1993-04-27 第126回国会 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第4号
復帰後の昭和四十七年九月には、栄野川盛勇さんが勤務先のキャンプ・ハンセン内でライフルで射殺され、昭和五十七年三月には城間孝栄さんが町内の墓地で今回と同じくセメントブロックで撲殺され、昭和五十八年二月には、タクシー運転手の目取真興栄さんがキャンプ・ハンセンの基地内でナイフで刺殺され、さらに昭和六十年一月には、前泊寛一さんが自宅で殺害されるという事件が発生しているのであります。
復帰後の昭和四十七年九月には、栄野川盛勇さんが勤務先のキャンプ・ハンセン内でライフルで射殺され、昭和五十七年三月には城間孝栄さんが町内の墓地で今回と同じくセメントブロックで撲殺され、昭和五十八年二月には、タクシー運転手の目取真興栄さんがキャンプ・ハンセンの基地内でナイフで刺殺され、さらに昭和六十年一月には、前泊寛一さんが自宅で殺害されるという事件が発生しているのであります。
せんだっても北米局長に申し上げましたし、きのう沖特の委員会のときに外務大臣にも少し耳打ちをいたしましたが、実は去る二月二十三日午後十一時四十分ないし四十五分ごろ、金武町のキャンプ・ハンセン基地内でタクシー運転手目取真興栄さんが米兵に刺殺されました。まさに残忍な手口なんですね。考えてみてください。四十歳の働き盛りの男が家族に送られて仕事に出かけた。こういうことが平和な社会で一体予想されるでしょうか。
さらに、不動産関係七社、これは三菱地所千三百十一万円、国土興栄百万円、住友不動産十二万、東急不動産十万、阪急不動産十八万、阪神不動産二十四万、西武不動産六十万、締めて千五百三十五万円であります。