1985-03-28 第102回国会 参議院 運輸委員会 第4号
そういうことからいたしまして、もっとこれを広く見てみますと、例えば北陸豪雪にいたしましてもそのとおりですし、あるいは昨年の秋からことしの春に続いて各地で起こりました異常渇水等も、中長期的予報がもう少し適切にいかないものかな、このように思っておりますが、そのようなことからいたしまして、国民の皆さんの天気予報への期待や願いはますます大きくなってきております。
そういうことからいたしまして、もっとこれを広く見てみますと、例えば北陸豪雪にいたしましてもそのとおりですし、あるいは昨年の秋からことしの春に続いて各地で起こりました異常渇水等も、中長期的予報がもう少し適切にいかないものかな、このように思っておりますが、そのようなことからいたしまして、国民の皆さんの天気予報への期待や願いはますます大きくなってきております。
しかし、五年先になるかもしれない、あるいはひょっとするとあしたかもしれないと、そういうようなことでは今度は社会的な不安を起こすおそれがあるわけでございまして、やはり長期的予報には必ずその短期的な予報が約束されないとまずいのでございまして、まあ長期的な予報はこうであるが、もう少し差し迫ったらまたお知らせするというような前提がないと、どうも不安を起こすおそれがあるわけでございます。
というのは、ただいたずらに社会的な不安を起こすということで、長期的な防災計画を立てる上にはよろしいかもしれませんが、地震の予知の実用化ということを考えますと、どうしても長期的予報にもっと短期的な予報が伴わなければ何にもならない。
二番目に、長期的予報というような形で言っておりますけれども、どの程度の時期、まあ一年あるいは五年もしくはそれ以上かどうか、いろいろの場合があると思いますけれども、そういう状態の中で地震が起こり得るかどうかということがいろいろ検討されるようになると思います。 それから同時に、最終的な目標というのは、やはりいつどこにどの程度の地震が起こるかということが、短期予報として出てくるわけです。
おそらく私の想像では、萩原先生のお考えは、長期的な予報についてどういうことをやれば長期的予報ができそうだということが五年間でめどがつくであろう、これは舞三次の計画が完全に実施された場合という条件がついておりますが、ということをおっしゃられたのではなかろうか。萩原先生直接にお伺いしておりませんので、新聞記事等を通じてのあれでございますが、そういうことだと思います。
長期と短期とに分けましてお話をいたしますと、長期的予報につきましては、日本の測量をひんぱんにやっていく、そうして、その地殻にどれだけのひずみがたくわえられてきて、それが限界に近づいたかどうか、そういうことを調べれば長期的な予報はできるわけですが、この測量につきましては、大体計画どおり進んでまいりました。