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4件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1994-12-07 第131回国会 参議院 厚生委員会 第10号

これが私の被爆教師としての出発でした。  私が被爆したのは爆心地から約二キロほど離れた地点、八時十五分が少しでも前にずれていたら、私は生きていたか死んでいたかほとんどわかりません。  その日、私は学友と二人で、強制疎開によってできた木材を薪にするから持ってこいという教官元帥範学校教官、当時比治山女学校教官の命を受けていました。

横川嘉範

1977-11-01 第82回国会 参議院 社会労働委員会 第4号

説明員加戸守行君) ただいま先生御指摘のありました点につきましては、地元の長崎教職員組合、あるいは長崎原爆被爆教師会等から苦情の申し立て等ございまして、その点に関しまして長崎教育委員会との間の折衝があり、また新聞等にも取り上げられましたので、文部省といたしましてもある程度の事情は承知いたしております。

加戸守行

1974-09-11 第73回国会 参議院 文教委員会 閉会後第1号

矢原秀男君 で、被害を受けられた広島被爆先生方の「全国被爆教師の会」というのもございまして、非常に教育の中で自分たちの体験を通して平和というものについて一生懸命教育で努力をされておられますが、そういうふうな方々も、よく調べておりますと公開質問状というものが出されております。

矢原秀男

1972-03-30 第68回国会 衆議院 社会労働委員会 第11号

○中村(重)委員 広島県では、原爆被爆教師が年四回の健康診断を受ける日は特別休暇扱いにするということと、それから原爆被爆教師原爆医療法に基づいて原爆認定患者になったときは治療に要する期間有給休職を認めるということが、すでに実施されておるようであります。長崎のほうは、まだこのことが実施されていないというような実情のようであります。

中村重光

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