2006-03-01 第164回国会 衆議院 予算委員会第二分科会 第2号
舞鶴医療センターというのは、地元に行ったらわかりますけれども、国立舞鶴病院とみんな思っているんですよ、事実そういう経過だったから。そうすると、国の責任があるんだ、こういう事態を放置していいのかということを、では具体的に問いたいと思います。
舞鶴医療センターというのは、地元に行ったらわかりますけれども、国立舞鶴病院とみんな思っているんですよ、事実そういう経過だったから。そうすると、国の責任があるんだ、こういう事態を放置していいのかということを、では具体的に問いたいと思います。
○小池晃君 ということは、今までのように舞鶴病院のような三百床を切っているような病院も臨床研修指定病院になっていく道が開かれると、そう理解してよろしいんですね。
国立舞鶴病院、六百三十三のベッド数に対して、リース業者はワタキュー、納入単価は同じく百七円です。国立療養所宇多野病院は五百三十四、これは井戸太蒲団店が入っているわけですけれども、納入単価は百十七円です。国立京都病院はどうか。六百が病床数ですが、井戸太蒲団店が入っていまして、単価は百十七円。
国立舞鶴病院、市民病院、日赤病院、国公の共済病院、この四つしか緊急の救急病院はないんだ、頼みますというんで……。そこで、ぼくはこれを順番に頼んでみたんだよ。市民病院——済みません、ありません、全然私の方は無理です。日赤病院——私の方も無理です。国公の共済病院——マッサージ師は三人おりますけれども交通事故用でございまして、わかりません、や。頼みにするところの国立舞鶴病院はどうじゃいな。
○玉置分科員 もう一つ、同じような事態で恐縮でございますが、京都に国立舞鶴病院がございます。そこに精神科が設置されております。四十分ほどかかるところに綾部というところがございます。それからまた西の方へ二十五分ぐらいのところに福知山市がございます。先般、患者の代表にお目にかかりまして、舞鶴まで行くことは時間的に非常に困難である。福知山に二千名、綾部に二千名近い患者がおいでになる。
私は現在国鉄東舞鶴駅の配車掛として勤務致しておりますが、三年前ネフローゼにかかり国立舞鶴病院に長期間入院している私の二女松本英子(十三才)のことにつきまして、心痛のあまりに下記のような事情をもってここに嘆願に及ぶ次第です。どうかよろしくお願い申上げます。 英子はほっそりとしてはいましたが、極めて健康で明るくよく笑いよく気の付くやさしい子供でした。
京都病院ですと、入院の場合三千六百九十一円、舞鶴病院が二千六百七十八円、福知山が三千六百八円。全国の国立病院の平均が三千二百八円。それから政管健保の全国の場合は、ちなみに申し上げますと、三千六十七円ということで、京都病院が高い、福知山、舞鶴はむしろ低いという現象が出ております。
○松尾政府委員 ただいま御指摘の国立舞鶴病院につきまして申し上げますと、先ほど来申し上げましたように、入院患者の平均は五百七十八名ということでございまして、それに対しまして、そういうことから計算をいたしますと、医師につきましては、医療法上は三十二名必要だというふうになってまいりますが、現員は御承知のとおり三十名で、二名不足をいたしております。
今京都で完全寝具の許可を得てやっている病院は、国立京都病院、第一日赤、第二日赤、国立舞鶴病院です。これはみな軍病院のあとです。軍隊の払い下げの毛布があるので、それをそのまま転用して完全寝具、そうして三点加算で請求している。しかもそれは古びてお粗末なものです。そんなもので国立とか、あるいは日赤——日赤は国立でもありませんが、そういう機関だけが完全寝具の支払いを受けている。
担送患者三名の病名は、脳溢血二名、じん臓病一名で、上陸後、直ちに国立舞鶴病院に入院いたしまして、所要の診療を受けておりました。
かくて、病人の方々は国立舞鶴病院に入院し、その他の帰国者は援護寮に入り、十数年ぶりで、なつかしい故国の味を満喫したのであります。 次いで、私どもは、援護局において、日赤以下引揚三団体の人々より、今次引き揚げの実情等につきまして説明を聴取し、また局内のマイクを通して、帰国者の人々に対し、無事帰国されたお喜びを申し上げるとともに、新生活の門出を祝福し、激励したのであります。
午後、引揚者の代表との懇談会に臨み、さらに折柄の、面会のため中共に出発する人々や里帰りの人々をも見舞い、同地の国立舞鶴病院に引き揚げ関係者の入院患者を慰問して 二十日帰京いたしました。
ことに病人を舞鶴病院におたずねしたのでありますが、二十名の入院患者を見たときに、なお老人や病人がたくさん残っておるという現地の実情を思うときに、胸の迫る感じがいたしました。どうか一つ政府並びに国会が、あげてこの問題の処理にきわめて、早急な対策を立てて冬を絶対に祖国でお迎えいただくという態勢をしくべきであるということを考えたのであります。
帰国者の上陸は、正午少し前に滞りなく終り、病人の方々は国立舞鶴病院に収容せられ、その他の帰国者は七組の編成で援護寮に入り、援護局心づくしのタイの尾頭つきで昼食をとり、青畳の上で、肉親に囲まれながら、十数年ぶりの故国の味を満喫されたのであります。
人員が少かった関係もありまして、午前十時には上陸を完了いたしまして、患者を除き引揚寮に落ちつき、近親、及び関係者と対面して喜び合ったのでありますが、病人に対しては医務室において一応の診療を行なった後、いずれも国立舞鶴病院へ転送して入院せしめ、療養をさせることになったのであります。
引揚者中にマラリヤ等で入院を必要とした病人は十五名でありまして、うち一名に精神病で、十三名は国立舞鶴病院へ移送されたのであります。なお今回の引揚船で帰還いたしました遺骨は三十九柱でありまして、うち家族の捧持して参りましたものは三十八柱となつております。 引揚者の荷物は従来に比べまして相当多く、全部で千二百八十個、百八十トンであります。持帰り金についても割合に多かつたように見受けられました。
又患者の長期治療を要する者のためには、国立舞鶴病院において病床を準備して、院長以下待ち詫びている状況でありまして、時間の都合によりまして、国立病院をも視察いたしたような次第でございます。
委員長報告) 第七七 国立善通寺病院伏見分院の国立結核療養所転換に関する請願(委員長報告) 第七八 同和問題に関する請願(委員長報告) 第七九 遺族弔慰金、扶助料増額等に関する請願(委員長報告) 第八〇 国立田辺病院看護婦宿舎等設置に関する請願(委員長報告) 第八一 国立病院等の賄費増額に関する請願(委員長報告) 第八二 覚せい剤患者の防犯対策に関する請願(委員長報告) 第八三 国立舞鶴病院
二一 戦傷病者戦没者遺族等援護法の一部改正に 関する請願(金子與重郎君紹介)(第一八 二七号) 二二 星塚敬愛園の病床増設に関する請願(山中 貞則君外一名紹介)(第一八二八号) 二三 未復員者給与法による入院患者に生活費支 給に関する請願(勝間田清一君紹介)(第 一八二九号) 二四 栗生楽泉園施設整備に関する請願(武藤運 十郎君紹介)(第一八三〇号) 二五 国立舞鶴病院
未帰還者留守家族等援護法案(内閣提出第一一 九号) 同日 戦傷病者戦沒者遺族等援護法の一部改正に関す る請願(金子與重郎君紹介)(第一八二七号) 星塚敬愛園の病床増設に関する請願(山中貞則 君外一名紹介)(第一八二八号) 未復員者給与法による入院患者に生活費支給に 関する請願(勝間田清一君紹介)(第一八二九 号) 栗生楽泉園施設整備に関する請願(武藤運十郎 君紹介)(第一八三〇号) 国立舞鶴病院
当初はいろいろ地方委譲或いは結核療養所の移管等も考えましたが、中共の引揚がかように急に起つて参りましたので、舞鶴病院につきましては当分の間従来通りに存置をいたして国立病院といたしてやることに方針をきめて、七十九ヵ所から十五カ所の結核療養所の転換、五ヵ所の国立病院の地方委譲でありまするから、残り七十九ヵ所に相成ります。いや、九十九ヵ所から十五ヵ所と五ヵ所を引くのでありますから、七十九ヵ所になります。
○藤原道子君 只今ミスプリントだという御答弁でございますので、それは正誤表を直ちに出して頂くということで了承いたしますが、併しこの一般会計のほうの国立結核療養所、これも百八十四ヵ所となつておりますが、舞鶴病院を撤回されたならば百八十三ヵ所とならなければ理窟が合わないのでございまして、その点も併せ要求いたしておきますと同時に、この国立病院の地方移管は非常に無理がある。