1947-10-04 第1回国会 参議院 運輸及び交通委員会第一小委員会 第3号 南は省線來迎寺駅に連絡、即ち南北延長三十九粁二分にして、本縣三島郡を縦断する本郡の動派にして、その沿線区域廣潤にして、沿線所在なる官公衙、学校、工場、事業場等尠からず、本鉄道により往來発着する旅客貨物数量等、並びに本郡における農水産物高は別表の如くなるが、殊にその終点たる寺泊港は、明治維新後、文化の発達と交通機関の変革に伴い、昔日の殷賑を見ること能わざるも、明治四十年新潟港の副港として、百数拾万円の 村上義一