1987-12-02 第111回国会 参議院 本会議 第3号
そして、今の御議論は絶えず御主張なさいますISバランス論等を含むものであると思いますが、今御指摘のとおり、結果として、アメリカ等に対する資本提供国としての役割を果たしておるということは私も否定するものではございません。 それから、次が行革でございます。
そして、今の御議論は絶えず御主張なさいますISバランス論等を含むものであると思いますが、今御指摘のとおり、結果として、アメリカ等に対する資本提供国としての役割を果たしておるということは私も否定するものではございません。 それから、次が行革でございます。
これは悪ではないというのはもとよりやございますが、いわば資本提供国というような役割を果たしておるということも、やはり認識としては十分持っていなきゃならぬことではなかろうかというふうに金の流れの点から私の方のお答えを終わらしていただきます。
それから一面、もう一つの議論としましては、最近やや定着した議論だと思いますが、日本はそれなりにいわば資本提供国としての、よしんば一時的な証券投資であろうと、資本提供国としての位置を得つつあるではないか、だからなおさら一層それが直接投資に回るのが好ましいという、いい意味における歓迎の空気もできつつあるじゃないかというふうに私は思っております。
すなわち資本提供国としての、結果としてでございますけれども、役割も果たしているんじゃないか、こんな議論も確かにいたしました。 いずれにせよ、いわゆる協調介入——介入はやはり単独でやるよりも主要国が協調してやった方が効き目があるのは当然のことでございますが、基本的には為替相場というのは市場原理に基づいて決まるものでございます。
○国務大臣(竹下登君) これは五十八年のたしか貿易白書、それから五十九年の経済白書でございますか、いわゆる資本提供国としてのあり方ということ、五十八年の貿易白書のときに初めてたしか出た言葉でございますけれども、私はそれなりにそういう認識を持っておりますが、確かに諸外国と話をします場合は、それ以上の経常収支の黒字というのが問題であって、お互い選挙する立場でありますけれども、外国の国会議員さんの方で言うならば
結果としてその貯蓄が、いわば結果としてですが、流出して他の国の金利がもっと高くなるものを抑え込んでおるという意味において、いわゆる資本提供国としての役割は果たしておる。しかし、可能な限りもっと国内で使えないか、こういう議論があるわけであります。
なかんずくアメリカは来年また下院議員皆、選挙でもございますし、したがってこの間のフェルドシュタインさんの論文は、今日の状態は大部分の責任はアメリカにある、そうして結果として日本の資本が流入しておることは、アメリカのみならず、世界全体の資本提供国として日本がそれなりに果たしておる役割もあるんじゃないか、こういう論文も一方あるわけです。
〔委員長退席、熊川委員長代理着席〕 それから、今の資本の輸出の問題でありますが、けさほど来も議論がありましたフェルドシュタインさんは、結果として日本の資本流入というものが、世界全体の資本提供国としての立場を日本にとらせておるではないか、こういう御議論でございます。
そういうことになりますると、日本は一口に言えば世界の高利質し、高利貸しという言葉が悪ければ世界に対する資本提供国と、こういう形になって、成熟せる債権国であるアメリカをしのいで、アメリカを今や債務国家に追い落とそうというぐらいの勢いで、きょうここへ来るまでちょっと聞きました数字などを見ましても、ことしあたりももうぐんぐん黒字がふえていくような勢いだ。こういうふうな見方をしております。
だからいつでも、結果として資本提供国になっておるというような表現を使うことにしております。そうでありませんと、時に、貿易黒字で稼いだのをそのままおれの方へまた利ざやを稼ぎに、そういう政策とっているんじゃないかというようなことが政治家同士の話の中ではつい出たりすることもございますので、だからやっぱり、結果として資本提供国になっておるというまくら言葉を置きながら私も説明するようにしております。
それを国際会議で私なりの意見として発表してみましたら、そのとき私も遠慮しながら、結果として資本提供国になっておる、そしてアメリカの金利の、よりもっと上がるののその抑制作用を、結果としてそういう作用を起こしておるんだという表現で、結果としてという表現を使ってみたわけでございます。
ただ、私が申しておりますのは、この資本流出というのには、結果として国際機関を通じたりしたものは経済協力として、中進国には資本提供になり、開発途上国には大変な援助となって行っておるし、主としてアメリカへ流れておるものにいたしましても、これはアメリカを中心とする世界全体の高金利に歯どめをかけておる結果になるではないか、言ってみれば資本提供国としての立場を今日日本はとっておる、こういう説明をいたしておるわけでございます
僕はまだ資本提供国と言われるときには気持ちは余り悪くありませんけれども、何か資本を提供しているぐらいのところまではまだいいのですが、資本を提供することによって金利を稼いで、またぞろ結果としては巨額の富を日本へ集中しておるという表現をされるとやはり嫌な感じがいたすことは事実でございます。
アメリカが景気がよくなることによって日本の輸出が伸びているという議論もございましたが、私はアメリカのみならず、アメリカを通じあるいは直接に、言ってみれば中進国の資本提供国としての役割を果たしておるんじゃないか。それでその資本提供を受けた中進国等に需要が創出した場合に、また日本の景気を引っ張っていく傾向がそこに出てくるんじゃないか。
が、アメリカ経済の場合と日本経済の場合のいわゆる貿易収支、経常収支の問題については、ある意味においては構造的なものもあるんじゃないかなと思いますが、日本がいいものをつくりますから余計売れるということで構造的な問題があると思いますが、それに見合うものがちょうど資本の流出という形で、資本収支でアメリカなり中進国なりに行っておりますだけに、そういう意味においても資本提供国としての役割を果たしているというふうにも
が、これについては、私はもう一方の見方からして、いわば我が国の経常収支の黒字が、資本収支の面で、言ってみれば資本の流出という言葉にかえて資本を提供しておるという言葉を使うことにいたすといたしますならば、世界全体に対して今は資本提供国としての立場をとっておるという事実認識も一つはすべき問題ではないかな、こういう考え方でございます。
五百ドル以下の国民が四十三億の人口の中で二十三億おりますので、その人たちにも購買力がつくことによって初めて私どもの工業製品もまた需要が増していくという意味において、最近の貿易白書にちょっと書いてありましたが、またサミットでされておりました議論の中で、私も最近どうして論理づけようかと思っておりますのは、いわば貿易黒字でございますが、資本提供国として購買力をつける一つの役割を日本が果たしておるんじゃないか
と同時に、この間の、通産省でございましたか、貿易白書をちょっと拝見いたしましたときに、私どもがかねて考えておって、まとまって役所として整理したものじゃございませんけれども、今日、他の先進国あるいは中進国から見た場合に、資本提供国としての日本の位置づけというものが、新しい感覚でひとつ注視されておるではないか。
だから、むしろ資本提供国としての立場において、おのおのは財政赤字の縮減に努力することが最も世界全体の中において先進国のやらなければならない役割であると、そういう共通認識というのがより確認されたではないかと、こういう印象を非常に強くいたしたわけてあります。 したがって、確かに公共支出が一時的に乗数効果というものがかつてほどはないにしても、それはございましょう。
そうすると、やはり五百ドル以下の二十三億、これは直ちに購買力がつくというのは非常に問題でございましょうけれども、ある意味において日本が資本提供国としての立場をとっていかなければならぬということは、やがて我が国の将来のためにもこれは無意味なことではないという前提の上に立ってODA等は考えられたのではなかろうか。
だから資本提供国として感謝する、こういうことです、簡単に言えば。だから国内のみならずそれはそれなりの大変な役割を果たした。 それで、六つ挙げました中の一つにマル優という問題ございますが、ただ一つだけ言えることは、マル優というものの従来貯蓄奨励策として出発したその意義が変化した、こういう指摘があるわけですね、今まで。