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527件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

2017-04-25 第193回国会 参議院 厚生労働委員会 第13号

さきに配付されました参考資料百五十七ページの精神保健福祉分野における制度改正経緯によりますと、昭和二十五年の精神衛生法成立以来、精神保健法精神保健福祉法と、内容とともに名称も変遷してきているわけですが、ライシャワー事件宇都宮事件池田小学校事件、そして昨年の津久井やまゆり園事件という衝撃的な事件がそのたびごと制度見直しに対する一つの大きなきっかけになってきたと、そういう事実は否めません。  

小川克巳

2017-04-25 第193回国会 参議院 厚生労働委員会 第13号

一九五〇年に精神衛生法制定され、措置入院制度が発足しましたが、この間に経済措置として生活困窮者等精神科医療対策として用いられ、大量の措置入院患者が見られた時期がありました。近年になり措置入院患者が減少し続けたのは御承知のとおりでありますが、更に医療観察法による措置入院の変容も見られます。発足以来、長年にわたる社会の変化があり、これに応じて措置入院の実態も変化してきたと言えます。  

石井みどり

2017-04-13 第193回国会 参議院 厚生労働委員会 第11号

そのため、私たちは、結成当初から精神保健福祉法、当時は精神衛生法それ自体の廃止を求めて運動をしてきました。  非自発的入院廃止の主張は、世界精神障害者運動で共通しており、私たちのことを私たち抜きで決めるなの精神を反映してできた障害者権利条約の要請するところと一致しています。

桐原尚之

2015-04-23 第189回国会 参議院 厚生労働委員会 第9号

一九八四年の宇都宮病院事件きっかけ精神衛生法改正され、精神保健福祉法となったわけですが、その施行前後に、精神保健指定医制度の創設に対する激しい反対論日本精神神経学会当事者団体法律家らにより主張されました。特に日本精神神経学会は、一九八五年に評議員会で、精神保健指定医制度に反対する特別決議全会一致で採択したほどです。  今回、まさに当時懸念されていたことが起こってしまったわけです。

川田龍平

2013-05-28 第183回国会 参議院 厚生労働委員会 第9号

昭和二十五年、精神衛生法制定されて、明治時代精神病者監護法及び大正時代精神病院法廃止されて、そのときに措置入院制度が創設された、それから保護義務者同意入院制度も創設された、昭和二十五年です。しかし、この法律公衆衛生の観点であったために、やはり精神障害者に対しては隔離収容に偏っていたということです。昭和四十年、この精神衛生法改正入院から地域でのケアへと。

足立信也

2006-12-05 第165回国会 参議院 教育基本法に関する特別委員会 第8号

一番足らなかったというのは、実は私もその分野が足らなかったんですけれども、私、一番最初に国連に出掛けたことがあるんですが、その国連に出掛けた理由は、八四年のことですけれども、日本精神病院の中で、精神衛生法の欠陥のために大量に拘禁されている人がいる。それから、その中で虐待が非常にされていた。しかし、そのことを訴える方法もない。手紙も書けない。中には、そのまま殺害されていく人もいた。

戸塚悦朗

2006-06-16 第164回国会 衆議院 厚生労働委員会 第32号

我が国精神障害者施策は、明治三十三年の精神病者監護法に始まり、昭和二十五年の精神衛生法制定後も、精神病院への収容主義のもとで行われてきました。このような歴史的経緯から、精神病院という用語には、医療を行う施設ではなく精神病者収容する施設というイメージが残っております。そのことが、精神科医療機関に対する国民の正しい理解深化患者の自発的な受診妨げとなっております。  

山下英利

2006-06-16 第164回国会 参議院 本会議 第34号

我が国精神障害者施策は、明治三十三年の精神病者監護法に始まり、昭和二十五年の精神衛生法制定後も精神病院への収容主義の下で行われてきました。こうした歴史的経緯から、精神病院という用語には、医療を行う施設ではなく精神病者収容する施設というイメージが残っております。そのことが、精神科医療機関に対する国民の正しい理解深化患者の自発的な受診妨げとなっております。  

山下英利

2006-06-15 第164回国会 参議院 厚生労働委員会 第28号

我が国精神障害者施策は、明治三十三年の精神病者監護法に始まり、昭和二十五年の精神衛生法制定後も、精神病院への収容主義の下で行われてきました。このような歴史的経緯から、精神病院という用語には、医療を行う施設ではなく精神病者収容する施設というイメージが残っております。そのことが、精神科医療機関に対する国民の正しい理解深化患者の自発的な受診妨げとなっております。  

西島英利

2006-06-06 第164回国会 衆議院 決算行政監視委員会第四分科会 第2号

中でも精神障害者は、一九〇〇年の精神病者監護法、また一九一九年の精神病院法、一九五〇年の精神衛生法を初めとしまして、どちらかというと、隔離そしてまた措置入院という名前の強制入院が行われてきたわけでございます。今回、こうして三障害とも道が開かれ、またさらに発達障害等、今大きく社会に認識を広げているところでございます。  

高木美智代

2005-05-18 第162回国会 衆議院 厚生労働委員会 第23号

水島委員 本当は私、その具体的な内容が決まって初めてこういう法改正が可能になると思うんですけれども、これはやはり精神衛生法から精神保健法へ切りかえてきたかなり根本的な部分にかかわりますので、絶対にそういう緩みが出ないのかということを、どれほどの病院がそれに当たるのかというようなことをちゃんと検証してから、こういう法改正を提案していただくべき筋合いのものだと思います。  

水島広子

2005-03-15 第162回国会 参議院 厚生労働委員会 第3号

一九五〇年五月一日に精神保健医療に関する我が国初近代立法としまして精神衛生法が公布をされまして、このときには精神科病院の設置を都道府県に義務化をしたということでございます。これは措置入院のためが一つの目的でございました。もう一つは、措置入院をさせるために精神衛生鑑定医制度というのを新設をしたということでございます。

西島英利

2004-02-25 第159回国会 参議院 共生社会に関する調査会 第3号

私は、まだ精神衛生法時代の二十七年前、精神病院に勤務しました。それまで総合病院しか知らない私には未知の世界、すべての窓に鉄格子、病棟入口のかぎ、二十人以上の大部屋、これが精神医療かと恐怖に近い感情を覚えました。そして、後に分かったことですが、初めて入院する患者さんは私と同じような恐怖を抱いたままの入院だったのです。  

武田牧子

2003-05-20 第156回国会 参議院 法務委員会 第13号

私どもの協会では、精神衛生法から精神保健法へと改正された昭和六十三年七月一日を「こころの日」として位置付け、毎年七月一日に市民向け講演会などを開催してまいりました。国を含め、関係する団体がそろって精神障害者に対する差別や偏見をなくすための活動に取り組むことも必要ではないでしょうか。  今後の課題。  

藤丸成

2002-12-03 第155回国会 衆議院 法務委員会厚生労働委員会連合審査会 第2号

富田参考人 日本精神科医療の、特に戦後のことをお話ししますと、戦後の精神科医療は、まず一九五〇年に精神衛生法ができました。一九五八年に、先ほど私が言いました医療法特例ができました。一九六〇年代は高度経済成長ですね。そういう枠組みの中で、精神科医療の中にいろいろな要素を全部入れ込んだんです。  まず貧困の問題があります。

富田三樹生

2001-06-13 第151回国会 衆議院 厚生労働委員会 第21号

そしてもう一点、厚生労働省としてぜひとも今お取り組みいただきたいのは、実はこの容疑者も、法務省の刑事局からいわゆる精神鑑定されました後、今度は、昔でいう精神衛生法今は精神福祉法となりましたでしょうか、そのもとにあって、鑑定医二人のまた御意見で措置入院をされました。措置入院解除のときには、今度はその治療機関先の医師だけが解除を検討いたします。  今の精神医療の状況、非常に手薄でございます。

阿部知子

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