2014-11-18 第187回国会 参議院 農林水産委員会 第4号
あるいは、途中で、担保金で三千万などという話があるんですが、一船の船主と二船目の船主が一緒になって出かけてきて、三千万払っていいから、四千万払っていいから、五千万、六千万捕ればいいよということで手を打ってくる可能性だってあるんですね。 そもそも、小笠原や日本の周辺にサンゴが生息しているという、中国漁船、漁民、どうしてそれを知ったのか。
あるいは、途中で、担保金で三千万などという話があるんですが、一船の船主と二船目の船主が一緒になって出かけてきて、三千万払っていいから、四千万払っていいから、五千万、六千万捕ればいいよということで手を打ってくる可能性だってあるんですね。 そもそも、小笠原や日本の周辺にサンゴが生息しているという、中国漁船、漁民、どうしてそれを知ったのか。
これは民間の船をいざというときに入札なしで使用できるようにあらかじめ予約をしておくという、そういう方法でございますけれども、要するに、所管官庁が病院船を持つ、災害時多目的船を持つということではなくて、使いたい省庁が使いたいときに使えるようなシステムを作り上げておくという、そういう方法でありますが、こうした方法も含めてこの災害時多目的船、目に見える形で前進している姿を是非見せていただきたいと。
○高橋政府委員 多分お尋ねの船は第六船目の船であると思いますが、これにつきましては十二月の二日に東京に接岸いたしまして、タイのお米を六千七百トン、それからアメリカのお米を三千五百トン積みまして、十二月の十五日に出港しているということでございます。
○高橋政府委員 ただいまの御質問の船は第五船目の船であろうと思われますが、これにつきましては、名古屋港に十二月十一日に入港いたしまして、タイ米を二千九百九十六トン積みまして、十二月十四日に出港をいたしております。
○米田委員 高橋さん、第五船目じゃなくて第七船目でしょう、十一日入港は。そして、これは外米じゃないんですよ、委員長。日本産米なんだ。 それから第九船目、十二月十八日に名古屋港へ入港し、二十九日に北朝鮮の南浦へ向かった船、一万二千三百二十四トンこの船は積みました、これも日本産米なんだ。
○田辺(淳)政府委員 まず、第一船目は北野という名前の船でございますが、これは日本郵船のコンテナ船でございます。第二船目は神成丸、これも日本郵船の自動車運搬船でございます。それから第三船目が筑波山丸、これは大阪商船三井船舶の油タンカーでございます。 〔佐藤(敬夫)委員長代理退席、委員長着席〕
また上五島、白島における石油備蓄計画につきましてのお話をいただきましたが、上五島の石油備蓄計画につきましては完成予定を六十三年九月としておりまして、既に第四船目までは発注済みであります。そして、もう第一船は現地に据え置きを完了いたしましたし、第二船は十一月の中旬に進水予定と聞いております。第三、第四船は現在ブロック工事中でありますし、第五船も近々発注される見込みであります。
ところが、アメリカの場合はほとんど廃船のまま、新しい船を、第二船目をつくろうと言ったけれども、採算が合わない。西ドイツも廃船。ところが、日本の場合は三十八年からかかっている。四十何年につくって放射線漏れ、この事故を繰り返して、あっちへ持っていったりこっちへ持っていったり。私らは港というのは本当は風当たりの弱いところを探すものだと思ったら、その風当たりというのはそうじゃないんだ。反対の風なんだ。
それで、これにつきましては厳重な検疫を実施いたしまして、一船目はリンゴ自体が非常に傷んでおりましたのでこれは輸入されない形でございますが、第二船につきましては、これを輸入検査いたしました際に数種の害虫が発見されましたけれども、その後慎重にこれを同定いたしました結果、コドリンガではないという断定をいたしております。
初めの会社が荷物、旅客をおろしましてから沖へ出てシフトをいたしまして、第二船目、別の会社の船が入ってまいりまして、貨物と旅客をおろしましてまた沖に出ます。そうすると、初めに沖に出た船がバースに着きまして、今度は荷物、旅客の積み込みをして出航をしていく、そのあとへ別の会社の船がまた入ってくる、こういうたてまえをとっております。
第二船目はそれから三時間たった九時に着く予定になっております。その間に第一船が荷物をおろして沖に出ている、二船目が入って荷物をおろす、こういうダイヤになっております。
これは二船目とか三船目とか四船目とかいうのなら別です。
そして初めは第二船で体の弱い者ばかり帰つたから、第三船目は体の強いやつが帰るのだと言つて、で自分らも体は恢復しましたし、第三梯団に入つたわけです。そして古茂山の駅から貨車に乘ると同時に錠が下りまして、多分一晝夜くらいそのままだつたと思います。そして一週間くらいして朝鮮の雄基という所に着きました。その間逃亡兵も若干あつたように記憶しております。