1976-05-07 第77回国会 衆議院 逓信委員会 第7号
小泉信三、長谷川如是閑、馬場恒吾、鈴木文史朗、信時潔という音楽家、それから西田幾多郎、それから小説家は武者小路、志賀直哉、広津和郎、正宗白鳥というような超一流の人が呼ばれているのです。 それで広津さんは水交社へ行った。
小泉信三、長谷川如是閑、馬場恒吾、鈴木文史朗、信時潔という音楽家、それから西田幾多郎、それから小説家は武者小路、志賀直哉、広津和郎、正宗白鳥というような超一流の人が呼ばれているのです。 それで広津さんは水交社へ行った。
篠田代議士は北海道四区選出、当選三回、五十三歳、初め広川派、後緒方派となるかつて朝日新聞社勤務時代に、当時の社会部長であつた鈴木文史朗氏の横つつらをはつたことも、嚇嚇たる武勇伝の一つとして有名という読売新聞の記事を私に示しまして、暴力の前科者である、今度三回目にあなたがやられたらどうする、そんな危険な人とかかわり合いを持つことはどうかやめてもらいたいというのであります。
○参考人(鈴木文史朗君) 私は第一問の、一世一元の制度についてどう考えるかということでありますが、これは先程も委員長からお話があつたように、元の皇室典範にははつきり書いてあつた。ところが今度の皇室典範にはない。又新憲法にもこれについて何ら規定を置いていないということは、恐らく新らしい皇室典範、或いは新憲法の制定に当りまして、余程考えられたことだろうと私は思うのであります。
社会教育局 長) 西崎 惠君 事務局側 常任委員会專門 員 岩村 忍君 法制局側 参 事 (第二部第二課 長) 杉山專一郎君 参考人 天 文 台 長 荻原 雄祐君 明治大学教授 藤澤 衞彦君 早稻田大学教授 吉村 正君 リーダースダイ ジェスト日本支 社長 鈴木文史朗君
○委員長(山本勇造君) それでは次にリーダース・ダイジェスト日本支社長、日本青年館理事長、全国出版協会会長の鈴木文史朗さんにお願いいたします。
公述人の選定につきましては委員長、理事に一任せられておりましたが、種々交渉いたしました結果、学識者鈴木文史朗君、労働組合鈴木市藏君、占部秀男君、自治体関係安井誠一郎君、産業界関係原安三郎君、一般堀内剛二君、美園茂君を公述人に決定いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
たとえばこの間鈴木文史朗君がアメリカに行つて、そうして体驗いたしたところによつてみても、いわゆる二世がイタリー戰場において非常によく戰つて、そうしてテキサス州の旅團を救い出した。ことに從來テキサスは日本に対してあまりよくなかつた所でありますが、そのために日本に対する、あるいは二世に対する、米國在留の日本人に対する感情が非常にかわつて來た。のみならず日本に対して氣の毒であつた。