2009-03-19 第171回国会 衆議院 農林水産委員会 第4号
実は、私たちの町の、まだ農協合併前の遊佐町農協時代でございますけれども、一九七二年から米の取引が始まりまして、当時は三千俵から始まったわけですが、現在では約十万俵の米が私たちの遊佐町から生活クラブ生協の方に届いております。ちなみに、我が町の米の生産量はほぼ十七万俵ですから、半分以上、六割程度の米が生活クラブ生協に行っているという関係でございます。
実は、私たちの町の、まだ農協合併前の遊佐町農協時代でございますけれども、一九七二年から米の取引が始まりまして、当時は三千俵から始まったわけですが、現在では約十万俵の米が私たちの遊佐町から生活クラブ生協の方に届いております。ちなみに、我が町の米の生産量はほぼ十七万俵ですから、半分以上、六割程度の米が生活クラブ生協に行っているという関係でございます。
今はその営農指導者以外の人が一番力が強くて、そして組合員も自転車で農夫姿で気軽に肥料とか飼料とかで来たのですよ、私どもが農協時代。今は何やら大企業のようにしてどこでもやっておるから、そしてトラックでずっと各生産集落におろしていくわけだから、何やらこの信頼関係というか農協と組合員との真心の通じ合いというものが少なくなっておるわけですね。
それからまた、農協が経済面に力を入れるのはけっこうでございますが、生産の指導面、これは従来農協時代、あるいは農業会とか、あるいは農会という時代から比較いたしますと、非常に指導面というか、生産面、その方面の機能というものがなくなったというわけでもありますまいが、そういう方面に非常に一そう力を入れて協力してもらわなくちゃならぬ面があるのじゃないか。