1988-02-18 第112回国会 衆議院 本会議 第6号
(拍手) 思えば、郷里島根県選出の初の総理大臣、若槻禮次郎先生が第一次若槻内閣を組閣されたのは大正十五年一月三十日から昭和二年四月十七日までの一年二カ月余、第二次若槻内閣が組閣されたのが昭和六年四月十四日から同年十二月十一日までの八カ月間であります。
(拍手) 思えば、郷里島根県選出の初の総理大臣、若槻禮次郎先生が第一次若槻内閣を組閣されたのは大正十五年一月三十日から昭和二年四月十七日までの一年二カ月余、第二次若槻内閣が組閣されたのが昭和六年四月十四日から同年十二月十一日までの八カ月間であります。
越えて昭和二年、ちょうど若槻禮次郎内閣のときに、内務大臣——その当時内務省に移管され、内務省の外局の社会局が担当しておりましたけれども、内務省の濱口雄幸内務大臣のもとにこれが実施されたわけであります。
若槻禮次郎氏が当時の総理大臣でございました。非常に賛辞をおくっております。
○内村清次君 曾つて大正十四年の二月に、天下の悪法と言われました治安維持法が、時の憲政会内閣、加藤高明総理大臣、若槻禮次郎内務大臣、小川平吉司法大臣のこの内閣によりまして審議せられ、且つ二カ月に亘る審査の結果、これが可決をされたのでありましたが、その後三回に亘つてこの治安維持法が改正せられた。
そうしてまあ他の民政党の諸君は若槻禮次郎氏を推す、この場合には、一つの九十人ばかりの議員の争奪戦が起る。このくらい東京市政を暗くしたものはないのです。今度の区長も都知事の承認を経て区会が選挙する。四、五十人の区会議員を、簡単に申上げますと、買収をした者が区長になれるということになるのです。甚だ日本の民主政治の欠点として残念でありますけれども、その点はそういうことが想像できるのであります。
又重大な点は、治安維持法の出たときには時の内閣総理大臣は若槻禮次郎さん、今速記録を一つ見て下さい。あのときの殆んど答弁は若槻さんがやつておる。時の総理大臣がやつているのですよ、各委員に対して。これよりなおひどいのだと国民は思つている。
時に、同郷の先輩若槻禮次郎氏は、憲政会の領袖として、つとに中央政界に名声をはせられておりましたが、翌六月、若槻氏の入閣にあたり、君は選ばれてその秘書官となられたのであります。爾後、改選ごとに、常に高点をもつて当選せられました。
従来の慣例に徴しましても、例えば一例を申上げますと、昭和五年の海軍の軍縮会議には若槻禮次郎さんが海軍軍縮会議に全権委員として参列を仰せ付けられているわけであります。この場合におきましても、全権委員というものが一つのやはり官職というのが正しかろうと、考えられるわけであります。
午後一時五十二分散会 —————・————— ○本日の会議に付した事件 一、会期延長の件 一、故若槻禮次郎君に対し弔詞贈呈の件 一、日程第一、輸出品取締法の一部を改正する法律案 一、日程第二乃至第五の請願及び第七の陳情 一、日程第六の請願
○島村軍次君 去る二十日、我が国憲政の長老若槻禮次郎君が逝去されました。誠に痛惜哀悼の至りに堪えません。つきましては、参議院は同君に対し、院議を以て弔詞を贈ることにいたしたいと思います。尚、弔詞文は議長に一任することの動議を提出いたします。
○議長(幣原喜重郎君) 一昨二十日、元の立憲民政党総裁にして、かつては内閣総理大臣、国務大臣として、また貴族院議員として、憲政のために盡されました若槻禮次郎君が逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。つきましては、本院は院議をもつて弔詞を贈呈することとし、その弔詞は議長に一任せられたいと存じます。これに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
衆議院ハ多年憲政ノ為二盡瘁シ屡、国務大臣ノ重任ニアタリタル元立憲民政党総裁元貴族院議員正二位勲一等若槻禮次郎君ノ長逝ヲ哀悼シ恭シク弔詞ヲ呈ス この弔詞の贈呈方は議長においてとりはからいます。 本日はこれにて散会いたします。 午後三時五十二分散会
昭和二十四年十一月二十二日(火曜日) 議事日程 第十三号 午後一時開議 第一 日本專売公社法の一部を改正する法律案(内閣提出) ————————————— ●本日の会議に付した事件 日程第一 日本專売公社法の一部を改正する法律案(内閣提出) 公正取引委員会委員任命につき同意の件 国会の会期延長の件 若槻禮次郎君の逝去につき弔詞贈呈の件(議長発議) 午後一時十八分開議
○大村委員長 ただいま事務総長から申し上げました若槻禮次郎君逝去につき弔詞贈呈の件、並びに議長において準備せられました弔詞案に対して御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
本日の会議に付した事件 ○内閣総理大臣に対する質疑の件(講 和問題) ○会期延長の件 ○故若槻禮次郎君に弔詞贈呈の件 ○自由討議に関する件 ○緊急質問に関する件 ○十一月二十一日の議事に関する件 ○議案の付託に関する件 ○議院の運営に関する件 —————————————
○委員長(高田寛君) 先程提案がありました故若槻禮次郎氏に対する弔詞の問題もまだちよつと保留になつておりますが、それでは一応休憩して、それから自由討議の問題と併せて後刻改めて……それでは暫時休憩いたします。 午後零時九分休憩 —————・————— 午後零時五十五分開会
○委員長(高田寛君) 次に、休憩前に問題になりました故若槻禮次郎氏に院議を以て弔詞を送る件は如何いたしましようか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
元総理大臣の若槻禮次郎さんが、けさほどおなくなりになつたということを聞いております。つきましては若槻さんの死亡に対して、院議をもつて弔辞を贈ることのよしあしについて御協議願いたいと思います。参議院等においては院議をもつて弔辞を贈るようにお話合いが進んでおるということ、聞いております。
○小玉委員 くどいようですが、最後に古い話ですが、かつて陪審法を日本にしくかしかないかという問題で、政友会内閣においてこれを提出したそのときに、反対党の領袖である若槻禮次郎氏は、まつこうから反対党を代表してこれに反対された。しかしながら事破れて陪審法がしかれるに至つた際に、若槻禮次郎氏の感想を聞いたならば、自分としては法律のできるまではまつこうに反対した。
○吉田安君(続) ときの花井卓藏氏を貴族院に送りこんで、民政党の若槻禮次郎氏と一騎打ちまでもさして、あの陪審法をむりやりに通過させましたが、この法案は、そんな一時的な人氣取りの法案とは断じて違います。(拍手)そのことは、法案第一條にも明らかにあるじやありませんか。