1983-04-02 第98回国会 参議院 予算委員会 第15号
たとえばこの間のアメリカ議員団一行に対しては、一国のみで自由主義経済が確立できるのは世界でアメリカだけですよ。原材料もありますし、あるいはまた世界一高い富の質を誇る二億を超えるマーケットを持っているから、巨大生産、巨大供給、巨大消費が一国だけでローテーションの組める国はあなたたちだけなんですよ。しかし、日本は資源ゼロで、そしてこれだけの繁栄を後退させるわけにいかぬ。
たとえばこの間のアメリカ議員団一行に対しては、一国のみで自由主義経済が確立できるのは世界でアメリカだけですよ。原材料もありますし、あるいはまた世界一高い富の質を誇る二億を超えるマーケットを持っているから、巨大生産、巨大供給、巨大消費が一国だけでローテーションの組める国はあなたたちだけなんですよ。しかし、日本は資源ゼロで、そしてこれだけの繁栄を後退させるわけにいかぬ。
議員団一行は、九月一日東京を出発し、カナダ、アメリカ、フランス、イギリス、西ドイツ、スイス、チェコスロバキア及びデンマークの八カ国を訪問し、九月十九日帰国いたしました。
派遣議員団一行は、まず大阪市大淀区国分寺町の事故現場におもむき、大阪市立北市民会館に設置されている現地災害対策本部において、大阪市交通局長、大阪瓦斯株式会社副社長等より、事故の概況について説明を聴取した後、事故現場の状況を視察しました。
わが参議院議員団一行は、七月の二十四日に羽田を出発いたしまして、八月の二十五日に開催地のワルソーに到着いたしました。その間、米国ほか八カ国を訪れまして、各国の政治経済事情、特に議会運営の状況について視察をいたしました。またワルソー滞在中、モスコーを訪れ、さらに会議終了後オーストリア、ドイツ、デンマークを経て、九月十三日東京に帰着いたした次第でございます。
○委員外議員(山本米治君) 私ども欧米各国の議会運営の実情並びに政治経済事情調査のための議員団一行六名の者は、去る八月九日夜羽田空港を出発し、カイロを経てヨーロッパに渡り、ローマ、ジュネーブ、チューリッヒ、ボン、ベルリン、ハンブルグ、コペンハーゲン、ストックホルム、アムステルダム、パリ、ロンドンの各地を視察し、次いで米国に渡り、ニューヨーク、ワシントン、バッフアロー、シカゴ、ロスアンゼルス、サンフランシスコ
最後のお願いは、われわれ議員団一行からのお願いでなく、あるいは日本赤十字社からのお願いになるかとも思うが、私自身は実は日本赤十字社の役員であるのであえてお願いするが、最近まで通信があつた者でその後とだえたもの、または何らかの事情で帰国していない者に対して昨年六月以来特に中国紅十字会の調査をご依頼したけれども、いまだ何らの回答に接していない。
最後に、実は今度の国会議員団一行の方々を北京でお迎えしたのでありますが、それは党の方から連絡がありまして、鈴木委員長一行が来るから君北京で迎えてくれという話だつた。
私たち議員団一行は、中国の非常に大きな建設の一つである、永定河の官庁ダムを視察したのであります。この視察に当りましては、中国側はわざわざ北京から寝台付きの三両編成の特別列車を我々議員のために提供されまして、殆んど国賓待遇のような形で、我々は厚遇を受けたのであります。
○櫻内辰郎君 一月十五日には議員団一行はホノルルに到着をいたしまして、その日に真珠湾を眼下に見下す米国の太平洋艦隊司令長官の官邸におきましてラツドフオード海軍大将と一行は握手を交して、過去の問題に囚われず日米は共に手を携えなければならないと、日米の交歓をいたしたのであります。未だ真珠湾には日米勇士の骨が海底に埋まつておるのであります。
○大野木秀次郎君 マツカーサ元帥の御厚意によりまして、我々議員団一行はアメリカの民主議会見学のため、去る一月十四日懷しい故国を離れ、一路米本土へと羽田空港を飛び立つたのであります。(「それは知つているよ、内容だ」と呼ぶ者あり)出発に先立ちまして元帥より、「アメリカの民主主義にも長所もあるが又短所もある。
私は、今般国会議員団一行に加わりまして、一月十四日渡米の遂に上りましたが、昨十三日、山崎、淺沼、今村椎熊の四君並びに大池事務総長、島渉外課長とともに無事帰国いたしました。この際付言いたしますが、松本瀧藏君は都合がありまして十日ほど帰国が遅れることになりましたので御了承を願いたいと存じます。