2019-05-10 第198回国会 衆議院 経済産業委員会 第10号
さて、私と中小企業政策との出会いはかなり古くなりまして、橋本内閣で、佐藤信二通産大臣のもと、通産政務次官をさせていただきました。
さて、私と中小企業政策との出会いはかなり古くなりまして、橋本内閣で、佐藤信二通産大臣のもと、通産政務次官をさせていただきました。
初めて政府の役職に就任した通産政務次官では「二〇〇〇年問題」に直面。二〇〇三年、外務副大臣時代にはイラク戦争直前、総理特使として現地に赴き、また、イラク戦争後も政情不安が続くバクダットを世界の要人として最初に訪問しました。 これまで、四度の入閣(沖縄・北方、科学技術、IT担当、金融・行政改革、経済産業大臣、経済再生・人づくり革命)を経験させて頂きました。
と申しますのも、COP3に私、通産政務次官で参加した経験がございまして、大木議長が大変苦労をされて、新幹線で行ったり来たりしながら、あの難しい中、またアメリカが離脱する中あの案をまとめられたので、これはやっぱり国民の一人としてという思いがありまして、努力をさせていただきましたので非常に懐かしく思いましたし、またそれを達成、速報値ですけれども、マイナス八・二%達成できるということを世界の皆さん方に表明
しかし、私、COP3のときにちょうど通産政務次官をさせていただいておりまして、エネルギーの観点から会議にも出席をさせていただいたんですけれども、各国ごとに数値目標を、もちろんアメリカは離脱してしまいましたけれども、設定するというのは、これはすごいことだなということを思ったことを今でも覚えております。
私も二十数年前、私事で大変恐縮でございますが、通産政務次官をさせていただきまして、当時、衆議院から行った通産政務次官は中小企業を一年三か月やれということで、中小企業金融から政策からいろいろ汗を流させていただいたことがございますが、今先生が言われたように、まさに日本の層の厚い中小企業、ある意味で機動的な、しかし同時に非常にもろいところもあるわけでございまして、そういった特性を考えて実はこの中小企業金融円滑化法案
先生もよく御存じのように、農水省、先生がかつておられた経産省、かつて通産省でございますが、私もあそこの通産政務次官を二十数年前、一年三カ月やらせていただきまして、もうなかなか、非常にやはり根の深い、省庁が日本国にできたときから商工省はあったわけでございますから、大変深いということはありますけれども。
私ごとになって大変恐縮でございますが、私、たしか二十年ほど前、中尾栄一通産大臣のもとで通産政務次官をやらせていただきました。 当時は国の大きな方針として原子力発電を、やはり資源のない国ですから、電力会社と一緒になって奨励してきたのは、私は事実だと思います。
○谷畑委員 私は、阪神・淡路大震災のときに通産政務次官で、ちょうど中山先生だとか田嶋先生と同じような立場でございました。 道路が、国道一本が混雑で全く使い物にならない状況でしたので、私は常に大阪の港から船に乗って現地へ入って、現場の声を聞いたり業界の皆さんのお話を聞いたり、そういうことをしておりました。そのころの通商産業省の仕事というのは、インフラ、特に電気、ガス、工場。
○国務大臣(自見庄三郎君) 中西議員にお答えをさせていただきますが、従来より、今も先生御指摘のように、貸出条件の変更を行っても一定の要件の下に該当する経営改善計画等がある場合には不良債権に該当しないという扱いとしておるところで、先生はそのことを今取り上げられたわけでございますけれども、私も二十年前、通産政務次官というのをさせていただきまして、中曽根弘文参議院議員が当時参議院から来た通産政務次官、私が
当時、渡辺先生、通産政務次官でおられて、陳情に行ったこともございますが。
○自見庄三郎君 失礼、通産政務次官ですね、通産大臣が中尾栄一先生でございましたが。 さて、そんなことで、私は本当に虚心坦懐にこの日本国のこと、国民生活のことを本当に憂えますので、そういった視点に立って質問をさせていただきたいと思います。 まず一点。それから、舛添大臣、私は本職は医者なんですよ。
一九八九年、天安門事件があったときに政府高官の交流がストップされましたけれども、当時私は通産政務次官をしておりまして、日本では高官では、そういう世界の約束があったけれども、最も早く中国に行った一人でございます。だから、中国の皆さんとは古い友人がたくさんおります。日本に来られたときに、多くの人がいろんなパイプで集まりをしているときに声を掛けられて参加することは数多くありました。
それから、土地基本法を作らしていただいたとき、一年三か月ぐらい石井大臣の下で私は政務次官をさせていただきまして、それから十七年前に実は通産政務次官をさせていただきましたから、今言った地域立法はほとんど、昔は通産省の所管かあるいは国土庁、今はもう国土交通省でございますけれども、所管でございまして、そういった意味でも法律の制定の下働きをさせていただいたこともございますし、そんなことを踏まえて今日は少し大臣
私も通産政務次官を十八年前に額賀先生の後にしましたけど、あれは要するに自動車のリースを認めるんだよ。銀行系のリース会社は自動車のリース認めないんだよ。あるタクシー業界の非常に影響力のある人に聞いたら、タクシー業界はもう宮内を悪魔のように思っている。どうしてですかと。タクシー業界は規制緩和してみんな経営がきつくなって、みんな車からリースしなきゃいけぬと。
十七年前に私はたまたま通産政務次官をさせていただきまして、当時、参議院から中曽根弘文さんが通産政務次官、中尾栄一さんが通産大臣の下で一年三か月通産省の政務次官をやらせていただきました。
あっちやらこっちやら話が行きますけど、私、韓昇洙さんて、当時十七年前通産政務次官でしたけれども、ソウル大学のもう最高の経済学者。当時、東京大学の経済学者、同時にハーバード大学の経済学者でしたよ。私はそんな分野は余り知らなくてね。その人が最初に韓国で選挙があったときに、一族みんなやめろやめろと言ったらしいんです。国会議員に出たんですよ。そしたら通った。非常にもう奇跡の当選と言っていました。
加えて申し上げますと、私は当時通産政務次官でございまして、現地において京都議定書の締結に立ち会った立場でございますので、よく頭に入っております。 また、自動二輪の問題について申し上げますと、最近急に自動二輪がふえてきたというのは、やはり国民が自然と省エネ、省マネー化という傾向に動いている結果だろうと思います。
甘利大臣は、先ほど赤羽先生から商工族というか通だという話がございましたけれども、御経歴を見ますと、通産政務次官、自民党の商工部会長、衆院商工委員長そして大臣と、いわゆる四冠王であられます。
○内閣官房副長官(上野公成君) 私がこういう勉強会幾つか持っておりまして、先ほどの住宅政策でありますとか高齢者の住宅でありますとか、あるいはこの地球環境の問題も、これ特に今、京都議定書のいろんな問題ありますけれども、通産政務次官をやっておった当時にちょうどそういう京都の会議があったりしまして、そういうことでも勉強会をさせていただいていたということでこういう研究会を作ったわけでございます。
○吉井議員 私の承知いたしておりますところでは、細田大臣も通産OBで通産政務次官も務められておりますのでよく御存じの、旧通産省が九七年に出した、民間部門における電子計算機処理に係る個人情報の保護に関するガイドライン、九七年三月四日の通産告示第九十八号ですが、ここでは、「人種及び民族」「門地及び本籍地」「信教(宗教、思想及び信条)、政治的見解及び労働組合への加盟」「保健医療及び性生活」「の内容を含む個人情報