1956-03-31 第24回国会 衆議院 社会労働委員会 第28号
しかし東療はこの点におきましてはむしろおくれているところなのでありまして、最近はA食、B食という二重の献立だけは始めたようでありまして、この点は患者にも非常に喜ばれているそうでありますが、できますならばさらに進んで特別食というようなものも作らなければならぬ、現に帰ってきました技官の報告によりましても、とにかく患者のところに持っていっても患者がこれをきらうわけではないけれども、たとえばお魚ならばそれをむしって
しかし東療はこの点におきましてはむしろおくれているところなのでありまして、最近はA食、B食という二重の献立だけは始めたようでありまして、この点は患者にも非常に喜ばれているそうでありますが、できますならばさらに進んで特別食というようなものも作らなければならぬ、現に帰ってきました技官の報告によりましても、とにかく患者のところに持っていっても患者がこれをきらうわけではないけれども、たとえばお魚ならばそれをむしって
今A・B食を作るというようなお話がございましたが、重症者というものはそんなものではないのです。重症者というのは、もうほんとうに一さじの飯が食べられた、おかゆが食べられる食べられないというどん底に追い込まれているのです。ですからA・B食だの、それをたといここの食堂ほど作りましても、食べられないときは食べられないのです。