1975-06-13 第75回国会 衆議院 公害対策並びに環境保全特別委員会 第13号
それから門司側には古城山の特別地域、和布刈公園があるのですよ。その地域には三大潮流の一つである早鞆ノ瀬戸がある。壇ノ浦の合戦場の古跡もあるのです。非常に風光明媚なところであって、これはそのままの形で子孫に残していこうという立場をとらなければならないし、そういう立場がいまの国の方針なのです。
それから門司側には古城山の特別地域、和布刈公園があるのですよ。その地域には三大潮流の一つである早鞆ノ瀬戸がある。壇ノ浦の合戦場の古跡もあるのです。非常に風光明媚なところであって、これはそのままの形で子孫に残していこうという立場をとらなければならないし、そういう立場がいまの国の方針なのです。
この国立公園の門司側の自然海岸線というのはみんななくなってしまう。こういうような大量の埋め立てが行われて、そこに煙をもうもう吐く工場が誘致されたり、大きな埠頭がどんどんできたりするということは、国立公園に指定した趣旨と合致しているのですか、反しているのですか。ちょっとお尋ねしたいと思うのです。
そうすると、合併しますと、どうしても戸畑側には不平が起こり、あるいは門司側には合併していいという、この面だけとれば、推察すれば、一方は喜び、一方は不平を持つという現象が起こる可能性もございますね。そういう点で、どういう調節をするか、調節をするとすれば、低いほうに合わせるわけにいきませんから、若干下がっても戸畑の線に合わせたければいけませんね。
なお、直流、交流の分岐点は関門トンネルの門司側出口ということに本社において決定をみたが、具体的計画については、西部支社としても検討を進めているとのことでありました。 次に、九州海運局、福岡陸運局、第七管区海上保安本部から、それぞれ所管事項について資料が提出され説明が行われましたが、そのうち主要な点について申上げます。
○理事(江藤智君) 次に、国鉄の副総裁にお尋ねしたいのでございますが、先ほどの報告書にも載せておきましたが、現地を視察しました結果、直流、交流の分界点が関門トンネルの門司側の出口付近に本社で決定を見た、こういう話を聞いたわけです。
海底部分は七百八十メートル、下関側のアプローチ千三百七十・四メートル、門司側のアプローチ千三百十一メートル、昭知十四年着工以来の経費を換算して約七十六億の工費とされております。幅員、車道七・五メートル、その直下に三・八五メートルの人及び自転車道の道路を持ち、この人道部に下関及び門司に各二台の四十人乗り、一台の二十人乗りのエレベーターがあつて、これによって運び込むのであります。
この関門隧道の工事には下関側の方で三百二十五人、門司側の方で百二十人の人たちがこの仕事に従事されておると伺っておるのであります。ところが下関側の方ではすでに六月に十八人の人員整理が行われた、それぞれ人員整理の計画が立てられて、八月には下関側で四十五人、さらに十二月には百十二人、来年の三月に七十人、六月に八十人と、こう予定されておると聞くのであります。
○田中一君 たとえば関内隧道にしても、国の方に委託してやるからこのまま動揺はないと思いますけれども、やはり門司側の方はことしの五月ごろには終ってしまうのですね。そういう場合に、その人間はどういうところへ持っていくのですか。そういう人たちはみんな道路公団へ持っていこうというつもりですか、それとも、それは別の方に配置転換をしようということですか。
○政府委員(富樫凱一君) お話の門司側の方は完成に近づきましたので、人間もそれほど要らなくなってきておりますが、この職員の方は配置転換のやり方で、それぞれ建設省の中で配置転換をいたしたいと考えております。
ところが、これが小森江、門司側にあるのでございますけれども、やはりこれが一部土に埋まり、あるいはモーターが湿りましたりということで、その方の整備をしなければいけない。それから信濃川あるいは赤羽発電所あるいは岐阜、大阪というようなところから早急に送りましたポンプも――こういうポンプは特殊なポンプで、しかも強馬力でありますから、常に使つておるというわけではない。
そのときに、排水は一体どういうふうにお考えになつておりますかと聞いたら、大体上り下り両線で、常時おりて来る水を吸い上げるための設備がある、これのほかに、下り線に門司側、下関側に一本ずつ、上り線に一本ずつあるのですから、常備のものと加えて六本のポンプを稼働させることによつてやるんだということで、のろのろと進められておる。
例をあげて関門トンネルの場合だけを申しますると、私の聞きますところでは、二十八日の午前十一時に新聞記者の諸君が門司側トンネルの入口に行つたときには、非常にはげしかつた。また十一時二十分にポンプを揚げる要員の人たちが昇坑して来たが、このときはもうすでにひざのところまで来ていた。そうして排水が不可能であつた。また十一時二十分に通ります特急のかもめが辛うじて通過したと言つております。
○江藤説明員 関門隧道開通以前に行つておりました貨車渡船を残しておいて、緊急のときに間に合わしたらいいのではないかという御趣旨のようでございますが、実は関門隧道が開通いたしましたあとの計画で、こういうつぶれるということは実は考えなかつたものでございますから、門司側は関釜の岸壁を延長するために、一部埋立てをいたしました。これは戦争のため中止して使われない状態にあります。
そこで門司側の方におりましたポンプ・マンは、保線区長に指示を仰いで来ておりました。いよいよ水浸しになつて来てあぶないからどうしようか、そこでそれでは引揚げよう。
翌日朝からトンネルに入りまして、門司側、下関側等によつて、実情を見て説明を聞いて参りました。詳しい御報告は国鉄部長から御説明申上げたいと思います。この間ここでいろいろ御質問等もありましたので、できるだけ最近の実情を知り、それに対する対策等を相談いたして来たものを皆様に一番先に御報告申上げたいということを考えておるわけでございます。
○逢澤委員 そうすると、下関側の外部からの浸水というものは微量であつたということですが、それではモーターを操作しておつた人が避難して出たのは門司側に避難したのか、下関側に避難したのかということを一点お尋ねしたい。
御承知のように、雨が二十八日の朝方から一度小やみになりまして安堵しておつたわけでありますが、十時ごろから時雨六十―一時間六十ミリ降りまして、十二時三十分ごろから、門司の大きい広い操車場でございますが、そこに山津波その他によりまして参りました水が、線路上一メートルに達するようなことになりまして、その水が門司側から入つて来たわけであります。
門司側におきましても、もしそういうような、門司操車場に一メートルというような山津波が来ない限りは、六十ミリの時雨量でございますから、八十ミリの能力を持つているポンプでかい出すことができるし、あとだんだん下へ落ちて行きましても、相当の水をかい出すことができる。
関門港におきましては門司側が大体九〇%、東京港も約九〇%、福岡港が大体八〇%であります。その他の少数の港湾でも接收されておる分がありますが、これはごく一部分であります。お聞き及びだと思いますが、横浜港その他もおいおい返還されております。横浜港のピヤーはすでに返還されており、神戸も近く一部分は返還される予定であります。
これは先ほどもお話がありましたように、従来門司側におきまして、繁忙期の輸送抑制は幡生操車場の作業に基因するように考えられておりましたが、機構改正にあたりましては、幡生駅は門司局所属となりておるのでありますが、輸送抑制の真因は幡生操車場の作業ではなく、山陽線自体の機動的輸送力いかんにかかつておるのでありまして、機構改正後、山陽線と幡生操車場との緊密な輸送手配が困難となり、輸送合理化の低下を来している点
本國道隧道は現在の二号國道と中國山口縣長府において分岐し、関門海峡下を通過し、九州門司市鎭西橋において再び二号國道に合する、延長約十キロの関門國道間に存在する総延長三キロ四五〇メートルの海底隧道でありまして、海峡下の隧道延長は七八〇メートル、下関取付隧道は延長一キロ三七三メートル、門司側取付は延長一キロ二九六メートルであります。
お話にありましたように、關門のトンネル工事は昭和十七年に海底の導坑が通りまして、十九年には門司側の導坑も通りまして、一部また門司側の方の切り擴げも進んでおりますが、現在の段階としましては、これから本格的な工事を進めなければならぬという段階になつておるのであります。