2021-04-07 第204回国会 衆議院 国土交通委員会 第10号
ところで、井上さん、治水事業をやる人というのは、私は、経済観念というか財政の観念というのが乏しいんじゃないか、乏しいと言ったら怒られちゃうな、何となく、予算は国から降ってくるから、国の予算を取ればいいんだ、そういう感覚でいるんじゃないだろうか。治水を本当にやるんだとしたら、これは特定財源とは言わないですけれども、何らかの形の財源みたいなことを考えていくべきだと思いますよ。
ところで、井上さん、治水事業をやる人というのは、私は、経済観念というか財政の観念というのが乏しいんじゃないか、乏しいと言ったら怒られちゃうな、何となく、予算は国から降ってくるから、国の予算を取ればいいんだ、そういう感覚でいるんじゃないだろうか。治水を本当にやるんだとしたら、これは特定財源とは言わないですけれども、何らかの形の財源みたいなことを考えていくべきだと思いますよ。
そして、なおかつ、先ほど申し上げましたように、結果として、労働意欲、勤労意欲、経済観念、これすらも喪失しかねない、そういう状況になるのではないかと思います。 この貸付け、私、時代劇を見ているようだなと思うんですよ。胴元がお金を貸しました、そして最後はおたなまで全部取り上げられました。
実は、百科事典を引きますと、賭博罪というのは、国民一般の健全な経済観念、そして勤労意欲を保護するための立法であるというように書いてあるんです。阻却をした、違法性は阻却された、これで国民の健全な経済観念、勤労意欲、これは十分に保護されているというふうに思われますか。素直なところでお答えください。
まさに今御答弁があったように、落札額の高騰という御紹介があったように、高騰すれば今のお話では公正競争に影響があるというようなロジックもあり得るのかもしれませんが、普通の経済観念でいえば、今の基幹放送局、例えば地上波のキー局、そういうところは、逆に言うと低い電波利用料で事業を行っているという見方もできるわけで、先ほどおっしゃったことは、私は、リスクやデメリットではなくて、むしろ今電波を利用している方々
そうすると、これだけのやり取りの中で、そうかと、トマトというのはどうやって選べばいいんだろうかということであるとか、あるいは、あっ、ちょっとまけてもらう、あるいはお得にするにはこういう駆け引きがあるのかということであるとか、あっ、トマトの食べごろというのはちょっと置いておくとやってくるんだなということであるとか、もう食育も、それから言葉の教育も経済観念もそういうちょっとしたやり取りの中で見て覚えるわけでございます
日本の女性は、ひょっとしたら大変経済観念が発達していて、これは貯金をしよう、これは子供のために、これは住宅ローンというようなことで、随分そういった視点がある。この主婦の人たちが、今回のエコでも、五%の還元で上手に買おう、そういう発想になっている。ぜひ、子育ての最中、高齢者、そして医療関連、例えばDVに遭った女性たちでも子供たちでも享受できるような消費税のあり方を考えてほしいと思っております。
認可と無認可で、しかも待機児童にカウントされないそういう枠の中で、二万円と四万から六万の差というのは、これ、伍藤局長の経済観念でいうと大したことないんでしょうか。
例えば、自立心が育つ、社会性が育つ、経済観念も育つ。そういうふうな、やっぱりグループホームの方がいいという声が非常に強いわけですね。 では、何が問題なのかというと、一つには、人件費の補助しか出ていなくて家賃補助が出ていないんですね。やはり、一軒借り上げるときの家賃の部分のお金が出ない。東京都なんかは、何か、単独で出しているらしいですけれども。
このような議論を踏まえて第二次提案において提案がございましたので、その内容も十分検討させていただいて、特区制度の趣旨、それも十分勘案をして、特別なニーズがある場合において、学校経営に必要な資産の保有とか、役員に学校経営に必要な知識経験を有する、経済観念だけではなかなかこの学校経営というのは難しいだろうと、やっぱり学校の性格をよく知った人が中に入っていただくことも必要だろうと、こういうようなこととか、
それができないということで、政府から補給金まで出して、なおかつ住宅金融公庫で今日を迎えたということですから、私は銀行というものが住宅ローンを貸し出す第一の信用のある銀行であるというふうに日本の銀行がなっていなきゃいけない、そう思っておりますけれども、私は国民が銀行に対して、今、富樫議員がおっしゃるように、不安と不満、そういうものを持っているということは、私は金融業をあらゆる面で銀行の発展も阻害し、なおかつ国民の経済観念
そもそも、責任の所在というものは、どこだってそうですよ、失敗したときには、そこの責任の所在というのは明らかにしながら、責任ある者が一定にその負担を負うというのが普通であって、全く責任のない人がすべての赤字の責任をとらされるなんということが、普通の経済観念であるのですか。 我々は法律を出しただけです、結果がどうなれ、それは関係ありません。政府というのはそんなものなんですか。
なかなかそういうことをやりたくないという感じなものですから、やはりもう少し経済観念を持って、土地が経済の一番の活動の基礎でありますから、弾力的にやっていくということもあるし、やはり弾力的にやるためにはもう少し都市計画の変更がやりやすいという、雰囲気といいますかそういうことをつくっていかないとなかなか対応できないんじゃないかと思いますけれども、都市局長、いかがでしょうか。
そして、どうも都市計画というのは往々にして、法律に基づいた規則があるのはいいんですけれども、そのもとにある経済というものがなかなか反映されていないんじゃないか、都市計画には経済観念というのがないんじゃないかということさえ思うわけであります。
彼がこの発言をしたのは六十三年夏、当時自民党の政調会長の地位にありまして、内容は皆さん覚えておると思いますけれども、日本人というのは経済観念が極めてしっかりしている、借りたものは必ず返す、破産なんというのは大変深刻に考える、そこにいくとアメリカ人、特に黒人なんかはいいかげんなものである、借りたものは返さない、破産破産というと、ああ、あすから払わぬでいいとあっけらかあのかあとしておる、まことに困ったいいかげんな
安定兼業をやっている私の友達がいっぱいおりますけれども、それらの方々の話なんか聞いてみましても、安定兼業をやっている人というのは非常に経済観念が発達しているんですね。それで、先取りしたような形で、農業だけじゃだめだということでいろんなことをやっているわけです。
それから、最近の漁業はどちらかというと、先ほどから申しておりますように、つくり育てるとか資源管理型とかいうことになってまいりますと、婦人の参加ということ、それは婦人の立場でいろんな形でのきめ細かさとかあるいは経済観念の強さみたいなことから地域によってはかなり重要な部分を婦人が占めているというケースが出てきております。
それは決して、貧しい人というとおかしいんですが、そういう人たちが持っていくというんじゃなくて、普通の人たちがそれはもったいないからもう一遍使えるじゃないかということでやっているということで、これはやはり教育の問題で、ちょっと経済観念とは違う問題で、そこのところは我々自身も少し物の考え方を考えなきゃいけないなということで、先ほど西野先生が冒頭におっしゃった、みずから車をやめられたというお話などは非常に
先進諸国、特に日本は、経済感覚といいますか経済観念といいますか、しばらく続いておる大 量生産、大量消費、そしてそれが企業の繁栄につながるという今までの考え方、これを改める、こういう啓蒙も必要であるし、また国民の間に物を大切にするという運動、これらのことを再びやることもぜひ重要ではなかろうか、こんなふうなことを改めて感じたわけであります。
お金を使うという、あるいはお金を貸すという企業倫理、それから消費者の経済観念を堅実に育成するようにやはり徹底して教育し直さなくちゃいけないのじゃないかというのが私の意見でございます。 どうも失礼いたしました。
そこで、そういった改正をするにつきましては、やはり罰則の基本的なバランスは、体系は崩さないということを前提に、金額だけ、つまり刑罰としての痛みを結局現在の法律の姿のままスライドさせようということでございますので、経済事情の変動の指標というものが、結局は皆さんのその全体の経済観念の上昇につながっておるわけでありますから、同じスライドを持ってくれば痛みも同じような形で上がるだろう、こういうことでお願いしておるわけでございまして
さてそこで、一千万、三百万というのが現在の経済観念からいって妥当であるかどうか、今河本先生は国際的と言われましたけれども、こういう国際的に見ても妥当かどうかという問題がございます。しかし、現実に存在する企業というものを今回の改正のように同時に同じ資本金を埋め合わせていこうということになりますと、実は既存の会社の経営者が持っている観念というのは新しくつくる企業家と少々違う観念を持っている。