2006-12-05 第165回国会 参議院 内閣委員会 第6号
○国務大臣(佐田玄一郎君) これは先生の言われるとおりで、先ほども申し上げました都道府県の道と、この道州制の道は違うものでありまして、確かに道と州、どちらかにした方がいいんじゃないかというお話ありますけれども、これはもう、この議論は言うまでもありませんけど、昭和の初期から行われてきておりまして、道州自体の考え方は、もう中国の行政区割りから始まっているというふうにお聞きしております。
○国務大臣(佐田玄一郎君) これは先生の言われるとおりで、先ほども申し上げました都道府県の道と、この道州制の道は違うものでありまして、確かに道と州、どちらかにした方がいいんじゃないかというお話ありますけれども、これはもう、この議論は言うまでもありませんけど、昭和の初期から行われてきておりまして、道州自体の考え方は、もう中国の行政区割りから始まっているというふうにお聞きしております。
県の職員の方々にお伺いしても、行政区割りとしての郡の意味というのはもうほとんどないだろうというようなお話もございましたので、ここのその郡、市を元々の基準とするというようなこと自体もこれからの中ではあっていかないんではないのかなと、そう思っています。
○山内(功)委員 合併のことについて言いますと、商工会が今回の法改正によって合併をしていくということになりますと、行政区割りと商工会の地域割りとが離れていってしまう、乖離していってしまうということ、そういう現象も起きてきます。むしろ、一町村一商工会ということの方が効率性があると思うのですが、どうでしょうか。
○金田(英)委員 平安時代に五畿七道という行政区割りがございました。畿内というのは天子様が住むところということで、五つの国に分かれ、七つの道が置かれておったわけであります。九州は八つの国で、西海道と呼ばれておりました。まさに四国は南海道という国で、当時は六つの国が置かれておりました。東海道あるいは北陸道、山陽道という地域が道として置かれていたわけであります。
委任に当たっては、分区を行う原則として、人口比、地勢などの自然的条件、従来の行政区割りを考慮に入れて線引きを行うことを小委員会で確認したのであります。 わが党は、自治省提出の分区案については、必ずしも満足ではありません。しかし、各党や各候補予定者がそれぞれ意見を申し述べれば、必ず党利党略となります。
そこで、今回指定地域制というものをとられるわけでありますが、これはやはり行政区割りでいかれるのだろうと思うわけです。その場合に、たとえば二つの市にまたがったような形に工場地帯が密集しているというような場合に、あるいはもう少し片寄っておりましても、一つの市の非常に片寄った地域に工場が密集しているというような場合に、隣の市に、あるいは町村に、かなりな影響を与えるわけであります。
今後そういうふうな一つの、たとえば市なら市の中のある一定地域に非常に多発しているような地域があったといたしますと、その場合にいわゆる行政区割りと申しますか、市なら市全体の中での発生率というような形で見られるのか。それとももっとこまかく、多発している地域に限って、その地域と他の地域というような形でごらんになるのか。