2000-04-19 第147回国会 参議院 憲法調査会 第6号
平和ぼけ、経済アニマルと国際社会でさげすまれておる今日、人類社会が依然として野蛮なしには一日たりとも成り立たない、そして、そのリアリズムを理解し得なかったのは戦後日本人の精神が幼稚だったからとする西部教授の論点にはしっかりと耳を傾けていきたいと思います。 そして、明治憲法と教育勅語の双方の起草に井上毅がかかわった歴史的事実を知るとき……
平和ぼけ、経済アニマルと国際社会でさげすまれておる今日、人類社会が依然として野蛮なしには一日たりとも成り立たない、そして、そのリアリズムを理解し得なかったのは戦後日本人の精神が幼稚だったからとする西部教授の論点にはしっかりと耳を傾けていきたいと思います。 そして、明治憲法と教育勅語の双方の起草に井上毅がかかわった歴史的事実を知るとき……
だから、経済アニマルという汚名をぬぐうこともできずに孤立してしまうんじゃないだろうかと。NGOの新聞は日本政府の態度を評してトーキョー・イズ・スリーピングと書いていたと。これは実際こういうことがあったんだろうと思います。そういう実態でありますから、盛んに先生は政治家はもっと協力して討議をしろというお話でございますが、まさにそのとおりだというふうに思います。
そういうものをたくさんやはり知らせることによりまして、一面経済アニマル的な、つい経済のことだけでは大デレゲーションで行く、そういう日本に対する理解がこの文化交流によって随分違ってくると思うのですね。
経済アニマル的なものがそういうところに出てくるわけですから。そのことを、私は必ずしも何でも法律の網をかぶせてどうのこうのと言うつもりはありませんけれども、最終的にはそこで規制を加えてしまうということは、私は検討してしかるべきだ、こう思うのですね。どうですか、外務大臣。
○春田委員 運輸大臣の本音としては、観光の振興というのが本音じゃないかと思うのですが、しかし海外から日本を見た目というのは、やはり日本は経済アニマルである、文化とか芸術とか教育は非常に程度が低いという見方をされているのですね。
悪くいえば場当たり的な、言いわけ的なこの日米関係の中での措置なのか、そうあってはいけないんだがな、こう思いながら、実は私も、国際交流基金が一九七二年にできたときの各外務委員会の会議録などちょっとのぞかしていただいたのですが、当時の福田外務大臣ですか、実に立派な、先見性に富んだ、しかも見識ある御所見が展開をされておりまして、当時から、こういう事態はいつでも起こるよ、したがって、日本が経済大国だ、経済アニマル
これが今国際問題で大きく発展しているのですから、ここへ日本が世界先進国に伍して、ローマ条約だってまだ二十四カ国しか入っておりませんけれども、これはだんだん火を吹いできますが、せめて文化の面だけでも、日本が他国に率先をしてこれに加盟したり、著作権、人のとうとい権利を守る、そういう法的措置をやっていただければ、それだけでも経済アニマルと受けている日本のイメージをチェンジするためにどれだけの効果があるか、
十七カ国のうちのいま十一番目ですか、非常に下位の方におるわけでございますから、そうした、いわゆる経済アニマルという批判がないような、量的な面の援助額をふやしていかなければいけないと思っているわけでございます。 とともに、いわゆる条件の面でもあります。
その場合に、いまなお国際競争力の強化ということが法律の大きな柱になっておる、日本はいまなお国際競争力の強化を目標にまっしぐらに経済アニマルと非難されながらも走っているのか、こう言われて、実はそれに応答することばに窮した、こういう話を聞いたわけであります。 今回、この改正案の中に目的の改正があります。
そうしますと、私みたいに柄の悪い見方をする者はそんなにたくさんはないと思いますけれども、やはり私はいわゆる経済アニマルというような形に、エコノミックアニマルというような、それがすべてに通用するという姿勢がもしあるとすれば、相当自己批判を私はすべきだとこう思うし、まあいま大臣が、たとえば開発と領土問題というのは全然別個の問題だ、そのとおりだと思います。
というような、それはすばらしい経済アニマル的な活動が行なわれております。ですから、そういうようにいくようなことになるのなら、これは全然世界は別ですわ。
これは、外国から来ておる留学生等に対してどのような対策を進めるか、受け入れをするか、これがないと、日本という国はもう何年か後には世界から毛ぎらいされてしまう、やはり日本は経済アニマルだと総スカンを食らうようになるかもしれない。そういう意味からして私は憂えておるのであります。
当決算委員会といたしましては、今日公害問題を抜きにしてはもう政治も行政もあったものではないという強い姿勢を打ち出しておるわけでございます そこで、まずお伺いいたしたいことは、世界の各国では日本をして経済アニマルあるいは公害の国日本ということで評価がたいへん高くなっておるのでございます。
経済アニマルだけでなしに、政治アニマル、国際アニマル、もう何もかもアニマルになってしまいます。こう思いますので、その点については、特に内閣の姿勢として、物価を論ずるときにぜひとも重視してもらいたいと思いますので、ぜひひとつ長官とも御相談の上しかるべき御方針を立ててもらいたいと思います。よろしゅうございますか。
言うならば、もっと広い意味におきまして精神的な面、あるいは文化的な面、教育とか福祉とか、そういう面を広く取り上げていくことは困難ではないだろうか、こう思いますので、経済第一主義から脱却する、そうして一億総経済アニマルにならぬように、個人的な欲望、そういうものを充実することをもって終始するというような一種のアニマル的な企業家心理にとらわれぬようにしなければいくまい、こういうふうに考えるのであります。
このもとを食うのはどこからきておるのかということになってきますと、これはやはり経済アニマルになったりしちゃ困るのです。けれども、いろんな新企画、新しい発想について、頭の回転が、極端にいえば少し鈍いですわ。言うならば、もっと腰を低うにされたらいかがでございましょうか。
ともかく輸出入銀行を通した商売だけやっているというのでは、また日本の国が経済アニマルだといわれる危険が私はあると思うのでございまして、ほんとうに親切なやり方というものは、たとえば研究室を開放いたしまして、向こうの学者などもどんどん使えるようにする、こっちからもどんどん出ていく。
どうやっていろいろの要求がくるのを適当にかわそうかというようなことで、実にぎゅうぎゅういわせられているというのは、私は歴史の一つの皮肉と考えまして見ておるのでありますが、日本につきましても援助の額も足らぬし、利息も高いし、そうしてぐずぐずしておるし、そうしてほんとうに役に立つ、たとえば技術開発などでなしに、それこそ商売のための延べ払いの金を出したのを、これを後進国開発の援助費だというような、ほんとうに身がってな経済アニマル