1993-10-19 第128回国会 参議院 外務委員会 第1号
ところが、今度新労働大臣は単純労働者もある程度入れなきゃいけないんじゃないかというようなことをたしか組閣早々に言われて、後で多少修正発言をされたと思いますけれども、いずれにしても、これは私は、国際友好だからまず入れろということではなくて、入れた後で問題が起こるよりはまず最初にきちっとしておくということが必要だと思いますので、ぜひよろしくお願いを申し上げたいと思います。
ところが、今度新労働大臣は単純労働者もある程度入れなきゃいけないんじゃないかというようなことをたしか組閣早々に言われて、後で多少修正発言をされたと思いますけれども、いずれにしても、これは私は、国際友好だからまず入れろということではなくて、入れた後で問題が起こるよりはまず最初にきちっとしておくということが必要だと思いますので、ぜひよろしくお願いを申し上げたいと思います。
そういう立場に立って歴代の総理大臣もまずASEANを組閣早々歴訪するということでいろいろとその間に約束もいたしております。相互信頼も進んでおります。そしてその約束はプロジェクトという形でそれぞれ育っておりまして、この点については東南アジア諸国も日本のそうした努力を非常に評価しておると言っても過言でないと思うわけでございます。
ところが、中曽根内閣は、国民のこの強い要求にもかかわらず、昨年十二月、組閣早々ということでありますが、国連総会で、核兵器使用禁止決議が百十七カ国の圧倒的多数で可決をされたにもかかわらず、アジアではただひとり、日本政府だけがこれに賛成をせず、棄権したのでありますが、事は重大であります。まさに許せぬ態度と言うべきであります。
現内閣になりましてから、組閣早々国会が開かれたり、いろいろ繁忙なことがございまして、その点につきまして必ずしも十分でないことであったということも反省しておりますが、事態こういう状態でございますので、まことに申しわけない状態ではございますが、事情を御了承を願いたいと思う次第でございます。 具体的な点につきましては、竹下大蔵大臣から御答弁申し上げます。
総理は就任以来、先ほど申しましたように、前内閣の方針を受け継いで、再三にわたって行政改革を強力に推進する旨を明らかにされ、組閣早々も土光さんたちと直接お会いになっておるところでございます。 しかし、現下の内外経済情勢が厳しくて、行政改革よりも景気対策を優先させよというような声も一部にございます。
したがいまして、政府はその施策を始めるに当たりまして、政策以前の問題として、綱紀の粛正の問題、行政簡素化の問題をとりわけ重大と心得まして、まず政府自体がそれに取り組む姿勢を確立しなければならないと存じまして、組閣早々、各閣僚に具体的な指示をいたしますと同時に、各省庁におきまして、これを受けて実施の細目を決めて実行に移しておるところでございます。
○金井国務大臣 大平内閣が昨年の十二月に発足をいたしまして、一月のたしか十六日だったと思いますけれども、閣議了解をもちまして行政の簡素、効率化についての決定をいたしたわけでございますが、組閣早々でありますし、しかも一昨年の十二月に福田内閣が行政改革についてかなり広範にわたる閣議決定をいたしております。
ただ、組閣早々非常に目に立つ大きなことにすぐ取り組むかということについては、これはやはり若干の時間を要し、かつ取り上げて実行がうまくいかないということは非常にまずいことでございますので、まず実質本位のことをやろうということで、一月十六日のあの閣議了解というものは実質本位ということで、いろんな面にわたりましてあの閣議了解というものを決めまして、その線で一昨年末の閣議決定にさらにプラスをして継続してやっていくということにいたした
○国務大臣(大平正芳君) 私は、さきに、国会において内閣の首班に選ばれ、組閣早々、来年度予算の編成を了し、ここに第八十七回国会を迎えました。この機会に、施政全般にわたっての私の所信を申し上げ、国民各位の御批判と御理解を得たいと思います。 まず、私の時代認識と政治姿勢について申し上げます。 戦後三十余年、わが国は、経済的豊かさを求めて、わき目も振らず邁進し、顕著な成果をおさめてまいりました。
○内閣総理大臣(大平正芳君) 私は、さきに、国会において内閣の首班に選ばれ、組閣早々、来年度予算の編成を了し、ここに第八十七回国会を迎えました。この機会に、施政全般にわたっての私の所信を申し上げ、国民各位の御批判と御理解を得たいと思います。 まず、私の時代認識と政治姿勢について申し上げます。 戦後三十余年、わが国は、経済的豊かさを求めて、わき目も振らず邁進し、顕著な成果をおさめてまいりました。
でありまするからゆえに、私は組閣早々、五十二年という年はこれは経済の年だとまで言っているのはそこに着眼を置いておるわけなんです。ただ、中村さんが非常に暗い面ばかりをおっしゃいますが、いま世界じゅうが暗いんです。その世界じゅう真っ暗の中でわが日本は、まあほのぼのとではありまするけれども明るい方なんです。
でありまするから、異例のことでありまするけれども、組閣早々もうあらゆるものに先駆けてと申しますか、野党五党首と会談をする、そしてお話を承りました。 私は、減税論につきましては、政治家として減税というようなものをしてみたいという感じはあるのです。しかし、国家、国民の将来のことを考えると、果たしてこの際減税をするのがいいのか。
本当なら五十二年度予算でそれが具現されればよかったのですが、組閣早々でありますので、そこまでいきかねる。そこで、八月を目途といたしまして政府の考え方を決めたい。こういうふうにかたく考えているわけであります。
三木総理にして、真の議会の子たるの自負あらば、すべからくその組閣早々に、みずからの施政方針について国民に信を問う措置をとらるべきであったにもかかわらず、事情はいかがあれ、じんぜんとしてなすところなく今日に至ったことは、まことに遺憾に存じます。
そこで、各位の御協力を得まして、政治資金規正法、公職選挙法、あるいは、これは自民党だけのことでございますが、総裁選挙に対する総裁の公選規程の改正、この三つを組閣早々に私は私自身の持っておる原案を示して党に対して検討を求めたわけでございます。
であったわけでございまして、金脈問題というものの、私が内閣の首班として国政に対して責任を持つようになったことは、金権政治を打破しなければならぬということが私の出発点であって、金脈問題は法律に照らして追及するものは追及するということで、この金権政治打破ということが三木内閣の出発点であったわけでございますから、いま最初にも申したように、公職選挙法の改正であるとか政治資金規正法であるとか、総裁公選の規程というものに対して私が組閣早々
あの当時は海原さんがどんとこられる、久保さんも反論できない、海原さんの後ろには、これは大変な力を持っている後藤田さん、親友の後藤田さんと相澤さんがいて、その後ろには田中さんがいらっしゃる、まだ組閣早々なんですから。
それからゆうべの夕刊でしたか、豪州のフレーザーも組閣早々、日本とか中国を訪問するという記事も出ておりましたが、東南ア訪問について総理はどのようなめどでお考えになっておられますか。
○上田哲君 お認めいただいたから、そこは差し違えますけれども――差し違えますけれども、鉄鋼の春闘の一番バッターのためだったなんていう話は、これはもう全然受け取れないところでありまして、総理は組閣早々、やっぱり国際収支が一番頭にあったわけですから、解散はどうしても避けたい、まずどうしても円の再切り上げに対するしっかりした施策をとりたいということをしきりに言われておった。
だから私は、そのことを組閣早々の佐藤さんにお尋ねをした。あなたはこう言っておられるが、ほんとうに安定成長をやりますかと言ったら、やります。それはいつごろまでにできますかと言ったら、ことしの——その当時のですね、ことしの秋くらいまでにはそれをやりますと言ったんですよ。そのときの参謀はたしかあなたなんです。私は予算委員をたびたびやっておりますから、ずっとそれ以来のあなた方のおやりになることを見てきた。
昨年、田中総理が、組閣早々、日中国交正常化を実現し、また、先般、みずからソ連を訪問して、両国の親善友好関係を深めたことは、この趣旨に基づくものとして、高く評価すべきであります。 第二は、いわゆる南北問題についてであります。