2004-03-23 第159回国会 衆議院 本会議 第17号
いまこの瞬間を生き抜くことも覚束なかった毎日の中で、歌を詠むことでふるさとに思いをいたし、また自らを鼓舞されたのでありましょう。この苛烈な体験を通して、先生は、戦友の死を、そして幾百万の人々の犠牲を決して無駄にはせぬと固く決意されたのであります。
いまこの瞬間を生き抜くことも覚束なかった毎日の中で、歌を詠むことでふるさとに思いをいたし、また自らを鼓舞されたのでありましょう。この苛烈な体験を通して、先生は、戦友の死を、そして幾百万の人々の犠牲を決して無駄にはせぬと固く決意されたのであります。
これをみても、事業者の良心に期待するだけでは、事業計画への住民意見の反映は覚束ない。」とちゃんと書いてあるのですよ。したがって「住民意見は事業者により聴きおかれるだけになりそうである。」とも書いてあるのです。これは自治体の知事の意見というものを尊重されるであろうなんて甘い考えを持っていたらとてもだめですよ。
科学研究基本法案については、日本学術会議と政府当局との多年にわたる話合いにもかかわらず、容易に一致点が見い出されず、国会上程どころか、実現への方向へふみ出す気運すら、まだ覚束ないありさまである。」ということが書かれておるわけですね。そして語を継いで、「学界に大きな不満、失望の念のあるのは否めない事実である。」とあります。
かくては日夜保険診療に従事している保険医の身分の保証も覚束ない。常々府保険課と緊密な連繋と理解の下に推進せんとしておる府医師会の努力がいつも無視される姿には、消し難い憤りさえも感ずる」、こういう会長談を発表しております。
例えば地方の小さなガス会社において主任技術者を置くのにも、ちやんとした科目のある国家試験を受けられるような人物がちよつと得がたいけれども、すでに相当永年の間ガスの製造に従事しておつた技能者であつて、実際的には全然心配ないが、併し国家試験を受けさせるのに筆記試験等においては甚だ覚束ないというような人がありました場合、やはりその者に対して主任技術者の免状を下附するのは余り適当でございませんので、その場合特別選考
覚束ない言葉であり、覚束ない眼ではありましたけれども、ただ非常に天候に恵まれ、一切の公的、私的に事故なく、飛行機又極めて快適で、私どもは全く幸いに守られ通しの旅行をして参ることができました。ひとえに皆様のお蔭だと感謝しております。有難うございました。(拍手)
そこで次官会議に出しますにしましても、この問題が財務当局とか或いは文部当局、我々というものが完全な了解に到達しなければ、恐らく政令案の次官会議の通過が覚束ないのじやないか、こういうふうに考えておるわけであります。従いまして事務当局といたしましては、この具体的な事例案をそれぞれ持寄りまして、学校教育法によるととろの学校教育の事業というものをこの規定の中に入れたいと折角検討しております。
そこ私は三百億そこそこしかないものを、財源しかないのに、一方では私どもはここで査定が済んで、そうして建設省、農林省何かの大品のこの査定の決定額に基いて、基いたものはです、必ず特例法によるところの高率の国庫の補助によつて、これが復旧されるという意味だと今のを私は解しますが、その場合にはこの財源等では到底覚束かないことは明らかであります。
ここに岡田海運局長もおるけれども、金がないから三十万トンで我慢して、その三十万トンでさえが、あれだけの保護政策をやらなければ覚束かないわけで、これには私は国民的なかなり異議があると思う。この保護政策について、他の産業との均衡が全然とれません。
理由は、国際線或いは国内の幹線にこの会社が航空路を開いて行く場合に、この程度の構成では私は前途非常に覚束かないと考えますので、どうしても国営又はパブリツク・コーポレーシヨンのようなものでこれをやるべきである、出資は国が一〇〇%やるべき筋合いのものである、こう考えるのです。
然るに保安要員引揚のような破壊的の争議をやりまするというと、坑内に水が出たり、或いはガスが充満して再びその炭鉱が使えなくなるというような事態が起るのでありまして、こういうような、炭鉱の再開も覚束ないというようなことを招来するような争議手段というものは、自分の生活を守る上から言うてもやるべきでない、かように考えるのであります。
○一松政二君 それならそれで答弁もわかるのですが、先ほどの同僚議員に対する御答弁の中では、何か一応そういう方針で成るべく自力で、人に頼らずに自分の腕で発達するのが望ましいから、そういうことになつておるという御答弁のように拝聴したのですが、それは望ましいことではあるけれども、私は監督官庁としては、最初自分の考えではそういうことではなかつたのであつて、そういう考えではこれは発達は覚束かないのだけれども、
碓井町の場合は、昭和二十七年度の税収入は二千三百五十余万円ありましたものが、昭和二十八年度になりますと、二千二百九十四万円の税収も、その予定収入も、前申上げましたような事情で到底覚束なく、相当の減収欠陥が予想されるのであります。
それでこういうような事態というものは起つて来るのであつて、ただ法律を違反したからというだけで責めて行こうという総裁の態度では、これではこの問題の円満な解決は私は覚束ないと思う。同時に私は事態がどういうように重大な事態に発展して行くか、この点は私は前之園さんの御意見と思いを一緒にして心配するのでありますが、発展して行くかわかりませんよ、これは。
けれどもそれにつきましては、やはり税収とか何とかいう、今税が高くて困るとかいうような世の中に、うんと税を増税して、そうして職員の給与に廻して行くということもなかなか覚束ないことでございますから、まあ大体今のところに落着くようになるのではないかと思います。
今のような、波多野さんのさつきの質問に対する説明のような二合でま、ちよつと覚束ないと思うのですが、こういう点更に税関等を更に拡充されるのですか。
青年、婦女子にむしろ沈黙を強いることなしに憲法改正をすることはできない、憲法改正なしには全き再軍備は覚束ない、こうした焦躁感にあせつた吉田総理とその一味があたかも狂気のごとく学園を弾圧し、ピストルと棍棒の雨を降らせているかは想像するにかたくないところであります。
併し先頃の文部委員会において、私の質問によりますれば、この被接収学校の全部が、講和発効後直ちに返還されるということがやや覚束かないようなお話でございました。
科学的に漁業をやつて行くということは塩見長官を待つまでもなく、それは基本的な生産の原則ですが、こういうモデル・ケースを作つても、今後非常に覚束なく感ずるので、その点の警告の意味でお尋ねしたのであります。 第二は、更に重要な点をお尋ねしたい。
○矢嶋三義君 ここに質問申上げる前に、この施設について要望申上げておきたい点は、国家財政が貧困とはいえ、浸水地域とか或いは都市の中枢部については鉄筋の建築に切替えて行きたいという基本方針で文部当局が努力されておる点は、私は非常に諒といたしますが、経済の貧困のために急にその完成が覚束ないこともわかるのでございますけれども、財政の許す範囲内において要望して切替えなければならんのではないか。