1995-03-24 第132回国会 衆議院 商工委員会 第6号
足利市の産業につきましては、明治七、八年のときに日本の繊維産業の中ではトップにありまして、戦前の方は御存じだと思うのですが、足利銘仙ということで一世を風靡したわけであります。
足利市の産業につきましては、明治七、八年のときに日本の繊維産業の中ではトップにありまして、戦前の方は御存じだと思うのですが、足利銘仙ということで一世を風靡したわけであります。
例えて言うならば、商業都市の小樽や長崎、これは高等商業ができましたし、北九州重工業地帯には明治専門、あるいは石油や銅で有名な秋田には秋田鉱山専門学校、米沢織物だとか桐生銘仙でありますか、ここには高等工業ができております。あるいは日向杉であれば宮崎高等農林。
それからファッション型需要への対応といたしまして、たとえば銘仙が外衣ニットあるいは織布が外衣ニット、ケミカルシューズが高級化したくつに変わる。
外務大臣の郷里の秩父、足利、北関東の銘仙どころ、いまやニットに変わっております。せっかく構造改善で設備をしました。ところがアメリカストップのおかげで仕事がなくなってしまった。これじゃ減価償却どころか、政府から借りた金も、銀行から借りた金も返されません、どうしてくれますか、こういう言いようなんです。深刻です。
また阿左美さんは秩父銘仙の産地の出身で、その協同組合を四十年間にわたって議長をやって組合運動に一生涯を捧げたというような非常に実行力のある方であります。常に委員会においても中小企業に対して発言をされてその点においてわれわれは敬意を表しておるわけであります。
千五百三十八円のものを五百九十万円にするのですから、その伝票を今言ったように、銘仙のかけぶとんのクリーニング代が一万円だなとというとほうもない計算をしないと追っつかない。そうすれば、こんなものを見れば、でたらめなものだとすぐわからなければならない。そこで内部に協力者があることは常識上明白だ。あなた方の常識はどうか知らぬ。われわれの常識では明確である。
こういう状態を見ても伊勢崎銘仙一反織るような工場を見た場合にどう考えたつてこれは大企業のほうに惚れつくのは当り前です。銀行家は決して生産の専門家ではないのでありますから素人が見た場合にこれは大企業に惚れつくのは理の当然でありまして、だから素人が見てもこの対等に扱えるような範囲をそれだけきめて行かなければならん。
しかし脱退手当金を存置されたという趣旨をさらに演繹をすれば、やはり脱退手当金として三分相当の利子を加えたものをやるというような一律一体の取扱い方で、そういうお嫁に行こうとせつかくやめても、銘仙一反も買えないような脱退手当金では、少し気の毒じやないかと思うのです。そういう点やはり立案のときにいろいろお骨折りになつたと思うのですが、私どもの考え方とあわせてひとつ御見解を承りたい。
そうすると婚資としていわば非常に期待されておるものが、銘仙一反にもならないのだということでは、計算上いろいろ御苦心のほどはわかるが、実際問題としては少し気の毒過ぎるというお感じはありませんか。その辺のことを何とかならないかという気持がぼくはあるのですが、ならぬものでしようかね。
機場の機械が自転車操業であればこそ、待つておればこそ動いておるのでございますが、これが売れないということになれば、勢いほかのものに転向しなければなりませんが、繊維局長御存じの通り、軽目羽二重を織つていたものを急に重目の羽二重にしなさいとか、あるいは八端や銘仙にかえなさいと言つてもこれはちよつとできません。一体これをどうしてくれるのですか。
私は決算委員になつて非常に日が浅いのでありますが、数々調べて参りますときに、結論的に非常に不可解に思うことは、この国費の運営に当つていろいろ御弁解はあつたようでございますが、非常に軽々に取扱われておるので、麻袋の場合も実に八億に亘るような、九億に近いようなこの購入費でありながら、我々の場合には一反の銘仙を買うにひとしいような、かなり簡単な運営の下にこういうことがきめられておるわけでありますが、お尋ねをいたしますが
○政府委員(渡辺喜久造君) 当初は原糸課税とかいろいろ検討しておつたのでございますが、原糸課税の線で行きますと、どうしてもやはり徴税は比較的しやすい面がございますが、結局例えば絹の例をとつてみますと、銘仙の場合におきましても、それが錦紗になり結城になつても、使う糸が同じなら負担する税金は同じだ。担税能力からいいますと、やはりできるだけ消費に近いところで課税するのが適当じやないだろうか。
玉糸の用途が特殊なものでございますから、直ちに買上げの手段をとりませんでも、例えば戦前は内地におきましてもこれは銘仙等に使つておつたのでございますから、将来玉糸が増産され、価格が下るような事態が起きましても、この新規用途を開拓するというような方面におきまして、この価格を維持することは、ほかにも方途が幾らもあるのでございまして、直ちに買上げるという処置をとりませんでも、相当諸般の方策も、又玉糸につきましては
銘仙類にしても二千円のものが千円乃至それ以下だというようなことで、極端な不況に見舞われて、今非常に苦心惨憺いたしております。産地の現況は大体四割程度の操業でございますが、併し中には到底その四割もでき得ないというようなものがある実情である。
輸出の羽二重はどうやら生糸の価格に伴いまして売れておりまするのでよろしうございますが、内需の絹織物に至りましては、非常に只今の生糸価格では到底売行がスムースに参らん、特殊の高級織物はともかくといたしまして、大衆向きの銘仙類のごときは全く採算難で苦しんでおる状況でございまして、そこで自然この絹に代わる化纖の織物にだんだん移行しつつあるわけでございます。
これはシヤウプ勧告案によりまして、織物消費税は全廃いたしましたが、やはり消費の状況を見まして、極く高級の織物につきましては物品税として或る程度課税するのが負担の公平からいつていいのではないか、然らば銘仙程度のものに課税するかという問題になりますと、そういうものには課税いたしません。西陣とか、極く高級なものにつきましは課税したらどうかという気持を持つて、今研究をいたしておるのであります。
そうしてそれを請求される、織つた織物はいつもの相場で売れない、デイス・インフレになると物は買えなくなる、そこで物価が下つて来るから、人絹の入つた銘仙は三反で一千円、一反三百三十三円三十三銭で買える、そうした時代ができた。この時代が、物が安く買える時代が来たということは、正しく池田蔵相の財政政策の成功である。
勤労大衆が銘仙が無制限に暴落しても買えない。(笑声)上野広小路の露店で三反千円でもまだ買えないのか、勤労大衆はこんなに金がないのかと言つてテキ屋まで泣いている。(笑声)今全国の脳病院は重税に苦しんで気の狂つた人が、どこの脳病院でも超満員です。今税金問題を、今度の予算では下がるといいますけれども、まだ昭和二十四年度の税が一千億円以上まだ拂えない。だから今度も又プラスされる。
給與水準についてもちよつと申上げて置いたのでありますが、経済統制の整理、これは第三に謳つておりまするが、経済統制の整理というものも、今や実情は整理恐慌というふうな状態になつているのでありまして、一番はつきりいたしました例は、生糸の統制が止まるということで以て、銘仙上物の二千七百円あたりが、もう直ぐに一千円を割るというふうなところまで落ち込んでおります。
一番最初に銘仙を挙げてございますが、銘仙の二号が昭和二十二年九月、いわゆる新物価体系によつて引上げられましたときのマル公、公定価格が千五十四円ということになつております。それから二十三年の補正体系によつて引上げられました価格が二千二百三十六円十銭、こういうことになつております。ところが三十四年の六月、昨年の生糸並びに絹製品の統制が解除されました当時は二千円、約一一%の下落をいたしております。
だからして一枚子供にシヤツを買うとか、或いは女房が羽織一枚買うとか、娘が働いて取つて来たからといつて銘仙の一枚でも買うということができないのであります。生活保護法は最低生活でありまして、そういうことまで計算のうちに入つておらん。