1983-03-22 第98回国会 衆議院 商工委員会 第7号
手こぎ舟で「おやじの海」の歌のように、右手に櫓こぎ左で何とかというのがありますね、ああいうふうにしてやれば、まあ近海魚あたりとれないことはありませんから、何とか魚は一週間に一回ぐらいは食ぜんに上ると思いますが、そういう生活に日本の国民が戻れるだろうか。また、そういう生活に戻していいんだろうか。
手こぎ舟で「おやじの海」の歌のように、右手に櫓こぎ左で何とかというのがありますね、ああいうふうにしてやれば、まあ近海魚あたりとれないことはありませんから、何とか魚は一週間に一回ぐらいは食ぜんに上ると思いますが、そういう生活に日本の国民が戻れるだろうか。また、そういう生活に戻していいんだろうか。
これはやっぱり野菜の、あるいは魚あたりのそういうものの暴騰なんかがときどきある、そういうことに対する不満じゃないかと思います。しかし、こうずっと季節的要因をはずしまして考えますと、まあそういっときのようなひどい状態ではなくなっているように思うんです。 それから住宅の問題ですね、これは私は確かに不満が皆さんの中にあると思うんです。この問題は、私はよほど政府としては重要視しなければならない。
となりますと、当然漁業で生計を営んでまいっておりましたこれらの漁家は湾内から出て漁業をやるか、あるいは底質魚ではなくて、中層魚あたりを対象にして漁業を営むということをやるか、いわゆる漁法なり、漁場なり、そういうものを切りかえざるを得ないというぐあいに思うわけです。いままで手なれておりました漁法等をかえるわけですから、相当やっぱり苦労をするということは必至であります。
農薬による汚染の問題につきましては、むしろいま当面すぐに取り上げるべき問題ではなくて、むしろ魚あたりから入ってきた摂取の有機水銀のほうが問題は非常に多い。したがって農薬についていますぐに取り上げなくてもよろしいというのは、そこに根拠がある、こういうふうに考えてよろしゅうございますか。
そういたしますと、魚あたりは比較的コストは高いということになるわけであります。私はこの主義がわが国においてはそのように強調されることはいかがかと考えておりますが、これらの点もおそらく今回の審議会で十分御検討願つて、諸外国の例との比較を御検討願おう、こう思つておりますが、コスト主義だけで行くということは私はとつてはならないのだというふうに考えております。