2010-05-19 第174回国会 衆議院 国土交通委員会 第21号
大統領が幾らマッカーサーに言おうとしても言うことを聞かなくて、勝手に、しかし第一生命ビルにずっといて、韓国には一泊もしなかったという、そういう指揮のもとで戦争をしたから、いわば余りうまくいかなかったということで、これはもう今の民主党の中のバランス・オブ・パワーに似ていますね。
大統領が幾らマッカーサーに言おうとしても言うことを聞かなくて、勝手に、しかし第一生命ビルにずっといて、韓国には一泊もしなかったという、そういう指揮のもとで戦争をしたから、いわば余りうまくいかなかったということで、これはもう今の民主党の中のバランス・オブ・パワーに似ていますね。
あの当時、連合軍の最高司令官だったマッカーサー元帥が、今日比谷にあります第一生命ビルに天皇陛下が訪問されたとき、初めはマッカーサーは迎えにも来なかった。そして、日本の天皇制についてあるいは共和制をも考えた、そういうときにあったとき、あの昭和天皇が、たとえ我が身がいかになろうとも日本の将来を救うという御発言があったということ。
この問題は世界的にもだんだん注目されつつありますけれども、長官、これは知っておられますか、マッカーサーのいた第一生命ビル、これが二十九日に落成をした。これは一民間会社です。
それをあなたはセンチュリーハイアットとあるいは勘違いしたかもしれないというような、そういう建物の関係だということはこの際私は説明をしておいて、そういうハイアットあるいは第一生命ビルの水町クリニック、そういうところは一切寄ったことはない、行ったことはない、こうあなたは言えますか、言うんですか。
○今井国務大臣 私は当時、学校を出まして、技術将校でございましたから、多分、今の皇居のそばの第一生命ビルにいたと思います。
このケースについてもそういうことで緊急配備をいたしまして、検索、検問等をやったわけでございますが、事件発生後約一時間後になりますけれども、九時四十五分ころでございますが、品川区西五反田所在の第一生命ビルの駐車場内を検索中の警察官が不審車両を一台発見しているわけでございますが、これはトヨタ・タウンエースでございまして、ワゴン型のものでございます。
○政府委員(鈴木貞敏君) 私先ほど御答弁いたしましたように、この不審車両といいますか、遺留車両、これを発見したのは事件発生後約一時間後の午前九時四十五分ころ、第一生命ビルの駐車場で不審な車を見、そこに偽造ナンバープレートも二枚ある、血のついた鉄パイプも三本あると、そのほかの遺留品もあるわけでございますが、そういうことで、これは犯行に使われた車であるというふうな認定でございますが、先生のおっしゃる、その
千葉・梁会談と称する予備会談が、時のGHQの司令部−第一生命ビルの中で開かれております。この日が実は始まりです。そこで、この時期を検討してみますると、一九五一年九月八日、サンフランシスコにおきまして平和条約に日本が調印をして、ちょうど四十日経過をしたときであります。しかも、当時の朝鮮の戦争は、三十八度線を限界といたしましてきわめて困難な膠着状態にあったのである。
現にエジプトにおけるピラミツドや、スフインクス、更にギリシア建築、北支、又朝鮮慶州の仏国寺などの石造の大美術等は、いずれも千数百年以前のものが残されておる現状でありまして、又現代建築といたしましても、赤坂離宮、本国会議事堂を初めといたしまして、日本銀行、勧業銀行、明治、第一生命ビルなど、幾多堂々たるものが現存しておるのでございます。