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14件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1972-11-06 第70回国会 衆議院 内閣委員会 第1号

木原委員 そういうお答えしかできないだろうと思うのですが、この空港は、繰り返すようですけれども、当初はSST時代に備えるといううたい文句があった。私はよく記憶をいたしておるわけなんです。しかしその後、世上あるいは航空界はいろいろな問題が出てまいりました。しかも、アメリカがこの製造を禁止する、放棄をする、こういう問題になってきた。

木原実

1971-03-05 第65回国会 参議院 予算委員会 第8号

内陸空港SST時代には適さないので海面空港が望ましい。どうしても三里塚というならば、農民と話し合い、納得の上できめるべきであると、たびたび提言しているんじゃありませんか。これは委員会においても、個人的にもあなた方には何回も言っている。大臣御存じでしょう、総裁も御存じでしょう。しかし、この社会党の主張に一度でも耳を傾けたことがございますか。

加瀬完

1970-11-09 第63回国会 衆議院 交通安全対策特別委員会 第18号

一番最初に申し上げましたように、これからジャンボからさらにSST時代に入らんとするときに、原因究明のしかたが中途はんぱあるいは国民に疑惑を招く、こういうことでないように、ひとつわれわれ自身もこれから政府当局と十分なる連携をとりながらもっていかなくてはならないと思います。  

加藤六月

1970-03-19 第63回国会 衆議院 地方行政委員会 第8号

SST時代に、アメリカとつないで三時間半といわれます時代には、これぐらいのことを望みたいというふうに希望をいたしておりますが、これにつきましては、やはり用地の買収あるいは採算性、あるいはこれの建設のための資金、あるいはそういった建設主体をどうするか、いろいろ問題がございますし、なお直通を北千葉ニュータウンを経由したらどうかというような問題もある。

手塚良成

1970-03-19 第63回国会 衆議院 地方行政委員会 第8号

富里案を示されたときの考え方というのは、ともあれSST時代に備えてアジアのターミナルをつくるのだ、こういうふれ込みであって、確かにあの規模で、滑走路の配置その他を見ましても、計画としてはそれにふさわしいものだったと思うのです。ところが、いまはそうではなくて、もうまるで羽田の補助港みたいな立場で工事が進められる。

木原実

1969-06-17 第61回国会 衆議院 地方行政委員会 第40号

それから第二点で、質的な航空機の発展の上から申し上げましたごとく、四千メートルの滑走路がございませんと、今後の航空界の第二期を画しますSST時代におきまして、わが国はその国際的な航空界における要衝の地位からはずれる、いわゆるローカル空港的な状態になるというふうに考えられるわけでございます。

手塚良成

1969-04-03 第61回国会 参議院 運輸委員会 第10号

瀬谷英行君 将来、たとえばSST時代ということも考えられるおけですが、そういう場合に備えて、今日の航空大学規模で間に合うかどうかということになると、相当これは疑問を持たれるのじゃないかという気がする。そこで一体、そのSSTといったようなことを具体的に考えなければならないということになっておるのかどうか、運輸省としてそれは考えの中に入れているのかどうか。  

瀬谷英行

1969-02-28 第61回国会 衆議院 運輸委員会 第7号

山村委員 まず第一番に、これは大臣にお聞きしたいのでございますが、今度の新東京国際空港、この空港アジアにできるのは、これが初めてだろうと思いますが、いわゆるSST時代これにどうしてもこの新東京国際空港をつくらなければならない。けさの新聞などを見ますと、コンコード001号というのが、あす処女飛行を行なうというようなことも見えております。

山村新治郎

1967-07-21 第55回国会 参議院 運輸委員会 第22号

そうしますれば、二十ないし四十フィートのコンテナが輸送される時代になってまいります、SST時代になりますと。そうしますと、陸と海との関係は解決して、やっと長い期間を費やしてできた時点においては、もう次の時代にはこれすらも役に立たないという事態にきております。そのように現在のあらゆる行政というものは、目的が達成されたときにはもうそれは崩壊しなくちゃならない。

田代富士男

1966-07-29 第52回国会 衆議院 運輸委員会 第2号

特にSST時代においてはどうなんだというお話。ところが、SSTについては、まだ開発途上にあるから、これは追ってそのときに考えましょうという話です。なるほどいまの図面からいえば、これはそう言わざるを得ないと私は思うのです。  そこで、いま大臣航空局長も退席された理由は、空港公団を発足させるということで行ったそうだが、これはちょっとやめてもらいたい。公団発足はやめてもらいたい。

久保三郎

1966-07-29 第52回国会 衆議院 運輸委員会 第2号

そうすると、SST時代には、とてもじゃないが、これだけでは国際路線の重要なところにはならない。これはならないということがはっきりしているのです。いまの計画課長の答弁よくわからなかったが、もっとも実際はあなたに聞いたのではまずいことなんだ。航空局長か少なくとも大臣に聞くのがほんとうなんだが、あなたが正直だから聞いているわけなんだ。だから、公団法は取りやめだということだな。

久保三郎

1965-04-02 第48回国会 衆議院 運輸委員会 第19号

これによって生産された場合の取得する飛行機の順位を確保するんだということによって今後のSST時代の競争におくれをとらないようにロイアルティーを払って順番は確保しておる。ただ、全体がおくれれば同じような順序で日航の入手もおくれるということになりますが、かつてジェット機について苦い目を見たようなことを繰り返さないような手を打っているということは申し上げられます。

栃内一彦

1964-05-07 第46回国会 衆議院 決算委員会 第22号

中国は遠からずSST時代に対応して、上海あたりに巨大な国際空港建設するだろう。土地は要るだけ自由に求められる。労働はお得意の人海戦術で幾らでもやれるというようなこと、気象もまた全く問題がない。土地があり、手があり、気象も問題がないこのような好条件に恵まれておるならば二年もあるならば完成するだろう、こういうことを言っております。  

吉田賢一

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