1949-04-27 第5回国会 衆議院 外務委員会 第8号
その表について一言御説明申し上げますが、最初に引揚げ対策基本数というのがございまして、それは終戰当時日本政府の方で、大体各地に在外同胞がどのくらいおるかという見当を立てました数字でございます。その合計をごらんいただきますと、最初の引揚対策基本数というものが六百六十一万三千八百八十四名になつております。それで今日までのところ引揚げました数の累計が六百十四万六千八百四十三名であります。
その表について一言御説明申し上げますが、最初に引揚げ対策基本数というのがございまして、それは終戰当時日本政府の方で、大体各地に在外同胞がどのくらいおるかという見当を立てました数字でございます。その合計をごらんいただきますと、最初の引揚対策基本数というものが六百六十一万三千八百八十四名になつております。それで今日までのところ引揚げました数の累計が六百十四万六千八百四十三名であります。
なお、終戰当時日本政府が復員部に提供しましたところの報告、千島列島、樺太、シベリアにおるところの人員の数は、復員した数を控除してみると、なお六十二万八千四百六十四人おるはずである。それにサガレン、千島に二十八万八千人の日本人がおるはずである。これは本年の六月二十五日現在であります。この発表によりますと、本年の六月中には、ソ連には日本人がなお九十一万六千四百六十四人おるのであります。