつたのですか。
  522. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 私は記憶しておりません。ただ診断書を書いて呉れというだけに記憶しております。
  523. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは眞木自身からですか。
  524. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) いや、眞木キヨからだと思いました。
  525. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) キヨからですね。
  526. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) はい。
  527. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月九日のは。
  528. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) やはり同じことであります。
  529. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 十日のはどうですか。
  530. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 十日のもやはりそうです。
  531. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) やはりそういうような点が……、これは裁判所で、その当時勾留の執行停止になつておるから、更に執行停止を延期して貰いたいという意味で、この診断書が必要だというようなことの話はなかつたのですか。
  532. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ありません。
  533. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたとしては、何のために要るだろうと考えたのですか。
  534. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは十日のでございますか。
  535. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 九日も十日も……、十日だけでもよいのでございます。十日について。
  536. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 十日は、何でも裁判所において眞木が鼻血を出したり痙攣を起したりして、非常な重態に陷つたというので、連れて帰つて來ました。それからその時に私は、こういう重態な患者は何故裁判所のお医者さんなり、或いは附近の先生に応急手当を受けなかつたかと言つて、私は憤慨したのです。その時に裁判所から途中で帰つて來たのだからして、この容態を書いて呉れという依頼があつたように記憶します。そうして、それじやありのままを書いて差上げましようと言つて書いたのであります。
  537. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは十日ですね。
  538. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  539. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 裁判所から帰つて來る……裁判所で卒倒したとかいうようなことで帰つて直ぐにあなたは御覽になりましたか。
  540. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 直ぐだかどうかは分りませんが、とにかく概ね直ぐじやないかと思います。ちよつと離れておりますから。私を呼びに來たから直ぐ行つて診ました。
  541. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その時の状況はどうでした。
  542. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) その時の状況は、鼻血がありましたのと、それから血圧が百九十ありました。そうしてここに大体書いて貰いました。これを読んでよろしゆうございますか。
  543. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) え。
  544. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 二月十日の……。
  545. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 靜かに読んで下さい。今速記に書いてますから。
  546. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 二月十日におきまして、同日裁判所において痙攣を起して倒れたというので帰つて來ました。よつて午後一時三十分頃診察いたしました。その時の病状は大体次の通りでありました。体温が三十八度五分、脈搏九十、血圧百九十、出血、苦悶苦痛をうつたえ、顔面は蒼白で貧血がありまして、急性貧血症状を呈しておりました。尚一時言語明瞭を欠き、昏睡樣状態でありましたが、間もなく意識及び急性貧血症状は回復いたしました。併し頻りに渇をあつたえ、全身衰弱及び心臟機能減弱の徴候がありました。その後一、二時間経過した頃大量の肛門出血がありました。同日午後七時頃診察いたしました時には血圧は百乃至百二十に低下しておりましたが、一般状態は幾分回復しておりました。これが同日であります。
  547. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 貧血と血圧の関係はどうです。今のですと。
  548. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 元來貧血がありますと血圧は低いというのが当り前でございます。併し中間性の血圧でありますと、これは血圧に大して影響を及ぼさない場合もあります。併し多量の出血がありまして、いわゆる急性貧血を起した場合には、血圧の動搖が非常に狂つて來る場合があります。
  549. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ちよつとの間に、非常に差が、高い時と低い時と、余り時間の差がなくともありますですね。
  550. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) あります。それはつまり非常に血圧の高い場合に、頭の中で順調な血圧循環をしておりますれば、やはり高い血圧を維持しておりますが、一度血管が破れまして、脳の中にうつ血を起した場合いわゆる急性貧血を起します。これを脳溢血と申しております。こういう場合に血圧が一時に低下いたします。
  551. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの十日の午後に一度診られてから、又夜分になつて診られたようですが、その間にあなたの近所の加藤さんというお医者さんが裁判所の求めによつて診断されたことは御承知ですか。
  552. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 後で聞きました。
  553. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その時には大分血圧が低下しておつたそうですね。
  554. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 下つたでありましよう。
  555. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その状態ではどうですか。勾留の執行停止をしておつたのを、更に延期して、自宅において治療しなければならないような状態であつたのですか。又は左程ではないと考えられましたか。
  556. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 私はそのようなことは考えておりません。勾留だとか執行停止だとかいうことは全然念頭に置いておりません。只今の意見は述べにくいと思います。これは医者の立場と裁判所の立場が違いますから申上げられません。
  557. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 併し大体あなたの病院に、裁判所の檢事さんなり判事さんが來られた。そうしてそれは勾留の執行停止で入院しておるのだということがあればですね。常識としてこれではまだ執行を延期しなければならん病状であるか、或いは左程でもないというようなことを、あなたとしても感じられなければならないわけですが。
  558. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは考えろと言えば私の見解を申上げます。
  559. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたしてはどう診断されたかということを承りたいのです。
  560. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それを申上げたいのですけれども、それを申上げまするとですね。御存じすも知れませんが、私は虚僞の診断書記載ということで告訴されております。医者の常識的な見解を申上げましても、それを虚と認められたのでは、一言も医者として申上げられません。それで私は今日こうやつて折角のお問いに対しても申上げないのはその点です。
  561. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そのことはここはその事件とは関係はありませんが、ここではあなたはその時にはどう思われたかということは、卒直にお話になつた方が、私共がそのことについて調査をしておるのですから、ここではあなたの診断書の記載が虚僞だとか、虚僞でないということは全然ここでは関係はないのです。
  562. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) けれども痛い目を覚えて來たから、医者は迂濶に喋れないというので、非常な恐怖心を持つております。或いはおつしやれば申上げます。
  563. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 言うて頂きたいのですが。
  564. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 医者としては無理だ。
  565. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 医者としては……
  566. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 無理だと思う。
  567. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 執行を停止する方がよろしい……。
  568. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  569. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そのまま置けばよかつたと。
  570. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 翌日ですか。
  571. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その日、十日。
  572. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 十日の日は九日の見解になりますね。
  573. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 九日、十日でもよろしうございます。いま裁判所から帰つて來まして、裁判所で卒倒して歸つて來たこの時にあなたが診られたそのときの病状ではこれをまだ警視廳に拘禁するということは無理だか、無理でないか、その診断はどうしたかということを承りたいのです。
  574. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは直ぐその場から連れて行くことは無理だとこういうふうに考えておりました。
  575. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうすると翌日になればよいのですか。
  576. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは病人のことですから時間の経過によつて変つて來ますから、それをお前の言つたことは虚だ、お前はでたらめを言つていた、じや医者の権威がなくなります。病人というものは一時間、二時間の後でも変るのは当然であります。私はそういう疑いを持つて言われると医者としての見解というものは述べられなかつた、この点御了承願いたい。
  577. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 十日に二回診断されておりますね。
  578. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  579. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そのときの状態ではこれは今執行停止の期限が切れたからといつて直ぐ拘禁することは無理と診た意味でしよう。
  580. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  581. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そう承ればいいのですね。
  582. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) はい。
  583. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月の二日から十日までの間毎日の血圧を診た何かありますか、あなたの方に……。
  584. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) あります。
  585. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それをちよつと承りたいのですね。
  586. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 入院してからですね、二月二日の。
  587. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月二日から若し診られたのなら……。
  588. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 二月二日は百八、九十と記憶しております、それから二月三日は二百、二月四日が百八十、これは診察時の計算です、五日が前日とほぼ同樣百八十位、それから二月六日が百五十、七日、八日がやはり百五十位だと記憶しております、二月九日が百四十、二月十日の午後一時三十分が先程申上げました血圧百九十午後の七時頃は百か百二十ぐらいと記憶しております。
  589. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月九日は百四十ですか。
  590. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 百四十或いはもつとあつたか知れません、それは私の記載の上には百四十としてあります。
  591. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 血圧だけの関係ですか、それ以外の方は何か梅毒の関係からその当時どこか内部に患いでもありましたか。
  592. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 梅毒からの内臓疾患ですか、これは自分といたしましてはやはり脳溢血を起す危險性ありという考を持ちました。
  593. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それでは今度は妻の方のことについて伺います。
  594. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) はい。
  595. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 妻の初診は本年の一月十五日ですか。
  596. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さあ、十四日か十五日と記憶しております。
  597. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そのときの病氣は。
  598. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 心臓弁膜症並びに脳神経衰弱症という病名を私は附けております。
  599. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 一月に診断してからその後どうなりましたか、ときどきあなたの診断を受けたのですか。
  600. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。一月十四日頃から二月の三日頃まで宅診をいたしました。二月四日から二月十二日まで眞木康年と一緒に入院をいたしました。二月十三日から三月八日頃まで自宅において加療いたしました。
  601. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 一月の末頃まで眞木が警視廳に拘禁されておる時ですね、その頃の妻のキヨの病状はどうですか。
  602. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 一月の末頃ですか。
  603. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 一月の二十九日。
  604. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 私の診たのは一月三十一日です。
  605. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの最初は一月十五日じやありませんか。
  606. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 眞木康年は。
  607. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 康年じやなく康年が警視廳から歸らない前です。前に妻がどういう病状であつたか。
  608. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは病状といたしましては脈搏が八十から九十位ありました。発作性の心搾と申しましてそれの数が多く、それから脈搏が結滯することがあります、又心悸亢進血圧は低下し八十前後でありました、慢性腎臓炎があり、尿中に蛋白質を認めました。ときどき全身に浮腫、むくみを認めることもありました、時には驚愕、不眠、不安等のため内攻性ではあるが重態を思わしめることも時々ありました、そんなような状態であります。
  609. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 余程そうすると重い、或いは生命にも係わるようなことはなかろうかということを恐れるような状態であつたのですか。
  610. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) そうでございます。もう心臓が止つてしまうというようなことを本人が言う場合がよくありました。
  611. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大体本人が主観的な考え……そういうふうな病に弱い者はそういうようなことを言いものですがあなたの診られた上ではどうだつたのです。
  612. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 私が診ましたはやはり重態と考えました。重態というよりときどき重い症状がある。
  613. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木が不在中に万一のことがありはしないかというようなことを憂えるような状態ですか。
  614. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それも多分にあるのじやないかと考えます、そういうことは後で聞いたことですけれども、とにかく女のことです、まあいわばヒステリー性の症状もそれに加つて來るだろう、そういう点は医者としても非常に見解はむつかしい何とも申上げられませんが、非常に心配率が多かつたというようなことがああなる原因ではないかと思います。腎臓炎があり梅毒がありました関係上医者といたしましては先ず警戒をするのが当然だと思います。
  615. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その程度ですね。警戒をするということと、これはまあ生命の危險が迫るようなことがありやしないかということを客観的にあなたの方の診断の結果はどうであつたかというようなことですね。大人が訴へるところでなく……。
  616. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) はあ、とにかく病氣としてはこの神経性のものは医者としては何とも申上げられません。
  617. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月十日に書かれた診断書の記載が作つてあつたということで今あなたが刑事事件になつているのですね。
  618. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 二月九日です。
  619. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月九日、ああそうですか、それについてのあなたとしては、自分は不実の記載をしたことがないという弁解をされているですね。
  620. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 甚だ不都合なことをしていると私は思つております。
  621. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 併しその全然不実の記載はしなくても、その記載についての手落があつたというようなことはなかつたですか。
  622. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ありません。文章の書き方のどうのこうのと言われれば、これは私は文章家じやなし、或る程度は自分の筆の至らないということは認めます。けれども病状を記載する点において手落があるかないかをお尋ねになれば、絶対にありません。
  623. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ただちよつと筆の廻しようと言いますか、眞木の執行停止を延期したいという希望で、診断書をあなたに書いて貰つたのでしようから、その執行停止ができるように手加減をするというなような心持はなかつたですか。
  624. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) とんでもない。何の眞木やなんかを庇う必要は私にはないのです。自分の親戚でもなし、シンパでもなし、私は一個の医者としてやつているのに、そういうふうに考えを持つて行くということは自分としても今日尚考えられません。
  625. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 事柄は大分重大な影響を持つことですけれども、まあ出入りの患者でもあるし、患者のためにまげて書くというわけはないが、手心をしてやろうというような筆の廻しようが大分あることが多いのですか。全然ないですか。
  626. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) そんな者は医者じやありません。そんな者は医者じやない。医者の免状を取上げるべきだと私はそう思つております。
  627. 大野幸一

    ○大野幸一君 眞木と、眞木チヨと入院を一緒にしていたわけですね。その期間はいつからいつ頃までですか。
  628. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 二月四日から二月の十一日だと思つております。
  629. 大野幸一

    ○大野幸一君 そうするとそれは何疊の病屋ですか。
  630. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 七疊だと思つております。
  631. 大野幸一

    ○大野幸一君 七疊のベツトですか。
  632. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ベツトが二つ入つております。
  633. 大野幸一

    ○大野幸一君 二つある……。二月十一日再勾留されるまでですね。若し再勾留されなかつたらまだ二人は一緒に入院しているのでしようか。
  634. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さあ知りません。
  635. 大野幸一

    ○大野幸一君 いや頼まれれば置きますか。
  636. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 頼まれれば置きます。
  637. 大野幸一

    ○大野幸一君 あなたの所は病屋が幾つあるのですか。
  638. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 病屋は大部屋が二つに小部屋が一つ。
  639. 大野幸一

    ○大野幸一君 何人くらい患者が入るのですか。
  640. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 大部屋は大体四人くらい。
  641. 大野幸一

    ○大野幸一君 四人くらい……。そして小部屋で何人。
  642. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 小部屋で二人くらい。
  643. 大野幸一

    ○大野幸一君 八人くらい入るわけですね。
  644. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 六人乃至八人です。
  645. 大野幸一

    ○大野幸一君 そのときに他に患者はありましたか。
  646. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ありました。
  647. 大野幸一

    ○大野幸一君 何人くらいいましたか。
  648. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) どのくらいありましたか記憶しませんが、とにかく大部屋の方は一ぱいでした。実は私断つたのです……。
  649. 大野幸一

    ○大野幸一君 ちよつと私聞くことがあるのです。眞木が入院している当時、他から入院患者が申込がありましたかどうですか。
  650. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 記憶しておりません。
  651. 大野幸一

    ○大野幸一君 眞木キヨの病名が腎臓炎と梅毒であり、神経衰弱である、安静にしてよく眠るようにしなければならん、こういうのですね。そこで眞木康年は勾留から帰つて來た人ですね。年頃もまだまあ中年の人ですね、二人を同じ病屋に收容しておいて果してこの病人の療養になるでしようか。相当御年配のあなたはお医者さんですからね、その二人の間に想像される性的交渉なんかから果して病人が病院に入院して、そうして静養が保たれるかと、こういうことについてどうあなたはお考えになりましたか。
  652. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 自宅においても二人が蒲団を敷いて寝ておりまして、それで私の所へ來ても同じことだと、ここで静養なさるのも私の所へ來るのも同じことだと、だからしてここでおやりなさいと私は申しました。それは別々にするのはこれは当然だと私は思つております。一緒に枕を並べて寝るということは、病氣のためによくないと私は思つております。併し部屋が私の所には一人々々入れる部屋はありませんでした。自宅においても二人は私の病室よりも接近して蒲団の敷して六疊問か何かの所に寝ておつたと記憶しております。
  653. 大野幸一

    ○大野幸一君 それならばどつちが重かつたのですか。眞木康年の方が重かつたのか、病状としては……、キヨの方が重かつたのですか。
  654. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは比較はできませんが、併し私は眞木康年を主として入院をさせました。
  655. 大野幸一

    ○大野幸一君 入院の意義は自宅に置くと夫婦で同じ部屋に寝るからこれを離隔せしめるという効果があるのですね、そうして入院をやらせる、自宅においても病院においても同じことをするくらいならば、病院に入院させる必要がないようにも考えられる、常識から言つてそう考えるのですがね、そういうことに対してあなたは自宅においても一緒にいるから病院に來ても一緒にしろ、それでは病院と自宅と同じということになる、それからこれが裁判所から帰つて來たということは御承知でしよう。
  656. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ええ知つております。
  657. 大野幸一

    ○大野幸一君 こういうことをあなた方にお尋ねするのは無理かも分りませんが、裁判所から帰つて來て、病氣であるということで、病院に入院してするということは、裁判所に対する対策上からも、入院しているんだというような、薄々感じはあつたでしよう。
  658. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ありません。
  659. 大野幸一

    ○大野幸一君 ないですか。
  660. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ありません。
  661. 大野幸一

    ○大野幸一君 あなたは博士号をお持ちですが、何年頃で、どこで取られたのですか。
  662. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 私は大正十二年に慶応医科大学で取りました。
  663. 大野幸一

    ○大野幸一君 どういう論文でお取りになつたのですか、主として。
  664. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 主としてアドレナリン、麻薬の研究でありました。
  665. 大野幸一

    ○大野幸一君 今でも振り返つて見て、この診断書によつて遺憾とは考えておいでにならないでしようか。
  666. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) おりません。
  667. 大野幸一

    ○大野幸一君 今後もこういう工合に、こういう程度の診断書をお書きになるんでしようか。
  668. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 書きません。
  669. 大野幸一

    ○大野幸一君 過去のことに遺憾でなく、今後も遺憾でなければ構いませんじやありませんか。それは、今回の事件によりまして自重されることになつたのですか。
  670. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 自重いたします。
  671. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたに対するこの診断書虚僞記載ということの事件のために、櫻井檢事から取調を受けたことがありますね。
  672. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) はあ。
  673. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その聽取書を見ますというと、こういうことになつておるようですがね。まあ妻の所信が、本年一月十五日概ね心臓病と精神経衰弱を併発しておりましたが、憂慮する病状ではなく、夫が警視廳に檢挙されたのを苦にしての発病だと思われました。こういうことがありますね。
  674. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) はあ。
  675. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ここにいう憂慮すね病状ではなくということと、あなたの先つき書かれた診断書とを見ますと、診断書には大分重いのであるということをいわれておるが、それはどういうことになりますかね。
  676. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは櫻井檢事さんが殆んど私を拘禁しておいて嫌応なしに書いたんです。その供述書は殆んど櫻井檢事さんが書きになりました。
  677. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 聽取書は檢事さんが書いたんでしようけれども、これを読んで聞かされたでしよう。
  678. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 聞かされましたが、これは私は何度釈明したつて言うことを聞いて呉れません。そうだろう、そうだろうといつて判を捺せということなんです。
  679. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうすれば、事実が違いますといつて、署名しなければいいのです。
  680. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) しなければいつまでも私を豚小屋の中に入れて置くのです。
  681. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 今の答の後の方に、両名とも入院する程の病氣ではありませんでしたが、要求があつたのでこれに応じたというようにあります。入院する必要がない、入院するまでではないということをあなたがお話なさつたことは事実ですか。
  682. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) これは事実です。病氣が重い、軽いと入院とは別のものです。
  683. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 別のものではありましようが、通常入院というと、普通我々の方では、病氣が重いために、自宅で治療することは危險だというので、入院するか……
  684. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) そんなことはありません。自宅で死ぬ人は……、重症で死ぬ人は幾らもあります。重症の患者は皆入院するというのなら別でございます。
  685. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうでないのです、大体入院して治療するということは、重くて入院する人が多くはないのですか。
  686. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは重いから入院します。
  687. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) もうこれは入院加療する程のことはありませんが、病氣が重いから入院したんだということは事実でしようね。
  688. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは自宅においても治療ができる、この意味であります。重い軽いの問題じやない。
  689. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それと、一月二十七日附のキヨに対する診断書と比較すると、診断書の方は非常に重いようである、今お話でも、それは先のことだから分らんけれども、相当重い病だと診たとお話しになるんだか、こちらの方では入院する程の病氣でもない、併し要求があつたから入院さしたということは、私共の考では素人かも知れんけれども、大体診断書とこのお話とは、合わないように思いますですがね。
  690. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 供述書ですか。
  691. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ええ。
  692. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 供述書とは合いますまいと思います。それは、入院ということは、重症だから入院するということと、重症でなくても、病氣だから入院するという建前から行くと、合いません。併し病氣の大体がどうだつたといわれれば、重かつたと申上げるより外ありません。
  693. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 診断書のことですが、やはり檢事の聽取書に私の作成した診断書の中で申訳ないと思うのは、二月九日附の診断書であります。その内容は、二月三日附の診断書の内容をそのまま書き、更に二月四日以後の経過を極めて簡單に認めたものであり、決して二月九日の病状を診断したものではない、この診断書は二月三日の診断の結果とカルテに基き書いたもので、進駐軍に対しても同樣な診断書を提出しておるので、診断書は二月二日の証言としては正しいが、二月九日の証言としては多少の違いがあります。尤も病氣の高血圧症及び痔疾はその通り相違ないが、現在症に多少の狂いがある。この点医師として誠に軽卒極まる行爲であつたと、こう書いていますね。
  694. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) はい。
  695. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) この点はどうですか。
  696. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは櫻井檢事さんが故意にお作りになりました。その見解につきまして、私は三月十五日に自分の私見というものを作つております。
  697. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうすると、あなたの言わないことをここに書いたというのですか。
  698. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。それについては四日間留置所から私は呼び出されまして、檢事さんと議論をいたしましたが、併し結局私は負けました。負けたというのは、議論において負けたんじやない、頭を下げたに過ぎない。それからその見解につきまして、これは櫻井檢事さんが如何に名檢事かも知れませんが、私も医者である以上は、その現在症のごとくらいは診てなくちやならんと思うので、そのことをくれぐれも申上げましたが、お前医学博士というが分らんか、そんな馬鹿なことをいう奴があるかと、私も医学博士を取りまして今日まで來ております、誠に申訳ないが、檢事さんのおつしやることが私には腑に落ちませんと申上げましたが、そんな馬鹿なことはない、こうだろうといつて、それをお書きになつたものに確に相違ありません。
  699. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) この眞木のことについて、眞木の弁護人の高木という方に会つたことありますか。
  700. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは会いました。
  701. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それはいつのことですか。
  702. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 帰つて來た当時ですから覚えがありませんので、帰つて來た当時、それから眞木が……、私は三十一日に、往診した日か、翌日か、それはよく覚えておりません。とにかく入院する前に会つたように記憶しております。それからして十日の日に会いました。
  703. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) まだ執行停止にならないうちに、執行停止前に、高木弁護人があなたに、眞木の妻の病状を尋ねたことはありませんか。
  704. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 誰が。弁護士がですか。
  705. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 弁護士が。
  706. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さあ、そういう点は私は記憶しておりません。
  707. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 裁判官の方の記録によると、一月二十八日に高木弁護人が來まして、そうしてあなたの書いた診断書を提出して、そうしてキヨの病状が非常に惡い、重態に陷つておるので、医学的に見ても危篤の状態と見れば、危篤の状態とは言えないが、いつ危篤の状態になるかも知れないような状況であるというようなことを主治医が言うておる。こういうことで執行停止を是非求めるということで裁判所に交渉しておるのですが。
  708. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 一月のいつです。
  709. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 一月の二十八日です。
  710. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 一月二十八日、或いはその通りかも知れません。そういう、私が診かたをしたことがあつたかも知れません。先程眞木キヨの二月三日の症状を申上げた中に重態を思わしめるような症状があつたことも認めることもありましたので、あつたかも知れません。
  711. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうすると弁護士に今話をされたのですね。
  712. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ありません。
  713. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そういう病状であるということを医師が弁明しておるということを言つたのですが、弁護士があなたの言わないことを言うたことになりますが。
  714. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 診断書か何かで見たのではありませんか。
  715. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 危險状態があると医師が言明しておると、こういうのです。
  716. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) これは私が書いた覚えもなし、言明した覚えもありません。重態を思わしめたことはあります。それは眞木キヨから話したのか、家人が話したのか、それは私には分りません。
  717. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの話したのは一月二十七日附ですね。それを持つて一月二十八日に高木弁護士が裁判所に持つて行つて主任の判事に対してこういう病状であるということを、その危篤状態があるということをあなたが言明したと、こう言うておるのですがね。
  718. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 併し言明した覚えはありません。死にそうだというのですか。その意味が私にはよく呑み込めません。病氣が重いか、死にそうだと言うたのか。
  719. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 危篤の状態とは言えないが、いつ危篤の状態になるか知れないという危險な状態であるということを、あなたが言明しておるということを、診断書を出すと同時に、その診断書に基いてあなたの言明したことを話しておつた。診断書で書いておるばかりでなく、あなたがそういうふうに言うておるということを弁護士が主任の判事に言うておるというのです。
  720. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 記憶しておりません。
  721. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それと記録では眞木キヨの病氣の性質から見て、体も動かすことのできないような危險が伴つておるということまで附け加えて話をしておる。それを理由にして保釈を求めたということになつておりますがね。
  722. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 併しそれは私の知らないことであります。
  723. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 弁講人の方ではあなたの言わないことを、この診断書の通りであるということでなく、いろいろのことを附け加えて言つておるので、ちよつと係りの弁護士たるものが……。
  724. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 私はつべこべそんないろいろなことを申しません。第一弁護士さんにも話した覚えはありません。
  725. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その当時の状態としては、一月二十七日頃ですね。眞木キヨの体を動かすということが非常に危險だというようなことはなかつたのですね。
  726. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ありました。
  727. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうすると入院させることができないわけですか。
  728. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) はあ。
  729. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 体を動かすことができないというのは、あなたの病院に入院させることができないという状態ですか。
  730. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) いや、そうではありません。それは心臓病ですから、いつ何時……、それはまあ医者のことですから、心臓麻痺を起すことがないとも限らんから、見解は医者として持つのは当然だと思う。併し何でもないのに、心臓病がないのに、動かして心臓麻痺を起すと言うのは、これはおかしい寺ですけれども、心臓病があれば、医者として安靜にしなければならないということを患者に申し、又医者としても結滯するような場合がありまして、それに何か條件が加われば、或いは危檢性を伴うということを考えることは医者として当然だと思います。併しそういうことは大切にしなさいと申しましたが、今にも死んでしまうということは患者にも他人にも言つた覚えは毛頭ありません。
  731. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 弁講士に対して体を動かすということは危檢であるという話はされたのですか。
  732. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 弁護士にですか。
  733. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ええ。
  734. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 私は記憶ありませんが、併し体を動かさない方がいいということは自分は考えておると言いました。その当時考えておつたに相違ないと思つております。
  735. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは弁護士に言つたことはありませんか。
  736. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 言つた覚えはありません。そんなことは一々細かいことは私はつべこべ言いません。患者の家に行つても私は言いません。
  737. 大野幸一

    ○鬼丸義齊君 檢事があなたの虚僞記載のために、あなたに逮捕状を出したのですか。
  738. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) ええ。
  739. 大野幸一

    ○大野幸一君 いたですか。その日にちは。
  740. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 逮捕状を出したのが二月十四日であります。
  741. 大野幸一

    ○大野幸一君 今年のですか。
  742. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようであります。
  743. 大野幸一

    ○大野幸一君 それからどこに留置されました。
  744. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 警視廳に一晩止められまして、それから三日間浅草警察署に留置されました。
  745. 大野幸一

    ○大野幸一君 どういうために逮捕されたとあなたはお思いです。
  746. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) それは時間さえお許し下さればここに私の三月十五日に記載した私見書というものがあるから、これを朗読させて頂きたい。
  747. 大野幸一

    ○大野幸一君 その要点はどうです。
  748. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 一月十三日に記載が虚僞であるという。それで何処が虚僞であるか私はその理由がちつとも分りません。それで二月九日には、現在症という言葉の中に、二月九日の当日の所見のみに限つて記載すべきものであると、こう櫻井檢事さんはおつしやる。私は二月九日の診断書には、自分が眞木康年を診ました一月三十一日から二月九日に至るまでのこの経過を書き述べましたところが、櫻井檢事さんは現在症という言葉は現在の症状じやないか、從つて九日の症状に限つて書くべきが当然じやないか、こうおつしやいますが、私は現在症というものは、現在罹つている病氣の症状、從つて医者といたしましては経過を書くのが、これが当然であるとこう申上げましたところが、お前は医學博士のくせに何をいうか、そんなことが分らんかというて頭からおどしになつた、そうすると櫻井さんがおつしやる現在症の見解に基ずけば二月九日の血圧は百四十であります。百四十と書かなくちやならんのが書いてない、これは誠に申訳ないことをいたしました。こういう結論になつておる。
  749. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その「申訳ないことをいたしました。」そういう結論になつたときに釈放されたという訳ですか。
  750. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) さようでございます。
  751. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) もう一点あなたのところに夫婦で入院しているときに外出しないでじつとしておりましたか、外出はたまにしましたか。
  752. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 知りません。それは私は絶対安靜を命じておりましたから外出を禁止しておりましたが、從つて、したかしないかは、その点は私は正直なところ存じません。
  753. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それではもうよろしゆうございます、御苦労でした。
  754. 服部甚平

    ○証人(服部甚平君) 眞木康年とキヨの経過書、それを記憶に辿つて裁判所に押收されておりますので、はつきりした点は分りませんが、現在持つて來いというお話ですから持つて來ました。  それから私の勾留されました点は、ここに三月十五日附で私の私見を書いたものがあります。それを持つて参りました。これを一応お認め願いたい若しこの審議会で同情頂けますれば私の潔白のことについて御努力を頂きたいと思います。それから先程の學位を取りましたのは昭和十二年であります。大正十二年じやありません。
  755. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 御苦労樣でした。
  756. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木キヨさんですね。
  757. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さようでございます。
  758. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 今日はこの委員会であなたを証人としてお尋ねしたいことがあつてお呼びしましたが、大変お待たせいたしました。
  759. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) いいえ、とんでもございません。
  760. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) お尋ねする前に尋ねられたことについて虚僞の陳述をしたり、知つていることを隠したりしないで正直に申立をするために、その宣誓書を期読して署名して下さい。
  761. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君)     〔総員起立、証人は次のように宣誓を行つた〕    宣誓書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 眞木 キヨ  一言お断りしておきたいのでございますけれども主人眞木が檢挙されましてから心配の余り床についておつたのですが、極度の神経衰弱からまだ頭がはつきりしませんで、左の目の視力を失つておる次第でございます。記憶違いのところもあるか知りませんが、その点はお靜かにお調べを願いたいと思います。努力いたしまして精々お答えをいたしたいと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
  762. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ゆつくり考えてね、落着いてお話なさい。  お名前は眞木キヨさんですね。
  763. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さようでございます。
  764. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) お歳は……。
  765. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 四十一歳でございます。
  766. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたのおられるところは。
  767. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 台東区浅草千束町二丁目七十七番地です。
  768. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなた別に職業もは持つておりませんですか。
  769. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) はあ、ありませんです。
  770. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 無職ですね。
  771. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さようでございます。
  772. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 今事件になつておりますあなたの良人の眞木康年さんとはいつ結婚したのですか。
  773. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 昭和十八年の暮じやないかと思います。
  774. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 昭和十八年の暮……。
  775. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうでございます。
  776. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 結婚前はどういう御経歴ですか……。
  777. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 私いろいろと水商賣を親の代からやつていたものですから、それでまあ……。
  778. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) どこで商賣をしていたのですか……。
  779. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 越後でございます。
  780. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 何年間くらい商賣しておりました。
  781. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 親の代からずつとでございます。芸者の置屋でございます。そこでずつとやつておつたのであります。
  782. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 何というところですか。
  783. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 越後の栃尾というところであります。
  784. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そこで芸者屋をやつておつたのですね。
  785. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) そうです。
  786. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 今は……。
  787. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) それで芸者を置屋をやつていて酒井というのと結婚しましたのです。前の酒井という今の三人の子供を連れて眞木に來たのですが、酒井というのは織物製造公賣業です。越後にあるのです。この人と結婚しまして、永らくおりまして、そこから暇を取りまして、眞木の家へ参りましたのであります。
  788. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 酒井何というのです。
  789. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 酒井末藏。
  790. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 現在の家族関係は眞木康年さんとあなたと、それからあと誰ですか。
  791. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 私に籍に入つておりませんけれども、酒井の子供ですね。三人です。酒井から籍を貰つて來ましたものですから、稻田という私の里方の姓になつております。稻田という姓になつて、子供を三人連れて來ております。
  792. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの子供……。
  793. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) はあ、それから眞木の子供が一人おります。
  794. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木の子供は……。
  795. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 当年二才です。
  796. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたと結婚してから後の子供ですね。
  797. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) そうです。
  798. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 結婚することになつた事情はありますか。
  799. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 事情というと別にございませんが、私も子供を三人抱えておりまして生活が困つていた。困つていたということもございませんが、この三人を面倒をみて呉れる眞面目な人、そうした眞面目な人だと思つたから、子供を養育して頂こうと思つて結婚したのであります。
  800. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 初め眞木を覚えたのはいつ頃のことですか。
  801. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 結婚する半年か一年前に眞木を知り合つたのでございます。
  802. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは東京ですか。
  803. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) そうです。その酒井というのと結婚しまして田舎に暫くいたのですが、それから東京へ來ましたのであります。東京におりまして暇を取つたものですから……。
  804. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 結婚当時の眞木さんの財産状態などはどういうのですか。
  805. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 財産状態とおつしやつても、あの当時は銀座で以て夜光標識と耐火石の会社を持つておつたのであります。二つの会社の自分が社長をやつておりまして、住居は小石川にありまして、製造するのは小石川だつたのです。相当会社を持つてやつておつたのでございます。
  806. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 相当の資産状態で可なりの生活をしておつたのですね。
  807. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) そうでございます。
  808. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 負債はどうでしたか。借金は……。
  809. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 借金は聞きません。相当の暮しをしておりまして、借金は全然…。
  810. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 一ケ月の收入はどのくらい……。
  811. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) そり当時は眞木がやつておりましたものですから、全然なんですけれども……。
  812. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 毎月の家庭その他事業で支出する金はどなんものですか。
  813. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 私は会社のことは全然知りませんものですから、自分の家の生活にだけ私はあれですけれども、樂はとても樂です。夜光をやつて相当な暮しをしておりましたのです。
  814. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 生活費は夫の方から毎月あなた方へ……。
  815. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) はあ、そうです。
  816. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 毎月の生活費は……。
  817. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 決つたということはありません。いるとき眞木に言いますと、一万円でも二万円でも出して呉れたのです。
  818. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大体毎月どんなものですか。
  819. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ちよつと覚えておりません。家計簿もつけておりませんので覚えておりませんですけれども……。
  820. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 例えば五万円以上とか十万とかそれ以下とか大体の大掴みでいいのです。一ケ月どのくらい生活費が掛かつておつた。
  821. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) これは闇もありますものですから、これもはつきりしたことは申上げられませんですし、分りません。殆んど配給ものでけで足りませんものですから……。
  822. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大体裕福な生活をしておつたのだね。
  823. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうです。
  824. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたが眞木家に來るについてあなた個人の資産はありましたか。
  825. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 私は眞木家へ來るときはトラツクに八、九台のもの、子供の養育費です。酒井家から出ます子供の養育費としましていろいろな骨董品に等しいものとか衣類とか何とかいろいろな物を貰つて、トラツクに九台くらい貰つて來たのです。
  826. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 現金は……。
  827. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 現金は二十万くらいじやなかつたですか。はつきり私も覚えておりませんが……。
  828. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) いまあなたのいる建物ですね。それは誰のものですか。
  829. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) あれはあれですけれども、建築の許可が取つていませんので、稻田昭雄として建築許可を取つておつたのであります。
  830. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その建築費用はどつから出ましたか。
  831. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 費用は私が出したのでございます。
  832. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは結案当時、あなたが持つて來た財産から出したのですか。
  833. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうです。
  834. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 登記の関係はどうなつております。
  835. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) あれは稻田キヨになつていると思います。
  836. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたのことですか。
  837. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ。稻田昭雄になつていると思います。私の連れつ子でございますね。
  838. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それから財産としてはどんなものです。眞木康年の財産、あなたの財産、或いは子供の財産というのはどれくらいありますか。
  839. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) それは分りませんですね。何だ彼だ金に見積つてちよつと分りませんね。
  840. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 子供名義の預金はあるでしよう。
  841. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 預金ですか。
  842. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) ええ。
  843. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 別にございませんですけれども、康弘名義の預金、あれは私のいらない不用品ですね。私のいらない物を賣つて眞木に内緒で私が三千、五千集めて、それで預金した金があるのです。
  844. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) いくらあります。
  845. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 四万一千ばかりと思います。それがあるのですけれども、何だか進駐軍の方で出すようにとおつとやつて参りましたがね。それが眞木がいなくなると、眞木の財産というものは停止されたのでございます。私らは毎日いる金があつて、銀行から出して使つておつたのですが、停止されて一銭も金がなくなりましたから子供の預金を出して使つたのです。そうしたらいつか康弘名義の金を收めてくれないかと特殊財産部でおつしやつておりました。
  846. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木康年というのは新鋭大衆党という政党組織してその党首になつておりますか。
  847. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さようでございます。
  848. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その大衆党の財産というのはどこから出たのです。
  849. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 私は、大衆党というものは、女が政治のことを口出しするものじやないというので全然知らないのでございます。
  850. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大衆党というもので相当いろいろな仕事をやつていたのだから、その経費が相当掛かりますね。
  851. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 大衆党というものには掛かりは掛からないでしよう。一人一党のような党です。私は知らないでよく分りませんですけれども……。
  852. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) いろいろなビラを貼つたり特別会合をやるというような案内状を出すとか、いろいろな宣伝をやるでしよう。
  853. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) まあ大衆党のことは知りません。政治のことは全然知りませんです。大衆党に金なんか掛かつておりませんでしよう。私の見た目では。
  854. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その外に戰災者更生会というのがありますか。
  855. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、戰災者更生会ですね、ええ、あります。
  856. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その更生会の会長をしておりましたね。
  857. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうですね。
  858. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは、その更生会の財産とかいうものはどうなつていますか。
  859. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さあ、それは、私は……、眞木に尋ねて頂きたいと思うんですけれども……。
  860. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたには分らない……。
  861. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ。
  862. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) この方の会計は誰がやつておつたのですか。
  863. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 会計は去年の七月十六日からうちの方に持つて來たんですけれども、その前は更生会の方でずつとやつておりましたのです。
  864. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 去年こつちに持つち來てから、眞木自身がやつておつたのですか。
  865. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) いえ、更生会から事務員の方が、これだけの金ですと、持つて見えるんです。それで私が銀行へそれを持つて行つて……、更生会の事務員の人から受けて……、大抵事務員の人に持つて行つて下さいと、持たしてやりました。
  866. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木の兄さんに堀切という人があるでしよう、その方は何していたんですか。
  867. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) あの方は会計していたんです。
  868. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 更生会の方の……。
  869. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうです。
  870. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 今どうなつていますか。
  871. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 音信不通なんです。眞木が檢挙されてから幾日ぐらい経つてからでしようか。田舎の自分の子供さんが危篤の電報が來たとかいうので、お立ちになつてから全然何ともいつて來ませんですがね。
  872. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それから眞木さんの社長をしておる東洋商事株式会社というのがありますね。
  873. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうです。
  874. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その方の財産はどうなつていますか。
  875. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 東洋商事はもう燒けまして、もう財産なんかございませんですよ。
  876. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうすると会社の名前だけあつて……。
  877. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 会社は燒けちやつてそのままになつております。
  878. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そのままになつておる…。
  879. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ。
  880. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの見た康年さんの性質は、どんな人ですか。
  881. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さようですね、どんな人だといつて……。
  882. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) こう町の親分といつたような肌の人ですか。
  883. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 親分乾分は、皆さんおつしやるのですが、絶対にうちは親分乾分はないですよ。新鋭大衆党という党ですから、党首と党員はございますけれども、親分乾分の関係は全然ございませんです。
  884. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大衆党の党員と党首の眞木さんとのあいだはどんなものですか。
  885. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さあ、どんなものといつて……、眞木に聞いて頂きたいと思います。
  886. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 党の方の役員で主だつた人はどんな人ですか。
  887. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 私党員名簿を見たことがございませんし、どの人が党の役員やら全然知りませんですけれども……。
  888. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大衆党員だといつて出入りをしている人があるでしよう。
  889. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 出入りしているのは、齋藤とか遠山とか平原、その辺ですね、中川さんとか……。私党員の人だといつても、どういう人か、党員名簿さえ見たことなくて、全然あれですけれども……。
  890. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そういう人と常に話をしたりするあいだは、親分乾分のような関係と見られたことありませんか。
  891. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 親分乾分の関係は全然ございませんですよ。ただ党員と党首というだけの関係らしいですよ、皆さんにそれを言われるのが非常に残念だと自分もいつております。
  892. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 浅草に近松三次という親分があつたそうですね。
  893. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 近松さんという方はいらしつたそうですね。
  894. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その近松三次のあとを取つたというようなことになつていませんか。
  895. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) いえ違います。あれは近松さんという方は戰災で以て亡くなつたのですけれども、何しろ眞木が、一緒になるずつと前ですけれども、近松さんにずつとお世話になつたことがあるんだそうです。近松さんが戰災で一家亡くなつたので、遺族の方がなくてお葬式出して呉れる人がないんだそうです。それで氣の毒だ、一応自分がお世話になつた人が、葬式出して呉れる人がないのは氣の毒だというので、今のところに來てお葬式出して上げたいというので、お葬式出して上げたのです。
  896. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) お葬式の世話をした、近松のね。
  897. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええそうです。
  898. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そういう関係上、近松の乾分というのが、お葬式以來眞木さんの乾分にでも変つたようになつて、眞木の方を親分のような心持でいるようなことはありませんか。
  899. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 全然そんな人は一人もいらつしやいませんですよ。
  900. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 親分乾分の関係がないと、杯の兄弟というのもありませんか。
  901. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) それはありません。非常に本人も残念がつております。浅草というところはそういう人が多いので、俺も一緒に見られておるらしい。自分は親分乾分の関係がないのに、世間からそういうふうに見られて残念だということを、しよつちゆう言つております。
  902. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木組というのはありますか。
  903. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 復興事務所ということで出したんですけれどもね、戰災後うちのところで残土整理だとか、電氣工事だとか、それから建築の方ですね、それで以て戰災後今のところで皆さんのお世話していたんでございますよ。
  904. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その仕事をするについては、眞木組という名前を使つておるんでしよう。
  905. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 組という名前を使つたので、眞木は憤りまして、疎開先から帰つて來たら組というのが書いてあつて……、今でも消した跡がありますけれども、全部消さしたんですよ。
  906. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 組というのは、外に利用される、眞木自身の考えじやない……。
  907. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、もう書いたのはいけない、誰がこんなの書いたんだろうと言つて、消さしたことがありますよ。
  908. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大衆党で浅草新聞というのを引受けて、新聞を経営したことありますか。
  909. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、あります。
  910. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その新聞の名前何というのですか。
  911. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 大衆新聞だつたと思います。
  912. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大衆新聞て。
  913. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ。
  914. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その方のことは誰がやつたんです。
  915. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) その方は中川さんという方が編集をやつていらつしやいました。
  916. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その資金はどうですか。
  917. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さあ、全然知りません。
  918. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 分らない……。眞木は大衆党を作らない前は、自由党に入党しておりましたか。
  919. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さあどうでしようね。眞木の政党の関係のことは女なんかに知らすものじやないといつて、私全然聞きたくないものですから、政党の方なんかは無関心ですから。全然聞いておりません。
  920. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 一昨年の選挙の時には、自由党の候補者というので、國会議員の候補者になつたんですか。
  921. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 一昨年衆議院に立ちましたですけれども……。
  922. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 何点ぐらい取つたんですか。
  923. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) どのくらい取りましたでしよう、私は全然うつかりしておりまして……。
  924. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それも分らない……。眞木は不断の健康はどうでしたか。
  925. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 健康でございますが、非常に胃腸が弱いようですね。胃腸が弱いものですから、かあつとのぼせる性があるのですね。
  926. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) のぼせる……。
  927. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) それを自分でよく知つておりますけれども、あの方の御兄弟衆でもやつぱり何ですか、脳溢血……、両親とも何と言うんですか、中風ですね、脳溢血のようなのですね。あれで両親とも亡くなつているし、御兄弟衆にもそんな方があるのですね。俺もこんなにして脳溢血で死ぬのではないかと、自分でよく口に出しておりましたのですがね。
  928. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その以外には。
  929. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 胃腸をまあ惡いんですね。
  930. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 痔を患つておつたことがありますか。
  931. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 痔を警視廳で患つておりまして、その前にずうつと前に、何日だか私忘れましたけれども、出血したと言つたこともありましたが、警視廳の方でも痔を患らいましたんですね。
  932. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの健康はどうですか。
  933. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 私、持病は腎臓があるのです。腎臓には西瓜がいいというので、夏の西瓜の出る頃になると治つて來るのですがね、冬寒くなつて來ると腎臓が惡くなつて來るのですね。去年眞木が檢挙されて、いろいろ心配が手伝つたのでしようけれど、心臓を患らいましたし、腎臓も勿論出ておりましたのですけれども、心臓を惡くしまして、極度の神経衰弱になりまして、ずつと寢ていたものですから、眞木が小菅に行つてから、少し起きたり寢たりするようになつたのですが。
  934. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木の勾留になつたのは何日です。警視廳の方へ拘留されたのは何時ですか。
  935. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 十二月だと思うのですけれども。
  936. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 十二月。
  937. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ。
  938. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたはその後十二月中に病氣に罹かりましたか。
  939. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 十二月眞木が檢挙されてからと思います。腎臓が出てましてね、左の眼がよく見えないからと言うと、眼科へ行つて見ろと申しておりましたが、病院に行くと一日掛かるので行かないでいたのですが、その中に一月の半ば過ぎでしたか、心臓を壞してしまいまして、寢つきまして、極度の神経衰弱になつて、夜も晝も眠れないでずつと頭が痛くて寢ないでおりましたんです。
  940. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) お医者さんは誰にかかりました。
  941. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 服部さんに診て貰いました。
  942. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 服部さんに初めて診て貰つたのはいつです。
  943. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 今年の一月のいつ頃でしたでしよう。一月の半ば頃じやないでしようか。服部さんから診て頂いたのは。
  944. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その時は服部さんは何と言いましたか。
  945. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) その時は自分で、顔にむくみが來ておりましたので、腎臓ということは分りました。服部さんも、お小水の檢査なんかなさつたりして、心臓がとてもひどく弱つておりまして、夜も晝も眠れないので、こうだと言つたら極度の神経衰弱ですね、夜眠れないで頭ががんがん痛みますからと言つたら神経衰弱ですよと言つてました。
  946. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それで藥は。
  947. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) お藥は頂いていました。
  948. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 飲んでいたのですね。
  949. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) え、そうです。
  950. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) この神経衰弱症というのは、眞木さんが拘束されて困るものだからそれを苦にして、それも病氣の因になつたようなことはありませんか。
  951. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) それは勿論そうですよ。心配の余り晝も夜も眠れないで、それが高じて神経衰弱になつたのではないかと思います。晝も夜も眠れないで頭が割れるように痛いのです。
  952. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 一月の二十七、八日と、服部さんから診断書を貰いましたね。
  953. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) たしか頂きましたと思うのですね。
  954. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それはどういう事情で診断書を貰つたのですか。
  955. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) それは警視廳で私が丁度一月の半ば頃だと思いますけれども、私が寢る前にずつと警視廳へ続けて面会に行つていたのです。眞木のところへ自分でずつと行つてましたが、寢ついてから心臓を惡くして、三月からは拘留所に自由に行けないから、子供が代りに面会に行つていたのです。差入れ弁当を持つて面会に行つていたのです。その前私が面会に行つていた時は痔が惡くて眞木が眞つ蒼でやつれて、困つちやうわねと言つてやりましたが、しようがないよといつているので、お医者さんを迎えて貰いましようかと言うと、うん、いいよいいよと言つていたのですがね、その中に私が寢ついて、行けなくなりましたものですから、子供が交代で代る代る行つておりましたが、子供が行くと、お父さんはとてもひどいよ、衰弱して、あのまま放つて置くと死んでしまうよというのです。警視廳の方で死なれては大変ですから、弁護士さんの所へ行つて何とかお願いして貰おう。それなら私が弁護士さんの所に行つてお話するのが本当ですけれども、私が寢たつきりで行けませんから、子供を代りにやつたのですが、弁護士さんの所に行くと、お母さんが寢ていて、こうこうでしようがないからと、お父さんの状態は言わなかつたのです。そうしたら奥さんがそんなに惡いなら、奥さんの診断書を貰つて來て呉れないかというので、私の診断書を貰つたのです。
  956. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 弁護士さんに聞いて、お母さんがそんにな惡いなら診断書を貰つたらよかろうということを言われたから、それで診断書を貰つたのですか。
  957. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) お母さんが來るのが至当だけれども、お母さんが來られないから、こういう事情ですからというので、たしか診断書は貰つたのだと思います。そういう事情ではつきりしません。私が寢ていたものですから。
  958. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その前に服部さんを頼んで警視廳に行つて、眞木の病状が心配だから診て呉れと頼んだことはありませんか。
  959. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) あります。
  960. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それはいつ頃ですか。
  961. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) それは私が寢つくと間もなくでないでしようか。
  962. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの寢ついたのはいつ頃でしようか。
  963. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 一月十五日頃ではなかつたでしようか、私の寢ついたのは。
  964. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 服部さん帰つてどう言いました。
  965. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 服部さん帰つて、私あれでしたけれども、痔が惡いとおつしやつておりましたですね。それから私もその当時自分がとても惡いものですから、主人の方も心配ですが、自分の身がどうなるかと思つておりました、本当に。
  966. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それであなたも惡いし、一方眞木本人も大分衰弱しておるからというので、保釈を願うということを考えたことはありますか。
  967. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) それはもう弁護士さんの方に私の診断書を出して、それつ切り私は弁護士さんにお会いしませんから……自分が起きていませんので、弁護士さんには……。
  968. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたが行きませんでも、弁護士さんの方に保釈で出るように願いたいと頼んだことはありませんか。
  969. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 病氣で惡いから、どうしたらいいでしようかと言つたことはありますが、体が衰弱しておるから出して貰つて帰つて來て、治療でもさせて呉れと、弁護士さんの方に言つてやつたのですけれどもね。
  970. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その当時あなたの病状はどうでした。大分重いので、これを構わないで置くと相当危險が考えられるというようなことを、服部さんが言つておりましたか。
  971. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 自分ではそう思つておりました。ひどく心臟が來るんです。息が苦しくて死ぬのではないかと思う程、息が苦しんで來るのです。それで自分が死ぬのではないかと思つておりました。
  972. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたは自分で思つておりましたけれども、お医者さんの方はどうでした、そんなに心配しないでもいい、重いと思わなくていいと言うたことはありませんか。
  973. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 余り心配しないでいいと力付けて下さいましたけれども私には惡いということが分るのです。先生が心配するといけないから、安靜していなければだめですよ、心配しないでいなさいよとおつしやつておりました。
  974. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 惡いから服部さんの病院に入院して治療でもしたらといつたようなことを、服部さんから言われたのですか。
  975. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) いいえ、別に。
  976. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたがそう思つたのですか。
  977. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) それは主人が警視廳から歸つて來まして、家で寢ておつたのでございます。後にこれは弁護士さんにも証拠湮滅と言われるといけないから、どなたに会つてもいけないし、眞木は高血圧ですから昂奮すると血圧が上るらしい。ですからこれは絶対に人に会つてはいけない。折角出て來ても証拠湮滅と言われるといけないからどなたにも会わないように嚴重にやつて呉れと言われたものですから、玄関に面会謝絶の紙を貼つておつたのですけれども、内から鍵を掛けるわけじやありません。だからやはりいろいろと訪ねて來られて「御免下さい。」と訪ねて來る方があるのです、玄関に家の者で出てお断りしているのです。家が狹まくてそれが直ぐ手に取るように寢ている部屋に聞えるのです。それで私が夜も畫も寢られないで頭が痛む、ちよつと枕元を歩かれてもそれが頭に響く厄介な病氣なんです。私の寢ている直ぐ脇がお台所になつていて、食器戸棚のガラスを開けたり閉めたりしても頭に響く、実に遣り切れない。寢られないのは頭が痛くてしようがないから……そここに以て來て眞木が高血圧で寢ているところ何だかんだとお客樣に挨拶もしなけりやならんでしよう。ごだごだしてら頭が痛むし、これは病氣ですから靜かなところ員ないかと思いまして、先生に御相談したのですの。先生に部屋があつたら入院さして頂きたいとこつちからお願いたしたのでございます。
  978. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうして二人同時に入院したのですね。
  979. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) そうです。
  980. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それはいつまで眞木さんが家にいることができるようなことに解釈されたのですか。
  981. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 二月十日までだと思います。
  982. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月十日。
  983. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ。
  984. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そこで二月十日になつて尚勾留にならないようにしようというようなことでお願いを出すとか、何とか、そういうことを考えたのですか。
  985. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) そんなことは全然……、二月十日が來れば警視廳の方に行かなくちやいけないと思つておりました。
  986. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 行くつもりでおつた。
  987. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、それで早く自分で安靜して眞木は治らなくてはいけないと思つておりました。
  988. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月十日に公判がありましたね。
  989. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうです。
  990. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 公判には本人が出てあなた傍聽に行きませんか。
  991. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 自分が寢たきりですからそういうところには参られません、御不淨がやつとぐらいですから……。
  992. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その日裁判所で公判が終つたら休憩しておる間に卒倒したということで、自動車で病院に歸つて來ましたか。
  993. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 帰つて参りました。
  994. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そのときはどんな樣子ですか。
  995. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 裁判所に行つていて畫過ぎと思います。私寢てたんでございます。私も寢たきりですから……、寢てたら弁護士さんと家の子供に抱えられるようにして部屋に入つて來た、どうしたのですかと言つても本人は全然口を利かない。弁護士さんが裁判所で倒れてしまつたので、あの近所のお医者さんと思つたが、医者がどこにあるか分らないし、万が一それきり逝かれた大変だからと思つて急いで連れて來たから先生を呼んで下さい。それで子供を服部さんに呼びにやつた、そうして服部先生に來て頂いたんです。
  996. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうしたらお医者さんと何と言いました。
  997. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 初めいらつしやつたとき弁護士さんたちが叱られておりました。診察もなさらないで倒れたときの状態を聞いておりました。こんなひどい病人を何故近所の医者に見せて呉れないのだ、担ぎ込んで來る前になぜ近所の医者に見て貰わないのですかと言われて弁護人さんが裁判所の近所にどこに病院があるか全然地理が分らないものですから、そんなことをしているうちに死なれては大変というので連れて参りましたけれども、誠に済みませんでしたと謝つていらつしやいました。
  998. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その後服部医者さんが先に診てから、裁判所の方が見えたことを知つておりますか。
  999. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、見えておつたと思います。
  1000. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 裁判所の方が見えていたのでしよう。
  1001. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 裁判所の方が……実は私寢ておりましたので知りませんが、寢台の向うで診察に來られたようですが。
  1002. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 外のお医者さんが來ておりましたね、裁判所の方と來られたのは加藤さんという町のお医者さんが診たのじやありませんか。
  1003. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 何だか知りませんが、寢台の向うでよく判りませんが、大勢いらつしやつたようです。裁判所の方からお医者さんが來て診ていらつしやつたのでと言つておりました。
  1004. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 加藤さんというお医者さんはお話しましたか。
  1005. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 私然聞いておりません。
  1006. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 何も聞いておりませんか。
  1007. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 私は聞いておりません。
  1008. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうして翌日延期が許可にならずに、今度は東京拘置所の方に行くことになりましたね。
  1009. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 東京拘置所の方に行きました。
  1010. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それからまだこれは勾留になつておる。
  1011. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうです。
  1012. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) まだ執行停止で帰つて來ないうち、一月二十九日に執行停止で帰つたようだが、一月の二十七、八日頃あなたの体の状態はどんなものですか。
  1013. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 何しろひどかつたようですね。自分では心臓が動悸を打つて実は死けのじやないかと思つておりました。ちよつと驚いたり、ちよつと走つたりしても心臓が打つて來る。だからこれは心臓で死ぬんじやないかと思いましたですね。
  1014. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その樣子を服部さんに話をして診断書を書いて貰つたのですね。
  1015. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええそうです。
  1016. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その診断書を書いて貰つたのはそれがもとになつて、執行停止になつて帰つて來たわけですね。
  1017. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) それは分りませんですね、何しろ眞木が体が惡くて帰つて來たのじやないのでしようか。
  1018. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたの病氣には関係ないのですか。
  1019. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 弁護士さんが私の診断書を出すようにというので、子供が行つて服部さんで診断書を貰つて來たようですがね。
  1020. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 弁護士さんの方ではですね、眞木本人の病氣もあるけれども、あなたの病氣も惡い、本人のいないうちに万一のことがあつては困るというので、そういう診断で眞木も病氣であり、あなたも大病であるということで執行停止になつたんじやないですか。
  1021. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 知らないけれども、弁護士さんが診断書を、私の診断書も貰つて行くという使を寄越しまして、子供を服部さんに嵯に遣つたのですが、その点はつきり分りません。覚えておりません、何しろ寢ていたものですから。
  1022. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 服部お医者さんの方では、その病状を書いて診断書というものは勾留の執行停止をして貰うために使うのだということは分つていますか、服部さんが……。
  1023. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さあ、どうでしようか。
  1024. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 診断書を何に使うのだと、これは弁護士さんの方で眞木の勾留の執行を停止して返して貰うために必要でこれを出すのであるということをはつきりお医者さんが分つているかという……。
  1025. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さあどうでしたでしようね。私もあの当時のことちよつと記憶にございませんですけれども。
  1026. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 弁護士さんの方でそう言つたからと言つてあなたが頼んだでしよう、服部さんに……。
  1027. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 子供だつたか、私が行つたか、その点も分りませんですがねえ。
  1028. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 誰か使いにやつたところが、弁護士さんの方ではあなたの診断書が必要だということで寄越したから、あなたの診断書を貰つてやつたのですね。
  1029. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 私が体が惡いと言つて弁護士さんに言つたわけです。お母さんがどんな状態だと言つて弁護士さんが子供にお聞きになつたのです、それでお母さんこうこうという状態で、それで大変だというので、それで私の診断書を持つて來いと、そうだつたのじやないでしようか。
  1030. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その経緯は分りませんかね。
  1031. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) はつきり覚えておりませんですね、自分が寢ていて……。
  1032. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 前に診断書一枚書いていましたね。あなたが病氣になつて間もなく一月の二十三日頃か診断書一枚書いて貰つて、それを弁護士さんの方へやつたわけでしよう。
  1033. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) いつ幾日頃か、病氣ではつきり分らないのです。頭に靄が掛かつているような氣がして、眞木の所へ面会に行つても、明日はこれとこれを持つて來いと言われても忘れてしまうものですから、お前は頭が惡くてだめだ、筆記するものを持つて來いなんて言われるのですよ、なにしろ頭が惡くなつていて……。
  1034. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 前の診断書はあまり簡單で、病氣の樣子もはつきりしないから、詳細なことを書いた診断書を欲しいということを弁護士さんの方から書いて來て、更に書いて貰つたような覚えはありませんか。
  1035. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さあ出したか知りませんですけれども、私何かいろいろなことを言われても、日にちも過ぎているものですから、全然あれですねえ……。
  1036. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二人で二月の四日に入院することになつたのですが、その入院したのも入院すれば勾留の停止をもつと延期して貰うにいいというようなことから考えて二人で入院したようなことはございませんか。
  1037. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) それは絶対にございませんです。ただ先つきも申し述べた通り、うちにいてはとてもうるさくて、私が頭が割れるように痛いところへ持つて來て、枕のところを歩いても響くのです。晝間も夜も眠れない。そこへ眞木が高血圧で血圧が昇るものですから、早く癒すには靜かな所へ入院さして頂かなくちやならないと思いまして、服部さんにお願いしまして入院さして頂いたのです。
  1038. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 服部さんの病院は靜かですか。
  1039. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 前の産院の方はとても靜かでした。
  1040. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二月の九日、丁度公判の前の日、公判に眞木が出るくらいだからして、二月九日の眞木の状態というものはあまり惡いようなことはなかつたのですね。
  1041. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さあ、眞木も寢たきりでございますから私もその点……、七疊か八疊の部屋で向うの隅とこつちの隅に寢台とつているものですから、ただ御不淨へ行くときは眞木は起きて、御飯食べるときは起きるのですけれども、後は起きないものですから、いいとか惡いとか私には分らないのですね。
  1042. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 重いとすれば服部さんから明日公判があるそうだけれども、公判に行つてはそのような体では耐えないから公判を延期して貰つたらよかろうというような注意がありそうなものだが、そんなことなしに十日に公判に出たことを見れば、そんな容態ではなかつたのじやないですか。
  1043. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) そうですねえ……、どうでしようねえ。私なにしろ日にちも過ぎていることですし、私もその時分のことはつきり覚えていないのですよ。
  1044. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) まあ眞木本人にしても体が惡くて公判に出られないような、まあ十日の午後には卒倒などしたけれども、そういうような病状が前の日から分つているとすれば、お医者さんの方でも公判を延期願つて出ない方がよかろうというようなことになるであろうし、又本人もそうありそうなことなんだが、その日の容態では公判に出られるような容態であつたのですね。
  1045. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 自分が公判に出るくらいだから自分じや多少氣分がよかつたのでしよう、だから出て行つたのでしよう、そうでございますけれども、私はよく分りませんけれども。
  1046. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 服部さんに成るべく勾留して貰わないように診断書を都合よく書いて貰いたいといつたような意味のお頼みをしたことはございませんか。
  1047. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 全然それはもう絶対にございませんです。
  1048. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 一月の二十七、八日頃高木弁護士さんがあなたのうちへ來たことありませんか。
  1049. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 眞木が執行停止で帰つて來たときたしか先生うちへ送つて來て下さつたと思いますけれども。
  1050. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 執行停止になる前ですか。
  1051. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) いいえ、たしか執行停止のとき先生送つて來て頂いたと思うのですけれども、眞木が警視廳から帰つて來たとき一緒に。
  1052. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その前あなたの診断書を書いて貰つて出すときに、高木弁護士が服部さんに会つてあなたの病状について尋ねたというようなことを聞きませんか。
  1053. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さあ、どうでしたでしようねえ、はつきり覚えておりませんですけれども。
  1054. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 覚えていない……。
  1055. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 何しろ記憶が惡くなつちやつて、何しろ……。
  1056. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 東京拘置所の方へ勾留になつてから、あなた面会に行きましたか。
  1057. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、行つております。
  1058. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 何回程行きましたか。
  1059. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) そうですね。今体があれですから、今のところじや子供もあれですから私がしよつちゆう行つておりますけれども、毎日はできませんですけれども。
  1060. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大体何回ぐらい行きましたか。
  1061. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さあ、何回ぐらいとおつしやつても……、何回ぐらい行つていますでしようねえ……。
  1062. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それと最初はあなたの病氣、それから本人の病氣の関係から一月の末に帰られて、二月十日に今度は更に勾留になることになつて、二月の十一日に拘置所へ行きましたね。
  1063. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうです。
  1064. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) その後今度は他の理由で勾留を執行停止になりましたね。それはどういうわけですか。
  1065. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 大衆党の接收問題じやないでしようか。
  1066. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大衆党が解散になつて、その財産を接收されるについてその関係で……。
  1067. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) その個人財産だとかそれから更生会の財産だとか何だとかそんなような調でしたね。それで私にはとても分りませんでしたから、それで本人が執行停止になつたと思います。
  1068. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それはどうしても眞木本人でなくちやならないようなことですか。
  1069. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) これは私らには分りません。大衆党の財務だとか、それから更生会の財産だとか、個人財産なんというようなことは全然……、個人財産くらいならあれですけれども、個人財産でも全然分りませんですから、これを見積れなんといわれても價格にしても分りませんですね。
  1070. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたが分らなくても誰か会計なりそのことに携つた人で、本人がいなくても分るような人はありませんか。
  1071. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 全然誰もおりませんでしよう。大衆党でも一人一党のような党ですから、眞木が全部やつておるような党ですから、全然外の方には分りませんでしようね。
  1072. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それでその理由で以て又勾留の執行停止になつて家へ帰りましたね。
  1073. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうです。
  1074. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 帰つてからの眞木はどういうことをしておりましたか。
  1075. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 接收のものを書いたりいろいろな自動車の方の調の人だとか、いろいろな人に会つて裁判所に書出してこの人とこの人に会つていいかという許可を得た人に会つたり、自分で夜の一時、二時まで書き物なんかをしておりました。
  1076. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは最初は何日間出されたのですか。
  1077. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 二十日間だつたのです。
  1078. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 二十日間の間にその仕事はできなかつたんでしようか。
  1079. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) できなかつたでしようね、とてもできなかつたです。
  1080. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) そうして更に延期を願つたのですね。
  1081. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええそうです。
  1082. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 延期はいつまでですか。
  1083. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) やはり又二十日間お願いしました。
  1084. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 又二十日間、それで全部調を終りましたか。
  1085. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 終らないようです。
  1086. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 終らないけれども今度はもう延期は許可にならずに元へ帰つたのですね。
  1087. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうです。
  1088. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 前後四十日もおつたのですから一切のことが分りそうなものだがね、まだ更生会の方の関係などは整理が完了しない中に又勾留になつたようですね。成るべく調査を長くしてこちらでは家におることが長くなることを考えておるようなことはありませんか。
  1089. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) そんなことないでしよう、執行停止が日にちがなくなれば帰らなければならないということは分つておりますけれども、調査は困難らしいですね。私が見ても大変だなあと思つて見ておりましたから……。
  1090. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大体のあれではいつまで経てば調査が終るかという終る方法がないじやありませんか。四十日の間の状況を見るとね……。
  1091. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 何年も前からの話ですからむずかしいでしよう、調査を全部しなくちやいけないということは……。
  1092. 大野幸一

    ○大野幸一君 眞木さんは政治家の誰か交際のあつた人はありませんか。
  1093. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) さあ知りませんですね。
  1094. 大野幸一

    ○大野幸一君 家でもたまに友達と喧嘩とか荒い言葉を出すようなことはなかつたですかね。
  1095. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 別にあれですね。ちよつと酒を飲むと私を叱つたりすることはありましたけれどもね、別に他人樣にはそんな……。
  1096. 大野幸一

    ○大野幸一君 拳銃があつたことが問題になつたとかいうけれども。
  1097. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) あれなんか根も葉もないことが投書に行つておるらしいのですね。家に機関銃が何挺あるとか、家宅捜査なんといつておるんですが、私なども拳銃を見たこともありませんし、全然そんなもの見たこともないから知らないんです。それで警視廳に行つてこうだああだといじめられたんですけれどもね。
  1098. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 眞木さんは別に特に二号とか三号とかいうような、外に女の人で関係しておる人はありませんか。
  1099. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 全然ございません。私の見ておるところではございませんですね。私がうるさいからそんなものはないでしよう。すぐ見附けてあれですからそんなことはございませんでしよう。
  1100. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) あなたは相当やかましいんですね。
  1101. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) 酒を飲まれるのなんかは仕方がありませんけれども、女なんかつくるのは私がそんなことはさせませんから。
  1102. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 今の小さい子供さん、康弘さんですね、あれはあなたのお子さんですね。
  1103. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) そうです。
  1104. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) それは康年さんとあなたの間の子供ですか。
  1105. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええそうです。それは長女の子供なんですけれどもね、私が貰つてそれで私の籍に入れてあるのです。
  1106. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 籍はあなたに入れてあるけれども、実際は長女の子供ですね。
  1107. 眞木キヨ

    ○証人(眞木キヨ君) ええ、そうです。
  1108. 鈴木安孝

    ○委員長(鈴木安孝君) 大変長い間御苦労でした。それでは本日はこの程度で終ります。    午後四時四十七分散会  出席者は左の通り。    委員長     鈴木 安孝君    委員      鬼丸 義齊君            大野 幸一君            松井 道夫君   証人    東京地方檢察廳    檢事      櫻井 福美君    東京都事務吏員    (東京都民生局    長)      上平 正治君    東京都事務吏員    (東京都民生局    兒童課長)   黒川 義雄君    東京都事務吏員    (東京都総務部    特殊財産管理課    長)      富田  滋君    医     師 服部 甚平君            眞木 キヨ君