1988-04-20 第112回国会 衆議院 外務委員会 第8号
これが会われたということは那辺にあるかということ、また私が調査した中では、そういういろいろなものを見ながら、十二、三年前でしたかね、石川島播磨がソビエトから五万トン級の浮きドックをソビエトの船舶輸入公団より受注して、これを輸出してウラジオストクにこれが設置された。これによってソ連の艦隊、太平洋艦隊ですかね、これが増強されたことは否めない。防衛庁、これについてどう考えておるか。
これが会われたということは那辺にあるかということ、また私が調査した中では、そういういろいろなものを見ながら、十二、三年前でしたかね、石川島播磨がソビエトから五万トン級の浮きドックをソビエトの船舶輸入公団より受注して、これを輸出してウラジオストクにこれが設置された。これによってソ連の艦隊、太平洋艦隊ですかね、これが増強されたことは否めない。防衛庁、これについてどう考えておるか。
○加藤(吉)政府委員 御指摘の浮きドックは、昭和五十二年に石川島播磨造船所がソ連の全ソ連船舶輸入公団から受注し、輸銀の融資を受けて、五十三年にソ連側に引き渡されたものでございます。
またモスクワに行きましては、かねてソ連の船舶輸入公団と折衝中でありましたタンカー、貨物船、浚渫船その他の成約を見ました。これは三菱造船、石播それに弊社、三社が成約調印を見たわけでありまして、額におきましても約一億ドルに近い、日本の造船界としては一つの商談としては最高の契約調印ということであったわけであります。