1951-11-06 第12回国会 衆議院 水産委員会 第9号
松平氏の語るところによれば試験船として出漁を委託する道水試、道水産試験場のことだと思いますが、一般出漁期日について協議した。七月四日(札幌市)、同十七日(水産庁)、同二十四日釧路市の各協議会とも二十五日試験出漁してよいと決定したことはない。ただ一般に出漁期を八月十五日と見込んでいた。六月末ごろ二十五日試験出漁案も考慮したが、その後の事情変更に伴い、試験出漁も当然かわつた。
松平氏の語るところによれば試験船として出漁を委託する道水試、道水産試験場のことだと思いますが、一般出漁期日について協議した。七月四日(札幌市)、同十七日(水産庁)、同二十四日釧路市の各協議会とも二十五日試験出漁してよいと決定したことはない。ただ一般に出漁期を八月十五日と見込んでいた。六月末ごろ二十五日試験出漁案も考慮したが、その後の事情変更に伴い、試験出漁も当然かわつた。
六、最後に本出張中、六月三十日夜、マ・ライン越境のためソ連に抑留されておりまして帰還いたしました、道水産試験場所有白鴎丸船長以下十二名、根室町門間氏所有かに漁船第三福壽丸船長以下五名及び野付郡別海村波見氏所有の大洋丸機関士以下四名がCICで取調べ中であるということを伝聞いたしましたので、七月一日、乗りかえ時間を利用いたしまして釧路駅渉外室で、特にCICの了解のもとに白鴎丸、船長浦口外一名、第二福壽丸船長高岡外一名