2019-11-20 第200回国会 衆議院 法務委員会 第10号
今の言葉で言うと、世の中は複雑なので全部ルールに書き切れませんので、濫用はだめよ、そういう非常に抽象的なものが、昔の言葉で言うと五カ条の御誓文、そういう簡単なものの方が世の中にとってはプラスであるという議論はあるんですね。
今の言葉で言うと、世の中は複雑なので全部ルールに書き切れませんので、濫用はだめよ、そういう非常に抽象的なものが、昔の言葉で言うと五カ条の御誓文、そういう簡単なものの方が世の中にとってはプラスであるという議論はあるんですね。
明治における五カ条の御誓文には、広く会議を興し、万機公論に決すべしとあります。明治神宮の、このホームページにおいて、この意味は、広く会議を開き議論を行い、大切なことは全て公正な意見によって決めましょうというふうに意訳をされている。 こうした日本人の伝統に反し、寛容の精神を否定するような今回の麻生大臣の報告書受取拒否は、不信任に相当することを強く申し上げ、私の賛成討論といたします。
ことしは明治維新百五十年、明治の精神ともいうべき五カ条の御誓文は、松平春嶽、横井小楠、由利公正などによる改革の集大成ですが、広く会議を興し、万機公論に決すべし、更に歴史をさかのぼれば、聖徳太子の和をもってたっとしとなすという多数な意見の尊重と徹底した議論による決定という民主主義の基本は、我が国古来の伝統であり、敗戦後に連合国から教えられたものではありません。
御指摘の新日本建設に関する詔書は、五カ条の御誓文を引きつつ、戦後の我が国が、平和主義に徹し、教養豊かな文化を築き、民主的な新日本を建設することを宣明した詔書であり、戦後の我が国の歴史的転換において重要な意味を持つと認識しております。
水交会のホームページを見ましたら、追悼式は、塚本幼稚園児四十八名による国歌斉唱にあわせて黙祷をささげました、園児たちによる追悼演奏、教育勅語、五カ条の御誓文の唱和及び海軍関係戦没者の英霊に対する追悼のメッセージを実施しました、こうあります。 確認しますけれども、こういう追悼式で教育勅語の唱和だとかをやっているというのは、当然防衛省として把握していたということでいいんですね。
福井は熊本と特別の関係がございまして、幕末に熊本藩主細川家から福井藩主松平春嶽公の正室がお腰入りされたこと、また、熊本藩士で維新の十傑にも数えられます横井小楠が招聘されて藩政改革を福井藩の方でなされた際に、後に五箇条の御誓文を起草することになります由利公正などを指導した、こんな御縁がございまして、福井市は熊本市と姉妹都市でございます。
その中で、私、改めて、戦後いわゆる現行憲法がGHQの占領下で国民に与えられたという、そういった戦後から民主主義が始まったという考え方ではなく、明治維新の五箇条の御誓文、立憲政体の詔や、様々な、大日本帝国憲法を含めて、また大正デモクラシーの時代の中で、我々先人の方々が大変な努力の中で参政権、護憲運動や普選運動などでつかみ取ってきたという、このような近代の歴史をしっかり我々は、改めて学校そして私たちもかみしめる
それは、もちろん明確に、五カ条の御誓文とかそういうのはわかりますよ。だけれども、何万件あるか知らないけれども、本当にそれが歴史的価値があるかどうかは、研究者が見てこれは価値のあるものというのであって、その当時の権力を持っている人が決めることじゃないんですよ。 だから、それがきちっと担保されていないと、一応私はそう思いますよではだめなんです。
さらに驚いたのは、その幼稚園児が五カ条の御誓文まで全部言うんですね。私は、広く会議を興し、万機公論に決すべしというのはわかっていますけれども、そのほかのことはよくわからないですね。それも全部頭に入れているんです。
そしてこれは、奇しくも明治維新のころの発布された五箇条の御誓文、国是とされた五箇条の御誓文にも、第一が万機公論に決すべしと、こういうふうに述べられている。 見ますと、日本というのは非常に民主的な国であって、そもそも平和主義なんですよ、日本人の、きちっとしておる。これがまさに日本人の気概なんですよ。
それは、日本人とは何か、民主主義とは何か、十七条の憲法の真髄は何か、五箇条の御誓文の真髄は何か。やっぱり日本というのは世界にまれな、民主主義的な、今でいう民主主義的な、若干西洋の民主主義とは違いますけれども、民主主義的な国家なんですよ、古代から。それを綿々と引き継いできている、これが日本人の気概であり精神構造。
明治以来の行政の範囲内ではとても到達できるものではないと思いますので、むしろ五箇条の御誓文とか十七条の憲法とかというところに立ち戻って、思想、哲学の原点からでなければ、そして運動論としては国民運動というものでなければ決して解決できないということで、今、下村大臣の御指導で省全体が、下村イニシアティブといいましょうか、下村大臣の思想、哲学を国民全員に徹底するようなメッセージを今まさに出そうとしている、そんな
最近は船中八策ブームでありますけれども、船中八策を凝縮した五カ条の御誓文、そしてその三項目めですね、「官武一途庶民ニ至ル迄、各其志ヲ遂ケ、人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス。」これを起草した由利公正公は、本来、これを一項目めにというふうにお考えだったというようなことも聞きますけれども、まさにこの国が今うんでいる。
だから、それを引いて、五カ条の御誓文で万機公論に決すべしというのは、まさにそういうことだったんです。 そういう意味で、日本的価値というのは、多元的な価値観なんだ、相手の価値の存在をもしっかり認めるんだ、私は、民主主義の原点はそこにある、そう思って見ております。 そういう点で、多少、主張する外交、こういう中で幾つかの柱がございます。
明治時代の日本というのは、五カ条の御誓文のほかに、殖産興業ですとか富国強兵ですとか、一つ、国家の目標というものが非常に明確だったと。そしてこれが国民の間に広く浸透していた、だからこそ国家国民の活動に力強さがありましたと。ですから、今の日本も、国家の経営理念、つまり、日本国株式会社の経営方針というものが、短期的なものであれ長期的なものであれ明確であり、国民の間に浸透している。
竜馬が倒れた後にもこの思想は引き継がれ、五カ条の御誓文に結実、その精神は明治憲法のバックボーンとなりました。彼らが未来への想像力を発揮しなければ、長らくは士農工商の悪弊を引きずっていたかもしれません。彼らが行動しなければ、閉ざされた国のままだったかもしれません。
ただ、先ほども申しましたけれども、我々は独立性、中立性あるいは公平性ということが極めて重要であるということは、もうこれは会社の中じゅう書きまくっているぐらい、五カ条の御誓文のように書いておりまして、全社員これは心をここに一つにしておりまして、これなしに我々が納税者のお金を、保証したお金を使う論理もないということで、非常に気を使っているところであります。
○中塚委員 今社長がおっしゃった、独立性、中立性、透明性と五カ条の御誓文のように書いてあるということでございますけれども、それが介入によって侵されそうになったということだから辞任届をお出しになられたということなんじゃないんですか。この件で高木さんと社長はお話し合いになったことはないんでしょうか。
五か条の誓文の趣旨は、政治が国民の国民による国民のためにあることを表すと。確かに、五か条の誓文の第一項は、「万機公論ニ決スベシ」と言っている。大久保利通は「至当之筋を得天下万民御尤」と言う。岩倉具視は「天下億兆安泰」と言っていた。しかしながら、かかる「公」とか「天下」とかの文脈は人民が民主主義的に物事を決める意味を持っていない。
その精神は、万機公論に決すべしとか、上下心を一にす等として、五か条の御誓文や日本国憲法制定に先立ちまして、新日本建設の礎の詔にもあらわれております。 我が国では政治や行政の組織だけでなく、企業から村落の生活等に至るまで、昔から会議が多いのは、和を重んずる精神の反映だとも言えます。
その際、明治天皇が神明に対して誓われた五カ条の御誓文は、まさに近代国家の創出に当たっての決意にふさわしいものでありました。私は、この五カ条の御誓文こそが明治国家の国是であり、明治憲法の基礎となったと思います。 また、憲法の制定に際しましては、自国の歴史、国柄といったものを十分に考慮することが重要であると考えます。
木戸孝允は、割と最初から、新しくできた天皇制が専制にならないために、国民的な基盤をつくりたい、それには五カ条の御誓文だけでは足りない、欧米へ行ってくると憲法というのがあるじゃないか、憲法をつくって、議会をつくって、新しくやっちゃって、突然権力の地位についた天皇を国民の基盤に乗せようと。大久保利通は、戦争をやっている、対外侵略をやっている暇はない、憲法なんかつくっている暇はない、殖産興業だと。