2015-05-13 第189回国会 参議院 国際経済・外交に関する調査会 第5号
これは、政府が党から自立し、さらに軍が政府、党から相対的な自由を拡大していった胡錦濤時代とは正反対なんですね。胡錦濤時代には政府と軍の関係が非常に悪化しておりまして、政府が弱かったんですね。それを変えていくために党がコントロールをするという方向に言わば逆戻りしてしまった。トウ小平と全く同じことをやっているんです。
これは、政府が党から自立し、さらに軍が政府、党から相対的な自由を拡大していった胡錦濤時代とは正反対なんですね。胡錦濤時代には政府と軍の関係が非常に悪化しておりまして、政府が弱かったんですね。それを変えていくために党がコントロールをするという方向に言わば逆戻りしてしまった。トウ小平と全く同じことをやっているんです。
ですから、例えば胡錦濤時代には、何だかんだといっても日本と経済的には切っても切れない仲ですから、何とか互恵関係で何かやっていこうという考え方はあったと思うんですが、習近平の政権になって、確かに経済的に日中でやっていかなきゃいけないということはあるんでしょうけれども、やはり二〇二五年までにアメリカを抜く経済、軍事、そして政治というものが念頭にあって、やはりこうした尖閣あるいは東シナ海をアメリカに代わって
この胡錦濤時代というのは、先ほど申しましたように、できることはやるという重点にシフトしましたけれども、それが二〇〇三年ごろから平和的台頭外交戦略という形にはっきりとなって出てきたわけです。これは、WTOに加盟を果たして経済成長も加速し、かなり自信を強めてきたと。
特に胡錦濤時代になってから、これ調和社会の一つのポイントだということで、環境部門も実は余り権力がなかったんですけれども、これから強化しようなんという動きになっているんですね。 どういう仕組みになっているかといいますと、例えば地方にも環境保護の主管部門というのはあるんですけれども、ほとんどが経済担当の部門よりもやっぱりちょっと力がないんですね。
一つは、靖国の問題が、自分が靖国に行かないからといって日中関係が良くなるわけじゃないということですけれども、しかし、やはり靖国ということを中国で記号化されたということで、胡錦濤時代は前と違ってその記号化に対しての対応で、それがある程度乗り越えできれば胡錦濤主席自身の対日政策、戦略を遂行できるという意味で、それはやはり一つのキーポイントになっているかと思います。