2002-05-22 第154回国会 衆議院 国土交通委員会 第15号
月に何回か事故現場に花を供えに訪れるたびに、だれもが一見して自分の身を守ることは不可能だと確信するような車に、つまりこういった違法改造車、三度も追突され轢殺されたのに、その加害車が違法車であったと認定されず、これは民事訴訟においては、むしろ旧運輸省の指導教官だった娘さんの方が過失率六割という主張を受けているんですね。娘の悲鳴が聞こえてくるようですという手紙を書かれている。
月に何回か事故現場に花を供えに訪れるたびに、だれもが一見して自分の身を守ることは不可能だと確信するような車に、つまりこういった違法改造車、三度も追突され轢殺されたのに、その加害車が違法車であったと認定されず、これは民事訴訟においては、むしろ旧運輸省の指導教官だった娘さんの方が過失率六割という主張を受けているんですね。娘の悲鳴が聞こえてくるようですという手紙を書かれている。
アメリカの占領下にあった当時、いろいろな事件や事故が頻発をいたしましたが、私が忘れられない事件が、青信号のときに横断歩道を渡っていた中学生が米軍の車両に轢殺された事故であります。これは、青信号がよく見えなかったということで、軍事法廷で犯人の米兵は無罪になりました。
○井上(泉)委員 運輸省の方に戻るわけですけれども、いま大型の貨物自動車の酔っぱらい事故で交通警察官を轢殺した四国名鉄運輸を監査され、そしてそれに対して行政処分をされたというわけですが、それが適正な行政処分かどうか、これは別といたしまして、こうしたかなり有力な運輸会社がいわば運行管理上のイロハのイの字にも当たらないような、本当にごく初歩的な、荷物を積んで、そこでトラックを置いておいて隣の飯屋でビール
これは昭和四十二年四月二日午前二時ごろ、米軍横田基地近くの福生市内で、米空軍横田基地野戦整備中隊所属のソーアー・K・バーントソン、当時二十一歳が、若い女性を助手席に乗せ、酒に酔って運転し、笠井義治さん、当時三十二歳を轢殺した事件であります。 被害者の遺族の妻雪さんと子供の裕子さんの損害賠償請求額は、当初九百六十四万九千百五十七円でありました。
○上原委員 昨年も、戦車による轢殺事件が、同じ金武であったし、その前にはキャンプ・ハンセンでの射殺事件などもあったわけですし、そのつど政府のこの種の事件に対する姿勢について、きびしく追及をし、また、きびしい態度で米側に臨むべきであるということを要求をしてまいりましたが、相次いでこの種の事件が起きている。
○上原委員 そういたしますと、この戦車轢殺事件は最終的な結論が出されたという解釈をとっておられるわけですか。その立場にあるわけですね。
そこで、私は、この件につきましても、本委員会あるいは沖繩特別委員会等でも再三お尋ねをしてきたのですが、四月の十二日に沖繩本島北部金武村のブルービーチで起きたいわゆる戦車轢殺事件、安富祖ウシさんのあの痛ましい事件というのが無罪になりましたという報告を、私たちは新聞紙上で拝見をいたしました。
○瀬長委員 これは米軍からの調査によると、四月十二日に轢殺事件があり、十九日に、地位協定十七条を根拠に第一次裁判権の行使の通告を行なって、さらに五月二十五日付で、いま申し上げた調査の結果について那覇地方検察庁及び那覇防衛施設局に通告をされておって、しかも、その後ひた隠しに隠されて、この調査の結果が知れたのが六月十六日、しかも在沖米海兵隊広報部発表ということになっております。
たとえば、国体の成功をたたえながらも、沖繩には例のベンジャミン事件、あるいは金武の老女の轢殺事件、あるいは那覇軍港湾における労働者の首切り事件、このように現実のなまなましい問題が一ぱいあるわけなんです。それに対する対決を、むしろそれを積極的に優先して取っ組んでいくという、この中から明るい平和な豊かな沖繩づくりも可能であると私は思うのです。
いわゆる第三海兵師団、これに所属する戦車部隊が轢殺したわけですが、私十六日に現地に行きました。行きました結果は、どうもいろいろな報道であらわれたのと違って、草むらに隠れていたの、わからぬでひき殺したのといったようないろいろありますが草むらはないし、事実ここで殺されたという地点は草むらはないわけなんです。
そういう点を含めて、外務大臣として、今回のこの戦車による轢殺事件というものをどうとらえておられるのか。また、裁判権の問題なりいろいろなことが、これから日米間で話し合われると思うのですが、そのことについて、外務大臣という立場でどう対処していかれようとしておるのか、見解を賜わっておきたいと思うのです。
○安里委員 一昨日沖繩の金武村で起こりましたアメリカ軍の戦車によります老婦の轢殺事件につきましては、単なる痛ましいという域を越えまして重大なる問題であり、これまで各委員ともこの問題を取り上げたのでありますが、それだけに政府といたしましても無関心ではおれない非常な重要な問題であると考えております。
二番目には、先ほどから問題のありました基地内におけるところの射殺事件、関連いたしまして基地内における轢殺事件の無罪事件、これに対して外務当局、法務当局にお聞きしたい。 三番目には、やはり問題になりました三百三十一号線の問題について、これは主として施設庁及び外務当局にお聞きしたいと思います。この三点にしぼりましてお聞きしたいと思います。
ところが、瀬長議員がこの金城さん轢殺事件に対するアメリカの軍法会議の無罪判決を取り上げて、この判決に抗議する意思があるかどうかという質問したのに対して、政府としては、沖繩の施政権者たる米側の沖繩における個々の裁判につき、当、不当を指摘してやり直しを求めたりする立場にないと言って、抗議の意思すらないことを明らかしたわけですけれども、これでは金城さんが日本政府から保護されたということにはならないのじゃないか
コザ事件の遠因は、御承知のように、沖繩の婦人が反対側の歩道を歩いておるのに、反対側から猛スピードで来た米軍の軍人の乗っておる自動車によって轢殺をされた、この事実が無罪になっておりましょう。今日、世界のどこの国に、人を一人ひき殺して、しかも交通違反を犯してひき殺した者が無罪になるということがどういうことかということである。こういうことが一体承服されるかどうか。
で、承る前に、はしょって、私が特に心配しますのは、現実の問題としてやれ毒ガス問題だとか、やれ轢殺事件だとか、やれコザ事件だとか何々だとか、人身犯罪事件とか、もうこういうものに琉球政府はうき身をやつして、精力と時間をそこに傾けて、大事な、じっくりとかまえて復帰体制つくりをしていくという時間的精神的ゆとりが皆無の状態にあるのですね。このような状態で、刻々復帰のめどが迫っている。
この轢殺事件無罪判決と裁判権の問題、こういうことを思うときに、佐藤総理が、いやいましばらくのしんぼうだ、がまんしなさい、こうおっしゃることはあまりにも白々しく、われわれには、いまきょうあすの命をどうするか、このような危機迫る思いで二十六年もこうして犠牲にさらされておって、いまさらのように、気持ちがわからぬわけではない、いましばらくのしんぼうだ、あせりも憤りもよくわかる、こうおっしゃることに対して、ますます
糸満の金城トヨさんという主婦がアメリカの酔っぱらい運転をした米兵によって轢殺された。そのときの現場を私は見ました。その金城さんの鮮血は糸満の大地をよごしており、大地すら怒っておる。大地が怒るのに県民が怒らないということはない。そこで犯人を渡せ、捜査権、裁判権をよこせという声が高まり、そうして裁判を公開せよと迫った。その県民の怒りの前に直面して、アメリカは裁判を公開しました。
○瀬長委員 では次に、いまさっき申し上げましたあの糸満事件、これはほんとうに轢殺されて、轢殺したアメリカの犯人が無罪だ、この件について琉球警察の交通課長、これすら現地へ行って調べた結果、どうもわからぬということを言っておるような状況、こういった裁判について、あなた方は最高裁におられる人であるので意見もあると思うのです。
次に、裁判権につきましては、基本的人権の保障並びに自治権拡大及び公平な裁判を受けるたてまえからも、裁判権と捜査権を施政権返還前に民側に移管されるよう強く要求するものでありますが、そのことは、わが国裁判史上かつてない糸満町主婦轢殺事件の結果が示すように、犯人はアメリカ軍人であるがゆえに軍事法廷で無罪が確定しておることについて、あくまで有罪を主張する県民は納得のいかないままに激高しております。
さらに糸満の主婦の轢殺されたことに伴う軍事法廷において無罪が宣告されたことに対する県民の方々の憤りというものが、お話しのようにコザ事件の直接の引き金になったであろうということは、再び糸満事件の二の舞いを演ぜよというのか、糸満事件にしてしまおうというのかと口々に叫ばれたということが何より雄弁に物語っておるわけでありますので、私どもも外務大臣を通じてアメリカ側に対して、アメリカ側の少なくとも現在の軍事裁判
一号線旭橋付近で起こった國場少年轢殺事件、横断歩道を歩行者青信号のとき横断中、米兵の運転するトラックが赤信号を無視して少年を轢殺して、軍裁判の結果は、信号が見えなかったという理由で無罪の判決を言い渡されております。